「……ねえ!」
「ん?どした?」
期限良さそうに紙袋を両手に大量に抱えて、前を行く提督へ霞が話しかける。
「……さっきの事だけど」
「?」
「軍人にいい思い出は無い……それって」
「ああ、そうだよ。もう20年以上前の事だから俺も人に聞いたくらいだけどな」
20年前と言えば、まだ艦娘という兵器の出現と鎮守府体制が確立してから間もない頃で、その頃は暴力組織や他国の諜報員による艦娘の誘拐が問題となっていた。対深海棲艦の為の兵器ではあるものの、艦艇と同等の火力を出せる人型兵器という物は、あらゆる暴力組織や国家が欲しがった。
艦娘を管理する側の大本営は「あってはならないがよくあること」として、半ばあきらめている節があったらしい。
「そんな時、例に漏れず連れ去られた艦娘がいた。ここまでは知ってるよな?」
「ええ、艦娘なら一度は聞かされる話よ。確か、その当時の司令官が激昂して、暴力組織の事務所に殴り込みに行ったのよね?」
「ああ」
その殴り込みに行った司令官は暴力組織を壊滅させたらしい。若い頃、艦娘が登場する以前に深海棲艦と最前線で戦っていた彼にとって武装した人間は恐るるに足りなかったらしい。
「……なにそれ、本当に人間なの?」
「公式の記録を見てみたが、残念ながら本当だ」
「ええ……」
霞はドン引きだが、提督はこの後にもっと重い一言を告げることになる。
「……非常に言いたくないんだがな、その人間卒業した司令官……俺の親父なんだ」
「……は?」
苦々しい顔で提督がそう告げると、霞は唖然として固まった。口がパクパク動いているので何か言おうとしてるらしいが、提督はとりあえず話を進めることにした。
「事あるごとに父親の自慢話と母親の思い出話として聞かされてたからな……俺も軍に入って記録を確認した時は眩暈がした」
「人から聞いたって、当事者から聞いてたのね……ん?母親?それってつまり……」
「艦娘と人間の間に生まれた子供の例としては俺が第一号だな」
霞が今度こそ絶句する中、提督は何でもない事の様に笑顔を浮かべた。20年前はあくまで艦娘は兵器であり、人道的な待遇は提督個人に任されていたらしく、まさか婚姻関係を結んで子供を授かろうなどどは誰も考えなかったのである。艦娘とのケッコンが許される風潮が出来たのはここ数年の話である。
霞は目の前に居る上司が「20年以上前に単身で暴力組織を壊滅させ、さらに当時では考えられなかった艦娘とのケッコン第一号になり、なおかつ子供まで設けた人間卒業してる元提督の息子」だとは到底考えられなかった。
「……息子のアンタは驚くほど普通よね。お母さんの教育が良かったのかしら」
「親父への風評被害がすごいな……まあ、カッコイイだけでロクな親父じゃなかったが。それに、街中であれだけのことを躊躇いなく出来た辺り、血は争えないよな……」
「違いないわ」
霞が吹き出すように破顔すると、提督も笑顔を浮かべた。先程の行動は提督自身にも意外な事として受け止められたらしい。
「……そう言えば、お父さんは元気なの?」
「ああ、今は実家で暴れてるってさ。こないだは荒波の中、昔ながらの友達と船出して10キロの鯛を釣って帰って来たらしい」
「……逞しいわね。なんだかフィクションの人みたいで気になるわね」
「話題にだけは事欠かない親父だよ。2年前なんか……っと、電車が来たな。この話はまたゆっくり執務室でしようか」
「いや、その時はちゃんと仕事をしなさいよっ」
霞が電車に乗る提督の背中を軽くたたくと、「いてっ」と、呻く声が聞こえた。
提督が振り返る。そして照れたような笑顔を見せると、霞も連れ立って微笑みを向けた。
―――ドアが閉まり、列車が発車する。