話がなかなか進まず、申し訳ありません……(滝汗)
ペロロンチーノから連絡を受けた日の翌日。
ウルベルトは複数の
未だ夜の闇を孕んだ薄闇の中、馬の形をした漆黒が猛スピードで駆け抜けていく様は異様な迫力を醸し出す。しかし幸いなことに彼らを見る者は誰もおらず、ウルベルトたちは人通りのない大通りを駆け抜け、権門を潜り、街道を通って不穏な空気を漂わせている平野へと突き進んでいった。
今はまだ自分たちの時間だ…とばかりに、平野には多くのアンデッドたちが犇めいている。
しかしそれらのどれもがウルベルトたちの妨げになりはしなかった。
次から次へと襲い掛かってくるアンデッドたちに、ウルベルトたちを乗せたジャージーデビルたちは迷うことなく容赦なく漆黒の巨体をぶつけて突進していく。拳も棍棒も剣も全てが歯が立たず、アンデッドたちは勢いよく弾き飛ばされ、前足に踏み潰され、後ろ足で蹴り上げられる。ジャージーデビルたちが一歩足を踏み出す度に鈍い音が平野中に響き渡り、腐敗した肉片や骨の欠片が宙を舞った。
しかし恐れというものを感じないアンデッドたちは一切動きを止めることはない。
まるで煩わしいとばかりにブルルッと低く嘶くジャージーデビルに、ウルベルトも小さく目を細めさせた。ジャージーデビルたちには速度を落とさせぬまま駆けさせ、左手で手綱を握りしめて右手を前方へと突き出す。
「〈
瞬間、ウルベルトを中心に破壊の衝撃波が前方へと放たれた。大きな扇状に展開された衝撃波は次々とアンデッドたちを吹き飛ばし、勢いよく薙ぎ払っていく。
粉々になったアンデッドたちの成れの果ての上をジャージーデビルたちが何の迷いもなく駆け続け、蹄に踏み潰された肉片や骨が小さな音を奏でてはウルベルトたちの耳に入る前に遠ざかって消えていった。
彼らの耳に届くのはジャージーデビルたちの蹄の音と自分たちの息遣いの音のみ。
ウルベルトたちは一度も休むことなく、ただ一直線に平野の中を駆け抜けていった。
しかし如何に休みを取らなくとも、如何に足の速いジャージーデビルであったとしても、リ・エスティーゼ王国の辺境にある村まで行くにはそれなりに時間がかかる。
ウルベルトたちが漸く目的地であるカルネ村に到着したのは夜も近い夕暮れ時だった。
カルネ村に到着したウルベルトたちは、駆け足から速足へと速度を落とさせながらカルネ村へと歩み寄っていった。しかし目の前に聳え立つ多くの丸太を連ねて造られた立派過ぎる壁を見上げると、ウルベルトは思わず呆れの色を宿した大きなため息を吐き出していた。
同じ人間の手によって大量虐殺を経験した村人たちの気持ちも分からなくはないが、この壁はどう考えても過剰防衛過ぎると言えた。
これでは唯の村だと言い張ったとしても説得力など皆無である。むしろ怪しんでくれと言っているようなものだ。
王女と王国戦士長の依頼により冒険者一行がこちらに向かってきている今、この立派過ぎる防壁ははっきり言って不味い代物の何物でもなかった。
しかし、何はともあれペロロンチーノと話をしなくては何も始まらない。
ウルベルトはどうやって入ったものかと一瞬迷ったものの、取り敢えずペロロンチーノに〈
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!!」
普通であればこういった大きな防壁の上には見張り台のような物があるはずなのだが、目の前の壁の上にはそういった物は一切見当たらなかった。未だ建設途中な雰囲気が漂っているため、もしかすれば今後作る予定なのかもしれない。
しかし何とも不便だな…と村人たちに声が届いたかも分からず内心でため息をつく中、不意に大きな門が内側から動き始めてウルベルトはそちらへと目を向けた。
地響きのような重く大きな音と共に門が開いていき、中から複数人の村の男たちが姿を現す。
ひどく警戒しているのか、彼らは一様に顔を顰めさせ、腰の剣に手を添えていた。
どう考えても過剰反応だと思えるような彼らの様子。
ウルベルトは何故ここまで彼らに警戒されるのかが分からず、思わず小さく首を傾げていた。
「……失礼ですが、あなた方は一体どなたで、何の目的でいらっしゃったのでしょうか?」
村人の一人が顔を顰めさせたまま名前と目的を問いかけてくる。
ウルベルトは咄嗟に口を開きかけ、そこでふと動きを止めた。
そういえば彼らには自分の名前も教えておらず、この人間の姿も見せたことがなかったことに思い至る。
彼らが相手であれば別に人化を続ける必要もないだろうと判断すると、ウルベルトは思わず小さな笑みを浮かばせた。
しかし彼らはウルベルトが何故いきなり笑みを浮かべたのかが分からず、訝し気な表情を浮かべてくる。
「………何が面白いのでしょうか?」
「……あぁ、失礼。別に君たちを笑ったわけではないから気にしないでくれたまえ。……そう、それよりも、私たちが誰で何故ここに来たのか、だったな」
ウルベルトはそこで一度言葉を切ると、軽く右手を掲げてそのまま何かを振り払うような素振りを見せた。
瞬間、〈無限の変化〉が解けて人間の姿が揺らめき、次には山羊頭の悪魔がそこに立っていた。
村人たちの目が限界まで大きく見開かれる。
「あ、貴方様は……っ!!」
「改めて名乗らせてもらおう。私の名はウルベルト・アレイン・オードル。ここにいるはずのペロロンチーノに用があって来た」
村人たちは慌てて剣から手を離すと、ピシッと背筋を伸ばして90度近くまで深々と頭を下げてきた。
「たっ、大変失礼しました! まさかあなた様だとは気が付かず……!!」
「いやいや、構わないとも。君たちは私の人間での姿は知らなかったわけだしね……。それよりも、ペロロンチーノの元に案内してもらえるかな?」
「は、はい! 勿論です!! こちらに……」
「その必要はありませんよ」
村の中へと招く男たちの声を遮るようにして、聞き慣れた声が聞こえてくる。
聞こえた方向へと目を向ければ、そこには他の村人たちを背後に引き連れたペロロンチーノがこちらに歩み寄ってくるところだった。
「……早かったですね、ウルベルトさん」
「どうにも昨日の君の様子がおかしかったものだからね。何やら非常に気になることも言っていたし……」
ウルベルトの言葉が途中でフツ……と途切れる。
ペロロンチーノとウルベルトは互いに向かい合うように見つめ合うと、瞬間、何とも言えぬ緊迫感が両者から漂い始めた。二人はただ見つめ合っているだけだというのに、まるで剣を突き付け合っているかのようにどんどんと空気が張り詰めていく。
一体何事かと村人たちが大きな困惑と小さな怯えを表情に浮かばせた、その時……。
「………ウルベルトさん、…本当にすみませんでしたっ!!」
「「「っ!!?」」」
突然の大声と共にとったペロロンチーノの行動に、村人たちは勿論の事、不穏な空気を漂わせていたウルベルトさえも驚愕に大きく目を見開かせた。
彼らの視線の先ではペロロンチーノが地面に蹲っており、両手を顔の両側の地面に付いて深々と頭を下げて額を地面に擦り付けていた。
そう、ペロロンチーノはウルベルトへ“土下座”していたのである。
「えっ、ちょっ、何を……っ!!」
今までの口調をかなぐり捨てて、ウルベルトが大慌てでペロロンチーノの元へと駆け寄る。
まさか彼がこんな行動を取るとは思わず、急いで屈み込んで半ば無理矢理ペロロンチーノの上体を起こさせた。
「おっまえ、何やってんだ!!」
「……いや、昨日のことを謝ろうと思って…」
「だからって土下座なんかするな!!」
ウルベルトは大きなため息を吐き出すと、やれやれとばかりに頭を振った。
ペロロンチーノの腕を掴んで無理矢理地面から引きずり上げると、そのまま立ち上がらせる。
少し抵抗したものの何とか立ち上がったペロロンチーノを確かめると、ウルベルトはもう一度、今度は内心で大きなため息を吐き出した。
ウルベルトとて馬鹿ではない。
〈
この様子では、どうやらその推測が当たっていたようではあるが……。
「とにかく少し場所を変えるぞ。流石にここでするような話ではないだろう」
「そう…ですね……。そうしましょう」
ペロロンチーノは小さく頷くと、心配して声をかけてくる村人たちを落ち着かせながらウルベルトを村の奥へと誘った。ウルベルトも一つ頷き、後ろにユリとニグンとジャージーデビルたちを引き連れてペロロンチーノの後に続く。
彼が案内したのは村の最奥にある小さな丘のようになっている場所で、その上からは辺境の村にある物とは思えないほどに立派な鍛錬場が見下ろせた。
ペロロンチーノとウルベルトは横に並んで立ち、二人から少し離れた場所にユリとニグンとジャージーデビルたちが控えるように立っている。
ペロロンチーノは鍛錬場を何とはなしに見つめながら、ポツリポツリと昨日デミウルゴスから受けた報告の内容と、それを受けた時の自分の感情について説明していった。
覇気のない声や小さく肩を落として若干猫背になっている姿に、如何に彼が申し訳なく思っているのかが伝わってくる。
ウルベルトはペロロンチーノの話を黙って聞きながら、内心ではどうしたものか…と頭を悩ませていた。
話を聞く限り、ペロロンチーノが反応した部分はデミウルゴスが襲おうとした人間の村に彼が愛すべき美女や美少女がいるかもしれないという一点のみだ。
何とも欲望に忠実なペロロンチーノらしいと笑いそうになってしまうが、今後その欲望によってあらゆる行動に支障が出るようなら真剣に考えていかなければならないだろう。
「………ついカッとなってしまって、ウルベルトさんやデミウルゴスには悪いことをしてしまいました。本当に、申し訳ない」
「あー、まぁ、それはもう良い。恐らく精神の異形化も大いに関係しているんだろうからな。ただ、今後恐らく高い確率で
「……………………」
恐らく今夜行われる定例報告会議で、デミウルゴスは
悪魔となったことで人間に思い入れなど欠片もなくなった自分は勿論の事、アンデッドとなったことに加えて“アインズ・ウール・ゴウン”を第一に考えるモモンガも恐らく反対することはないだろう。ならば、例え多数決を採ったとしても2対1で確実にペロロンチーノが負けることになる。
「………はぁ、こんな事になるなら俺もアンデッドや悪魔を選択すれば良かった…」
「いや、どちらにしろ同じだったと思うぞ。確かに種族によって欲望の大きさは違うだろうが、アンデッドだろうが悪魔だろうが、お前はあまり変わらなさそうだ」
それに美女や美少女に無関心なペロロンチーノなど、ペロロンチーノではないような気がしてきてしまう。
「……えー、それじゃあどうすれば良いんですか~」
「別にどうもしなくて良いんじゃないか? お前がテンパったのも、まだ精神の異形化にお前自身が慣れていないせいっていう可能性もあるからな。時が経てば、ある程度はお前自身で制御できるかもしれない」
「う~ん、だと良いんですけど……。そう言うウルベルトさんは平気なんですか?」
「俺はそもそも人間自体が好きじゃなかったからな。別に違和感は感じないし、悪魔になれて嬉しい限りだよ」
フンッと鼻で笑って嘲りの笑みを浮かべるウルベルトに、ペロロンチーノは苦笑を浮かべて呆れたように緩く頭を振った。
一度大きく息をつき、しかしどこか項垂れた様に考え込む。
どうにも元気がないペロロンチーノを見やり、ウルベルトは笑みを引っ込めて小首を傾げながらその鳥頭の横顔を見やった。
「そういえば、シャルティアの事はどうなんだ? ぶっちゃけシャルティアとくっついちまえば多少落ち着くんじゃないか?」
ウルベルトにとってのデミウルゴスがユグドラシルでの情熱とウルベルト自身の理想を全て注ぎ込んで創り上げた最高傑作の息子ならば、ペロロンチーノにとってのシャルティアとは彼のありとあらゆる理想と欲望と情熱の全てを注ぎ込んで創り上げた完璧な花嫁だ。そんな彼女であれば、ペロロンチーノの多すぎる理想や変態過ぎる欲望や深すぎる情熱を嬉々として受け入れ、彼を満足させることもできるのではないだろうか。そうなれば必然的にペロロンチーノのハーレム計画への情熱や数多の美女や美少女たちへと向ける欲望も少なからず治まっていくかもしれない。
一縷の希望的推測を交えながら問いかけるウルベルトに、しかしペロロンチーノはまた背を猫背にしてちょんっちょんっと両手の人差し指の先をくっつけては離すという動作をし始めた。
「……いや、確かにシャルティアは俺の理想の嫁ですけど…。あの子にはまだ手が出せないっていうか、…その余裕がないっていうか……」
「余裕がない……?」
ペロロンチーノの言っている意味が分からず、ウルベルトは更に首を傾げる。
ペロロンチーノは暫くモゴモゴと話すことを躊躇していたが、次には大きなため息を吐き出して鬱陶しい動きを繰り返していた両手をバッと元に戻した。
「ああぁぁ、もうっ!! …だから、今シャルティアに手を出したら、それこそ暴走しそうで嫌なんですよ!!」
やけくそ気味に大声を上げるペロロンチーノに、ウルベルトは思わず呆然とした表情を浮かべて目を瞬かせた。山羊頭であるはずなのに、何言ってんだこいつ……と書かれているのが良く分かる。
しかしペロロンチーノにとってはとてつもなく深刻な問題だった。
ウルベルトの言う通り、シャルティアはペロロンチーノの理想の花嫁だ。彼女が目の前にいるだけで、ペロロンチーノのありとあらゆる欲望が激しく疼く。しかしその疼きに少しでも身を任せてしまえば、ペロロンチーノは自分を抑えられる自信がなかった。
もし一度でもシャルティアに手を出してしまえば、何日、何週間、何か月でも自分は彼女と共にいつまでも欲望のままに自堕落な時を過ごすことになる自信があった。
「……絶対モモンガさんやウルベルトさんに怒られると思って、ずっと我慢してるんですよっ!」
「………はあ……」
必死に力説するペロロンチーノに、しかしウルベルトは呆けた返事しかできなかった。
しかし、彼からの話を聞いて理解したことが一つあった。
恐らくではあるが、彼が些細なことにも過剰反応してしまうのはシャルティアへの欲望を抑え込んでいるせいでもあるのかもしれない。
バードマンとなったことで大きくなり過ぎた欲望は、いつも出口を求めて荒れ狂う。そして時として、ほんの些細なことで爆発する。
しかし、かといって彼に安易にシャルティアを委ねる訳にもいかなかった。
彼の言う通り、何日も何週間も何か月もナザリックの一室に立てこもって出てこないなんてあり得ない。
これはモモンガさんと要相談だな…と内心で結論付けると、ウルベルトは取り敢えずこの話はここまでにすることにした。
「……そうだ、俺からもお前に話しておきたいことがあったんだった」
「うん? なんですか?」
大分落ち着いたのか、ペロロンチーノは不思議そうに小首を傾げてくる。
「恐らく明日にでも冒険者がカルネ村を調査しに来るぞ」
「……は……?」
思ってもみなかった言葉だったのだろう、ペロロンチーノの口から呆けたような声が零れ出てくる。
意味が分からないとばかりに更に首を傾げるペロロンチーノに、ウルベルトは掻い摘んで簡単に
ペロロンチーノは“王女”という言葉に多少反応したものの、後は険しい表情を浮かべて無言でウルベルトの話に耳を傾けていた。
「……う~ん、上手く誤魔化せたかと思ってたんですけどね~。あのガゼフって人、中々に鋭いな」
「それで何で王女って奴に相談するのかは謎だがな……。とにかく、あの見るからに頑丈そうな防壁はマズいぞ。疑ってくれってこちらから言ってるようなもんだ」
「ウルベルトさんの言うことも分かりますけど、あれはみんなが頑張って作ったものだしな~。俺がどうこう言えるもんじゃないですよ」
「……かといって、放っておいて万が一俺たちの存在がバレても不味い。あの防壁をそのまま残すなら、何かしら手を打つ必要があるぞ」
「そうですね……。とにかく、村のみんなには俺の方から伝えておきます。今夜は丁度定例報告会議がありますし、モモンガさんにも相談してみましょう」
「そうだな……」
ウルベルトとペロロンチーノは互いに顔を見合わせると、まるで示し合わせたかの様に同時に大きなため息を吐き出した。
「………そういえば、ラキュースっていう女冒険者って可愛いんですかね?」
「………………知るか……」
静寂の中、ポツリと呟かれたバードマンの言葉に、山羊頭の悪魔は再び大きなため息をつきながら片手で頭を抱えるのだった。
*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈破壊の風〉;
第五位階魔法。〈衝撃波〉の上位魔法。前方へ向けて扇状に破壊の衝撃波が放たれる。