世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回はウルベルトさんの回です。


第9話 初日と企み

 清々しい晴天と気持ちのいい陽気。

 この世界ではまだまだ珍しい石や煉瓦に覆われた道に、活気のある街並み。

 ここはバハルス帝国、鮮血帝と名高いジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝がおわす帝都・アーウィンタール。

 中央には煌びやかな皇城が悠然と佇み、放射線状に帝国魔法学院や大学院、各種行政機関が整然と広がっていた。一番人通りの多い中央道路は馬車専用の道と歩道とで別れており、防護柵や段差で整備され、街灯も設置されている。至る所に多数の騎士が警備に立ち、治安は非常に良好だ。隣国であるリ・エスティーゼ王国の王都に比べると、その設備も治安の良さも段違いであり、非常に近代的な都市である。

 立ち並ぶ多くの店もそれ相応のものが多く、その中に一件の年季の入った店が佇んでいた。

 強い風に小さく揺らめく看板には“歌う林檎亭”と書かれている。朝方から多くの客で賑わうその店は、帝国に存在する多くのワーカーチームが拠点として利用する酒場兼宿屋だった。

 一階を酒場兼食堂、二階を宿屋として運営している“歌う林檎亭”は、年季の入った外見とは裏腹に内装は意外としっかりしている。隙間風などなく、酒場でもあるのに清潔感もあって、壁も床も綺麗に磨かれゴミ一つない。値段はそれなりにするものの主人の作る料理も美味いと評判で、“歌う林檎亭”はいつも明るい賑わいに溢れて大繁盛だった。

 今日も朝から多くの人間が出入りし、注文の声と話し声、笑い声が一階の食堂に溢れている。

 明るい賑わいを見せる中、不意に宿屋となっている二階から二十代の若い男がのそのそと階段を下りてきた。

 

 

「…ふわぁ、はよ」

 

 金髪の短い髪を一部赤く染めている男は、眠そうに大欠伸を零しながら食堂の中を進む。器用に多くの人やテーブルや椅子の間をかき分け、一つのテーブルに座る三人組の若者へと片手を上げて声をかけた。

 

「漸く起きたのね。遅いわよ、ヘッケラン」

「おはようございます、ヘッケラン」

「おはよう…」

 

 声をかけられた三人組は呆れ顔、笑顔、無表情とそれぞれ浮かべて順々に挨拶を返してくる。

 ヘッケランと呼ばれた金髪の男は漸く寝ぼけていた顔を引き締めさせると、快活とした笑みと共に彼らと同じ席に着いた。

 

 彼らは“歌う林檎亭”を拠点とする四人組ワーカーチーム“フォーサイト”。比較的年齢層が若く、四人組という少人数のワーカーチームだ。

 リーダーは先ほど二階から下りてきた男で、名をヘッケラン・ターマイト。

 二振りの剣を自在に操る軽装戦士で、“フォーサイト”の唯一の前衛担当である。

 ヘッケランの右隣に座っているのは同じ年頃の一人の女性で、名をイミーナ。

 紅色の長い髪を頭の高い位置に二つに纏めており、人間とは違う長く尖った薄い耳が露わになっている。ぴっちりとした皮の鎧を纏う身体には女性らしい膨らみやまろやかさは一切なく、まるで少年のような体付きだ。腰には小さな短剣しか装備されていないが、彼女は優れた野伏(レンジャー)であり、腕の良い弓兵でもある。

 ヘッケランの左隣に座っているのはチームの最年長者である男で、名をロバーデイク・ゴルトロン。

 短い金髪の髪に、整えられた顎鬚。三十代らしい大人っぽい顔には落ち着いた笑みが浮かんでおり、神官らしい落ち着いた雰囲気が男から発せられていた。

 最後に、ヘッケランの正面に座っている少女が、名をアルシェ・イーブ・リイル・フルト。

 未だ十代の少女でありながら既に第三位階魔法まで使いこなせる天才魔法詠唱者(マジックキャスター)である。加えて彼女にはある生まれながらの異能(タレント)も宿っており、その若さにして既に十分な主戦力となっていた。

 メンバー全員が相当な実力の持ち主であり、帝国では中々に名の知れたワーカーチームである。

 

 

「みんなはもう朝飯は食ったのか?」

「当たり前でしょ。こんなに遅くに起きてくるなんて、昨日は何やってたのよ」

「えーと、そのぉ…」

「確か親交を深めるために他のワーカーチームの方々と飲み比べをしていましたね」

「ばっ、ロバー!」

「…はぁ、そんな事だろうと思った」

 

 呆れた表情を浮かべるイミーナに、ヘッケランは小さく肩を縮み込ませる。

 しかしすぐさま気を取り直すと、近くを通りかかった店員に“本日のおススメ”を頼んで改めて仲間たちに目を向けた。

 

「それで、これからどうするの? 確か新しい依頼はまだなかったわよね」

「いや、実は昨夜遅くに新しい依頼が来たんだ」

 

 店員が運んできたパンと野菜シチューを受け取り、早速スプーンを掴んで口へと運ぶ。湧き出る食欲の赴くままに勢いよくパンに齧り付き、スープを喉の奥へと流し込んだ。

 表面はパリッとしていながらも中はふわもちのパンに、野菜の旨味を引き立たせた濃厚でいてさっぱりとした後味のスープ。

 やはりここの飯が一番うまい、と内心で何度も頷きながら、ヘッケランはパンの最後の一欠けらを口の中へと放り込んだ。

 

「新しい依頼って一体どんな依頼なのよ」

「あぁ、それが…」

 

 訝しげな表情を浮かべる面々に、ヘッケランも説明しようとスプーンを掴んでいる手の動きを止める。

 しかし彼の口は言葉を紡ぐ前に中途半端に開いた状態で停止した。呆然と呆けた表情を浮かべるヘッケランに、他の仲間たちが訝し気に首を傾げる。一体何を見ているのかと彼の視線を辿り、瞬間彼女たちも一様に呆けた表情を浮かべた。

 あんなに騒がしかった店内はシーンっと静まり返り、部屋中を走り回っていた店員たちでさえ呆けた表情を浮かべてその場に立ち尽くしている。

 この場にいる全員が見つめている先は全て同じであり、それらは外の扉から店内に入ってきた三人の人影に向けられていた。

 店内に入ってきたのは二人の男と一人の女。

 男、女、男の順に一列に並び、静まり返る店内を気にした様子もなく颯爽と店の中へと足を踏み入れてくる。

 何故この場にいる全員がそんなにも彼らを注視しているのか…。それは偏に彼らの美貌とその身に纏う見慣れぬ服装や装備が原因だった。

 先頭を歩く男は二十代後半だろうか。

 褐色の肌に切れ長な金色の瞳。雪のような真っ白い髪は肩よりも少し長く、綺麗に後ろに流していながらも柔らかですべらかな髪質なのか幾束かは前に垂れ下がって微かな風にも揺らめいている。右目にはモノクルと首には黒い革製のチョーカーを着け、両手には中途半歩に短い漆黒のグローブ。手足の長いスラッとした細身の身体に纏っているのは七分丈の白いシャツにダークワイン色の袖のない上着で、不思議な色合いの漆黒のロングコートを肩にかけている。黒のボトムを履いている左足の太腿から腰に掛けてベルトを装着しており、そこには不思議な(ステッキ)が一本収まっていた。

 次に、男のすぐ後ろに付き従っているのは長身の美女。

 きめ細かな白皙の肌に、涼しげでいてぱっちりとした瞳。艶やかな長い黒髪は後頭部の高い位置に団子にしてまとめており、細いフレームの眼鏡と相俟って涼やかな清涼感を漂わせている。首には青と銀のチョーカー。華奢でいて女性らしい凹凸を持つ身体は白いシャツと焦げ茶色のケープを纏い、コルセット型の皮鎧の下からは漆黒のロングスカートと腰布が垂れ下がっている。一見どこかの貴族の令嬢にも見える彼女は、しかしその両腕にはひどく似つかわしくない仰々しいまでのガントレットが装備されていた。

 最後に彼らの最後尾を付き従うのは性別しか窺い知れぬ一人の男。

 純白のフード付きのマントを目深に被り、露わになっているはずの顔には漆黒の仮面が上半分を覆っている。唯一見える鼻から下の肌は蝋の様に白く、仮面から覗く左側の頬から顎先にまで走る一本の傷跡が妙に印象的だった。服装や装備品はマントに隠れて一切見えなかったが、体格は三人の中で一番良いように見える。

 最後尾の男は仮面を被っているため分からないものの、他の男と女は正に美男美女。

外を歩けば100人中100人が必ず振り返るだろうと確信するほどの美貌。加えて三人ともが一目で分かるほどに質の良い服と装備を身に纏っている。これで見るなという方が無理な話だろう。

 しかし彼らは自分たちに向けられている多くの視線などまるで感じていないかのように、どこまでも自然な動作で一番奥のカウンターまで歩み寄っていった。

 

 

「失礼ですが、あなたがこちらのご主人でしょうか?」

 

 カウンターの奥に立つ店の主人に声をかけたのは先頭を歩いていた男。

 薄く形の良い唇から零れ出る声音は不思議な深みがあり、丁寧な口調と相俟ってどこまでも甘く柔らかく感じられた。

 

「あ、あんたたちは…」

「申し遅れました。私はレオナール・グラン・ネーグルと申します。彼女はリーリエで、彼はレイン。こちらの宿屋は多くのワーカーチームの拠点として仲介役もしていると伺ったのですが…」

「あ、あぁ…ワーカーに依頼かい? それなら丁度…」

「いえいえ。実は我々も本日よりワーカーとして活動しようと考えておりまして、是非ともこちらを拠点として利用させて頂きたく伺った次第なのです」

「………は……?」

 

 あの厳格な店主の口から間の抜けた声が零れ出る。

 しかしそれも仕方のないことだろう。

 なんせ目の前の三人組からは一種の暴力的な雰囲気は一切感じられず、少しも戦えるようには見えないのだ。どちらかというとお忍びの貴族一向のようで、決して強そうにも見えない。

 ワーカーになってもすぐに挫折するか命を落としてしまうのではないだろうか。

 

「…あー、お前さんたち全員聞いたことのねぇ名だが、まさかまったくの初心者かい?」

「と、言いますと?」

「ワーカーってのは今までの伝手や名声で客と依頼を引き寄せる。だから大抵はじめは闘技場で戦ったり、冒険者や他のワーカーチームに加入して伝手や名声を作ってから独り立ちするんだ」

「なるほど、なるほど。確かに残念ながら我々は闘技場に参加したことも冒険者になったこともありません。しかし心配は無用です。伝手も名声も、今からでもどうとでもなる。その助言だけ、有り難く受け取らせて頂きます」

 

 聞きようによっては男の言葉は傲慢なものに思えただろう。しかし何故かこの場にいる全員とも、まったくそう感じることはなかった。それどころか底知れぬ男の態度に無意識に背筋を震わせ、畏怖にも似た感情を湧き上がらせる。

 男はこの場にいる人間全員の気を呑んだことにも頓着せず、ただ店主と二言三言会話して二階の宿の一室を借りると、店に入ってきた時と同様に一列に階段の奥へと消えていった。複数の足音が徐々に遠ざかり、二階の奥の方で小さく扉の閉まる音が微かに聞こえる。

 瞬間、今まで静寂が支配していた食堂に勢いよく喧騒が爆発した。

 誰もが興奮したように近くの者に話しかけ、湧き上がる感情そのままに捲し立てる。中には顔を真っ赤に染め上げて、うっとりと三人組が消えていった階段の奥を見つめる者さえ多くいた。

 

「おいおい、見たか! 何だよ、あれ!?」

「すげぇ美男美女だったな。それにあの装備…、一体どれほどの価値があるんだ?」

 

「…はぁ、リーリエさんかぁ。なんて美しい人なんだ。俺、本気で惚れちゃったかも…」

「確かに綺麗な人だったわね。でも、そんなことよりもレオナール様よ! あの洗練された物腰に、礼儀正しい口調。それに何よりあのかっこよさ!」

「ここを拠点にするってことは、ここに来ればまた会えるのよね!? あ~ん、通い詰めちゃおうかしら~」

 

「あのフードの男は何だったんだ? あいつだけは一切何も分からなかったな…」

「でもあの二人と同じチームなのよ? きっとあの人もイケメンだと思うわ!」

 

 まるで王族や英雄に会った子供の様に、誰もがはしゃいで声を弾ませている。

 ヘッケランたち“フォーサイト”の面々も決して例外ではなく、無意識に大きな息を吐き出しながら互いに顔を見合わせた。

 

「…なんていうか、いろんな意味で凄かったわね」

「そうですね…。見た目や雰囲気はどこかの貴族の子息のように感じましたが、何にせよある意味大物であることは間違いないでしょう」

「だな…。でも、どうにも強そうには見えないんだよなぁ。アルシェは何か感じたか?」

 

 ヘッケランの問いかけに、自然とイミーナとロバーデイクの視線も少女へと向けられる。

 少女はじっと三人組が消えた階段の奥を見つめると、視線を戻して小さく頭を振った。彼女にしては珍しく、困惑したように眉を寄せている。

 

「…分からない。少なくとも、レオナールって人とリーリエって人からは何も見えなかった。…レインって人は見えたけど、あの人は強いと思う。多分…高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)で……信じられないけど、第四位階魔法も使えると思う」

「第四位階っ!?」

 

 信じられない言葉に三人ともが思わず驚きの表情を浮かべる。

 第四位階といえば相当の熟練者のみが達せられる領域であり、魔法詠唱者(マジックキャスター)として大成した者のみである。

 

「そいつは…、すごいな。相当な実力者じゃないか」

「他の二人も同じだけの実力者なのかしら…?」

「それは流石にあり得ないだろう。そんな奴がポンポンいたらたまったもんじゃねぇ」

「…まぁ、確かにね」

「では、あのフードの方がリーダーなのでしょうか?」

「うーん、そうは見えなかったけどなぁ…」

 

 顔を顰めさせるヘッケランに、イミーナも微妙な笑みのような表情を浮かべる。ロバーデイクやアルシェも少なからず同じような表情を浮かべており、彼らは思わず全く同じタイミングでため息にも似た大きな息を吐き出した。

 これ以上あの三人組について話しても想像の域を出ず、仕方なく取り敢えずは様子見という形でこの話は終わらせる。今はそれよりも話しておかなければならないことがあり、ヘッケランは気を取り直して仲間たちに新たな任務について話すことにした。

 未だ興奮冷めやらぬとばかりに騒がしい店内。

 “フォーサイト”の面々も他の客たちも、誰一人として階段奥の影から自分たちを見つめている存在がいることに気が付くことはなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 “歌う林檎亭”の宿の一室を借りて十数分後…――

 暫く階段奥の影で一階の食堂の様子に目を走らせ耳を聳たせていたレイン――ニグン・グリッド・ルーインは、そろそろ良いだろうと見切りをつけてそっと静かに踵を返した。階段の板の軋みも、靴音が地面を蹴る微かな音さえ立てぬように細心の注意を払いながら目的の部屋へと歩を進める。見えてきた木の扉を小さくノックすれば内側から小さく開かれ、レンズ越しの美しい瞳がこちらを覗き込んできた瞬間に扉が大きく口を開いた。身体の向きをずらして道を空けてくれるリーリエ――ユリ・アルファに一言礼を言い、部屋の中へと足を踏み入れる。

 外装からは想像がつかないほどに小奇麗な内装が視界に広がり、部屋の中心に置かれた質素な寝椅子(カウチ)に寝そべるように座る主の姿が目に飛び込んできた。

 

「…戻ってきたか。ご苦労だったね、ニグン」

「遅くなりまして申し訳ありません」

「いや、構わないよ」

 

 主の目の前まで歩み寄り、片膝をついて深々と頭を下げる。

 寝椅子(カウチ)に寝そべっていたレオナール・グラン・ネーグル――ウルベルト・アレイン・オードルはゆっくりと身を起こすと、柔らかな笑みを浮かべて未だ跪いているニグンを見下ろした。

 背もたれに深く身を預け、扉から離れてこちらに歩み寄ってくるユリをチラッと確認しながら長い足を組む。手振りでニグンに頭を上げて立つように促すと、近くのローテーブルの上に置いてあるユリが用意してくれた紅茶のカップをそっと手に取った。

 足を組んだまま優雅な所作で紅茶を飲む様は気品に溢れ、一階の食堂で客たちが噂し合っていたように貴族そのもののように見える。

 しかしウルベルトは全くそのことに気が付かず、カップを口から離すと改めてニグンへと金色の瞳を向けた。

 

「それで、彼らの様子はどうだった?」

「皆、我々の話で盛り上がっておりました。特にウルベルト様とユリ殿の容姿や我々の装備については強い関心を持ったようです」

「ふむ…、まぁ強い印象を植え付けられたのなら上々か。ふふっ、ユリが美人で助かったな」

「そんな! …ウルベルト様にそう言って頂けるとは、望外の極みにございます」

 

 ユリの白皙の頬が一気に紅色に染まり、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな笑みを浮かべて深々と頭を下げる。

 ウルベルトはフフッと軽い笑い声を零すと、組んでいる足を逆側に組みかえた。

 

「これから如何いたしますか?」

「折角、主人から助言をもらえたんだ。ここは大人しく従おうじゃないか」

「それでは、これより冒険者に?」

「いや、まずは闘技場に参加して我らを売り込むことにしよう。後は、そうだな…人助けでもしてみるか」

「人助け…ですか…?」

 

 ウルベルトの言葉の意味が分からず、ニグンが思わず小首を傾げる。

 ユリもウルベルトの真意を測り兼ねているのだろう、表情は変わらぬものの言葉を発さず、まるで観察するように真っ直ぐにウルベルトを見つめていた。

 

「そう、例えば…街の外に出た際に強いモンスターに襲われてしまうなんていう不慮の事故なぞ、この世界では別段珍しいことではないだろう? その時、もし危機一髪で誰かに助けられたら彼らはどんな印象を持つ?」

「なるほど…、そういう意味の“人助け”ですか」

「ふふっ、それに命の危機からの救済の記憶というものは誰しもが少なからず美化してしまうものだ。そうだな…襲われる者たちが今日一階の食堂で我々を見た者たちなら望ましいな。ワーカーなどの同業者であれば尚良い」

 

 今回は言葉にされずともウルベルトの言いたいことが分かり、ニグンは先ほど観察していた光景を頭に思い浮かべた。

 確かにワーカーチームだと思われる団体が三ついたはずだ。

 彼らが話していた内容も頭に蘇らせ、それらを反芻しながら口を開いた。

 

「…確かワーカーチームは三ついた筈です。彼らの話の内容から、おそらく薬草摘み、護衛、カッツェ平野でのアンデッド退治の依頼をそれぞれ受けていると思われます」

「アンデッド退治か…。それなら不慮の事故が起こっても何ら不思議ではないな」

「ですがアンデッド退治よりも護衛の方が多くの者に印象付けられるのではないでしょうか」

「…ふむ、確かにそうだな………」

 

 ニグンの意見に、ウルベルトは長い指を顎に沿えて思案するように小さく目を細めさせた。ひらりと手のひらを返し、指先で顎下を擽るように撫でる。本性の山羊頭の悪魔の姿であれば顎髭を扱いていただろう指が、今は毛皮に覆われていない肌を代わりに撫で摩っていた。少し物足りなさを感じるものの、しかし構わずニグンの言について思考を巡らせる。

 確かに彼の言う通り、名声を高めるのが目的ならば対象者が多ければ多いほど名声を得られる確率は高まるだろう。後は任務開始のタイミングが重要問題だ。

 ウルベルトは口を開きかけ、しかし一瞬動きを止めると次には大きなため息を吐き出した。

 気だるげに片手で髪を乱暴にかき上げ、チラッと頭上の天井へと金色の瞳を向ける。

 

「………影の悪魔(シャドウデーモン)…」

 

 ザワッと天井が微かに騒めく。

 ニグンが思わず驚愕の表情を浮かべて天井を見上げると、天井の影がザザッと独りでに走ってウルベルトの足元まで伸びて止まった。

 まるで床のシミの様に一瞬停止し、次にはググッと大きく広がって上へと浮き上がる。柱のようになっていた漆黒の影が四つに別れ、四体のシャドウデーモンが跪いた状態で姿を現した。

 

「っ!!」

「…お前たち、私たちがナザリックを出てからずっとつけて来ていただろう。誰の命令……いや、言わなくていい。どうせアルベドかデミウルゴスの仕業だろう」

「ご慧眼、恐れ入ります」

 

 シャドウデーモンの四体のうちの一体が一層頭を下げる。ウルベルトの言葉に対して明確に答えてはいなかったが、その言葉は肯定しているようなものだった。

 恐らくアルベドとデミウルゴスが秘密裏に護衛として彼らに命を下したのだろう。

 ニグンは知る由もなく気が付くこともできなかったが、ウルベルトは勿論の事、ユリも知っていたか気が付いていたのか少しも驚いた様子はなかった。

 ウルベルトは組んでいた足を解いて立ち上がると、シャドウデーモンたちに歩み寄って彼らを見下ろした。

 

「まぁ良い。お前たちも話は聞いていただろう? 二体ずつに別れて、それぞれ護衛任務とアンデッド退治の任務についたワーカーチームに張り付け。任務を開始したら一体は見張りに残り、もう一体は私に知らせに来い」

「……それでは、御身の護りが…」

「私の心配はしなくていい。それに…私の命令とアルベドやデミウルゴスの命令、お前たちはどちらを優先するつもりだ?」

 

 ウルベルトの声が最後、一気に低く下がる。

 気温も一気に下がったように感じて、ウルベルト以外のこの場にいる全員がゾクッと背筋を震わせて血の気を引かせた。恐怖で全身が震え、冷や汗が滝のように吹き出てくる。

 

「も、申し訳ございません。全てはウルベルト様の御意のままに…!」

「では行け」

「はっ!」

 

 シャドウデーモンたちは怯えたように身を縮み込ませると、深々と一礼してすぐさまその身を地面の底へと沈み込ませた。四つの気配が部屋から消え、痛いほどの静寂が辺りを包み込む。

 ウルベルトが小さな息をついたと同時に張りつめていた空気が緩み、ユリとニグンは無意識に止めていた息を吐き出した。脱力して頽れそうになりながらも何とか踏み止まり、小刻みに震える呼吸を何とか整えようと試みる。

 未だ恐怖を引きずっている二人に、しかしウルベルトは柔らかな微笑みを浮かべて彼らを振り返ってきた。

 

「さて。では、まずは闘技場へ行くとしよう。その後は折角だから街を見て回るとしようか」

「…はい、ウルベルト様」

「ウルベルト様の御意のままに…」

 

 ユリとニグンが深々と頭を下げる。

 ウルベルトはニンマリとした笑みを満面に浮かべると、一つ頷いて快活と足を踏み出した。勢いよく扉を開けて部屋を出て行くウルベルトに、ユリとニグンもその後に続く。この宿屋に来た時と同じように一列に並び、ウルベルトを先頭にして一階の食堂を通って街へと繰り出した。

 食堂では再び客たちが騒ぎを起こしていたが、ウルベルトたちは気にする様子もない。街の中でも多くの人々の視線を集め、すれ違う者たちは全員振り返って二度見してくるため一々気にしても仕方がなかった。

 まるで現実世界にあった神の神託を聞いた男が海の中を歩く物語の様に、多くの人々が波のように引いてウルベルトたちに道を空けていく。警備しているはずの騎士たちも目を見開いて凝視してくる中、ウルベルトたちは迷うことなく目的地である闘技場へと辿り着いた。

 ナザリック地下大墳墓の第六階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)に似た、しかしやはり少々見劣りする闘技場の中へと足を踏み入れる。

 既に試合が終わっているせいか中には人は少なく、イメージよりもガランとしていた。

 ウルベルトは受け付けはユリとニグンに任せると、一人この場を見学するように周りを見回した。

 壁にはこの闘技場に属する剣闘士や常連の参加者たちの名前、興業主(プロモーター)たちの名前が刻まれている。通常であればこの世界の文字などは読めないのだが、ウルベルトは装備しているモノクルに宿る解読の力によってそれを読み解くことができた。しかしいくら読めたとしても、当たり前ではあるが見知った名前は一切ない。

 退屈になってきて湧き出てきた欠伸を噛み殺す中、ユリとニグンが戻ってきたことに気が付いてそちらを振り返った。

 

「おかえり。無事にエントリーはできたかな?」

「はい。対人戦のトーナメントは既に埋まっておりましたが、モンスター戦でエントリーすることができました」

「いつだ?」

「二日後です」

「ふむ…」

 

 ウルベルトは少しだけ考え込むと、すぐさま笑みを浮かべて安心させるようにユリとニグンへと頷いてみせた。

 

「分かった。二人ともご苦労だったね」

「…これから如何なさいますか?」

「宿屋でも言った通り、少しだけ街中を見て回ろうと思う。確か皇城近くの広場や北市場が賑わっているんだったな…。珍しい物がないか見てみよう」

 

 ウルベルトの言葉にユリとニグンが頭を下げることでそれに応える。

 三人はウルベルトを先頭に再び街中へと足を踏み出すと、まずは広場の方向へと足先を向けた。

 帝都の中でも一際賑わう広場と北市場。

 多くの屋台や露店が並ぶ広場と、ワーカーや冒険者が冒険で見つけたアイテムや不用品などを売っている北市場を順に巡りながら、ウルベルトたちは物見遊山を楽しんで何事もなく“歌う林檎亭”へと戻っていった。

 ナザリックを出てからの初めての一日。

 その日は何事もなく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎ、夜の闇に染まった空が白け始めた頃…――

 

 

「…ウルベルト様」

 

 寝台の上に横になっていたウルベルトは、柔らかくかけられた声に静かに閉じていた瞼を開けた。

 目だけでチラッと横を見れば、こちらを覗き込んでいるユリと目が合う。

 何も言わず目を細めさせるウルベルトに、ユリは心得たように一度礼を取った。

 

「先ほどシャドウデーモンが知らせに参りました。護衛任務を受けているワーカーチームが動いたとのことです」

 

 端的に報告してくるユリに、ウルベルトは次には笑みの形に目を細めさせた。

 フゥッと一度深く息をつくと、流れる様な動作で上体を起こす。

 前に流れ落ちてくる長い髪を鬱陶し気にかき上げると、寝台から立ち上がって改めて目の前の光景へと目をやった。

 先ほどは視界に入らなかったが、ユリの後ろには一体のシャドウデーモンが跪いており、ニグンも部屋の隅に控えるように立っている。

 ウルベルトはサッと軽く身形を整えると、ユリから上着のコートを受け取って自身の肩へと引っ掛けた。

 

「それは僥倖。早速ゲームを始めようか」

 

 ニンマリとした悪戯気な笑みを浮かべるウルベルトに、ユリとニグンとシャドウデーモンはほぼ同時に跪いて頭を下げた。

 

 




次回はペロロンチーノ様の回予定で、時間の流れを合わせて交互に書く予定です。
原作と同じ場面はなるべく書かないようにしようと思うので、少しの間モモンガさんの登場シーンは少なくなります。
申し訳ありません…。
今のニグンさんの強さは漆黒聖典と同じくらいか少し弱いくらいです。
因みにウルベルトさんたちが使っているお金はニグンや陽光聖典が持っていたお金です。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈無限の変化〉;
人種(人間)になれる魔法。アインズの〈完璧なる戦士〉と同種類の補助魔法。人間種以外の種族でのスキルや人間種ではなれない職業でのスキルが使用できなくなる。ステータスも種族変化でそれぞれ上下する。ただ人間種でないと入れない街や組織やダンジョンに入ることができるようになり、属性での弱点も変化する。世界級アイテム以外で見破ることはできない。
・“トゥルース・ミラー”;
モノクル(片眼鏡:右)の聖遺物級アイテム。文字の解読や翻訳能力があり、ダンジョンの罠やトラップなどを見つけることが出来る。

『人化』したウルベルト様、ワーカーでのユリ、小悪魔&ワーカーでのニグンのイメージイラストを描いてみました。
お目汚しかと思いますが、少しでもご参考にして頂ければと思います。
イメージを壊したくない方はスルーして下さい…。






ウルベルト様:
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ユリ:
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ニグン:
【挿絵表示】
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