一応この三人での小説はあるかどうか調べたのですが、もし見落としてしまっていれば申し訳ありません…。
当小説での守護者の認識は『創造主>(越えられない壁)>アインズ(モモンガ)、ウルベルト、ペロロンチーノ>至高の41人>(越えられない壁)>ナザリックの仲間たち>(越えられない壁)>ナザリック外』となっております。
だだっ広い空間にカツッカツッと固い音が響いては消えていく。
縦と前に広がる純白の広大な部屋に浮かんでいるのはいくつもの縦長の影。一つとして同じものがないエンブレムが描かれた布が天井から垂れ下がり、純白と金の装飾に飾られた空間を彩っている。
しかし荘厳な雰囲気とは対照的に人の気配というものは一切なく、単調に響く音と相俟って酷く寂しげな空気が漂っていた。
ここはナザリック地下大墳墓の第十階層にある玉座の間。
大切な仲間たちが丹精込めて創り上げたNPCたちを控えさせながら、モモンガはただ一人今までのことを懐かしむようにポツリと玉座の前で立ち尽くしていた。暫く天井にある豪奢なシャンデリアの煌めきを見つめ、徐にすぐ側に控えている女に目を向ける。
彼女はモモンガと同じプレイヤーではなく、仲間の一人であるタブラ・スマラグディナが創り上げたNPCだ。
名はアルベドと言い、ここ第十階層を守護するために創られたNPCである。その役目から第十階層から決して動くことのない彼女は、必然的にモモンガにとってはあまり接点のない存在だ。全体的には美しい人間の女性の姿をしているが、その頭の両脇には山羊のような二つの角が生え、腰にも漆黒の翼が生えている。
外見は何となく覚えてはいたもののふとどんな設定だったかと興味がわいて、モモンガは徐にコンソールを操作して設定を閲覧し始めた。
「…って、長っ!!」
瞬間、目の前に飛び込んできた細かい長文に思わずツッコミの声が零れ出る。
一気に読む気が失せていく中、そう言えばタブラさんは設定魔だったな~と少しだけ遠い目になった。しかし設定を開いてしまった手前、そのまま読まずに閉じてしまうのもなんだか気が引ける。
マジマジと読む気力も時間もないため、モモンガは長文に目を滑らせて流し読むことにした。
(ああ、そうだ確かサキュバスだったな…。階層守護者の統括で、防御を重視した盾NPC…。)
流し読みでも意外と内容が理解できるものだな、と少しだけ自分に感心する。
しかし最後に追記のように付け加えられていた一文に、モモンガは思わず驚愕にピタッと動きを止めた。
『ちなみにビッチである。』
「………え? 何これ?」
あまりにひどい内容に思わず素っ頓狂な声が出る。
確かにタブラという人物はギャップ萌をこよなく愛する男でもあったが、仮にも自分が創ったNPCにこの設定はないのではないだろうか…。
今日はユグドラシルのサービス最終日。この世界はもう間もなく終わりを告げる。ならば最後の数分間くらいは、この酷い設定から解放してやってもいいのではないだろうか。
ふと思い浮かんだ自分の考えに、モモンガはじっと目の前のアルベドを見やった。
彼女は一切動くことなく、ただ淡い笑みを浮かべてじっと大人しく佇んでいる。
少しだけ熟考した後、モモンガはタブラに対する小さな罪悪感を感じながらも、そっとコンソールを操作しようとした。
しかし、その瞬間…。
―― ペロロンチーノさんがログインしました。
―― ウルベルト・アレイン・オードルさんがログインしました。
「…え?」
『間に合いましたかっ!?』
『間に合ったかっ!?』
「っ!!?」
突然飛び込んできた通信に、モモンガは思わずアルベドから視線を外して宙へと走らせた。
無意識に閲覧していたアルベドの設定を閉じ、そのまま空中に視線をさ迷わせる。
『……あれ、モモンガさんがいない…。もうログアウトしちゃったのかなぁ…』
『いや、モモンガさんなら最後までいると思うが…。モモンガさ~ん?』
『ペ、ペロロンチーノさん!? ウルベルトさん!?』
聞こえてきたのは間違えようのない、懐かしい仲間の声。
最後の最後に訪れた嬉しい再会に、モモンガは思わず勢い込んで通信に答えていた。
『おっ、モモンガさん、お久しぶりです! 今どこにいるんですか?』
『二人とも、お久しぶりです! 今は玉座の間にいます!』
『了解です! ウルベルトさんと速攻でそっちに向かうんで、そこを離れないで下さいねっ!』
深夜のハイテンションよろしく勢いよく切られる通信に、モモンガは少しだけ呆然となった。
通信が切れたことによって痛いほどの静寂が戻ってきて、先ほどの会話が夢か幻だったのではないかとさえ思えてくる。
しかし数分も経たぬうちにドタドタと騒がしい音が聞こえて来て、続いてバンッと勢いよく大きな扉が開かれた。
暗闇に染まる回廊の中から懐かしい二人の異形が姿を現し、玉座の間へと足を踏み入れてくる。
「…ペロロンチーノさん! ウルベルトさん!」
「お久しぶりです、モモンガさん! いや~、間に合ってよかった~!」
「おい、いい加減に放せ! あっ、お久しぶりです、モモンガさん」
現れたのは一人の悪魔と一人の
悪魔は純銀の毛並みの山羊頭で、その顔には仮面舞踏会などであるような片仮面を右側に付けている。頭上には禍々しくねじ曲がった大きな角が二本生え、角の間には小さな漆黒のシルクハットがちょこんっと乗せられていた。身に着けているのは深緑色のスーツと漆黒のトレンチコート。下半身は漆黒の山羊の足をしているにも関わらず、肩から伸びる腕の骨格は人間と全く同じで、漆黒のグローブに包まれた手も人間と同じ細く長い五本指を備えていた。
一方のバードマンは全体的に純白と黄金色に輝く羽根を身に纏っていた。顔には嘴のついた奇怪な兜を被り、軽くウェーブのかかった漆黒の長い髪が緩く流れて腰の辺りにまで垂れ下がっている。背に生えている大きな翼は四枚二対でどれもが力強く、鋼の鎧が翼を避けて肩と腰を覆っている。彼も悪魔と同じように足は鳥と同じ形をしていたが、羽根に覆われた腕もガントレットを付けた手も人間と全く同じ形をしていた。
一目見ただけで最上級の異形種だと知れる二人は、バードマンが悪魔の腕を掴んで引き摺るような形でモモンガの元まで近づいてくる。
彼らはモモンガと同じプレイヤーであり、まさしく苦楽を共にしたギルド・メンバーの仲間たちだった。
「円卓の間にいなかったんで、もうログアウトしちゃったのかと思って焦っちゃいましたよ~」
「…すみません。最後は玉座の間で迎えたいと思いまして…」
少し照れくさい様なむず痒い感覚に襲われて、思わず指先で頬をかく仕草をする。
ペロロンチーノとウルベルトは分かる!と頷きながら改めて壮大な玉座の間を見回した。
「……本当に終わっちゃうんですね。途中で引退した俺が言う資格なんてないですけど、やっぱり寂しいですね…」
「…だな。デミウルゴスにも最後に一目会いたかったが…、流石に時間がないか…」
「ああ、俺もシャルティアに会いたかったなぁ…」
無念だ!と大袈裟に嘆いて見せるバードマンの隣で、山羊頭の悪魔は皮肉気に肩をすくめてみせる。対照的な二人の姿が懐かしく、モモンガは思わず微笑みのアイコンと共に小さな笑い声を零した。
最後の最後に揃ったメンバーがかつて“無課金同盟”を組んだ三人というのもなんだか感慨深いものを感じる。
湧き上がってきた懐かしさと物悲しさ、再び会えた喜びを噛みしめるモモンガの前でバードマンと悪魔は未だ懐かしそうに玉座の間を見回していた。天井から垂れているギルドメンバーたちのエンブレムを見上げている悪魔の隣で、バードマンがふと階下に佇んでいる執事と六人のメイドへと目を向けた。
「…あれ、そう言えばセバスとプレアデスたちの待機場所ってここでしたっけ?」
「あっ、それは俺がここまで連れて来たんです。…その、彼らは最後まで動くことなく終わってしまいますから、せめて一回くらいは動かしてあげようかな、と…」
まるで言い訳のようにごにょごにょと説明し始めるモモンガにペロロンチーノとウルベルトの視線が突き刺さる。二人はただ疑問にモモンガに目を向けただけだったのだが、モモンガはどうにも気まずく思えて仕方がなかった。
先ほど口にした理由は決して嘘ではないが、それ以外にも一人で最後を迎えるのが虚しかったというのもあったのだ。しかしそんなことを言えば二人を非難しているようで口には出せなかった。折角最後の最後に駆けつけてくれたのに、彼らに不快な思いをさせたくはなかった。どうせなら楽しく終わりを迎えたいのだ。
そんなモモンガの願いが届いたからなのかは分からないが、ペロロンチーノが自身の頭上に笑顔のアイコンを浮かべてきた。
「ああ、確かに俺がいた頃は第九階層まで来れた奴らはいませんでしたもんね。俺が引退した後も?」
「ええ、誰一人来ませんでしたね」
「というか、ここまで来られたら今ここにナザリックがあるわけないだろ」
「そりゃそうだ。これもモモンガさんがずっとここを守ってくれたおかげですね」
「いえ、そんな…。俺はギルド・マスターとして当然のことをしただけですから…」
「いやいや、流石モモンガさんですよ!」
「それにしても…」
笑顔のアイコンを連呼しているペロロンチーノの隣で、ウルベルトが思い悩むアイコンを自身の頭上へと浮かばせる。
どうしたのかとモモンガとペロロンチーノが首を傾げる中、ウルベルトはじっと老齢の執事を見下ろしていた。
「………アルベドやプレアデスたちは兎も角、まさか“あいつのNPC”と一緒に最後を迎えるとは思わなかった…」
どこか複雑そうな声音で紡がれるウルベルトの言葉に、モモンガとペロロンチーノはウルベルトとセバスを見比べてほぼ同時にあぁ…と頷いた。
確かに他のNPCたちは兎も角として、ウルベルトとセバスという組み合わせは中々に感慨深いものがあった。
セバスを作ったのはたっち・みーというギルド・メンバー。戦士職最強のワールド・チャンピオンであった彼は魔法職最強のワールドディザスターであるウルベルト・アレイン・オードルとは犬猿の仲で有名だった。モモンガなどは喧嘩するほど仲がいいという言葉を地で行く二人だと思っているのだが、二人に言えば毎回全力で否定されたものだ。
「まぁ、セバスはたっちさん本人じゃないから別にいいじゃないですか」
「…いや、まぁ、そうなんだが……。あー、やっぱり一っ走りデミウルゴスのところに行ってこようかなぁ…」
「もう一分切ったんで無理ですよ」
二人のやり取りを見守りながら、モモンガも自分の視界の端にあるデジタル式の時計を見やった。
無音で時を刻む時計は既に23:59を回り、08…09…10……と刻一刻とユグドラシルの終わりをカウントダウンしていた。
もうすぐこの世界が終わる。ここにいるペロロンチーノやウルベルトや他の大切な仲間たちと共に築き上げた全てが、あっけなく失われてしまう。
言いようのない悲しみと寂しさに胸が締め付けられながら、モモンガはこの場にいるのが自分だけでなかったことにひどく安堵した。
「…ペロロンチーノさん、ウルベルトさん、最後に来て下さって本当にありがとうございました」
「そんな…、止めて下さいよ! こっちこそ、呼んでもらって嬉しかったです。ありがとうございます、モモンガさん!」
「結局ギリギリになっちまったけど、最後にモモンガさんに会えて良かったですよ」
オーバーアクションで感情を伝えようとするペロロンチーノと、どこまでもクールなウルベルトに思わず笑みがこぼれる。
彼らがユグドラシルを引退して数年経っているというのに、どこまでも変わらない二人の様子が懐かしいと同時に嬉しく思えて仕方がなかった。
「ユグドラシルはもう終わってしまいますけど、またいつか会いましょうね!」
「…そうだな。モモンガさん、ペロロンチーノ、またいつか」
「………はい、またいつか!」
込み上げてくる感情を何とか飲み下しながら、モモンガが小さく震える声でスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握る手を軽く掲げた。
応えるようにウルベルトとペロロンチーノもリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを填めた左手を軽く握って掲げる。
「「「ナザリック地下大墳墓…、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」」
壮大な玉座の間に三人の声が高らかに響く。
三人の視界の端に映る時計が刻々と時を刻み、正にユグドラシルの終了が訪れようとしていた。
23:59:54…55…56…57………。
三人ともが無意識に瞼を閉じ、心の中で秒を刻みながらただ静かに終わりを待つ。
58…59…00…01…02…03………。
「………………ん………?」
始めに声を上げたのは誰だったのか…。
日付はとっくに変わっているはずなのに強制ログアウトをされる気配もなく、モモンガたちは自然と閉じていた目を開けた。
目の前にはブラックアウトした視界でも
互いの姿を確認し、訳が分からずモモンガたちは大なり小なり首を傾げた。
「………どういうことだ…?」
モモンガの声が虚しく玉座の間に響いて消えた。