世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は予想以上に長くなってしまったので、一度ここまででUPします。


第19話 新たな牙

「お見事です、ウルベルト様!」

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)に感嘆に満ちた高い声が響く。

 広大な場内の中心に複数の人影が立っていた。

 影の数は全部で五つ。

 一人はナザリックの守護者統括アルベド。

 一人は蛇のような長い尾と燃え上がる翼が特徴的な巨大な悪魔、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)

 一人は烏頭のボンテージファッションに身を包んだ女悪魔、嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)

 一人は人間種の美丈夫の姿に蝙蝠の翼と二本の角を生やした悪魔、強欲の魔将(イビルロード・グリード)

 そして最後に人間種の男……の姿をしたウルベルト・アレイン・オードル。

 普段この階層にいることのない悪魔たちが何故ここにいるのかというと、それは偏にウルベルトのお願い(・・・)を聞き届けるためだった。

 

「……う~ん、私的にはまだまだだと思うのですがねぇ……、少しはマシになったのかな? これもお前たちのおかげだね」

「とんでもございません! 全てはウルベルト様の御力でございます!」

「流石はウルベルト様。純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)でいらっしゃるというのに、もうここまで腕を上げられるとは……改めて感服いたしました!」

「まさに! 流石は至高の御方と言う他ありません!」

「素敵です、ウルベルト様! 惚れ惚れしてしまいます!!」

 

 三魔将に加えてアルベドも口々に称賛の言葉をかけてくる。彼女たちが本心から言ってくれていることが分かるだけに、ウルベルトは気恥ずかしさを感じて思わず目を伏せて手に持つ短剣を眺めた。

 彼らがここで何をしているのかというと、簡単に言ってしまえばウルベルトの鍛錬だった。それも魔法の鍛錬ではなく、剣術や武術といったあまりにもウルベルトには似つかわしくない戦闘スタイルでの鍛錬である。今までのウルベルトであれば死んでも手を出さなかった分野であろう。

 では何故今こんなことになっているのかといえば、現在モモンガが扮している戦士モモンの存在とこの世界でいかに力をつけていくかという課題への答えだった。

 今現在この世界で自分たちのレベルを更に上げる方法は見つかってはいない。そんな中で自分たちが優位に立ち、生きていくためにはどうしたらいいのか……。

 モモンガ、ウルベルト、ペロロンチーノの三人はあれこれ話し合い、最終的に目を付けたのがユグドラシルで自分たちが今まで行ってきた戦法そのものだった。

 100レベルのプレイヤーが当たり前のように溢れていたユグドラシルにおいて自分たちが行ってきた戦法は、今の自分たちにとっても最も合理的であり、かつ有益に思えた。

 つまり、如何に相手よりも品質と能力のあるアイテムを所持できるか。

 如何に相手よりも多くの手札を持っているか。

 如何に相手よりも情報を収拾でき、偽りの情報を掴ませることができるか。

 他にも幾つか細かいことはあれど、大まかにいえばこの三つが大きなポイントになってくる。

 ウルベルトの今回の取り組みは、まさにこの世界を生き残るための方法の一つだった。

 ニグンの話によると、この世界でも通常純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)はあまり動くこと自体が得意ではなく、戦士のように動くことなどあり得ないらしい。ならば逆に言えば、純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であるにも関わらず戦士と同じだけの前衛としての能力を持つことができれば、それだけでも大きな手札に成り得るということだ。

 幸いなことにこの世界はゲームであるユグドラシルとは違い、戦士としての特殊技術(スキル)は習得できずとも知識や経験を積むことはできるため、ある程度それを反映させることもできることを既にモモンガが実証してくれている。100レベルの戦士に比べればお粗末なものになることは否めないが、それでもこの世界のレベル相手であればそれなりに通用はするだろう。

 しかし何事も油断は禁物だ。

 そう考えたからこそ、ウルベルトはこの四人に師事を頼んだのだった。

 

 

 

『ウルベルト様、そろそろお時間です』

 

 不意に〈伝言(メッセージ)〉が繋がり、頭の中でユリの涼やかな声が響いてくる。

 ウルベルトは小さく目を細めさせながら短くそれに答えると、〈伝言(メッセージ)〉を切ってアルベドたちへと目を向けた。

 

「今回は突然声をかけてしまって、すまなかったね。だが、おかげで助かったぞ」

「とんでもございません! ウルベルト様のお役に立てることこそが望外の喜びでございます!」

「我らは至高の御方々の忠実なるシモベ。お気遣いいただく必要などございません!」

「どうか御用の際はいつでもお声がけ下さいませ。即座に馳せ参じます」

「いと尊き至高の御方様。我らの全ては御方々のためにあるのです」

 

 アルベドの言葉を皮切りに、三魔将も次々と言葉を紡いでは跪いて深々と頭を下げてくる。

 ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かばせると、手振りで彼女たちを立ち上がらせた。改めて礼と出かける旨を伝え、持っていた短剣も腰のベルトへと収める。

 三魔将は再び跪いて頭を下げ、アルベドは見送りをするつもりなのだろうウルベルトの傍に歩み寄ってきた。

 ウルベルトはフッと小さな笑みを浮かべると、三魔将に改めて一言声をかけてからアルベドへと手を伸ばした。彼女の手をそっと握り、指輪の力を発動させる。

 第六階層の景色が一変し、次にウルベルトとアルベドが立っていたのはナザリック地下大墳墓の霊廟の中だった。

 うっとりと頬を染めているアルベドには気づかずに、ウルベルトは彼女の手を離してから自分の指からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外す。

 

「では行ってくる。アルベド、ナザリックをよろしく頼んだよ」

「はい、このアルベドにお任せ下さい! 行ってらっしゃいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様!」

 

 一生懸命に答える様が可愛らしく見えて笑みを誘う。

 ウルベルトは柔らかな笑みを浮かべながらリングをアルベドへと預けると、〈転移門(ゲート)〉を出現させて闇の中へと身を沈ませた。

 

 

 

 

 

 霊廟の景色が暗闇に染まり、すぐに明るい空間へと視界が開ける。

 次に視界に映ったのはバハルス帝国にある“歌う林檎亭”で借りた部屋の景色であり、部屋の中央に佇むユリの姿だった。

 ウルベルトは闇の扉から完全に抜け出すと、恭しく頭を下げてくるユリに向けて手振りで顔を上げるように促した。

 

「ご苦労だったね、ユリ。……それで、ニグンはどうした?」

「収集した情報の最終確認に向かっております。少々時間がかかっており、闘技場で合流すると先ほど知らせが入りました」

「なるほど。では我々も行くとしようか」

 

 ユリからの報告にウルベルトは一つ頷くと、彼女を伴ってさっさと部屋を後にした。

 階段を下り、食堂を通って外へと出る。

 階段を下りた瞬間から自分たちに集まる多くの視線。いつもの事だと既に諦めたとはいえ、やはり少々鬱陶しい。

 ウルベルトは極力気にしないようにしながら、黙々と道を突き進んでいった。

 人の波をかき分ける間もなく人々が道を開けてくれる。

 この世界ではまだまだ珍しい石畳を歩きながら、ウルベルトは昨日の昼頃から今日まで集めさせた情報をユリに報告させていた。

 そもそも何故こんなことをしているのかといえば、全ては昨日売られた喧嘩が原因だった。

 ウルベルトの力を見せてほしいと喧嘩を売ってきた闘技場の興業主(プロモーター)の一人であるソフィア・ノークラン嬢。彼女から詳細の資料が“歌う林檎亭”に届けられたのが昨日の昼頃。資料に目を通して内容を確認したウルベルトは、自身はナザリックに戻って鍛錬を積み、その間にユリとニグンと影の悪魔(シャドウデーモン)たちにできる限りの情報を集めてくるように命じたのだった。

 資料に書かれていたのは一つの闘技場の演目とルール。

 前回ウルベルトたちが参加した演目は多数対多数のモンスターとの戦闘だったが、今回の演目は一チーム対一チームの人間とのトーナメント戦だった。生死は問わず、唯ひたすら勝ち進んでいき、最後まで勝ち進んだ者のみが前回の優勝者と戦う権利を得る。書類にはウルベルトたち以外の参加者の名前も書いてあり、ウルベルトは自分たち以外の参加者についてできるだけ情報を集めてくるように命じたのだ。加えて、一応念のため今の自分たちの街での評判や評価、噂なども集めさせる。

 一日もない短時間の中、集まる情報は微々たるものだ。

 しかしそれでもユリの報告によると前回の優勝者を含めた参加者全員がレベル30にも満たないらしく、『人化』している今のウルベルトでも十分余裕で対処できると分かった。逆にやり過ぎて殺さないようにする方がよっぽど難しいかもしれない。

 さて、どうやって戦うか……と考え込む中、目的の場所が視界に飛び込んできてウルベルトは一時思考を脇へと追いやった。

 今日も多くの人々で賑わう闘技場の出入り口。

 しかし一か所不自然に人だかりが避けている空間があり、その中心には見慣れたモノクロの男が一人ぽつんと佇んでいた。

 思わず苦笑を浮かべるウルベルトに、まるでそれが聞こえたかのように男が仮面に覆われた顔をこちらへと向けてくる。

 男はすぐさま爪先をウルベルトへと向けると、そのまま一直線にこちらへと歩み寄ってきた。

 

「…ウル……ごほんっ、レオナールさん、お待ちしておりました」

 

 ワザとらしく咳払いした後、すぐさま言い直して頭を下げるニグンに思わず苦笑が深まる。しかしウルベルトはすぐさま表情を引き締めさせると、鷹揚に頷いて手振りで頭を上げさせた。

 

「情報の確認はとれたか?」

「はい、やはり間違いないようです。脅威となる者はおらず、注意すべきマジック・アイテムも持っていないようでした。尤も、前回の優勝者は中々の強者と名高い人物ではあるようですが……」

「だがそれも、あのリ・エスティーゼ王国の戦士長と同等と言われる程度なのだろう? 危険なマジック・アイテムも確認されていないのであれば、問題ないと思うのだがね。……とはいえ、油断しすぎては怒られてしまうか。何かあれば援護を頼むぞ」

「「はっ」」

 

 小声で声を掛ければ、ニグンだけでなくユリもほぼ同時に頭を下げる。

 ウルベルトは一つ頷いてそれに応えると、二人を引き連れて闘技場の中へと入って行った。

 前回と同じようにごった返していながらもウルベルトたちが近づけば左右に割かれる人の波。自然とできる道を歩きながら、ウルベルトたちは真っ直ぐに受付へと向かった。前回とは違う受付の女性にソフィアからの書類を手渡し、すぐに待合室へと案内される。

 到着したのは二人部屋ほどの小さな個室。

 中にはテーブルが一つと質素な椅子が六脚。テーブルの上には水差しと複数のコップが寄り添うように置かれている。

 ウルベルトは近くの椅子に腰を下ろすと、目の前に座るユリとニグンに改めて目を向けた。

 

「さて…。それで、我々についてはどうだった?」

「はい。我々について…というよりかは、今回の騒動に関する噂は予想以上に広く広まっていました。どうやらノークラン嬢の関係者が街中に振れ回っているようです」

「ほう、我らが興業主(プロモーター)殿はなかなかに良い仕事をするじゃないか。よほどこの演目に自信があるのか、……我々を晒し者にでもするつもりなのかな?」

「いえ、どうやらノークラン嬢は今回の演目に参加する前回の優勝者がお気に入りらしく、彼が出る演目は毎度盛り上げるために必ず振れを街中に出すそうです。……まぁ、自信があることには変わりないとは思われますが…」

「なるほど……」

 

 先日見たソフィア・ノークランの姿や今回の演目の詳細を再び思い出してウルベルトは小さく目を細めさせた。

 今回の演目はトーナメント戦であり、最終戦までに最高3戦する必要がある。本当に朝から晩まで続く一日中の最長演目であり、注目度の高い演目の一つだ。何より、この演目には他の演目にはないえげつない(・・・・・)特徴があった。

 それは最終戦まで上り詰めたチームが前回の優勝者チームに挑めるという部分。

 この文面だけでも分かるように、前回の優勝者チームは挑戦者を迎え撃つ形となっている。つまり、今まで連戦を重ねてきたチームが、まだ一戦もしていない万全のチームに挑まなくてはならないのだ。これだけでも、挑戦者にとってどれだけリスクとハンデがあるか分かるだろう。

 ならば何故こんな演目が定期的に行われているのかというと、挑戦者にとっても少なからずメリットがあるからに他ならない。

 一つは賞金が高額であること。

 優勝賞金の金額は普通の演目で用意される平均金額の約三倍もあり、加えて順位によって差はあれど演目の参加者たちにも全員に賞金が用意されていた。

 そしてもう一つは自分たちの力を誇示し、多くの人に宣伝できるため。

 先ほども述べた様に、今回の演目は注目度が高い演目の一つだ。トーナメント戦で順位が決められることで目に見えて分かりやすい形で自分たちの力を示すことができる。加えて前回の優勝者に堂々と挑む機会も得られ、もし勝てれば更に自分たちの宣伝と名声が高められる。

 これだけでも充分にメリットや旨味があると言えた。

 

「…お前の口ぶりからして、我々自身の知名度はまだまだ低いようだな」

「……はい。前回の闘技場の演目は注目度が低いものだったらしく、我々に対する認知度は未だ皆無に等しい状態です。今回の件で漸く認識され始めたと言って良いでしょう。申し訳ありません」

「ははっ、お前たちが謝る必要はないだろう。まだバハルス帝国に来て五日目だ。逆にこの機会を最大限利用してやろうじゃないか」

「はい……」

「感謝いたします、ウル……レオナールさ、ーーん……」

 

 寛容なウルベルトの言葉に、ニグンとユリがほぼ同時に深々と頭を下げる。

 ウルベルトが小さな笑い声を零しながら二人を諌める中、不意に扉からノック音が聞こえてきてウルベルトたちの視線全てが扉へと向けられた。

 

「失礼します。時間となりましたので、よろしくお願い致します」

 

 扉から顔を覗かせた闘技場の職員に、ウルベルトは一つ頷いて立ち上がる。

 ニグンやユリも立ち上がったことを確認して、ウルベルトは柔らかく自信に満ちた笑みを浮かばせた。

 

「それでは行くとしようか」

 

 ニグンとユリを背後に従えたウルベルトは、堂々とした足取りで回廊へと足を踏み出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 今日の闘技場はいつにない多くの観客たちによって盛り上がり、熱気を立ち昇らせていた。観客席は全て埋まり、中には一般市民だけでなく多くの冒険者やワーカー、休暇をとった衛兵の姿すら多くある。

 チームの仲間たちと共に一般の観客席に座るヘッケランは目だけで周りを見回すと、あまりの熱に内心でため息をついた。

 通常、帝国の闘技場では一日に複数の演目が執り行われるのだが、しかし今日は一大イベントともいうべき一つの演目に占められている。運営する闘技場側も力を入れるのはさることながら、今回はこの演目を担当する興業主(プロモーター)からも大々的に宣伝されたため観客たちの注目度もいつも以上に高まっていた。

 まぁ、前回の優勝者の戦いを見たいっていう連中も多くを占めているのだろうが……。

 

 

 

「おおっ、汝らとここで会うのは初めてだな!」

 

 思わず半笑いを浮かべるヘッケランの耳に聞き覚えのある太い声が聞こえてくる。反射的にそちらを振り返れば、がたいの良いずんぐりとした男が後ろに二人の男を引き連れてこちらに歩み寄ってくるところだった。

 ヘッケランは自然と笑みを浮かべ、隣に座る仲間たちに視線だけで席を詰めてくれるように頼む。彼女たちは何も言わずに席を詰めてくれ、ヘッケランも少し横にずれて男たちが座れる空間を作ってやった。

 

「よぉ、久しぶりだな、グリンガム! まさかこんなところで会うとは思わなかったぜ」

「それはこちらの台詞だ。汝がここに……それもチーム全員で来るなどそうそうあることではあるまい」

「まぁ、な……。否定はしないさ」

 

 隣に腰を下ろして不思議そうな表情を浮かべる男に、ヘッケランも思わず小さな苦笑を浮かべる。

 グリンガムの言葉通り、確かにヘッケランは普段仕事で血を見ることが多いため、仕事以外でも見たいとは思わない…と闘技場に極力近づかないようにしていた。しかし今回ヘッケランだけでなくチームメンバー全員が興味を引かれる存在がこの演目に出場することが分かったのだ。メンバー全員で観戦することが決まるのに時間はかからなかった。

 

「……少し気になる奴がいてね。改めて見ておきたいと思ったのさ」

「……? …あぁ、“天武”のことか? 確かに不敗の天才剣士と聞けば気にもなろう」

「げっ! “天武”も出るのっ!?」

 

 納得したように何度も頷くグリンガムの言葉に、しかしヘッケランの反対隣に座るイミーナが呻き声のような声を上げる。どうやら前回の優勝者については全く知らなかったらしい彼女の心底嫌そうな顔に、グリンガムは再び不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。

 

「なんだ、“天武”が目当てではないのか?」

「あー、いや……、“天武”の力も気にならないとは言わないが、それよりも気になる奴らがいてね。……“サバト・レガロ”っていう名を聞いたことないか? 昨日から結構街中で話題になっていたんだが」

「いや、聞いたことがないな……。新たにできたチームか?」

「ああ。恐らくワーカーとして活動を始めて、まだ五日くらいしか経っていないんじゃないか?」

「ほう、それはまた……。だが、汝らがそれほどまでに気にするとは、それだけ期待できるルーキーだということか?」

 

 グリンガムの言葉に、ヘッケラン達は思わず互いの顔を見合わせた。

 あれほど“ルーキー”という言葉が似合わない新人がいるだろうか…と互いに苦笑や半笑いを浮かべる。

 尚も頭上に疑問符を浮かべるグリンガムたちに、ヘッケランは小さなため息と共に肩をすくませた。

 

「……まぁ、見ていれば分かるさ。…っと、始まったみたいだな」

 

 ヘッケラン達の会話を遮るように、大音量の音楽と共に司会者の声が場内中に響き渡り始める。まず今回の演目のルールを簡単に説明した後、場内の扉が開いて八つのチームがゾロゾロと登場してきた。

 多くの拍手と歓声が上がり、参加者の多くが笑顔と共に手を振ってそれらに応えている。しかし一つだけ笑みは浮かべてはいるものの手を振っていないチームがあった。

 絶世の美男美女と仮面の男の三人組。

 目当ての人物たちを視界に捉え、ヘッケランはグリンガムたちに目を向けた。

 

「ほら、あれがさっき言ってた“サバト・レガロ”だ。あの白髪の男がリーダーのレオナール・グラン・ネーグルで、美女の方がリーリエ、仮面の男がレイン…だったかな」

「あれが……。…三人だけとはやけに少ないな」

 

 ヘッケランが指さす方向を見やり、グリンガムは思わず首を捻る。

 確かに彼の言う通りメンバーが三人しかいないというのは習得している役職も相俟ってできることが少なく狭まり、チーム全体としての能力や強さにも影響が出てくる。

 しかし彼らの実力を少なからず知っているヘッケランたちからすれば、グリンガムたちの反応には苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 

「……あれは、どういった組み合わせなのだ?」

「さぁな~……。リーリエってのが前衛でレインってのが魔法詠唱者(マジックキャスター)だってことは掴んでるんだが、それ以外は全くの不明。あのレオナールってのに至っては名前くらいしか分かっていないんだ」

「ふむ……、確かに少々興味深くはあるが……」

 

 しかし、そこまで注目するべきチームなのだろうか……。

 グリンガムたちの思考が透けて見え、ヘッケラン達は思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 確かに見た目だけではなかなか思い至らないことだろう。ヘッケラン達でさえ、実際に彼らの力の一片を見るまでは彼らの美貌だけに目が行って本当に戦えるのかさえ首を傾げていたのだ。

 しかしグリンガムたちの疑問もヘッケラン達の思考もすぐに途切れることとなった。

 

 早速始まった第一回戦。

 まるで彼らの期待に応えるかのように、第一回戦の第一試合で戦うのは白金級(プラチナ)冒険者チーム“狼牙”とワーカーチーム“サバト・レガロ”。

 残りの六チームは場内の端に寄り、“狼牙”の男四人と“サバト・レガロ”の三人が向き合った。

 互いに短い挨拶を交わし、開始の鐘が鳴り響く。

 “狼牙”のメンバーが身構えながら様子を窺う中、何故か“サバト・レガロ”からはレオナール一人だけが前へと進み出た。

 レオナールは腰から左の太腿にかけて巻かれたベルトに挿していた(ステッキ)を抜き取ると、軽い動作で緩く構える。いつも装備している杖とは違い柄がドラゴンになっているそれを一撫ですると、ドラゴンの尾となっている支柱部分が淡く光った。

 レオナールは小さな笑みを浮かべて少しだけ前屈みになると、次の瞬間強く地を蹴って“狼牙”へと突っ込んでいった。まるで弾丸のように勢いよく迫るのに“狼牙”のメンバーも慌てて応戦しようと行動を起こす。しかしレオナールに刃が届く前に“狼牙”のメンバーが次々と倒れていき、ヘッケランやグリンガムたち含む観客の全員が驚きに息を呑んだ。“狼牙”のメンバーも誰もが信じられないような表情を浮かべて、地面に倒れながら通り過ぎていったレオナールを振り返っている。レオナールは“狼牙”全員の背後まで来たところで足を止めており、その手に持っている杖に目を向けた瞬間、誰もが驚愕の表情を深めさせた。

 彼が持っていたのはドラゴン型の杖であったはずだ。しかし今その手に握られているのは、杖というよりかは“鞭のような剣”と言った方が正しかった。

 “仕込み杖”。

 それなりに戦闘や武器の知識を持っている者たちは、一様にその言葉を頭に過らせる。

 彼らの考えは正しく、レオナールの持つ杖は正に“仕込み杖”と呼ばれる物だった。尤も、斬撃よりも打撃に重点を置いているのか、場内に散った血の量は思ったよりも少ない。

 しかし斬撃効果も少なからずはあるのだろう。

 “狼牙”の前衛の鎧は大きく凹み、足の腱は深々と裂かれ、弓兵や魔法詠唱者(マジックキャスター)の四肢や胸部の骨は折れて、既に戦闘を続行できるような状態ではなくなっていた。唯一治癒魔法を唱えられるはずの森祭司(ドルイド)は鳩尾を打たれて気を失っており、もはやどうすることもできない。

 ゆっくりと踵を返して振り返ってくるレオナールに危機感を覚えたのか、“狼牙”のリーダーが白い大きな布を取り出して宙へと放り投げた。

 闘技場での降伏の合図に、すぐさま戦闘終了の鐘が鳴る。

 かかった時間はわずか数十秒。

 誰もが呆然となる中、レオナールは杖を元の状態に戻して仲間たちの元へと戻ると、レインに何やら指示を出していた。レインはそれに従って一人“狼牙”の元へと歩み寄り、闘技場の職員と共に“狼牙”のメンバーを退場させながら治癒魔法を唱え始めた。

 

 

 

「………なんてこった…、これは……驚いたな………」

 

 場内の光景を見つめながら、グリンガムが外行用の口調も忘れて呆然と言の葉を零す。しかし気にする者は誰もおらず、ただその言葉の内容に頷くだけだった。

 一分もかからずに一つの戦闘が終わるなど、未だかつてあっただろうか。それも一人対多数での戦果に誰もが信じられないと自分の目を疑う。

 未だ気を呑まれてしまっている観客たちを尻目に、次々と進んでいく試合。

 どうにも盛り上がりに欠ける中、漸く観客たちが気を取り直し始めた頃に再び“サバト・レガロ”の出番が回ってきた。

 第二回戦の第一試合は“サバト・レガロ”とワーカーチーム“テンペスト”。

 “テンペスト”は戦士が二人、盗賊と女の魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)と女の信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人ずつの計五人のチームだ。

 第一回戦での出来事から、五人全員がレオナールの腰に未だ収まっている杖を注視している。レオナール自身もそれに気が付いているはずだが、しかし彼は少しも気にした様子もなく微かな笑みすら浮かべて悠然と佇んでいた。

 今度は一体どんな戦いになるのか……。

 観客たちが固唾をのんで見守る中、闘技場の鐘が鳴り響いて戦闘が開始された。

 鐘が鳴ったとほぼ同時に駆け出す戦士二人と詠唱を始める魔法詠唱者(マジックキャスター)たち。

 杖を抜く前にけりをつけようと肉薄し、しかし二つの刃はレオナールを捉えることなく空を斬った。レオナールは一度後ろへと飛んで戦士たちの攻撃を避けると、その間にベルトから杖を抜き取って緩く構えた。

 

「セズ、右だ!!」

「おうっ!!」

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法の矢(マジック・アロー)〉!」

「〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉! 〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉!」

 

 戦士二人がそれぞれ別方向に別れて駆け出し、その間に魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の魔法がレオナールを襲い、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)が戦士二人に補助魔法をかけていく。

 レオナールは未だ通常の姿のままの杖を振るうと、襲いくる光弾を難なく弾き落とした。

 その間に左右から挟み撃ちの形で突っ込んできた戦士たちの刃が迫るが、しかし今回の攻撃も間一髪で一方は躱され、もう一方は杖で受け止められる。刃を受け止めている杖の支柱がギャリッと嫌な音をたて、次には淡い光と共に幾つもの関節に別れた。

 

「しまっ……!!」

 

 慌てて剣を引こうとしても後の祭り。

 レオナールが杖を勢いよく振り抜き、ギャリギャリという不快な音をたてながら戦士の剣が支柱の凹凸に刃を絡め取られていく。剣をもぎ取られまいと戦士は手に力を込めて何とか防ぐが、そのせいで体勢が大きく崩れた。

 レオナールはすかさずがら空きの腹部に足を深々とめり込ませると、次には流れるような動きで前屈みになり、もう一人の戦士の攻撃を躱した。そのまま足払いをくらわせ、その間に通常の形に戻した杖で倒れた戦士に勢いよく振り下ろす。杖は戦士の頭部を強打し、血を散らせると同時に戦士の意識をも刈り取った。

 腹を蹴られた戦士も既に気を失っており、残りは二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)と盗賊のみ。

 しかし盗賊の姿は見えず、取り敢えずといったようにレオナールが信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)に矛先を向けた……その時。

 不意に今までずっと息を潜めて隙を窺っていた盗賊がどこからともなく姿を現しレオナールを背後から急襲した。

 両手に持った短剣で両側から切り付ける。

 しかし二つの短剣を受け止めたのは柔らかな肉ではなく硬い金属。

 レオナールはいつの間に振り返っていたのか片手に持つ杖で二つの刃を受け止めると、盗賊が反射的に退く間もなく杖を持っていない手でその首をガシッと鷲掴んだ。そのまま勢いよく地面へと叩きつける。後頭部を強かに打ち付けらた盗賊は成す術もなく意識を失い地面へと転がった。

 かかった時間はわずか数秒。

 恐らく戦士二人を回復させるために少しでも時間を稼ごうとしたのだろうが、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)はすっかり気を呑まれてしまって未だ一つの詠唱すら紡げていない。咄嗟に信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)を守るように立ち塞がる魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)に、しかしレオナールは一向に構わずゆっくりと足先を向けて歩を進め始めた。

 

「……マ、〈魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法の(マジッ)……っ!!」

 

 恐怖を押し殺して唱えられる詠唱は、しかし最後まで紡がれることはなかった。

 彼女たちの目に映ったのは、迫りくる白銀の羅列。

 身構える暇もなく白銀の支柱がぐるぐると巻き付き、魔法詠唱者(マジックキャスター)たち二人を一つにまとめて拘束する。魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは魔法を詠唱するのも忘れて何とか抜け出そうと足掻くが、暴れれば暴れるほど幾つもの関節が身体中に食い込んで締め付けられた。

 二人が尚も暴れる中、レオナールはゆっくりとした足取りで歩み寄っていく。

 遂に二人の元まで辿り着くと、レオナールは魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の方に手を伸ばしてグイッと胸ぐらを掴み上げた。ハッとした表情を浮かべる魔法詠唱者(マジックキャスター)の眉間に杖の柄の先端が突きつけられる。

 

「………ま、……参りました…」

 

 静まり返っている静寂の中、震える声が場内に響く。

 レオナールはゆっくりと胸ぐらから手を離すと、踵を返して離れた場所に立つ仲間の元へと歩を進め始めた。

 徐々にレオナールと魔法詠唱者(マジックキャスター)たちとの距離が離れていき、それに従ってしゅるりっと彼女たちの拘束が解かれる。力を失って地に落ちるドラゴンの尾は、しかし次の瞬間には素早い動きでレオナールの手元へと戻って良き、瞬く間に通常の杖の支柱の姿へと戻って行った。

 完全に拘束がなくなったことで彼女たちが力なく地面に座り込み、まるでそれが合図であったかのように戦闘終了の鐘が大きく鳴り響く。

 すぐさま闘技場の職員が出てきて“テンペスト”のメンバーたちの元へと駆け寄る中、レオナールは仲間の元に戻ると第一回戦の第一試合の時と同じようにレインに声をかけ、レインも一つ頷いて再び職員たちを手伝い始めた。レオナールとリーリエも改めて職員たちの手伝いに入る。

 圧倒的な力を見せつけた勝利者でありながら職員に混じって動く“サバト・レガロ”の様子を見下ろしながら、グリンガムが思わず大きな息を吐き出した。

 

「何と言うか……凄まじいな……。あの見慣れぬ武器もそうだが、それをあそこまで操れる技量も大したものだ。……どうやらあの男は戦士だったようだな」

「………う~ん……」

 

 グリンガムの確信したような言葉に、しかしヘッケランは煮え切らない音を喉から絞り出した。彼の隣に座るイミーナ、ロバーデイク、アルシェも全員が浮かない表情を浮かべている。

 彼らの思わぬ反応にグリンガムたちは思わず首を傾げた。

 

「どうした、全員が浮かない顔をして……。我の推測は間違っているのか?」

「……いや…、そういう訳じゃないんだが………」

 

 緩く頭を振りながら、しかしヘッケランは戸惑ったように途中で言葉を途切らせた。

 一体どうやって説明したらいいものか……と頭を悩ませる。

 ヘッケラン自身、先ほどのグリンガムたちの推察は非常に正しいと思う。何も知らずに今回の闘技場の戦闘を見れば、自分たちもそう考えたことだろう。しかし、それよりも前に彼らの戦闘を見たことがあったからこそ違和感と疑問が拭えなかった。

 一番初めに彼らの戦闘を見た時、レオナールは第三位階魔法の〈火球(ファイヤーボール)〉を唱えて多頭水蛇(ヒュドラ)を打ち倒していた。

 だからこそ当初自分たちはレオナールを高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思っていたのだ。

 しかしそうなると、アルシェが彼から何も感じなかった意味が分からない。

 加えて今回彼が見せている戦闘方法。

 例えば本当は戦士職だとして、最初に見せた〈火球(ファイヤーボール)〉が何らかのアイテムによるものなのだとしたら、まだ説明がつく。グリンガムたちの言う“レオナールは戦士である”という言葉に納得できただろう。

 ならば何故ヘッケラン達は未だ疑問を感じているのかといえば、それはレオナールが使っている得物にあった。

 レオナールが使っているのは戦士職が良く使う剣でも槍でもなく、“仕込み杖”という武器。それも支柱が真っ直ぐな刀身になっているものではなく、鞭のようになっている特殊なもの。

 加えて見事な手腕と戦闘結果で誤魔化されてはいるが、本職の戦士であるヘッケランにはレオナールの動きがどうにもぎこちなく見えた。

 長い年月によって磨かれ精錬された熟年の動きではなく、まるで類まれなる身体能力で知識を綴ったような動き……、と言えば良いのだろうか……。

 どうにも上手い言葉が見つからず、ヘッケランは再び小さな唸り声を上げた。

 

「………まぁ、まだ試合はあるんだ。もう少し様子見だな」

 

 一つ大きな息をついて肩をすくめるヘッケランに、何かを感じ取ったのかグリンガムたちも黙り込んで場内に改めて目をやる。

 彼らの視線の先では漸く作業が終わったのか、“テンペスト”や闘技場の職員たちの姿は既になく、“サバト・レガロ”も端へと退場していた。

 次の試合を行うチームがそれぞれ場内中央へと進み出て、試合開始の鐘が鳴る。

 しかしヘッケラン達を含め、他の多くの観客たちは未だ“サバト・レガロ”を一心に見つめていた。

 彼らの関心は完全に“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグルただ一人に向けられている。

 そして多くの観客たちの視線に混じって、貴賓室からレオナールに向けられている二つの視線。

 

「………こいつはすげぇ。……想像以上だな」

「……………………」

 

 カーテンが引かれて無人であるはずの貴賓室の奥からバジウッドとニンブルがカーテンの隙間から場内を見下ろしていた。

 

 




今回が前半戦、次回が後半戦になります。
なので次回もウルベルト様回予定です。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・“七つの大罪”シリーズ;
ウルベルトとるし☆ふぁーとの合作武器シリーズ。4割趣味、6割おふざけで作成したため、神器級から最上級までランクはまちまちになっている。全部で七つ存在する。
・“サタンの憤怒《ラース・オブ・サタン》”;
“七つの大罪”シリーズの一つ。仕込み杖の遺産級武器。柄の部分はドラゴンになっており、尾の部分が支柱になっている。支柱はいくつもの関節に別れ、鞭のように長くなり、しなる。鞭のようになれば自動的に背の部分に刃が出てきて対象を切り裂く。しかし斬撃よりも打撃の方が強いため、あくまでも剣ではなく杖に分類される。
※『ブラッ○ボーン』に出てくる“仕込み杖”のようなものだと思って下さい。
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