世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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遂に明日は『オーバーロード13巻』の発売日ですよ!
ということで、記念……というわけではないのですが、次話更新です!

そして、お気に入り件数が2000件突破! まさかここまで来るとは!
ありがとうございます、とても励みになります!!


第21話 始まりの蜘蛛の糸

 時は少々遡り、モモンガやナーベラルと共にエ・ランテルでアンデッド騒動を解決したペロロンチーノは、後のことはモモンガたちに任せて一人ナザリックへと帰還していた。

 尤も帰還したのは夜空が白け始めた早朝。

 霊廟ではシズとエントマが出迎えに出てきており、ペロロンチーノはエントマにクレマンティーヌとカジットの死体を預けてそのまま霊廟内へと進んでいった。

 エントマは取り敢えず死体を第五階層へ持って行き、ペロロンチーノは残ったシズを後ろに引き連れながら、ふわぁっと大きな欠伸を零した。

 第一回目の定例報告会議の夜は結局一睡もできずに話し合いやアイテム作りに潰され、次の夜はエ・ランテルでモモンガたちとずっと奮闘していたため合計で二日間貫徹したことになる。たかだか二日間寝ていないだけだが、流石に睡魔が限界である。

 早く自室に戻って寝台にダイブしてしまいたい……。

 

「…ペロロンチーノ様。実は現在ウルベルト様が………」

「あ~、ごめん…、シズ……。今いろいろ限界なんだ……。報告は、後でちゃんと聞くから……」

「畏まりました」

 

 シズが何事か声をかけてくるが、ペロロンチーノはそれを途中で遮って見えてきた自室の扉へと歩み寄った。先回りをして扉を開けてくれるシズに短く礼を言い、室内へと足を踏み入れて真っ直ぐに寝室へと向かう。

 室内には今日の担当であろう一般メイドが控えており、ペロロンチーノは彼女に寝室の扉を開けてもらってそのままキングサイズの寝台へとダイブした。

 嘴を擦り付けたシーツからフローラルで甘やかな香りを感じて、思わず大きく香りを吸い込む。それでいて大きく息を吐き出して全身の力を抜くと、瞼を閉じながら未だ扉の前で控えているシズと一般メイドに声をかけた。

 

「……俺は少し寝る。…三時間後に、…起こして、くれ………」

「「畏まりました。お休みなさいませ、ペロロンチーノ様」」

 

 彼女たちはそれぞれ傅き、頭を下げてくる。

 ペロロンチーノは薄れゆく意識の中で彼女たちの声を聞きながら、大人しく睡魔に身を委ねていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠りに落ちてどのくらい経ったのか……――

 耳に心地よい音と揺さぶられる身体に気が付いて、ペロロンチーノは自分の意識がゆっくりと浮上していくのを感じていた。

 未だ重たく感じられる瞼を何とか開き、目の前の景色をぼんやりと見つめる。

 大分見慣れてきたナザリックの自室の天井をぼんやりと見つめていると、不意に視界の中に一人の少女が映り込んできた。

 

「…ペロロンチーノ様、お時間でありんす。どうか起きてくんなまし」

「……んぅ…、……ん……? ……シャル、ティア…?」

「はい、わらわでありんす」

 

 愛しの創造主に気付いてもらえて、途端にシャルティアが嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。

 ペロロンチーノは一度くわあぁっと大きな欠伸を零すと、ゆっくりと上体を起こしてググッと背筋を伸ばした。四枚二対の大きな翼もパサパサと小さくはためき、次にはゆっくりと背中へと収まる。

 地面に両足をついて立ち上がれば、シャルティアは一、二歩下がって改めて優雅に礼をとった。

 

「おはようございます、ペロロンチーノ様」

「うん、おはよう、シャルティア。起こしに来てくれてありがとう。シズたちに聞いて来てくれたのか?」

「はい! ペロロンチーノ様のお役に少しでも立ちたくて、わらわが代わりに伺ったのでありんす!」

「そっか。もう可愛いな~、シャルティアは!」

「ペ、ペロロンチーノ様…! ありがとうございます!!」

 

 蝋のように白い頬が一瞬で薔薇色に染め上がる。

 熱っぽく潤んだワイン色の瞳と相俟って非常に可愛らしい色気が漂い、ペロロンチーノは自身の表情筋が一気に緩むのを止められなかった。

 流石は俺の理想の嫁! 流石は俺のシャルティアだ!

 内心でシャルティアを褒め称えまくりながら、しかし注意することも忘れなかった。

 

「シャルティア、本当に嬉しいよ。…でも、メイドたちの仕事をとってしまうのはいけない。シャルティアにはシャルティアの、メイドたちにはメイドたちの役割がちゃんとあるんだから。シャルティアだって、自分の仕事をとられたら嫌な気持ちになるだろう?」

「…は……は、い……」

 

 ペロロンチーノに諌められ、途端にシャルティアの表情が満面の笑みから沈んだ悲しみの色に翳ってしまう。がっくりと肩を落として落ち込む吸血姫に、ペロロンチーノは胸が痛んで仕方がなかった。

 しかしここで妥協してしまっては、代わりに一般メイドたちの可愛らしい顔が悲しみに翳ってしまう。

 この世の美少女をこよなく愛するペロロンチーノにとって、それは決して起こしてはならない事柄だった。

 しかしシャルティアをこのままにしておくのも全くもって頂けない。

 ペロロンチーノはシャルティアの目の前まで歩み寄ると、彼女の細い両肩にそっと手を乗せた。

 

「ほら、そんな顔しないで。シャルティアに起こしてもらえて嬉しかったのは本当なんだから。それに、俺はシャルティアの笑顔が大好きだから笑ってほしいな」

「……ペロロンチーノ様……!」

 

 シャルティアはバッと顔を上げると、次にはぱあぁっと顔を輝かせた。

 彼女の素直な反応を非常に可愛らしく思いながら、ペロロンチーノは名残惜しそうにゆっくりとシャルティアの肩から手を離して一つ息をついた。

 

「さて、俺もお仕事をしないとな。……シャルティア、悪いんだけどメイドに頼んで朝食を用意して貰ってきてくれ。後、今日はトブの大森林の探索に出るからアウラとコキュートスに準備をしておくように伝えてくれ」

「はい、畏まりんした」

 

 シャルティアは顔を引き締めさせると、ドレスの裾を摘まんで優雅に礼をとって頭を下げてくる。

 ペロロンチーノは一つ頷くと少し考え込んだ後、さっそくメイドのところへ行こうとしていたシャルティアを再度呼び止めた。

 

「シャルティアはこれからの予定は?」

「……? 今日は特には……、ナザリックの守護に徹する予定でありんす」

「それじゃあ、時間はあるな。これから一緒に朝食をどうだ?」

 

 小首を傾げて笑みと共に朝食に誘う。

 シャルティアは驚愕に目を見開かせると、次には白い頬を薔薇色に染め上げた。

 

「は、はい! 喜んで!」

 

 少し食いつき気味に身を乗り出して大きく頷いてくる。

 ほうっと小さく甘い吐息を零してペロロンチーノを見上げて微笑むその顔は、確かに恋する乙女の表情を浮かべていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 シャルティアと共に朝食をとったペロロンチーノは、今はアウラやコキュートスたちと共にトブの大森林の探索を行っていた。

 初めにトブの大森林を探索した日から今日で五日目。しかしトブの大森林の探索は未だあまり進んではいなかった。

 トブの大森林に生息している植物や獣、魔獣など全ての生き物をサンプルとして捕獲してはナザリックに送っているため時間がかかるのは勿論だが、それに加えて何だかんだでペロロンチーノがカルネ村に行ったりモモンガに着いて行ったりしているため中々作業が進まなかったのだ。

 今までの遅れを取り戻すためにも、今日は頑張らなくてはならない。

 ペロロンチーノは気を引き締めさせると、コキュートスを後ろに引き連れて森の奥へ奥へと進んでいった。

 アウラは安全確認も兼ねて一足先に前方付近を進んでいる。

 ペロロンチーノは新たな植物や獣や魔獣を見つけては捕獲しシモベたちに預けると、方角や地理なども確かめながら歩を進めていった。

 

 

 

『ペロロンチーノ様』

『うん? 何かあったか、アウラ?』

 

 不意に繋がったアウラからの〈伝言(メッセージ)〉。

 歩みを止めて応答すれば、頭の中にアウラの可愛らしい声が響いてきた。

 

『実は、大きな湖と沼地を見つけたんです。獣や魔獣ではなく、亜人が生息しているようです』

『亜人? 何の種族か分かるか?』

『はい、恐らく蜥蜴人(リザードマン)ではないかと……』

 

「……リザードマン…」

 

 ペロロンチーノは小さく顔を俯かせると、思わず呟くように言葉を零していた。

 森の中に湖や沼地があること自体は珍しくない。ユグドラシルでも存在していたし、ギルドメンバーの一人であるブルー・プラネットにも同じような話を聞いたことがあった。

 しかし森の中に獣でも魔獣でもなく亜人がいるというのは少々意外だった。

 アウラによるとリザードマンだという話だが、果たしてそれはユグドラシルのものと同じものなのか、それとも全くの別物なのか。

 知性は? 理性は? 強さは?

 勢力はどの程度あり、大森林のどこまでを支配しているのか……。

 ペロロンチーノは少しの間だけ熟考すると、次には顔を上げて未だ繋がっている〈伝言(メッセージ)〉でアウラへと声をかけた。

 

『…分かった、今からそちらに向かう。アウラはそこで待機していてくれ。リザードマンには手を出さないように』

『畏まりました。お待ちしております』

 

 ペロロンチーノは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、後ろに付き従っているコキュートスやシモベたちを振り返った。

 

「アウラがリザードマンの住処を見つけたみたいだ。俺たちも行ってみよう」

「ハッ」

 

 巨体を折り曲げて礼をとるコキュートスやシモベたちに、ペロロンチーノも一つ頷く。歩む速度を少々速めながら、ペロロンチーノたちは森の更に奥へと進んでいった。

 ペロロンチーノからすれば飛ぶよりも時間がかかる移動方法。

 しかしそれでも十数分後には目的地だと思われる湖の畔へと辿り着いた。

 

 

 

「ペロロンチーノ様、お待ちしておりました!」

 

 予想よりも広大な湖を見回す中、聞き慣れた幼い声に呼ばれてそちらを振り返る。

 アウラは近くに生えている大きな木の高い枝の上に立っており、小さな掛け声と共に地面へと着地した。100レベルNPCであるが故か、それとも闇妖精(ダークエルフ)であるからなのか、普通の人間であれば両足が骨折してもおかしくない高さから飛び降りたというのにアウラはピンピンとしてペロロンチーノのすぐ目の前まで駆けてくる。

 ペロロンチーノはアウラを見下ろすと、続いて目の前に広がる湖へと視線を移した。

 

「ご苦労様、アウラ。これがさっき言ってた湖か……。リザードマンたちはどこにいる?」

「はい、こちらです。沼地となっている部分に集落を作っているようです」

 

 アウラの案内で湖に沿って歩いていく。

 十分もかからぬうちに大湿地が見え始め、その中に一つの集落がペロロンチーノたちの視界に入り込んできた。

 目測でカルネ村と同じくらいか、それよりも小さな規模の集落。木の枝や藁で造られた家々の間から二足歩行の蜥蜴のような姿が多く見え隠れしている。恐らくあれらがリザードマンなのだろう。

 ペロロンチーノは茂みや木々の間から集落の様子を窺いながら、う~むと小さな唸り声を上げた。

 ちゃんとした……とは言いにくいものの、それなりの大きさのある家と、カルネ村と同じような構造をしている集落。チラチラと見えるリザードマンたちも藁や毛皮などを服のように纏っており、中には刺青のような紋様を身体に描いている者もいた。

 それなりの文化が窺える彼らの様子に、ペロロンチーノは獣や魔獣たちと同じような対応をしても良いのだろうかと迷い、頭を悩ませた。

 文化があるということは彼らにはそれなりの知性があるということだ。

 それがどの程度なのかはペロロンチーノには推し量ることができなかったが、獣や魔獣と同じように捕獲や殲滅をしても良い様なものではない気がした。

 

(……これはモモンガさんやウルベルトさんに相談した方が良いかもしれないな…。)

 

 ペロロンチーノは内心でそう判断すると、取り敢えず彼らには手を出さぬようアウラたちを振り返った。

 しかし、その時……――

 

 

『……ペロロンチーノさん、今少しだけいいですか?』

『…!! モモンガさん、どうかしたんですか?』

 

 突然モモンガから繋がった〈伝言(メッセージ)〉。

 またカルネ村で何かあったのかと内心小首を傾げる中、しかしモモンガから言われた言葉は予想していたものとは全く違うものだった。

 

『……実は、以前シャルティアを目撃して放置された女冒険者が組合(ギルド)にシャルティアのことを報告したらしくて…。今、シャルティア討伐の依頼が組合から出ているようなんです』

『えっ!!?』

 

 思っても見なかった事態に、ペロロンチーノは思わず大きな声を上げていた。

 しかしよくよく考えてみれば、こういった事態になるのも当然だったと思い至る。

 そもそも人間に害になりそうなモンスターを狩るのが冒険者の仕事であり、被害者がいくら野盗だったとはいえ、人間であることには変わらないのだ。加えてシャルティアは野盗だけではなく冒険者にも被害を出している。討伐依頼が出るのは至極尤もだと言えた。

 どうしてこんなことにも気が付かなかったんだろう……と内心で頭を抱える。正直、ナザリックの存在が知られるか否かにばかり気をとられ、そこまで考えが至らなかった。

 過去の自分を腹立たしく思いながらも、今は少しでも早く対処するべくモモンガとの会話に集中することにした。

 

『それで……、その依頼は既に誰かが受注しているんですか?』

『いえ、まだです。というよりも、相手が非常に危険な吸血鬼だということで組合から直々に名指しでミスリル級冒険者たちにお呼びがかかっているらしいんです。俺やナーベラルにも召集がかかりました』

『えっ、モモンガさんたちにも? でも、モモンガさんたちってまだ銅級(カッパー)じゃあ……』

『いえ、昨夜のアンデッド事件の解決で一気にミスリル級にまで昇級させてもらったんです。……本当に幸いでした』

 

 ため息交じりのモモンガの言葉に、ペロロンチーノも内心で大きく頷いた。

 これが例えば誰でも受注できるような依頼であったなら、モモンガたちが誰よりも早く受注して解決すればよかった。しかし今回のようにミスリル級冒険者のみと限定されてしまえば、下手をすれば一気に出せる手が限られてしまう。

 今回モモンガたちがこのタイミングでミスリル級にまでなれたのは全くの偶然であり、まさに幸運以外の何物でもなかった。

 

『…全くですね。それで……、どうするつもりですか?』

『勿論受注しますよ。これから招集に応じるつもりです。ペロロンチーノさんたちの補佐も必要になってくるかもしれないので、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使ってナザリックから様子を見ていてもらえますか?』

『ふむ……、了解しました。招集場所は冒険者組合で良いんですよね?』

『はい。よろしくお願いします』

 

 モモンガの言葉を最後にプツンッと〈伝言(メッセージ)〉が切れる。

 ペロロンチーノは更に大森林の探索が遅れるな…と内心でため息をつきながら、気を取り直すようにこちらを窺っているアウラやコキュートスたちを振り返った。

 

「……ごめん、モモンガさんから連絡が入った。俺はナザリックに戻る。コキュートスは一緒に来てくれ」

「ハッ、畏マリマシタ」

「アウラと他の者たちはここに残って湖や沼地を詳しく調べてくれ。マーレをこちらに来させるから、二人で協力して地形や地理、リザードマンの様子を探ってくれ。リザードマンたちにはくれぐれもバレないようにな」

「はい! 畏まりました!」

 

 コキュートスとアウラを先頭に、全てのシモベたちが一斉に頷いて頭を下げる。

 ペロロンチーノも一つ頷くと、徐にアイテムボックスの口を開いた。乱雑になっている中に手を突っ込み、目的の物を掴んで引っ張り出す。

 ペロロンチーノの手に握られているのは一つの巻物(スクロール)で、軽く宙へ投げた瞬間、巻物(スクロール)は淡い光を放って独りでに燃え上がった。

 巻物(スクロール)に込められていたのは〈転移門(ゲート)〉の魔法。

 完全に燃え尽きたと同時に目の前の空間に黒い闇の門が口を開き、ペロロンチーノはコキュートスだけを引き連れて闇の中へと身を沈ませた。

 一瞬視界が闇に染まり、すぐに晴れて視界を照らす。

 大森林の奥地にいた筈のペロロンチーノたちは、ナザリックの霊廟前まで戻ってきていた。

 

『……アルベド、聞こえるか?』

『…ペロロンチーノ様!? 如何なさいましたか?』

 

 アルベドに向けて〈伝言(メッセージ)〉を繋げれば、すぐに驚いたような涼やかな美声が聞こえてくる。

 ペロロンチーノはコキュートスを引き連れて霊廟の中に足を踏み入れながら、これからについてアルベドに命を下していった。

 

『アルベド、これからすぐにシャルティアと一緒に俺の部屋に来てくれ。その際、遠隔視の鏡も持ってくるように』

『か、畏まりました……!』

『あと、マーレにアウラの元へ行くように伝えてくれ』

『畏まりました、すぐに連絡いたします』

 

 戸惑った声音ながらも素直に応じるアルベドに、ペロロンチーノは頼んだぞと声をかけて〈伝言(メッセージ)〉を切る。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは今はアルベドに預けており一気に転移することができないため、仕方なく徒歩でナザリック内を進んでいった。

 ナザリック地下大墳墓は十階層まであり、一階層一階層がそれぞれひどく広大だ。そんな中を普通の方法で進むとなると、ただ歩くだけでもそれなりの時間がかかる。

 改めてリングのありがたみが分かって内心で何度も頷く中、不意にある考えが頭を過り、ペロロンチーノは思わずピタッと足を止めた。

 

「ペロロンチーノ様、如何ナサイマシタカ?」

 

 後ろを付き従っているコキュートスからすかさず声をかけられる。

 ペロロンチーノはコキュートスを振り返らずに頭を振ることで応えると、再び足を動かし始めながら先ほど過った考えを熟考し始めた。

 よく考えてみれば、今後も今と同じように急遽対処しなければならない事象が次々と起こるかもしれない。ナザリックの外で出来ることなら良いが、ナザリック内で動かなければならない場合、ナザリックのどこへでも転移可能なリングの存在は重要かつ必要不可欠なものではないだろうか。もし可能であるなら、自分たちギルドメンバーだけでなくNPCにも……せめて階層守護者たちだけにでもリングを渡すことはできないだろうか……。

 

(……これもモモンガさんとウルベルトさんに相談だな。)

 

 どんどん相談するべき事柄が増えてきて頭が痛くなってくる。

 ペロロンチーノは出そうになるため息を何とか呑み込むと、漸く見えてきた九階層の私室の扉へと歩み寄って行った。ペロロンチーノが扉を開ける前に、コキュートスが素早く前に進み出て扉を開けてくれる。

 脇によって頭を下げるコキュートスに短く礼を言うと、ペロロンチーノは部屋の中へと足を踏み入れた。

 

「お帰りなさいませ、ペロロンチーノ様」

「お帰りなさいまし、ペロロンチーノ様」

 

 室内ではアルベドとシャルティアが既に揃っており、こちらに跪いて頭を下げていた。

 

「ただいま、二人とも。早速だけど、ちょっとした問題発生だ。みんなの知恵を貸してほしい」

 

 ペロロンチーノはアルベドからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取ると、指に填めながら近くの椅子に深く腰掛けた。目の前に居並び跪いているアルベドとシャルティアとコキュートスを見やり、先ほどのモモンガから聞いた情報を全て話して聞かせる。

 途端にシャルティアの顔色が蒼褪める中、アルベドは思案顔を浮かべ、コキュートスはフシューと冷気を口から吐き出した。

 ペロロンチーノは椅子から立ち上がってシャルティアの頭をポンッポンッと軽く叩くように撫でると、テーブルの上に立て掛けるように置いてある遠隔視の鏡へと目を向けた。

 

「……まぁ、まずはモモンガさんたちの様子を見てみよう」

 

 シャルティアの頭から手を離し、改めて椅子へと腰掛ける。

 鋭い鉤爪を備えた手指を遠隔視の鏡へと向けると、ペロロンチーノの意思に反応して鏡が力を発動した。

 鏡面に映ったのは見覚えのある人間の街の景色。

 ペロロンチーノは右手で鏡を操作しながら、一方でアイテムボックスを開いて左手を突っ込んだ。

 冒険者組合だと思われる目的の建物を見つけると、それとほぼ同時にアイテムボックスから二つの巻物(スクロール)を取り出す。ペロロンチーノは巻物(スクロール)を二つ同時に軽く放り投げると、途端に巻物(スクロール)が淡い光と共に燃え上がり魔法を発動させた。

 二つの巻物(スクロール)に込められていたのは不可視化の感覚器官を作り出す魔法。

 通常室内までは見ることのできない遠隔視の鏡も、この魔法と連結させて使えば室内も鏡面に映し出すことができる。

 ペロロンチーノは二つの巻物(スクロール)によって作り出した目玉にも似た感覚器官と耳にも似た感覚器官をそれぞれ動かすと、多くある部屋を一つ一つ覗き込んでいった。

 二つ目までは無人の部屋で外れだったが、三つ目の部屋で見知った姿を発見する。

 この部屋が目的の部屋だったらしく、中にはモモンガが扮した漆黒の戦士と六人の男と一人の女が揃ってテーブルを囲むように座っていた。

 会談は既に始まっているらしく、今は女が必死に何かを話している。よくよく耳を傾けてみれば女は討伐対象である吸血鬼について詳しく説明しており、どうやらこの女がシャルティアに遭遇した女冒険者であるようだった。他の男たちが何者なのかは分からないが、この中の幾人かはモモンガと同じミスリル級冒険者なのだろうと当たりをつける。

 とにかく今はモモンガに連絡を取るのが先決だな…と判断すると、女冒険者が話している間にモモンガへと〈伝言(メッセージ)〉を繋げた。

 

『…えー、こちらペロロンチーノ、こちらペロロンチーノ。モモンガさん、応答願います』

『……ペロロンチーノさん、ナザリックに着いたんですか?』

『はい、バッチリ見てますよ。アルベドとシャルティアとコキュートスも一緒にいます』

『そうですか……。丁度、当事者から話を聞いているところですよ。どうやら今回の討伐依頼の吸血鬼はシャルティアのことで間違いないようですね』

 

 モモンガの言葉に、ペロロンチーノはやっぱりか……と内心でため息をついた。

 ペロロンチーノも彼女の話に耳を傾け、シャルティアに間違いないと判断する。

 女冒険者は恐怖のあまり吸血鬼の服装や外見はぼんやりとしか覚えていないらしいが、“銀髪で大口”という特徴は妙に強く記憶に刻まれているらしい。

 どうしたものか…と頭を悩ませ、ペロロンチーノは取り敢えず話し合いの成り行きを暫く見守ることにした。

 女冒険者からの説明は既に終わり、今は冒険者だと思われる一人の男が妙に喧嘩腰にモモンガに食って掛かっている。

 敵愾心剥き出しの男に呆れたため息を小さくつきながら、ペロロンチーノは共に遠隔視の鏡で様子を窺っているアルベドたちに彼らの会話の内容を語って聞かせた。

 アルベドたちは冒険者の男に対して苛立ちと殺気を宿した形相で睨み付けていたが、何とか彼女たちを諌めて対処策を問いかける。

 シャルティアやコキュートスが未だ遠隔視の鏡の鏡面を睨み付ける中、アルベドは表情を思案顔に変えて少し考え込んだ後にペロロンチーノを見つめてきた。

 

「……シャルティアの姿を見た人間はあの女のみで、その女すら“銀髪で大口”という断定的かつシャルティアの本性の姿しか覚えておりません。ならば、その特徴さえ押さえておけば身代わりを作ることも可能かと愚考いたします」

「なるほど、確かに……」

 

 ペロロンチーノもアルベドの言に頷くと、遠隔視の鏡を振り返って改めて鏡面の光景を見つめた。

 鏡面の中では未だ男たちが真剣に話し合っている。

 どうやら今は吸血鬼の危険性と、討伐ではなく街での警備網に話が移っているようだった。

 自分たちが警戒している間にもっと上級のオリハルコンやアダマンタイトクラスの冒険者を呼ぶつもりらしく、ペロロンチーノは思わず小さく顔を顰めさせた。

 これは少々まずいと判断し、すぐに再びモモンガへと〈伝言(メッセージ)〉で語り掛ける。

 

『……モモンガさん、これは少々まずいですよ。他の連中が依頼を引き受けたら対処が難しくなります』

『そうですね……。何とか俺が依頼を受注できるようにしないと』

『先ほどアルベドがアドバイスしてくれたんですけど……――』

 

 人間たちの話し合いを注意深く窺いながら、モモンガとペロロンチーノは今後の対策について話し合っていく。合間合間にアルベドやコキュートスやシャルティアの意見も聞きながら、モモンガとペロロンチーノは以下の対策を組んでいった。

 一つ、依頼は警備網ではなく討伐についてのものに変更させ、それをモモンガたちが受注する。

 一つ、シャルティアと特定される特徴は“銀髪で大口”という二点のみであるため、その二点を取り入れた替え玉をナザリックで用意する。

 一つ、女冒険者を同行させ、替え玉をシャルティアと認識させてからモモンガが吸血鬼を討伐するのを見届けさせる。

 正にシャルティアの問題解決とモモンガの名声アップが狙える良い対策とまたとないチャンスと言えた。

 

『替え玉はこちらで用意しておくので、討伐依頼の方はモモンガさんの方で上手くやってください』

『わ、分かりました。何とかやってみます……』

『一応会談が終わるまでは遠隔視の鏡で見守っているので、何かあったらフォローしますね』

『お願いします……。…あっ、後でウルベルトさんにも連絡をお願いします。この件が終わったらいろいろと相談したいこともありますし、良ければ一日早いですけど二回目の定例報告会議をしましょう。可能ならプレアデスたちも全員呼んで情報共有した方が良いかもしれません』

『そうですね。俺もみんなに相談したいことがありますし……、ウルベルトさんに連絡してみます』

 

 ペロロンチーノは一つ頷いて〈伝言(メッセージ)〉を切ると、遠隔視の鏡を見つめているアルベドたちを振り返った。室内にある不可視化した二つの感覚器官や遠隔視の鏡はそのままに、アルベドたちと共に詳しいところを話し合い始める。

 鏡の奥ではモモンガが必死に冒険者たちを説得しているようだった。

 どうやら討伐対象の吸血鬼をモモンガが扮している漆黒の戦士モモンの宿敵である設定とするらしい。これならモモンガが依頼を引き受けられる確率が一気に高められるだろう。

 流石はモモンガさん…と思わずニンマリと表情を緩めさせる中、唐突に耳に飛び込んできた名前に目を見開かせた。

 

「ホニョペニョコっ!!?」

 

「「「!!?」」」

 

 ペロロンチーノはアルベドたちが驚愕の表情を浮かべるのも構わずに、バッと遠隔視の鏡を振り返った。

 そうしなくともペロロンチーノ自身は室内の様子が見えているのだが、聞き捨てならない“名前”に振り返らずにはいられなかった。

 鏡面では未だモモンガが必死に冒険者たちに語っており、ペロロンチーノはまるで睨むようにその様子を凝視していた。

 

「…ペ、ペロロンチーノ様……?」

「………………アルベド……」

「は、はい!」

「…替え玉は俺が用意する。今から一時間後に現地集合だ。シャルティアも念のためアルベドと共に来てくれ。コキュートスはナザリックの警備だ」

「か、畏まりました」

「畏まりましたでありんす」

「承知イタシマシタ」

 

 ペロロンチーノは椅子から立ち上がると、傅いて頭を下げるNPCたちの前を通り過ぎて部屋を出て行った。

 回廊に出て一度閉じた扉の前で立ち止まると、そのままウルベルトに向けて〈伝言(メッセージ)〉を繋げる。

 頭に響いてきたのはウルベルトの声で間違いなかったが、どこか不機嫌そうな声音に少しだけ虚を突かれる。

 

『…なんだ、今は取り込み中だと言っただろう』

『あれ、取り込み中なんですか、ウルベルトさん?』

『!? …ペロロンチーノ?』

 

 相手が自分だと思っていなかったのか、ウルベルトの声が不機嫌そうなものから驚愕したものへと変わる。

 一体誰だと思っていたのだろうと内心で首を傾げる中、次には訝し気な声が頭に響いてきた。

 

『お前が俺に連絡してくるなんて珍しいな。何かあったのか?』

『あれ、そうでしたっけ? ユグドラシルの時は良く連絡してたと思いますけど』

『だけど、こっちに来てからはそうでもないだろう? それで、何かあったのか?』

『…そうでした。えっと、それが……実はですね………』

 

 改めて説明しようとして、しかしそこで少々歯切れが悪くなってしまう。

 起こったことは仕方がないとはいえ、今回のことが自分やシャルティアの不始末が原因であるだけに自然と口が重くなる。

 しかし何やら取り込み中であるらしいウルベルトを煩わせるわけにもいかず、ペロロンチーノは意を決する思いで今回のことを手短にウルベルトへと説明した。

 

『俺とモモンガさんとで早急に対処するつもりなんですけど、どちらにせよ対処後の報告や他に話し合いたいことも出てきてるので、一日早いですけど今夜に第二回目の定例報告会議をしようと思うんですけど……』

『なるほどな……、……分かった。俺も一つ二人の耳に入れておきたいことがあるし、今の用事が終わり次第ナザリックに帰還しよう』

『お願いします。あっ、今回はユリとニグンも一緒に連れて帰って下さいね』

『モモンガさんの指示か?』

『そうです。お願いしますね』

『…了解です』

 

 ため息が潜んでいそうなウルベルトの声音に苦笑を浮かべながら、ペロロンチーノはお願いしますねと念押しして〈伝言(メッセージ)〉を切った。

 途端にこちらも思わず小さなため息が零れ出る。

 しかしここで呑気に時間を潰している暇はない。

 ペロロンチーノは気を取り直すようにもう一度息をつくと、右手の薬指に填められた指輪を見やり、徐に指輪の力を発動させた。

 瞬間視界が暗闇に覆われ、次には金色の輝きに満たされる。

 ペロロンチーノは無意識に目を忙しなく瞬かせると、目的の人物に会うために大きく足を踏み出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 強い風と大きな振動を全身で感じながら、モモンガはヘルムの中で困惑と焦燥の色が入り混じった表情を幻の顔に浮かべていた。

 モモンガがいるのは疾走中のハムスケと名付けた森の賢王の背中の上。

 彼の横には動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)戦闘馬(ウォーホース)に二人で跨っているナーベラル扮するナーベと女冒険者・ブリタ。前方には四頭の馬にそれぞれ騎乗した四人の男たち。

 本当は同行者は遭遇者であるブリタのみが良かったのだが、煩わしいことに最初からこちらに敵愾心剥き出しだったイグヴァルジと名乗る男も同行すると言って譲らなかった。よって同行者が一気に三人から七人に増えてしまい、モモンガは内心で重いため息をついていた。加えて先ほどの事が常に頭に引っかかっており、どうしようもなく焦燥のような感情が胸の裡で渦を巻いている。

 実は先ほどペロロンチーノに連絡しようと〈伝言(メッセージ)〉を繋げたのだが、今忙しいからとすぐに切られてしまったのだ。その直後アルベドから〈伝言(メッセージ)〉が来て、シャルティアが目撃された場所で待っていると伝えられて一気に焦りが湧き上がってきた。

 シャルティアがブリタと遭遇したのはエ・ランテルの街から歩いて三時間ほどの森の奥地。

 アルベドたちも現地に隠れて控えているとのことだったため心配はないだろうが、ペロロンチーノの態度と対応が心に引っかかってどうにも不安になってしまう。

 何か彼を怒らせるようなことをしてしまっただろうか…と考えを巡らせ、頭に過った少し前の記憶に思わず焦りの色を濃くした。

 

 

「おい、モモン。目的地点だぞ!」

 

 どうやって謝ろうか頭を悩ませる中、不意に前方を走っているイグヴァルジから鋭い声をかけられる。モモンガは一つ頷くことでそれに応えると、ハムスケに指示を出して止まらせ、地面へと飛び降りた。ナーベラルやブリタ、イグヴァルジの仲間たちもそれに続き、馬を近くの木々に繋げてから全員で森の奥へと進んでいく。

 ここからは目撃者であり唯一の生き残りであるブリタが一行を先導して案内していった。

 木々が生い茂る、鬱蒼とした森の中。

 しかし暫く歩いた後に一気に視界が開け、木々のない開けた場所へと辿り着いた。

 

「………ここが、目的地か…」

 

 モモンガの横でイグヴァルジが生唾を呑んで小さく呟く。イグヴァルジと同じチームの男三人も緊張で身体を硬直させ、全身に冷や汗を流している。ブリタなどは顔を真っ青にさせて緊張で全身を震わせている。

 何故彼らがこの場に足を踏み入れただけで極度の緊張状態に陥っているのかというと、それは広場の中心に立つ存在が全ての原因だった。

 

「………あれは…」

 

 モモンガもヘルムの中で思わず小さく呟く。

 彼らの視線の先に立っていたのは本来の姿を曝け出したシャルティア……のはずだ。

 しかし、彼女が纏っているのは黒いドレスではなく黒いローブ。品質もナザリック地下大墳墓の階層守護者にしてはみすぼらしく、恐らく聖遺物級(レリック)ではないだろうか。

 もしやドッペルゲンガーを替え玉にしたのだろうか…と内心で首を傾げる。

 ナザリックにいるドッペルゲンガーはこの世界の基準で言えばそれなりの強者と言えるのだが、100レベルであるシャルティアと比べればレベル差は激しい。

 これでちゃんと誤魔化せるのだろうかと内心で更に首を傾げる中、モモンガの不安は大きな衝撃によって吹き飛ばされた。

 

 

「こおぉぉれはこれは!! 私が取り逃がした女冒険者!! 仲間を呼んでくるとは、小癪なっ!!」

 

「ぐふぅっ!!?」

 

 大きな身振りと大仰な口ぶりで話し始めた吸血鬼に、モモンガは思わずヘルムの下で吹き出した。

 ブリタやイグヴァルジたちが呆然と立ちすくむ中、モモンガだけは小刻みに身体を震わせている。

 この震えは恐怖でも怒りでも武者震いでもない。ただ一つの大きな羞恥心だ。

 オーバーアクションの吸血鬼と不意に目が合い、モモンガは内心で情けない叫び声を上げていた。

 

「そこにいるのはっ! 英雄級の強さを誇る類まれなる戦士にして我が宿敵、モモンっ!! まさかこんなところまで追って来るなんてっ!!」

 

 吸血鬼の言葉にブリタたちの視線が一斉にモモンガへと向けられる。

 その全てに憐みのような色が宿っていると思うのはモモンガの思い過ごしなのだろうか……。

 モモンガは羞恥のあまり死にそうになりながら、しかし何とか平常心を保とうと背に負う二振りのグレートソードを勢いよく抜き放った。

 もうさっさと攻撃したいのを押し殺し、これだけはしておかなければ…と何とか己を奮い立たせる。

 

「…ひ、久しぶりだな、ホニョペニョコ! お前と決着をつける前に一つだけ確認しておきたいことがある。野盗の一派だけでなく、ここにいる彼女を含めた冒険者チームを殲滅したのは貴様か!!」

「その通ぉぉりっ!! …全員邪魔でしたので、始末させて頂きました。ですがまさかっ!! それによってあなたを引き寄せてしまうだなんてっ!!」

 

 長い銀髪を振り乱して本性の大口のヤツメウナギのような姿でオーバーアクションをする様はとてつもなくシュールに感じられる。

 モモンガは気を抜けば脱力しそうになるのを何とか堪え、最後の気力を振り絞って両手に持ったグレートソードを構えた。

 

「……分かった。ではここで、決着をつけよう! …行くぞ!!」

「そこにいる雑魚ともども、あの世に送って差し上げましょうっ!!」

 

 モモンガは強く地を蹴ると、勢いよく吸血鬼へと襲いかかっていった。吸血鬼もすぐさま身構え、高い身体能力とナイフのような鋭い爪で応戦してくる。

 激しい二人の戦闘に、ブリタたちはすっかり気が呑まれてしまって目は釘付けながらも全く動けなくなっていた。

 そして二人の戦いを見つめているのはもう一つ。

 遥か上空からペロロンチーノとアルベドとシャルティアがモモンガたちの様子を見下ろしていた。

 

「……あの、ペロロンチーノ様。あの替え玉は一体?」

「うん? パンドラズ・アクターだよ」

「……パンドラズ・アクター、ですか」

「あれ、アルベドたちは知らなかったっけ? モモンガさんが創った100レベルの領域守護者だよ。種族はドッペルゲンガーで、俺たちギルドメンバーの姿にもなれるし、俺たちの能力も八割使用できるんだ」

「……至高の御方々の能力を…、八割も……!?」

 

 シャルティアから驚愕の声が零れ出る。

 ペロロンチーノもそれに頷きながら、よく考えたら結構えぐいよな~と内心で呆れた声を零した。

 能力が八割とはいえ、自分を含めたあの(・・)ギルドメンバーたち全員の能力を使えるというのは、なかなかにチートではないだろうか……。

 特にワールド・チャンピオンのたっち・みーやワールドディザスターのウルベルト、後は問題児のるし☆ふぁーの力や能力は特にいろんな意味で末期だと言えた。

 

「……ですが、領域守護者とは……どこの領域守護者なのでありんすか?」

「宝物殿だよ。……確かに宝物殿はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでしか行けない場所だから、みんなとはあまり深い関わりはなかったな」

 

 知らなくて当然だろうと思い直し、ペロロンチーノは改めて地上へと目を向けた。未だ呆然と立ち尽くしている一団を見やり、ほんの微かに目を細めさせる。

 アルベド経由で、既にモモンガからブリタという女冒険者以外は殺しても良いと許可が出ている。

 ブリタ以外のメンバーは組合での会談の時にモモンガに対して反抗的だった男のチームであり、生かしておいても良いことはないだろう。

 ならばモモンガの力を示すための生贄になってもらおう、とペロロンチーノはアルベドとシャルティアそれぞれに目を向けた。二人は心得た様に一つ礼を取ると、アルベドはパンドラズ・アクターに〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ、シャルティアは特殊技術(スキル)を発動させた。

 シャルティアが発動させたのは〈眷属招来〉。

 ペロロンチーノたちの背後の上空から古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バッド)の群れと大群の吸血蝙蝠の群れ(ヴァンパイア・バッド・スウォーム)が姿を現す。

 パンドラズ・アクターが扮した吸血鬼が大仰に片手を振りかざしたのを合図に、シャルティアは眷属たちを一斉に地上へと解き放った。

 黒く大きな塊となった古種吸血蝙蝠と吸血蝙蝠たちが勢いよく地上へと舞い降り、呆然と立ち尽くしていた冒険者たちに襲い掛かっていく。あからさまにブリタだけを襲わせないわけにもいかないため彼女のことはナーベラルに守らせ、他の冒険者たちに対しては容赦なく蹂躙させていった。

 

「タイミング、バッチリだ! 二人とも、流石だな」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございますでありんす!」

 

 ペロロンチーノが満足げに褒めれば、途端に二人ともが頬を染めて満面に喜色を浮かべる。

 可愛らしい美女と美少女の反応に思わず顔の筋肉が緩みそうになりながら、ペロロンチーノはすっかり地獄と化した地上を見下ろしてモモンガへと〈伝言(メッセージ)〉を繋げた。

 

『えー、こちらペロロンチーノ、こちらペロロンチーノ。モモンガさん、応答願います』

『ペ、ペロロンチーノさんっ!? どうしてパンドラを出したんですか!!』

 

 繋げた途端に飛んできたモモンガからの悲鳴のような苦情。

 しかしペロロンチーノは一切気にすることはなかった。

 

『俺がシャルティア本人を出させるわけがないでしょう。第一、ウチのシャルティアはホニョペニョコなんて変てこな名前じゃありません』

『……うっ!!』

 

 ツンっとしたペロロンチーノの声に、モモンガから呻き声のような声が返ってくる。

 モモンガ自身も恐らく気にしてはいたのだろう、それ以上文句を言ってくることはなく、それにペロロンチーノも態度を軟化させた。

 

『パンドラズ・アクターには目くらましのアイテムを渡してあります。良いタイミングが来たらパンドラズ・アクターに合図を送ってアイテムを発動させて下さい。こちらにはシャルティアも控えているので、アイテムが発動したら〈転移門(ゲート)〉を開いてパンドラズ・アクターを回収します』

『……分かりました。精々派手にやらせてもらいます』

『ははっ、楽しみにしてますよ。俺たちは空から見守ってるんで、また何かあったら知らせて下さい』

 

 ペロロンチーノは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、続いてブリタたちへと目を向けた。

 古種吸血蝙蝠と吸血蝙蝠たちは既に殆どおらず、しかし干乾びた四つの死体が地面に倒れ伏していた。後はナーベラルが適度に襲いかかってくる吸血蝙蝠たちを適当に捌いているのみだ。

 モモンガの戦いもナーベラルの戦いも終盤に差し掛かっており、なかなかに良いタイミングになってきているのではないだろうか。

 モモンガたちがいつ行動を起こしても良いようにシャルティアに準備をさせながら、ペロロンチーノたちは静かに彼らの戦闘を見守っていた。

 

 それから十数分後……――

 突如、モモンガと吸血鬼を中心に眩い大きな光が炸裂した。間を置かずに大きな雷も炸裂し、ペロロンチーノはすぐにシャルティアに合図を送った。

 シャルティアはすぐさま〈転移門(ゲート)〉を出現させると、次には闇の扉の中から今までモモンガと死闘を繰り広げていた吸血鬼が姿を現した。

 身に纏っている黒いローブはボロボロになっていたが、どうやら大した怪我はしていないようだ。

 〈飛行(フライ)〉を唱えて宙に浮かぶ吸血鬼に、ペロロンチーノは柔らかな笑みを浮かべて労をねぎらった。

 

「お疲れさま、パンドラズ・アクター。ご苦労だったね」

「とぉぉんでもございませんっ、ペロロンチーノ様っ!! 至高の御方々のお役に立つことができ、このパンドラズ・アクター、身に余る栄誉にございますともっ!!」

「あ、あぁ、それは良かった……。…ゴホンッ、えっと、取り敢えず、シャルティアとパンドラズ・アクターは一足先にナザリックに戻っていてくれ。俺とアルベドは念のためにモモンガさんたちがここを立ち去るまで待機しておく」

「畏まりんした」

Zu Befehl(畏まりました)

 

 シャルティアの隣でパンドラズ・アクターが大仰に礼をとってドイツ語を口にする。

 途端にアルベドとシャルティアの表情が微妙なものへと変わった。言葉にするとしたら「うわぁ~……」だろうか。

 ペロロンチーノも内心で大いに頷きながら、しかしそれを決して面には出さずにただシャルティアたちを急かしてナザリックへと帰還させるにとどめた。

 再び地上へと目を向け、一つ大きな息を吐き出す。

 

「……何とかうまくいったかな」

「はい。流石はペロロンチーノ様とモモンガ様。見事な御采配でした」

「いや、これもアルベドたちのおかげだよ。いつもありがとうな、アルベド」

「くふ――っ!! あ、ありがとうございます、ペロロンチーノ様っ!!」

 

 今までにない奇声を上げながら喜びを露わにするアルベドに思わず若干気圧される。

 しかしペロロンチーノはわざとらしい咳払いを零して何とか気を取り直すと、モモンガがナーベラルとブリタを連れてその場を離れるまで静かに見守り続けた。

 モモンガたちが森の中へと消えていき、そこで漸く全身から力を抜く。

 

「……よし、俺たちもナザリックに戻るか」

「あの死体は如何なさいますか?」

 

 アルベドの言葉に、地に伏している哀れな死体たちに目を向ける。

 

「う~ん…、取り敢えずそのままにしておこう。戦闘の痕跡として残しておいた方が良いかもしれないし」

「畏まりました」

「あっ、あと今夜にまた二回目の定例報告会議を行うことになったから、デミウルゴスとセバスにも知らせておいてくれ。今回は全員参加するように」

「まぁ! ではモモンガ様とウルベルト様もお戻りになられるのですね! 畏まりました、すぐに準備を始めます」

「うん、頼んだよ」

 

 ペロロンチーノは一つ頷くと、アイテムボックスから一つの巻物(スクロール)を取り出して宙に放り投げた。

 瞬間勢いよく燃え上がり、込められた魔法が解放されて〈転移門(ゲート)〉の闇の扉が目の前で口を開く。

 

「さぁ、帰ろう。ナザリックへ」

「はい、ペロロンチーノ様」

 

 ペロロンチーノとアルベドは二度と地上に目をやることもなく闇の扉へと進んでいく。

 闇の扉は二人の姿を呑み込むと、まるで空気に溶けるかのように静かに消えていった。

 

 




パンドラのドイツ語は翻訳サイトを使用したものなので、間違っていたら申し訳ありません…(汗)
その際は教えて頂ければ幸いです!
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