世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は少々短いです……。


第25話 人間と異形

 早朝、ユリとニグンを引き連れてナザリックを発ったウルベルトを見送ったペロロンチーノは、現在ウキウキ気分でカルネ村に向かって空を飛んでいた。

 今回供は誰もいない。

 カルネ村はマーレの担当でもあるため本来ならば彼と共に訪問するのだが、今マーレにはアウラと共にトブの大森林の湖以外の場所の探索を命じている。

 久しぶりの単独行動に少し新鮮さを感じながら、ペロロンチーノは見えてきた目的の場所に嬉々として舞い降りていった。

 無事に地面へと着地し、村の様子を見回す。

 復興活動は大分進み、村を囲む柵も簡易なものから頑丈で強固なものへと姿を変えていた。

 いや、もはや柵という生半可なものではない。丸太をそのまま縦に並べて作られているそれは、まるで聳え立つ壁のように鎮座し、村の中と外とを完全に両断していた。まるで何かの要塞のようで、非常に防御力が高くなっていることが窺える。相手が人間の野盗等であれば、一切手出しできずに逃げていくことだろう。

 もはや普通の村じゃなくなったな……と半ば感心しながら、ペロロンチーノは目的の人物に会うために足を進め始めた。

 

 

 

「あっ、これはペロロンチーノ様!」

「こんにちは、ペロロンチーノ様!」

 

 ペロロンチーノの来訪に気が付いて、村の人々が我先にと笑顔と共に声をかけてくる。

 ペロロンチーノは彼らに笑顔と共に手を振るなどして応えながら、しかしその足は一度も止まることなく真っ直ぐにある場所へと向かっていた。

 歩を進めるにつれ、前方から多くの掛け声や風切り音が聞こえてくる。

 少し足の速度を速めて歩いていけば、そこには小さな村には全く似つかわしくないほどの大きく立派な鍛錬場が広がっていた。

 鍛錬場には女子供を含めて実に村人の約半数が集まっていた。その内の三分の二が剣や槍を振るっており、残りの三分の一が弓矢を構えて遠くの的となっているカカシを狙っている。

 全員が真剣な表情を浮かべており、遊んでいる者は誰一人としていない。

 村の中には師事できるような人物は誰もいないのだが、それでも中々に様になっているようだった。

 思わず感心の息を零す中、弓矢を構えている団体の中に目的の人物を見つけてペロロンチーノは翼を羽ばたかせてフワッと空中へと舞い上がった。空高くまでは羽ばたかず、低空飛行で鍛錬場へと向かう。

 

 

「こんにちは。みんな随分と上達したいみたいですね」

 

 彼らを驚かせないように気を付けながら、できる限り明るい声音で声をかける。

 村人たちは驚いたように頭上を見上げ、ペロロンチーノに目を止めると誰もが満面の笑みを浮かばせた。構えていた得物を次々と下ろし、中には得物を持つ手とは逆の手をブンブンと振ってくる者さえいる。

 

「ペロロンチーノ様!」

「おい、ペロロンチーノ様がいらっしゃったぞ!」

「よく来てくださいました、ペロロンチーノ様!」

 

 わぁわぁ歓声を上げる村人たちを見ていると、まるで自分が有名人か何かになったような気分になってくる。

 ペロロンチーノは柔らかな笑みを浮かべると、激しい風圧が彼らを襲わないように気を付けながらゆっくりと地面へと舞い降りていった。

 途端に多くの村人たちに取り囲まれ、少々圧倒されてしまう。

 しかし押し寄せてくる村人たちをかき分けるようにして駆けてきた人物に、ペロロンチーノは圧倒されていたのも忘れて心を弾ませた。

 

「ペロロンチーノ様、いらっしゃいませ!」

「ペロロンチーノ様だー!」

 

 ペロロンチーノの前まで駆けてきたのはエモット姉妹。ペロロンチーノのお気に入りの姉妹であり、彼のハーレム計画の対象でもある少女たちであり、今回の目的の人物でもある。

 咄嗟に抱きしめようと腕を伸ばしかけ、しかしペロロンチーノはすぐさまグッと堪えた。

 ペロロンチーノとしては心のままに少女たちの可愛らしさを愛でたい気持ちは大いにあるのだが、こんな人目が多くある公の場で抱きしめたりしては、流石に二人が恥ずかしがってしまうかもしれない。ただ恥ずかしがるだけならばまだいいが、彼女たちに「ムードがない」とか「女心を分かってない」などと思われて好感度が下がってしまっては元も子もない。

 あくまでも自分は可愛らしい少女たちを愛でる紳士なのだ。

 決してヘタレなどではなく、紳士なのである!

 必死に自分に言い聞かせながら、ペロロンチーノは笑顔と共にエンリとネムの頭に手を乗せて柔らかく撫でた。

 必死に自分に言い聞かせたにも拘らず手を出してしまうあたりどうしようもないのだが、ペロロンチーノは少女たちの手触りの良い髪を撫でながら、力一杯に抱きしめられない無念さに涙を呑むのだった。

 

「ペロロンチーノ様、本日はいつまでいらっしゃるのですか?」

 

 エンリの問いかけと同時に、エモット姉妹から期待するような眼差しを向けらる。彼女たちからの好意的な強い視線に、ペロロンチーノは心が弾むのを止められなかった。

 

「何もなければ今日一日いる予定だよ。エンリちゃんには弓を教える約束をしていたしね」

 

 ペロロンチーノの言葉に、途端にエンリたちの顔が笑みに輝いた。

 早速手ほどきを受けようとペロロンチーノを的の場所へと連れて行くエンリやネムや村人たちに、ペロロンチーノも大人しくそれに従った。

 まずは改めて彼らの腕前を見るべく、弓を扱う村人たちには定位置に並んで立ってもらう。

 ペロロンチーノは剣や槍などを扱う村人たちと共に少し離れた場所に立つと、彼らの姿勢などを注意深く観察した。その際、エンリやネムを特に注視してしまうのはご愛嬌というものなのだろうか。

 何はともあれ、ペロロンチーノの号令で全員が矢をつがえ、弓を構え、弦を引き、的を狙い、最後に矢を放った。

 多くの矢が空を切り裂き、的となっているカカシへと殺到する。しかし矢の多くが途中で力を失い、的に辿り着く間もなく下降を始めて地面へと突き刺さった。的に辿り着いた矢もいくつかあったが、どれも足元部分に突き刺さってしまっている。

 見るからに落胆したり厳しい表情を浮かべる村人たちに、ペロロンチーノは彼らの動きを脳内で何度も再生させながら、どうやって教えていこうかと頭を悩ませた。

 ふと、自分はどうやって弓を構えているだろうか…と疑問が浮かび、アイテムボックスから適当な弓を取り出す。突然どこからともなく現れた弓に村人たちが驚愕の表情を浮かべる中、しかしペロロンチーノは気にした様子もなく無造作に手の中の弓を鋭く構えた。弦を指に引っ掛けて大きく引くと、魔法の矢がどこからともなく現れてペロロンチーノの指の上に沿うように乗せられる。

 ペロロンチーノはう~んと小さく唸り声を上げながら、今の自分の状態と脳内の村人たちの姿勢や動きを何度も比べて分析していった。

 

 

「……まず、みんなは腕や指に力が入り過ぎているんだと思います」

 

 暫く悩んだ後、ペロロンチーノが口にしたのはそんな言葉だった。

 全く指導を受けたことがない者が初めて弓矢を扱う場合、殆どの者が指や腕の力を使って弦を引こうとする。

 しかしそれははっきり言って大きな間違いだ。

 指や腕の力が一切必要ないとは言わないが、この二つの部分での力は、あくまでも支える(・・・)ものなのだ。

 弦を引いて的を狙うにあたり必要なのは肩や肩甲骨、胸筋や背筋、そして肘である。更に全体の体幹と腰と両足を使って矢先がぶれないようにしっかりと全身を支える。

 彼らは普段は農作業といった身体を使う仕事をしているため、正直言って必要な筋肉は既にできていると考えられる。ならば後は、どの部分の筋肉をどれだけ使い、力の配分をどうやってするかが問題だった。それさえ自然体にできれば、弓の腕もかなり上がるはずだ。

 ペロロンチーノは弓の構えを解くと、自分の考えをかみ砕いて分かり易く村人たちに説明していった。時折自分の構えを見せながら、時には相手に弓を構えさせてどこがどういけないのかを指導していく。

 正直ムサい男たちの身体に触れて指導するのは全く面白くなかったが、そこはエンリとネムと必要以上に触れあって癒しを得ていった。

 

「今は矢で的を射るよりも、弓を引く練習を重点的にした方が良いと思います。素引きを中心に自分の構えを練習して身に着けていけば、早い段階で正確に的を射ることもできるようになると思いますよ」

 

 ある程度全員に自分が基本と思うことを説明した後、そう一言付け加える。

 誰もが真剣な表情を浮かべて頷く中、ペロロンチーノは徐にアイテムボックスから一つの弓を取り出した。

 象牙のような皇かな手触りと光沢を持った純白の弓は、ペロロンチーノがエンリのためにウルベルトに懇願して一緒に造った遺産級(レガシー)の弓だった。

 弓の名は“女神の慈悲”。

 使用者の攻撃力や視覚を向上させるだけでなく、レベル差によっての度合いはあれど、矢に貫通能力を付加させる力も持っている。

 これがあれば、何か突然の有事が起こったとしてもエンリの力と助けになってくれるだろう。

 

「エンリちゃんにこれをあげる。何か非常事態が起こったとしても、これがエンリちゃんの力になってくれるはずだ」

 

 ペロロンチーノは両手で弓を持ち直すと、改めてエンリとへと差し出した。

 村人たちが驚愕の表情を浮かべる中、エンリもまた驚きと困惑の表情を浮かべてペロロンチーノと弓を交互に見やる。

 

「えっ、で、でも……こんな素晴らしい物を頂く訳にはいきません!」

「逆に貰ってくれた方が嬉しいんだけど……。それに、ほら、エンリちゃんはネムちゃんを守らないといけないし」

「で、でも……」

「これはエンリちゃんのために作った物だから、エンリちゃんが貰ってくれないんだったら捨てるしかないな~」

「えっ!!?」

 

 ペロロンチーノの本気とも冗談とも分からぬ言葉に、エンリは驚きの声を上げると同時に顔を蒼褪めさせた。こんな素晴らしい物を捨てるなんて信じられない!とその顔にはでかでかと書かれている。

 しかしそれよりも、もし本当にこの弓が捨てられてしまって良からぬ者が拾ってしまったら……という考えが頭に浮かび、エンリは思わず戦慄を覚えた。

 冷や汗の流れる手を握りしめ、ある種の使命感からゆっくりと震える手を差し出す。

 ペロロンチーノは満面の笑みを浮かべると、差し出されたエンリの両手に“女神の慈悲”をそっと乗せた。

 見た目以上の皇かでいて気持ちの良い手触りが掌全体に伝わり、重さも軽くてまるで羽のよう。落とさないように慎重に握り締めれば手に吸い付くようで、まるで昔から握っていたかのようにひどく手に馴染んだ。力が漲ってくるような感覚も感じ取り、本当にすごい物なのだと実感させられる。

 エンリは感嘆のため息を小さく吐き出すと、改めてペロロンチーノに向き直って深々と頭を下げた。

 

「ペロロンチーノ様、こんな素晴らしい物を私のような者に下さって、本当にありがとうございますっ!」

「本当にありがとうございます!」

 

 姉の様子に何を思ったのか、隣に立っているネムも深々と頭を下げてくる。

 他の村人たちも全員が頭を下げてきて、ペロロンチーノは大いに慌ててしまった。

 プレゼント効果でエンリからの好感度上昇を狙っていたのは確かだが、これはあまりにも予想外だ。

 

「ちょっ、やめて下さいよ! 俺としてはみんなと仲良くなれるのは嬉しいですし、エンリちゃんの力になりたいなって思っただけなんだから」

 

 前半部分は村人たち全員に、後半部分はエンリに向けて切実に訴える。

 最初であれば、こんな風に畏まられてしまうのも仕方がないのかもしれない。しかし、できるなら徐々にでももっと気軽い関係になっていきたかった。特にエンリとネムに関しては気軽いどころか、いずれはムフフな関係になれるように奮闘しているのだ。未だ畏まられている状態では、いつ彼女たちを落とせるかも分からない。

 少女たちの心を射止めるためにはどうすべきかと頭の片隅で思考を巡らせる中、不意に頭の中に何かが繋がったような感覚に襲われた。

 

『……ペロロンチーノ様。第七階層守護者のデミウルゴスにございます。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?』

「えっ、デミウルゴス……?」

 

 思っても見なかった予想外の人物からの〈伝言(メッセージ)〉に、ペロロンチーノは思わず驚きの声を零す。

 村人たちが不思議そうな表情を浮かべるのが目に入り、ペロロンチーノは慌てて口を閉ざした。

 

『…えっと、ちょっとだけ待ってもらえないかな? すぐにこっちから連絡するよ』

『畏まりました。お待ちしております』

 

 〈伝言(メッセージ)〉越しでもデミウルゴスが恭しく頭を下げているのが伝わってくる。

 ペロロンチーノは一度〈伝言(メッセージ)〉を切ると、未だ不思議そうにこちらを見つめている姉妹や村人たちを改めて見やった。

 

「ちょーっと急用が入っちゃったので、今日はこれで失礼しますね! 明日また来るので、その時にまた今日の続きをしましょう」

 

 ペロロンチーノの言葉に、途端に村人たちがしゅんっとした表情を浮かべる。

 正直に言って男の項垂れた表情など全く萌えないのだが、エンリやネムのしゅんっとした表情は非常に可愛らしくて非常に萌える。

 美少女は尊い…と内心で連呼しながら、ペロロンチーノはそっと彼女たちへと手を伸ばした。エンリやネムを慰めるように、エンリの肩とネムの頭にそれぞれ手を乗せる。

 

「ほらほら、そんな顔しないで。明日も絶対来るから!」

「……はい。ありがとうございます、ペロロンチーノ様」

「絶対に来て下さいね、ペロロンチーノ様!」

 

 ぺこりと頭を下げるエンリの隣で、ネムが寂しそうな表情を浮かべて足に縋りついてくる。

 ペロロンチーノはネムの可愛らしい仕草に内心で血反吐を吐いて完全にノックアウトされた。もはや心の中のペロロンチーノは萌えによる瀕死状態である。

 しかしこのまま倒れ込んでデミウルゴスを待たせるわけにもいかなかった。

 いつまでも待たせていては彼を心配させて悲しませるかもしれないし、彼を悲しませてしまえば、もれなく彼の創造主(父親)である山羊悪魔を烈火の如く怒らせかねなかった。大人げないところのある彼を怒らせてはこちらの命が危ないし、正直こんなことで命の危機など御免蒙りたかった。

 ペロロンチーノはエンリの肩とネムの頭をそれぞれ優しく一撫ですると、次には手を離して一、二歩彼女たちから距離をとった。自分に近づかないように注意し、背の四枚二対の翼を大きく広げる。

 ペロロンチーノは大きく翼を羽ばたかせると、そのまま勢いよく上空へと舞い上がった。

 念のため少々空を飛んでカルネ村から遠ざかり、そこで漸く何もない上空で停止する。

 ペロロンチーノは一度大きく深呼吸すると、何となく気合を入れてデミウルゴスへと〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

「……あー、待たせて悪かったな、デミウルゴス」

『とんでもございません! お忙しい中お邪魔をしてしまっただけでなく、ペロロンチーノ様の御手を煩わせてしまうとは! このデミウルゴス、いかな処分でも受ける所存でございます』

「いやいやいや、そこまでしなくて良いから。俺もそんなに気にしてないから」

 

 意気込んで言ってくるデミウルゴスに思わず焦りと共に冷や汗が流れる。

 第一、こんな事で彼を処罰しようものなら、それこそあの親馬鹿が黙っている筈がない。

 折角回避できたであろう死亡フラグを無意識に再び立てようとする最上位悪魔(アーチデビル)に、ペロロンチーノは慌てて再び死亡フラグをへし折りにかかった。

 

「そ、それより! 〈伝言(メッセージ)〉の用件は何だったんだ?」

 

 ペロロンチーノの必殺技、“無理やり話題逸らし”が発動する。

 ユグドラシル引退前までは実の姉によって尽く看破されることの多かったこの技は、しかしどこまでも主たちに忠実な悪魔に対しては効果抜群だった。

 

『はい、実は未だ低位の魔法のみではございますが、巻物(スクロール)の作製に成功いたしました』

「おおぉっ!!」

 

 思ってもみなかった朗報に、ペロロンチーノは思わず大きな声を上げていた。

 モモンガやウルベルトがどう考えていたのかは分からないが、少なくともペロロンチーノは正直もっともっと時間がかかるか、そもそもユグドラシルレベルのアイテムの作製方法は見つからないだろうと思っていた。

 しかしデミウルゴスはそれを見事にやり遂げたのだ。これはやはり、ナザリック一の頭脳の持ち主であるが故の成果なのだろうか。

 素直に感嘆の声を上げるペロロンチーノに、〈伝言(メッセージ)〉越しの悪魔の声にも抑えようのない喜色が宿っていた。

 

『多くの獣や魔獣では中々上手くいかなかったのですが、ウルベルト様に頂いた人間を使ったところ、低位での魔法の巻物(スクロール)を作製することに成功したのです!』

 

「……えっ…」

 

 勢い込んで嬉々として話すデミウルゴスに、しかしペロロンチーノは一瞬思考が停止した。

 “ウルベルト様に頂いた人間”という言葉が頭の中をグルグルと回り渦を巻く。

 昨日ウルベルトが言っていた言葉も思い出して、ペロロンチーノは思わず顔を大きく引き攣らせた。

 

(………えっと、それって…、もしかしなくてもエルヤーって奴の事だよな……? ……えっ、人間で巻物(スクロール)って……皮でも剥がしたのか……!?)

 

 ついつい嬉々とした笑みを浮かべたデミウルゴスに皮を剥がされている顔も知らぬ人間の男の姿を想像し、一気にげんなりとしてしまう。

 男に対しては別段何も思うことはないけれど、自分たちがこれから辿る未来が明確に見えた気がしてペロロンチーノは諦めにも似た脱力感に襲われた。

 

 自分もモモンガもウルベルトも、元は唯の人間だったというのに次の瞬間には異形種となっていた。

 周りにも異形種しかおらず、それに疑問も違和感さえも感じることはなかった。

 身体だけでなく、精神までもが異形へと変化していくのを感じていた。

 それに対してどうこう言うつもりはペロロンチーノとてない。

 隣にモモンガとウルベルトがいて、周りに大切なNPCたちがいて、彼らと共にずっと笑顔でいられるならそれで良かった。

 けれど……――

 

 

『――…流石はウルベルト様、叡智高き至高の御方の御一人! ウルベルト様はこうなると予想されてあの人間を私にご下賜下さったに違いありません!!』

 

(……いや、絶対にウルベルトさんも予想外だったと思うよ…。)

 

 内心でデミウルゴスにツッコミながら、ペロロンチーノは頭の片隅で思考を巡らせた。

 恐らくこれを機に、より多くの巻物(スクロール)を手に入れるために大掛かりな人間狩りが行われることだろう。そして自分もモモンガもウルベルトも、異形種になったことでそれに対して何も感じることはないのだろう。いや、ウルベルトの場合は嬉々として協力さえしようとするかもしれない。

 そこまで分かっていながらもやはり何も感じない自分に言いようのない複雑な感情を抱きながら、どんどんと人間の敵らしい異形になってきた自分たちに対してペロロンチーノはどうにも苦笑を禁じえなかった。

 

 

『ですが、あの人間の皮だけが特別だったのか、それとも他の全ての人間でも問題なく巻物(スクロール)の作製が可能なのかは未だに分かっておりません。ですので、近くにある幾つかの人間の村から素材を集め、実験と供給を始めようと考えております』

 

(………やっぱりか……。)

 

 全くの予想通りの展開に、もはやため息も出やしない。

 しかし不意にあることに思い至り、ペロロンチーノはハッと小さく目を見開かせた。

 

「ちょっと待て。それって、女性や少女も全員か……?」

『……? はい、そのつもりでおりますが……』

 

 頭の中に、困惑したようなデミウルゴスの声が響いて消える。

 一瞬頭の中にエンリやネムの可憐な姿が蘇り、ペロロンチーノは思わず兜の中で目をギラリと光らせた。

 

「…駄目だ、却下だ、許可できない。取り敢えず、今は他の村には手を出すな。エルヤーとかいう男から死なない程度に巻物(スクロール)を作り続けろ」

『は、はい。……畏まりました』

 

 デミウルゴスの声音が心なしか沈み、プツリッと〈伝言(メッセージ)〉が途切れる。

 ペロロンチーノは沸々と昂ぶる感情を持て余しながら、どうしようもなく大きなため息を吐き出した。

 デミウルゴスが襲ったかもしれない村にいたかもしれない美女や美少女を思うと、エンリやネムの影が重なって言いようのない怒りのような感情が湧き上がってきてしまった。

 唯の想像で怒りをぶつけるなど八つ当たりも甚だしいとは自分でも思うけれど、ペロロンチーノは自分の感情を上手く制御することができなかった。

 取り敢えず、これは彼の保護者であるウルベルトにも知らせた方が良いだろう。

 ペロロンチーノは未だ兜の中で顔を顰めさせながら、こめかみに指を当てて〈伝言(メッセージ)〉を発動させた。

 数秒後〈伝言(メッセージ)〉が繋がり、ウルベルトの声が聞こえたとほぼ同時に再び感情が爆発する。

 

『………次は誰……』

「ウルベルトさんっ!!」

『うおっ!? …なんだ、ペロロンチーノか。いきなり大声を出すな、驚くだろう』

 

 ウルベルトの声がどこか呑気に聞こえて苛立ちが募る。

 

「ちょっとっ!! デミウルゴスにどんな教育してるんですかっ!!」

『……あぁん…?』

 

 途端にウルベルトの声がドスの効いた荒っぽいものへと変わる。

 どうやら彼の地雷を踏み抜いてしまったことに気が付いて、ペロロンチーノは何とか感情を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

 

『……なんだ、いきなり喧嘩売ってんのか…』

「喧嘩は売ってませんけど、ちょっとウルベルトさんに物申したいので明日こっちに来てください!」

『何で明日なんだ……。今でも別にいいだろう』

「今は俺の精神がヤバいんで無理です!!」

『……………………』

 

 堂々とそう言えば、呆れたのかウルベルトが無言になる。

 暫く互いに無言が続き、数十秒後に〈伝言(メッセージ)〉からウルベルトの大きなため息の音とフンッと鼻を鳴らす音が聞こえてきた。

 

『……良いだろう、明日そっちに戻る。ただ、くだらない話だったら容赦しねぇからな』

「あっ、明日はカルネ村に行く予定なので、ナザリックじゃなくてカルネ村に来てください」

 

 ついさっきエンリたちと交わした約束のことを思い出し、すぐさま場所指定を付け加える。

 ウルベルトは再び無言になると、暫くして苦々しい声音での了承の言葉を返してきた。

 ペロロンチーノは一言礼を言うと、〈伝言(メッセージ)〉を切った後に再び大きなため息を吐き出した。

 自分の感情を上手く制御できず、ペロロンチーノはここで漸く冷静になって酷い自己嫌悪に陥った。

 

「………あー、これはマズい…。何とかしないと本当にマズい……」

 

 何としてでも自分の感情を制御できるようにならなければ、いずれ本当にマズいことになりかねない。

 ペロロンチーノはどうしたものかと頭を抱えながら、それと同時に八つ当たりしてしまったデミウルゴスやウルベルトにどうやって謝ろうかと頭を悩ませるのだった。

 

 




弓矢に関しては聞きかじった知識と私の想像によるものです。
もし間違っていたら申し訳ありません……。
その際は教えて頂ければ幸いです!

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