世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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これまでの至高の御方々の行動や今後の方針について、NPCたちはどう思っているのか…という質問やご意見を頂きましたので、幕間という形でUPさせて頂きました!
その分、話が進まず遅くなってしまうのですが、そこは許して頂ければ幸いです……(汗)


幕間 定例守護者会議

 今回の定例報告会議が終了し、モモンガたちが三人だけで話し合いを行っている頃……。

 円卓の間を辞したアルベドはモモンガたちの許可の元に与えられた自室へと足早に向かっていた。

 回廊を行き来するメイドや警備のシモベたちに頭を下げられるのも構わず、まるで駆け足一歩手前の速度で歩き続ける。そして漸く目的の扉が見えてきた瞬間、自室ということもありノックすることなく勢いよく扉を開いた。

 

「あっ、アルベドやっと来た! 遅いよ~」

 

 扉を開いたとほぼ同時に室内からかけられた高い声。無人であるはずの部屋には大小様々な八つの影が佇んでおり、しかしアルベドは全く驚くことなく柔らかな微笑みさえ浮かべていた。

 

「あら、ごめんなさい。これでも急いできたのだけれど……。御方々とのお話しも我慢してきたのよ」

「それは私たちも同じでしょう! 私だってモモンガ様やペロロンチーノ様やウルベルト様とお話ししたいのを我慢してここにいるんだから!」

「同意するのはちょっとだけ癪だけれど、オチビの言う通りでありんす」

「……えぇっと、えっと…ぼ、僕もお話し、したかったです……」

 

 アルベドの一言にも幾つもの返答が返ってくる。

 アルベドの部屋にはアウラ、マーレ、シャルティア、デミウルゴス、ユリ、シズ、エントマ、ニグンといった、先ほどの定例報告会議に参加した殆どの者たちが揃っていた。

 

「……まぁ、そのくらいにしても良いんじゃないですかね。ここにいる者の中にはあまり時間が無い者もいるでしょうし、アルベドも来たことですので早速始めませんか?」

 

 少なからず不満の表情を浮かべるアウラとマーレとシャルティアを嗜めるのはデミウルゴス。彼女たちは悪魔の言に渋々頷くと、部屋の主であるアルベドの勧めに従って一つのテーブルを囲むように守護者たちが席に着いた。テーブルのすぐ側にはいつの間に用意されたのか大きなホワイトボードが置かれており、まるで教師のようにユリとシズとエントマとニグンがホワイトボードのすぐ側に立った。

 

「それではこれより、守護者による定例会議を行います」

 

 全員が準備万端な様子を見やり、先ほどの定例報告会議の時と同じようにアルベドが司会進行役として会議の開始を宣言する。

 今から行われるのは通称・定例守護者会議。

 以前の定例報告会議でモモンガから今後自分たちの意見も言うようにと命じられたアルベドたちは、定期的に守護者同士で話し合う場を設けることにした。それがこの“定例守護者会議”である。

 ここではただ単に意見を出し合って検討し合うのではなく、自分たちの疑問も吐露して話し合うことによって、少しでも至高の御方々の意思や思惑を理解するという目的も含まれている。そのため、まずは疑問に思っていることや意見したいことをホワイトボードに書き並べ、その後にそれらについて一つ一つ話し合うという形式をとっていた。

 書記を務めるのはシズ。

 エントマは今回不参加であるコキュートスへ会議内容を報告するためにこの会議に参加していた。

 

「ねぇ、会議を始める前に一つ気になることがあるんだけど。シズやエントマは分かるとして、何でユリやこいつもいるの?」

 

 すぐに話し合いを始めようとするアルベドを押しとどめ、アウラがユリとニグンへ疑問の眼差しを向ける。

 反射的に守護者たちの視線がユリとニグンに向けられる中、二人が口を開きかける前に二つの声がアウラの疑問に即座に答えた。

 

「あぁ、ユリは私が呼んだのよ。後でウルベルト様のお話を聞こうと思って」

「ニグンを呼んだのは私だよ。厳密に言えば、用があるのは彼ではないのだが……、まぁ、それについては最後に説明するとしよう。今は気にする必要はないよ、アウラ」

 

 それぞれ返答したのはアルベドとデミウルゴス。

 この場では最も優れた頭脳を誇る二人の言に、この場にいる者たちは疑問の色は拭えなかったものの一先ずはこれ以上の追及はしないことにした。

 アウラが二人の言葉を了承するように一つ頷き、漸く会議が開始される雰囲気になっていく。アルベドがホワイトボードに書き連ねられている文字の羅列に目をやれば、自然と他の者たちもホワイトボードへと目を向けた。

 

「では、上から順に協議を行っていきましょう。まずは『モモンガ様とウルベルト様による、冒険者やワーカーでの活動の目的について』ね。この議題を出したのは私なのだけれど……」

「まさか、疑問として出したのではないだろうね、アルベド?」

「ええ、勿論よ、デミウルゴス。これは疑問としてではなく、みんなに誤解なく理解してもらうために出した議題なのよ」

「えっと…、ど、どういうことですか……?」

 

 どこか不安そうに問いかけるマーレに、アルベドは落ち着かせるように柔らかな微笑を浮かべてみせた。

 

「御方々が冒険者やワーカーとして外界へ行かれることを決められた時、御方々はこの世界の情報を集めるためだと仰られていたのを覚えているかしら?」

「も、勿論です……!」

「当り前でしょう!」

「至高の御方々の御言葉を忘れるなんて、あり得ないことでありんすよ」

 

 マーレとアウラとシャルティアが間髪入れずに言葉を返してくる。他の面々も無言ながらも“当然だろう”という表情を浮かべていた。

 

「ええ、そうでしょうね。勿論、私もそれについては疑ってはいないわ。……問題なのは“本当に目的はそれだけなのか”という点よ」

「……ああ、そういうことですか」

 

 アルベドの意味深な言葉に、デミウルゴスが納得したような声を零す。

 一方、先ほどすぐさま声を上げたマーレ、アウラ、シャルティアの三人は不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「一体どういう意味?」

「良いですか。御方々は外界に出る以前に、玉座の間で我々にこの世界を支配することを宣言されました。つまり、モモンガ様やウルベルト様が冒険者やワーカーとなったのも、外界の情報を集めてくるという目的の他に、世界征服への布石も含まれているということです」

 

 まるで生徒に教える教師のようにデミウルゴスが分かり易く説明していく。

 途端に驚愕の表情を浮かべるアウラたちに、アルベドは満足そうな表情を浮かべた。

 

「デミウルゴスの言う通りよ。恐らく名声を高めようとしていらっしゃるのもその理由の一つでしょうね。人間であろうと異形種であろうと、強い者に惹かれるのは必然。そして脆弱な下等生物である人間は、時として身を守るために無意識に強い者へと依存する。モモンガ様とウルベルト様は、“冒険者モモン”と“ワーカーのレオナール”という最高級の手駒を自らお造りになっていらっしゃるのよ!」

 

 話しているうちに興奮してきたのか、気が付けばアルベドは鼻息荒く目を爛々とギラつかせていた。白皙の頬は薔薇色に染まり、まるで肉食獣のような貪欲でいて濃厚な色気が全身から溢れ出している。

 

「……嗚呼、流石は叡智高く絶対者たる至高の御方々……! 一つの行動で幾つもの策や布石を敷かれる見事な手腕! 考えただけで身体中が熱くなってくるわっ!!」

 

 うっとりとした表情で熱い吐息を吐き出すアルベドに、他の面々は誰もがドン引いた表情を浮かべて遠巻きにアルベドを見やった。

 

「……あー、君の言葉には概ね同意見だがね。さっさと正気に戻ってくれるかな?」

「………私、アルベドの興奮するポイントが分からなくなってきたんだけど…」

「ふむ…、恐らく御方々と接する機会が少なくなったために色々と暴走してしまっているのだろうねぇ……」

 

 アウラやデミウルゴスにしてみれば、自分たちの素直な感想や意見を述べただけである。しかしそれらの言葉が予想以上にアルベドの琴線に触れ、瞬間、グリンっと首を大きく動かしてアルベドがアウラやデミウルゴスを振り返ってきた。

 金色の瞳には殺気や怒気といった不穏な気配は宿ってはいなかったが、アウラもデミウルゴスも思わずビクッと身体を大きく震わせた。

 

「だって…、仕方がないじゃない! 私は淫魔(サキュバス)なのよ! 愛のために生きる種族なのに、愛しい御方々の御側近くに侍るどころか接する機会すら少なくなってしまっているんですもの!! 嗚呼、愛しい至高の御方々様ぁぁっ!」

 

「………ちょっと、これって本当に大丈夫なわけ?」

「……えっと、えぇっと…」

「………サキュバスって、愛のために生きる種族だったんでありんすか?」

「……まぁ、少なくとも彼女の中ではそうなのだろうねぇ…」

 

 興奮したまま力説したかと思えば、次には恍惚とした表情を浮かべてどこかへ思考をトリップさせてしまったアルベドに、他の面々はどこまでも生温かい視線を彼女に向ける。

 このままではいつになっても話が進まないため、デミウルゴスは強引にでも会議を進めることにした。

 

「……えー、ゴホンッ。取り敢えず、先ほどの件に関して、私やアルベドの言いたいことは理解したかな?」

「はーい」

「は、はい。大丈夫です」

「理解できたでありんす」

 

 アウラ、マーレ、シャルティアもデミウルゴスの考えを読み取って大人しく頷いて返す。

 デミウルゴスも笑みを浮かべて頷き返すと、未だトリップしているアルベドはそのままに次の議題に移ることにした。

 

「では、次の議題にいきましょうか。次の議題は……『二人の女冒険者について』か。これを出したのは誰だね?」

「私でありんす」

 

 手を軽く挙げたのはシャルティア。彼女は白皙の美貌を不満そうに歪めながら、まるで睨むようにホワイトボードの文字を見つめていた。

 

「今回の定例報告会議でも出ていたけど、あのニニャとブリタとかいう人間に、何故至高の御方々があそこまで気を配られるのか私には分からないでありんす」

「あー、それは私もかな。そのニニャって子は生まれながらの異能(タレント)を持っているから気にされているのかもしれないけど、正直そのタレント自体も大した能力じゃないんでしょう? それにブリタって子は何の力も持っていないみたいだし……」

 

 シャルティアに賛同してアウラも自分の疑問を述べる。

 デミウルゴスはふむ…と顎に指をあてて少しだけ思考を巡らせると、アウラの隣に座っているマーレへと視線を移した。

 

「マーレ、君も彼女たちと同じ意見かね?」

「え、えっと、僕は……僕も、理由は良く分かりませんけど……。で、でもでも、至高の御方々は僕たちには思いもよらない凄いことを考えていらっしゃるのだと思います……!」

 

 拳を握りしめながら一生懸命に話すマーレに、デミウルゴスは一つ頷くと隣に座っているアルベドへと目を向けた。

 この議題は自分の考えだけではなく、彼女の考えも聞いておくべきものだ。そのためには、彼女には早急に正気に戻ってもらう必要がある。

 

「アルベド、いい加減に正気に戻ってください。守護者統括がそんな事では至高の御方々からお叱りを受けてしまいますよ」

「お叱りですってっ!!?」

 

 恍惚とした表情が一変、アルベドがくわっと目を見開かせて反射的にデミウルゴスを振り返る。続けて狂ったように周りを見回すと、他の面々がドン引きする中で漸くアルベドの表情から徐々に狂気の色が消えていった。

 

「……あら、どうしたの、みんな?」

 

 まるで何事もなかったかのように問いかけてくるアルベドに、誰もが疲れたような表情を浮かべたり大きなため息を吐き出す。

 尚も頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げるアルベドに、デミウルゴスは小さく苦笑を浮かべると、まるで誤魔化すように今の議題について手短にアルベドへと説明した。アルベド自身の意見も聞きたいと述べれば、彼女は先ほどの様子とは打って変わって神妙な表情を浮かべて考え込む。

 

「……私もマーレと同じように御方々には私たちでは思いもよらない崇高なるお考えがあるのだと思っているけれど……。あなたはどう考えているのかしら、デミウルゴス?」

「そうですね……。恐らくではありますが、この件はパンドラズ・アクターが鍵を握っているのではないでしょうか?」

「パンドラズ・アクターが?」

「一体どういうことかしら?」

 

 シャルティアやアウラだけでなく、アルベドまでもが訝しげな表情を浮かべてナザリック一の頭脳を誇る悪魔を見やる。しかしデミウルゴス自身も彼にしては珍しくあまり自信がないのか、どこか考え込むような表情を浮かべていた。

 

「定例報告会議でペロロンチーノ様とウルベルト様は熱心にパンドラズ・アクターを推してモモンガ様を説得しておられました。つまり、それだけの理由や目的があるということです」

「パンドラズ・アクターでなければならない理由……、と言うことね……」

 

 デミウルゴスの言葉にアルベドや他のメンバーも全員が神妙そうな思案顔を浮かべる。

 デミウルゴスも神妙な表情で一度ゆっくりと頷くと、“あくまでも推測だが…”と前置きした上で自身の考えを彼女たちに話していった。

 デミウルゴスの話す、ペロロンチーノとウルベルトの目的。それは、ドッペルゲンガーというパンドラズ・アクターの能力と、今までウルベルトが着目していた“我々、転移者が更に強くなる方法”についてだった。

 今現在、ウルベルトはワーカーのレオナールとして行動している中で自身の名声よりもニグンやユリを使って経験値を獲得する条件や、転移者である自分たちが経験値を得てレベルを上げられる方法を模索している。しかしこの世界には単純に経験値を得てレベルを上げる以外にも強くなる手段が存在した。

 それはこの世界特有の“武技”という戦闘技術と“タレント”という不可思議な能力。

 元々この世界の住人ではない自分たちには、果たして“武技”や“タレント”を習得することが出来るのか。

 その疑問を解決するには、まずは現地の存在で実験研究を行い、そのメカニズムなどを知ることが一番の近道だと言えた。そしてもしそのメカニズムなどが解明した場合、それを一番に体現できそうなのは、対象の能力などを真似できる100レベルのドッペルゲンガーに他ならない。

 ここで登場するのが、不自然なく観察及び実験研究が出来そうなニニャとブリタという二人の存在であり、100レベルのドッペルゲンガーであるパンドラズ・アクターだった。

 デミウルゴスの推測に、この場にいる誰もが思わず納得と感嘆の声を上げた。

 そこまで考えていた至高の御方々に対して改めて崇拝の念を強め、御方々の高き思考をも問題なく推察することのできる悪魔に対して尊敬にも似た思いを抱く。

 ただ一人、アルベドだけが未だ思案顔で思考を巡らせていた。

 

「……なるほど。では、パンドラズ・アクター以外のもう一人の人材もそれを考慮して選抜した方が良さそうね。ペロロンチーノ様がアウラとシャルティアと共に魔樹とやらを調査して下さっている間に、私の方で幾人かピックアップしておくわ」

「ええ、それが良いでしょう」

 

 アルベドの言葉に、デミウルゴスも賛同して大きく頷く。

 アルベドは小さな笑みを浮かべると、しかし次には厳しい表情を浮かべてシャルティアとアウラを振り返った。

 

「……良いこと、二人とも。守護者であるあなたたちのことだから心配ないとは思うけれど、相手は世界を滅ぼせると言われるほどの存在。いくら調査とはいえ……、万が一の時にはその身に代えてでもペロロンチーノ様をお守りしなさい」

「分かってるわよ、アルベド」

「おんしに言われなくても十分に分かっているでありんす。私の愛するいと尊き御身を危険に晒すなど、それこそ許されぬ大罪。元より、そんなことになろうものなら、わたし自身が許せないでありんすえ」

 

 アウラとシャルティアの返答に、漸くアルベドが満足そうな笑みを浮かべる。

 相変わらずの我らが守護者統括の様子に、アウラとデミウルゴスはやれやれとばかりに苦笑を浮かべながら頭を振り、マーレはどこかホッとしたような表情を浮かべ、シャルティアは半目で白けたような視線を彼女に向けていた。

 何はともあれ、この議題はこれで終わらせても良いだろう。次の議題に移ろうとしたアルベドに、しかしマーレが恐る恐る手を挙げてきた。

 

「あら、何かしら、マーレ?」

「あ、あの、一つだけ質問しても…良いでしょうか……?」

「勿論よ。何かしら?」

「えっと、その……ペロロンチーノ様とウルベルト様のお考えは分かったんですけど……。なら、どうして……その…、モモンガ様はあんなに反対していたんでしょうか?」

 

 マーレだけでなく、アウラとシャルティアも二人の悪魔を見やる。

 アルベドとデミウルゴスはチラッと互いに顔を見合わせると、まずは先にデミウルゴスが口を開いた。

 

「……それは恐らく、モモンガ様が非常にお優しいからでしょうね。先ほども言った様に、この役目はパンドラズ・アクターが一番の適役です。しかし一つの冒険者チームに参加するという形である以上、こちらから投入できる人数も限られる……。いわば、何かしらの異常事態が起きた際、パンドラズ・アクターへの危険度が増すと言うことです」

「加えてパンドラズ・アクターはモモンガ様ご自身の被造物。それだけに、特にご心配されたのかも知れないわね」

 

 二人の悪魔の言に、アウラとマーレが納得したような表情を浮かべる。

 しかしシャルティアだけがどこか不満そうな表情を浮かべていた。

 

「ちょっと待ちなんし。……それじゃあ、何? ペロロンチーノ様はお優しくないとでも言いたいわけ?」

 

 瞬間、幾つかの息を呑むような音が室内に響いた。

 アルベドとデミウルゴスを睨む紅色の瞳には怒気と殺気が宿り、小さく華奢な身体からも大きく鋭い威圧感が溢れだす。

 同じ守護者のメンバーであれば耐えられるものの、同じ室内にいるシズやユリやエントマには相当きついだろう。彼女たちよりも断然レベルも耐性も低いニグンであれば尚更だ。

 守護者最強の少女から発せられる大きすぎる威圧感にシズとユリとエントマとニグンが冷や汗を流して顔を真っ青にする中、不意にデミウルゴスの声が柔らかな音を帯びて静寂を破った。

 

「勿論、違いますよ。ペロロンチーノ様も、そして我が創造主たるウルベルト様も…、お二方ともとても慈悲深くお優しい御方々です。それは私もアルベドも十分に良く分かっていますよ」

「……では一体、どういう意味でありんすか?」

「モモンガ様は四十一人の至高の御方々のまとめ役でいらっしゃっただけあり、とても慎重な御方です。そのため、誰よりも多くの危険性を考慮していらっしゃったのでしょう」

 

 デミウルゴスからの弁解はそれだけだったが、しかしこの場にいるメンバーには説得力のある言葉だった。

 確かに彼の言う通り、モモンガは彼らが崇拝する至高の四十一人の中でも特に慎重派で知られていた。ユグドラシル時代、モモンガが調子に乗ったギルドメンバーを諭していたり、時にはペロロンチーノやウルベルトといった積極的なメンバーが逆にモモンガを説得して何かをしていた場面を多くのシモベたちが目撃したことがあったのだ。

 シャルティアも何度かそういった場面を見たことがあり、その記憶から納得して漸く溢れさせていた怒気や殺気を治めさせた。

 みるみるうちに緩んでいく空気に、自然とこの場にいる誰もが安堵の息を吐き出す。

 アルベドはこの議題についてこれ以上意見が出ないことを確認すると、漸く次の議題に移ることにした。

 次の議題は『ワーカーチーム“サバト・レガロ”を招待したバジウッド・ペシュメルについて』。

 この議題はデミウルゴスが出したものであり、彼はホワイトボードの傍に控えているユリとニグンを振り返った。

 

「先ほどの定例報告会議ではウルベルト様が影の悪魔(シャドウデーモン)で監視及び調査をしていると仰られていましたが、我々の方でも詳しく奴らについて把握しておきたい。今現在分かっていることのみでも構わないので、改めて報告してもらえないかね」

「畏まりました、デミウルゴス様」

 

 ユリとニグンはデミウルゴスの要望に一度深く頭を下げると、次にはバジウッド・ペシュメルと、彼が所属する帝国の四騎士について現在知っている情報を報告していった。ユリが主にシャドウデーモンから集めさせた情報を報告し、ニグンが現地人としての知識としての情報を補足として報告していく。

 バジウッド・ペシュメル。

 バハルス帝国に生きる人間種の男。帝国四騎士の一人であり、“雷光”という二つ名を持っている。元々は唯の貧困層の平民であったが、帝国は他国よりも実力主義の傾向が強かったこともあり騎士にまで昇りつめていった。そして現在、今の帝国皇帝に実力を認められ、四騎士のリーダーという立場を手に入れた。

 強さはこの世界では強者の分類に属すが、リ・エスティーゼ王国の王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフには及ばないとされている。装備品としては、恐らくミスリルと思われる全身鎧と、“雷光”の二つ名の由来となっている恐らくアダマンタイト製だと思われる武器を所持しているらしい。

 そして彼の所属する帝国四騎士という存在。

 これはバハルス帝国に所属する最強戦力の四人の騎士の総称のことである。帝国皇帝の勅令を遂行するのが主な仕事内容であり、簡単に言ってしまえば皇帝の側近及び護衛とでも言えばいいのかもしれない。

 彼らの権限や地位は、将軍と同格。しかし四騎士は全員がその力量を皇帝本人に認められた者のみであるため、普通の軍のように順に昇りつめてなれるようなものではなかった。

 バジウッド個人ではなく四騎士全てで言うと、強さは冒険者のオリハルコン級以上。装備品はバジウッドが装備している全身鎧と同じものが支給されているとのことだった。

 

 

「我々に接触してきた目的は未だ調査中ではありますが、強さで考えれば万が一の際にも私一人で対処可能かと思われます」

 

 ユリからの報告と分析に、守護者たちは理解の表情と共に一つ頷く。

 

「君の言い分は良く分かった。しかし至高の御方が関わる以上、どんなに可能性が低くとも万全に備えておく必要がある。当日は念のため、ウルベルト様の影にシャドウデーモンを複数、護衛として潜ませなさい」

「はい、畏まりました」

 

 デミウルゴスからの一見過剰にも思える対応に、しかし反対の声は一切上がらない。ユリは了承の言葉と共に頭を下げ、シズとエントマとニグンも礼を取り、守護者たち全員は当然といった表情を浮かべている。ナザリックのシモベである彼女たちにとって、至高の御方々に対しての対応は何事にも過剰といえるものはないのだ。

 更なる協議でウルベルトの影に潜ませるシャドウデーモンの数や今後の対応も決められ、そこで漸く次の議題に移ることになった。

 次々に協議されていく議題と、次々に解決策などが書き加えられていくホワイトボード。

 全ての議題を話し終えた頃には予想以上に時間が過ぎており、ホワイトボードも黒い文字に埋め尽くされていた。

 

「……これで全てね。そろそろ解散しましょうか」

「あぁ、もう少しだけ待ってくれないかね、アルベド。あと一つだけ、皆に報告しておきたいことがあるのだよ」

 

 会議の終了と解散を宣言しようとしたアルベドに、デミウルゴスから制止の声がかけられる。

 誰もが頭上に疑問符を浮かべて不思議そうな表情でデミウルゴスを見つめる中、彼はユリの横に佇むニグンを手招いた。

 ニグンは何が何だか分からない様子で、少し不安そうな表情を浮かべながらも大人しくデミウルゴスの元へと歩み寄っていく。

 デミウルゴスは変わらぬ仄かな笑みを湛えたまま、歩み寄ってきたニグンへとゆっくりと手を伸ばした。彼の手はニグンの頭に伸ばされ、こめかみの上辺りに生えている角へと触れる。

 しかしデミウルゴスは別にニグンの頭を撫でようとしていたのでは勿論なく、悪魔の手はニグンの角の上で何かを掴んだように動くと、すぐにニグンから離れていった。

 

「これを見てくれたまえ」

 

 デミウルゴスがニグンに伸ばしていた手を全員の前へと差し出してくる。

 彼の手にはいつの間にいたのか、二つの小さな皮膜の翼を摘ままれた大きな目玉が、大人しくプラプラとぶら下がっていた。

 目玉の大きさは大体直径三センチくらいだろうか。黒い瞳の大きな目玉に黒い皮膜の翼が生えた、何とも奇妙な生き物だった。

 

「デミウルゴス、これは?」

 

 やはり調教師として気になるのか、アウラが真っ先に身を乗り出して興味津々とばかりに聞いてくる。

 デミウルゴスはもう片方の手に目玉の化け物を乗せながら、改めて彼女たちに良く見えるように差し出した。

 

「ナザリック地下大墳墓が完成してすぐにウルベルト様が第七階層に置かれたモノだよ。正式名称は私も知らないのだが、ウルベルト様は“録画くん”と呼んでいたね」

「“録画くん”……?」

「この子たちは、この目玉で見た光景を映像として記録し、いつでも第三者に見せることが出来るのだよ。加えて完全不可知化の能力も持っているため、誰にも気づかれずに映像記録をすることができるというわけだ」

「デ、デミウルゴス……! そ、それって……つまり……っ!!」

 

 何かに気が付いたのか、途端にアルベドが興奮しだす。

 デミウルゴスは淡い笑みを苦笑に変えながら、まるで何かの合図を送るようにチョイッチョイッと人差し指で軽く目玉を突いた。

 瞬間、目玉の真っ黒だった瞳が青く変化し、眩い光を放って一つの映像を作り出し始めた。

 

「……こっ、これは…っ!!」

「……っ……!!」

「これって、もしかして……っ!!」

「……ウ、ウルベルト様ぁぁあぁぁあああぁぁっっ!!!」

 

 シズ、ユリ、エントマ、ニグンは驚愕に息を呑み、守護者たちは驚愕と歓喜と興奮の悲鳴を上げる。

 彼女たちの目の前に映し出されたのは一つのホログラム。

 ホログラムの映像には第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に似た場所と複数の人間たち。そして、山羊頭の悪魔の姿ではなく人間の姿ではあったけれど、間違いなくウルベルトが複数の人間たちと対峙していた。

 映像の中で不可思議な杖を見事に操りながら戦うウルベルトの姿。

 どこまでも力強く華麗で美しいその姿に、シモベたちは全員が感嘆し、興奮せずにはいられなかった。

 

「これはウルベルト様が仰られていた、帝国の闘技場で行われた戦闘時の映像だね。ニグンに付けさせていた“録画くん”に録画させたのだよ」

 

 会心の笑みと共に恍惚とした表情で映像に魅入るデミウルゴスに、他の面々も言葉なく映像に魅入る。

 しかしシャルティアとアルベドは映像に魅入りながらも、まるで食いつくように勢いよくデミウルゴスへと身を乗り出してきた。

 

「ペロロンチーノ様はっ!? ペロロンチーノ様の映像はどこにあるんでありんすかっ!!?」

「モモンガ様の映像もあるのでしょうっ!?」

 

 二人の様子は正に鬼気迫るものがある。

 しかしデミウルゴスはさりげなく“録画くん”を両手で包み込んで守りながら、少し申し訳なさそうな表情を浮かべてみせた。

 

「……二人には申し訳ないのだが、ペロロンチーノ様とモモンガ様の映像はないのだよ。ペロロンチーノ様には決まった従者がおられないし、モモンガ様の場合は従者がナーベラルだからね。流石に女性に対して録画機能を持つモノを常時身に付けさせるのも気が引けたのでね……」

「そ、そんな……っ!!」

「ナーベラルには私から言っておくからっ!!」

 

 全力でショックを受けるシャルティアとは対照的に、使命感とばかりに燃えて宣言するアルベド。

 思わず苦笑を深めさせるデミウルゴスであったが、しかし彼もモモンガの勇姿を見たいという思いがあったため、後ほど別の“録画くん”を渡すことをアルベドに約束した。

 

「それじゃあ、これからはユリにもウルベルト様の話を聞きましょう!」

「それも良いけど、私はさっきの映像をもう一度見たいな~。良いでしょう、デミウルゴス?」

「ぼ、僕も見たいです!」

「ええ、良いですよ、二人とも」

「ああっ! 私も見たいでありんす!!」

 

 わいわいと俄かに賑やかになり始める室内。

 まるで幼い子供の様に興奮して騒ぐ守護者たちに、ユリは少し戸惑いながらも乞われるがままにウルベルトの話を語って聞かせる。

 そして彼らから少し離れた場所では、気が付かぬ間に録画機能を持つモノを勝手に付けられていた事実にショックを受けているニグンをシズが静かに慰め、それをエントマが呑気に眺めているのだった。

 

 ナザリックの忠実なシモベたちの夜明けはまだ来ない。

 

 




シズとエントマの存在が空気っ!(絶望)
ごめんなさい許して下さい登場人物が多いと処理できないんですはい全部私の力不足ですね分かってます……orz
あぁ……、シズとエントマも大好きなのに……無念……。

*今回の当小説捏造ポイント
・(通称)『録画くん』;
ユグドラシルでの録画機能アイテム。今回のモノは悪魔デザインのモノであり、他にも天使デザインやペット・デザインなど、多くのデザインやバージョンが存在する。ウルベルトはナザリックの侵入者に対する第七階層での戦闘を録画するために、第七階層に五つ分用意して設置していた。

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