世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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話が進まない…。
初っ端から更新が遅くなってしまい申し訳ありません…orz


第1話 戻りしナザリック

 既に日付は変わり、ユグドラシルのサービスは終了しているはずだ。

 しかし目の前には変わらぬナザリックの光景。

 モモンガとウルベルトとペロロンチーノは互いの顔を見合わせて訝し気に首を傾げ合った。

 

「…サーバーダウンが延期になった?」

「いや、それならGMから何か発表があるはずだが…。何かのエラーか?」

「あっ、時間があるなら俺はちょっとシャルティアのところへ…」

「待たんか、この鳥頭」

「ぐへっ!?」

 

 サッと右手を上げて背を向ける鳥人(バードマン)に、すぐさま悪魔が手を伸ばして鎧の首部分を鷲掴む。瞬間、鎧が喉に食い込んでペロロンチーノは蛙が潰れたような醜い声と共に咳き込んだ。ゲホッゲホッと玉座の間に大きな咳の音が響き渡り、モモンガはじゃれ合うような二人の姿を視界の端で見つめながら考えられる方策を必死に実行していた。

 何故かコンソールが浮かび上がらず使えないため、コンソールを使用しなくてもできる強制アクセスやチャット機能、GMコール、強制終了などを虱潰しに試していく。しかしどれもが不発に終わり、一切の感触すらない。まるで完全にシステムから切り離されてしまったかのよう。

 何が起こっているのか分からない焦りに、モモンガは未だ何か騒いでいるウルベルトとペロロンチーノの方へと向き直った。

 もしかしたらこんな状態になっているのは自分だけかもしれないのだ。彼らの一人だけでもGMに連絡が取れれば何か分かるかもしれない。

 

「ウルベルトさん、ペロロンチーノさん、コンソールが使えないんですけどお二人はどうですか?」

「えっ、マジですか!?」

「チャット機能やGMコールも使えないんですけど…、お二人は使えますか?」

「あぁ、俺も使えないみたいです!」

「…俺も駄目だな。強制終了も…無理か。一体何が起こってるんだ?」

 

 ウルベルトが長い髭を弄びながら眉を顰める。

 モモンガはウルベルトの山羊の顔に何か違和感を覚えたが、それよりも今はこの状況を把握することが先決だと思考を切り替えた。

 先ほどの短いやり取りから、ウルベルトとペロロンチーノも自分と同じ状態に陥っていることが分かる。

 GMからの連絡もなくこちらからも連絡ができない今、自分たち以外…つまり外がどうなっているのかが気になった。ナザリック地下大墳墓に何か異常がないか確認すると同時に、外の様子も見に行った方が良いだろう。

 ウルベルトとペロロンチーノに声を掛けようとして、しかしその前に聞き覚えのない涼やかな声がこちらに響いてきた。

 

「どうかなさいましたか、モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト・アレイン・オードル様?」

 

 バッとほぼ同時にモモンガとペロロンチーノとウルベルトが声のした方へと振り返る。

 そこにはアルベドが立ってこちらを見つめており、三人は思わず呆然とした表情を浮かべた。

 何だこれは…、それが三人の正直な心境だった。

 NPCとは現実世界(リアル)で言う機械人形のようなもので、設定された行動のみをとるデータの塊だ。自ら動き、それも声をかけてくるなどあり得ない。

 けれどどう考えても声をかけたのは目の前のアルベドで間違いなかった。

 

「…あー、えっと…GMコールが利かないんだけど……」

 

 完全にフリーズしてしまっているモモンガとウルベルトに代わってペロロンチーノが戸惑いながらもアルベドへと一歩歩み寄る。

 アルベドの金色の瞳がペロロンチーノへと向けられ、瞬間、悲し気に水気を帯びて揺れ動いた。

 こちらが何か反応する前にガバッと勢いよく顔を俯かせ、片膝をついて深々と頭を下げてくる。

 

「も、申し訳ございません! 無知な私ではペロロンチーノ様の問いであられるGMコールというものに関してお答えすることができません…。もしお望みとあれば、すぐさま自害させて頂きます! ですのでどうか…、どうか……!!」

「おおおおおおおお落ち着けっ! 大丈夫だからっ!!」

 

 何やら怯えている様子でついには涙をこぼし始めるアルベドに、ペロロンチーノは訳も分からず慌てふためきながらも慰め始めた。

 漸く気を取り直したモモンガとウルベルトはと言えば、アルベドの様子を見た瞬間また混乱することとなった。

 ペロロンチーノはアルベドの対応に気を取られて気が付いていないのかもしれないが、彼女の様子はDMMO-RPGであるゲーム世界では考えられないものだった。

 自分からプレイヤーに声をかけただけでなく会話をし、加えて今では涙すら流している。

 どう考えてもあり得ない状況だ。

 システム機能が全て使えない中でのNPCの異変、どこからツッコンで良いのかも、どこから対処して良いのかも分からず困惑ばかりが湧き上がってくる。

 加えてあることに気が付いて、モモンガは思わずぐぅっと小さく唸り声を上げた。

 

「この状況…、どう思います、モモンガさん?」

「全てが異常です。それに…、今気が付いたんですけどアルベドを含めて俺たちの口や表情が動いているんですよ」

「うえっ!?」

 

 コソコソと顔を突き合わせて小声で話し合う中、ウルベルトは素っ頓狂な声と共にバッとモモンガに近づけていた顔を離した。咄嗟に自分の口を手で押さえ、無意識にモモンガの口元を見やる。じっとモモンガを凝視した後、次には未だ必死に謝っているアルベドを慰めているペロロンチーノを振り返った。

 よく見れば、モモンガの言葉通り確かにアルベドもペロロンチーノも口と表情が自然に動いている。

 まるで本当の肉体で本当に会話しているかのような生々しい光景に、ウルベルトの背筋にゾクッと冷たいものが駆け上った。

 咄嗟に口から手を放して右手で左腕を掴む。今までになかったグローブの感触と、革越しに感じられる筋肉と毛皮の手触り。左腕にもしっかりと掴まれている圧迫感が感じ取れて、ウルベルトは咄嗟にギリッと歯を強く噛みしめて喚き散らしたくなる衝動を抑えた。

 言いようのない焦りと恐怖が湧き上がってきて顔が大きく歪むのを止められない。

 しかし幸いなことにここにいるのはウルベルト一人ではなく、ウルベルトは何とか大きく息をついて心を落ち着かせると傍らにいるモモンガを振り返った。

 

「………どうします、モモンガさん…?」

「……何にしても情報が足りません…。……セバス、プレアデスたち!」

「「「はっ!」」」

 

 取り敢えずアルベドのことはペロロンチーノに任せ、二人と少し離れて執事とメイドたちに声をかける。

 今まで階下に控えていたセバスとプレアデスたちはモモンガの声に反応して片膝をついて頭を下げた。

 モモンガは見定めるようにセバスたちを見下ろすと、しかしすぐさま威厳ある声音で命を発した。

 

「セバス、大墳墓を出て周辺地理を確認せよ。行動範囲は周辺一キロに限定。戦闘行為は極力避けろ」

「了解いたしました、モモンガ様。直ちに行動を開始します」

 

「…彼らはナザリックから出られるのか? 通常は出られないはずだが…」

「分かりません…。でも、彼らの言動から出られる可能性の方が高いと思いますし…、どちらにせよすぐに分かることです」

「まぁ、確かに…」

 

「…プレアデスから一人だけ連れて行け。もしお前が戦闘に入った場合は即座に撤退させ、情報を持ち帰らせろ。プレアデスたちはセバスに着いて行く一人を除き、全員九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たれ」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 未だコソコソとウルベルトと小声で会話しながら、その一方でモモンガは的確にセバスとプレアデスたちに指示を出していく。

 セバスとプレアデスたちは一糸乱れぬ動きで同時に礼を取ると、モモンガからの命に従うために優雅でいて迅速な動作で踵を返した。玉座の間の大きな扉が開き、一人の執事と六人のメイドたちを呑み込んでゆっくりと閉められる。

 モモンガは彼らに拒否されなかったことに思わず小さな安堵の息をつきながら、次にペロロンチーノとアルベドの方へと視線を向けた。

 まるで突き刺さるような視線に気が付いたのか、未だアルベドを慰めていたペロロンチーノが不意に顔を上げてモモンガたちを振り返ってくる。

 モモンガとペロロンチーノの視線がバチッと合わさったのが分かり、ペロロンチーノはアルベドへと片手を伸ばして少々強引に立ち上がらせると、そのまま手を引いてモモンガとウルベルトの元へと歩み寄ってきた。

 モモンガは涙に濡れているアルベドの目を確認し、ドギマギしている内心を必死に隠しながら努めて冷静に声をかけた。

 

「落ち着いたか、アルベド…?」

「…はい、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いや、良い。それよりも、お前に命じたいことがある。各階層の守護者に玉座の間まで来るよう連絡を取れ。時間は…、今から一時間後だ」

「畏まりました」

 

 今までの悲壮感は鳴りを潜め、アルベドは顔を引き締めさせるとモモンガたちに深々と一礼した。サッと踵を返し、足早に玉座の間を後にする。

 モモンガたちは無言のままアルベドを見送った後、周りに自分たちしかいなくなったことを確認して思わず大きな息をついた。

 信用できるギルド・メンバーのみがいる空間に、やっと少しだけ余裕を持つことができる。

 

「ペロロンチーノ、アルベドと何を話してたんだ?」

「いや、それが…、自分はどんな罰でも受けるから二度と去らないでくれの一点張りで……。慰めるのに苦労しましたよ」

「NPCを慰めるねぇ…。いよいよおかしくなってきたな。それにその言いよう…、“二度と去らないでくれ”ってどういう意味だ?」

「言葉そのままに受け止めれば、このナザリックから二度と去らないでくれってことじゃないですか? …俺たち、ユグドラシルを引退してナザリックから立ち去ったようなもんですし…」

「……………………」

 

 ペロロンチーノの言葉に、ウルベルトは顔を大きく顰めさせて黙り込んだ。

 ウルベルトとてペロロンチーノの見解が間違っているとは思っていない。しかしデータの塊でしかないNPCがそんなことを言ったこと自体が問題なのだ。

 NPCが心を持った?そんな馬鹿な…。

 今まで目の前にあった光景を忘れたわけではないのだが、どうにも非常識すぎて受け入れることができない。

 ウルベルトは未だひどく混乱している自分に大きなため息をつくと、解決策を求めてモモンガへと目を向けた。

 

「…どうします、モモンガさん?」

「………何を判断するにも情報が足りません。使えるものは使って、一つ一つ確認していきましょう」

「そう、だな…」

「まずは宝物殿に行きましょう。何が起こっているにせよ対処しない訳にはいかないでしょうし、いざという時にその装備じゃ心許ないでしょう」

「………確かに…」

「…だな…」

 

 ウルベルトとペロロンチーノは自分たちの纏っている装備を見やると、苦笑を浮かべて一つ頷いた。

 彼らが纏っている装備具は決して悪いものではなかったが非常に心許ないものだった。

 ウルベルトの装備の殆どは聖遺物級(レリック)で、ペロロンチーノはと言えばそれよりも品質が下の遺産級(レガシー)でしかない。彼らの主装備はモモンガと同じ神器級(ゴッズ)であり、それらはすべてユグドラシルを引退する際にギルド・マスターであるモモンガに譲り渡していた。

 

「…でも、ちゃんと指輪は使えますかね?」

「試してみるしかないだろ。アルベドやセバスたちが戻ってくる前に行くぞ」

 

 三人は自身の指に填まっているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを確かめると、直感の赴くままに指輪の力を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬浮遊感のような感覚を覚え、目の前の景色が一変する。

 瞬きの素早さで宝物殿へと転移したモモンガたちは、指輪が無事に発動したことに取り敢えず安堵の息をついた。

 周りを見回し、玉座の間とはまた違った輝きに無意識に小さく目を細めさせる。

 高い天井に届くほどに金貨や宝石が堆く詰まれ、まるで山脈のように鎮座している財宝の山々を取り囲むようにして数多くの大きな棚が壁に備え付けられていた。財宝の山々と同じくらいの高さを持つ棚にも、全てぎっしりと財宝が詰め込まれている。

 正にナザリックの栄光を現しているかのような光景に、三人は思わず感嘆にも似た息を小さく吐き出した。

 これらのほんの1パーセントでも現実世界に持ち込めれば、一挙に自分たちは億万長者になれていただろう。

 

 

「…うっ…?」

 

 仕様もないことを考えている中、不意に聞こえてきた小さな呻き声に気が付いてモモンガとウルベルトはそちらを振り返った。

 二人の視線の先にはペロロンチーノが片手で口を覆って苦しそうに身を屈めている。

 顔を覆っている兜で表情は見えないものの、恐らく顰めさせているだろうことが分かった。

 

「………なんか、すっげぇ気分悪いんですけど…」

「…………? ………あぁっ、ブラッド・オブ・ヨルムンガンド!?」

「ペロロンチーノさん、毒無効系のアイテム装備してないんですか!?」

 

 どんどんへたり込んでいくペロロンチーノに、モモンガとウルベルトは大慌てで反射的にアイテム・ボックスを開いた。モモンガが毒無効系のリングを手渡す中、ウルベルトが状態異常を無効化するアイテムを取り出す。

 

 この部屋には“ブラッド・オブ・ヨルムンガンド”と呼ばれる猛毒の効果をもたらすアイテムが設置されており、毒無効のアイテムや能力を持たない者は一つの例外もなく毒に侵される。モモンガもウルベルトも毒無効の能力を持つアンデッドや悪魔であるため対処をせずとも大丈夫だったのだが、バードマンであるペロロンチーノはそういう訳にもいかなかった。

 ペロロンチーノはモモンガから指輪を受け取ってすぐさま指に填めると、ウルベルトに手渡されたアイテムをすぐさま使用した。両方のアイテムがすぐさま毒を無効化し、一気に毒に蝕まれていた身体が軽くなる。

 ペロロンチーノは思わず大きな息を吐き出すと、大分楽になった身体にへたり込んでいた状態から背筋を伸ばした。

 モモンガとウルベルトもペロロンチーノが回復したのを確認して安堵の息をつく。

 

「…はぁ、冗談抜きで死ぬかと思った。ブラッド・オブ・ヨルムンガンドの存在とかすっかり忘れてましたよ…」

「すみません、ペロロンチーノさん。まさか毒無効系のアイテムを装備していないとは思ってなくて…」

「いやいや、モモンガさんのせいじゃありませんよ。気にしないで下さい」

「俺たちの最後の装備具なんて覚えてなくて当然でしょう。それよりも…、これでこの身体が本物だっていう可能性が高くなってきたな…」

「ちょっ、死にそうになってた俺に対してひどくない!?」

 

 申し訳なさそうなモモンガとは対照的に、冷静に分析するウルベルトにペロロンチーノが大げさに喚いて絡み始める。ウルベルトは面倒くさそうにペロロンチーノを払い除けると、さっさと部屋の奥へと足を踏み出した。容赦なく金貨を踏みつけて進む悪魔の背に、苦笑をこぼすモモンガと頬を膨らませるペロロンチーノがその後に続く。

 三人が辿り着いたのは扉のような大きな闇の壁。

 ブラックホールやトンネルのように奥に呑まれるようなものではなく、まるで絵のような薄っぺらい闇の壁がそこに立ちはだかっていた。

 三人は無意識に横に並ぶと、ほぼ同時に闇の扉を見上げた。

 

「はぁ、何だか威圧感を感じちゃいますね…。そう言えば、パスワード覚えてます?」

「…いえ、それが全然。ここまで来るのは数年なかったので。……『アインズ・ウール・ゴウン・に…」

「…かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう」

「って、覚えてるんですか!?」

 

 モモンガの声を遮るように、ウルベルトが長々と詠唱のような言葉の羅列を口にする。

 ウルベルトの言葉が終わると同時に、驚きの声を上げるモモンガの目の前で闇の壁が大きく動き始めた。

 まるで流れる水のように頭上の一点に吸い込まれると、空中に浮かぶ闇の球体を残して闇の扉の奥が姿を現した。

 

「………わぁ、本当に合ってたよ。流石、中二病」

「よーし、こっち向け。その舌引っこ抜いてやる」

「ちょっ、ちょっ、冗談ですって!!」

「…はーい、遊んでないでさっさと行きますよ」

 

 再びじゃれ合い始めた二人に、すかさずモモンガが若干呆れながらも引率する教師のように先を促す。

 ペロロンチーノとウルベルトはすぐさま喧嘩を止めると、さっさと歩き始めたモモンガの後を慌てて追いかけ始めた。

 

 目の前に現れた通路は今いる金貨や宝石が散乱している部屋とは違い、薄暗くもひどく整然としていた。

 まるで博物館の展示室のように壁一面に多種多様の武器が綺麗に備え付けられて飾られている。

 ブロードソード、グレートソード、エストック、フランベルジュ、シミター、パタ、ショーテル、ククリ、クレイモア、ショートソード、ソードブレイカー、アックス、槍、弓、クロスボウなどなど…。中には武器と呼んでいいかも分からないものまで数多く飾られており、その全てがモモンガたちが長い年月をかけて集めた武器たちだった。

 彼らはモモンガ、ウルベルト、ペロロンチーノの順で一列に並び、部屋と言っても差し支えないほどに広い通路を歩いていった。自分たちが集め、または造り出した武器の数々を眺めながら通路の奥へ奥へと進んで行く。中には一目で魔法武器だと分かるものもあり、美しくも禍々しい武器たちを眺めながら見えてきた通路の出口へと視線を向けた。

 

 博物館の展示室のような通路から一変、そこは待合室のような質素な部屋だった。

 一つのソファーとテーブルが置いてあるだけで、壁には自分たちが通ってきた通路のものと同じ扉が複数と、奥に続く一つの入り口しかない。

 “霊廟”と名付けられたその部屋は、モモンガとウルベルトとペロロンチーノの目的の物がある場所。

 しかし三人とも一切そちらへと歩み寄ろうとはしなかった。

 彼らの視線はソファーの上に腰かけていた一つの影に釘付けとなっていた。

 影はモモンガたちに気が付いたのかゆっくりとソファーから立ち上がる。

 こちらに向き直り歩み寄ってくる影に、ウルベルトとペロロンチーノが驚愕に目を見開かせた。

 

「タ、タブラさん!?」

「お前っ、お前も来てたのか!?」

 

 驚きの声を上げる二人に、しかし影は答えない。

 蛸と人間が混ざり合った様な異形の姿を持つ影は、濁った瞳に三人の姿を映しながら不思議そうに小首を傾げていた。

 

「…いえ、あいつはタブラさんじゃありません。…『解除』」

 

 モモンガの言葉と共に“タブラ”と呼ばれた影がゆらりと揺らめく。

 蛸の足の形をした複数の触手が縮小し、ぶよぶよとしたシルエットが服を纏ったしっかりとしたものへと変わっていく。

 一分もかからず姿を現したのは、黄色い軍服を着こんだはにわ顔の男。

 ウルベルトもペロロンチーノも見覚えのあった軍服の男は、カッと踵を打ち鳴らして敬礼の姿勢を取った。

 

「ようこそおいで下さいました、私の創造主たるモモンガ様!」

「………創造主…?」

 

 軍服の男が口にした言葉にモモンガが小声で疑問の声を呟く。しかし男はそれに気が付くことなくモモンガの隣に立つバードマンと悪魔に顔を向けた。

 

「おお、ペロロンチーノ様とウルベルト・アレイン・オードル様も! お久しぶりにございます!!」

「…お、おう……」

「ひ、久しぶりだな、パンドラズ・アクター」

 

 ハイテンションな異形に圧倒されてペロロンチーノとウルベルトが数歩後退る。

 異形の名はパンドラズ・アクター。

 モモンガが創り出したNPCで、ここ宝物殿の守護を任された二重の影(ドッペルゲンガー)だった。

 当時のモモンガのカッコいいという価値観を詰め込まれたはずのNPCなのだが、まさかこんな性格になる設定にでもしていたのだろうかと二人は内心で小首を傾げる。

 しかし、それよりも………―――

 

「………やっぱり、こいつも生きてるみたいだな。アルベドやセバスたちだけじゃなかったか…」

 

 嬉々として動き回るパンドラズ・アクターを眺めながらウルベルトが小さく呟いて目を細めさせた。

 彼らの視線の先ではパンドラズ・アクターが再びモモンガに話しかけ、モモンガはと言えば何故か片手で頭を抱えている。あの様子では、自分の黒歴史に身悶えているのかもしれない。

 自分の身に当てはめて考えてみて、ウルベルトは思わず小首を傾げた。

 自分が創り出したNPCはデミウルゴスという最上位悪魔(アーチデビル)だ。ユグドラシルでの情熱を全て注ぎ込んで創り上げた最高傑作だと堂々と言えるNPCだが、彼が目の前で生き生きと動き回れば自分も恥ずかしさで死ぬ思いをするのだろうか…。

 今一上手く想像できないウルベルトの隣で、ペロロンチーノも同じようなことを考えていたようだった。

 暫くパンドラズ・アクターとモモンガの様子を眺め、次には無言のまま踵を返す。

 咄嗟に襟首を捕まえて阻止したが、この鳥頭は一体何を考えているのか…。

 

「おい、こら。どこに行くつもりだ」

「…いや、シャルティアも生き生きと動いているのかと考えると、どうにも我慢が…」

「ちょっとは我慢しろ!」

「あたっ!」

 

 この鳥はどこまで欲望に一直線なんだ!と思わず頭をはたく。しかし悲しいかな、ウルベルトは純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)なためダメージはほぼないに等しい。その証拠にペロロンチーノはワザとらしくはたかれた頭を摩りながらもピンピンしていた。それが無性に腹立たしく思えてくるのは何故なのか。

 感じなくても良い苛立ちと敗北感にウルベルトが小さな唸り声を絞り出す中、漸くパンドラズ・アクターとの話が終わったモモンガが声をかけてきた。

 

「ペロロンチーノさん、ウルベルトさん、早く行きましょう!」

「あっ、はーい!」

 

 霊廟の入り口で軽く片手を上げるモモンガに、ペロロンチーノがすぐさま元気よく駆け寄っていく。先ほどまでこっそり自身のNPCに会いに行こうとしていたのは何だったのかと小さくため息をつきながら、ウルベルトもゆっくりとそちらへと歩み寄っていった。

 三人は霊廟の前で揃って立ち止まると、填めていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外して反射的に近くに待機していたパンドラズ・アクターへと目をやった。視線だけで会話を交わし、一つ小さく頷いてまとめてパンドラズ・アクターへと指輪を預けることにする。

 モモンガたちは揃って霊廟の入口へと改めて向き直ると、漸く霊廟の中へと足を踏み入れていった。

 

 中は薄暗く、とても広い空間だった。

 壁にずらっと多くの空洞が均等に並び、空洞の中には姿の違う黄金のゴーレムがそれぞれ鎮座していた。騎士のようなものもあれば忍者のようなもの、虫のようなもの、スライムのようなものから魔人のようなものまで、数多くの異形の姿を模った黄金のゴーレムが煌びやかな装備具を身に纏って飾られている。

 その中にはペロロンチーノやウルベルトと同じ、バードマンや山羊頭の悪魔の姿を模ったゴーレムも空洞の中に飾られていた。

 

「…はぁ、これが」

「………すごいな」

 

 自分自身を模ったゴーレムの前に立ち、ペロロンチーノとウルベルトがそれぞれ感嘆にも似たため息を零す。隣ではモモンガが何故か委縮していたが、ペロロンチーノもウルベルトも言いようのない感情が湧き上がってきて言葉もなかった。

 ギルド・メンバーの姿を一つ一つ再現して作られたゴーレムに、彼らの主装備具が一つも欠けることなく飾られている。

 それだけでモモンガがどれだけ自分たちやナザリックを大切に思ってくれていたのかが分かり、感動すると共に申し訳ない気持ちで一杯になった。

 ペロロンチーノもウルベルトもやむを得ない事情でユグドラシルを引退したため、そのことに対して後悔するつもりはない。しかし、これらを見ても何も思わないほどユグドラシルやナザリックを愛していない訳でもないのだ。

 二人は自分自身のゴーレムへと歩み寄ると、数多くの感情を噛み締めながら主装備具へと手を伸ばした。

 今までのユグドラシルでの装備を変更する感覚とは違い、服を着替える様な感覚で装備を変えていく。

 数分後、先ほどとは一変したバードマンと悪魔がそこに立っていた。

 シルエットや大まかな形は似ていたが、感じられる存在感は雲泥の差だ。

 ペロロンチーノの鎧や兜は黄金色に輝き、腰の鎧から垂れる黄緑色の腰布や群青色の前掛けのような布が微かな風にも小さく揺らめく。

 ウルベルトのスーツも深緑色から漆黒に変わり、仮面舞踏会のような仮面は鳥の嘴のような形をした金と赤の片仮面へと変わっている。

 全てが神器級(ゴッズ)アイテムである主装備を纏った彼らは、まさにナザリックの全盛期を彷彿とさせる姿をしていた。

 

「いや~、懐かしいな~…。ありがとうございます、モモンガさん」

「こうやって全て装備できるのも、今までナザリックを維持してくれていたモモンガさんのおかげだな」

「そんな、止めて下さい! ギルド・マスターとして、当然のことをしていただけですから」

 

 未だ委縮しながらも嬉しそうにモモンガが軽く頭を横に振る。

 相変わらずのギルド・マスターの様子にペロロンチーノとウルベルトはほぼ同時に柔らかな笑みを浮かべた。

 ユグドラシルから引退して数年は経っているはずなのに、モモンガやこのナザリックが変わらずあることに嬉しさが湧き上がってくる。今の装備具も相まって、引退前に戻った様な気にさえなってくる。

 どこか当時のワクワク感も湧き上がってくる中、不意に何かが繋がってくるような感覚が襲ってきてモモンガは思わずこめかみに指を這わせた。

 

『モモンガ様。階層守護者、全員玉座の間に馳せ参じました』

「………ああ、アルベドか。分かった。今からそちらに行こう」

『畏まりました。お待ちしております』

 

 何処からともなく頭の中に流れ込んできたのはアルベドの美しい声。

 経験したことのない感覚に内心戸惑いながらも受け答えし終えたモモンガは、プツッと切れた感覚に思わずはぁっと小さな息をついた。

 先ほど経験したのは、もしかしなくても〈伝言(メッセージ)〉の魔法だろう。

 魔法も普通に使えるのか…と少し放心状態になりながらも、モモンガは不思議そうにこちらを見つめている友人たちへと目を向けた。

 

「さっきアルベドから〈伝言(メッセージ)〉が来ました。守護者たちが玉座の間に集まったそうです」

「あっ、そうなんですか? じゃあ、俺たちも戻らないとですね」

「…ていうか、普通に魔法が使えたのか。本当に何がどうなってるんだろうな…」

 

 流石は魔法職最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)と言うべきか、ウルベルトもモモンガと同じことに思い至る。目線で会話を始めるモモンガとウルベルトに、しかしペロロンチーノはどこまでも軽くあっけらかんとしていた。

 早く行こうとはしゃぐペロロンチーノに、二人は苦笑を浮かべて話を中断することにした。

 まずはアルベド以外の守護者たちNPCがどういう状態になっているのかを確かめるべく玉座の間に戻ることにする。

 三人は霊廟から出ると、パンドラズ・アクターからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取って変わらず待機を命じた。

 リングを指に填め直し、三人は頷き合って指輪の力を解放する。

 

 再び味わう一瞬の浮遊感と一変する景色。

 

 変わらぬ玉座の間の景色の中に、懐かしい複数の影が佇んでいた。

 

 




今回はアルベドへの過激なスキンシップはカット!
ほら、三人もいたらあんなセクハラ行為できませんしね…。

当小説のペロロンチーノ様はウルベルト様と同じく結構捏造設定満載なので、当小説では結構可愛らしい性格になっております。厳しいお姉さんがいないので、はしゃいじゃう子供のイメージですね。
イメージを壊してしまった方がいらっしゃったら、申し訳ありません…。

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