ナザリックでペロロンチーノと共にデザイン画を描いたりナザリック運営の手伝いをしていたウルベルトは、次の日の早朝にはユリとニグンを引き連れて再びバハルス帝国の帝都へと向かっていた。
騎獣である
顔馴染みになりつつある権門の男と挨拶を交わすと、ジャージーデビルに乗ったままウルベルトたちは街中へと足を踏み入れた。
既に多くの人で賑わっている街並みがウルベルトたちを中心に割れるように道を開けていく。いつまで経っても変わらぬ反応に内心辟易させられながら、しかしそれを決して面には出さずにウルベルトたちはまずは拠点にしている“歌う林檎亭”へと向かっていった。
裏へ回って厩にジャージーデビルを預け、改めて表の入り口から店内へと入る。
扉を開いて店内に足を踏み入れれば、先ほどまで煩いほどに賑わっていた店内が一気に静まり返った。痛いほどの静寂と一斉に向けられる多くの視線に、思わず大きなため息が出そうになる。
いつになったら普通の反応になるのかと少し遠い目になりながら、ウルベルトはユリとニグンを引き連れて真っ直ぐにカウンターへと歩み寄って行った。
「店主、部屋は空いていますか?」
カウンターにいる呆然とした表情を浮かべた店主の男へと声をかける。
男はハッと我に返ったような素振りを見せると、次には食ってかかるようにこちらに身を乗り出してきた。あまりの勢いに、思わず気圧されるように少しだけ背を逸らして身を引いてしまう。
「……あんたら…っ! やっと戻ってきたか!!」
「ど、どうかしたのですか……?」
「どうしたもこうしたも……、あんたらに客だ……!」
「………客……?」
“客”という言葉に心当たりがなく、思わず小首を傾げる。
もしや遂に依頼が来たのだろうか…!と目を輝かせるも、店主の示した方へと目を向けた途端、一気に輝きが失せていった。口を突いて出そうになった大きなため息を辛うじて呑み込む。しかし多少なりとも表情には出ていたようで、ウルベルトたちの存在に気がついて座っていた椅子から立ち上がってこちらに歩み寄って来ていた面々が少なからず不満そうな表情を浮かべた。
「何ですの、その顔は……。失礼ではなくって?」
顰めさせた表情そのままに苦情を宣うのは、つり目がちな大きな瞳が印象的な一人の美少女。
今日は少女らしいピンク色のフワフワとした可愛らしいドレスを身に纏っており、彼女の後ろには秘書のような神経質そうな男が一人静かに控えている。
更に男の後ろには見覚えのある三人の女
「………次は一体何の御用ですか、ノークランさん」
まずはこちらから片付けよう……とソフィアへと声をかける。
ソフィアは不機嫌だった表情を何故か拗ねたようなものに変えると、次にはわざとらしいまでに大きな身振りで両手を腰に当ててフンッと顔を逸らした。
「な、何ですの? 用がなければ来てはいけませんの…?」
(……何を言ってるんだ、この女は。当たり前だろうが…。)
口を突いて出そうになった言葉を再び咄嗟に呑み込む。
大体用もないのに訪ねられるほど自分とこの少女は親しくないはずだ。
意味が分からないとばかりに内心で訝りながら、ウルベルトはただ促すように視線を向けるにとどめた。
「……………………。……ぅぅ…、…もうっ! この間の闘技場の件で来たのですわ!」
暫く睨み合うように見つめ合い、遂にはソフィアの方が音を上げて怒鳴るように声を上げてきた。
しかし、やはり彼女の言う内容が良く理解できなかった。
ソフィアの言う“闘技場の件”というのは彼女が自分に喧嘩を売った件であり、それは自分たちが指定された演目で優勝した時点で終わったはずだ。
また何かいちゃもんでも付けに来たのだろうか……と僅かに目を細めさせる中、しかし続いてソフィアが声をかけたのはウルベルトではなく背後に控えている男に対してだった。
男はソフィアの言葉に一度深々と頭を下げると、次にはウルベルトの前まで歩み寄って懐から大きな革袋を取り出して恭しく差し出してきた。
「………これは何ですか?」
「闘技場の件での報酬ですわ」
「……賞金なら既に受け取りましたが」
「これは賞金ではなく依頼料ですわ。あなたはわたくしの求めに応じて闘技場の演目に出場してあなた自身の力を示したのですから、報酬を渡すのは当然の事です」
どうやら彼女の認識では、あれは喧嘩を売ったのではなく、あくまでも依頼だったらしい……。
何とも複雑な心境になりながらも、ウルベルトは取り敢えず未だ差し出されている依頼料とやらを受け取ることにした。
革袋に手を伸ばして持ち上げれば、ずっしりとした重みが手や腕に伝わってくる。
闘技場の演目に出場するという依頼の報酬の相場が分からないため何とも言えないが、これは中々の大金なのではないだろうか。
「……確かに受け取りました。ありがとうございます」
本当は礼など言いたくはないのだが、ここは我慢して大人の対応をすることにした。
ついロールプレイ時の癖で片手を胸に添えて優雅に礼をすれば、途端にソフィアの顔が真っ赤に染め上がる。
少女の様子に、少々気障ったらしかったか……と羞恥心が湧き上がってきた。
店内の至る所から女性のものだと思われる熱いため息が複数零れていたのだが、幸か不幸かウルベルト本人は全く気が付くことはなかった。わざとらしい咳払いを零して羞恥心を誤魔化す中、ソフィアは未だ頬を赤く染めながら妙に熱っぽい視線を向けてきた。
「……ま、また…、気が向いたら依頼をして差し上げても宜しいですわよ。……べ、別にっ、あなたを気に入ったわけではありませんからね! ただ、あなた方の力は認めても良いと思っているだけですから! くれぐれも勘違いはしないようにお願いしますわっ!」
「……………………」
顔を茹蛸のように真っ赤に染め上げて、またフンッと顔を逸らして大声で言ってくる。
これが例えば相手がウルベルトではなくペロロンチーノであったなら『これが天然のツンデレ少女!! うわぁっ、うわぁっ!!』と嬉々として騒いだことだろう。またはもう少し女心の分かる者が相手であったなら、言葉の裏に隠されたソフィアの複雑な本心とやらを察することが出来たのかもしれない。
しかし幸か不幸か、相手は女にさほど興味を見出さず、王族貴族という上流階級が大嫌いで、悪をこよなく愛する重度の中二病を患ったウルベルト・アレイン・オードルである。商会長の娘という上流階級の人間である時点で良い印象を持たれ辛いというのに、複雑な女心など理解できないウルベルトにとってはソフィアの態度や言葉はどこまでもマイナスに働いてしまっていた。
唯一救いだったのは、ウルベルトの精神の悪魔化が予想以上に進んでいたことだろうか……。
人間であったなら感情に任せて怒鳴り散らしていたのだが、精神の悪魔化が進んでいることで感情や欲の制御が人間の時よりも強く、上手くできていた。燃え立つような怒りや苛立ちは感じているものの、爆発することはない。
悪魔としての妙に冷めた部分が冷静にソフィアという名の
「……ええ、肝に銘じておきますよ」
形の良い薄い唇から妙に冷静で淡々とした声音が紡がれる。
途端にソフィアの顔に焦りのような色が浮かぶが、しかしウルベルトの金色の瞳は既にソフィアから離れて後ろに佇んでいる三人のエルフたちへと向けられていた。オドオドとした様子で立ち竦んでいる彼女たちに思わず小さなため息をつきながら、ソフィアの横を通り過ぎてエルフたちの前へと歩み寄る。
怯えたような視線を向けてくる彼女たちに一体何しに来たんだ…とソフィアの時と同じことを思いながら、一番手前にいる女へと目を向けた。
「それで……、あなた方は一体何の御用ですか…?」
十中八九エルヤーの事だろうな…と思いながらも一切面には出さずに問いかける。
エルフたちはチラチラと互いに視線を交わし合うと、次には代表として一番前にいるエルフが恐々と口を開いてきた。
「……エ、エルヤー・ウズルスが…どこにいるか、し、知りませんか……?」
予想通りの内容に思わずため息をつきそうになる。
しかし何とかそれを呑み込んで口を開きかける中、しかし今まで話していたソフィアが反応する方が早かった。
「……あら、そういえばあなた方はウズルスさんと同じチームのエルフたちでしたわね。ウズルスさんがどうかなさったの?」
当たり前のように会話に入ってくる少女に小さく顔を顰めさせながら、そういえば彼女はエルヤーの事を気に入っているとニグンが言っていたことを思い出した。
「あ、の……一昨日に出かけてから、どこにいるのか…分からなくて……」
「まぁ、それは心配ですわね。どなたかに行先は伝えていらっしゃらなかったの?」
「………は、い…」
ソフィアと話していくうちにエルフたちの表情がだんだん強張っていく。
彼女たちの今の様子や闘技場での装備の違い。何より彼女たちの半ば切り落とされている耳からして、今まで彼女たちがどんな扱いを受けてきたのか容易に窺い知れる。恐らく碌な扱いを受けてはいなかったのだろう。主人の居場所が気になりながらも他の者から聞かれれば途端に顔色が悪くなるなど相当だ。
今にも気を遣りそうになっている奥のエルフに気が付いて、ウルベルトは今度は意識して大きなため息を吐き出した。
途端にソフィアやエルフたちの視線が一斉にこちらに向けられる。
「……ウズルスさんが行方知れずなのは分かりました。しかし、何故あなた方はここに来られたのですか?」
「あ、あの……闘技場で、あなたに負けたのを…すごく、気にして、恨んでいた…ので……。……もしかしたらって…」
オドオドと言葉を詰まらせながら説明するエルフに、ウルベルトは内心で納得の声を上げた。
つまり彼女たちの予想通り、エルヤーは逆恨みからウルベルトに再度襲いかかり返り討ちにあったというわけだ。
しかし当然ウルベルトがそのことを口に出すことはない。ただ神妙な表情を浮かべながら一つ頷いて堂々と白を切った。
「そうでしたか。ですが、残念ながらウズルスさんとはあの闘技場の演目以降お会いしてはいません。恐らく全く別のところに向かわれたのではないでしょうか」
「………そう…ですか……」
「因みに、彼が私に負けたことに対してひどく気にしていたのを知っているのはあなた方以外にどなたかいらっしゃいますか?」
ウルベルトの問いに、エルフたちは不思議そうな表情を浮かべながらも全員が頭を横に振った。
ウルベルトは内心で安堵の息をつくと、ここが正念場と決めて意識して柔らかな笑みを浮かべた。
「……では、このことは内密にしてあげて下さい。それが本当だったにしろ、そうでなかったにしろ、実力で負けたことに対して相手を逆恨みする行為は、第三者からすれば器を疑われかねないものです。彼がもし戻ってきた時、本当かどうかも分からないことで彼の評価が下がってしまっていては可哀想ですからね」
ウルベルトとしては、これ以上自分とエルヤーとの接点を言い触らして欲しくないだけの言葉である。しかしソフィアやエルフたちや彼らの話に聞き耳を立てていた周りの客たちは一様に思わず感嘆の息を吐き出していた。
自分を逆恨みしているかもしれない人物を思いやるとは何と寛大な人なのだろう、と……。
エルフたちの他にも、客の中にはエルヤーの本性を知っている者たちもいる。そんな彼らからしてみれば、ウルベルトの寛大さはエルヤーと比較されて一層強く印象に残っていった。
「それに、もしかしたら一人で武者修行をしているだけかもしれません。もう少し探してみてはいかがですか?」
「………分かり、ました…。あの、お騒がせ…しました……」
ウルベルトの言葉に小さく頷き、ぺこりとひどく幼い動作で頭を下げてくる。それでいて店を出ようとする中、不意に一人のエルフが足を止めてウルベルトを振り返ってきた。
良く見れば、そのエルフは闘技場の演目の際にウルベルトが杖を突きつけて降参するか否かを問うたエルフだった。
「…あ、の……ま、また…来ます……」
エルフはもう一度ぺこりと頭を下げると、駆けるように先に店を出て行った二人のエルフたちを追いかけていった。
自然と静まり返る店内。
彼女の行動の意味が分からずウルベルトが目をぱちくりと瞬かせる中、自然とこの場にいる全員からの視線がウルベルトへと突き刺さった。
「………あー、つまり、進展があればまた知らせに来てくれるということかな? 中々に律儀なことだ」
「いえ、恐れながら、あのエルフの娘はウルベ……ゴホンッ、レオナールさんに好意を寄せているのではないでしょうか?」
ユリの言葉に、まるでそれが禁忌の言葉であったかのように一気にこの場の空気が凍り付く。
しかしウルベルトはそんな空気には一切気が付かず、ただ訝しげな表情を浮かべてユリを見つめていた。
「私を好いて……? いや、そんなはずはないだろう。私と彼女の接点なぞ、闘技場で私に杖を突き付けられたぐらいだぞ。それで好意を持つ女性がどこにいるんだ」
あり得ないと首を横に振るウルベルトに、しかし必ずしもその意見が通らないこともあることをこの場にいる他の面々は知っていた。
このご時世、強い男を好む女は五万といる。特に荒事に身を置くことの多い女であれば、自分よりも強い男しか認めないと豪語する者が殆どだ。
ウルベルトはエルフの女たちに降伏を宣言させただけでなく、エルヤーを一人で打ち負かすほどの強者である。なおかつ容姿も端麗で器も大きいとくれば、それこそ世の中の多くの女はウルベルトに好意を寄せるだろう。
しかし少し前までは平凡な人間として
「……まぁ、今はウズルスさんが無事に戻ってくることを祈りましょう」
「……はい、レオナールさん」
ユリとニグンが頷くような形で頭を下げる。
「ところで……、あなたはいつまでここにいらっしゃるのですか、ノークランさん」
「なっ、わ、わたくしがいつまでここにいようと、あなたには関係ありませんわ! それとも、わたくしの事が気になりますの?」
「いえ、別に……。では私たちは部屋に引き上げさせて頂きます。店主、部屋をお願いします」
ウルベルトの返答はどこまでも素っ気ない。
思わず唖然となっているソフィアには構わず、ウルベルトはカウンターの奥にいる店主に声をかけてさっさと空き部屋を借りた。無言でいて非難するような店主の視線は完全に無視し、さっさと部屋に逃げてしまおうと踵を返す。
しかし、ユリとニグンを後ろに引き連れて階段に向かったその時、まるで彼を引き留めるかのように店の扉が大きな音と共に勢いよく開かれた。
「失礼する! ここにワーカーチームの“サバト・レガロ”はいるだろうか!」
大声で名指しされ、ウルベルトの足がピタッと止まる。
扉の方を見てみれば身なりのきちんとした見慣れぬ男が扉の前で仁王立ちしており、ゆっくりと店内を見回していた。
目尻のつり上がった男の鋭い目がニグンに止まり、続いてユリに、そして階段の一段目に足を掛けていたウルベルトに移って目と目が合う。
ウルベルトはゆっくりと階段の段差から足を離すと、わざとらしいまでの大きなため息を吐き出した。
「……今日は本当に来客が多いですね。私どもに一体何の御用でしょうか?」
「あなた方が“サバト・レガロ”でしょうか?」
「ええ、初めまして。私が“サバト・レガロ”のリーダを務めるレオナール・グラン・ネーグルと申します」
ウルベルトの言葉に、男は大股でずんずんと店内を進んできた。
ウルベルトたちの前まで歩み寄り、改めて軽く頭を下げてくる。
「私はジェクト・カーヴェイン。バハルス帝国四騎士が一人、バジウッド・ペシュメル様に仕える者です。今日は我が主の遣いで参りました」
瞬間、店内に大きなどよめきが起こった。
ある者は呆然とジェクトを見やり、ある者は隣同士で何事かを囁き合い、ある者は尊敬のような眼差してジェクトやウルベルトたちを見つめている。
ウルベルトもまた、聞き覚えのある名前にほんの微かに目を細めさせた。
バジウッド・ペシュメルとは以前ニグンの口から聞いたことのある名前だった。
バハルス帝国に属する四人の強者たる騎士たちの総称が“四騎士”。バジウッド・ペシュメルという男はその“四騎士”の中でも一番の強さを持ち、“雷光”の二つ名を持つ四騎士のリーダを務める男だった。
しかし何故そんな男から使者が来るのか、ウルベルトには全く身に覚えがなかった。
まさかソフィアと同じように自分たちのことが気に入らないとわざわざ使者を使って喧嘩を売りに来たわけでもあるまい……。
思わず訝しげな表情を浮かべるウルベルトに、ジェクトはどこまでも変わらぬ厳めしい顔つきではきはきと自分の主の意思を口に乗せた。
「先日、主の奥方様や愛人の方々がモンスターの群れに襲われた際、通りがかったあなた方に救われたと伺いました。主はあなた方にひどく感謝しており、直接感謝の言葉を伝えると共に謝礼をお渡ししたいと望んでおられます」
「……………………」
店内にいる誰もがおぉ…と感心したような声を上げる。しかしウルベルトがまず思ったのは、やっぱりマズかったか……という苦々しいものだった。
護衛任務を遂行中の同業者たちを狙って行ったデモンストレーション。あの時も直前に護衛対象が国の軍に所属する人間の親族だと知り、変に目をつけられないかと少々不安を感じてはいたのだ。
今回の申し出が言葉通りの謝礼であればまだいいが、何かしらの狙いがあった場合は少々面倒なことになるかもしれない。
この申し出を受けるか否かを考え、ウルベルトはすぐさま断る方向に持って行くことにした。
「お心遣いは感謝いたします。しかし私どもは本当に通りがかっただけで、本当に奥方様方を命をかけて護っていたのは依頼を受けていた冒険者やワーカーの方たちです。謝礼をして下さるのであれば、どうか我々にではなく、依頼を受けた者たちにお願いします」
一欠けらの迷いも躊躇もなくきっぱりと言い切るウルベルトに、周りの者たちは信じられないというように目を見開かせた。
名声によって客となる依頼主を引き寄せるワーカーにとって、名のある商人や上流階級、国家機関に属する人間と繋がりを持つことは、それだけでも大きな利益となり得る。しかし先ほどのウルベルトの行為は、せっかく舞い込んできた大きな利益をむざむざ他の同業者たちに譲るようなものだ。
ワーカーの世界では同業者とは仲間ではなく、あくまでも互いに蹴落とすべきライバルである。
ライバルに花を持たせるなど普通では考えられない行為であり、その断る理由からも、この場にいる全ての者たちはウルベルトの寛大さに感動すら覚えた。
しかしウルベルトにそれが分かるはずもなく、ただどうやってこの場を切り抜けようかと素知らぬ表情のまま頭を悩ませていた。
「それに、助けた時に既に護衛対象者であった女性の方から謝礼の言葉を頂いています。我々はそれで充分ですので、それをあなたのご主人に伝えてください」
一方的にそれだけを言うと、話は終わりとばかりに軽く頭を下げて踵を返す。
ウルベルトとしてはここでさっさと階段を上がって部屋に逃げ込みたかったのだが、そうはさせまいとばかりにジェクトが慌てて引き止めてきた。
「お、お待ちを! そういう訳にはいきません! 主人は直接会って謝礼したいと仰せです。既に依頼した冒険者やワーカーたちにも謝礼はさせて頂きましたが、あなた方がいなければどうなっていたか分からないと彼らからも伺っております。どうか我が主の顔を立てると思って、受けて頂けないでしょうか」
ジェクトの言葉にこの場にいる全員が再び驚愕の表情を浮かべる。
いくら使者とはいえ、上流階級の人間がワーカーに対してここまであからさまに下手に出たことが未だ嘗てあっただろうか。
誰もが固唾を呑んで成り行きを見守る中、ウルベルトもここまで言われてしまっては下手に断るわけにもいかなくなった。ここで断固拒否しては、逆に何か後ろめたいことがあるのだと宣言しているようなものである。
最初から断るには不利な立場にあったことに内心で苦々しい表情を浮かべながら、ウルベルトは気づかれない程度に小さなため息をついて使者を振り返った。
「………分かりました。そこまで仰られるのであれば、謹んでお受けさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます! それでは、また詳しい日程などについては後ほど改めて知らせを向かわさせて頂きます」
ジェクトは一度深々と頭を下げると、次にはキビキビとした動作で踵を返し、店内を後にした。
残されたのは憮然とした表情を浮かべたウルベルトと、未だ呆然とした表情を浮かべた客たち。しーんっと静まり返った店内。
停滞した空気の中、精神的にどっと疲れたウルベルトは今度こそさっさと部屋に逃げ込むことにした。
無言のまま踵を返し、足早に階段を上り始める。
ユリやニグンがすぐさま気が付いて後を追ってくる中、ソフィアや他の客たちが気が付いた時にはウルベルトたちは既に借りた部屋へと入って扉を閉めた頃だった。
「……〈
ウルベルトの魔法により、豪奢でいて品のある
ウルベルトは勢いよく寝椅子に座ると、深く背を預けながら深く長く大きなため息を吐き出した。身体から無駄な力を抜き、意味もなくこめかみに指を当ててぐりぐりと揉み込む。不機嫌そうに顔を顰めさせ、再び大きなため息を吐き出した。
「……帝国に来た途端にこの騒ぎとは、な。疲労を感じているのは“人化”しているからなのか、それとも精神的にキタのか…」
苛立たしいとばかりに顔を顰めさせながら独り言ちる。
ウルベルトは通常悪魔であるため疲労はなく、飲食も不要である。しかし“人化”している現在では疲労もするし飲食も必要になっていた。飲食の面は飲食不要の指輪を装備しているため問題はないのだが、疲労の面は何も対策をとっていないため皆無というわけにもいかなかった。
しかし今感じているものはどう考えてもただの疲労だとは思えない。どちらかというと精神的なものに思えてならなかった。
もっと考えて行動すれば良かった……と過去の自分を恨みながら、ウルベルトは今はそんな場合ではないと意識して頭を切り替えることにした。
「さて、この短時間に来客が三組も来たわけだが……。ソフィア・ノークランの件は放っておくとして、他の二組に関しては少々考えておく必要があるな」
ウルベルトは長い足を組むと、目の前で跪いた状態でこちらの言葉に耳を傾けているユリやニグンを見やった。
「エルヤー・ウズルスのエルフたちについては問題ないとは思うが、念のため監視を付けるとしよう。バジウッド・ペシュメルの申し出についてはどういった思惑があるのか探りを入れる必要がある。……〈中位悪魔創造〉」
ウルベルトの
「エルヤー・ウズルスのエルフたちの影に一人ずつ潜んで動向を監視しろ。残りの二体はジェクト・カーヴェインの影に潜み、動向の監視と奴らの狙いを探れ」
「畏まりました」
シャドウデーモンたちは一様に頭を下げると、すぐさま自身の影に潜り込んで消えていった。
無言でシャドウデーモンたちを見送るウルベルトに、ユリから控えめに声が掛けられる。
「……もし、本当に善意での謝礼であれば如何いたしますか?」
「そうであれば別にどうもしないとも。ただ友好的な関係を築くだけだ」
了解したように頭を下げるユリに、ウルベルトは小さく目を細めさせながら内心で肩を竦ませた。
流石はカルマ値プラスというべきか、こういう所がカルマ値マイナスの者たちとは違うと半ば感心を覚える。
しかしユリの場合は時々心のケアー的なアフターフォローも必要になってくるかもしれないな…とウルベルトはぼんやりと思考を巡らせた。
このワーカーチームはユリ以外の全員がカルマ値マイナスである。ウルベルトはマイナス値マックスである極悪のマイナス500であるし、ニグンは人間の頃はどうだったのかは知らないが、少なくとも今は
そもそも本来の職場ともいえるナザリック自体がカルマ値マイナスの者が殆どであるためユリがこの状況にストレスを感じているのかは大いに謎ではあるが、しかしケアーをしたからと言って何もデメリットはないだろうから、して損をすることもないだろう。
(そういえば今まではずっと異形になった影響は考えてはいたが、カルマ値による精神的変化も起こっているのか……?)
今まで考えてもみなかった可能性に思わず首を傾げる。
しかし不意に頭の中で何かが繋がったような感覚に襲われ、ウルベルトは反射的に顔を上げて宙に視線をさ迷わせた。
『ウルベルト・アレイン・オードル様』
「シャドウデーモン…? どうした?」
突然の思わぬコンタクトに、ウルベルトは小さく目を見開かせる。無意識に組んでいた足を解くと、背もたれに預けていた背も離して意識を集中させた。
『先ほど再びガゼフ・ストロノーフに動きがありました。リ・エスティーゼ王国の王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと、冒険者だと思われるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと言う女にカルネ村について報告しておりました』
「……王女と冒険者の女? 何故そんな人間に……。カルネ村について何を報告していた?」
『ガゼフ・ストロノーフはどうもカルネ村で起こった一件に関して不信感を持っているらしく、それについて相談しておりました。王女とガゼフ・ストロノーフの依頼により、冒険者の女が属するチームがカルネ村に調査に向かうとのことです』
「………ペロロンチーノに知らせておく必要があるな」
次から次へと起こる問題に顔を顰めさせながら、ウルベルトは勢いよく寝椅子から立ち上がった。
訳もなく窓の方へと歩み寄り、そこから見える街並みを見つめる。
「……ガゼフ・ストロノーフについているのは、確かお前を含めて二体だったな」
『はっ』
「では、一体はそのままガゼフを監視し、もう一体はラキュースとかいう冒険者の女の影に潜め。すぐに新たなシャドウデーモンたちをそちらに向かわせる。協力して監視し、何か動きがあればどちらかが知らせに来い」
『はっ、畏まりました』
シャドウデーモンの返事と共に〈
一つ息をついてそのまますぐにペロロンチーノに〈
「……? 次は誰……」
『ウルベルトさんっ!!』
「うおっ!? …なんだ、ペロロンチーノか。いきなり大声を出すな、驚くだろう。まぁ、丁度良かった。実は俺から連絡しようと……」
『ちょっとっ!! デミウルゴスにどんな教育してるんですかっ!!』
「……あぁん…?」
何度も言葉を遮られるだけでなく喧嘩を売るような発言に、途端にウルベルトの口からドスの効いた声が飛び出てくる。
ユリやニグンがビクッと反応するのも気が付かず、ウルベルトは宙に視線を向けて鋭く睨み据えた。
「……なんだ、いきなり喧嘩売ってんのか…」
『喧嘩は売ってませんけど、ちょっとウルベルトさんに物申したいので明日こっちに来てください!』
「何で明日なんだ……。今でも別にいいだろう」
『今は俺の精神がヤバいんで無理です!!』
「……………………」
堂々と言われてウルベルトは思わず黙り込む。
しかし一度大きく息をついて苛立ちを落ち着かせると、顔を顰めさせながらフンッと鼻を鳴らした。
「……良いだろう、明日そっちに戻る。ただ、くだらない話だったら容赦しねぇからな」
『あっ、明日はカルネ村に行く予定なので、ナザリックじゃなくてカルネ村に来てください』
しれっとそんなことを宣う
この野郎……と内心で苦々し気に吐き捨てながら、しかし何とか了承の言葉を返してウルベルトは〈
「……明日、カルネ村に向かうぞ」
きちんと説明する気力も失せ、ウルベルトはただ力なく一言吐き捨てるのだった。
ウルベルト様のモテ期到来!(笑)
今後、モモンガさんだけじゃなく、ウルベルトさんやペロロンチーノさんにもそれぞれのヒロイン的な存在を作っていく予定です!