世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回はちょっと短めです…。


第8話 作戦会議

 ニグンによりもたらされた情報やニューロニストたちの働きにより、モモンガたちは早急にこの世界の知識を手に入れていった。

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の実状。

 スレイン法国に伝わる伝承という名の歴史。

 プレイヤーと思われる六大神と神人の存在。

 六色聖典と法国に伝わる至宝。

 他にもニグン自身も持っている“生まれながらの異能(タレント)”や、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが戦闘中使用していた謎の戦闘術―“武技”と呼ばれる、この世界特有の能力についてなど。

 カルネ村の村長から聞いたものよりも多く詳しい情報を手に入れられたことで、モモンガたちは大いに喜んだ。

 しかし彼はあくまでもスレイン法国に属していた軍人の一人にすぎず、いくら特殊工作部隊の隊長を務めていたとはいえ知っている情報にも限りがあった。スレイン法国の情報にしても全て知っている訳ではなく、リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国の情報に至っては仕方がないとはいえやはりスレイン法国の情報よりも比較的に少ない。三国以外の他の国や地域の情報に至っては未だ皆無だ。

 やはり今後も情報収集を第一方針として動く必要があるだろうと判断したモモンガたちは、第九階層の円卓の間で今後について話し合うことにした。

 円卓の間ではモモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルトの三人だけでなく、ニグンやセバスを含んだ守護者たちも揃っている。

 まずはニグンのナザリック入りと手に入れた情報を守護者たちにも伝えると、モモンガたちは漸く会議という名の話し合いを開始した。

 

 

「ニグンのおかげで情報は多く集まったが、しかし未だ分からぬことは多くある。まずはスレイン法国以外の残りの二つ…リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国についても情報を集めるべきだろう」

「一番手っ取り早いのは直接その場に行ってみることだな。百聞は一見に如かずとも言うし」

「それもあるが、いざという時の外部の繋がりも必要だろう。後は大きな情報網の確立も急を要する」

「と言うわけで、手始めに一番近いリ・エスティーゼ王国に三人で行ってきます!」

 

「「「「っ!!?」」」」

 

 ペロロンチーノの発言にNPCたち全員が驚愕の表情を浮かべて大きく息を呑む。滅多に表情を動かさないセバスや表情が非常に分かり辛いコキュートスでさえ驚いていることが分かり、彼らがどれほど衝撃を受けているのかが窺い知れた。

 

「三人で…と仰いますと、まさか御方々だけで!? だ、だめです! その、そのようなことっ! どうか御考え直しください!!」

 

 動揺のあまりアルベドがどもりまくる。他のNPCたちも全員そうなのだろう、縋るような目でこちらを見つめてきた。

 彼らとて至高の主と仰ぐ主人たちの力を信じていない訳ではない。彼の御方々に敵う者など存在しないだろうと本心からそう思っている。しかしここは未だ未知の世界であり、いついかなる問題が発生するとも限らないのだ。その際、御身が少しでも危険に晒されるようであれば、彼らは決してそれを看過することはできなかった。

 

「アルベドの言う通りだ。君は連れて行けないと言っただろう。私とモモンガさんの二人で行くから、君は留守番をしていたまえ」

「いーやーでーすぅー!」

 

 シモベたちの心情も露知らず、アルベドの言葉を良いように改変してウルベルトが更に爆弾発言を言ってくる。

 ペロロンチーノは必死に抵抗したが、ウルベルトは取り付く島もなかった。

 

「君は身を偽る方法を持っていないじゃないか。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉はできても、それでは意味がないだろうし…。どうやって人間の街に紛れ込むつもりだね?」

「幻術系のアイテムがあるじゃないですか! それで人間の姿の幻を纏わせれば万事オッケーですよ!」

「駄目だ。アイテムの幻術魔法はレベルが低いし、いつ誰に見破られるかも分からない。リスクが高すぎる」

「…うぅ、そんなこと言ったらウルベルトさんだってそうじゃないですか」

 

 鋭い指摘にペロロンチーノが苦し紛れに言い返す。

 ペロロンチーノが取得している職業は弓兵を中心とした後衛が殆どであるため、全身鎧(フルプレート)を装備することができない。加えて幻術も駄目となれば鳥人(バードマン)である彼は一発で異形だとバレてしまうだろう。

 しかし、それを言うならばウルベルトとて同じはずだ。

 ウルベルトも純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であるため全身鎧(フルプレート)といった重装備を装備することができない。モモンガのような〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉の魔法も取得していないため、幻術も駄目ならばウルベルトとて姿を偽る手段がないはずだ。

 しかしウルベルトは不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げていた。

 

「…何言ってるんだ。俺は『人化』の魔法を取得しているから大丈夫だろ」

「「えっ!?」」

 

 何でもないことのように言われた言葉に、響く驚きの声は二つ。ペロロンチーノだけでなく、大人しく二人の口論を見守っていたモモンガも驚いたようにウルベルトを凝視していた。NPCたちも困惑の表情を浮かべてウルベルトを見つめている。

 ウルベルトは周りの反応に気が付くと、今度は反対側に首を傾げさせた。

 

「…あれ、教えてなかったか?」

「知りませんよ! いつ取得してたんですか!?」

「だいぶ前だよ、モモンガさん。…それこそ、クランに加入する前だな」

「…でも、意外ですね。『人化』なんてウルベルトさんが一番取得しそうにない魔法なのに……」

 

 呆然と呟くペロロンチーノに、ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 確かに『人化』の魔法や〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉のように種族や職業を一時的に変化させたり偽ったりする魔法は万能型を目指すプレイヤーたちには人気の高い魔法だったが、魔法詠唱者(マジックキャスター)を極めようとしていたウルベルトにとってはあまり必要性のない魔法だった。少しでもウルベルトを知る者からすれば意外のなにものでもないだろう。

 しかし…。

 

「…まぁ、俺も最初は弱かったってことだな」

 

 苦笑を深めさせ、力なく肩をすくませる。

 自嘲を含んだ言葉に、モモンガとペロロンチーノは思い至るところがあり、納得して小さく頷いた。

 しかし訳が分からないのはNPCたちだ。

 一体ウルベルトの言葉の意味は何なのか、一体何があったというのか。

 困惑と疑問の色を浮かべたシモベたちの視線に気が付き、モモンガは懐かしそうに小さく眼窩の灯りを揺らめかせた。

 

「…そうか、お前たちは知らないのだったな。ユグドラシルでは一時期、“異形種狩り”というものが流行っていてな。もともと我ら“アインズ・ウール・ゴウン”は、その“異形種狩り”から異形たちを守るために結成されたギルドだったのだよ」

 

 ギルドの長であるモモンガから語られる内容に、NPCたちは一様に驚愕の表情を浮かべた。栄えある“アインズ・ウール・ゴウン”の結成理由も驚きだったが、何より“異形種狩り”があったという事実が信じられなかった。

 “異形種狩り”ということは、異形ではない存在が異形を狩っていたということだ。それはつまり、人種や亜人種といった下等生物も我ら異形の存在を狩っていたということになる。

 NPCたちが思わず怒りと屈辱に顔を歪ませる中、しかし次に飛び出てきた主たちの発言にその怒りが更に燃え上がることとなった。

 

「そう言えばモモンガさんがギルドに入ったのも、“異形種狩り”にあってたっち・みーさんに助けられたのが切っ掛けだったんですよね」

「…あぁ、そうだな。だが、ペロロンチーノさんとウルベルトさんはギルドに加入した当初から強かった記憶があるが…」

「まぁ、俺は姉ちゃんもいたから何とかなってましたけど…、それでもギリギリでしたよ。何度ロストされそうになったか…」

「それは私もだな。今でこそ“大災厄の魔”と恐れられてはいたが、始めは毎日のように殺されそうになっていたものだ。『人化』の魔法も、偏に奴らの襲撃から逃れるために仕方なく取得した魔法だったからねぇ」

「ウルベルトさんにもそんな頃があったんですね。ちょっと意外です」

「今となっては笑い話だがね。…あの頃は本当に大変だった」

「…本当に、まったくだな」

「ですね~…」

 

 しみじみと語り合うモモンガたちに、しかしシモベたちはそれどころではなかった。

 下等生物どもが“異形種狩り”などと言う身の程知らずな行動を起こしていただけでなく、その矛先が自分たちの崇拝し、敬愛する至高の御方々にも向けられていたという事実。とても容認できるものではなかった。

 円卓の間にシモベたちの激しい怒りと殺気が一気に爆発し、目に見えるのではないかと錯覚する程の濃厚さで充満していく。唯一新参者のニグンはギョッと目を見開いて冷や汗をダラダラと流し、モモンガたちも漸くNPCたちの様子に気が付いて小さく目を瞠った。

 

「ど、どうした、お前たち…?」

 

「………モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様、今すぐにでもその愚か者どもを殲滅するご許可を…っ!!」

 

 アルベドがシモベたちを代表して前に進み出てくる。必死に感情を抑え込もうとしているのだろうが、その爛々と光る金色の瞳も、滲み出る怒気と殺気も全く押し殺せていない。他のシモベたちも同様で、大きすぎる威圧感にこの部屋が破壊されないことが不思議に思えてしまうほどだった。

 

「お、落ち着け、お前たち! もう終わったことだ!」

「そんなに怒ってくれなくても大丈夫だよ。“異形種狩り”に参加していた連中は粗方俺たちで返り討ちにしたり“お礼参り”したからね」

 

 慌てて落ち着かせるモモンガの隣で、ペロロンチーノも朗らかな笑みを浮かべる。

 彼の言葉通り、モモンガたちはクランを立ち上げ力を蓄えると、襲い掛かってくる“異形種狩り”を返り討ちにすると共にメンバーを苦しめた者たちに対しても“お礼参り”を行っていた。過去モモンガを標的に襲ってきた連中も、既に彼ら自身の手によって“お礼参り”済みである。

 モモンガは一度わざとらしく咳払いをすると、何とか話題を戻そうと試みた。

 

「と、とにかく、ウルベルトさんが『人化』できるのは分かった。では、やはり街に行くのは私とウルベルトさんだな」

「えーっ、モモンガさんまで!?」

 

 まさかの裏切りにあい、ペロロンチーノが悲痛な声を上げる。しかしこれ以上の反撃の言葉も思い浮かばず、もはや恨みがましく目で訴えることしかできなかった。尤もその目は被っている兜に覆われて隠れているのだが、仲間ゆえにモモンガにもウルベルトにも彼が今どんな表情を浮かべているのかが手に取るように分かった。モモンガは少し気まずそうに、ウルベルトは楽しそうな笑みを浮かべてペロロンチーノを見つめる。

 

「決まったな。そう肩を落とさずともカルネ村には行けるのだから良いじゃないか。折角だからあの姉妹を攻略でもしていたまえよ」

「…うぅ」

「えーと…、では、私とウルベルトさんで王国の街に行くということで良いな」

「ちょーっと待ったぁ!!」

「…今度はなんだ」

 

 再び声を上げるペロロンチーノにウルベルトがうんざりしたように顔を顰めさせる。一見すれば不機嫌に怒っている様にも見えただろう。しかしシモベたちは兎も角、ペロロンチーノがそれに怯むことは一切ない。椅子から立ちがるとビシィッとモモンガとウルベルトに鋭く指を突き付けた。

 

「俺が残るのは100歩譲って良いでしょう…。でも、俺が残るのに二人が仲良く一緒に冒険するのはずるいです! 我慢できません!」

 

「「……………………」」

 

 モモンガとウルベルトは思わず目――モモンガの場合は眼窩の灯りだが――を瞬かせると、互いの顔とペロロンチーノを交互に見やった。モモンガは困ったように小さく肩を落とし、ウルベルトは大きなため息をつく。

 我儘を言うなという思いもなくはないが、彼の気持ちも理解できるため強くは言い返せない。

 第一、既に彼一人を留守番させるという負い目があるため、これ以上自分たちの好きなように行動するわけにもいかなかった。

 しかし、そうなると幾つか問題が出てくる。

 

「…だが、そうなると供回りが必要となってくるだろう。いくら何でも一人で行動するのは危険だ」

「後は行動する場所もだな。複数箇所で同時に活動できるのは魅力的ではあるが…」

 

 チームを少数にまとめて行動するのと、複数に別けて行動するのとでは、当たり前ではあるがそれぞれメリットとデメリットが存在する。

 少数でまとまって行動した場合、戦力が集中するため何か不測の事態が起こったとしても対処できる確率が高くなる。しかし一度にできる行動は限られるため、得られる情報はそれ相応にしか手に入らず、外部との繋がりも一つ一つ獲得していかなくてはならない。

 逆にチームを複数に別けた場合、戦力を拡散させてしまうために、その分戦力が低下してしまう可能性は高くなる。かといって戦力を維持しようとすれば、割く人員が増えてしまい行動の手が鈍ってしまう可能性も出てくる。しかし一度に得られる情報は複数に増え、外部との繋がりも一度に複数獲得することができるだろう。

 さて、どうしたものか…と考え込む中、ずっと部屋の隅で隠れるように控えていたニグンが恐る恐るこちらに歩み寄ってきた。

 

「…あの、ウルベルト様、一つ確認させて頂いても宜しいでしょうか」

「ん? なんだね?」

「皆さまが求めていらっしゃるのはありとあらゆる情報と確立した情報網、各組織への繋がりで宜しかったでしょうか?」

「まぁ、そんなところだね…」

「…では、王国と帝国の両国へ潜入するか、一つの国へ違う身分で潜入するのはいかがでしょう?」

「ほぅ…」

 

 面白いことを聞いたとばかりにウルベルトの顔にニンマリとした笑みが浮かぶ。手振りで続けろと合図を送るのに、ニグンは未だ恐る恐るといった素振りを見せながらも再び口を開いた。

 

「身分を偽って潜入できる役柄は幾つかありますが、その中でも比較的容易かつ目的を達成しやすいのは冒険者やワーカー、商人だと思います」

「ふむ…、ワーカーというのは?」

「基本的な活動は冒険者と変わりませんが、冒険者組合(ギルド)には所属しておりません。一般的な認識は“冒険者から堕落した者たち”というものですが、ワーカーたちの活動理念や思惑は様々です。金、探求心、力への向上心、彼らなりの正義…、組合に所属していないが故に必要とされている部分も多くあります。必要悪…という奴です」

「なるほど…」

 

 ニグンの説明にモモンガたちはそれぞれ熟考の姿勢を取って考えを巡らせた。彼の進言内容は非常に興味深く、また役に立つものだった。

 冒険者にワーカーに商人…、この三つはそれぞれ違った種類の人との繋がりが重要になってくる職業であり、また名声度が高ければ高いほど得られるものは多くなる。

 例えば冒険者は人そのものとの繋がり。

 商人は同業者の商人たちと王族貴族たちとの繋がり。

 そしてワーカーは冒険者と同じく人そのものとの繋がりは勿論だが、上手くすれば闇稼業の者たちとの繋がりも作れるかもしれない。

 どれも非常に魅力的であり、活動もしやすそうだ。

 いっそのこと王国と帝国の両国にそれぞれ三チームを送り込もうかと考えるも、しかしそれには潜入できる人数が足りなさ過ぎた。

 幻術もなしに不自然なく人間の世界に潜入できるのは守護者の中ではシャルティアとアウラとマーレ。その他ではセバスと戦闘メイド(プレアデス)と一般メイド、後は角と目さえ隠せればニグンも潜入できるだろう。

 しかし戦闘メイド(プレアデス)の中でもエントマは複数の蟲で擬態しているだけなためバレるリスクは高く、シズは使う武器からして外に出すのは躊躇われた。一般メイドはレベルからして論外だ。後の者たちは完全に異形の姿をしているか、異形種特有の部分は隠せても違和感が出てしまうため連れて行けない。

 モモンガとウルベルトを含めても十一人しかいないという少なさだ。二人一チームとしたとしてもギリギリ数が足りない。

 

「…やはりある程度絞り込まなければ駄目か。冒険者と商人のチームを両国に、ワーカーのチームを王国に潜入させるか?」

「お待ちを、モモンガ様。王国は三国の中でも冒険者組合の力が一番強いため、ワーカーはそれほど多くありません。逆に帝国は冒険者の仕事をある程度国の兵がこなしてしまうため冒険者組合の影響力は低く、逆にワーカーが比較的多くいると聞きます。商人は両国とも活動はできると思われますが、帝国は現皇帝によって貴族の大半が粛清されておりますので、上流階級の繋がりを作るのは難しいかもしれません」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、王国には冒険者チームと商人チーム。帝国にワーカーチームを送ったら良いんじゃないですかね?」

「…そうだな。商人チームは初めに王国で活動し、後に帝国へ手を伸ばす形でいくとしよう」

 

 モモンガの判断にペロロンチーノとウルベルトも賛成して頷く。

 次は割く人員と潜入以外の着手項目についてだ。これはナザリックの現状と今後についても大きく関わってくるため、ナザリックの運営管理を任されているアルベドやナザリック最高峰の頭脳の持ち主であるデミウルゴスを中心に話し合いを行った。しかしそこは至高の主を崇拝し忠誠を誓うシモベたち、妙な熱情と執拗さでいかに側近くで仕えられるか白熱した舌戦を繰り広げ始めた。特にデミウルゴスとシャルティアは自身の創造主がいることもあり、他の者たちよりも一層熱が入っている。

 だがどんなに彼らが熱弁したところで最終決定するのはモモンガたちだ。シモベたちの熱量と威圧感に内心ビビりながらも、あくまでも冷静に全てを決定し、命を下していく。

 気が付けば時間は大幅に流れており、昼過ぎ頃から始まった話し合いは深夜にも及んでいた。

 

 

 

「…ふぅ、漸く決まりましたね」

「一部納得していない子たちもいるみたいですけどね」

 

 一つ軽い息をつくウルベルトに、ペロロンチーノがNPCたちを見つめながら言葉を返す。

 彼の言う通り、一部のNPCたちが恨みがましそうに部屋の隅にいるニグンを睨み付けていた。ニグンは最上位者たちの視線に冷や汗をダラダラと流し、ひたすら身を強張らせてNPCたちから目を背けている。

 何故こんな状況にあるのかと言うと、全てはウルベルトの提案と決定した人選が原因だった。

 まず王国に冒険者として潜入するのはモモンガとナーベラルの二人で、商人として潜入するのがセバス、ソリュシャン、ルプスレギナの三人。

 ペロロンチーノはカルネ村との交流と周辺の森の探索を担当し、その補佐にコキュートスとアウラとマーレが付く。

 シャルティアとエントマは商人組と連携して生まれながらの異能(タレント)や武技を持つ者の捕獲を担当し、デミウルゴスはスクロールやポーションといった消費アイテムの生産方法を探すことになった。

 アルベドとシズは留守番組としてナザリックの管理と守護を担当する。

 そして一番の問題は帝国にワーカーとして潜入するチーム。選ばれたのはウルベルトとユリ、そしてニグンだった。

 

「…ウルベルト様。恐れながら、やはりこの者の同行は承服しかねます。この者はあまりに弱く、ウルベルト様をお守りするどころか足手まといとなります」

「デミウルゴス、私は別に強さを求めている訳ではないよ。私が彼に求めているのは情報だ。それには行動を共にするのが一番手っ取り早いのだよ」

 

 情報を教えるというのは思っている以上に難しい。質問する側が明確に指示できればまた違うのだが、モモンガたちが求めるのは“この世界について”というとても抽象的なものだ。それには常識といったものも含まれており、それを教えるのは至難の業だった。

 常識ということは、教える者にとってそれは当たり前のことということだ。そんな状態で相手がどこまで知っていてどこまで知らないのか、それを判断することすら難しい。教える側も教えられる側も判断できないのであれば、行動を共にして疑問に思った時に都度質問する方が一番手っ取り早く確実だ。モモンガのチームに入れることも考えたが、ニグンには王国の冒険者の一つと一戦交えた過去があるらしく、正体がバレる可能性があるためウルベルトのチームに入ることになったのだった。

 

「とにかく、これは決定事項だ。今後はこのチームで動くことになる。何かあれば帝国については私に、王国についてはモモンガさんに、ナザリックやカルネ村、村周辺の森についてはペロロンチーノに知らせるように」

「未だ知らぬことは多い…。三日に一度はナザリックに帰還し、深夜12時より円卓の間で情報共有の場を設けることとする。もしどうしても帰還が難しい場合は、代理をたてて参加させるようにせよ」

「決行は…四日後とかの方が良いですかね。その間に必要な物は用意しておくように」

「「「「はっ!」」」」

 

 ペロロンチーノの号令にシモベたち全てが跪いて深々と頭を下げる。

 しかしデミウルゴスとアルベドはすぐさま立ち上がると、ツカツカと足早にニグンの元へと歩み寄っていった。

 

「…さて、ウルベルト様のご意思であれば仕方がありません。貴方はウルベルト様に同行するという名誉を賜ったのです。これから決行日のギリギリまでシモベとしての振る舞いや心づもりなどをきっちりと指導してさしあげましょう」

「ええ、そうね。私は留守を任されたためウルベルト様をお守りすることができない…。貴方にはきっちりと私たちの代わりを務めてもらわないとね」

「あ、あの…デミウルゴス様? ア、アルベド様…?」

 

 デミウルゴスとアルベドを見上げるニグンの顔が蝋の様な白から悲惨な青に変わる。泣きそうに深紅の瞳を潤ませて顔を引き攣らせるニグンに、しかし二人の悪魔は笑みを湛えたまま有無を言わせずガシッと彼の肩を両側から鷲掴んだ。

 一瞬宙をさ迷ったニグンの視線とウルベルトの視線が合わさり、慈悲を乞うような色を向けてくる。

 しかしウルベルトは一つ小さな息をつくと、ただ力なく手を振るだけに留めた。

 

「…あぁ、まぁ…ほどほどにな、二人とも」

「はい、勿論です、ウルベルト様」

「それでは御前を失礼いたします、モモンガ様、ウルベルト様、ペロロンチーノ様」

 

 優雅な礼を取って退室していく二人の手には未だしっかりとニグンの肩が握られている。ニグンは悲鳴を上げることすら叶わず、まるで罪人か生贄の様に二人に連行されていった。

 何とも言えない微妙な雰囲気が円卓の間に漂う。

 気を取り直したNPCたちが礼と共に円卓の間を下がる中、残されたモモンガたちだけが未だ微妙な表情を浮かべていた。

 

「…大丈夫なんですか、あれ」

「………大丈夫だろ、多分」

 

 微妙な表情を浮かべたまま微妙な会話を交わす二人に、モモンガが疲れたように肩を落とす。気を取り直すように一つ息をつくと、NPCたちが誰もいなくなったことを再度確認してから改めてペロロンチーノとウルベルトを見やった。

 

「でも、何とか決まりましたね。本番はこれからですが、まずは一安心です」

「NPCたちのあの妙な威圧感は予想外でしたけどね。…あ~、でもやっぱり俺も街に行ってみたかったな~」

「今はカルネ村で我慢しろ。こっちも何か方法がないか探しておくからさ」

「うぅ、お願いします…」

 

 見るからに肩を落として落ち込んで見せるペロロンチーノに、思わず小さな苦笑が浮かぶ。しかしモモンガも内心では少し気落ちしていた。またユグドラシルの時の様に仲間たちと冒険ができると思っていたのだ、ナーベラルもいるとはいえ自分一人で行動しなくてはならないというのが残念でならない。仕方がないこととはいえ、何とかならないものかとつい考えてしまう。

 モモンガとペロロンチーノが二人で肩を落とす中、一人ウルベルトだけが楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「じゃあさ、いっちょ勝負しないか?」

「勝負、ですか…?」

「三人で冒険はできないけど、勝負はできるだろ? 例えば、どっちが先に名声をこの世界に轟かせられるか競争といこうじゃないか。ペロロンチーノの場合は名声じゃなくて、そうだな…あの姉妹を落とせたら勝ちってのでどうだ?」

「それは…確かに楽しそうですね」

「…フッ、このエロゲー・マスターの俺に勝負を挑むとは笑止。絶対に俺が勝ーつっ!!」

「おっ、言ったな」

 

 途端に楽し気な笑い声が円卓の間に響き渡る。

 モモンガはずっと望んでいた光景が再び目の前にあることに、そっと柔らかく眼窩の灯りを揺らめかせた。

 

「まぁ、作戦決行まではまだ時間はありますし、ゆっくりじっくり準備するとしますか」

「何か要り様のものがあれば俺に言え。素材があれば作ってやるよ」

「わぁ、良いんですか! 是非よろしくお願いします!」

 

 これから訪れる未知の冒険を胸に、モモンガたちの会話は止まらない。まるで遠足に興奮して眠れぬ子供の様に、睡眠が必要であるはずのペロロンチーノも巻き込んで三人の議論は長々と続いた。

 朝の到来を告げに一般メイドが来るまで、円卓の間が普段の静けさを取り戻すことはなかった。

 

 




最初からニグンさん大活躍!
でもただいま若干ニグンさんの口調が迷子中です…。違和感などありましたら申し訳ありません…orz

次回からはモモンガさんたちは別々に行動です。
若干メンバーが原作とは変わったチームもあり、これからどうなっていくのか私も不安です…(汗)

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