第一回目の定例報告会議が終了して一時間後。
ナザリック地下大墳墓、第二階層にあるシャルティアの私室“死蝋玄室”には、部屋の主であるシャルティアだけでなくアルベド、アウラ、マーレの姿もあった。
「ちょっと、何であんたまでここにいるのよ?」
自分の後ろにオドオド隠れるように立っているマーレを振り返り、アウラが訝し気に首を傾げる。
今回のこの集まりは階層守護者での女子会であり、少年であるマーレは対象外である。
じっと睨むように見つめてくるアウラにマーレがビクビクする中、アルベドが柔らかな笑みを浮かべて二人の間に入った。
「そんなに睨まないであげて、アウラ。マーレを呼んだのは私なのよ」
「アルベドが? なんでまた……」
「それは勿論、カルネ村でのペロロンチーノ様のことを聞くためよ! 本当はナーベラルとユリも呼びたかったのだけれど、あの子達は今回現地で待機になってしまったから……」
至極残念そうな表情を浮かべるアルベドに、シャルティアとアウラは納得の表情を浮かべた。
外での任務で至高の主と行動を共にする機会があるシャルティアやアウラたちとは違い、ナザリックの留守を任されたアルベドには中々その機会が与えられない。少しでも至高の御方々の話を聞きたいと思うのは当然であり、またシャルティアやアウラも同じ気持ちだった。
「……あれ、それならあのニグンって奴も参加させれば良かったんじゃない?」
最近ナザリックに加わった男の存在を思い出し、アウラが不思議そうに小首を傾げる。
しかしアルベドはフゥッと小さな息をついて緩く頭を振った。
「あら、それはダメよ。どうせ今回もデミウルゴスに連行されているわ」
「うわ~、かわいそう……。あの時も最後はボロボロになってたし……、一体なにしたのよ?」
「ふふっ、それは勿論指導よ、し・ど・う。私たちの代わりにウルベルト様の供をするなら当然の事でしょう?」
アルベドが柔らかな笑みを浮かべて可愛らしく小首を傾げてみせる。
アウラとシャルティアとマーレはチラッと互いの視線を交わすと、何とも言えない表情を浮かべながらも口を噤んでこれ以上つっこまないことにした。
部屋の奥へと歩を進め、丸テーブルを囲むように用意された椅子へとそれぞれ腰を下ろす。
すかさず部屋の隅に控えていたヴァンパイア・ブライドたちが給仕を始め、ささやかな女子会――マーレは男の娘ではあるが…――が始まった。
「それで、マーレ。カルネ村ではペロロンチーノ様は何をされていたのかしら?」
早速とばかりにアルベドがマーレに詰め寄る。
マーレは一瞬ビクッと肩を跳ねさせると、ヴァンパイア・ブライドに用意してもらった紅茶のカップをソーサーに戻して恐る恐る口を開いた。
「えっと、その、あの…村の人間たちとよくお話をされていましたけど……」
「…そういえば、先ほどの報告会議でも人間たちとの交流は良好だと報告されていたわね」
「そんな事よりも、ペロロンチーノ様が気にかけていらっしゃる女の方が問題でありんす! エンリとネムとかいう女は一体どんな輩なのよっ!!」
シャルティアが般若のような表情を浮かべてキッとマーレを睨み付ける。
マーレはあわあわと慌てふためると、椅子から立ち上がって隣に座る姉の背後へと隠れた。
「ちょっとシャルティア~。あんまりマーレを脅さないでよ」
「お、脅してなんかいないわよ……」
「でも、確かに気になるわよね……。ねぇ、マーレ、ぜひ教えてくれないかしら」
珍しくアルベドもシャルティアに同意してマーレを見つめる。しかし普段の柔らかな優しい笑みを浮かべているというのに、その美しい金色の瞳は全く笑ってはいない。
マーレはビクッと身体を震わせると、視線を右へ左へとふらふらさ迷わせながら身を縮み込ませた。
「…うぇ……っと…、その、……普通の人間のように、見えましたけど……」
「なら何で! あんな小娘に! 至高の御方であらせられるペロロンチーノ様が! 心を砕くんでありんすかっ!!」
「そ、そんなこと…僕に言われても………」
「……それも、ウルベルト様が作られる弓を贈るだなんて……っ!!」
遂にはテーブルに顔を突っ伏して、力なくテーブルを叩くシャルティア。
もしこれが彼女の創造主であるペロロンチーノでなかったら、彼女がここまでショックを受けることもなかったかもしれない。しかし残念ながら種族問わず全ての美少女を愛するのがペロロンチーノであり、それ故にシャルティアは勿論の事、アルベドも決していい顔はせずに嫉妬にかられることになった。
マーレは彼女二人の様子を見つめ、ペロロンチーノがエンリに自ら弓を教えると約束していたことは絶対に言うまいと心に誓った。
嘆き悲しむシャルティアと、絶対零度の気を放つアルベド。
一気に収拾がつかなくなった状況にアウラとマーレは顔を見合わせた後、少しでも状況を回復させようとアウラが努めて明るい声を上げた。
「あー、そういえば! シャルティアはペロロンチーノ様と人間の野盗の根城に行ったんだよね! どうだったの?」
「……ぐすっ…。…どうだったって……、何がよ……?」
「だから~、ペロロンチーノ様のカッコいいところとか見れたんじゃないの?」
アウラの問いに、途端にシャルティアの頬が朱に染まる。
悲哀に沈んでいた表情は恍惚としたものになり、紅色の大きな瞳もトロンと潤んだものになった。
「うふふ~、ペロロンチーノ様がカッコいいのは当然でありんすが、戦っている時は勇ましくてとっても素敵でありんしたえ! それに、あの逞しい腕で、私を……っ!!」
「何があったっていうのっ!!?」
感極まったように自身の身体を抱きしめて身をくねらせるシャルティアに、途端にアルベドが目を剥いて身を乗り出してくる。
金色の瞳はギラギラと光り、今にも飛び掛かってきそうだ。
しかしシャルティアは一切気にしていないのか気が付いていないだけなのか、変わらぬ蕩けきった表情のまま熱い吐息を吐き出した。
「私の身体を軽々横抱きに抱いて下さったり、私の危機に颯爽と駆けつけて下さった際は力強く抱きしめてくれんした。……はぁ、あの時の抱擁…、身体が蕩けて砕けてしまいそうでありんしたえ」
その時のことを思い出しているのだろう、シャルティアの可憐な唇から絶えず熱い吐息が吐き出され、顔ものぼせたように真っ赤になっている。
一人盛り上がっているシャルティアに、アウラはうわ~と半目になり、アルベドは激しい嫉妬で内心ハンカチを咥えてキーッと奇声を上げた。
しかし、ただ言われっぱなしのアルベドではない。アルベドは一度自分を落ち着かせるために大きく息を吐き出すと、次には少し引き攣っていながらも得意げな笑みを浮かべてみせた。
「……ふっ、甘いわね、シャルティア。至高の御方々から寵愛を頂いているのは貴女だけだと思っているの?」
「ど、どういう意味よ……?」
「私の調査によると、マーレやエントマもペロロンチーノ様に抱き上げて頂いたことがあるそうよ」
「なっ!!?」
「それに私だって、ペロロンチーノ様のご寵愛は未だ頂けてはいないけれど、ウルベルト様にはジャージーデビルと相乗りさせて頂いたのよ!」
「……………………」
次に嫉妬の表情を浮かべるのはシャルティアで、恍惚とした表情を浮かべるのはアルベドの方だった。
シャルティアとしては、自分だけでなくマーレやエントマもペロロンチーノに抱き上げられたことがあるという事実に鬼のような形相を浮かべている。
マーレは再び小さな悲鳴を上げてアウラの影に必死に隠れ、アウラは半目のままアルベドを呆れたように見つめた。
実を言うとウルベルトに相乗りさせてもらったのはアウラも同じなのだが、ここは余計なことは言わないでおこうと心に誓う。
そんなことをアウラが考えているなど露知らず、アルベドは片手で頬を押さえてうっとりと瞳を潤ませた。
「……あぁ、ウルベルト様…、純粋な
「ウ、ウルベルト様御自らが抱き付くように仰られたのっ!!?」
聞き捨てならないことを聞いたとばかりにシャルティアが目を剥く。
正確に言えば、後ろに相乗りしたが故に落ちないようにしっかり掴まるように言われただけなのだが、アルベドは勿論の事、アウラも何も言わない。
アルベドはその時のことを思い出して頭が一杯であり、アウラはこちらに彼女たちの矛先が向いてほしくないのだ。
「……でも、ペロロンチーノ様やウルベルト様のお話は聞けるでありんすが、モモンガ様のご活躍は分からないでありんすねぇ」
「そうね、それがとても残念だわ。今度はナーベラルも連れて帰って頂けるようにモモンガ様にお願いしてみましょう」
何とか気分を持ち直したシャルティアの言葉に、アルベドも漸く落ち着いたようで大きく頷く。
それから交わされ始めるのは至高の御方々がいかに魅力的であるかという“至高の御方談義”。
先ほどと同じように一喜一憂しながらも白熱した談義を繰り広げる二人を見つめながら、アウラは内心で大きなため息を吐き出した。
最初は至高の御方々の活躍の話を少しでも聞きたかっただけなのに、何故いつの間にこんなことになっているのか……。
(……メンバーからして間違ってたわね…)
シャルティアとアルベドを見つめ、次は実際にため息を小さく吐き出す。
後ろのマーレも呆然としているようで全く役に立たず、アウラは頭痛がしてくるような気がした。
アウラの苦労は、これからも続く。
◇◆◇◆◇◆
「ぐがっ!!」
小さな声と共に大きな破壊音と土煙が立ち上る。
ここはナザリック地下大墳墓、第六階層にある
円形の広大な敷地には二つの人影があり、一方は直立に立ち、もう一方は地面に横たわって何とか起き上がろうと足掻いていた。
「早く立ちなさい。こんなことでウルベルト様のお役に立てると思っているのですか?」
直立不動で立っているのは、長い銀色の尻尾をゆらりゆらりと怪しく揺らめかせる
フラフラながらも何とか立ち上がったのは、ボロボロになっているニグン。
二人がこんなところで何をしているのかというと、簡単に言ってしまえば鍛錬だった。
と言っても攻撃しているのはニグンだけで、デミウルゴスはひたすら捌いては弾き返してを繰り返している。
しかしダメージを負っているのは、むしろ攻撃をしている側のニグンの方だった。一方、攻撃を受けている側のデミウルゴスは一切ダメージを負ってはいない。
弾き返しているだけなのに遥か後方まで吹き飛ばしてしまう所が、流石100レベルの絶対者というべきか。
絶望的なレベル差が存在する二人ではある意味当然のことと言ってもいいのかもしれないが、しかしデミウルゴスは別に本気の力を出している訳ではなかった。魔法と
「ココニイタノカ、デミウルゴス」
デミウルゴスとニグンが対峙する中、不意に軋んだ声と共に大きな影が
「おや、コキュートス。君がここに来るとは珍しいね。私に何か用だったかい?」
「ウム、オ前ガニグンヲ鍛エテイルト聞イテナ。少シ気ニナッテ探シテイタノダ」
「なるほど。しかし、彼はまだまだ脆弱だ。君を満足させられるとは到底思えないのだがね」
「イヤ、コノ世界特有ノ戦イ方ニ興味ガアル。オ前ガ良ケレバ見学サセテクレ」
「ふむ、君がそれで良いのなら私は構わないよ」
友からの申し出に、デミウルゴスは柔らかな笑みを浮かべて快く了承する。
ニグン自身も断る理由はなく――そもそもその権利すら持っていないのだが―― 一度コキュートスに頭を下げてから改めてデミウルゴスに向き直った。
小さな声で詠唱を唱えながら、ウルベルトから借り受けた短剣を構える。
淡く光る魔法陣と共に現れるのは
まずは
しかしデミウルゴスには全く通用せず、短剣がデミウルゴスに触れるその前に強い衝撃がニグンを襲った。
鳩尾の激痛と共に後方へと吹き飛ばされる。
再び鳴り響く破壊音と、濛々と立ち昇る土煙。
地面に倒れ込んだまま中々起き上がることができないニグンに、デミウルゴスの容赦のない声が飛んでくる。
「……全く、少しは頭を使って戦いなさい。これ以上無様を晒すようならウルベルト様に願い出て処分しますよ」
「フム…、中々ニ面白イ戦闘ガ見ラレソウダナ……」
苛々したように不満そうな表情を浮かべるデミウルゴスとは打って変わり、少し離れた場所に佇むコキュートスは面白そうな声音で小さく呟く。
ニグンは回復魔法を自身に唱えると、何とか立ち上がって再びデミウルゴスに向かっていった。
戦い方を変え、工夫し、何度も何度も向かっていく。
話が進まない…。
あぁ、皆さんの声が聞こえる……『こんな幕間なんか書いてるから話が進まないんだよ』という声が………。
ごめんなさい本当にすみません書いてみたかったんです許して下さい……orz
次回以降はなるべく早く更新していけるよう頑張ります…!