世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第12話 広がるナザリックの長い腕

 最近のペロロンチーノの朝は早い。

 と言っても正確に言えば昨日からなのだが、ペロロンチーノからすれば既に一週間くらい早起きしているような感覚だった。

 まぁ、それは兎も角として…、ペロロンチーノは今日もまたナザリック地下大墳墓の第九階層にある自室の寝室にて、今日の担当である一般メイドから優しく声を掛けられていた。

 

 

「ペロロンチーノ様、ペロロンチーノ様…」

「……ぅ、ん…、……もう、起きる時間か…?」

「朝早くに申し訳ありません。アルベド様がお目通りを願っておりますが、如何いたしましょうか?」

「…アルベド、が……?」

 

 はて、彼女と何か約束でもしていただろか……。

 未だ少し寝ぼけていながらも鈍い頭で考え込むが、一向に何も思い至らない。

 しかし彼女がこんな朝早くから訪ねて来たということは、何か緊急事態が起こったのかもしれない。

 ペロロンチーノは一度大きく欠伸をして眠気を追いやると、寝台から立ち上がって改めてメイドへと目を向けた。

 

「分かった。悪いけど、ここに通してもらえるかな」

「畏まりました」

 

 メイドは一度深々と頭を下げると、踵を返して早々に寝室を後にした。

 未だ回廊にいるであろうアルベドを呼びに行ったのだろう。

 メイドが完全に寝室を出て行ったのを確認し、ペロロンチーノは近くのテーブルの上に置かれている鎧へと手を伸ばした。彼女たちが戻ってくる前に手早く身に着け、布の皺を伸ばしたり羽根の具合を確かめたりと小さな身動ぎを繰り返す。

 羽根も綺麗に収まり鎧もきちんと着れた頃、まるで見計らったかのように丁度良くメイドを引き連れたアルベドと、何故かアウラが揃って寝室へと入ってきた。

 

「失礼いたします。おはようございます、ペロロンチーノ様」

「おはようございます、ペロロンチーノ様!」

 

 早朝だというのに元気なことだと笑みを浮かべ、ペロロンチーノは一つ頷いて返した。

 

「ああ、おはよう。こんな早くに来るなんて珍しいな。何かあった?」

「早朝からお騒がせしてしまい誠に申し訳ありません。実は、先ほどウルベルト様から連絡があり、一つの命を賜ったのですが、完璧に遂行するにはアウラの力が必要不可欠と思われます。つきましてはアウラを一時借り受けることを御許可頂きたく至急お伺いさせて頂きました」

 

 深々と頭を垂れて説明するアルベドに、ペロロンチーノはなるほど…と一つ頷いた。

 恐らくウルベルトの用事は急を要する案件だったのだろう。でなければアウラ本人も引き連れて、ペロロンチーノを起こしてまでここに来るはずがない。

 一体何を頼んだのだろう…と少し気になって内心首を傾げながらも、ペロロンチーノは当たり前のように肯定の言葉を口にした。

 

「俺は構わないよ。一時ってことはそんなに時間はかからないんだろ?」

「はい。恐らく半日程度で宜しいかと」

「なら大丈夫だな。しっかりウルベルトさんの力になっておいで」

「はい、ペロロンチーノ様!」

 

 アウラへ向けて言った後半の言葉に、アウラは輝かんばかりの笑みと共に大きく頷いてくる。

 何とも微笑ましい様子に顔の筋肉が緩むのを止められない中、アルベドが未だ頭を下げたまま再び口を開いてきた。

 

「私もアウラに同行し、ウルベルト様からの命を果たしてまいります。それまでのナザリックの守護はデミウルゴスに任せようと考えておりますが、よろしいでしょうか?」

「あ、そっか、デミウルゴスはまだ出発していなかったな」

「はい。目ぼしい場所を特定するのに少々時間がかかっておりましたが、予定では明日にでも出発する予定となっております」

「デミウルゴスは防衛戦指揮官だから大丈夫だな…。それじゃあ、それでよろしく頼むよ。俺も今日は大森林の捜索をする予定だから、何かあったらすぐに知らせるようにデミウルゴスに伝えておいてくれ」

「畏まりました」

 

 アルベドとアウラが改めて深々と礼を取り、静かに退室していく。

 ペロロンチーノは彼女たちを見送った後に一つ息をつくと、すっかり眠気も醒めたために二度寝はやめて寝室を出ることにした。

 寝室を出た先はメインルームである居室。

 居室ではアルベドたちと話している間に用意してくれたのだろう、豪華な朝食がテーブルに並べられ、その横には先ほど起こしてくれたメイドが笑顔と共に静かに控えていた。

 

「ペロロンチーノ様、朝食の準備が整いました」

「…ああ、今日も美味しそうだな。早速頂くよ」

 

 朝から明るく元気なメイドの様子に、思わず小さな笑みがこぼれる。

 ペロロンチーノはだらしなく緩む顔を兜で隠しながら、今は腹ごしらえをするべくテーブルへと歩み寄っていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓やカルネ村を覆うように存在する広大な大森林。

 トブの大森林と呼ばれるこの森林は、奥に行けば行くほど陽の光を遮る枝葉によって深い闇が広がり、自然特有の濃度の高い空気によってか強い魔物が多く生息しているという。

 人の足がほとんど入らず、言うなれば完全なる獣や魔物の領域だ。

 しかし、それもここまでである。

 まるで一カ所から広がる波紋のように、ナザリックを中心に多くの異形の影が大森林の奥へと急激に広がっていった。

 指揮を執っているのは超越者のオーラを漂わせた金色の鳥人(バードマン)

 大森林に棲まう獣や魔獣たちはどれもが異形たちの影に怯え、バードマンの視線がこちらに向けられることを恐れた。

 しかし金色の兜の奥に煌めく鋭い双眸は、ある魔物へとヒタッと静かに向けられていた。

 

 

 

「今日は“森の賢王”を探そうと思います!」

「“森ノ賢王”デスカ……?」

 

 ペロロンチーノの突然の宣言に、コキュートスが不思議そうに疑問の言葉を口にする。

 隣に立つマーレは、ただ静かにペロロンチーノとコキュートスを交互に見つめていた。

 

「カルネ村の村人たちから聞いたんだけど、このトブの大森林には“森の賢王”っていう強い魔物がいるらしいんだよ」

 

 カルネ村の村人たちから聞いた情報を自分でも改めて整理しながら、ペロロンチーノは“森の賢王”について説明し始めた。

 彼らの話によると、“森の賢王”とは魔法すら使用するものすごく強い魔獣で、カルネ村周辺の大森林に生息しているという。遥か昔から生息しているらしく、一説では数百年の時を生きているというものもあるらしい。蛇の尾を持つ白銀の四足獣で、人の言葉すら解するとか解さないとか……。

 元々カルネ村にきちんとした柵がなかったのは、村周辺が全て“森の賢王”の縄張りであり、他の獣や魔物たちが怖がって近寄ってこないかららしい。

 そんなに強い魔物ならば、一度は見てみたいと思うのが男というものだろう!

 それに人語を解する魔物というのはなかなかレアであるはずだから、レアもの好きのモモンガへの良い土産にもなるかもしれなかった。

 

「というわけで、頑張って“森の賢王”を捕まえるぞ~!」

「…畏マリマシタ」

「か、畏まりました」

 

 ペロロンチーノの気の抜けるような掛け声を少しも気にした様子もなく、コキュートスとマーレは揃って頭を下げた。しかしすぐさま立ち上がると、踵を返して後ろに控えている自分たちの部下たちに指示を出すために足を踏み出す。

 至高の主の一人であるペロロンチーノがその魔獣を所望しているのであれば、シモベである自分たちは迅速にそれに応えなければならない。この場にアウラがいればもっと早く的確に探すことができるのだろうが、いないものは仕方がないと彼らは己に言い聞かせた。

 彼女がウルベルトの命により急遽別の任務についたことは既にアルベドから聞かされており、彼女がいなくてもペロロンチーノの期待に応えるためにコキュートスとマーレはそれぞれ張り切って部下たちを動かし始めた。“森の賢王”の特徴を伝え、ナザリックからカルネ村周辺を中心に捜索を開始する。マーレは全体的に指示を出すために森の中へと入って行き、コキュートスは護衛も兼ねてペロロンチーノの半歩後ろに控えるように立った。

 ペロロンチーノもただ傍観するわけではなく、コキュートスを連れて森の中へと足を踏み入れる。

 野伏の特殊技術を生かして薬草と思われる草花を採取し、その地域に生息している獣や魔獣のレベルや特徴などを調べてはコキュートスに書き留めさせる。アイテム生産などにも使えるかもしれない可能性も考えて、見つけた獣や魔獣は一つの例外もなく一種類につき二匹捕獲してはナザリックへと送った。

 流石は大森林と言うべき広大な森であるためか、生息している獣や魔獣たちはそれなりに多く、種類も多様だ。しかしレベルは本当に低いものしかいないな…と思わず内心で呟く中、不意にマーレが茂みをかき分けてこちらに歩み寄ってくるのが見えてそちらへと目を向けた。

 

「ペ、ペロロンチーノ様! み、見つけました!」

「おっ、“森の賢王”が見つかったか!」

「た、たぶん…そうだと思います………」

 

 少し自信がないのか眉を八の字にして見上げてくるのに、ペロロンチーノは安心させるように一つ頷いてポンポンと軽く頭を撫でた。

 たとえ間違えていたとしても、“森の賢王”と間違うくらいならばそれなりに強い魔獣なのだろう。ならばその存在を知っておいても決して損にはならないだろう。

 

「大丈夫だよ、マーレ。案内してくれ」

「は、はい!」

 

 マーレは力強く頷くと、踵を返して再び茂みの奥へと入って行った。ペロロンチーノとコキュートスもすぐにその後を追う。

 多くの茂みや木々の間を潜り抜け、でこぼこの地面を踏みしめ、森の奥へ奥へと進んでいく。

 だんだん暗くなってくる景色に、しかしペロロンチーノたちの目は一切不自由さを訴えてはこず、ただ黙々とマーレの案内で森の中を進んでいった。

 

 暫く歩き、見えてきたのは大きな洞窟。

 入り口の大きさは大体2.5メートルほどだろうか? コキュートスでもギリギリ頭を下げずとも入れる空間に、ペロロンチーノは足を止めてマジマジと洞窟の中の暗闇を見つめた。

 洞窟の中の奥の奥。

 確かに何か大きな塊が微かにゆっくりと上下しているのがおぼろげながらに見てとれた。緩慢な動きからして、もしかしたら寝ているのかもしれない。

 ペロロンチーノは内心でそう判断すると、思わず小さく首をひねった。

 自身の棲家であろう洞窟の入り口に不審者が三人もいるというのに、気づかずに寝こけているというのは一体どういうことなのだろう。それほど間抜けなのか、それとも自分の力に自信を持っているのか。まさか完全なハズレじゃないよな……。

 考えられる可能性を思い浮かべては、どんどん首のひねりを大きくしていく。

 ペロロンチーノはぐりんっと一気に首を元に戻すと、後ろに控えているコキュートスを振り返った。

 

「…ちょっとお邪魔して起こしてきてくれ」

「畏マリマシタ」

 

 コキュートスは臣下の礼を取ると、大きな足取りで洞窟の中へと入っていった。彼の放つ冷気が洞窟内を凍えさせ、ピキピキと凍らせていく。

 急激な温度差に気が付いたのか、大きな影がザワッと動いたのが見てとれた。もぞもぞと小刻みに動き、目と思われる二つの大きな光が姿を現す。

 

「………某の洞窟に侵入してくるお前は一体何者でござるか?」

 

 不意に魔獣から響いてきた少し高めの声。

 人語を解するという情報があっていたことに思わず内心で感嘆の声を上げながら、しかしペロロンチーノは小さく小首を傾げた。

 自分の聞き間違いだろうか、何やら古めかしい言葉を話したように聞こえたのだけれど……。

 ペロロンチーノの困惑を余所に、魔獣と対峙しているコキュートスはどこまでも平常心に魔獣を見据えていた。

 

「我ハ、ナザリック地下大墳墓ノ第五階層守護者コキュートス。オ前ガ“森ノ賢王”カ?」

「いかにも! 某が“森の賢王”でござる!!」

 

(う~ん…、確かに聞き間違いじゃなかったなぁ……。)

 

「我ラガ至高ノ御方ガオ前ヲゴ所望ダ。ソノ身ヲ捕ラエサセテモラウ」

「くくくっ、某を捕まえるなど笑止! お前が某に勝つことなど、不可能でござるよ!」

 

(でも、“某”とか“ござる”とか…昔の映像資料でしか聞いたことないんだけど。)

 

 真剣な会話を交わす二体を眺めながら、ペロロンチーノが呑気に心の声を呟く。

 ペロロンチーノとマーレが見守る中、突然洞窟内で二つの巨体が勢いよく激突した。

 頭から突っ込んできた巨体に、コキュートスが四本の太い腕を広げて抱えるように受け止める。魔獣はコキュートスを吹き飛ばそうとしたのだろうが完全に受け止められたことによってそれは敵わず、一方コキュートスはそのまま投げ飛ばそうとするのに、それを察知してか不意に長い何かが鞭のようにコキュートスに襲い掛かってきた。アイスブルーの外骨格がガキンッと大きく鋭い音を鳴らし、鞭のようなものが勢いよく弾かれる。そのまま逃げるように戻ろうとする鞭のような物体に、しかしコキュートスが大きな手でガシッと鷲掴んでそれを阻止した。千切らないように力加減を調整しながら、グイッと大きく引き上げる。

 

「ぬおっ!?」

 

 間の抜けた驚愕の声と共に魔獣の巨体が浮き上がり、引っ張られるがままに洞窟の外へと投げ飛ばされた。暗闇に染まっていた巨体が日の下に晒され、魔獣の全容が明らかになる。

 

「こ、これは………!!」

 

 あまりにも想像とかけ離れた姿に、ペロロンチーノが思わず驚きの声を上げる。

 兜の奥で忙しなく目を瞬かせ、ゴクッと一度大きく唾を呑み込んでから確かめるように“その言葉”を口にした。

 

「………こいつは…、尻尾が蛇な巨大ハムスター、か…!?」

 

 ペロロンチーノの言葉通り、それは超特大のジャンガリアン・ハムスターそのものだった。

 顔の上半分から背中にかけては茶色にも似た灰色の毛並みと一本線を描く焦げ茶色の毛並みに覆われており、顔の下半分と腹にかけては白い毛皮に覆われている。飛び出るのかと思うほどに大きな白目のない黒い瞳。口から特徴的な二本の前歯が小さく覗いており、意外と鋭い爪を持つ手足をハムスターのそれである。馬よりも大きな巨体と長い蛇の尻尾を除けば、どこからどう見てもハムスターだ。以前、ハムスターを飼っていたギルドメンバーから画像を見せてもらったことがあるため間違いない。

 

「ぬぅ!? お前たちは何者でござるか!? あ奴の仲間でござるか!?」

 

 ハムスターと思わしき魔獣がペロロンチーノたちの存在に気が付いて遅まきながら声を上げてくる。

 ペロロンチーノは洞窟から出てくるコキュートスを視界の端で確認しながら、どういった反応をすべきかと小首を傾げた。両腕を胸の前で組みながら、じっと魔獣を見つめる。

 

「……あー、お前は“森の賢王”で間違いないんだよな?」

 

 念のため、改めて間違えていないか確認してみる。

 魔獣は黒く大きな目をペロロンチーノへと向けると、ぱちくりと瞬かせてピンク色の鼻をピクピクと動かした。

 

「いかにも! 某が“森の賢王”でござる!」

「…あー、だよな……」

 

 間違っていなくて嬉しいはずなのに、何故こんなにも残念な気持ちになるのだろうか……。

 ペロロンチーノは内心で乾いた笑みを浮かべながら、気を取り直すように一度だけはぁっと大きな息をついた。

 “森の賢王”の正体が予想外過ぎて若干計画が狂った感が否めないが、それについては完全に無視をすることにした。

 今はとにかくこのハムスターもどきをさっさと捕まえよう、とペロロンチーノは改めて魔獣へと向き直った。

 最初は全てコキュートスに任せようと思っていたのだが、余りにも“森の賢王”が弱そうに見えて、コキュートスがうっかり殺してしまうイメージしか浮かばない。

 ペロロンチーノは念のためコキュートスとマーレに手振りだけで逃がさないように指示を出すと、獣人としての特殊技術(スキル)を発動させた。

 

「伏せ!」

 

 言葉と共に発動させたのは〈獣の咆哮 Ⅴ〉の内のレベルⅠ。

 相手を威圧し怯ませて動きを阻害させたり恐慌状態にさせることのできる特殊技術(スキル)だ。

 果たしてハムスターもどきに対しても効果は抜群で、魔獣は突然黒い双眸をウルウルと潤ませると力なくその場に崩れ伏した。ピンっと伸びていた髭も力なく垂れさがり、毛皮の上からでもプルプルと震えているのが見てとれる。

 

「…こ、降参でござるぅ~。降参でござるよぉ~……」

 

 まるで命乞いをするかのように弱々しく、それでいて必死に声を絞り出してくる。

 ペロロンチーノは予想以上の効果に若干どん引きしながら、取り敢えず特殊技術(スキル)をすぐに解いてハムスターもどきへと歩み寄った。へにゃりと地面に伸びている様を暫く見下ろし、どうしたものかと考え込む。

 取り敢えずナザリックに送るかとコキュートスたちを振り返ろうとして、ふと何かが頭の中で繋がるような感覚に襲われた。無意識に顔を上げ、頭上へと視線をさ迷わせる。これは〈伝言(メッセージ)〉だと思い至るとほぼ同時に、頭の中から聞き慣れた声が響いてきた。

 

『…すみません、ペロロンチーノさん。今少しだけいいですか?』

「モモンガさん? 別に大丈夫だけど…、何かあったんですか?」

『実は冒険者の依頼でカルネ村に行くことになったんです。護衛任務で俺とナーベラル以外の人間もそちらに向かっているので、一応ペロロンチーノさんに報告しておこうと思いまして…』

「えっ、そうなんですか!? あー…、それじゃあ村に貸し出してるゴーレムとかを引き上げさせた方が良いですかね?」

『……その方が無難だとは思います』

「ですよねー……」

 

 ペロロンチーノは一度ため息をつくと、これからの事を考えながら再び口を開いた。

 

「分かりました。モモンガさんたちはいつカルネ村に到着予定なんですか?」

『恐らく明日の昼頃になると思います。同行者は俺とナーベラル以外に人間が五人なので、必要であればそれも村人たちに伝えておいて下さい』

「了解です。念のため、伝えておきますね」

 

 ペロロンチーノは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、大人しく様子を窺っていたコキュートスとマーレを振り返った。

 

「…ちょっと急用ができた。今からカルネ村に行くから、マーレは一緒に来てくれ。コキュートスはこのハムスターもどきをナザリックに連れて行った後、アウラが帰還してくるまで待機。あの子が戻って来たら改めて大森林の探索を再開してくれ」

「畏マリマシタ」

「か、畏まりました」

 

 マーレはすぐにぴょこぴょこと跳ねるようにペロロンチーノの元に駆け寄ると、コキュートスも未だ伏したままの“森の賢王”へと歩み寄っていった。むんずっと長い蛇の尾を鷲掴み、一度ペロロンチーノに頭を下げてから、ずるずると引きずって行く。

 でこぼこの地面や石や草、茂みも何のその。魔獣自身も毛皮のおかげで痛みを感じないのか、それとも騒いだら殺されると怯えているのか、うんともすんとも言わずに大人しく森の奥へと引きずられていった。

 若干大丈夫だろうかと心配になるも、まぁ大丈夫だろう…と思い直す。

 そんな事よりも今はカルネ村へ急がなければならない。モモンガたちがカルネ村に到着するのが明日の昼頃ということは、既に一日の猶予もなく、時間がない。

 ペロロンチーノは少しだけ考えると、すぐに決心してマーレへと手を伸ばした。

 

「ちょっとごめんな、マーレ」

「ふわっ!?」

 

 軽く声をかけるペロロンチーノに、驚いたマーレの声が響く。

 ペロロンチーノは片腕をマーレの膝裏に回すと、そのまま掬い上げるように抱え上げた。まるで片腕の上に腰を下ろすように抱きかかえ、二対四枚の翼を大きく広げる。力強く羽ばたくと、ペロロンチーノはマーレと共に遥か上空へと飛び上がった。

 

「ペ、ペロロンチーノさま!?」

「ごめん、こうした方が早いんだ。でも、怖がらなくても大丈夫だよ。しっかり抱きしめておくからな」

「ふえぇっ!?」

 

 途端にマーレの頬が朱色に染まり、素っ頓狂な声が飛び出てくる。しかしペロロンチーノは怖いのだと判断すると更に抱いている腕に力を込め、マーレの小さな身体を強く抱きしめた。翼を大きく羽ばたかせ、風に乗って一直線に空を駆け抜ける。

 目指すは森の端にあるカルネ村。

 障害物が何もない空路だというだけでなく、バードマンの特性も十分に活かしてペロロンチーノは瞬く間にカルネ村の上空へと辿り着いた。

 一度翼を羽ばたかせて空中に止まり、そのまま緩やかに地上へと降りていく。

 

「…あれ、ペロロンチーノ様?」

「あっ、ペロロンチーノ様だ!」

「おい、ペロロンチーノ様が来られたぞ! 村長に知らせろ!」

「こんにちは、ペロロンチーノ様!」

 

 ペロロンチーノの存在に気が付いた村人たちが次々と声を上げてくる。

 彼らの顔にはどれもが明るい笑みを浮かべており、随分と親交を深められたものだとペロロンチーノも思わず笑みを浮かばせた。

 ペロロンチーノは優雅に地上へと舞い降りると、マーレを地面に下ろしてから集まってきた村人たちに改めて目を向けた。

 

「突然すみません。村長さんはいますか?」

「はい、今呼びに行って……」

「これは、ペロロンチーノ様! 良くいらっしゃいました!」

 

 村人の言葉を遮って、村長が満面の笑みと共にこちらに歩み寄ってきた。

 暖かな彼らの歓迎に、ペロロンチーノも穏やかに挨拶を交わす。

 しかしすぐさま顔を引き締めさせると、ペロロンチーノは手短に今この場に来た理由を村長やこの場にいる村人たちに伝えた。その際、モモンやナーベという冒険者たちの正体は決して話さず、この情報も自分のシモベからのものだと伝える。

 村長たちは見知らぬ人間の団体が来ることに途端に不安の表情を浮かべ、ペロロンチーノは安心させるように柔らかな声音を意識して声をかけた。

 

「念のため、明日一日はゴーレムたちを回収させてもらいます。でも、姿が見えないシモベたちは何体か村の中に待機させておくので、安心してください」

「ペロロンチーノ様……。お心遣い、ありがとうございます」

「とんでもないですよ。あと、ないとは思いますけど、もし騎士たちからこの村を救った人物について聞かれたら、引き続き“謎の三人の旅人が助けた”ことと、“それ以外のことは何も知らない”ということにして下さい」

「はい、分かっております。大恩あるペロロンチーノ様方のため、決して他言は致しません」

 

 村長の言葉に、他の村人たちも全員が真剣な表情を浮かべて大きく頷いてくる。ペロロンチーノも一つ頷くと、他の村人たちにも今の話を伝えるよう声をかけた。村長を含めたこの場にいる全ての村人たちが、その言葉に従って早速村の中へと散って行く。

 彼らの背を見送りながら、ペロロンチーノは小さく息を吐き出した。

 先ほど言った“姿が見えないシモベたちを何体か村の中に待機させておく”という言葉は嘘ではあったが、モモンやナーベという冒険者の正体がモモンガとナーベラルである以上、シモベたちを待機させなくても大丈夫だろう。

 今重要なのは、如何に自分たち異形がこの村にいたという痕跡を消せるかどうかにかかっている。

 しかしそれもマーレやアウラに任せれば問題ないだろうと判断すると、ペロロンチーノはまずはマーレへと指示を出した。ゴーレムの回収だけでなく、念のためこの村の中や村周辺を含めた地面に痕跡がないかを調べ、痕跡があれば消すように命を下す。

 マーレは一度深々と頭を下げると、命令を遂行するために足早に村の奥へと駆けて行った。

 ペロロンチーノは何とはなしに上空の空を見上げると、モモンガたちのことを思いながら、ただ明日が無事に過ぎるよう空に祈ったのだった。

 

 




*今回のペロロンチーノ様捏造ポイント
・〈獣の咆哮 Ⅴ〉;
相手を威圧する、獣人の特殊技術。モモンガの〈絶望のオーラ〉と同じように五段階あり、低威力では相手を怯ませて動きを阻害し、全力では恐慌状態にさせてレベル差によっては狂死させることができる。100Lv相手には効果は無い。

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