「これより、定例報告会議を始めさせて頂きます」
深夜0時。
ナザリック地下大墳墓第九階層の円卓の間に涼やかな声が響く。
円卓を囲むように並べられた椅子に座るのはモモンガとペロロンチーノとウルベルトのみ。他の者たちは全員が周りに控えるように立ち、三人の支配者へと目を向けていた。
今回はモモンガから全員が参加するようにという厳命が発令されたため、モモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルトの三名と、ガルガンチュアとヴィクティムを除く階層守護者五名、セバスと
前回の時と同じようにアルベドが司会進行役を務め、まずは軽くパンドラズ・アクターの紹介をしてからぞれぞれの活動報告に移っていく。
まず報告するのは冒険者チーム代表であるモモンガ。
彼が報告する内容は主にアンデッド騒動とシャルティア討伐騒動についてだった。
アンデッド騒動の話ではペロロンチーノが〈完全不可知化〉を行ってモモンガに着いて行った件でウルベルトが顔を顰めさせたが、しかし取り立てて何かを言うことはなかった。
「……それで、バレアレの二名についてだが、二名ともカルネ村に連れて行こうと考えている」
現在人間の手駒と言える存在はカルネ村に集中しており、モモンガの判断も尤もだと言えた。
しかし、ここで反対の声を声高に上げる者がいた。
「あのバレアレ野郎をカルネ村に連れてくるなんて論外です! 絶対反対です! 許しません!!」
「バレアレ野郎って何だよ……。第一、何故そんなに反対するのかね?」
「決まってるじゃないですか! 俺のエンリちゃんに色目を使っているからですよ!!」
「……………………」
「男が女に対して好意を持っている場合、色目を使うっていうのか?」
無言で頭を抱えるモモンガの隣で、ウルベルトが呑気に小首を傾げる。
モモンガやウルベルトにとっては非常にくだらない理由に思えたが、しかしペロロンチーノは梃子でも動きそうになかった。
「……ふむ、よく考えてみれば、その人間たちをカルネ村に送ってしまっては少々勿体なくも思えるね」
「勿体ない……?」
「バレアレという少年は
「しかし、バレアレの二人は有名な薬師でもある。彼らを使って、この世界でもユグドラシルでのポーションを作れるようにしようと考えていたのだが…」
「それなら、デミウルゴスに預ければいい。消費アイテムの生産方法の調査はデミウルゴスを中心に執行しているはずだ。デミウルゴスならばその人間たちも良いように使うことができるだろう」
「…ウルベルト様っ! ウルベルト様にそう仰って頂けるとは、身に余る栄誉にございます!!」
ウルベルトの横に控えるように立っていたデミウルゴスが感極まったように身を震わせ、片膝をついて深々と頭を下げる。銀色の長い尾を犬のようにブンッブンッと激しく振るデミウルゴスに、ウルベルトは思わずフフッと小さな笑い声を零した。
少し身を屈めて肩を叩いて立つように促しながら、ウルベルトは改めてモモンガやペロロンチーノに目を向けた。
「どうだね、モモンガさん、ペロロンチーノ?」
「俺は別にそれで構いませんよ」
「……しかし、それでは我々の正体がバレてしまうだろう。それに私は、できれば彼等とは友好的に付き合っていきたいと考えているのだが」
思わず言いよどみながらも反論するモモンガに、しかしウルベルトは頭を振ってそれを否定した。
「聞けば、老婦人の方はモモンの正体を悪魔なのではないかと疑っていたのだろう? ならば正体がバレたところで別に構わないと思うがね。それに正体がバレた状態でも友好的に付き合える方法はいくらでもある。……デミウルゴス、その辺りもお前ならば上手くできるだろう?」
「はっ! この命に代えましても、必ずやウルベルト様のご期待に応えてみせます!」
何の迷いもなく即座に答えるデミウルゴスにウルベルトは満足げに頷くと、これでどうだとばかりにモモンガを見つめてくる。モモンガも二人にここまで言われてしまっては反対するわけにもいかず、無いはずの肺で一度小さな息をつくと、許可の意味を込めて一つ大きく頷いた。途端にウルベルトがフフンッと満足げな笑みを浮かべ、デミウルゴスも嬉しそうな笑みを浮かべる。
モモンガが内心でまるで親子だな……と呟く中、不意にペロロンチーノがモモンガを振り返ってきた。
「……そういえば、ニニャちゃんはどうなったんですか?」
「身体的には何も問題はない。だが精神面でのダメージは未だ残っているため、今はバレアレの元に預けて療養させている」
「そう、ですか……」
「彼……、いや、彼女だな……。彼女の今後については改めて決めていくことになるだろう。バレアレ両名についても、ニニャの容体が今少し回復するまでは今まで通りエ・ランテルに通常待機となる。デミウルゴスの元に送るのは、その後だ」
「了解です、モモンガさん」
「畏まりました、モモンガ様」
それぞれ頷く悪魔親子にモモンガも頷き返すと、改めて側に控えるアルベドへと視線を向けた。アルベドも心得たように一度頭を下げ、すぐさま流れを仕切るために口を開く。
モモンガの次に報告を始めたのはカルネ村の管理とトブの大森林の探索チームの代表であるペロロンチーノだった。
ペロロンチーノの報告内容はカルネ村に貸し出したゴーレムの個数と復興状況、トブの大森林で発見した
カルネ村に関しては取り立てて話し合うようなことはなかったが、リザードマンの集落に関してはモモンガもウルベルトも考え込まずにはおれなかった。
モモンガたちにとって、相手が亜人であろうと、それはさして問題ではない。相手が人間だろうが、亜人であろうが、アンデッドであろうが、魔物であろうが……すべては等しく同じであり、重要ではないのだ。
彼らにとって重要なのは、如何に知性や強さがあるのか。どのくらいのレベルの文化を持っているのか。背後にプレイヤーの影はあるのか、ないのか。
それによってこちらの対応も一気に変わってくる。
ペロロンチーノが見た限りでは少なくとも最低限の文化は持っているらしいが、それだけではまだまだ情報が不十分だった。
「……確かアウラとマーレが調査していたのだったな。アウラ、マーレ、現段階で分かっていることだけで構わないから報告してくれるか?」
「はい!」
「は、はい……!」
モモンガに声をかけられ、アウラとマーレが一歩前へと進み出てくる。
「現段階ではリザードマンの集落は五つ確認しております。文化レベルは全て同じくらいで、どれも人間の辺境の村と比較しても数段劣るレベルだと思われます」
「え、えっと…、集落の全てが沼地の中に築かれていました。沼地自体もとても大きくて、まだ全てを把握できていません……」
「強さはどうだ?」
「恐らく全体的にはレベル10台が殆どで、強者と思われる者でもレベル20代前後だと思われます」
「…ふむ……」
アウラとマーレからの報告に、モモンガたちは一様に小さな唸り声を上げた。
モモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルトは互いに視線を交わし合うと、一つ頷き合って代表でモモンガが口を開いた。
「宜しい。リザードマンに関しては我々の方で一時預かることとする」
「畏まりました」
この場にいるシモベ全員を代表してアルベドが言葉を発する。他のシモベたちも誰一人異議の言葉を出すことなく頭を下げてくるのに、モモンガたちは話題を次に移すことにした。
次に報告を開始したのはワーカーチーム代表のウルベルト。
彼の報告内容は主に“歌う林檎亭”で売られた喧嘩と闘技場での試合について。後はナザリック帰還中にエルヤーという名のワーカーを捕えたことくらいだった。
「そのエルヤーって奴は、捕まえて大丈夫な奴だったんですか?」
「なに、心配はないさ。ワーカーだから姿を消そうと幾らでも誤魔化しがきくし、誰かに目撃された恐れもない。私とあいつとの接点など闘技場で一度戦ったことがあるという一点のみだ。……もし何かまずいことが起これば、すぐに皆に報告しますよ」
「う~ん……、なら大丈夫ですかね~……」
「何かあればすぐに報告するように」
「分かっていますよ、モモンガさん」
念を押してくるモモンガに、ウルベルトは柔らかな笑みと共に一つ頷く。
取り敢えずウルベルトの報告は終わりかと次に移ろうとしたその時、不意にウルベルトが何かを思い出したように軽く手を挙げた。
「……あっ、すまない、一つ忘れていた。実はカルネ村で助ける形になった王国戦士長に
「へぇ~………って、いつの間に潜ませていたんですか!」
「君とモモンガさんが村長夫妻を説得していた時だよ」
「………いつの間に……」
何でもないことのようにあっけらかんと軽く宣う山羊頭の悪魔に、骸骨と
本当にこの山羊は何をしでかすか分かったもんじゃない……。
奇しくもモモンガとペロロンチーノはほぼ同時に全く同じ言葉を内心で呟いていた。
しかしそう思う一方で、ウルベルトの行動は大体が7割方大きな利益に繋がり、3割方が失敗に終わって大騒動を引き起こしていたことを思い出す。
今回の行動も利益に繋がってくれるように心から祈りながら、まずは詳しい話を聞こうとウルベルトに続きを促した。
「それで…、何か気になることでもあったのか?」
「ふむ、気になると言うよりも、どうやら王国の王族と貴族たちの力関係は中々に危ういということと、貴族共の多くがどうしようもない愚者揃いだということが分かったくらいかな」
気のない感じで肩を竦めるウルベルトに、モモンガとペロロンチーノが首を傾げる。
二人の頭上に多くの疑問符が浮かんでいるのが見え、ウルベルトはシャドウデーモンからの報告内容を思い出しながらフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ウルベルトの口から語られる内容はまさに茶番としか言いようのない会議内容であり、モモンガとペロロンチーノはウルベルトの心情を思って思わず苦笑を浮かばせた。
どうやら村長含むカルネ村の住人達は従順にモモンガたちの言いつけを守ったようで、ガゼフもそれを信じたのかどうかは分からないものの、住人たちから聞いた内容をそのまま王族や貴族たちに説明したらしい。王国の村々やガゼフを襲った謎の集団については法国の仕業だと述べたらしいが、貴族たちは一切耳を貸さず、帝国の仕業、あるいはガゼフよりも前にカルネ村を訪れて救ったという謎の三人の旅人たちが怪しいという身の程知らずな意見まで出る始末。
ニグンやセバスの報告によれば王国は現在王派閥と大貴族派閥に別れて権力闘争を繰り広げているらしく、今回の会議の内容はまさに王国上層部の腐敗ぶりを如実に表しているように思われた。
「全くもって反吐が出そうだ。………モモンガさん、今すぐ王国を滅ぼしてしまわないかね?」
「……冗談なのは分かっているが、余りそういうことは言わないでくれ。皆が本気にしてしまうだろう」
「おや、半分は冗談だけれど、もう半分は本気だよ」
「なお悪い」
「フフフッ、いくら私がそう言っても、この子たちは王国を滅ぼすにはまだ早いということくらい理解しているだろうから大丈夫だよ。愚痴くらい言わせてもらいたいねぇ」
「まぁ、ウルベルトさんの気持ちも分からなくはないですけどね。でも、良いじゃないですか。相手が馬鹿なら、その方がこっちも動きやすいですし」
前向きにそんなことを言ってくるペロロンチーノに、ウルベルトは再び肩を竦ませる。
まるで自分を落ち着かせるかのように一度小さな息をつくと、次には少し離れた場所に立っているセバスへと目を向けた。
「セバス、できれば王国の王族貴族についても情報を集めてくれたまえ。情報の良し悪しに関わらず、どんな情報でもいいから手に入れたら報告するんだ」
「はい、畏まりました」
ウルベルトの命にセバスだけでなくソリュシャンとルプスレギナも同時に頭を下げる。ウルベルトも一つ頷いて応えると、次には報告は以上だと手振りでアルベドを促した。
アルベドの進行によって次に報告したのは消費アイテムの生産方法の調査チームの代表であるデミウルゴス。
現段階ではアベリオン丘陵という場所に施設を作りながら、その地に棲んでいる多くの亜人や魔獣、それからペロロンチーノがトブの大森林でサンプルとして捕えた一部の魔物を使って実験を始めているとのことだった。残念ながら未だ良い成果は出ていないとのことだったが、モモンガもペロロンチーノもウルベルトもくれぐれも焦らないようにと忠告するだけに留めた。
最後に報告するのは商人チーム代表のセバス。
彼からの報告内容は主に接触した商人たちについての情報と友好度、拠点に定めた王国王都の各区画の情報だった。
しかし大量の情報量に反して報告方法は口頭であるため、はっきり言って全く頭に入ってこない。名詞が五つ出てきた頃から頭が混乱し始め、十を超えた頃には訳が分からなくなってくる。全て暗記して報告してくるセバスや、平然と彼の報告を聞いているNPCたちが恐ろしくなってくるほどだ。
『ちょ、ちょっと、分かります? えっ、マルティードさんって誰でしたっけ…? 誰か覚えてます?』
『…煩い、話しかけるな、ちょっと黙ってろ! ……だーっ、また新しい名前が出てきやがったっ!!』
『ウルベルトさんも黙ってください! 折角覚えていたのが飛んじゃうじゃないですか!』
表では余裕綽々の態度でセバスの報告を聞きながら、その実裏では〈
「…う……む……。ご、ご苦労だったな…、セバス」
「勿体ないお言葉、誠にありがとうございます」
「だ、だけど、やっぱり情報量はセバスのチームが一番多いよね。この二日間だけでもこの量だし……、もし大変なら、もう少し絞って情報を集めても良いんだけど……」
「我らの身を案じて下さり、ありがとうございます。しかし御心配には及びません。ソリュシャンやルプスレギナだけでなくシャドウデーモンたちもおりますので、引き続きありとあらゆる情報を収集してまいります」
「そ、そっか~…、ありがとう……」
ペロロンチーノの笑顔がひくっと小さく引き攣る。
このままではやばいと危機感を覚えたモモンガたちは素早く視線を交わし合うと目だけで頷き合った。
「……セバスたちの意気込みをとても嬉しく思うよ。だが、情報は新鮮さも命だ。……例えばセバスたち商人チームのみ、報告方法を少しばかり変更してはどうだろう?」
「そ、そうだな……。では、セバスたちは一日の終わりにその日収集した情報を全て書類に纏めてナザリックに提出せよ。定例報告会議の際は、その日の情報についてと補足情報のみを報告すれば良い」
「アルベド、セバスから提出される書類を
「畏まりました。本日中にシステムを構築いたします。セバス、後で時間を貰えるかしら?」
「はい、アルベド様」
何とかうまくいったような雰囲気に、モモンガたちは内心で大きな安堵の息をつく。
思えばセバスたちには事細かく本当に些細な部分まで報告するように命じていたのだ。それこそその日食べた食べ物から、その値段、街と街との距離や移動時間まで。どういった情報が何に役立つかも分からないため、ありとあらゆることを全て報告させるしかなかった。現状況でも情報自体に妥協できる余裕などなく、せめて文字で報告させることで少しでも覚えられるようにするだけに留めた。
「各々、全て報告が終了いたしました、モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様」
「ご苦労。では、次に移るとしよう」
唐突なモモンガの言葉に、ペロロンチーノやウルベルトを含めた全ての者たちが不思議そうな表情を浮かべる。
モモンガは一度この場にいる全員に目を向けると、一呼吸おいて改めて口を開いた。
「ここまでは各チームの状況や情報を報告してもらったが、今からは今後についての意見を述べてもらいたい」
「今後について…ですか……」
「そうだ。今後どういった動きをしていくべきか……。なに、難しいことを言う必要はない。今後の活動への希望や要望でも構わない。何か意見があれば発言してほしい」
モモンガの言葉に、ペロロンチーノとウルベルトはなるほど…と頷き合う。
NPCたちはある者は困惑の表情を浮かべ、ある者は思案顔で考え込む中、ペロロンチーノが勢い良く右手を挙げてきた。
「はいっ!」
「はい、どうぞ、ペロロンチーノ様」
ペロロンチーノは挙げていた手を下ろすと、モモンガとウルベルトへ目を向けた。
「今回、シャルティア討伐の対処の件で思ったんですけど、やっぱり俺たちだけじゃなくて他の皆にもリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが必要だと思うんです。特にここにいるメンバーはこれからいろんなことに携わっていくだろうし……、せめて階層守護者にだけでも渡せないかな?」
ペロロンチーノの提案に、この場がザワッと大きく騒めいた。
見れば全てのNPCたちが驚愕の表情を浮かべており、中には小刻みに身体を震わせている者さえいた。
「ど、どうした、お前たち…!」
あまりの反応にモモンガが慌てて声をかける。
提案したペロロンチーノ本人も驚愕の表情を浮かべてNPCたちを見つめ、次には何かまずいことでも言ってしまったんだろうか…と顔を翳らせた。
あわあわ慌てるモモンガと、ずーんっと落ち込み始めるペロロンチーノ。
ウルベルトはどうしようもない二人の様子に思わず半目になりながら、次には呆れたように小さな息をついた。
「……あー、お前たちが何故そんなに衝撃を受けているのか教えてもらえるかい、デミウルゴス?」
「…ウ、ウルベルト様……。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは至高の御方々のみが身に着けるを許されたナザリックの至宝にございます。…それを、我らのようなシモベに渡すなど……!!」
もう言葉にもならないと言わんばかりに言葉を途切らせるデミウルゴスに、しかしウルベルトは彼が言わんとしていることを理解した。
つまり、恐れ多すぎると言いたいのだろう。
しかしペロロンチーノの言う通り、今後の事を思えば恐れ多いと言っている場合ではなかった。
今後、何か緊急性のある事象が起きた場合、いちいちナザリックの中を駆けずり回るなど時間の無駄も良いところだ。
ウルベルトはモモンガに目を向けると、大分落ち着いたモモンガも同意するように頷きを返してくれた。
「……宜しい。両者の言い分は分かった。では、まずは役職と褒美として各々に至宝の指輪を渡すこととしよう。まずは役職として、守護者統括であるアルベド」
「は、はいっ!」
モモンガに名を呼ばれ、アルベドがビクッと身体を震わせながらもその場に跪く。
モモンガも椅子から立ち上がると、アイテムボックスから大きなリングケースを取り出した。ケースの中に並べられている多くの指輪は、全てリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンである。
モモンガはその中から一つを取り出すと、未だ跪いているアルベドへと差し出した。
アルベドは恭しく両手で指輪を受け取ると、うっとりとした恍惚の表情を浮かべた。
「あぁ、このような至高の宝を頂けるなんて……っ! 身に余る至福にございます!!」
「う、うむ…。これからも頼むぞ」
「はいっ、モモンガ様!」
アルベドはまるで少女のような笑みを浮かべると、指輪を両手で握りしめて胸元に添え、深々と頭を下げた。
「次に褒美として……シャルティア! エントマ!」
「はっ、はいっ!」
「……へっ……!?」
次にシャルティアとエントマの名が呼ばれ、シャルティアは飛び跳ねるような反応と共に深々と臣下の礼を取り、エントマも慌てふためきながら深々と頭を下げる。
「二人の働きにより
ペロロンチーノとウルベルトが椅子から立ち上がり、モモンガから指輪を受け取る。そのままペロロンチーノはシャルティアの、ウルベルトはエントマの前まで歩み寄ると、恐縮している二人に優しい笑みを浮かべながら指輪を手渡した。
「あ、ありがとうございます! このシャルティア・ブラッドフォールン、この身の全てが朽ち果てるまで、至高の御方々に全てを捧げます!!」
「……私のようなメイドにまでこのような至宝を与えて下さり…、身に余る栄誉にございます! 更なる忠誠を御方々に捧げます!!」
二人とも普段の口調を忘れて歓喜に身を震わせている。
モモンガたちは鷹揚に一つ頷いて返すと、次には残りの面々に目を向けた。
「他の者たちも、更なる忠義に励め」
「「「はっ!!」」」
この場にいる全てのNPCが跪き、深々と頭を下げる。
モモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルトは改めて席に座り直すと、NPCたちを立たせてから次の話に移ることにした。
次に意見を述べたのはモモンガだった。
「現在、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国を中心に情報収集を行っているが、スレイン法国に関してはニグンからの情報のみ。しかし三国の中では法国が一番警戒度が高く、何とか探りを入れたい」
「しかし、そうは言っても些か危険ではないかね? あの国は
「ああ、分かっているとも。現状、こちらから動いて接触するにはデメリットの方が多すぎる」
「…? ならどうするつもりなんですか?」
小首を傾げて疑問符を浮かべるペロロンチーノに、モモンガは一度気合を入れるように小さな息をついた。
「簡単なことだ。あちらから動くように仕向ければ良い」
「…なるほど。罠を張ると言うわけだ」
「罠…と言うよりかは囮だな。聞けば法国は人間至上主義を称え、人間の敵となる者どもを殲滅しているという。それを逆手に取る」
何かを握り潰すようにゆっくりと拳を握るモモンガに、ペロロンチーノとウルベルトはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
ユグドラシルの黄金期。悪名を轟かせていたモモンガたちのギルド“アインズ・ウール・ゴウン”は、敵方のギルドを殲滅させるためにありとあらゆる手を使っていた。
真正面からの殲滅戦から、混乱を起こさせてからのゲリラ戦。偽りの情報を流して罠を張ったり、時にはありとあらゆる情報を操作して複数の敵方のギルドを一度に同士討ちさせたこともある。
囮を使って敵方の情報を入手し、丸裸にしてから滅ぼすという方法は“アインズ・ウール・ゴウン”が良く使う戦法の内の一つだった。
「なかなか面白そうだな。具体的にはどうするんだ?」
「………“魔王”を作ろうと思う…」
「……“魔王”…!?」
モモンガがその言葉を口に出した瞬間、ウルベルトの仮面に隠れていない金色の左目が鋭く光った。勢いよく椅子から立ち上がり、身を乗り出しながら右手を高らかに挙げる。
「はいっ!!」
「却下だ…」
はつらつな声を上げた途端、モモンガに容赦なく拒否される。
ウルベルトは悔しそうに小さな唸り声を上げると、挙げた手を下ろしながら大きく顔を顰めさせた。
「何故だ! だって魔王だろ!? 俺以外の適役がどこにいるってんだ!!」
「それでも駄目だ。もしかしたら法国への囮だけでなく、冒険者モモンやワーカーのレオナールの名声稼ぎにも使えるかもしれないのだ。……それに“魔王”はあくまでも囮。そんな危険度の高い役目をウルベルトさんにさせる訳にはいかない」
「ぬぅぅぅ………」
モモンガの言葉に反論することができず、ウルベルトは苦々しげに奥歯を噛みしめた。
いや、反論できると言えばできるのだ。
例えば『ワーカーのレオナールなんて名声上げなくても大丈夫だし、いざとなればドッペルゲンガーも使えるじゃないか』とか『この世界に俺が危険に陥るだけの強者がいると思うのか?』とか『魔王役が俺以上に似合う奴なんている訳ないだろ!!』とか……。
しかしそのどれもが憶測や我儘の域を出ず、モモンガを説得させられるとは思えなかった。
ウルベルトは未だ唸り声のような声を漏らしながら、最後には力なく円卓の上へと顔を突っ伏した。大きく肩を落とす様は悲壮感たっぷりで、相手への同情心を非常に擽ってくる。
周りでNPCたちがオロオロとする中、モモンガは心を鬼にして頑として意見を譲らなかった。
「駄目と言ったら駄目だ。分かってくれ、ウルベルトさん」
「……うぅ~~~………。………分かったよ、仕方ない」
ウルベルトは突っ伏していた顔を上げると、力なく言葉を零した。しかし次の瞬間には勢いよくモモンガたちへと目を向けた。
「ただしっ!! 魔王役は俺の代わりにデミウルゴスに任せてくれ!!」
これ以上は譲れないっ! とばかりに強い瞳で見つめてくる。
モモンガとペロロンチーノは互いに顔を見合わせると、次にはどちらともが苦笑にも似た笑みを小さく浮かべた。仕方がないな…とばかりに肩を竦ませるペロロンチーノに小さく笑い、モモンガもやれやれ…と言うようにわざとらしく頭を振って見せる。
むぅっとむくれるウルベルトを見やり、モモンガは無いはずの肺で小さな息を吐き出した。
「……仕方がないな。任されてくれるか、デミウルゴス?」
ウルベルトの横に控える悪魔を見やり、優しく問いかける。
デミウルゴスはモモンガとウルベルトをチラチラと交互に見やると、次にはその場に跪いて深々と頭を下げた。
「謹んで、お受けさせて頂きます。必ずやウルベルト様に満足して頂ける魔王を演じてみせます!!」
前半はモモンガとペロロンチーノに、後半はウルベルトに向けて力強く宣言する。
必死にウルベルトの期待に応えようと意気込むデミウルゴスに、ウルベルトは表情を緩めさせて未だ下げられている悪魔の頭にそっと片手を乗せた。後ろに撫で付けられている黒髪を乱さない程度に撫でてやりながら、フフッと笑い声を零す。
「お前なら私を満足させられるさ。なんせ、お前は私の理想を詰め込んだ最高傑作だからね」
「ウ、ウルベルト様……っ!!」
創造主からの身に余る言葉にデミウルゴスが歓喜に身を震わせ、他のNPCたちが羨ましそうにデミウルゴスを見つめる。しかし幸か不幸かウルベルトはそれに全く気が付かず、頭を撫でていた手をゆっくりと離してモモンガたちを振り返った。
「ありがとうございます、モモンガさん、ペロロンチーノ」
「どういたしまして」
「礼には及ばん。ウルベルトさんに言われる前から、デミウルゴスに任せようと考えていたからな。……さて、次の話に移るとしよう。他に何か意見のある者はいるか?」
周りに目をやり、意見が出ないか見渡す。しかしこれ以上の意見は出ず、モモンガは一つ頷くとアルベドへと目を向けた。
アルベドも柔らかな笑みを浮かべて頭を下げ、続いて周りを見渡す。
「ではこれで、第二回目の定例報告会議を終了します。全員、解散!!」
アルベドの号令に、この場にいる全てのNPCが跪いて頭を下げる。
中々に迫力のある光景にモモンガたちは鷹揚に頷いて返すと、頭を下げて退室していくNPCたちを最後まで見送った。
最後にアルベドが恭しく退室し、数秒後、はあぁ~っと三人分の大きなため息の音が部屋中に響き渡った。
まるで力尽きた様に三人ともが円卓の上へと顔を突っ伏す。
暫くぐりぐりと額を擦り付けると、もう一度大きなため息をついた後にゆっくりと顔を上げた。
「……前回に引き続き、今回もなかなかに濃い会議でしたね…」
「はぁ…、まったくな……。というかモモンガさんとペロロンチーノはこの二日間何やってんだ、いろいろやりすぎだろっ!」
「いや~、まさかここまで次から次へと
「前にも言いましたけど、ゲームよりもよっぽどゲームっぽいですよね~……」
再び室内に三人分のため息の音が響いては消えていく。
ペロロンチーノは一度四枚の翼を大きく広げて背筋を伸ばすと、次の瞬間何かを思い出したのか間の抜けた声を零した。
「……あっ、そう言えばナザリックの避難場所についてなんですけど」
「そういえば、良い場所は見つかったのか?」
「リザードマンたちがいた沼地とか良いんじゃないかな~って思ってるんですよね~。トブの大森林の割と奥地にありますし、何よりユグドラシルではナザリックは沼地の中にありましたし」
「ふむ……」
モモンガは顎に指を添えて考え込むと、次には眼窩の灯りをペロロンチーノとウルベルトに向けた。
「……では、リザードマンの集落に軍を向かわせましょう」
「ほう……、個人での襲撃ではなく、軍での侵攻か……」
意味深に目を細めさせるウルベルトに、モモンガは一つ大きく頷いた。
一人理解できないとばかりに小首を傾げているペロロンチーノを見やり、モモンガは深く椅子の背もたれに背を預けた。
「先ほどの定例報告会議の時に何らかの意見を求めましたけど、俺とペロロンチーノさん以外、誰も意見を出しませんでした」
「まぁ、いきなりでしたしね……」
「俺はそれだけが原因ではないと感じました。NPCたちは設定通りの性格をしており、俺たちの命令によって行動しています。でも、いつまでもそれだけでは駄目だと思うんです。……今後、彼らだけで何かを判断しなくてはならない時が必ずやってきます。その時、いちいち俺たちに意見を求めている状況では駄目なんです」
「なるほど……。つまり、NPCたちに個ではなく軍を動かさせることで意識改善を図ろうってことですね」
「そういうことです。そして与える軍勢はわざと弱いレベルのものにします」
わざと弱い軍勢を与えることで、NPCたちが何をどこまで考えることができ、どこまで行動できるのかを把握する。そしてできるなら、NPCたちの学びの機会となってくれれば万々歳だ。
「でもそれって……、何だか苛めてるみたいじゃないですか……?」
一心に自分たちに忠誠を誓ってくれているNPCたちを思い浮かべ、ペロロンチーノは思わず顔を顰めさせる。
彼の気持ちも大いに理解できたが、しかしモモンガは沈黙のみを返し、ウルベルトは静かに苦笑を浮かばせた。
「時には心を鬼にすることも必要だってことだな。……子供の成長には、親の過保護は枷にしかならないということだよ、ペロロンチーノ」
「むぅ……」
ウルベルトに諭され、ペロロンチーノは思わず呻き声を上げる。
しかしNPCたちを大切な子供の様に思っているのはモモンガもウルベルトも、そしてペロロンチーノも同じなのだ。
ペロロンチーノは大きなため息をつきながら、子育てって難しいんだな~と内心で呟くのだった。