世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今話もペロロンチーノ様の回です。
そして、もしかしたらペロシャル回かもしれません!
ご注意(?)ください!


第15話 闘争の生と死

 カルネ村でモモンガと別れたペロロンチーノは、〈転移門(ゲート)〉の闇を潜り抜けて視界に入ってきた面々ににっこりとした笑みを浮かべた。

 

「こんばんは、シャルティア、エントマ、ソリュシャン、ルプスレギナ、セバス。みんな元気そうで何よりだよ」

「ペロロンチーノ様!」

「良くお越し下さいました!」

 

 〈転移門(ゲート)〉を出た先は広い馬車の中。

 シャルティアとエントマが並んで座っており、向かいにはセバス、ソリュシャン、ルプスレギナが並んで座っている。彼女たちはペロロンチーノの登場にすぐさま座席から立ち上がると、狭い空間を上手い具合に使ってそれぞれ跪き頭を下げた。

 ペロロンチーノはすぐに右手を軽く振るい、楽にするように指示を出す。彼女たちが再び同じように座ったのを確認してから〈転移門(ゲート)〉から完全に抜け出すと、シャルティアとエントマの間の空間へと腰を下ろした。

 向かいに座るセバス、ソリュシャン、ルプスレギナを見やり、見慣れぬ服装に思わず凝視してしまう。

 セバスはいつもの執事服を身に纏っていたが、ソリュシャンとルプスレギナはナザリックでは見たことがない姿をしていた。ルプスレギナはナザリックの一般メイドと同じようなどこにでもあるメイド服を身に纏い、ソリュシャンは胸元が大きく開いた黄色のドレスを身に纏っていた。

 どこからどう見ても美しい貴族令嬢とその御付きである。誰が見ても異形には見えない。

 

「いや~、服装だけで変わるもんだな~。二人とも良く似合ってるよ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、ペロロンチーノ様」

 

 ソリュシャンとルプスレギナがにっこりとした笑みを浮かべて頭を下げてくる。

 ペロロンチーノの隣に座るシャルティアは面白くなさそうに小さく顔を顰めさせると、次には何とか彼の意識をこちらに向けさせようと魅力的な笑みと共にペロロンチーノへと話しかけた。

 

「ペロロンチーノ様、此度はご足労いただき、ほんにありがとうございますでありんす。急にご連絡してしまい、ご迷惑ではなかったでありんすか?」

「何を言ってるんだ、シャルティア。迷惑だなんてあるわけがないだろう。そもそもこれは俺が言い出したことなんだしさ」

 

 ペロロンチーノはにっこりとした笑みを浮かべると、上目遣いに見上げてくるシャルティアの小さな白銀の頭に手を乗せた。

 絹のような髪を撫でながら、内心では(シャルティアの上目遣い萌…!)とガッツポーズをする。

 そもそもペロロンチーノがこの場にいるのは先ほどの言葉通り、ペロロンチーノがシャルティアに頼んだからだった。シャルティアとエントマが生まれながらの異能(タレント)や武技を持つ者の捕獲組に決まった時から、本格的に動く際は自分に知らせるようにシャルティアに伝えていたのだ。

 シャルティアは階層守護者の中でも戦闘能力だけで言えば最強と言って良い。エントマも符術師と蟲使いの職業を修めているため、サポート役にも徹することができてとても心強い。しかしペロロンチーノにはどうしても拭いきれぬ不安要素が幾つかあった。

 一つは、シャルティアを頭の弱い女の子として設定してしまったこと。

 もう一つは、何かが起こった際にエントマではシャルティアを止めたり進言するだけの立場も実力もないこと。

 そして最も懸念していることは、シャルティアの持つ“血の狂乱”だった。

 大きな力にはそれ相応のリスクも生まれるという概念を持つユグドラシルにおいて、その概念にとらわれないものはほんの一握りしか存在しない。ただのNPCであったシャルティアも例外ではなく、守護者最強と謳われるほどの力を持つ代わりに彼女は“血の狂乱”というリスクをも持つこととなったのだ。

 “血の狂乱”とはその名の通り、血によって攻撃力が上昇する代わりに我を忘れるバッドステータスだ。血を浴びれば浴びるほど発動するリスクが高まり、一度発動してしまえば一定時間血を求めるだけの存在となり制御不能となる。

 ユグドラシルの時であればいざ知らず、今この時に発動してしまうのは非常にマズかった。任務が失敗する可能性が高まるだけでなく、もし失敗した場合、今のシャルティアであれば責任を感じて自害をしかねない。

 俺がいる限りシャルティアを傷つけさせない!とペロロンチーノが内心で意気込む中、まるでそれに反応するかのように馬車が動きを止めた。

 ペロロンチーノたちの視線が自然と交差し合う。

 

「獲物が完全にかかったようでありんす」

 

 シャルティアとソリュシャンとルプスレギナがほぼ同時にニンマリとした笑みを浮かべる。普通の人間であれば美しくも不気味に感じたことだろうが、ペロロンチーノはただ楽しそうだな~と思うだけだった。

 シャルティアとエントマが徐に立ち上がると、馬車の扉の前に立ってそっと扉を開く。ペロロンチーノも外にいるであろう存在に気付かれないように注意しながら、彼女たちの影の隙間からそっと外の様子を覗き見た。

 すっかり夜の闇に染まった外には、凡そ十人ほどの図体のでかい男の影が馬車を取り囲むように立っていた。

 鳥人(バードマン)になって聴力も鋭くなったのか、男たちの下卑た笑い声がしっかりと聞こえてきて思わず顔を顰めさせる。

 可愛い嫁であるシャルティアや仲間の愛娘であるエントマが男どもの下品な視線に晒されていると思うだけで言いようのない不快感が湧き上がってきた。

 しかし向けられている本人であるシャルティアは妖艶なまでの笑みを浮かべており、エントマに至っては無感情に静かにシャルティアの背後に控えるようにただ立ち尽くしていた。

 

「皆さん、私のために集まって下さってありがとうございんす。ところでこなたの中で一番偉い方はどなたでありんしょう。交渉したいのでありんすがぬし?」

 

 怯えた様子は一切なく、落ち着いた声音で野盗たちに声をかけている。逆に野盗たちの方が戸惑っているようで、もはやこの場は完全にシャルティアが支配していた。

 流石は俺のシャルティアだと内心でムフフンッと悦に入る。

 しかし野盗の一人がシャルティアに下卑た言葉をかけた瞬間、ペロロンチーノの瞳が鋭く光った。

 セバスたちが気が付いて止める間もなく、ペロロンチーノは椅子から立ち上がるとシャルティアの元へと身を乗り出した。丁度醜い一人の男がシャルティアの胸に手を伸ばしているのを目撃し、瞬間視界がカッと真っ赤に染まる。

 

「汚い手で触りんせんで……」

「汚らわしい手で俺のシャルティアに触れるな……!」

 

 ボギィッ!!

 

 シャルティアが手を振り払おうとした瞬間、その前にペロロンチーノが彼女の声を遮って手を振るった。

 男の手が無残にひしゃげ、赤い飛沫を上げながら千切れ飛ぶ。

 男は暫く自分の身に何が起こったのか分からないようだったが、手首から先がなくなっているのを見つめて漸くどんな状態にあるのか理解したようだった。一気に顔を蒼褪めさせ、わなわなと震えながら見開かせた目で自分の右手首を凝視する。

 

「ああぁぁあぁぁっ!!? て、手が、手がぁぁあぁああ!!」

 

 左手で血を撒き散らす右手首を押さえるように掴みながら絶叫を上げる。

 耳障りな叫び声にペロロンチーノが顔を顰めさせる中、まるでそれに反応するようにソリュシャンとルプスレギナとエントマが前へと進み出てきた。ペロロンチーノやシャルティアを追い越し、軽い足取りで馬車から降りる。

 

「ペロロンチーノ様、シャルティア様、後は私たちにお任せ下さい」

「さっさと片付けるっす!」

「お肉ぅ、いっぱぁい」

「良いでありんすが、あれは残しておいてくんなましね。色々と聞くことがあるんだぇら」

 

 シャルティアがつまらなさそうな表情を浮かべながら、取り敢えずというように代表と思われる男に視線を向けて念を押す。

 ソリュシャン、ルプスレギナ、エントマはそれぞれ頷くと、次には弾かれたように勢いよく野盗たちに襲い掛かって行った。

 野盗たちは何が何やら分からないまま、ある者は悲鳴を上げて逃げ出し、ある者は得物を抜いて振り回す。

 しかし誰一人として彼女たちの刃から逃れることなどできようはずもない。

 多くの悲鳴と血飛沫が上がる中、ペロロンチーノは目の前の惨状から目を離して傍らに立つシャルティアへと目を向けた。

 

「汚い手で触られなかったか、シャルティア?」

「はい! この身は至高の御方々のもの。至高の御方々以外にこの身を許すつもりはありんせんでありんす」

 

 自身の身体を抱きしめて頬を染めるシャルティアに、ペロロンチーノは表情を緩めて小さな白銀の頭へと手を乗せた。野盗の男の手を吹き飛ばした時とは打って変わり、どこまでも優しい手つきでシャルティアの頭を撫でる。

 シャルティアの頬が更に朱に染まり、紅色の大きな瞳がとろんっと恍惚に潤む頃には、周りはすっかり静寂に包まれていた。肉塊と化した多くの死体が地面に転がり、鼻につく異臭が周りに漂う。

 ソリュシャンは不自然なまでに乱れて大きく肌蹴ているドレスを整えており、エントマは腕だと思われる細長い何かに齧り付き、ルプスレギナはニヤニヤとした笑みを浮かべてただ一人生き残った野盗の男を足蹴にしていた。

 何とも悲惨で恐ろしい光景だったが、しかしシャルティアは勿論の事、ペロロンチーノも何も感じるものはなかった。むしろソリュシャンたちのような美しい美女たちの手によって死ねたのだからご褒美だろうという思いさえある。

 ペロロンチーノはシャルティアとセバスを引き連れて一人生き残った野盗の男へと歩み寄って行った。

 ルプスレギナに足蹴にされている男は、ペロロンチーノの姿を見つけて恐怖に引き攣らせている顔を更に蒼褪めさせた。

 

「……さてと、残るはこいつだけか。今回はハズレかな?」

「ペロロンチーノ様、恐れながらそうとは限りません。この近くに彼らの根城がある可能性もあります」

「ふむ…、根城に目的の人物がいる可能性もあるか……。……シャルティア」

「はい。……私の目を見るでありんす」

 

 ペロロンチーノの言わんとすることを正確に理解して、シャルティアは男の元へと歩み寄った。

 男の目がシャルティアの宝玉のような深紅の瞳に吸い寄せられ、瞬間恐怖に染まっていた顔が友好的な笑みへと変わっていく。

 シャルティアが持つ特殊技術(スキル)の一つ、〈魅了の魔眼〉。

 すっかりシャルティアに魅了された男は、笑みを浮かべたまま素直にシャルティアの問いに答えていった。

 男の話によると、彼らは元々は“死を撒く剣団”という傭兵集団であったらしい。総員は七十人弱という中々の大所帯で、近くの森の中にある洞窟を根城にしているらしかった。そこそこに腕の立つ者も揃っており、中でもブレイン・アングラウスという男は最強の剣の達人であるとかないとか……。

 ペロロンチーノとシャルティアは顔を見合わせると、さっそく男の言う根城へと向かうことにした。

 商人組であるセバスとソリュシャンとルプスレギナとはここで別れ、ペロロンチーノとシャルティアとエントマで野盗の根城へと向かう。

 

「エントマはこの男を運ぶことはできるかい?」

「はぁい。お任せ下さいぃ」

「じゃあ、頼んだよ。シャルティアはこっちにおいで」

 

 エントマに男を任せると、ペロロンチーノはシャルティアをすぐ傍まで呼び寄せた。

 不思議そうな表情を浮かべながら近づいてくるシャルティアに、ペロロンチーノはにっこりとした笑みを浮かばせる。

 

「今から行くのは野盗共の根城だから、それなりに罠とか仕掛けられてると思うんだ。一々調べながら行くのは時間がかかるし、今夜は定例報告会もあるから、手っ取り早く空から行こう」

「空からでありんすか? ……って、ペ、ペロロンチーノ様!?」

 

 シャルティアの口から大きな驚愕の声が発せられる。

 漆黒のドレスを纏っている華奢な身体が逞しい腕に抱き上げられ、次には横抱きの状態でペロロンチーノに抱きかかえられていた。

 シャルティアの蝋のように白い頬が一瞬で真っ赤に染まる。

 しかしあらゆる欲望に忠実なシャルティアはペロロンチーノを諌めるようなことはしなかった。

 相手は至高の主というだけでなく、尤も崇拝し敬愛せし創造主たるペロロンチーノなのだ。

 むしろ自らも両手を伸ばし、ペロロンチーノの首に腕を回して恍惚の表情で羽毛と鎧に覆われた胸元へと頬を摺り寄せた。

 

「あぁん、ペロロンチーノ様ぁん」

 

(ちょっ、俺のシャルティア、マジで天使なんですけど!)

 

 今が大事な任務中でここが野外であるにも関わらず、二人の周りがピンク色のオーラに染まっていく。

 しかし幸いなことにペロロンチーノがすぐに我を取り戻すと、ゴホンッと一つ咳払いをして近くで様子を窺っているエントマを振り返った。

 

「エントマも確か空飛べたよな?」

「はいぃ。この子がいるのでぇ、大丈夫ですぅ」

 

 いつの間に現れたのか、人間よりも大きな巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)が控えるようにエントマの傍に立っていた。

 ペロロンチーノは一つ頷くと、四枚二対の翼を大きく広げてフワッと上空へと舞い上がった。

 エントマも男の頭を鷲掴んでから巨大昆虫へと合図を送り、自身の背中に張り付かせる。

 バサッという力強い羽音と重低音の振動のような羽音が空気を震わせ、二つの大きな影が空中を疾走し始めた。エントマが頭だけを鷲掴んでいるため宙ぶらりんになっている男の案内を頼りに、ペロロンチーノたちは森の奥へ奥へと進んでいく。

 数分後、徐々に木々の密度が薄くなり初め、ペロロンチーノたちはひらけた草原のような場所に出た。

 ペロロンチーノは一度草原の手前で止まると、地面に舞い降りて腕に抱いていたシャルティアも地面へと下ろした。シャルティアは少し残念そうな表情を浮かべならがも、大人しく腕の中から抜け出してペロロンチーノの横に立つ。エントマも巨大昆虫に命じて空中から降りると、ペロロンチーノたちのすぐ側に控えるように立った。

 彼らのすぐ目の前には大きな平原が広がっており、木は一切なく、代わりに多くの石が地面から突き出ている。

 少し先の地面には洞窟がぽっかりと大きな口を開けており、洞窟内部からは微かな光が漏れ出ていた。

 恐らくあの洞窟が野盗たちの根城なのだろう。洞窟の入り口には丸太で作られたバリケードが設置されており、大きな鈴を肩から吊るした二人の見張りが立っていた。

 

「……ふむ、入り口はあそこだけか?」

 

 暫く洞窟や見張りの様子を窺い、小首を傾げて疑問を口にする。

 すぐにシャルティアがエントマに引きずられている男に質問すれば、魅了の効果が切れた男は再び恐怖の表情を浮かべながら何度も小刻みに頷いた。

 しかしどうにも100%信じることができない。

 もう一度魅了すれば嘘はつかないだろうがそれをするだけの時間もなく、第一この男が野盗集団のどの地位にいるのかも分からないのだ。野盗集団の棟梁であるならばいざ知らず、そうでなければ彼が全てを知っているとも限らない。騒ぎを起こして野盗全員をこちらに誘き寄せられれば手間が省けて良いのだが、一部でも逃がせば厄介だった。

 

「………エントマ、眷属たちを使って洞窟の入り口から半径5km周辺を探索してくれ。外に逃げようとする者がいれば全て捕らえ、逆に入ろうとする者がいれば知らせてくれ」

「畏まりましたぁ。この人間はいかがいたしますかぁ?」

「もう必要ないし、エントマの好きなようにしていいぞ」

「はぁい! ありがとうございますぅ」

 

 瞬間、声を上げる間もなく男の頭がエントマの手の中でトマトのようにグシャッと勢いよく握り潰された。一度男の身体がビクッと大きく痙攣したが、すぐに脱力して大人しくなる。

 エントマは一度恭しく頭を下げると、男の身体をズルズルと引きずりながら森の中へと消えていった。

 ペロロンチーノは少しだけエントマの背を見送った後、すぐに洞窟の方へと顔を戻す。

 アイテム・ボックスから主武器であるゲイ・ボウを取り出すと、弦を引いて上空へと構えた。

 

「シャルティア、ちょっとあの二人に〈静寂(サイレンス)〉をかけてくれないか?」

「畏まりんした」

 

 シャルティアは一度頭を下げると、すぐに〈静寂(サイレンス)〉の魔法を唱えた。

 それとほぼ同時にペロロンチーノも無属性の矢を二本、頭上へと放つ。

 二本の矢は白銀の軌跡を残しながら一度空高く上がると、次には緩やかな放物線を描いて下へと落ちていった。重力に従って勢いをつけて落ちていく二本の矢は、まるで吸い込まれる様に正確に見張りの男たちの頭へと深く突き刺さる。一気に頭蓋骨に大穴を開けられた男たちは、声一つ上げることなく絶命して倒れ込んだ。シャルティアの魔法のおかげで鈴の音は勿論の事、倒れる音さえ響くことはない。

 ペロロンチーノはシャルティアに一つ頷くと、ゲイ・ボウを下ろしてゆっくりと足を踏み出した。

 途中、落とし穴があることに気が付いて、それを避けながら洞窟の入口へと近づいていく。

 ペロロンチーノたちは念のため男たちが死んでいるのを確認してから洞窟内へと足を踏み入れていった。

 

 洞窟内は所々に光源が取り付けられているため、思ったよりも暗くなく明るかった。

 そのため何の対策もしなければすぐに相手に見つかってしまうだろうが、しかしもはや何も気にする必要はなかった。

 既にエントマたちの警戒網は完成している頃合いだろう。いつ自分たちの存在がバレるとしても、もはや相手からすれば後の祭りだった。

 

 

「お、おいっ、なんだお前たちは!?」

「…おっ、早速見つかったか」

 

 洞窟の奥から男の鋭い声と騒音が聞こえてくる。どうやら早速見つかってしまったようだ。

 しかし、ここで大きく騒ぎを起こして野盗共が集まってくれた方が都合がいい。

 ちょっと派手に戦っても良いかもしれないな…とゲイ・ボウを構えようとして、しかしその前にシャルティアが前に進み出てきた。

 まるで庇うようにペロロンチーノの前に立ち、不機嫌そうな表情を浮かべて右手の指をバキッと鳴らす。

 

「ペロロンチーノ様の御前で騒ぐとは、目障り極まりないでありんす。……静かにしなんし」

 

 シャルティアは軽く地を蹴ると、次の瞬間には男たちの目の前に移動して右手を素早く振るった。

 幾人かの野盗たちの頭が一斉に斬り落とされ、鮮血が噴水のように噴き出す。

 残りの野盗たちは何が起こったのか理解できず呆然となっていたが、次には反射的に叫び声をあげて得物を抜いていた。森の中の時と同じように得物を振り回す者と洞窟の奥へと逃げる者へと別れる。

 しかしシャルティアが誰一人として逃がす訳もなく、更に地を蹴って手を振るい、次の瞬間には更に多くの頭が宙を舞った。

 傷口から噴き出し流れる大量の血液は全てが宙を舞い、シャルティアの頭上に集まって血の球体を作り出す。

 “ブラッドプール”と呼ばれるそれは、血液を貯めて高位の魔法を発動するための代償にできる代物であった。

 強力なものには違いないが、“血の狂乱”が発動しないか少々不安になってくる。

 早くブレイン・アングラウスという男が出て来てくれないものかと思う中、不意に洞窟の奥から一つの気配がこちらに近づいてきていることに気が付いた。

 慌てた様子もなくゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきているのに、一体何者なのかと思わず凝視する。

 ペロロンチーノとシャルティアの目の前で、一人の男が洞窟の奥から姿を現した。

 波打つくすんだ青色の髪に、鋭い瞳。鎖着(チェインシャツ)を纏っている肢体は筋骨隆々で、一目でそれなりの戦士であることが分かる。男の手には、ペロロンチーノの知識が正しければ“刀”が握り締められていた。

 

「おいおい、楽しそうだな」

 

 男はペロロンチーノの姿を目にした瞬間一瞬驚愕に目を見開いたようだったが、すぐさま気を取り直したように笑みを浮かべて声をかけてきた。

 何とも肝が据わった男だとペロロンチーノは内心で感心するが、シャルティアは面倒臭そうな表情を浮かべてヒラヒラと手を振っていた。

 

「あんまり楽しくないでありんすぇ。大した強さでないせいか、さらさらプールが溜まりんせん」

 

 気のない声で言葉を返すシャルティアに、男の視線が小さく動いて彼女の頭上に浮かぶ血の球体を捉える。

 

「見たこともない魔法のようだが………魔法詠唱者(マジックキャスター)か。それにそっちは………バードマンか」

 

 シャルティアに向けられていた視線がペロロンチーノへと動き、そのまま鋭く細められる。

 ペロロンチーノの手に握り締められているゲイ・ボウを見やり、次に再びシャルティアの頭上にあるブラッドプールを見やり、ほんの小さく顔を顰めさせた。

 恐らく弓兵と魔法詠唱者(マジックキャスター)という後衛二人組の組み合わせに困惑したのだろう。もしくはバードマンが弓を持っていること自体に驚いたのかもしれない。

 男は暫く何かを考え込んでいるようだったが、次には気を取り直したように真っ直ぐにこちらに目を向けてきた。

 

「ここに何しに来たかは知らないが、これ以上進むなら容赦しないぞ。この刀で切り伏せる!」

「まぁ、お一人で向かってくる気でありんすか? まこと勇敢でありんすねぇ。お友達の皆さんをお呼びなされても構いんせんよ?」

「雑魚が何人いても、お前たちには届かないだろ? なら俺だけでいいさ」

 

 自信満々に笑みを浮かべる男に、恐らくそれだけの実力者なのだろうとあたりをつける。ならば、この男が今回の最大の目的の人物なのかもしれない。

 ペロロンチーノは暫く男が持っている刀を見つめた後、一歩だけ前へと進み出た。

 

「随分自信があるんだな。もしかして、あんたがブレイン・アングラウスか?」

「……ほう、人外でも俺の名を知っている奴がいるとはな。まぁ、悪い気はしないな」

「ということは、ブレイン・アングラウスで間違いないんだな」

 

 否定の言葉が出ないことに、ペロロンチーノは目の前の男が目的の“ブレイン・アングラウス”であると判断する。

 ならばさっさと捕獲するに限る。

 ペロロンチーノがシャルティアを見やると、シャルティアも心得たように笑みと共に礼を取ると、次には1、2歩とブレインの方へと進み出た。

 ブレインも顔を引き締めさせると、一度手に持っている刀を腰の鞘へと戻す。

 その構えは、確か抜刀の構え。

 昔、武人建御雷に教えてもらったことを思い出し、ペロロンチーノは兜の下で小さく目を細めさせた。

 ピリッとした緊張感の漂う空気の中、シャルティアだけは変わらぬ笑みを浮かべたまま小さく首を傾げた。

 

「敬愛する至高の御方をお待たせするわけにはいきんせん。蹂躙を開始しんす」

 

 シャルティアはにっこりと笑みを深めさせると、どこまでも優雅な足取りでブレインへと足を踏み出した。

 歩を進める足取りはゆっくりで、とてもこれから戦闘するとは思えない。まるで楽しいお散歩をしているかのような軽やかさで、そこには一粒の警戒心も見られない。

 普通の感覚ならば、ふざけているのかと頭に血が上るのかもしれない。しかし目の前のブレインは微動だにせず、少しも感情が動いていない様子にペロロンチーノは内心で少しだけ感心の声を上げていた。

 シャルティアとブレインとの距離が徐々に縮まっていく。

 さて、いつ攻撃してくるのかとペロロンチーノが注目する中、シャルティアが次の一歩を踏み出した瞬間に一気にブレインが動いた。

 普通の者の目から見れば一瞬の速さで残像すら追えぬ動きであったことだろう。しかし悲しいかな、普通ではないペロロンチーノとシャルティアの目はむしろスローのように的確にその動きを捉えていた。

 鞘から解き放たれた白刃が、一直線にシャルティアの首へと迫る。

 まさに白皙の肌に触れようとした刹那、まるで時が止まったかのように白刃がピタッと動きを止めた。

 ブレインの双眸が驚愕に大きく見開かれる。

 シャルティアは柔らかな笑みを浮かべたまま、刀の峰側からそっと刀身を摘まんでいた。

 

「……ば、ばかな」

 

 ブレインの口から喘ぎのような声が絞り出される。

 彼が受けたであろう衝撃の大きさから、もしかしたら先ほどの攻撃が彼の決め業だったのかもしれないと思い至る。

 先手必勝の一撃必殺。

 後衛であるペロロンチーノにはあまりない概念ではあるが、前衛の戦士職には割とよくあるものだと記憶している。

 

(…あちゃ~、これもしかしてプライドをズタボロにしちゃったかなぁ)

 

 ペロロンチーノが思わず憐みの視線をブレインへと向ける。

 しかしシャルティアの方はそれを一切気にすることはなかった。

 シャルティアはつまらなさそうな表情を浮かべると、小さく肩をすくませてゆっくりと口を開いた。

 

「……〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉」

「っ!!?」

 

 ポツリと呟かれた言葉に魔法が発動し、見えない力が容赦なくブレインの動きを束縛する。

 まるで生きた彫像にでもなってしまったかのように、驚愕に引き攣った表情はそのままに身動ぎ一つしない。

 シャルティアは無造作に刀から手を離すと、後ろにいるペロロンチーノを振り返った。

 

「ペロロンチーノ様、取り敢えず捕縛は完了しましたでありんす」

「うん、ご苦労様」

「ですが、こな脆弱な存在が本当に必要なんでありんすか?」

「まぁ、俺たちが求めているのは未知の力についての知識だからね。強さはこの際あんまり必要ないんだよ」

 

 ペロロンチーノはブレインの元へと歩み寄ると、そのまま動かぬ身体を俵のように担ぎ上げた。

 シャルティアに頼んでナザリックまでの〈転移門(ゲート)〉を開いてもらい、改めて彼女を振り返る。

 

「ちょっとこいつを届けてくるから、〈転移門(ゲート)〉はこのままにしてもらえるか? 俺が戻ってくるまで、後の連中を殲滅するか拘束するか選別しておいてくれ」

「畏まりんした」

 

 シャルティアはドレスのスカートの端を摘まむと、恭しく頭を下げる。

 ペロロンチーノも一つ頷くと、〈転移門(ゲート)〉の闇の中へと足を踏み入れた。

 洞窟内の景色が一変し、次には夜の闇に染まるナザリックの霊廟の光景が視界に広がる。

 さて、こいつをどこに預けようかと思考を巡らす中、不意に聞こえてきた呼び声にペロロンチーノはそちらを振り返った。

 

「ペロロンチーノ様、お帰りなさいませ!」

「……あぁ、アルベドか。うん、ただいま」

 

 何故か外にアルベドがおり、ペロロンチーノは内心で首を傾げながらも挨拶を返した。

 アルベドの背後にはシズもおり、もしかしたら二人でここで何かをしていたのかもしれない。

 新たなナザリックの防衛処置か何かだろうか…と考えながら、ふとアルベドとシズが肩に担いでいるものを凝視していることに気が付いた。

 

「……ペロロンチーノ様、その下等生物は一体なんでしょうか?」

「あぁ、これはシャルティアが捕まえてくれた武技を使える強者だよ」

「強者……、これがですか……?」

 

 アルベドが訝し気にブレインを見つめる。

 見つめられているブレインはと言えば、彼は未だ束縛の魔法で身動き一つとれないながらも恐怖に彩られた双眸をひどく潤ませていた。

 誰がどう見ても、先ほどのアルベドの言葉に傷ついたようにしか見えない。

 あぁ、可哀相に…と思わずブレインに同情しながら、ペロロンチーノは気を取り直すように改めてアルベドとシズを見やった。

 

「まぁ、この世界では強者みたいだし、武技も使えるみたいだから取り敢えず拘束しておいてくれ。そうだな……ニューロニストのところに連れて行ってくれ」

「畏まりました。シズ、頼めるかしら」

「……はい……」

 

 シズはアルベドに一つ頷くと、ペロロンチーノの元へと歩み寄ってブレインを両手で受け取った。

 見た目は小さな少女の姿をしているシズに大柄な男を渡すのは少し不安だったが、シズは一切揺らぐことなくペロロンチーノと同じようにブレインを肩に担ぎあげた。身長差でブレインの両足は地面についてしまっているが、シズ自身の表情は全く変わらず、どうやら運ぶのに支障はないようだ。

 シズは一度ペロロンチーノに礼を取ると、そのままブレインの両足を引きずりながら霊廟の奥へと消えていった。

 恐らくペロロンチーノの言葉通り、ニューロニストのところに向かったのだろう。

 ペロロンチーノは暫くシズとブレインを見送ると、未だすぐ側に立っているアルベドを振り返った。

 

「そうだ。一つ頼みたいことがあるんだけど」

「そんな、頼みだなどと! どうか何でもお命じ下さい!」

「あ、ありがとう……。それで、えっと、カルネ村に八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)影の悪魔(シャドウデーモン)を何体か送り込んでほしいんだ」

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)かシャドウデーモン、ですか……。もしや何かの見張りでしょうか?」

「流石アルベド! 見張ってほしいのはンフィーレア・バレアレっていう前髪の長い金髪の少年。彼に何か危険が及んだり、もしくは彼が村の女の子と仲良くしようとしたらすぐに俺に知らせてほしいんだ!」

「…畏まりました。すぐに準備し、カルネ村へ送り込みます」

「うん、頼んだよ!」

 

 ペロロンチーノは満面の笑みを浮かべると、感謝を込めてポンポンと何度か軽くアルベドの肩を叩いた。

 瞬間、アルベドの頬が一気に朱に染まる。

 アルベドは金色の瞳を熱っぽく潤ませると、パタパタと腰の両翼を小さく羽ばたかせながら上目遣いにペロロンチーノを見上げてきた。

 

「…ペロロンチーノ様、本日はもうずっとナザリックにいらっしゃるのでしょうか?」

「うん? いや、一度シャルティアのところに戻るよ」

「そ、そうでございますか……」

「あはは、そんなに心配しなくても定例報告会までには戻るよ。心配しないでくれ」

 

 しゅんっと気落ちしたように顔を俯かせるアルベドに、安心させるように今度は漆黒の頭へと手を伸ばす。こめかみから生えている二つの角には触れないように注意しながら、絹のような髪を梳くように優しい手つきで頭を撫でる。

 

『ペロロンチーノ様』

 

「……ん、エントマ?」

 

 その時、不意に頭の中で何かに繋がるような感覚がして、次にはエントマの可愛らしい声が頭の中に響いてきた。

 咄嗟にアルベドの頭から手を離し、エントマの声に集中する。

 いつもの甘く可愛らしい口調が鳴りを潜めているのに、何かあったのかと不安が湧き上がってくる。

 

『少し問題が発生いたしました。シャルティア様が“血の狂乱”を発動されてしまい、洞窟を離れて森の奥へ……』

「シャルティアが!?」

 

 エントマからの報告に、ペロロンチーノは一気に血の気を引かせた。

 これは少々の問題ではなく一大事だ。

 ペロロンチーノは踵を返すと、未だ発動中の〈転移門(ゲート)〉へと勢いよく駆け出した。

 

「ペロロンチーノ様!?」

「俺はシャルティアのところに戻る! こちらのことは心配せずに、アルベドはさっき頼んだことをやっておいてくれ!」

 

 顔だけ振り返って手短に指示を出すと、そのまま迷いなく〈転移門(ゲート)〉の中へと飛び込んだ。

 視界が一瞬闇に染まり、次には先ほどの洞窟内の光景へと変わる。

 すぐ側にはエントマが立っており、ペロロンチーノが出てくると恭しく頭を下げてきた。

 ペロロンチーノは少しの時間も惜しいほど焦っており、すぐに頭を上げさせると早速一番聞きたかったことを問い質した。

 

「シャルティアは今どこにいる!?」

「未だ森の奥を移動中です。ご案内いたします」

「頼む!」

 

 ペロロンチーノはすぐさま頷くと、エントマを抱き上げて勢いよく地を蹴った。

 四枚二対の翼を力強く羽ばたかせ、爆発的なスピードで空を駆ける。

 腕の中ではエントマが動揺したように身動ぎを繰り返していたが、こちらの方が速く移動できるため彼女には我慢してもらうことにする。

 一分もかからずに洞窟内から出ると、エントマの指示する方向の森の中へと突っ込んでいった。

 どうやらエントマの多くの眷族たちが随時エントマに報告してくれているようで、迷いのない案内にペロロンチーノも素直に従って翼を動かす。

 まるで疾風のように木々の間を駆け抜け、少しひらけた場所に出た瞬間、飛び込んできた光景にペロロンチーノは思わず大きく目を見開かせた。

 

「エントマっ!!」

 

 一気に激しい怒りと殺気が湧き上がり、視界が真っ赤に染まる。

 しかし食い潰されていく理性の中でも何とかエントマに声をかけると、エントマも心得たようにすぐさまペロロンチーノの腕の中から抜け出して地面へと飛び降りた。

 ペロロンチーノはエントマが腕の中から離れた瞬間にすぐさまアイテム・ボックスからゲイ・ボウを取り出すと、そのまま大きく弦を引いて鋭く構えた。

 彼の目の前には本性を現したシャルティアと、彼女と対峙している十二の下等生物(・・・・)

 中でもある一点に向けて第六感が警鐘を鳴らし、ペロロンチーノは迷うことなくその方向へと矢じりを向けた。

 何かを考える間もなく勢いよく解き放たれる一本の矢。

 矢は後方にいる光り輝く白いドレスのような服を着た老婆へと飛んでいくと、途中で枝分かれして何十本もの刃へと姿を変えた。いろんな方向へ曲がって放物線を描き、下以外の全方向から矢の嵐が老婆を襲う。

 

「何がっ!? 避けろっ!!」

 

 誰かが声を上げるが、もはや後の祭り。

 老婆を守るように立っていた大きな盾の男ともども、何十もの刃が老婆と男を串刺しにして幾つもの風穴を空けた。

 しかしそれだけで終わるわけがない。

 ペロロンチーノの主な攻撃方法は爆撃であり、怒りに支配されたペロロンチーノが容赦するはずもなく、多くの矢は二つの肉塊に風穴を空けるだけでは飽き足らず我先にと凄まじい熱量を爆発させた。

 他の人間たちが爆発に気を取られている内にシャルティアを回収し、再び遥か上空へと舞い上がる。

 いつの間にか少女の姿に戻り驚愕の表情を浮かべているシャルティアを自分の首にぶら下がるように掴まらせると、再びゲイ・ボウを構えて次は雷属性の矢を連続で何十本も頭上へと打ち上げた。

 特殊技術(スキル)〈鳥の籠・雷〉。

 十二の獲物を取り囲むように雷属性の矢が円を描いて地面に突き刺さり、最後の矢が突き刺さった瞬間、縁に沿うように雷が半球型に放電し、空や地面を走り抜けた。

 網膜を焼くほどの青白い光と、世界が割れるほどの雷鳴の轟音。

 円の内側に閉じ込められた者は全員が感電し、焼け焦げているだろう。

 しかしペロロンチーノは少しも油断せず、また少しも容赦しなかった。

 雷が消えるタイミングを見計らって詠唱を唱える。

 

「〈第10位階怪鳥召喚(サモン・バード・10th)〉」

 

 ペロロンチーノの頭上の空間が大きく歪み、次の瞬間にはそこには大きな漆黒の鳥が悠々と羽ばたいていた。

 体長は4メートルはあるだろうか。長く鋭い嘴に、血のような深紅の瞳。漆黒の翼はボロボロで、大きく羽ばたく度に数枚の羽根が抜けては地面に落ちていく。

 名を混沌の暴食(カオス・イーター)

 全てを喰らい尽くす恐ろしい怪鳥である。

 

「行け」

 

 召喚主であるペロロンチーノの言葉に従ってカオス・イーターが奇声を上げる。

 大きな羽ばたきと共に突っ込んでいくのは丸く黒く焼け焦げた地上。そこには十一の焼け焦げた肉塊と、一つの生き残り(・・・・)が立っていた。

 みすぼらしい槍を構えた一人の少年。

 重度の火傷を全身に負ってはいるが、他の肉塊とは違って呼吸はしているし身動ぎ一つできないわけでもない。

 少年は片目を半ば白く濁らせながらも的確にカオス・イーターを捉えると、その手に持つ大きな槍を鋭く突き刺した。

 しかし……――

 

「……残念、無駄だ」

 

 槍の穂先が深々と突き刺さった瞬間、傷を中心に亀裂が走り、次には怪鳥の身体が二つに別れて一回り小さな怪鳥が二羽、少年の目の前で飛んでいた。

 少年が驚愕に目を見開かせて動きを止める。

 しかし二羽のカオス・イーターは全く構う様子もなく、一斉に少年へと襲い掛かった。

 

「なっ! はっ、離れろ!!」

 

 襲いくる嘴や鉤爪を何とか躱し、痛む身体を叱咤して槍を振るう。

 しかし何度その身を突き刺しても、何度心の臓を貫いても、何度首を跳ね飛ばしても、その傷口から二つに分裂するだけで一羽も倒すことができない。

 気が付けば最初は一羽だけだった怪鳥が十数羽にまで増殖し、その全てが一斉に少年へと襲い掛かってきた。

 あるものは槍を持つ手に襲い掛かり、あるものは開きかけた口の中に嘴を突っ込み、あるものは鎧の中に潜り込み、あるものは少年の長い髪を引っ張って体勢を崩れさせる。

 しかし全員違う動きをするのはここまでで、後は全員が同じ。

 目の前の肉をついばみ、喰らう。

 あるものは手の火傷から中の肉をついばみ、あるものは舌を咥えて引き千切り、あるものは目の前の肉を一心につつき、あるものは他のものたちと共に新たな傷を作っては傷口に嘴を潜り込ませる。

 もはや声を上げることすら敵わず、地面に引き倒され、怪鳥の海に沈んでいく。

 ペロロンチーノはどこまでも冷ややかな目で、ただじっと少年が骨も残さず喰い尽されていくのを見下ろしていた。

 恐らく普段のペロロンチーノを知る者が今のペロロンチーノを見れば、その変わりように驚愕したことだろう。

 しかし普段温厚でフレンドリーな彼も、モモンガやウルベルトと同じように確かに異形となった影響を受けていたのだ。

 今の彼にあるのは、自身の縄張りへの本能。

 いや、“縄張り”という言葉は少し語弊があるかもしれない。

 ペロロンチーノが自分のものであると定めたもの……あるいは自分のものにしたいと願ったものに対しての執着と防衛。

 その対象は物だけには留まらず、人物や場所なども含まれる。

 それらが“害された”、もしくは“害されそうになった”、あるいは“害されたかもしれない”という曖昧なものであったとしても、それだけでペロロンチーノの刃は相手方へと向けられる。

 例えば普段ならペロロンチーノが愛したであろう幼気な美少女が相手だったとしても、それは変わらない。少しでも害そうとする素振りを匂わせた瞬間、それはペロロンチーノにとって排除する者へとなり果てる。

 今回、不運にもペロロンチーノの愛する娘であるシャルティアを害したかもしれない謎の集団は、ペロロンチーノの逆鱗に触れて無残な最期を迎えることになった。

 

「あ、あの…、ペロロンチーノ様……」

「シャルティア……、怪我はないか? どこか、痛いところはない?」

「だ、大丈夫でありんす。ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません」

「迷惑だなんて思ってないよ! それよりもシャルティアが無事で、本当に良かった……」

 

 ペロロンチーノはゲイ・ボウをアイテム・ボックスへ突っ込むと、自由になった両手で首にぶら下がっているシャルティアを力強く抱きしめた。ぎゅうぅっと力いっぱい懐深く抱き込み、シャルティアの白銀の髪へと頬を摺り寄せる。

 

「ペ、ペロロンチーノ様……!」

 

 腕の中でシャルティアが真っ赤に頬を染めながら名を呼んでくるが、大きな安堵に支配されたペロロンチーノは中々シャルティアを解放することができなかった。

 もっと彼女を感じて、もっときちんと彼女が無事なのだと実感したい。

 しかしそんなペロロンチーノを止めるかのように、大量に増えたカオス・イーターたちがペロロンチーノの元へと戻ってきた。

 渋々ながらもシャルティアから顔を離して地上を見てみれば、そこにはもはや肉の一粒、骨の一欠けらすら残ってはいなかった。ただ黒く焼け焦げている地面には複数の壊れた装備品や武器だけが無造作に転がっている。

 

「……エントマ、あの転がっている武器や装備品を全て集めてナザリックに送ってくれ」

「はいぃ、畏まりましたぁ」

 

 いつからそこにいたのか、巨大昆虫に掴まって隣の空中に浮かんでいたエントマが普段の口調で答えて頭を下げてくる。

 ペロロンチーノも一つ頷くと、足下でざわざわと動き始める多くの昆虫たちを暫く見つめた後、未だ腕の中にいるシャルティアへと目を向けた。

 

「……そろそろ帰ろう、シャルティア。ナザリックへ」

「はい、ペロロンチーノ様」

 

 どこか疲れたような声音で促すペロロンチーノに、シャルティアも小さく頷いてそっと背中の羽根を握りしめた。

 

 




実はペロロンチーノ様もモモンガ様やウルベルト様に負けず劣らず相当ヤバい奴だったという件……。
ナザリックやペロロンチーノ様のお気に入りに手を出すと、ゲイ・ボウが火を噴くぜ!

*今回のペロロンチーノ様捏造ポイント
・〈散弾爆撃〉;
一本の矢が途中で何十本も分裂し、対象の全方向から攻撃する。着弾後、一つ一つが爆発し、更なるダメージを与える。
・〈鳥の籠〉;
対象を何十本もの矢で囲い、その縁に沿って半球型に属性攻撃が発動する。水・火・雷・氷の四種類がある。
・〈第10位階怪鳥召喚〉;
召喚魔法。“混沌の暴食”を召喚する。
・混沌の暴食《カオス・イーター》;
〈第10位階怪鳥召喚〉で召喚できる怪鳥。レベルは90台。体長が4メートルもある大きな鳥で、長く鋭い嘴に、血のような深紅の瞳をしている。漆黒の翼はボロボロで、少し動いただけで羽根が抜けてしまう。対象を喰らい、消滅させる。物理攻撃を受けると二つに分裂し無限に増殖するが、魔法攻撃に弱い。

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