世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第16話 第一回定例報告会議

「…これより、第一回定例報告会議を始めさせて頂きます」

 

 深夜0時。

 アルベドの言葉により、三日に一度行われる定例報告会議の第一回目が粛々と開始された。

 場所はナザリック地下大墳墓第九階層の円卓の間。

 参加者はモモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルト、アルベド、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、セバス、シズ、エントマ、ニグンの十三名。部屋の隅には二名の一般メイドも控えており、この部屋には計十五名が集っていた。残りのナーベラル、ユリ、ソリュシャン、ルプスレギナは何が起こっても良いように、各チームの現場で待機している。

 この定例報告会議は主要メンバーが全員参加する必要はなく、その時動ける者が代表となって参加すればいいため、今回は良く集まった方だと言えるだろう。

 内心一人で頷いたモモンガは早速話を進めるべくアルベドへと視線を向けた。アルベドも心得たように小さく頭を下げた後、改めて周りへと視線を巡らせた。

 

「この度、私アルベドがモモンガ様より司会進行役の大役を仰せつかりました。ウルベルト様、ペロロンチーノ様、どうぞ宜しくお願い致します」

「構わないよ。その大役をしっかりと務めてくれたまえ」

「よろしくね、アルベド」

 

 少し緊張しているアルベドを気遣い、ウルベルトとペロロンチーノがそれぞれ優しい言葉をかける。

 アルベドは感動したように一層深く頭を下げると、次には至高の主の期待に応えるべく顔を引き締めさせた。

 まずはアルベドの進行順に代表となる者がそれぞれの三日間のことを報告することとなった。

 たかが三日、されど三日。短い期間でそれほど報告することはないだろうと思われていたが、予想以上に全てのチームがそれ相応の行動を行っていた。加えて全てのチームが報告漏れがないように詳細にこれまでの三日間について報告していく。一チームだけでもその情報量はそれなりにあり、とても有意義ではあるがそれ相応の時間がかかった。

 まず報告を始めたのはモモンガ。

 モモンガとナーベラルの冒険者チームは冒険者登録と今遂行中の任務について。宿でのいざこざでポーションを一本現地人に譲渡することになったこと。後はンフィーレア・バレアレという生まれながらの異能(タレント)持ちの存在を報告していった。

 ポーションを現地人に譲渡したというところではシャルティアがピクリと小さく反応したが、彼女が口を開きかける前にウルベルトが手を上げて口を開いた。

 

「……それはちょっとまずいかもしれないよ、モモンガさん」

「えっ!? ……と、ゴホンッ。な、何故まずいのだ?」

「私は初日に帝国の市場を見て回ったのだがね…。そこには赤いポーションは一つも見当たらなかったのだよ。代わりにあったのが青色のポーション。この世界には我々が使っていたポーションはないのかもしれない」

「……………………」

 

 ウルベルトの言葉にこの場が静まり返る。

 モモンガは内心で動揺と鎮静化を繰り返し、ペロロンチーノはあちゃ~と呆けたように口を開きっぱなしにし、ウルベルトはひょいっと肩を小さくすくませた。

 主たちの何とも言えない状態にどうしようかとシモベたちがチラッと顔を見合わせる中、シャルティアが小さく震える手をゆっくりと頭上へと上げた。

 

「モ、モモンガ様…、一つご確認させて頂いても宜しいでありんしょうか……?」

「…な、なんだ、シャルティア……?」

「ポーションを譲渡した人間は……、あ、赤い短髪の女でありんすかえ……?」

「確かにそうだが……、何故お前がそれを知っている?」

 

 宿でのことを思い出しながら尋ねるモモンガに、シャルティアが怯えたようにビクッと身体を震わせる。

 シャルティアは一度ゴクッと喉を鳴らすと、次には覚悟を決めたように強い瞳でモモンガを見つめてきた。

 

「本日の任務中に冒険者と思われる一団と遭遇したでありんすが、恐らくその中にモモンガ様がポーションを譲渡したと思われる人間もいたでありんす。私にポーションを投げつけてきたため、咄嗟に破壊したでありんすが……」

 

 チラチラとこちらを窺いながら説明するシャルティアに、しかしそもそも何故そんなことになったのかがモモンガたちには分からなかった。

 モモンガとウルベルトはペロロンチーノへと目を向け、しかしペロロンチーノも困惑したような表情を浮かべていた。恐らくペロロンチーノがブレインをナザリックに送るために一時離脱した時のことなのだろうが、ペロロンチーノも未だその時のことについてはシャルティアから詳しい話を聞いていなかったのだ。

 至高の主たちから促すような視線を向けられ、シャルティアはもう一度喉をゴクッと鳴らしてから事のあらましを全て報告するために口を開いた。

 セバス、ソリュシャン、ルプスレギナの尽力のおかげで賊に堕ちた傭兵集団を誘い出せたこと。彼らのアジトまで行き、ブレイン・アングラウスという武技持ちの男を捕らえることに成功したこと。ブレインをナザリックに連行するためにペロロンチーノが一時離脱し、その間にシャルティアは残りの残党を狩っていたこと。その際“血の狂乱”が発動してしまい、間が悪いことに近くを通りかかったと思われる冒険者の一団にも遭遇したこと。女冒険者にポーションを投げつけられて一時正気を取り戻したものの、投げつけられたポーションが主であるモモンガの物であることに気が付いたため念のため女冒険者は殺さず、野盗共の牢屋に放り込んでおいたこと。残りの冒険者は全員始末したが、一人だけ取り逃がしてしまったこと。何とか捕らえようと眷族を放った結果、眷属を滅することのできる謎の集団に遭遇し、その時に偶然戻ってきたペロロンチーノの手によって集団が全滅したこと。逃げた冒険者の一人はエントマの眷族によって捕えられたが、その代わりモモンガがポーションを与えた女の方は洞窟の牢の中に置き去りにされた事などがシャルティアの口から語られた。

 すぐに女冒険者も回収すべきだという意見がシモベたちから上がったが、それはモモンガが止めに入った。

 確かに女冒険者をそのまま放置するのはリスクがあるが、しかしもしかしたら後詰の冒険者の存在もあるかもしれない。もし女冒険者を回収しに行って更に目撃情報が増えれば、それはかえってリスクを高めることになりかねなかった。

 幸いなことに、シャルティアは女冒険者に本来の姿しか見られておらず、名も知られてはいない。そこからナザリックに辿り着くことは不可能だろう。

 確かに女冒険者の存在は不安要素ではあるが、しかし今はそんな事よりもペロロンチーノが全滅させたという謎の集団の方が気になった。

 シャルティアの眷族を滅ぼせたということは、この世界ではそれなりの実力者であった可能性が高い。

 一体どういった集団で、何故あの場所にいたのか……。

 ペロロンチーノ自身も一人だけでも生け捕りにしてくればよかったと今更ながらに思ったが、もはや後の祭りであった。

 

「あっ、でも一応装備品と武具は持って帰ってきたんですよ! 取り敢えず俺の部屋に運んであるので、持ってきてもらいましょうか」

「そう…だな……。皆の報告が終わった後に確認するとしよう」

「では、そのように手配いたします」

 

 モモンガの言葉に従ってアルベドがすぐさま部屋の隅に控えている一般メイドへと目を向ける。メイドたちはすぐさま深々と頭を下げると、物音一つたてずに速やかに部屋を退室していった。

 モモンガたちも彼女たちの背を見送った後、改めて報告の続きを再開する。

 次に報告するのはウルベルトである。

 ウルベルト、ユリ、ニグンのワーカーチームは現段階での拠点を“歌う林檎亭”に定めたこと。帝国の軍に属する者の親族を護衛していた冒険者とワーカーに対してデモンストレーションを行ったこと。その後、闘技場の演目に参加して、その結果もすべて報告した。ニグンのレベルが上がったことも含め、この世界のレベルや経験値の概念に対する自分の考えも全て説明していく。

 

「……なるほど。ではウルベルトさんは名声よりも暫くはユリとニグンのレベル上げに専念すると」

「チームとしての名声は引き続き上げていこうとは思っているが、私自身は少し控えようと思っている。まぁ、チームの名やユリやニグンの名声が上がるだけでもメリットは十分にあるし、その後に私が続いたとしてもあまりデメリットにはならないと思うのだよ」

「まぁ、そうだな……。ウルベルトさんがそれで良いのなら私は構わないぞ」

「俺も異議なしですよ」

 

 モモンガとペロロンチーノの賛同を受けて、ウルベルトもにっこりとした笑みを浮かべてそれに応えた。

 

「じゃあ、次は俺ですね!」

 

 ウルベルトの報告が終わると、次はペロロンチーノが右手を上げて弾んだ声を上げた。

 彼が報告する内容はコキュートスやアウラたちと行ったトブの大森林での探索の進行具合と状況報告。並びにマーレを主体としたカルネ村での現状についてだった。

 トブの大森林の探索は既に五分の一ほどが完了しており、その領域に生息する生物はすべて記録してある。また、“森の賢王”と呼ばれる魔獣も捕らえ、今はモモンガが扮している冒険者モモンの従獣としてデモンストレーションを行ったことも報告した。カルネ村に関してはあまり報告することはなかったが、復興の進行具合と村人からの自分たちへの親交具合なども事細かに報告していった。

 

「残念ですがエンリちゃんとネムちゃんは未だ攻略できていませんが、引き続き頑張っていきます!!」

「………あー、まぁ…、がんばれ……」

 

 最後の決意表明についてはモモンガもウルベルトも軽く流し、さっさと次に行くようにと進行役であるアルベドへと視線を向けた。アルベドも一つ無言で頷くと、次のチームの報告へと進行していく。

 ここまでで未だ報告していないのはセバス、ソリュシャン、ルプスレギナの商人チームと、デミウルゴス主体の消費アイテムの生産方法の調査チームのみ。

 しかしこの二つのチームは他のチームとは違い、報告することが未だあまりなかった。

 商人チームは今まで接触した商人たちについてと、今現在滞在している場所の報告。今後向かおうとしている場所についてのみ。

 消費アイテムの生産方法の調査チームに至っては、今後活動していくために拠点として定めた場所の報告のみだ。

 未だ少しの成果も得られていない状態に、セバスとデミウルゴスが謝罪の言葉と共に深々と頭を下げてくる。

 しかしモモンガもウルベルトもペロロンチーノも、そのことについては一切彼らを責めるつもりはなかった。逆に三日という短期間で何かしらの成果を得られていたのなら、そちらの方が驚きである。特にセバスやデミウルゴスが担当する役目は時間がかかって然るべき内容であり、余り焦ったり気負ったりしないようにと二人を労うのだった。

 

「……あ~、でもよくこの三日間という短期間でいろんなことが起きますよね。ゲームよりもゲームらしくないですか?」

「確かに……。だが何より、ペロロンチーノが滅ぼしたという謎の集団の正体が気になりますねぇ。何か手がかりになるようなことは口走らなかったのかね?」

「う~ん、そんな暇も与えずにぶっ放しちゃったからな~。奴らの装備品を調べれば何か分かるかもしれませんけど……」

 

 ポリポリと人差し指で頭をかくペロロンチーノに、ウルベルトが呆れたように大きなため息をつく。

 気まずそうに肩をすくませるペロロンチーノを見かねてモモンガがフォローしようとする中、不意に扉からノックの音が響き、十人ほどの一般メイドたちがゾロゾロと円卓の間へと入ってきた。

 彼女たちの腕の中には多くの装備品や武器の数々が抱きかかえられている。恐らくそれらが謎の集団たちの装備品や武器なのだろう。興味津々といったような表情を浮かべる守護者たちの視線を一身に受けながら、一般メイドたちはアルベドの指示に従って円卓の上へと装備品たちを並べていった。モモンガ、ウルベルト、ペロロンチーノの三人も興味津々とばかりに椅子から立ち上がると、それぞれが手近にあった装備品や武器を手に取った。

 改めてしげしげと眺めるペロロンチーノの隣で、モモンガとウルベルトがそれぞれ〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉を唱えて詳しく調べていく。

 目前にある多くの装備品はすべてが一切統一感がなく、中には信じられないことに女子高生の制服のようなものやチャイナドレスのような……お世辞にもこの世界には全くそぐわないものも含まれていた。

 

「………このデザイン、絶対プレイヤーが絡んでますよね?」

「……ほぼ間違いなく、そうだろうな…」

「うわっ、これ神器級(ゴッズ)アイテムですよ!」

「マジかよ! ……おいおい、これもう完全にプレイヤーが背後にいるんじゃないか? 絶対にマズいだろ」

 

 装備品や武器を調べれば調べるほど最悪な状況を思い浮かべてしまい、三人は冷や汗を流しながら互いの顔を見合わせ合った。

 しかしここまではほんの序の口であることを彼らは知らない。

 モモンガがチャイナドレスに酷似した装備品を手に取り〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉を唱えた瞬間、彼の動きがピタッと止まった。隣ではウルベルトがみすぼらしい槍を手に〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉を唱えており、モモンガとほぼ同時にピタッと動きを止める。

 彫像のように動かなくなってしまった二人に、ペロロンチーノとシモベたちは困惑の表情を浮かべて二人を見つめた。

 

「ふ、二人とも……? その服と槍がどうかしたんですか……?」

 

 戸惑っているシモベたちを代表してペロロンチーノが恐る恐る声をかける。

 モモンガはひどくゆっくりとした動きでペロロンチーノを振り返り、ウルベルトは顔を俯かせてプルプルと槍を持つ手を小さく震わせていた。

 

「………ルド……ムで……」

「はい?」

「……世界級(ワールド)アイテム、です…。…これ、世界級(ワールド)アイテムでした…っ!!」

「えっ、ちょっ、マジですかっ!?」

「間違いありません! 何度も確認しました!!」

「………こっちもだ…」

「「……へ……?」」

 

 興奮するモモンガの声に被さるように、ウルベルトがポツリと言葉を零す。

 モモンガとペロロンチーノがウルベルトに視線を向ければ、ウルベルトは未だフルフルと震える手で掲げ持っている槍をこちらへと差し出してきた。

 

「……こっちもだ、こっちもだった…! この槍も世界級(ワールド)アイテムだったんだよ!」

「なっ!?」

「うそっ!?」

「…それも唯の世界級(ワールド)アイテムじゃない……。使い切りの二十の世界級(ワールド)アイテムの一つ、“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”だ!!」

「「っ!!?」」

 

 ウルベルトのあまりの爆弾発言に、もはやモモンガもペロロンチーノも言葉がなかった。ただ二人ともあんぐりと呆けたように口を開け、呆然と立ち尽くしている。しかしその心境は、爆弾発言をしたウルベルト自身も全く同じだった。

 そもそも世界級(ワールド)アイテムとはユグドラシルにおいて特別な力を持ったアイテムであり、一つ一つがゲームバランスを崩壊しかねないほどの力を持っている。プレイヤーが造り出せるものでは当然なく、その総数も二百程度。一つ所有するだけでも名声が飛躍的に向上し、とてつもない影響力を周りにもたらす。中でもウルベルトが先ほど口にした“二十の世界級(ワールド)アイテム”とは数ある世界級(ワールド)アイテムの中でも特別なアイテムであり、数も二十と少なく、普通の世界級(ワールド)アイテムと違って使い切りタイプであるためか特に凶悪な力を持っていた。

 そんなアイテムを同時に二個も入手したという事実。

 如何に精神も異形化したモモンガたちであっても、受けた衝撃と驚愕の大きさは計り知れないものだった。

 今もウルベルトとペロロンチーノは完全に放心し、モモンガも内心で精神への抑制が繰り返し発動している。

 主たちの尋常ではない状態にシモベたちがオロオロする中、漸く持ち直したのは流石と言うべきかやはりと言うべきか、モモンガであった。

 

「………ふぅ…、まさか世界級(ワールド)アイテムが二つも……それも同時に手に入るとはな。……ウルベルトさん、ペロロンチーノさん、気持ちは痛いほどよく分かるが、そろそろ現実に戻ってきてくれ」

「「……はっ……!!」」

 

 モモンガの声かけにウルベルトとペロロンチーノも漸く我を取り戻す。

 二人は自分を落ち着かせるように一度大きく息をつくと、改めてマジマジとモモンガとウルベルトの手の中にあるチャイナドレスと槍を見やった。

 

「……まずこちらは世界級(ワールド)アイテム“傾城傾国”。対象を精神支配することのできる、精神系アイテムだな。恐らく通常精神支配できないはずのアンデッドにも効果があると思われる」

「何それ怖っ!」

 

 〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉で読み取った情報を伝えていくモモンガに、ペロロンチーノが悲鳴にも似た声を上げる。

 ウルベルトも大きく顔を顰めさせ、次には自身の手にある槍を見下ろした。

 

「…こちらは世界級(ワールド)アイテム“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”。モモンガさんとペロロンチーノは知っているとは思うが…、お前たちにも説明した方が良さそうだな」

 

 真剣な表情を浮かべて主たちの会話を聞いているシモベたちを見やり、ウルベルトも険しい表情で手の中のアイテムについて口を開いた。

 “聖者殺しの槍(ロンギヌス)”は二十の世界級(ワールド)アイテムの一つであり、対象のデータを完全に抹消すると同時に使い手のデータをも完全に抹消してしまう諸刃の凶悪アイテムだ。それも一度抹消されてしまえば通常の蘇生方法では蘇ることはできず、一部の世界級(ワールド)アイテムでなければ復活することはできないという。ユグドラシルでは名の知れた有名な世界級(ワールド)アイテムの一つだ。

 ウルベルトが語るアイテムの力に、シモベたちの顔色はどんどん蒼褪めていった。

 目の前のアイテムに宿った想像以上の力と、その強力な力がペロロンチーノに向けられたのだという事実。

 至高の主が精神支配や滅びの危機に陥っていたことに、ある者は倒れそうになり、ある者は発狂しそうになっていた。

 しかし、中でも部屋の隅に控えていたニグンの顔は誰よりも青白く染まり、今にも倒れそうになっていた。

 

「……でもまさか、この世界に世界級(ワールド)アイテムがあるとは…。どうやら少し甘く考えていたようだね」

 

 顔を顰めさせたまま苦々し気に吐き捨てるウルベルトに、モモンガとペロロンチーノも同意して頷く。

 ニグンや陽光聖典からの情報から、少なくとも過去にプレイヤーがこの世界にいたことは分かっていたというのに、世界級(ワールド)アイテムもあるかもしれないとは思い至らなかったなんて……。

 三人ともが悔しそうな表情を浮かべる中、不意にウルベルトがニグンの様子に気が付いた。

 

「……どうした、ニグン?」

 

 ウルベルトの声に、この場にいる全員がニグンへと視線を向ける。

 超越者や絶対者たちの視線が一気に自分に向けられたことにニグンはビクッと大きく身体を震わせたが、緊張した面持ちながらも恐る恐るウルベルトたちの元へと歩み寄ってきた。

 

「……恐らく、ではありますが…、ペロロンチーノ様とシャルティア様が遭遇されたのは、法国の漆黒聖典である可能性があります」

「漆黒聖典……というと、お前たち陽光聖典と同じく六色聖典の一つのか?」

「おっしゃる通りです。そちらの装備品の幾つかは見覚えがありますし、確か漆黒聖典の隊員が身に着けていたものと記憶しております」

「…ほう……」

 

 ニグンの言葉にウルベルトが小さく目を細めさせる。モモンガも眼窩の灯りを怪しく揺らめかせ、シモベたちも誰もが大きな怒気と殺気をその身から溢れさせた。しかしペロロンチーノだけは不機嫌そうに顔を顰めさせながらも訝しげに首を傾げた。

 

「……でも、あいつらが本当に漆黒聖典だとして、なんであんなところにいたんだ? シャルティアの話を聞く限りでは、遭遇したのは偶然みたいだけど」

「それは私にも分かりかねます。しかし、漆黒聖典の任務は主に人類の脅威となり得る亜人種や異形種の抹殺です。後は、スレイン法国の暗部にも深く関わっていますので、そのいずれかの任務であるとは思われますが……」

 

 自信がなさそうな表情を浮かべて言葉を濁すニグンに、モモンガたちは思わず互いに顔を見合わせ合った。

 普通に考えれば遭遇したのが森の中ということもあり、亜人の殲滅の任務に就いていたのかもしれない。

 しかしモモンガたちにとってはそんなことはどうでもよかった。

 重要なことは主に二点。

 一点目は彼らが人間至上主義で“異形種狩り”をしているということ。

 二点目は世界級(ワールド)アイテムを持っていたという事実があり、まだ他の世界級(ワールド)アイテムも持っている可能性があるということ。

 

「う~ん、どうもスレイン法国は危険な気がしますね~……。いっそのこと、一気に攻めてみます?」

「いや、それはあまりにも危険だろう。戦闘の基本は相手についての情報量とこちら側の情報操作だ。攻めるにはまだまだ情報が足りなさすぎる」

「短気は損気だよ、ペロロンチーノ。……とはいえ、そのまま現状維持という訳にはいかないのも確かだ。何か対策や罠を考えておく必要はあるだろうね」

 

 ウルベルトの言葉に、モモンガとペロロンチーノもそれぞれ顎に手を当てて考え込んだ。

 シモベたちも主たちの様子を窺いながら、自分たちでも何かいい案はないかと思考を巡らす。しかし何かを思いついたとしても決して自分たちから進んで進言はしない。主たちは三人ともが至高の叡智を持っており、自分たちシモベ風情の考えなど必要ない。元より自分たちの発言で主たちの思考を遮るなどあってはならないのだ。

 シモベたちが見守る中、モモンガが徐に顎から指を離して俯かせていた顔を上げた。

 

「……とりあえず、これ以外にも世界級(ワールド)アイテムがないとは限らん。私は既に一つ所持しているから良いとして、ウルベルトさんとペロロンチーノさん、外に出る守護者たちやセバスにも世界級(ワールド)アイテムを所持させよう」

 

 世界級(ワールド)アイテムはどれもが絶大な力を持っているが、唯一同じ世界級(ワールド)アイテムを所持する者だけは、その力に抗うことができた。

 

「そうだな。…後は転移系の魔法が使えないメンバーには、転移系のアイテムも所持させよう」

「後はナザリックを襲撃された場合の事も考えて避難場所も準備しておく必要があるだろう。……ペロロンチーノさん、頼めるか?」

「了解です! 詳しい場所とかギミックについては、また後ほど改めて相談させて下さい」

 

 流石は“無課金同盟”を組んでいたメンバーというべきか、ギルド長であるモモンガを中心に次々と今後について決定していく。

 シャルティアが漆黒聖典と思われる集団と遭遇した場所が王国国内であったため、モモンガを中心に警戒網を敷くこと。ペロロンチーノは避難場所の決定と建築、ウルベルトは転移系アイテムの作成を担当することになった。

 その際、ペロロンチーノがエンリへの弓の作成もウルベルトに頼んだことでちょっとした一悶着はあったが、最終的には無事に全てが決定し、会議も終了した。

 シモベたちが順々に深い礼と共に退室していく中、ふとデミウルゴスが退室しようとしていたニグンを呼び止めた。

 

「……そう言えば君は元々はスレイン法国の出だったね。君の元同僚である漆黒聖典はペロロンチーノ様の手により殲滅され、故郷と呼ぶべきスレイン法国もいずれは至高の御方々の御手によって滅ぶことになるでしょう。君はそれで構わないのかね?」

「……………………」

 

 デミウルゴスの問いにニグンは思わず黙り込み、未だ部屋に残っていたモモンガたちも二人へと視線を向けた。

 ニグンを真っ直ぐに見つめるデミウルゴスの表情は変わらぬ笑みを浮かべていたが、しかしいつもは閉じられている瞼がうっすらと開いており、中から怪しく輝く宝石が小さく覗いている。

 まるでニグンの反応を窺い、確かめているかのよう……。

 いや、実際反応を窺い、ニグンの真意を確かめているのだろう。

 デミウルゴスにとってニグンはまだまだ本当の意味で信用するには足りない存在だった。

 至高の主であり自身の創造主でもあるウルベルトが気に入った存在だから、という嫉妬だけではない。

 先ほどの言葉通り、元々はニグンの仲間だった集団がペロロンチーノの手によって殲滅され、ニグンの所属していた国もまた近い未来滅びの道を辿るだろう。

 それについてニグンは何を思い、どう行動するつもりなのか。

 変わらずウルベルトやモモンガたちに忠誠を誓うのならばそれで良かったが、少しでもその忠誠に翳りを見せたなら容赦なく殺すつもりだった。

 デミウルゴスだけでなくこの場にいる全員が注目する中、しかしニグンは一切動揺する素振りも見せずに真っ直ぐデミウルゴスを見返した。

 

「当然、構いません。私はウルベルト・アレイン・オードル様に忠誠を誓った、至高の御方々の忠実なるシモベです。このようなことを私が口にするなど分を弁えぬことだと重々処置してはおりますが、元より至高の御方であらせられるペロロンチーノ様に弓引くこと自体が許されぬ大罪。私は至高の御方々やウルベルト様の言葉に従い、変わらぬ忠誠を誓うだけです」

 

 はっきりきっぱり断言するニグンに、モモンガとウルベルトとペロロンチーノが驚いたように小さく目を瞠る。

 しかし他のシモベたちは当然と言ったように笑みを浮かべて頷き、デミウルゴスもまた満足げに笑みを深めさせた。

 

「なるほど。まさに君の言う通りだ、納得したよ」

 

 質問した時よりも柔らかな声音でニグンに同意し、まるで気の合う仲間のようにニグンの肩を軽く叩く。

 しかし次の瞬間、デミウルゴスはそのまま叩いた肩をぐわしっと力強く鷲掴んだ。

 ニグンが思わず驚愕に目を見開かせる中、しかしデミウルゴスは肩を掴む手に力を込めながら更に笑みを深めさせた。

 

「君の至高の御方々への忠誠心は本当に素晴らしい。しかし、忠誠心だけあっても意味はない。実際に御方々の役に立たなくてはね」

「デ、デミウルゴス様の仰る通りだとは思いますが……あの……」

「というわけで、今夜も私が直々に至高の御方々に相応しいシモベとなれるようにいろいろと指導してあげよう」

 

 柔らかな声音でもって言われた言葉に、ニグンは一気に顔を蒼褪めさせた。

 ニグンがウルベルトとのチームに同行することが決まった日から帝国に出発するまでの四日間。デミウルゴスとアルベドと共に過ごした想像を絶するほどに過酷だった日々を思い出し、ニグンは冷や汗を流して小刻みに身体を震わせた。

 咄嗟に助けを求めてウルベルトを見つめるが、今回もあの時と同じようにウルベルトが口にしたのは完全な助けの言葉ではなかった。

 

「あ~…、えっと……、朝の7時には帝国に戻るから、あまり無茶はしないようにな」

「勿論心得ております! では失礼いたします、ウルベルト様、モモンガ様、ペロロンチーノ様」

 

 デミウルゴスは輝かんばかりの良い笑顔を浮かべると、悲壮感溢れる表情を浮かべているニグンを引きずるようにして円卓の間を退室していった。

 あの時と同じような何とも言えない微妙な空気が室内に漂う。

 他のシモベたちも全員退室していったことを確認し、モモンガとウルベルトとペロロンチーノは互いの顔を見合わせ合ってからほぼ同時に大きなため息を吐き出した。

 

「……はぁ、第一回目から何だか凄く濃い報告会になっちゃいましたね」

「確かに……。最初は三日に一度とかそんなに頻繁にしなくても良いんじゃないかと思ってたけど、むしろ大正解でしたね」

「だな。早い段階で世界級(ワールド)アイテムの存在を確認できたことも大きいし、それを奪えたことも上等だ。帝国の方でも世界級(ワールド)アイテムを持っている奴がいないか探ってみよう」

「お願いします。でも、くれぐれも無理はしないで下さいね」

「分かってるよ、モモンガさん」

 

 ウルベルトはにこっと笑みを浮かべると、次には椅子から立ち上がってググッと背筋を伸ばした。

 続くようにしてモモンガとペロロンチーノも椅子から立ち上がる。

 

「…それじゃあ、俺は部屋に戻るかな。転移系アイテムも作らないといけないし……、ていうか7時までに全部作れるか?」

「俺はいい加減眠たいから寝ようかな~……。あっ、エンリちゃんの弓もお願いしますね、ウルベルトさん」

「ふざけんな! そんなに作ってほしけりゃ寝てないで手伝いやがれ」

「え~、俺はウルベルトさんやモモンガさんと違って睡眠も必要なのに~!」

「知るか。一日寝なくても死にゃぁしないし、何ならアイテムでも使っとけ」

「ああ、それじゃあ俺も手伝いますよ。アイテムを作りながら、避難場所についてももう少し詳しく話し合いましょう」

「そうですね」

「それじゃあ、皆で俺の部屋に行くか」

 

 三人は取り敢えず円卓の上にある世界級(ワールド)アイテムを含む装備品や武器を手分けしてアイテム・ボックスへと突っ込むと、ウルベルトを先頭に円卓の間を後にした。

 回廊を歩く短い間も、誰に何の世界級(ワールド)アイテムを所持させるかなどの相談をし合う。

 モモンガたちはウルベルトの部屋に入ると、思い思いに椅子に座って寛ぎながらアイテム作成を開始した。

 しかし数多くのことを話し合い、相談し合いながら作成しているため、中々作業は進まない。

 案の定、全てを作り終える頃にはウルベルトの言葉通り、ナザリックを出発する時間ぎりぎりまでになってしまうのだった。

 

 




今回、漆黒聖典の隊長の武器を世界級アイテムの“聖者殺しの槍”であるとして書いています。
何卒ご了承ください。
なお、原作でもし“聖者殺しの槍”ではないと判明した場合は、すぐに書き直させて頂きます。

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