世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます!
今年も当小説を宜しくお願い致します!!


第13話 闘争遊戯

 デモンストレーションでモンスターの大群から人間たちを助けたウルベルトたちは、その後少しだけ予定を変更してカッツェ平野でアンデッドどもを蹴散らしてから帝都の“歌う林檎亭”へと戻って行った。

 帝都に到着したのは深夜。

 夜の闇に溶け込むようなジャージーデビルの存在に帝都の人間たちはみな驚きの表情を浮かべて騒いでいたが、それらは完全に無視をする。

 “歌う林檎亭”の裏手にある厩の一角を借りてそこにジャージーデビル達を待機させると、ウルベルトたちは再び宿の一室も借りてその日を終わらせた。

 

 そして今日。

 ウルベルト、ユリ、ニグンの三人は一階の食堂に下りると、多くの客たちが騒めくのも無視して一つの丸テーブルへと腰を下ろした。

 ひどく緊張した様子で近づいてきた女性の店員に適当に朝食を頼むと、ウルベルトは一つ小さな息をついて深く椅子に背を預けた。

 

「……さて、今日は確か闘技場の試合に参加するんだったな」

「はい。私たちの出番は11時からとなりますので、10時には会場に出向く必要があります」

「ふむ……」

 

 淡々と説明するユリに頷きながら、ウルベルトは顎に細長い指を引っ掛けて思考を巡らせた。

 今彼の頭にあるのは昨日のモンスターの大群やアンデッドたちとの戦闘と、それによって見られたニグンの変化だった。

 ニグンが小悪魔(インプ)となった当初と、戦闘をすべて終えての一日の終わり。ウルベルトが〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉によってニグンの状態を見てみれば、本当に微妙ではあったけれどHPの最高値が上がっているのが確認できた。

 最初と今との最高値の差は、ちょうどレベル一つ分。つまり、ニグンはレベルが1レベル上がったことになる。

 確かにニグンや他の陽光聖典たちから『“れべるあっぷ”という言葉を聞いたことがある』と聞いてはいたけれど、今までは半信半疑であったこともあり、改めて確認できたことにウルベルトは喜びを感じていた。

 この世界に“経験値”や“レベルアップ”といったシステムが構築されていたという事実。

 驚きと喜びと安堵を湧き上がらせながらも、しかし、そこで一つの懸念が浮かび上がってきた。

 

 果たしてこのシステムは異世界の住人であった自分たちにも適用されるのだろうか…――

 

 この世界の住人のみが対象であった場合、それでは何の意味もない。ウルベルトやモモンガたちが欲しているのは自分たちの更なる力の習得であり、一部の魔法や蘇生のペナルティであるレベルダウンに対応する方法の獲得だった。

 ウルベルトは考え、そして決断した。

 ニグンに多くの経験を積ませてレベルアップをさせると同時に、あらゆる職業を獲得させてレア度をアップさせる。同時にユリにも経験値を積ませてレベルアップできるかどうか随時確認をしていく。

 ユリの現在の総合レベルは51。この世界では既に脅威のレベルらしいためどんなに経験値を稼いでも微々たるものかもしれないが、それでも彼女はプレアデスの中ではエントマと同じく下から二番目にレベルが低い。他の者たちよりかはレベルを上げやすい環境にあるとも言えた。

 こうなったらニグンとユリを戦わせて戦わせて経験値を稼ぎまくらせてやる。

 この際、“レオナール(自分)”の知名度を上げることは二の次だ。

 心の中でそう結論付けると、ウルベルトはちょうど運ばれてきた朝食に手を伸ばした。

 本日の献立は黒パンとビーフシチューに似たスープ。

 パンはふんわり、スープはコクがあり、肉はジューシーでいて柔らかく舌の上で溶けるようだ。この世界の水準では十分美味い分類に入るだろう。しかし、ナザリックの食事を一度は口にしたことのある三人にとっては、些か物足りなさを感じてしまう味だった。

 

「……ふむ、まぁまぁですね。宜しければ、今後は副料理長が調理したものを用意させますが…」

 

 念のため言葉は選んで極力小声で伺いを立ててくるユリに、ウルベルトは小さく首を振ることでそれに応えた。

 ユリとしては至高の御方であるウルベルトに少しでもふさわしい料理を提供しようとしてくれたのだろうが、ここで食事をとっているのは偏に周りから怪しまれないためなのだ。本来食事が不要である自分たちが敢えて食事をとる理由などそれ以外になく、ナザリックで準備したものをわざわざ人目のあるところで食べる方が色々と面倒臭かった。

 

「…それより、今日の闘技場についてだが」

 

 食事の手を一度止めて口を開く。

 ユリとニグンも食事の手を止めると、じっとウルベルトを見つめて聞く姿勢をとった。

 

「闘技場での戦闘はお前たちを中心に行ってもらう。特にレインは今回は魔法は極力使わず、貸し与えた短剣で戦うように。私も補助魔法くらいはしてやるが、それ以外は何もしないので、そのつもりでいるように」

「……宜しければ、理由を聞かせて頂いても宜しいでしょうか? この度の闘技場での件はレオナールさーー、んの力を他者に見せつけ、知名度を上げるのが一番の目的のはず。レオナールさんが戦わなければ意味がありません」

 

 困惑の表情を浮かべているのであろうニグンに、ウルベルトは小さく肩をすくめてみせた。

 

「正確には、私ではなく我々“サバト・レガロ”の力を見せつけて知名度を上げるのが目的だ。それに…、少し実験したいこともあるのでね」

「実験、ですか…」

 

 ニグンの表情は晴れなかったものの、しかしそれ以上は何も言わず口を閉ざした。

 ナザリックのシモベにとって至高の主であるウルベルトの言葉は絶対であり、それは新参者であるニグンにとっても同様である。先ほどの言葉もただ単に疑問に思ったのと、主であるウルベルトの思考を正確に把握しておきたいという思いから出たものだった。ウルベルトの考えを少しでも聞くことができた今、ユリも何も言わないため、ニグンもこれ以上言うことはない。ウルベルトが食事を再開するのを確認し、ユリとニグンも食事の手を再び動かし始めた。

 彼らは優雅でいて無言で食事を終わらせると、ウルベルトを先頭に椅子から立ち上がった。

 宿代と食事代は別であるためユリがカウンターへ金を払いに行き、戻ってきたのを見計らって三人で宿を出た。

 最初の時とは少しだけ変わり、ウルベルトを先頭に右斜め後ろにユリ、左斜め後ろにニグンという形で街中を歩く。

 帝国に来た当初から変わらず、ウルベルトたちが歩くたびに左右に割れる人の波。四方八方から突き刺さる多くの人の視線に、身体に多くの穴が空いてしまいそうだ。

 歩きやすいのはいいことだが視線が少々鬱陶しいな…と内心で呟く中、漸く見えてきた目的地に思わず小さく安堵の息をついた。

 ナザリック地下大墳墓、第六階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)よりかは見劣りするものの、それでも十分立派な闘技場。

 既に始まっている試合でもあるのだろう、出入りする人の数は多く、聞こえてくる歓声や悲鳴が空気を激しく震わせている。

 ウルベルトは感心と呆れが少々入り混じった息を小さく吐き出すと、ユリとニグンを引き連れて闘技場の中へと足を踏み入れた。

 中は多くの人でごった返してはいたが、ここでもウルベルトたちの存在に気が付いた者が驚愕の表情を浮かべ、次々と道を開けていく。自然にできる空間をひたすら歩きながら、ウルベルトたちは受付へと歩み寄って行った。

 

「おはようございます。この度、演目の一つに参加させて頂きます“サバト・レガロ”と申します。登録の際、当日はまずこちらの受付に来るよう指示を受けたのですが、ご確認願えますか?」

「あっ、は、はい…! 今確認しますので、しょ、少々お待ちください……!」

 

 ウルベルトに話しかけられた受付の女性が顔を真っ赤に染めながら慌てて立ち上がった。大量の書類を持ってきて素早く捲っては目を走らせる。ウルベルトの視線にどんどん顔の色を赤くしながら、周りの他の人間たちの視線に身体を小刻みに震わせ始め……。やっと目的の書類を見つけたのだろう一つの羊皮紙を手に女性は顔を上げると、所々言葉を詰まらせながらも必死に説明をし始めた。

 ウルベルトたちが参加する演目のスケジュールと内容確認。この闘技場を利用するのが初めてであるため、注意事項や禁止事項、留意点なども改めて一通り説明される。

 その後、他の職員に引き継がれ、ウルベルトたちは待合室へと案内された。

 中にはウルベルトたちだけではなく、同じ演目に出場するのであろう剣闘士や冒険者、ワーカーたちが既に揃って各々の好きなように過ごしていた。ウルベルトたちの登場に、部屋にいた面々が一斉にこちらを向いてくる。しかしウルベルトたちは一切気にすることなく、部屋の奥に置いてあった椅子にそれぞれ腰を下ろした。

 ウルベルトは長い足を組んで肘掛に右肘を預けると、右手の甲に軽く顎を預けながら今回自分たちが参加する演目について思考を巡らせた。

 出場の登録自体はユリやニグンに任せたため他にどういった演目があるのかは知らないが、今回ウルベルトたちが出場する演目は人種vsモンスターの勝ち抜き戦だった。ラウンドが3つまであり、次のラウンドに進むにつれて出てくるモンスターのレベルも上がり、頭数も増えていく。最後まで勝ち抜き、かつ倒したモンスターの数ごとに順位が決められ、一位から三位までが賞金を獲得できる。因みに相手の獲物を横取りしたり邪魔したりするのも禁止されてはいない。何でもありの乱闘戦かつ勝ち抜き戦である。

 それにしても……、とウルベルトは気付かれないようにそっと周りに視線を走らせた。周りで各々好きなように過ごしている参加者たちを観察し、内心で小首を傾げた。

 場合によっては死者も出るという闘技場の演目。それに出場するのだ、参加者は少なからずそれ相応の実力者だろうとウルベルトは考えていたのだが…。

 しかし周りにいる参加者たちはお世辞にも実力者にも強そうにも見えなかった。村人に毛が生えたような…、良くても一兵卒くらいの強さしか持っていないのではないだろうか。妙に落ち着きのない者も多く、他人事でありながらもつい大丈夫だろうか?と心配になってくる。

 

「……どうやら、この演目の参加者は駆け出しが多いようですね」

「ん…?」

 

 不意にニグンの小さな呟きが聞こえてきて、ウルベルトはニグンへと目を向けた。

 ニグンはウルベルトと同じように周りを見回していたが、ウルベルトの問うような視線に気が付いて姿勢を正した。

 

「闘技場には多くの演目があり、様々な者が参加しますが、今回我々が出る演目はその中でも新参者や挑戦者が参加する傾向が強いようです」

「まぁ、彼らの強さは凡そ想像がつくが……、何故初心者が参加する傾向が強いんだ?」

「…レオナールさんも、闘技場の演目によっては死者が出ることがあることはご存知ですよね?」

「ああ」

 

 言葉を選ぶように確認をとってくるニグンに、ウルベルトは足を組みかえながら一つ頷いて返した。ニグンも一つ頷くと、周りに聞こえないように声を潜めながら自身の考察とも言うべき説明をし始めた。

 彼の言葉によると、今回自分たちが参加する演目は比較的死亡率を回避することのできる演目であるらしい。一組対一組や一組対多数の演目は、敵の攻撃が自分たちに集中するため死亡率もそれだけ高くなる。しかし今回自分たちが参加する演目は多数対多数。敵の攻撃が一組だけに集中することはひどく稀であり、危なくなれば他の組に“擦り付け”をすることもできる。経験をつめて他の多数の戦い方も間近で見ることができ、なおかつ他の演目に比べて危険度が低く、上位にいければ賞金まで手に入る。多くの面で得るものがあり、戦いの初心者たちには絶好の演目と言えるだろう。

 

「……なるほど…」

 

 ニグンの言葉には説得力があり、概ね的を得ているように思われた。

 剣闘士も冒険者もワーカーも戦いを生業にしており戦いの専門家ではあるが、誰しもが最初から強くベテランであるわけがない。誰しもが最初は経験不足で弱く、自信も度胸も少ないだろう。

 そんな彼らにとって、初っ端から難易度の高い現場に行くよりかはこういった闘技場の演目に参加する方が有意義であると言えた。

 もしかしたら、この演目を最初に考えた人間もそれが狙いだったのかもしれない。

 

 

「皆さん、お待たせしました! 時間となりましたので、こちらにどうぞ!」

 

 不意に大音量で響いてきた職員の声。

 この部屋にいる全員が声の方を振り返れば、ウルベルトたちが使った扉とは別の扉の前に一人の職員が立っていた。

 恐らくあの扉が闘技場の中央広場にそのまま繋がっているのだろう。

 続々と参加者たちが扉へと歩み寄る中、ウルベルトたちも椅子から立ち上がった。参加者たちの列の最後尾に並び、扉の奥へと進んでいく。

 薄暗く長いトンネルのような通路を歩くにつれ、多くの歓声のような声が聞こえてくる。

 光り輝く出口を潜り抜ければ、そこには予想通り闘技場の中央広場が広がっていた。

 周りには多くの観客が声を上げて騒いでいる。

 モンスターたちは未だ登場しておらず、参加者たちは余裕の笑みで観客たちに手を振って笑顔を振りまいていた。

 何とも緊張感のない、呆れた光景だ。

 ウルベルトは小さく息をつくと、ちょうど自分たちが出てきた入り口とは反対側にある大きな扉へと目を向けた。

 まるでそれを見計らったかのように、場内に司会の声が響いてくる。

 

『大変長らくお待たせいたしました! それでは次の演目へと移らせて頂きます!! 果たしてこの場にいる誰が生き残り、誰が賞金を得るのでしょうか!!』

 

 自分たちが登場する前に既にルール説明をしていたのだろう、司会がさっさと進行していく。

 

『それでは試合を始めましょう!』

 

 司会の合図に鐘の音が鳴り響き、ウルベルトが見ていた扉が大きく開かれた。

 闇色の通路から続々と多くのモンスターが解き放たれ、笑顔を振りまいていた参加者たちも顔を引き締めさせて各々得物を抜き放って構える。

 彼らの顔には緊張の色が濃く現れ、空気も緊迫感に張りつめる。

 ユリがガントレットをはめた両手を構え、ニグンもウルベルトに貸し与えられた聖遺物級(レリック)の短剣を引き抜いて構える中、ウルベルトただ一人だけが何もせずに佇んでいた。

 扉から現れたのは(ウルフ)10匹と蛇10匹、ジャイアント・スネークが3匹、小鬼(ゴブリン)が15匹という中々の数。

 モンスターたちが雄叫びを上げて突進してくるのに、ウルベルトたち以外の参加者たちも全員がつられるように突撃していった。

 一気に繰り広げられる乱闘戦。

 誰もが我先にと好戦的に得物を振るう中、ユリとニグンは自分とウルベルトに襲い掛かってきたモンスターのみを的確に捌いていった。

 しかし多勢に無勢と言うべきか、レベルの差というべきか、ウルベルトたち以外の参加者たちが徐々に押され始める。

 ウルベルトは周りの様子を窺い時間を計算すると、一瞬思考を巡らせてから機を見計らって口を開いた。

 

「リーリエ、レイン、他の者たちを援護しろ」

「「はっ」」

 

 ウルベルトの命令の声は小さく、周りの喧騒にかき消されて他の者たちの耳には一切届かない。ユリとニグンだけがそれに忠実に答えると、苦戦している者を優先して順に援護に向かっていった。

 二人が援護に向かったことで、ウルベルトの前方の空間が一気に開かれる。

 既にユリとニグンが周りのモンスターたちを掃除していたとはいえ、モンスターは生き物であり“物”ではない。

 二匹の狼がウルベルトに気が付き、牙を立てようと唸り声と共に突っ込んできた。

 ウルベルトの口から大きなため息が吐き出される。

 ウルベルトは猛スピードでこちらに駆けてくる狼たちを見つめると、億劫そうに右手の人差し指を緩く突き付けて口を開いた。

 

「…〈魔法二重化(ツインマジック)魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 ポツリと小さく呟かれた言葉。

 ウルベルトの周りの空中に二十の光球がどこからともなく現れ、光の矢となってそれぞれ十つずつ二匹の狼へと襲い掛かっていった。

 成す術もなく身体の至る所に十つの風穴を開けて倒れる二匹の狼。

 ウルベルトは少しの間、遠くに横たわる狼の死体を眺めていると、次には周りへと視線を巡らせた。

 全てのモンスターが倒れていることを確認し、ユリとニグンが余裕の様子でこちらに戻ってくる姿も見とめる。

 他の参加者たちを見てみれば、全員無事ながらも既に怪我を負っている者も何人かいた。回復手段がないのか、布の切れ端を包帯代わりに傷に巻いている。

 あのレベルに対してこんな状態で本当に大丈夫だろうか…と思わず心配になる中、再び前方の扉が開いて次のモンスターの集団が勢いよく飛び出してきた。

 現れたのはゴブリン20匹に人食い大鬼(オーガ)が5匹、巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)が10匹。

 第1ラウンドとは数はあまり変わらず、しかし質は一気に向上している。ウルベルトたちにしたら雑魚の何者でもないが、他の参加者たちには既に荷が重いレベルになっていた。

 この演目も、他の演目に比べて死亡率が低いとはいえ皆無では決してないということが窺える。

 参加者たちの顔に焦りと緊張の色が浮かぶ中、モンスターたちは第1ラウンドの時と同じように勢いよくこちらに突進してきた。

 羽根を鳴らして上空から襲い掛かってくる巨大昆虫は魔法詠唱者(マジックキャスター)や弓兵に任せ、他のメンバーはゴブリンとオーガに対処する。

 ニグンもウルベルトの言いつけを守って魔法は使わず、短剣を振るってユリと共に襲い掛かってくるモンスターたちを返り討ちにしていった。

 ウルベルトはといえば、先ほどと同じように一人突っ立ってユリとニグンや周りの戦いぶりを眺めている。

 ユリとニグンはまだまだ余裕があるが、他の参加者たちは案の定なかなか厳しい状態のようだ。

 また援護してやるか…とウルベルトは今度は手振りでユリとニグンに指示を出すと、二人は無言で頷いて参加者たちの元へと駆けて行った。弾丸のようにモンスターの大群に突っ込んでいく二人の背を見送りながら、ウルベルトは小さく息をついた。

 ニグンに天使を召喚させればもっと楽に戦うことができるのだが、流石にこんな大勢の人間の前で召喚させるのは気が引けた。名声を高めるのが一番の目的ではあるのだが、未だどんな世界か把握しきれていない状態で注目を浴び過ぎるのは危険度が高くなり、厄介ごとに巻き込まれる危険性も高くなると思い直したのだ。先日のデモンストレーションで天使を召喚させたのも、今では失敗だったと反省している。

 どうにも自分は警戒心や考えが足りないな…と内心で自分自身にため息をついた。

 

『おぉっと、何と言うことでしょう! たった二人の人物にモンスターの大群が瞬く間に全滅してしまいました!』

 

 思考の渦に呑み込まれかけていたウルベルトの意識が、司会の声と大きな歓声によって引き戻される。ハッと視線を周りに走らせれば、ちょうどこちらに戻ってくるユリとニグンの姿と、周りに倒れるモンスターたちの死体が目に飛び込んできた。

 ユリとニグンは無傷。しかし他の参加者たちの状態はと言えば、こちらは最悪の一言に尽きた。

 無傷の者はおらず、全員が少なからず怪我を負っている。中には地面に座り込んで立つことさえできない者さえいた。

 

「……レオナールさん、いかがしましょう?」

 

 ウルベルトと同じように他の参加者たちを見つめていたユリが徐に伺いを立ててくる。

 詳しく言われなくてもユリの意図が分かり、ウルベルトは小首を傾げた後、モンスターが現れるであろう扉へと目を向けた。

 

「次に何のモンスターたちが出てくるのか分からないから何とも言えないが……、お前たちが怪我をしないのなら好きにして構わないよ」

「ありがとうございます」

 

 流石はカルマ値プラスと言うべきか、ユリは正しい意味での慈悲を持っているようだ。ウルベルトとしてもユリとニグンさえ無事ならそれで構わないため、彼女の好きなようにさせることにする。

 彼らがそんな話をしている間に最後の準備が整ったのか、ウルベルトが見つめている扉が再び大きく口を開いた。

 扉から吐き出された多くのモンスターたちに参加者たちは大きく顔を引き攣らせる。

 勢いよく現れたのは大型鼠(ジャイアント・ラット)10匹と狼15匹、魔狼(ヴァルグ)5匹、湿地の巨腕(スナップ・グラスプ)3匹、トブ・ベア1匹。

 数もさることながら、質が一気に上がり、種類も多い。

 間違いなく新参者である他の参加者たちには荷が重すぎる相手だ。

 この演目にウルベルトたちが参加していたことは、彼らにとって不幸中の幸いに他ならなかっただろう。

 

「これは……、彼らには荷が重いですね」

「今回この演目をセッティングした奴は、完全に殺しにかかってきているな…」

 

 ニグンの小さな呟きに頷きながら、ウルベルトも小さく顔を顰めさせる。

 ウルベルトはすぐに考えをまとめると、モンスターたちを殲滅するようユリとニグンに命を下した。

 ウルベルトは勿論の事、他の参加者たちにもその牙が届く前に二人が猛スピードで大群の中へ突っ込んでいく。

 すぐに遠ざかっていく二人の背を見送り、ウルベルトはこのラウンドをすぐ終わらせるために静かに口を開いた。

 

「〈魔法二重化(ツインマジック)鎧強化(リーインフォース・アーマー)〉、〈魔法二重化(ツインマジック)下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉、〈魔法二重化(ツインマジック)下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉、〈魔法二重化(ツインマジック)盾壁(シールドウォール)〉……」

 

 力の差が開きすぎないように注意しながらユリとニグンに補助魔法をかけていく。

 二人の動きが見るからに変わり、容赦なくモンスターの数を減らしていった。一匹たりとも逃がさぬように上手く立ちまわり、ユリは拳を振るい、ニグンは短剣を鮮やかにさばく。誰もが呆然となる中、彼らの目の前でモンスターたちは殴り殺され、斬り殺されていった。

 大きな広場の中央にモンスターたちの亡骸が堆く積まれ、今もなお成長している。

 数分も経たぬうちにモンスターたちは全て死に絶え、そこにはユリとニグンだけが悠然と佇んでいた。

 ウルベルトが徐に足を踏み出し、静かにユリとニグンの元へと歩み寄っていく。

 彼が動いたことで漸く我に返ったのか、静寂の中に唐突に司会の声が響いてきた。

 

『…な、なんということでしょう! 信じられません! たったの二人で、あのモンスターの大群を全滅させてしまいました!!』

 

 司会者の声に、周りの観客たちも徐々にざわつき始める。

 

『彼らはワーカーチーム“サバト・レガロ”のメンバーである、レイン氏とリーリエ氏です!』

 

 司会者に名指しされ、ユリとニグンが周りの観客たちを見上げる。

 観客たちも調子を取り戻し始めたのか、どんどんざわつきが大きくなり始める。

 

『これは賞金を獲得する者は決まったも同然ですね! 皆さま、レイン氏とリーリエ氏、そして生き残った彼らに盛大な拍手を!!』

 

 司会者の言葉に応じるようにして、一気に大きな歓声と拍手が観客席から沸き上がる。

 多くの人間たちが奏でる大音量が空気を大きく震わせ、彼らの興奮は暫く落ち着くことなく続いていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……はぁ~、疲れた…」

 

 “歌う林檎亭”に戻ったウルベルトは、開口一番にそう言って近くにある寝椅子(カウチ)に腰を下ろした。そのまま背中からごろんっと寝転がる。

 壁に立て掛けられている時計を見れば、針は既に夜の21時を回っていた。

 ウルベルトたちが参加した演目自体は賞金獲得者の発表を含めて13時には終わっていたのだが、ついでに他の演目も全て見ていたらこんな時間になってしまったのだ。

 ウルベルト自身はちゃんと戦ってもおらず、疲労というバッドステータスも受け付けないのだが、それでも精神的に疲れたような気がする。

 因みに賞金は一位のユリ、二位のニグン、三位の剣闘士が獲得していた。

 懐も温かくなり、ウルベルトは兎も角としても“サバト・レガロ”自体の名はそれなりにアピールできたため上々と言えよう。

 これでユリとニグンのレベルが上がっていれば言うことがなかったのだが、残念なことにニグンのレベルしか上がってはいなかった。それも1レベルくらいしか上がっておらず、まだまだ先は長そうだった。

 

「……ウルベルト様、いつ戻られるご予定でしょうか?」

「うん? ……そう言えば、今日が三日目だったな…。折角だ、少々早いがもう戻るとしよう」

 

 ユリの言葉に、三日に一度行われる情報共有の会議のことを思い出す。

 会議は深夜12時から始まるため時間までまだ余裕があるのだが、早めに動く分には構わないだろう。

 ウルベルトは勢いよく寝椅子(カウチ)から立ち上がると、軽く宙へと右手を伸ばした。

 

「〈転移門(ゲート)〉」

 

 ウルベルトの声に応えて、宙に闇の入り口が現れる。

 ウルベルトは小さな笑みを浮かべて一つ頷くと、背後に控えているユリとニグンを振り返った。

 

「これで良し! …すまないが、念のため今回はユリはここに残ってくれ。何かあったらすぐに知らせてくれ」

「畏まりました」

 

 ウルベルトの言いつけに、ユリは大人しく頭を下げる。

 ウルベルトはニグンを引き連れると、ユリが見送る中、闇の扉の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開かれた視界に映る、夜の闇に染まる霊廟。

 静寂と威圧感に包まれたそこに、ウルベルトはゆっくりと足を踏み入れながら無意識に大きく息を吸い込み、そして深く吐き出した。

 深い森林特有の自然の空気が身体の中を洗ってくれるようでひどく心地よい。

 三日しか経っていないというのに懐かしい様な心持ちがして、ウルベルトは思わず小さな笑みを浮かばせた。

 

 

「ウルベルト様!」

「……?」

 

 唐突に聞こえてきた自分の名を呼ぶ声。

 そちらを振り返って見れば、喜色の笑みを浮かべたアルベドがシズを引き連れて立っていた。

 出迎えに来てくれたのだろうか…、ウルベルトは柔らかな笑みを浮かべてアルベドたちの元へと歩み寄って行った。

 

「やぁ、アルベド。迎えに来てくれたのかい?」

「は、はいっ! お帰りなさいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様!」

「…お帰りなさいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様」

 

 右手を胸の上に沿えて深々と礼を取るアルベドに、シズもつられるようにして同じ言葉と共に頭を下げてくる。

 本当はウルベルトやモモンガが帰ってくるのを今か今かと待ち伏せし、シズはそれに付き合わされていただけなのだが、両者ともそんなことは微塵も窺わせない。

 ウルベルトは全く気が付くことなく、ただ笑みを浮かべたまま素直にアルベドたちの言葉を受け止めていた。

 

「ただいま。モモンガさんとペロロンチーノは戻っているのかな?」

「モモンガ様はまだ戻っておられません。ペロロンチーノ様は一度戻られたのですが、またお出かけになられました。決められた刻限までには戻られるとのことです」

「ふむ、そうか…」

 

 何かあったのだろうかと少し気にはなったものの、彼女たちに特別何も言わなかったということは大丈夫なのだろうと考え直す。

 ウルベルトは預けていた“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”をシズから受け取ると、そのまま指へと填めようとした。

 しかし、そこでふと自分の手が未だ人間の手であることを思い出す。

 もうここはナザリックの領域であり、人間の姿を続ける意味もない。

 ウルベルトはまるで何かを軽く振り払うように右手を振るった。瞬間、美しい人間の男の姿が揺らめき、次にはそこには山羊頭の悪魔が佇んでいた。

 豊かで美しい長い純銀色の毛皮を柔らかな風に遊ばせ、大きく捩じれながらも天を突くように伸びている二つの角は小さな星明りにも美しく光り輝く。

 恐ろしくも美しい、災厄と悪の具現化。

 本来の姿に戻ったウルベルトは、悪魔の手に“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を填めた。

 横ではアルベドが頬を仄かに染めて熱い吐息を零してうっとりとウルベルトを見つめているのだが、それには全く気が付かない。ただ指に填まったリングを満足げに見やり、足を踏み出して霊廟の中へと足を踏み入れて行った。

 アルベドやシズ、ニグンもその後に続き、ナザリック地下大墳墓の中へと進んでいく。

 “リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”での転移を使わずに第九階層まで行くにはそれなりの時間を要する。しかしウルベルトはリングの力は一切使わずに、良い時間潰しとして散歩のような感覚で地道に第九階層まで歩を進めた。

 

 

「…ウルベルト様、お帰りなさいませ」

 

 第九階層の円卓の間の扉の前。

 そこに見慣れた朱色の長身を見つけ、ウルベルトは足を止めて山羊の顔に笑みを浮かばせた。

 

「ただいま、デミウルゴス。お前も、もう戻ってきていたのだね」

「はい、ちょうど先ほど戻って参りました」

 

 扉の前でウルベルトを待っていたのは、彼の最高傑作である最上位悪魔(アーチデビル)、デミウルゴス。

 デミウルゴスは抑えきれぬ喜色を顔に浮かべながらウルベルトに恭しく頭を下げていた。

 背後から覗く銀の甲殻に覆われた長い尻尾はゆらゆらとご機嫌に揺れており、ウルベルトの笑みを否が応にも誘う。

 

「そうか。元気なようで良かったよ」

 

 優しく声をかけ、ポンポンと軽く肩を叩いてやる。それでいて足を踏み出すのに、創造主からの突然の接触に歓喜を噛みしめていたデミウルゴスが慌てて扉を開けてくれた。

 視界が一気に開け、多くの椅子が並んだ大きな円卓が置かれた部屋が現れる。

 ウルベルトは近くにあった椅子を引いて腰を下ろすと、これから行われる会議に思いを馳せて含み笑いを浮かべるのだった。

 

 




今回の闘技場の演目などは完全に当小説での捏造となりますので、ご了承ください…。

すっごく短いけど、久々に悪魔親子を書けて楽しかったです(笑)

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