世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今話は久々にモモンガ様が出てきます!


第14話 鳥と骨の共同作業

 ナーベラルと共に王国で冒険者となったモモンガは、剣士モモンと魔法詠唱者(マジックキャスター)のナーベとして、冒険者になった次の日には何故か指名を受けて初めての依頼を遂行中だった。

 依頼内容は薬草採取の護衛。

 同行者は依頼主であり薬師でもあるンフィーレア・バレアレという少年と、“漆黒の剣”という四人組の冒険者チームだった。

 何故他の冒険者チームも同行しているのかというと、説明すると長くなるのだが、モモンガの要請でこの依頼に参加してもらっていると言うのが一番正しいのかもしれない。元々は彼らとモンスター退治をしようという話になっていたのだが、そこにンフィーレアからの指名が入り、あれよあれよという間に両者と共に二つの事柄をこなすこととなったのだ。

 彼らの目的地はカルネ村付近のトブの大森林。

 まさかこんなに早くに再びあの村に行くことになるとは思わなかったが、念のためその日のうちにペロロンチーノには連絡を入れておいた。

 そして日をまたいで今日。

 荷馬車が一台あるとはいえ操縦しているンフィーレア以外は全員徒歩であるため、ほぼ一日をかけて漸くモモンガたちはカルネ村まで辿り着いた。

 ペロロンチーノや村人たちの努力の賜物なのだろう、村の付近には今までになかった頑丈な柵が打ち立てられて並べられている。何度もカルネ村に来たことがあるらしいンフィーレアは訝し気に首を傾げていたが、彼らは無事に村の中へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

「ンフィーレア!」

 

 村の中に入ってすぐ、聞き覚えのある少女の声が聞こえてくる。

 誰もが何事かと振り返る中、名を呼ばれたンフィーレアは驚愕の表情のままに勢いよく荷馬車の上から飛び降りた。

 

「エンリ!」

「久しぶりね! 元気そうで良かったわ」

 

 満面の笑みで駆けてきたのは見覚えのある少女。

 エンリとンフィーレアが笑みを浮かべて会話する様子を見つめながら、そう言えば…とモモンガは彼女を助けた時のことを思い出した。

 確か彼女は魔法を使える薬師の友人がいると言っていたはずだ。ということは、ンフィーレアがその“友人”だったのだろう。

 なるほど…と内心で頷く中、不意に右肩にかけているマントがちょいちょいと小さく引かれてモモンガはバッと勢いよくそちらを振り返った。しかしそこには何もなく、ナーベラルも不思議そうにモモンガを見つめている。モモンガは一体何事かと一気に警戒心を強めて身構えようとした、その時。

 

『やあ、モモンガさん! やっと着いたんですね!』

「っ!!」

 

 突然〈伝言(メッセージ)〉が繋がってペロロンチーノの声が頭に響いてきた。

 あまりのことにモモンガは驚きの声を上げそうになり、慌てて寸でのところで何とか呑み込む。周りに怪しまれないように注意深く平静を装いながら、モモンガは頭の中でペロロンチーノへと声を上げた。

 

『ちょっ、ペロロンチーノさん! 突然、驚くじゃないですか!』

『あはは、すみません。つい悪戯心が出ちゃいまして』

 

 頭の中で声が響く中、再びクイックイッと小さくマントを引っ張られる感覚がする。引っ張られる方向からして、恐らく右斜め後ろにペロロンチーノがいるのだろう。〈透明化(インヴィジビリティ)〉であれば透明看破の特殊技術(スキル)で認識することができるのだが、どうやら〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を使っているようで全く認識することができない。

 確か各々が出発する前の四日間の間、ペロロンチーノがウルベルトに幾つかのアイテムを作ってくれるよう頼み込んでいたのを思い出す。恐らくその中に〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の力を宿したアイテムもあったのだろう。

 

『…彼らが今回の依頼の同行者ですか』

『はい。少女と話をしているのが依頼主のンフィーレア・バレアレで、他の人間たちが“漆黒の剣”という冒険者チームのメンバーです』

『ふ~ん……。…あの男、俺のエンリちゃんに馴れ馴れしいですね』

 

 頭の中に不機嫌そうな声が響いてくる。

 見てみれば、確かに二人の様子は本当に仲が良さそうに見えた。見方によっては仲の良い友人通しは勿論の事、恋人同士にも見えてくる。

 しかしそんなことを言えばペロロンチーノの牙が少年に向きかねないため、モモンガは努めて冷静な声音を意識してペロロンチーノを落ち着かせようと試みた。

 

『いや、まぁ…、二人は友人同士らしいですし、普通なんじゃないですかね』

『むぅ~……、そうですかねぇ……』

 

 ペロロンチーノが納得しかねる声音で唸り声を上げる。

 ンフィーレアとエンリはといえば、モモンガとペロロンチーノに注視されているのも気づかずに互いの近況を報告し合っていた。

 先ほど疑問に感じた村を囲む柵の事も当然話題に出て、途端にエンリの表情が悲し気に曇る。何かを耐えるように瞼を閉じて顔を俯かせ、震える吐息を深く吐き出してから再び顔を上げた。

 そして語られたのは、帝国の騎士だと思われる集団に村を襲撃された事実。

 エンリとネムの両親を含む多くの村人たちが犠牲となり、今も復興活動が続いている。村周辺の柵も、その復興活動の一環として造られたものだった。

 

「……そうだったんだ」

「でも旅人の方々が来てくれて、村を助けてくれたの! 私とネムも危ないところを助けて頂いたのよ!」

 

 滲んだ涙を拭って輝かんばかりの笑みを浮かべるエンリ。

 奇しくもこの時、ンフィーレアとペロロンチーノは全く同じことを思っていた。

 

(( エンリ(ちゃん)はやっぱり可愛い……))

 

 しかしンフィーレアにとっては非常に面白くないことだった。好意を寄せている少女が目をキラキラさせながら自分以外の人物について話しているのだ、面白いはずがないだろう。

 ンフィーレアは悔しさと嫉妬に歪みそうになる顔を必死に抑えながら、まるで絞り出すような声音を口から発した。

 

「……そ、それで…その旅人っていうのは……」

「ンフィーレアさん、用意ができましたよ!」

 

 少女に称賛される“旅人”とはいかなる人物なのか聞き出そうとしたンフィーレアは、しかし少し離れた場所で荷馬車の点検をしていた“漆黒の剣”のメンバーから声を掛けられてしまった。

 先ほどの言葉も後半部分は遮られてしまってエンリの耳には届かず、彼女の意識も完全に“漆黒の剣”の方へと向けられてしまう。

 ンフィーレアは見るからにガックリと肩を落とすと、しかしエンリが疑問に思う前に何とか体勢を立て直してぎこちない笑みを浮かべた。

 

「じゃ、じゃあ、僕はそろそろ行くよ……」

「うん、私も復興活動に戻らなくちゃ。ンフィーレアも薬草採取、頑張ってね!」

「あ、ありがとう……」

 

 未だぎこちない笑みを浮かべたまま力ない足取りで荷馬車の元へと歩いていく背を、エンリが手を振って見送る。

 そんな二人の様子を眺めながら、モモンガは腕を組み、ペロロンチーノは透明になっている顔を大きく顰めさせた。

 

『………あの野郎、絶対に俺のエンリちゃんを狙ってますよ。……ちょっと撃ってきても良いですかね?』

『何言ってるんですか、駄目ですよ! 彼は今回の依頼主でもありますし、興味深い生まれながらの異能(タレント)の持ち主でもあるんですから!』

 

 不穏な声音を発するペロロンチーノに、モモンガが慌てて止めに入る。

 しかし低く唸り声を上げてくるのに、どうにも冷や汗が止まらない。

 モモンガは彼の気持ちを少しでも逸らすために話題を変えることにした。

 

『……あ、ああっ、そう言えば! ペロロンチーノさんは“森の賢王”について何か知っていますか?』

『“森の賢王”……? “森の賢王”がどうかしたんですか?』

『“漆黒の剣”のメンバーに“森の賢王”というすごく強い魔獣がいると聞いたので、彼らの目の前で討伐すれば名を上げることができると思ったんです。その口ぶりだと、何か知っているんですか?』

『俺は村の人たちから聞いたんですけど、ちょっと興味が湧いて昨日コキュートスたちと一緒に探して捕まえたんですよ。今はナザリックにいますけど、何なら連れて来ましょうか?』

『そうだったんですね! お願いしてもいいですか?』

 

 これは好都合だとすぐさまペロロンチーノに頼み込む。

 ペロロンチーノはそれを快く引き受けると、挨拶するようにチョイチョイと再びマントを小さく引っ張ってからその場を離れた。

 四枚二対の翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく上空へと舞い上がる。

 巻き上げられた風だけがモモンガたちに認識される中、一直線にナザリックの元へと飛んでいく。

 モモンガもンフィーレアたちに呼ばれ、ナーベラルを引き連れて彼らの元へと歩み寄って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『用意ができましたよ、モモンガさん!』

 

 ペロロンチーノから〈伝言(メッセージ)〉が飛んできたのは、森に入って30分ほど経った頃だった。

 周りではンフィーレアと“漆黒の剣”の一人で森祭司(ドルイド)であるダイン・ウッドワンダーが薬草採取をしており、他の“漆黒の剣”のメンバーも周りに立って警戒態勢を取っていた。

 

『ありがとうございます、ペロロンチーノさん』

『いえいえ。それじゃあ、そっちに突っ込ませるんで、良いように利用しちゃってください』

『分かりました。よろしくお願いします』

 

 モモンガの言葉を最後に〈伝言(メッセージ)〉が切れる。

 さてはてどこから来るのか、とゆっくりと周りを見回す中、不意に“漆黒の剣”の野伏(レンジャー)であるルクルット・ボルブが何かに気が付いたように素早く屈み込んだ。四つん這いになり、地面に片耳をつけて顔を顰めさせる。

 暫くそのままの状態で動かず、次には弾かれたように顔を上げて立ち上がった。

 

「…不味いぞ、でかいものがこっちに向かって突進してきてる。下ばえを踏み締める音を考えると、間もなくこっちに来るぞ。ただし……“森の賢王”であるかどうかは分からないな」

「撤収だ。“森の賢王”かはともかく、ここに残ることは危険だ。“森の賢王”でなくとも我々がそいつのテリトリーを侵しているだろうから、追ってくる可能性もある」

 

 “漆黒の剣”のリーダーで剣士であるペテル・モークがすぐさま的確な指示を出す。

 他のメンバーも全員が真剣な表情で頷く中、ぺテルも一つ頷いて続いてモモンガへと振り返ってきた。

 

「モモンさん、殿をお願いしても宜しいですか?」

「ええ、任せて下さい。……後は私たちが対処します」

 

 力強く頷くモモンガに、ぺテルや他のメンバーたちも頷き返してそれぞれ声援を送る。

 心配そうな表情を浮かべるンフィーレアを引き連れて“漆黒の剣”が森の入口へと引き返していく。

 モモンガは暫く彼らの背を見送った後、ふと自分の力を証明する証人がいなくなってしまったことに思い至った。

 

「……しまったな。“森の賢王”ではないと判断される可能性もあったか…。何とか証拠を手に入れないと……」

 

 折角ペロロンチーノに協力してもらったというのに、これでは全く意味がない。

 どうしよう……と内心で頭を抱える中、隣に控えていたナーベラルが何かに気が付いたように森の奥を振り返った。

 何かが猛スピードで駆けてくるような地響きの音が聞こえてきて、モモンガもそちらへと視線を向ける。

 森の暗闇に蠢く大きな影。

 恐らくあれが“森の賢王”と呼ばれる魔獣なのだろう。

 白銀の毛並みと蛇のように長い尾を持つ四足獣。

 一体どんな魔獣なのかと好奇心が頭をもたげる中、蠢く影が勢いよくこちらに飛び出してきた。

 

「とぅぉおうっ!!」

 

 何やら高めの声が間抜けな言葉のような音を口にする。

 思わず身構えるモモンガとナーベラルの目の前に巨大なものが地響きをたてて着地した。

 それは……――

 

「某こそがぁ! この森の支配者である“森の賢王”でぇぇござるぅ! この森を荒らすのはお前たちでご…ざ、る……?」

 

 芝居がかった口調でオーバーアクションを取っていた獣が、徐々に言葉を濁し、最後には動きを止めて言葉を途切れさせる。濡れたような大きな黒い瞳がぱちくりと瞬き、不思議そうにモモンガやナーベラルを見つめた。大きな体躯の背後から覗く蛇のような長い尾は不安そうにあっちへふらふらこっちへふらふらと揺らめいている。

 困惑したような様子はさて置き、その姿はまさに……。

 

「………ハムスター…?」

 

 モモンガの言葉通り、その獣はまさに巨大なハムスターだった。

 ンフィーレアや“漆黒の剣”の話から鵺のようなモンスターを想像していただけに、その姿に思わず絶句してしまう。

 これが“森の賢王”?

 何かの間違いではないのか…?

 先ほどから多くの疑念が渦を巻き、間違っていてほしいという願いが湧き上がってくる。

 しかしそんなモモンガの思いも虚しく、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。

 

「…あれ、何かありました?」

 

 どこまでも軽い、こちらの気が抜けるような声。

 頭上を見上げてみれば、そこには姿を隠していないペロロンチーノがゆっくりと羽ばたきながら舞い降りてくるところだった。

 不思議そうにモモンガやナーベラル、そして魔獣を見やって小首を傾げる。

 

「ペ、ペロロンチーノ様!」

「やぁ、ナーベラル、冒険者姿も可愛いね。よく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」

「それより、どうかしたんですか? 何か問題発生でもしました?」

「えー、まぁ……。証人となる者たちが先に避難してしまってな……」

「あぁ、なるほど」

 

 何とか魔王口調で話すモモンガに、ペロロンチーノが優雅に着地しながら納得したように頷いてくる。

 チラッと魔獣を見やった後、改めてモモンガへと目を向けた。

 

「なら、いっそのこと連れて行ってみます? 返り討ちにして服従させたってことで」

「……そもそも、これは本当に“森の賢王”なのか?」

 

 モモンガは思わず疑わし気に魔獣を見つめてしまう。

 魔獣がビクッと怯えたように巨体を震わせる中、ペロロンチーノもモモンガの言葉に従って魔獣を見やった。

 

「……いや~、俺も最初は間違いかと思ったんですけど、やっぱり本物みたいなんですよ。こいつ以上に強いモンスターはまだ見つかっていませんし…」

「なっ、酷いでござるよ! 某は本当に“森の賢王”でござる!!」

「というか、そもそも“森の賢王”って何だよ。もしかして自称?」

「……? 大分前に返り討ちにした人間が某をそう呼んだでござるよ。なかなか格好良い呼び名だったから、その人間は特別に見逃してやったでござるが…」

「……なるほど」

 

 魔獣の言い分に、モモンガもペロロンチーノも思わず納得の唸り声を上げた。

 この世界ではどうなのかは未だ不明だが、ここまで流暢に人間の言葉を話す魔獣というのはなかなかにレアなのではないだろうかと推測する。加えて名付けた本人である人間を逃がしたことで“森の賢王”という名前が一気に広まっていったのではないだろうか。

 ということは、残念なことにこの魔獣は間違いなく“森の賢王”ということになる。

 一気にテンションが下がっていくモモンガに、ペロロンチーノが気遣わし気な視線を向けた。モモンガと魔獣を交互に見やり、言いよどむように小さく唸ってからゆっくりと口を開いた。

 

「…えっと、何なら違う魔獣を“森の賢王”としてナザリックで用意してもらいます……?」

「………いや、それはマズいだろう。特徴もそれなりに伝わっているし、どこでボロが出るか分からないからな」

「う~ん、じゃあやっぱりこいつを使う方が良いか……」

 

 モモンガとペロロンチーノの何とも言えない複雑な色を多分に含んだ視線が魔獣へと向けられる。

 魔獣はまたビクッと巨体を震わせると、おろおろしたようにつぶらな瞳をモモンガとペロロンチーノへと向けた。そわそわと小さな身動ぎを繰り返し、まるで縋るようにペロロンチーノへと視線を固定させる。

 

「…あ、あの、殿…、この方はどのような方なのでござるか? 殿の家来の方ではないのでござるか?」

「………至高の御方のお一人であらせられるモモンガ様を我らシモベと同じように考えるなど…。モモンガ様、ペロロンチーノ様、即刻この獣を排除してもよろしいでしょうか?」

 

 今まで静かに大人しく後ろに控えていたナーベラルがドスの効いた声を絞り出して鋭く魔獣を睨み付ける。

 あまりにものすごい形相だったのだろう、魔獣はビクッと震えて巨体を縮み込ませると、プルプル震えながらペロロンチーノの背に隠れようと後退りし始めた。巨体のせいで細身のペロロンチーノでは全く隠れられてはいないのだが、怯えているのは良く伝わってくる。

 至高の主を盾にするような行動にナーベラルの殺気が大きくなる中、ペロロンチーノが落ち着かせるように軽く右手を上げた。

 

「はいはい、落ち着いて、ナーベラル。こいつにちゃんと説明してなかった俺も悪かったんだし」

「で、ですが……」

「それに、ある程度何を言われても余裕を持てる寛容さは大切だよ」

 

 まぁまぁ、というように上げた右手をパタパタと上下に振るペロロンチーノに、ナーベラルもそれ以上は何も言わずに深く頭を下げて引き下がった。

 気配で引き下がったのが分かったのだろう、魔獣がチラッとペロロンチーノの影から瞳を覗かせてくる。

 ペロロンチーノは身体をずらして魔獣の姿を露わにさせると、改めて魔獣を振り返った。

 

「この人は俺の友人のモモンガさんだよ。で、彼女は俺やモモンガさんに仕えてくれてるナーベラル」

「おおっ、殿のご友人でござるか!」

「そう。モモンガさんと俺と、あともう一人仲間がいて、今は三人でナザリックをまとめてるんだ。だからモモンガさんもお前の主人ってこと。分かった?」

「分かりましたでござる!」

 

 まるで子供に言い聞かせるように分かりやすく説明するペロロンチーノに、魔獣は素直に何度も頷く。

 何とも可愛らしい様子に、逆に格好良さは全く感じられない。

 “森の賢王”がそれで良いのか…とモモンガとしては思ってしまうのだが、悲しいかな、魔獣本人には勿論の事、ペロロンチーノにさえ気が付いてはもらえなかった。

 

「それじゃあ、そろそろこいつを紹介しに行きましょうか。あんまり遅いと不安がられそうですし」

「………そうだな」

 

 こちらを振り返って声をかけてくるペロロンチーノに、モモンガも覚悟を決める。

 正直こんな可愛らしいハムスターを引き連れて堂々と紹介するなど羞恥のなにものでもないのだが、これが本物であり、誤魔化しも効かないのであればどうしようもない。

 唖然とするンフィーレアや“漆黒の剣”たちの表情を思い浮かべながら、モモンガは力なく肩を落として踵を返した。遣る瀬無さにどうしてもトボトボとした足取りで歩いてしまう彼の背をナーベラルと魔獣がすぐさま追いかける。

 ペロロンチーノはモモンガの様子に少し心配になりながらも、アイテムボックスから一つの首飾りを取り出した。ウルベルトに作ってもらったアイテムの一つで、〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の力が宿った首飾り。そのアイテムを首にかけて魔法を発動させ、上空へと舞い上がった。背の高い多くの木々の上に出て、ひらけた視界でもって森の出入り口へと目を向ける。ペロロンチーノの感覚ではあまり離れていない地点に目的の影を見つけ、ペロロンチーノはモモンガたちの速度に合わせるようにゆっくりと翼を羽ばたかせた。

 森の中を進むモモンガも、頭上からのペロロンチーノのガイドに従って森の出口へと歩を進める。

 数分後、目の前の視界が開け、心配そうな表情を浮かべて森の中を窺っていたンフィーレアや“漆黒の剣”たちと顔を突き合わせることになった。

 

「モモンさん! 無事だったんですね!」

 

 モモンガやナーベラルの無事な様子に、ンフィーレアも“漆黒の剣”も誰もが安堵の笑みを浮かべる。

 しかし続いて茂みをかき分けて現れた巨大な影に、彼らの笑みが大きく引き攣った。

 まぁ、いきなり巨大な魔獣が現れれば誰もがこんな反応をするだろう。

 モモンガがチラッと背後を見やれば、巨大なハムスターがガサガサと葉を鳴らしながら顔を覗かせたところだった。

 

「……モ、モモンさん、これは…もしかして……」

「落ち着いて下さい。私は“森の賢王”を倒し、支配下においたのです。あなた方に危害は及びません」

 

 なるべく彼らを刺激しないように気を付けながら、穏やかな声音を意識して説明する。

 まぁ、厳密にいえばこの魔獣を服従させたのはペロロンチーノなのだが、それを彼らに説明する必要は一切ない。

 魔獣自身もモモンガがペロロンチーノと同格の存在だと認めているし、モモンガにも従順に従うだろう。従わなければ、その時には容赦なく殺して再利用するだけだ。

 モモンガが内心で恐ろしいことを考えていることなど露知らず、多くの視線を集めている魔獣が胸を張るように鼻先を上げて黒い大きな目を瞬かせた。

 

「この方の仰る通りでござる! この“森の賢王”、この方に忠誠を誓い、皆々様にもご迷惑をおかけしたりはせぬでござるよ!」

 

 魔獣の言葉に、この場にいる面々がおぉ~っと大小様々な声を上げる。

 彼らの反応があまり自分の想像と違うような気がしてモモンガが微かに首を傾げる中、不意に頭の中からペロロンチーノの声が響いてきた。

 

『やっぱり、ジャンガリアン・ハムスターが配下だと格好がつかないですね~』

『……そんなの、当たり前じゃないですか。可愛らしい小動物が配下とか……、いや、身体は巨大ですけど……』

『だから、他のもっと格好いい魔獣を用意した方が良くないかって言ったじゃないですか』

『でも、それで疑われたら元も子もないですよ…』

 

 〈伝言(メッセージ)〉でモモンガとペロロンチーノがグチグチと言い合いをする。

 しかし彼らの目の前で、彼らが思いもしなかった展開が起こった。

 

「……これが“森の賢王”! 凄い! なんて立派な魔獣なんだ!」

「これが“森の賢王”とは……その名もむべなるかなである! こうしているだけでも強大な力を感じるのである!」

「いや、こいつは参った。これだけの偉業を成し遂げるたぁ、こりゃ確かにナーベちゃんを連れ回すだけの力はあるわ」

「これほどの魔獣に会ったら、私たちでは皆殺しにされていましたね。流石はモモンさん。お見事です」

 

『………は……?』

『えっ!? 何っ!? マジっ!!?』

 

 目をキラキラさせて感心したように口々に称賛の言葉を口にする“漆黒の剣”のメンバーたちに、モモンガとペロロンチーノは思わず唖然となってしまった。

 “森の賢王”と“漆黒の剣”たちを交互に見やり、思わず頭を悩ませる。

 見た目はどこまでも巨大な可愛らしいハムスターである“森の賢王”からは、彼らの言うような強大な力も立派さも全く感じられない。

 一瞬からかわれているのだろうかとも思ったが、しかし彼らからはそんな様子も一切見られない。

 もしや自分たちの感覚がこの世界と随分ずれているのだろうか…と思い悩み、モモンガは内心で唸り声を上げた。

 

『………どう思います、ペロロンチーノさん?』

『………モモンガさん…、俺、すごいことに気がついちゃいましたよ……』

『…えっ、何に気が付いたんですか!?』

 

 まさか、やはりこの魔獣には自分には気が付けなかった何かがあるのだろうか。

 無意識にペロロンチーノがいるであろう上空を見上げるモモンガに、ペロロンチーノは一つごくりと喉を鳴らして拳を握りしめた。

 

『……俺としたことが、今まで気が付かなかったなんて! “漆黒の剣”の魔法詠唱者(マジックキャスター)の子、男装した女の子ですよ!!』

『えぇーっ!? って、違ぇぇーーっ!!』

 

 的外れながらも爆弾発言を口にするペロロンチーノに、モモンガの驚愕とツッコミの声が飛ぶ。

 モモンガが内ではペロロンチーノと、外では“漆黒の剣”たちとわちゃわちゃ騒ぐ中、ナーベラルと“森の賢王”だけは不思議そうに彼らを見つめるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 “森の賢王”を支配下に置いたことで順調に薬草採取を終えたモモンガたちは一晩カルネ村で過ごした後、エ・ランテルに戻ることにした。

 宿泊はンフィーレアを含め、全員がこの村にある一番大きな家である村長の家の一室を借り受ける。

 誰もが村長の家で楽しく談笑する中、しかしモモンガは既に夜だというのにナーベラルと“森の賢王”を引き連れて村の端にある小さな丘まで来ていた。

 今日の夜風は昨夜よりも少し強く、モモンガの深紅のマントやナーベラルの漆黒のポニーテールを大きく揺らめかせている。

 本来ならばこんな時間にうろうろしない方が良いのかもしれないが、どうしても室内にいられない理由があったのだ。

 それは……――

 

「……ペロロンチーノさん、いい加減機嫌を直してくれ」

 

 ポツリと零れるモモンガの声は力がなく、後ろに控えているナーベラルの顔も心なしか蒼褪めている。“森の賢王”などは怯えきって巨体をプルプル震えさせているほどだ。

 何故彼女たちがこんなにも怯えているのかというと、それは偏に〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉でモモンガの横に浮かんでいるペロロンチーノのせいだった。

 

「……あいつ絶対許さん絶対近づかせねぇというか俺がいるんだからあいつは必要ねぇんだよ俺の方が強いし大人だし強いし優しいし強いし」

 

(………強いって三回も言ったよ。)

 

 殺気を撒き散らしながらブツブツと小さく呟いているペロロンチーノに、モモンガは内心でため息をついた。

 モモンガの脳裏に、ンフィーレアや“漆黒の剣”たちに“森の賢王”を紹介した時のことが思い出される。

 誰もがモモンガの偉業に称賛の言葉を上げる中、ンフィーレアだけは“森の賢王”がいなくなることで森の均衡が崩れ、カルネ村に危険が及ぶ危険性に気が付いて顔を蒼褪めさせていた。

 そして彼が口に出したのは、モモンガの仲間の一人になって村を守れるだけの強さを身に着けたいという願いだった。

 最初はペロロンチーノも感心していたのだ。

 大切なものを守るためにただ何かに頼るのではなく、自身で努力しようとしている。自分自身の手で、何かを守ろうとしている。これほど男らしく、立派で素晴らしいことはないだろう。

 しかしンフィーレアがついうっかりカルネ村ではなく、何よりエンリという少女を守りたいと口にした瞬間、ペロロンチーノの機嫌が一気に急降下した。

 勿論ンフィーレアが直接そう言葉にしたわけではなく、そういうニュアンスを口にしただけである。

 他の者からすれば愛する少女を守るというのも立派なことだと判断したことだろう。

 しかしいずれは少女を手に入れようと画策しているペロロンチーノにとっては決して許せるものではなかった。

 ペロロンチーノにとってンフィーレアは邪魔者の何者でもない。

 

「何度も言うが、あの人間には決して手を出さないように頼むぞ」

「………分かってますよ」

「その間がとてつもなく恐ろしいんだが……」

 

 返事をするまでに長い間をあけるペロロンチーノに、モモンガは大きなため息をついた。

 本当に大丈夫だろうか…ととてつもなく心配になってくる。

 実は明日の出発にはペロロンチーノも密かに同行することになっていた。

 尤も姿は見せず、〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の状態のままモモンガたちに着いて行くだけなのだが、それでも一度はこの世界の大きな街を見てみたいと懇願されたのだ。

 モモンガもペロロンチーノの気持ちが痛いほど理解できたため、大きな不安を抱えながらも了承した。

 ウルベルトに知られれば決して良い顔をされないだろうけれど、それでもモモンガはペロロンチーノの願いを叶えてやりたかった。何よりモモンガ自身が仲間と一緒に街を歩きたかったのだ。我儘を言えばそこにウルベルトもいれば完璧だったのだが、それはいつかの楽しみにとっておこうと我慢する。

 

「……そう言えば、今夜は三日に一度の報告会の日だが、もうそろそろナザリックに戻るか?」

「いや、実は少し前に用事が出来たので俺は俺で後でナザリックに戻りますよ」

「用事?」

「ふっふっふっ、シャルティアとのデートですよ! デ・エ・ト!」

 

 今までの不機嫌はどこへやら、嬉しそうに声を弾ませてパタパタと四枚二対の翼を小さくはためかせる。

 

「もしかして、獲物が見つかったのか?」

「う~ん…、罠にはかかったみたいですけど、獲物の質はまだ分からないみたいですよ。…というわけで、今からちょっとシャルティアのところに行ってきますんで、また後でナザリックで会いましょう」

「分かった。くれぐれも気を付けるように」

「は~い」

 

 モモンガの心配をよそに、ペロロンチーノはどこまでも軽い声で答えてくる。

 まるで見計らったかのようにモモンガたちのすぐ側に突如闇の扉が開き、ペロロンチーノは首飾りを外して〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を解くとヒラヒラと小さく手を振って闇の中へと入って行った。闇はペロロンチーノを呑み込み、空間に溶けるように静かに消えていく。

 モモンガは暫く〈転移門(ゲート)〉があった場所を眺めると、こちらもこれ以上同行者に怪しまれないように踵を返した。

 

 




ナーベラルが空気だ…(汗) ナーベラルのファンの方、申し訳ありません……。

当小説ではンフィーレアはモモン=旅人の一人(アインズ)とは気づいていません。やったね、モモンガ様!(笑)

あと、一応調べてみたのですが、〈完全不可知化〉を看破できるスキルなどはモモンガさんも持っていないと思うのですが、もし間違っていれば申し訳ありません……。その際は教えて頂ければ幸いです!(深々)

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