ナザリックでウルベルトと別れたモモンガとペロロンチーノは、モモンガが発動した〈
モモンガはナーベラルと合流しなくてはならないため一度別れ、ペロロンチーノは村近くの森の端に向かった。
誰もいないか注意深く周りを見渡した後、森側へと改めて視線を向けた。
「…お疲れさま。何もなかった?」
誰もいないはずの空間へと声をかける。
「はっ、不審なことは一切ございませんでした」
しかしペロロンチーノの視線の先の空間が突如歪み、跪いて頭を下げている三体の異形が姿を現した。
人間大くらいの大きさの、忍者服を着た黒い蜘蛛のような異形。ペロロンチーノがアルベドに頼んで見張りとしてンフィーレアに付けさせていた
「そっか、それなら良かった。あの少年はもうすぐ村を離れるから見張りはもう大丈夫だよ、ご苦労様。……あっ、ナザリックに戻ったら、マーレとアウラとコキュートスに伝言を頼めるかい? 今日は俺はモモンガさんと一緒に行動する予定だから、各自で各々仕事に励むように伝えてくれ」
「畏まりました」
ペロロンチーノも一つ頷くと、首に下げているアイテムを握りしめる。
アイテムに宿っている〈
ペロロンチーノたちがカルネ村を出てエ・ランテルに到着した頃には、日はすっかり暮れて薄暗い闇が世界を染め始めていた。
大通りには〈
ペロロンチーノの〈
彼らの視線は一様にモモンガが跨っている大きな獣に向けられていた。
『………………羞恥プレイだ………』
『まぁまぁ、あの人たちの目には格好良く見えてるみたいだから良かったじゃないですか』
小さく顔を俯かせて内心で身悶えているモモンガに、ペロロンチーノが〈
ペロロンチーノの言葉通り、モモンガが跨っている巨大な獣は見た目が特大ハムスターにもかかわらず、周りの人々が囁き合っている言葉は全て驚嘆や畏敬のものばかりだった。嘲笑を浮かべる者は一切いない。モモンガとペロロンチーノの感覚からすれば大いに首を傾げるものではあったが、少なくともこの世界の者たちからすればこの巨大ハムスターは立派で恐ろしい存在であるらしかった。
「取り敢えずは街に着きましたし、これで依頼は完了ですね」
「はい。仰るとおり、これで依頼完了です。それで……規定の報酬は既に用意してありますが、森でお約束した追加報酬をお渡ししたいので、このままお店の方まで来て頂けますか?」
モモンガとペロロンチーノが内心で悶々としている中、そんな二人の様子に一切気が付かずペテルとンフィーレアが今後について話し合っていた。
ンフィーレアの言う追加報酬というのは彼が乗っている荷馬車の荷台に多く積み込まれている数々の薬草や木の皮などの事であり、これらは森の賢王を従えたことで得られた貴重な品物たちだった。普通の者たちからすれば唯の植物で何の価値もないのだが、しかし薬師であるンフィーレアからすれば正に目が飛び出るほどの宝の山である。これらが手に入ったのは全て森の賢王を従えたモモンガのおかげだと信じて疑わないンフィーレアは、追加報酬を全員に約束してくれていた。
「それではモモン氏はこれから組合の方であるな!」
「…ああ、そうでしたね。街に魔獣を連れ込む関係上、組合の方に森の賢王を登録しないといけなかったんでしたね」
カルネ村からエ・ランテルに戻る道すがら教えてもらった事を思い出し、モモンガが大きく頷く。
モモンガたちは暫く今後の行動について話し合うと、モモンガとナーベラルは初めに冒険者組合に立ち寄ってからンフィーレアの店に向かい、“漆黒の剣”は一足先にンフィーレアと共に店に向かって積み荷の運搬作業を手伝ってから組合に向かうことになった。
ペロロンチーノはどうしようか少し迷ったが、少しでも街を見て回りたいという気持ちが勝って“漆黒の剣”たちに着いて行くことにした。
『……じゃあ、モモンガさん。俺は彼らに着いて行っときますね』
『あっ、はい、分かりました…。……では、俺の代わりに彼らが裏切らないように監視しておいて下さい』
『あははっ、了解です!』
冗談めかしく言うモモンガに、ペロロンチーノも笑い声と共に冗談っぽく了承する。
ペロロンチーノは翼によって巻き上がる風に気をつけながら、ンフィーレアや“漆黒の剣”に続いてモモンガと別れた。
所々にある〈
正にゲーム内でよく見る昔ながらのレトロな街並み。
乱雑でいて無機質な
彼らが歩いている通りは薬屋が多いのか、植物の青臭さや薬品特有の酸っぱい様なにおいが漂ってくる。人間からすれば気にならない程度にしか感じられないのかもしれないが、感覚が鋭い
恐らくここがンフィーレアの店なのだろう。
彼らは家の裏手へまわると、裏口と思われる扉の前に荷馬車を止めた。ンフィーレアが鍵を取り出して裏口を開け、“漆黒の剣”のメンバーが荷台に積み込んでいる多くの籠に手をかける。
ペロロンチーノは暫く彼らの様子を見守っていたが、徐に視線を外すと頭上の夜空へと目を向けた。
完全に日が暮れて暗闇に覆われた街中を見やり、再びチラッとンフィーレアたちを見やる。
少しだけなら大丈夫かな…と自分自身に言い聞かせ、ペロロンチーノはフワッと宙へと舞い上がった。
地上から20メートルほどの高さで停止すると、探索用の
唯の気分の問題なのかもしれないが、自然体でいる時と〈
しかし街の景色を眺めるにつれてモモンガやウルベルトが羨ましくなっていき、次にはむぅ……と小さく表情を曇らせて唸り声を上げた。ユグドラシルの時のようにモモンガやウルベルトと共に冒険が出来たらどんなに楽しいことだろう、と夢想する。
思わず無念のため息をつく中、不意にペロロンチーノの感覚に何かが引っ掛かったのを感じ取った。
一体なんだ?と引っ掛かった方向を見下ろす。
ちょうど複数の怪しい人影がンフィーレアたちの家に入って行くのが見え、ペロロンチーノは小さく目を細めさせた。
人影の動きや大きさからしてモモンガとナーベラルではないだろうし、こんな時間に客が来るとも思えない。第一、店は閉まっているはずだ。泥棒だろうか?と思うものの、冒険者である“漆黒の剣”もいるため自分は何もしなくても大丈夫だろうと判断する。
しかし暫くして音を遮断する魔法の発動を感知して、ペロロンチーノは大きく目を見開かせた。加えて漂ってきた香りに、無意識に全身の羽毛をぶわっと膨らませる。
バードマンとしての鋭敏な嗅覚が捉えたのは、複数の濃厚な血の香り。
一気に最悪の予感に襲われたペロロンチーノは、咄嗟に翼を羽ばたかせてンフィーレアたちがいる裏口へと舞い降りながらアイテムボックスから短剣を取り出した。
一度裏口の上にしがみ付くように舞い降り、そのままぶら下がるような形で家の中を覗き込む。
多くの薬の材料が所せましに並べられた、雑多でいて狭い室内。床に倒れている見覚えのある三人の男。見覚えのない禿げ頭のアンデッドのような不気味な老人に羽交い絞めにされているンフィーレア。そして…、傷だらけになって床に座り込んでいる“漆黒の剣”のメンバーの男装の
思わず怒気と殺気が溢れだす瞬間、女と老人とンフィーレアの視線がペロロンチーノとかち合った。
三人の目が大きく見開かれ、驚愕と本能的な恐怖の色を宿らせる。
「…逃げろっ!!」
誰もが石のように凍り付く中、不意に老人が弾かれたように声を上げた。
女はそれに反応したように素早くニニャから離れると、次には勢いよくペロロンチーノとは正反対の方向へと駆け出す。老人もンフィーレアを捕えたまま女の後に続く。
ペロロンチーノは咄嗟に追いかけようとしたが、視界にニニャの姿が映り思わず動きを止めた。
一瞬二の足を踏み、しかし踵を返して裏口から外へと飛び出す。一気に上空へと飛び立つと、眼下の街並みへと視線を走らせた。
夜の闇など一切障害にはならないバードマンの目は、すぐに先ほどの人影を捉える。
ペロロンチーノは鋭く目を細めさせると
ンフィーレアをターゲティングすると彼との繋がりが生まれ、ペロロンチーノは一先ず安堵の息をついてからニニャの元へと戻ることにした。
未だ床に座り込んだまま気を失っているニニャを横たわらせ、アイテムボックスからポーションを取り出す。飲ませることはできないため酷い傷を中心に振りかけてやりながら、ペロロンチーノはモモンガへと〈
『…どうしました、ペロロンチーノさん?』
すぐにモモンガから応答があり、ペロロンチーノは無意識に強張っていた身体から力を抜いた。
『……モモンガさん、先ほどンフィーレアの店が襲撃を受けました。“漆黒の剣”のメンバーはニニャちゃん以外が殺され、ンフィーレアが連れ去られました。ニニャちゃんも重症です』
『はっ!? ……いや、えっ、マジですか!?』
『マジです。一応ンフィーレアにはターゲティングしておいたので見失うことはないと思いますけど……、モモンガさんはまだ組合ですか?』
『いえ…、偶然出会ったンフィーレアの祖母と一緒にそちらに向かっていますが……』
『……分かりました。とりあえず俺はンフィーレアを追います。ニニャちゃんは置いていくので、こっちに着いたら保護してあげて下さい』
『分かりました。ンフィーレアの居場所が分かったらすぐに知らせて下さい。くれぐれも気を付けて…!』
『了解です!』
ペロロンチーノは〈
一度遥か上空へと飛び上がると、ターゲティングに沿って翼を羽ばたかせた。
念のため眼下に広がる街並みの道や建物の影を注意深く見やりながら空を駆ける。
しかし不審な人影はまったく見つからず、最終的に到着したのはエ・ランテルの西側地区の大半を使った巨大な共同墓地だった。
夜の闇に不気味に静まり返る様を見下ろしながら、何故こんなところに…と首を傾げる。
しかし闇の中から微かな音を聞いたような気がして、ペロロンチーノはそちらへと目を向けた。闇がざわざわと蠢き、無意識に息を殺して凝視する。
未だ遥か遠くの闇の中から姿を現した“それら”にペロロンチーノは思わず大きく息を呑んだ。
ペロロンチーノの目に飛び込んできたのはアンデッドの
しかしその数が尋常ではなかった。
100…いや、1000は超えているだろう。
スケルトンだけではなく、
薄汚れた墓地の地面を全て覆い隠さんばかりに続々と現れるアンデッドの大群。
ターゲティングはアンデッドたちが現れる先に繋がっており、どう考えても無関係とは思えなかった。
ペロロンチーノは街へと一直線に向かっているアンデッドの大群を見下ろしながら、再びモモンガへと〈
『モモンガさん、居場所が分かりましたよ』
『ご苦労様です、ペロロンチーノさん。それで、どこでした?』
『墓地ですよ。それもアンデッドの大群のおまけつきです』
『アンデッド……。なるほど、なるほど…。ンフィーレアを攫った連中の仕業でしょうね』
『あれ、何かあったんですか?』
『殺された“漆黒の剣”のメンバーがゾンビになって襲ってきました。どうやらアンデッドに深い関わりのある人物なのかもしれませんね』
『えっ!? ニニャちゃんは!?』
『彼女は無事ですから安心して下さい』
モモンガの言葉に、ペロロンチーノは思わず安堵の息をついた。
折角助けたのにゾンビになってしまったら悲し過ぎる…。
ペロロンチーノは気を取り直すと、今後について思考を巡らせた。
『それで、これからどうします?』
『ンフィーレアの祖母から彼の救出依頼を受けました。俺たちもそちらに向かいます』
『了解です。じゃあ、ここで待っていますね』
〈
足元の地上では既にアンデッドの大群の発生に街が騒がしくなり始めている。ここでアンデッドを撃退し人命救助に成功すれば、一気にモモンガたちの名声は高まり、評判も上がるだろう。
流石は俺たちのギルマスだ、と胸の羽毛を誇らしげに膨らませる。
その時、不意に大きな影に気が付いて、そちらに目を向けた。
「………おっと、アレはヤバくないか…?」
ペロロンチーノの視線の先にあったのは無数の死体の集合体である巨人、
四メートル以上もある巨体が街と墓地の間に存在する高く分厚い壁へと襲い掛かる。
ペロロンチーノが咄嗟にアイテムボックスからゲイ・ボウを取り出す中、しかし街の方向から突然何か長いものが勢いよく巨人へと突っ込んでいった。
謎の長いものは深くネクロスオーム・ジャイアントの額に突き刺さると、巨人はそのまま後ろに倒れていく。
一体何事かと目を凝らせば、見慣れた姿が墓地に入ってきたのが見えて思わず笑みを浮かばせた。
全く派手な登場だ…と大立ち回りを始める人物の元へと飛んでいく。
周りにアンデッド以外誰もいないことを確認して口を開いた。
「まさかネクロスオーム・ジャイアントにグレートソードを投擲するとは思いませんでしたよ、モモンガさん」
「……ペロロンチーノさんですか…」
両手にそれぞれ持っていた二振りのグレートソードで群がってくるアンデッドたちを蹴散らしながらモモンガが宙へと視線を向ける。
ペロロンチーノは自身の羽根を一枚抜き取ると、無造作に宙へと放り投げた。ペロロンチーノの手を離れたことで放り投げられた羽根は〈
モモンガは柔らかな笑い声を零し、ナーベラルは何故か空を飛んでいる状態で全身を使って巨大ハムスターを抱え上げながら律儀に頭を下げてきた。
「ナーベラル、大変そうだな。俺が代わろうか?」
「いえ! とんでもございません! ペロロンチーノ様の御手を煩わせるわけには参りません!!」
傍から見れば相当無理をしているような状態でも、ナーベラルはきっぱりと断りの言葉を口にして再び頭を下げてくる。
ペロロンチーノは小さく苦笑を浮かべると次にはモモンガへと視線を移した。
「何だったら俺のネックレスを貸しましょうか?」
「いや、問題ありませんよ。ペロロンチーノさんの姿を誰かに見られるわけにはいきませんし、あの形であればアンデッドどもを誘き寄せられますしね」
モモンガの言葉に、ペロロンチーノも納得して一つ頷いた。
アンデッドは“生命”に対する感知が鋭く、我先にと襲い掛かってくる。同じアンデッドであるモモンガには反応しなくても、森の賢王である魔獣には過敏に反応して集まってくるのだ。
少々鬱陶しいのは否めないが、他の冒険者や衛兵たちに手柄を横取りされる心配もなくなる。
「しかし…これではいつまで経っても先に進めんな」
多くのアンデッドたちに群がられ過ぎて、モモンガが少々うんざりしたような声を零す。
「では、ナザリックより軍を呼びましょう。数十もいれば瞬き程度の時間で、この墓地よりモモンガ様に逆らう全ての存在が抹消されるでしょう」
すぐさま反応してそんなことを言ってくるナーベラルに、流石のペロロンチーノも少し呆れる。
モモンガは襲い掛かってくるアンデッドを手際よく捌きながら大きなため息をついた。
「………馬鹿を言うな。何度も言っているだろう? この街に来た理由を」
「しかし、モモンガ様。名声を稼ぐつもりであるならば、アンデッドが門を破り、多くの人間に被害が出るまで待っていても良かったのではないでしょうか?」
「その辺りは検討済みだ。相手の狙い、この街の戦力。そういった諸々を熟知していればそういった策も打てただろう。しかし情報の乏しい現状ではこれ以上後手に回るのは避けたい。向こうの目的通り進むというのも不快だからな。それに眺めていては、横から別のチームに功績を全て奪われるという可能性もあるからな」
「なるほど……。お見事です、モモンガ様。全てにおいて考慮済みとは、流石は至高の御方。改めて感服いたしました。ところで……未だ愚かな我が身に教えて頂きたいのですが、
「……………………」
モモンガが黙り込み、その動きもピタッと止まる。
どこか気まずいような雰囲気が漂い始める中、ペロロンチーノはモモンガが内心で大いに焦っていることに気が付いた。
恐らくナーベラルが指摘した点については考慮していなかったのだろう。
不思議そうにモモンガを見やるナーベラルを確認し、ペロロンチーノは助け舟を出すことにした。
「簡単なことだよ、ナーベラル。衛兵や冒険者といった守護を担う存在は、単純な強さだけでなく、如何に早く危機を察知し迅速に動けるかも求められる。今回モモンガさんたちは誰よりも速く現場に駆け付け、衛兵たちの危機を救った。これは事件解決後に大きな評価に繋がるはずだ」
「なるほど! 納得いたしました! 愚かな我が身を恥ずかしく思うばかりです」
ナーベラルがキラキラと目を輝かせながらペロロンチーノがいるであろう宙を見つめている。モモンガからも〈
前で大剣を振るって敵を蹴散らしているモモンガの後方上空でサポートに徹し、加えて遥か遠方の敵にも攻撃して数を減らしていく。二人一緒に戦うさまはまさに息がぴったりで、見事の一言に尽きた。モモンガに至っては本来とは違う戦士という前衛の役割を担っての戦闘だというのに、二人はまるで何年もそうやって戦ってきたかのように見事なチームワークで敵を殲滅していく。
どこまでも続く広大な墓地と、途切れることのないアンデッドの波。
しかしモモンガたちは一切ものともせず、ペロロンチーノの案内で奥へ奥へと進んでいった。
◇◆◇◆◇◆
クレマンティーヌはエ・ランテルの墓地にある霊廟で苦々しげに顔を顰めさせていた。
ンフィーレアを攫った時のことが頭から離れない。
若い
彼女の頭を占めていたのは、一つの異形の姿。
夜の闇を覗かせる裏口からこちらを見つめていた鳥頭。
目が合ったと思った瞬間、本能的な恐怖が湧き上がってきて支配された。カジットが声を上げてくれなければ、もしかしたら自分は今もあの場で立ち尽くしていたかもしれない。
それが無性に腹立たしく、自分に対して殺意にも似た怒りを感じずにはいられなかった。
異形種ごときに……、畜生ごときに、このクレマンティーヌ様が恐怖を感じただなんて……っ!!
大きな屈辱が身体中を駆け巡り、怒りと殺意に変わって腸が煮えくり返る。
いっそのこと今からでもあの鳥頭を探し出して滅茶苦茶に切り刻んでやろうか……と目をギラつかせる中、不意にこちらに近づいてくる気配に気が付いた。
カジットでも、その弟子でもない。敵だと分かった瞬間、無意識にニンマリと口が三日月型に歪んでいた。
誰かは知らないが、ちょうど良い。このどうしようもない感情の捌け口となってもらおう……。
クレマンティーヌは爛々と目をギラつかせながら、ゆっくりと気配の元へと足を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆
墓地の最奥にある霊廟の前にいたのは、簡単に言ってしまえば怪しい集団だった。
黒いローブと三角頭巾を目深に被った男たちと、彼らの中心に佇むスキンヘッドのアンデッドのような不気味な老人。
ローブの男たちは兎も角、老人の方は見覚えがありペロロンチーノは〈
怪しい呪文を詠唱していた怪しい集団はモモンガたちに気がつき、警戒するように見つめてくる。
ローブの一人が小声で老人のことを“カジット”と呼び、モモンガが軽い口調でカジットへと声をかけた。
「やぁ、良い夜だな。つまらない儀式をするには勿体なくないか?」
「ふん……儀式に適した夜か否かは儂が決めるのよ。それより、おぬしは一体何者だ。どうやってあのアンデッドの群れを突破してきた」
挑発し合い、探りを入れ合いながら会話するモモンガとカジット。
二人の会話を意識の端で聞きながら、ペロロンチーノは彼らの奥にある霊廟の入り口の闇をじっと見つめていた。
「――……ではないだろう? 刺突武器を持った奴もいる筈だが……伏せておくつもりということか? それとも私たちが怖くて隠れているのか?」
「ふふーん、あの死体を調べたんだー。やるねー」
モモンガの言葉に反応して、ペロロンチーノが凝視している闇の奥から一人の女が姿を現す。
紅色の垂れ目に、金色のボブヘアー。
どこかふざけたような甘ったるい口調で話す女に、ペロロンチーノは小さく目を細めさせた。
見間違えるはずがない、ニニャに手を出していたあの女だ。
〈
女の相手はモモンガが、ローブの男たちを含む老人の相手をナーベラルが務めることになる。
その間にンフィーレアを回収するように〈
薄暗い空間を難なく歩き、目的の存在へと歩み寄る。
目の前で棒立ちになっている少年を見やり、ペロロンチーノは思わず小さな声を上げた。
「………うわー、ないわー…」
ペロロンチーノの前に立っているのは目的の人物であるンフィーレア・バレアレで間違いない。しかし今の少年の格好が問題だった。
全裸に纏った、変に透け透けの衣服。頭には蜘蛛の巣のようなサークレットが掛けられており、瞼の上に深く刻まれた傷から涙のように血が滴っている。
少年の異様な姿に、ペロロンチーノは正直に言ってドン引きであった。
何が楽しくて男の透け透けヌードを拝まなくてはならないのか。それにサークレットとは本来可愛い女の子を飾るものであって、間違っても男の頭を飾るものではない。
可愛い美少女をこよなく愛するペロロンチーノにとって、今のンフィーレアの格好は理解の範囲を超えており、意味が全く分からないものだった。
もうここに放置したいな……。
ペロロンチーノのやる気のパラメーターが一気に急降下していく。
しかしペロロンチーノは一度大きくため息を零すと、気を取り直して改めてンフィーレアへと目を向けた。
瞼の傷の具合から、恐らく眼球まで切り裂かれており失明は確実だろう。しかしそれにしては大人しく棒立ちで立っており不自然極まりない。
どうやら精神支配を受けているようだとあたりをつけるも、しかしそれが魔法によるものなのかアイテムによるものなのかはペロロンチーノには判断することができなかった。ンフィーレアが身に着けている衣服やサークレットを調べようにも、ペロロンチーノは〈
「……モモンガさんを待つしかないか…」
ペロロンチーノはもう一度ため息をつくと、戦闘の様子を見て来ようとンフィーレアを残して踵を返した。霊廟の入り口まで戻り、そこで周りを見回す。
どうやらモモンガもナーベラルも未だ戦っているようで、至る所で戦闘音が聞こえてくる。
ペロロンチーノは霊廟の前で倒れているローブの男たちの元まで歩み寄ると、何か目ぼしいものはないかと身ぐるみを荒らし始めた。何か貴重なアイテムを持っていないかはもとより、こんな騒動を起こした原因が見つからないか手際よく手を動かしていく。
考えてみればおかしな話なのだ。
アンデッドの大群を発生させて街を襲わせるなど、一体何の得があると言うのか……。
殺戮が大好きな変質者である可能性もなくはないのだが、それならばこんな集団となっているのは違和感に感じられた。変質者の集団だという可能性は考えたくもない。一番考えられるのは国家や世界に対して何らかの思想を持っているテロリスト集団。仮にそうだとすれば、何かしらの印を持っているはずだ。
しかし彼らの共通するものと言えばローブと三角頭巾と木製のスタッフの先端に刻まれた不思議な紋様くらいしか見つからず、他に目ぼしいものは一切見つけられなかった。
これはあの老人や女を捕まえた方が良いかもしれない…と小さく顔を顰めさせた、その時……――
突如夜の闇が青白い光に塗り潰され、ペロロンチーノは驚愕の表情と共に光の方向へと振り返った。ペロロンチーノの視線の先では二つの大きな青白い稲妻が空を切り裂いており、思わず呆然とそれを見つめる。
「……〈
確か外の世界に接触するナザリックのメンバーは、ウルベルト以外の全員が第三位階までの魔法しか使用してはいけないと義務付けられていた筈だ。
自分たちの命令を絶対とするナーベラルがそれを勝手に破るはずがなく、となればモモンガが許可したということで……。
「……あー、これ絶対にあの二人とも死んでるじゃん…」
ペロロンチーノはがっくりと肩を落とすと、大きなため息を吐き出した。自分の行動の遅さに辟易し、それと同時に“モモンガさん、実は結構頭にきてたんだな~…”と遠い目になる。
どうしたものかと足元の死体を見下ろす中、背後から聞こえてきた足音に気が付いてそちらを振り返った。
人間の戦士モモンではなく
「お疲れ様です、モモンガさん」
「いえ、なかなかに良い勉強になりましたよ。ところで、ンフィーレアは回収できましたか?」
「…えっと、それが……どうやら精神支配を受けているようなんですけど、俺には原因がよく分からなくて……。モモンガさんに見てもらおうと思って待ってたんですよ」
「精神支配、ですか……。…分かりました、少し見てみましょう。ペロロンチーノさんはナーベラルと一緒に持ち物の回収作業をお願いします」
「了解です」
モモンガとペロロンチーノは互いに頷き合うと、モモンガは霊廟の中へと入って行き、ペロロンチーノはナーベラルと森の賢王と合流して回収作業に入った。
と言ってもローブの男たちに関しては既にペロロンチーノが身ぐるみを剥いでいたため、何もすることはない。後は老人と女についてだが、この二人に関してはペロロンチーノは死体ごとナザリックに回収することにしていた。
事件の首謀者としてはローブの男たちを差し出せば済むし、この二人に関してはペロロンチーノの姿だけでなくモモンガやナーベラルの本当の姿も目にしているのだ。この世界にも蘇生魔法が存在することは既にニグンから聞かされており、この二人の死体を無暗に手放すわけにはいかなかった。
恐縮するナーベラルを何とか諌め、取り敢えず右腕に老人、左腕に女の死体をそれぞれ担ぎ上げる。
「こちらは終わりましたよ、ペロロンチーノさん。……て、その死体どうするんですか?」
霊廟からンフィーレアを抱えて戻ってきたモモンガが、ペロロンチーノの腕に担がれた二つの死体を見つめて訝し気な声を上げる。
「蘇生魔法がこの世界にもある以上、この二つは誰かに渡すわけにはいかないでしょう? 首謀者の死体はあのローブたちで事足りますし、取り敢えず俺の方でナザリックに送っておきます」
「そう…ですね……。よろしくお願いします」
モモンガは一瞬動きを止めた後、ぎこちない動きで一つ小さく頷いた。
モモンガらしくない様子に小首を傾げながら、ペロロンチーノも取り敢えず頷きを返しておく。ネックレスを再びつけて〈
「……さ、さて、…ではンフィーレアも回収したことだし――…凱旋だ!」
バサッと深紅のマントを大袈裟にはためかせてモモンガが堂々と歩きだす。
その後にナーベラルと森の賢王も続き、まさに英雄の行進のような光景にペロロンチーノは小さな笑みを浮かばせた。
「あっ、そうだ! ンフィーレアにも俺の姿を見られちゃったんで、後で記憶操作をお願いします」
「はっ!?」
重苦しい墓地の静寂に、モモンガの間の抜けた声が響いて消えていった。
*今回のペロロンチーノ様捏造ポイント
・〈誘導指標〉;
対象をターゲティングする狙撃用スキル。このスキルを行った後狙撃すると、対象は回避することができなくなる。狙撃だけでなく追跡としても使える。