世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第28話 来訪者

 和やかでいて穏やかな昼下がり。

 何処までも続いていると錯覚しそうになるほど長い街道に、穏やかな空気を引き裂くような喧騒が響き渡っていた。

 街道を全力疾走している四頭の馬。馬上にはそれぞれ人間が跨っており、その頭上にも一つの小柄な影が同じ速度で飛んでいた。

 女一人と、見た目が瓜二つの少女が二人。一見筋骨隆々の男にも見える女が一人。頭上を飛んでいる影は仮面で顔を隠して全身も紅のマントで覆ってはいたが、その小柄で華奢な身体つきから少女であろうと推測できた。

 誰が見てもただの旅人にも旅の商人にも見えない怪しい一行。

 しかし彼女たちは不審な一行では決してなく、王国では名の知れたアダマンタイト級冒険者である“蒼の薔薇”の一行だった。

 

 

「……おい、イビルアイ! まだ目的の村は見えねぇのか!?」

 

 激しく揺れているはずの馬上でありながら声を一切震わせることなく、男のような女――ガガーランが頭上を飛んでいる人物――イビルアイへと声を張り上げる。

 イビルアイは前方を凝視した後、仮面に覆われた顔をガガーランへと向けた。

 

「ああ、まだ見えないようだ……」

「でも、地図ではもうすぐのはずよ。このまま馬を駆けさせましょう!」

 

 ガガーランとイビルアイの会話に、“蒼の薔薇”のリーダーであるラキュースが参加してくる。

 二人の頭の中にも大まかな地図が入っており、ラキュースの言葉に賛同するように一つ頷く。

 しかしガガーランは頷きながらも少しだけ不満そうな表情を浮かべていた。

 

「……だがよぉ、何でこんなことを俺たちがしなくちゃならねぇんだ? いくら姫さんからの依頼だからって、辺境の村の様子を探るくらい、俺たちじゃなくても良いと思うんだが」

 

 彼女たち“蒼の薔薇”の今回の任務は、国の辺境に存在するカルネ村という村の調査。

 それだけを聞けば、確かにガガーランの言う通り、アダマンタイト級冒険者が請け負うような仕事ではないだろう。

 しかしラキュースは小さな苦笑を浮かべながらも緩く頭を振った。

 

「それは最初に説明しておいたでしょう?」

「まぁ、そうなんだが……。だが、今でも信じられねぇな……。あのガゼフのおっさんがそこまで苦戦するのもそうだが、気が付いたらその苦戦した相手が忽然と消えていたってのも」

「……ガガーランの意見に同意。獣に襲われたような痕跡があったらしいけど、余りに不自然」

「不気味。虚偽の可能性の方が高い」

 

 彼女たちのすぐ側で馬を駆けさせている忍者服のような衣装を身に纏った瓜二つの少女――ティアとティナも会話に参加してそれぞれの意見を述べてくる。

 ガガーランは真剣な表情を浮かべ、ラキュースも神妙な表情を浮かべて一つ頷いた。

 

「ストロノーフ様の話では相手はスレイン法国の聖典の一部隊だったらしいけれど……。ストロノーフ様が全員を倒したのだとして、確かに記憶が抜け落ちるほどの消耗をした状態で村まで戻るなんてあまりにも不自然ね」

「だが、調べるのはあくまでも村の連中なんだろう? 辺境の村に俺たちが対応する必要があるほどの奴がいるとは思えねぇし、あっちの任務(・・・・・・)もある以上、他の誰かに任せても良かったんじゃないか?」

「それでも可能性はゼロではないわ。それに、今回の件は極秘扱いになっているから、動ける人材は限られてしまうのよ」

 

 ガゼフがリ・エスティーゼ王国の王女であるラナーと、ラナーの友人関係にあるラキュースを訪ねてきたのは、彼が任務で九死に一生を得て何とか王都に戻り、王や貴族たちに報告した日の翌々日のことだった。

 ガゼフの任務は村を荒らし回っているという謎の集団の討伐。

 大貴族派閥の策略により万全な装備で任務に出ることが出来なかった彼は、生きて帰ってこれないかもしれないと王派閥側からは危惧されていた。

 しかし彼は大怪我を負いはしたものの、何とか任務を終えて王都へ戻って来た。

 王派閥の面々は勿論の事、彼を第一の臣下と信頼を寄せる国王は心からその帰還を喜んだ。

 しかし任務から戻って来た彼からもたらされた報告内容は、何とも不可思議なものだった。

 王国の辺境の村々は確かに何者かに襲われて村人たちはその殆どが虐殺されていた。しかしカルネ村という村だけは謎の旅人三人組に救われて事なきを得ていたという。旅人たちは既に村を出ていたため接触することは適わなかったが、その後、謎の集団によって村を取り囲まれる。謎の集団は天使を多く召喚したことからスレイン法国の聖典ではないかと推測され、ガゼフが率いる戦士隊は村を守るためにその集団と戦闘を開始した。

 途中までは善戦するも多勢に無勢で隊は全滅。ガゼフも途中で大きな衝撃を受けて気を失い、気が付けばカルネ村の村長宅で寝台に横たわっていたのだと言う。

 聖典と思われる集団は失踪。戦場となった場所に戻ってみても亡骸は無く、身に纏っていた装備や武器などが幾つか無残な状態で転がっているのみだった。村の誰に聞いても、ガゼフが一人で村に戻ってきたのだとしか答えない。

 村人たちを疑うわけではないが、これにはガゼフだけでなく、報告を聞いた王や貴族、そしてラキュースも疑問に思わずにはいられなかった。しかし調べようにも依頼内容や報告内容、ガゼフの立ち位置、王派閥と大貴族派閥の政治的なパワーバランスなどから容易に動ける者は非常に限られてしまっていた。そこで白羽の矢が立ったのが、ラナーの友人でアダマンタイト級冒険者でもあるラキュースと、彼女が率いる“蒼の薔薇”だった。

 

 

「おいっ、村が見えて来たぞ!」

 

 不意に頭上からかけられた声。

 一人だけ馬には乗らずに上空を飛んでいたイビルアイからの声に、ラキュースたちは会話を中断して前方へと目を向けた。

 上空を飛ぶイビルアイと馬上にいるラキュースたちとでは、視野の高さから見える範囲には差がある。ラキュースたちが視線を向けたところで未だ視界に捉えることはできないだろう、と考えていたのだが……。

 

「………何、あれ…」

「……おいおい、何だよ、あれ」

 

 ラキュースだけでなく、ガガーランやティアやティナも少なからず絶句している。

 彼女たちの視界に映ったのは空高くまで築かれた立派で強固な丸太の壁や物見台だった。どちらも凡そ辺境の村にはないであろう物たち。

 ラキュースたちはまず自分たちの目を疑い、続いて地図を疑った。

 しかしどんなに瞬きを繰り返しても壁も物見台も消えることはなく、どんなに地図を見返しても場所は合っている。

 未だに信じられない心境ながらも、ラキュースたちは無意識に警戒度を一段階引き上げた。

 

「……どうする、ラキュース?」

「……ここまで来て引き返す訳にもいかないでしょう。でも、くれぐれも警戒は怠らないようにしましょう」

 

 ガガーランやティアやティナだけでなく、頭上のイビルアイさえも神妙に頷いてくる。ラキュースも静かに頷き返しながら、密かに馬の手綱を握りしめている手に力を込めた。全速力で駆けている馬の速度を落とさせ、疾走から駆け足で村へと近づいていく。

 近づけば近づくほど丸太の壁は大きくなっていき、その巨大さや圧倒的な存在感からまるで村ではなく街を守る壁のように思えた。

 丸太を丸々使って並べるように立てている壁は、戦士であるラキュースの目から見ても真新しく見え、全てが最近造られたものだと分かる。基礎能力が高くはない人間の……それも辺境にある村において、ここまでの壁を作り出すためにはそれ相応の人員や年月が必要となってくる。予想と常識と目の前の光景が噛み合わず、何とも言えない不気味さが感じられた。

 しかしここで二の足を踏んでいても仕方がない。

 ラキュースは小さく仲間たちに合図を送ると、目の前にまで来た門へと声を張り上げた。

 

「すみません! 私たちはアダマンタイト級冒険者の“蒼の薔薇”と申します! お聞きしたいことがありまして、村に入れて頂けないでしょうか!」

 

 遥か頭上にまで聳える門や物見台を見上げながら名乗りを上げ、反応が返ってくるのを待つ。

 イビルアイも上空から地上へと舞い降りる中、一拍後、ゆっくりと門が内側から開き始めた。

 ギギッというどこか軋んだような音と共に、徐々に村の中の光景が目の前に広がっていく。

 門が完全に開けば、そこには物々しい壁に囲まれているとは思えないほどの平凡な村の光景が広がっていた。目の前には武器を持った五人の男たちを後ろに引き連れた老人が緊張した面持ちでこちらの様子を窺っている。

 恐らくこの老人が、この村の村長なのだろう。

 ラキュースはできるだけ警戒されないように柔らかな笑みを浮かべると、馬上から降りてゆっくりと前へと進み出た。

 

「初めまして、私たちはアダマンタイト級冒険者の“蒼の薔薇”。そして私がリーダーを務めるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。貴方がこの村の村長さんでしょうか?」

 

 目の前にいるのが――若干疑問に思える人物が一人いるものの――全員が女であること。そして何よりラキュースの柔らかな雰囲気に、武器を持っていた男たちが顔を見合わせる。

 完全に信じた訳ではないものの警戒心は薄れたようで次々と武器を下ろす男たちに、ラキュースは笑みを深めさせてもう一、二歩前へと進み出た。

 目の前の老人はラキュースが思った通りこの村の村長であったようで、軽い自己紹介の後にこの村に来た理由を簡単に説明した。

 ラキュースたちがこの村に来た理由として口にしたのは、ガゼフを保護して治療してもらったことへの感謝の品を届けること。そしてこの村や村周辺でその後何か異変は起きていないかの調査だった。

 決して嘘ではないが、全てではない言葉たち。

 しかし村長と五人の男たちはそれを信じてくれたようで、完全に警戒心を解いてラキュースたちを村の中へと招き入れてくれた。

 村の奥へと歩を進めながら、まずは当たり障りのない会話を進めていく。そこから徐々に当時の事について改めて聞き出そうと思っていたのだが、しかし目の前に現れた存在たちにラキュースたちは思わず目を見開かせて足を止めた。

 

「こ、これは……」

「……おいおい、なんでこんなのが辺境の村にいるんだよ…」

 

 ラキュースとガガーランは小さな驚愕の声を上げ、ティアとティナは驚愕に目を見開いている。イビルアイは仮面を被っているため表情は読み取れなかったが、それでも驚愕している雰囲気は感じ取れた。

 彼女たちの視線の先。

 そこには幾つもの巨大な石の塊が独りでに村中を動き回っていた。

 

「………石の動像(ストーンゴーレム)…」

 

 イビルアイが仮面の奥で呆然と小さく呟く。

 彼女の言葉通り、それはまさしく石製のゴーレムだった。

 辺境の村どころかリ・エスティーゼ王国の王都ですら、ゴーレムを使役してはいない。

 いや、できないと言うべきか……。そもそも、そういった概念すらないかもしれない。

 ここから見ただけでも三体のゴーレムが村人たちの指示に従って木材などを運んでおり、それは異様な光景としてラキュースたちの目には映った。ゴーレムを使役して建設工事を手伝わせるなど、名高い冒険者であるラキュースたちですら聞いたことがない。

 これはただ事ではない、と更に警戒度を一段階上げながら、ラキュースは必死に平静を装いながら村長へと目を移した。

 

「そ、村長さん! あ、あれは……ストーンゴーレム、ですよね? 一体何体使役して……いえ、そもそもどうやって使役しているのですか?」

 

 身を乗り出しそうになるのを必死に堪えながら、ちょうど目の前を横切ったストーンゴーレムを指さして問いかける。

 村長はそのストーンゴーレムをチラッと見やると、次には微苦笑のような表情を浮かべて小さく首を傾げた。

 

「ストーンゴーレムたちは今は六体おります。……実はこのストーンゴーレムたちは私どもが使役している訳ではないのです。ある方から定期的に貸して頂いているのですよ」

「あ、ある方……?」

「そんなふざけた話があるかっ! ストーンゴーレムを六体だぞ!? そんなモノをほいほい貸すような奴などいる訳がないだろう!!」

 

 ラキュースと村長の会話に割り込むようにイビルアイが怒鳴り声を上げてくる。

 あまりの迫力に村長はビクッと大きな身体を震わせ、ラキュースは思わずこめかみに指を当てて小さなため息をついた。

 ラキュースもイビルアイの気持ちは良く分かるが、ここで感情のままに怒鳴っても何にもならない。村長たちや村人たちからの印象が悪くなり聞ける話も聞けなくなっては元も子もないのだ。

 ラキュースはこめかみから指を離すと更に身を乗り出すイビルアイの華奢な肩を掴んでグイッと後ろに引いて身を離させた。

 

「イビルアイ、落ち着きなさい。……申し訳ありません、村長さん」

「い、いえいえ……構いませんよ。我々も非常に珍しいことであることは理解しておりますので」

 

 小さく頭を下げるラキュースに、村長は最初こそしどろもどろになったものの、すぐに苦笑を浮かべて軽く頭を振って許してくれた。

 どうやら気分を害されずに済んだようで、ラキュースは内心で安堵の息をつきながらも気を取り直して改めて真剣な表情を浮かべた。

 

「それで……、ストーンゴーレムをある方から借りていると仰られていましたが、それはどういった方なのでしょうか?」

「話せば長くなるのですが……。……ああ、丁度いらっしゃったので、ご本人に聞かれてはいかがでしょうか?」

「……え……?」

 

 村長からの思わぬ言葉に、意味が分からずラキュースは間の抜けた声を零してしまう。しかし彼の指し示す方向へと無意識に目を向けた瞬間、その目は命一杯見開かれることとなった。

 それはラキュースだけでなく、ガガーランやティアやティナも同じ。イビルアイも仮面の奥から小さく息を呑むような音が聞こえてきた。

 彼女たちが目を向けたのは右側の村の奥。大きな家々が立ち並ぶ居住区画の方角から、小さな人間の集団がこちらに歩いて来ていた。

 大小の四つの人影を囲むようにして立ち並び、何事かを笑顔で話している村人たち。何故四人組と村人たちを別けて判断できたのかというと、その身に纏う服装の違いも勿論そうだが、何よりも中心の四人組と周りの村人たちとでは身に纏う気配が圧倒的に違っていた。

 四人組は男二人と女一人と少女が一人。

 少女は闇妖精(ダークエルフ)で他の三人は恐らく人間種だろう。

 それだけでも何とも不思議な組み合わせではあったが、一人を除いて三人は見るからに美男美女美少女だった。

 片方の男は恐らく二十代後半。

 褐色の肌に、切れ長で涼し気な金色の瞳。肩よりも少し長い雪色の髪は見るからに柔らかそうで、綺麗に後ろに流しているものの幾束かは前に垂れ下がって細い輪郭を縁取っていた。右目のモノクルや首に付けられた黒い革製のチョーカーは王都でも見かけるようなデザインだったが、その他の中途半端な長さの漆黒のグローブやダークワイン色の上着や肩に引っ掛けている漆黒の上着などはラキュースたちも見たことのない民族衣装的な形をしていた。腰から左足の太腿にかけて巻かれたベルトに装備された(ステッキ)は見るからに高価な品で、圧倒的な力が宿っているように思われた。

 次にもう片方の男は性別以外全てが判断できない姿をしていた。

 純白のフード付きのマントを頭からすっぽりと被り、フードからチラッと除く顔にすら漆黒の仮面に全て覆われてしまっている。大きな体格から男であることは分かるものの、それ以外は全く推測すらできなかった。正に第二のイビルアイのようである。

 次に女の方は、恐らく二十代前半であろうか。

 眩しいほどに美しい白皙の肌と、眼鏡越しに見える涼しげでいてぱっちりとした瞳。艶やかな黒髪を夜会巻きにしており、どこか涼しげでいてキリッとした佇まいをしている。

 何より注目すべきはその美貌。

 ラキュースの友人であり王女でもあるラナーは黄金と呼ばれるほどの美貌の持ち主であるが、目の前の女はそのラナーに勝るとも劣らない美貌を持っていた。体付きも華奢でいながらも女性らしいなだらかなラインをしており、女としての色気が十分感じられる。一見貴族の令嬢にも見えるが、しかしその両腕にはひどく似つかわしくない仰々しいまでのガントレットが装備されていた。

 最後に彼らに寄り添うように立つダークエルフの少女。

 見た目は十歳ほどの幼子で、大きな翡翠と蒼穹のオッドアイが宝石のように美しく印象的だった。華奢で小さく細い身体つきやオドオドとした様子が庇護欲を湧き上がらせて来る。

 何とも珍しく、目立ちすぎる面々。

 想像もしていなかった美の集団に、ラキュースたちは呆けた表情でただ彼らを見つめることしかできなかった。

 あちらの面々もこちらの存在に気が付いたようで、ふと彼らの目がこちらへと向けられてくる。

 銀の長い睫毛に縁取られた金色の瞳と目が合い、ラキュースは思わずドキッと心臓を跳ねさせた。

 

「ウr……レオナール様、少し宜しいでしょうか?」

 

 ラキュースの隣で、村長が白髪の男へと声をかける。

 男はラキュースから村長へと目を移すと、次には周りにいた村人たちに何事かを言ってから他の三人を引き連れてこちらへと歩み寄ってきた。

 距離が縮まるにつれてひしひしと感じられる圧倒的な存在感。

 何より間近に迫る息を呑むほどの美貌に、ラキュースはまるで世間を知らぬ生娘のように一気に緊張してしまっていた。

 

「村長さん、どうしましたか? それにこちらの女性の方々は……、村の方々ではないですよね?」

「はい、こちらは王都の冒険者の方のようでして……。ストーンゴーレムについて尋ねたいらしいのです」

「ああ、なるほど」

 

 村長の説明に納得したように頷き、男が再びラキュースへと視線を向けてくる。ラキュースは思わずビクッと小さく肩を跳ねさせると、緊張に一気に全身を強張らせた。

 あまりの大きな反応に男は驚いたように目を瞠り、次には小さな苦笑を浮かばせた。

 

「……どうぞ、そんなに緊張なさらずに。私の名はレオナール・グラン・ネーグルと申します。まずはあなた方のお名前をお聞きしても宜しいですか?」

 

 綺麗に整った薄い唇から紡がれるのは、独特の深みのある抑揚が強い穏やかな声音。

 ラキュースは知らず見惚れていたところからハッと我に返り、しかし何故か思考が絡まって言葉がうまく出てこなかった。

 

「……あ、えっと、あ……あの……っ!!」

 

 意味もなくアタフタする姿は普段の彼女からは想像もできないもの。

 激しい羞恥心で顔を真っ赤にして言葉も出ないラキュースに、それを見かねてかガガーランがフォローするように一歩前へと進み出てきた。

 

「おう、悪いな。俺はガガーラン。それからこっちが俺たちのリーダーのラキュースだ。こいつらがティアとティナ。そんで、こっちの仮面のがイビルアイ」

「……私たちはリ・エスティーゼ王国を拠点にしているアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の者だ。お前がこの村に複数のストーンゴーレムを貸し与えているという人物か?」

 

 ガガーランに引き続いてイビルアイも硬質な声音で端的に質問する。

 声を聞いただけでも十分警戒しているのが分かるイビルアイの声音に、しかし男は変わらぬ柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「これはご丁寧に、ありがとうございます。これは改めてきちんと名乗らなくてはなりませんね。先ほどもお伝えした通り、私はレオナール・グラン・ネーグルと申します。そして彼女がリーリエ。彼がレイン。そしてこの子がマーレ。我々はバハルス帝国を拠点とするワーカーチーム“サバト・レガロ”の者です。以後、お見知りおき頂ければ幸いです」

 

 白髪の男――レオナールは改めてきちんと名乗ると、右手を胸に当てて綺麗なお辞儀をして見せた。

 流れるような自然でいて美しい動作に、もしやどこかの貴族なのかと疑ってしまう。少し気取ったような大仰な動作にも感じられなくはなかったが、しかしそれが妙に様になって全く嫌らしくは感じられなかった。

 レオナールは下げていた頭を上げると、次には柔らかな笑みはそのままに斜め後ろに控えるように立っているダークエルフの少女を振り返った。小さく細い背にそっと手を添え、軽く押して前へと進み出させる。

 

「それと先ほどの質問への回答ですが、答えは半分正解で半分外れ……と言ったところでしょうか。確かに私の指示でストーンゴーレムをこの村に貸しています。しかし実際にストーンゴーレムを用意して使役しているのはこの子なのですよ」

 

 背中に添えていた手を頭に移し、そのまま髪を梳くように柔らかく撫でる。少女は嬉しそうに朱に染めた頬を緩めさせながら、それでいて恥ずかしそうにもじもじと小さな身体を揺らしていた。

 何とも可愛らしい様子にこちらまで頬が緩んできてしまいそうになる。

 しかしこちらは頬を緩めている場合ではない。ラキュースは一つ大きな咳払いを零して何とか気を引き締めさせると、表情も引き締めさせて改めてレオナールを見つめた。

 

「何故ストーンゴーレムを? そもそも、バハルス帝国を拠点とするワーカーチームが何故この村にいらっしゃるのですか?」

「それは……まぁ、この村を助けたのは我々ですので」

「……え……?」

 

 返ってきた思わぬ言葉に、目を見開かせてレオナールを凝視する。

 ガガーランとイビルアイも呆然とし、ティアとティナはまるで警戒するようにレオナールを睨み据えていた。

 

「おいおい、そりゃあどういうことだよ……」

「どういうことも何も、言葉通りですよ。それ以外に何があると?」

「ふざけるな、そんな言葉で誤魔化せるとでも思っているのか? 貴様ら、一体何者だ。何を企んでいる……」

「ふざけるなと言われましても、本当に言葉通りなのですがね……。そもそも本当に我々が何かを企んでいたとして、それをあなた方に話す必要がどこにあります? アダマンタイト級冒険者であろうと、言い換えれば唯の冒険者でしかない。何の権限もないあなた方に説明する義務など、こちらには全くないと思うのですが」

「何だとっ!!」

「落ち着きなさい、イビルアイ!」

 

 思わず身を乗り出して声を荒げるイビルアイに、ラキュースが咄嗟に彼女を押しとどめた。

 飄々としていて掴み処のない態度と声音。加えて煙に巻くような言い回しに、意外と短気なところのあるイビルアイが苛立つのも仕方がないことなのかもしれない。

 しかし一方でレオナールの言っていることも決して間違いではなかった。

 ラキュースたちは唯の冒険者でしかなく、国の兵でも権力者でもない。唯の冒険者に他者を問い詰める権限などなく、当然ながら相手も問いに素直に答える義務などないのだ。これはどう考えてもこちらの方が分が悪かった。

 

「仲間が失礼しました。……私たちはある任務によりこの村に来ました。内容を詳しく説明させて頂きますので、宜しければあなた方にもご協力いただければと思うのですが」

「ふむ、任務ですか……。その様子では唯の魔物退治や薬草採取といったものではなさそうですね。……良いでしょう。まずはあなた方の話を聞かせて頂き、こちらも協力できることであれば協力します」

「ありがとうございます」

 

 少し考えるような素振りを見せながらも快諾したレオナールに、ラキュースは内心で安堵の息をつきながらも小さく頭を下げる。

 一拍後、下げていた頭を上げれば、レオナールは自身の仲間に声をかけてそれぞれに指示を出していた。

 

「マーレとリーリエは村の復興の手伝いをしておいで。レインは私についてくるように。……村長さん、彼女たちと話し合いを行いたいのですが、どこか場所を提供して頂けませんか?」

「それでしたら、どうぞ我が家をお使いください」

 

 ラキュースたちの目の前で次々と進んでいく会話。

 レオナールは誰かに指示を出すことに慣れているのか、指示自体も淀みなく、その態度もどこまでも自然体で堂々としたものに感じられた。

 一礼して村の奥へと向かうリーリエとマーレの背を見送った後、レオナールはひどく魅力的な柔らかな笑みをラキュースへと向けた。

 

「それでは参りましょう、“蒼の薔薇”の皆さん」

 

 ラキュースたちは笑顔のレオナールに促され、村長を先頭に彼の家へと案内された。

 着いた家は村長の家ということもあり、やはり他の家よりも少しだけ大きかった。

 村長、レオナール、レイン、そして最後にラキュースたち“蒼の薔薇”が家の中へと入って行き、まるで対峙するかのように大きなテーブルを挟んで椅子に腰を下ろした。扉から向かって右側に村長とレオナールとレインが、反対側である左側にラキュースたちが場を占める。流石に全員が座るだけの椅子はなく、レオナールと村長とラキュースとイビルアイ以外は椅子には座らずにまるで控えるようにその場に立った。

 ラキュースは最初の失態を返上するために改めてきちんと名を名乗ると、そこでやっと自分たちの依頼内容について全てを説明し始めた。

 ガゼフを助けてもらったことへの礼の品を届けることと、村周辺に異変がないかの調査。それに加えて、そもそもこの村を救ったという謎の旅人についての情報収集とガゼフと戦ったという謎の集団の正体の特定。また、謎の集団が最終的にどうなったのかの調査も今回の依頼内容に含まれていた。

 村長に話した内容に続き、敢えて話さなかった内容も全て洗いざらい説明する。

 そこまでしなければ彼らの協力は得られない、とラキュースは何故か確信していた。そして、彼らの協力を得られなければ決してこれらの謎は解明されないだろう、とも……。

 レオナールもレインも黙ってラキュースの話に耳を傾け、その表情も全く変えることはない。

 しかし村長は静かに話を聞いてはいたが、その表情には見るからに驚愕の色が浮かんでいた。

 

「……なるほど、あなた方の話は分かりました」

「……驚かれないのですか?」

「ある程度は予想しておりましたので。驚きはそれほどありませんね」

 

 気になって思わず問いかければ、レオナールは変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま小首を傾げて答えてくる。

 しかし次には彼はその笑みを苦笑のようなものへと変えた。

 

「しかし、あなた方の依頼内容は分かりましたが、それにどう協力したものか……」

「こちらは全てを話したんだ。そちらも洗いざらい話すべきではないのか?」

「それは出来かねる話です。元より、我々は別に取引をしている訳ではないのですから、その道理は当て嵌まりません」

「……………………」

「それに、そちらにも詮索されたくないことがあるように、こちらにも詮索されたくないことはあるのですよ。例えば、身の上話とか……」

 

 レオナールの金色の瞳がチラッとイビルアイの仮面を見つめ、しかしすぐさまラキュースへと戻される。

 

「しかし、出来得る限りあなた方に協力するという言葉も本当です。……ですので、質問形式としませんか? あなた方は知りたいことを我々に質問する。我々はそれについて知っていれば嘘偽りなく答えましょう」

 

 言葉は誠実ではあるが、しかしこれはあくまでも口約束。いくら嘘はつかないと言われても、それが本当であるのかすらもこちらは分からない。

 しかし少しでも情報が欲しいこちらとしては、レオナールの提案には頷くほかなかった。

 

「分かりました。お願いします」

 

 リーダーであるラキュースが承諾したことにより、“蒼の薔薇”による質疑応答が始まった。

 まず初めに質問を投げかけたのは先ほどからどこか喧嘩腰であるイビルアイだった。

 

「ではまず初めに、お前たちがこの村を救ったとは一体どういう意味なんだ?」

 

 彼女の声音には誰もが分かるほどに警戒した音が宿っている。

 しかしレオナールは一切表情を変えることなく、どこまでも柔らかな態度を崩さなかった。

 

「言葉通りの意味ですよ。我々がこの近辺を通りがかった時、この村が多くの騎士たちに襲われているのが見えましてね。どう見ても不当な虐殺のように思えたので助太刀に入ったのですよ」

「おいおい、それじゃあこの村を救ったっていう三人の旅人ってのはあんたらの事だったのかよ!」

 

 ガガーランが小さく目を瞠りながら大声を上げる。

 

「何故旅人と嘘をついたのですか? ……そもそもバハルス帝国のワーカーであるあなた方が何故、辺境であるとはいえリ・エスティーゼ王国の村の近くを通りがかったのですか?」

「まず大前提として、我々は嘘はついていませんよ。我々がワーカーとして活動を開始したのは八日ほど前。つまり、この村を救った日の後です。我々はワーカーとして活動するためにバハルス帝国に向かっていました。この村の近くを通りがかったのは、その道中です」

「……村人の話では、旅人の人数は三人だったはずだ。だがお前たちは四人組。矛盾していると思うが?」

「この村を実際に救ったのは私とリーリエとレインの三人です。バハルス帝国には我々三人だけで向かっていました。マーレは、バハルス帝国に拠点を得た後に呼び寄せたのです」

「何故一緒に行動しなかったんだ?」

「マーレは強い力を持っているとはいえ、まだ子供ですから。長い旅路は幼い子供には酷だと思いませんか?」

「……………………」

 

 レオナールの流れるような回答には少々納得できかねる部分も含まれていたが、しかし一方で矛盾は一切見つからない。

 イビルアイやガガーランも反論できずに黙り込み、ラキュースは気を取り直すように違う質問を投げかけた。

 

「では、今は何故ストーンゴーレムを村に貸しているのでしょうか?」

「……途中で我々が助けに入ったとはいえ、その時には既に村人の約半数が犠牲となっていました。命が助かったとはいえ、これから生きていくためには男手も人手自体も圧倒的に足りない状態だったのです。一度救いの手を差し伸べた以上、途中で投げ出すわけにもいかないでしょう? とはいえ、当初我々だけでは何の力も貸すことはできませんでした。しかし森司祭(ドルイド)であるマーレを呼び寄せられたため、今はゴーレムを格安で貸して村の復興に貢献させてもらっているのです」

「格安……ってことは、金取ってんのかよ」

「村の方々がその方が良いと仰るので」

「因みにいくら?」

「ストーンゴーレム一体につき、一日銅貨五枚です」

 

 あまりの値段の安さに、ラキュースたちは全員が絶句した。

 はっきり言って安すぎる。

 辺境の……それも突然の暴力に見舞われた村にとってはそれなりの金額なのかもしれないが、街や王都での物価から考えれば信じられないほどの安さだった。

 これでは、助けると言っておきながら金を取っているのか! と非難することもできない。

 

「今はカルネ村についてはマーレに任せて、我々はバハルス帝国で任務をこなしながら定期的に様子を見に来ています。今回もそれでこちらに来ていたのですが、そこにあなた方もこの村に来たというわけです」

 

 ラキュースたちの内心を知ってか知らずか、レオナールが親切にもそう付け加えてくる。

 誰もが思わず複雑な表情を浮かべる中、唯一表情を変えていなかったティアとティナが徐に口を開いた。

 

「あなたたちがこの村を救った後、この村を訪れた王国戦士長率いる戦士隊が謎の集団からの襲撃を受けた」

「戦士長は重傷を負い、気が付けば謎の集団は失踪していた。一連の事に関して、何か知っていることはない?」

 

 簡単に状況を説明しながら問いを投げかける。

 彼らの話が全て本当ならば、当時は既に彼らは村を離れており何も知らないはずだ。

 しかし目の前のレオナールは少し困ったように小さな苦笑を浮かばせていた。

 怪訝に顔を顰めるその前に、レオナールが一つ大きなため息をつく。

 

「……協力すると言った以上、話さないわけにはいきませんね。まずこの村や戦士隊を襲った集団についてですが、我々もその正体を知りません。分かったことと言えば、そうですね……全員が信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)であったことくらいでしょうか。それと、戦士長が気を失った原因と謎の集団の行方ですが……謎の集団は全員が死に、それらをやったのは全て我々です」

「「「なっ!!?」」」

 

 思わぬ言葉に、ラキュースだけでなくガガーランとイビルアイも声を上げる。

 一体どういうことかと身を乗り出して問い詰める前に、イビルアイがする方が早かった。

 

「一体どういうことなんだっ!!」

 

 今にも掴みかからんばかりのイビルアイの勢いに、今まで微動だにしなかったレインが小さく反応する。しかし何事か行動を起こす前に、レオナールが軽く手を挙げることでそれを止めたようだった。レインが先ほどまでと同じ体勢に戻り、まるで置物か何かのように無言で佇む。

 出会って一度も一言も話さないレインに不気味さを感じながら、しかしレオナールが挙げた手を下ろしながら口を開くのに気が付いてラキュースはそちらへと意識を向けた。

 

「……王国の戦士隊がこの村に来た時、我々はまだこの村にいたのですよ。村人たちには、既に我々が立ち去ったということにしてもらったのです。そして当初、我々は戦士隊と謎の魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団との戦闘に関わるつもりはありませんでした」

 

 レオナールは一度言葉を切ると、一つ息をついてから再び口を開いた。

 

「戦士隊が負けるとも思っていませんでしたので……。しかし、様子を窺っていれば戦士隊は全滅。戦士長も死にそうになっていたので、こちらとしても焦りました。何せ、彼が死ねばせっかく助けたこの村がまた襲われるでしょうからね」

「だから……謎の集団を殲滅したと言うのか」

「ええ、その通りです」

 

 当然のように頷くレオナールに、ラキュースたちは何と言えばいいのか分からなかった。

 彼が言うことは確かに正しい。

 あの時ガゼフが殺されていたなら、謎の集団は証拠を隠滅するためにこの村を完全に滅ぼしていただろう。

 しかし王国最強と謳われるガゼフ・ストロノーフを追い詰めるほどの力を持った集団に対して、そう簡単に殲滅しようと動くことが出来ること自体が信じられなかった。それも彼の口振りからして、何の罪もない村を救うためという熱い正義感から動いたわけではないと窺える。まるでそこら辺のゴロツキをちょっと懲らしめてやろうというような、そんな軽い感覚。

 それほどまでに彼らは強いと言うのか……と、とてもではないが信じられなかった。

 

「何故……ストロノーフ様を気絶させたのですか? 相手は王国最強と言われる彼を苦しめたほどの存在。あなたたちだけではなく、ストロノーフ様と力を合わせた方が良かったのではありませんか?」

 

 言葉を考えながらラキュースが静かに問いかける。

 注意深く反応を窺う彼女に気が付いているのかいないのか、レオナールは変わらぬ様子でただゆっくりと頭を振った。

 

「それは出来かねますね。我々は戦士長殿に我々の存在を知られたくはなかったのです。だからこそ、村の中でも隠れ、戦闘に介入した時も彼の意識を奪いました」

「何故そこまで知られることを拒むのですか?」

 

 どうにも理解できず、ラキュースは思わず身を乗り出していた。

 彼の言葉が全て本当ならば、彼らは相当の強さを持っているということになる。下手をすればアダマンタイト級冒険者である自分たちよりも強いことにもなりかねない。ならば、王国最強である戦士長で名高いガゼフ・ストロノーフと面識を持てば、それだけでも多くのメリットと成り得る筈だ。

 しかしラキュースを見つめるレオナールは柔らかながらも小さな苦笑を浮かばせた。

 

「国の国家機関と関わりが出来てしまうからですよ。軍部の重要人物である戦士長と関わりを持てば、高い確率で国の上層部は我々に接触しようとするでしょう。……今のあなた方のように」

 

 最後に付け加えられた言葉に、思わず言葉を詰まらせる。

 確かに彼の言う通り、ガゼフと面識を持てば国の……それも王派閥の者は特に彼らに接触しようとするだろう。ガゼフと同等の力を持つならば尚更だ。

 

「我々は何者にも縛られることを良しとしません。例えバレた時にどんなに不信感を持たれようと、我々は何度でも同じ選択をするでしょう」

「じゃあ、冒険者ではなくワーカーになったのも……」

「冒険者とワーカー、どちらがより自由かと言われれば、誰もがワーカーだと答えるでしょう?」

 

 にっこりとした爽やかなまでの笑みを向けられ、ラキュースたちはこれ以上何も言えなくなってしまった。

 冒険者でもあり、また貴族の娘でもあるラキュースには組織に縛られる窮屈さが痛いほど分かっていた。自由を求める気持ちも良く分かるし、ここまで徹底的に自由を求めることのできる彼らの立場が少しだけ羨ましくさえ思えた。

 

 兎にも角にも、聞きたいことと聞けることは全て聞いたように思われた。

 ラキュースは仲間たちに目をやって聞き忘れたことはないか目配せ合うと、次にはレオナールを真っ直ぐに見つめて頭を下げた。

 

「話して下さって、ありがとうございました」

「……いいえ、構いませんよ。あなた方の任務が無事に終わることを祈っています」

 

 レオナールは柔らかな笑みを浮かべたまま小さく頭を下げると、次には軽い身のこなしで素早く椅子から立ち上がった。横に座る村長に断りを入れ、そのまま背後のレインを引き連れて外へと出ていく。

 ラキュースたちはその背を見送った後、村長にも念のため裏取りの意味も込めて当時のことについて話を聞き、その後、村を見て回るために彼女たちも外へと出た。

 ラキュースとイビルアイ、ガガーランとティアとティナの二手に分かれ、それぞれ村の光景や村人の様子を見て回る。

 外側の立派な壁や物見台と打って変わり、内側の村の至る所には未だ修復途中の場所も見てとれる。

 しかし村の中で動き回り働く村人たちの表情は誰もが明るく、その姿は生き生きとして力強いものだった。

 

「良い村ね……」

 

 まるでこちらまで元気になるような光景に、自然と笑みが浮かび、無意識に言葉が零れ出る。

 イビルアイも仮面に隠れた表情は窺えなかったものの、同意するように一つ頷いた。

 

「ああ、そうだな。……どうやら、あの連中は本当に悪い奴らではなかったようだな。怪しい奴らだとは……まだ少し思うが……」

 

 遠慮がちに最後に付け加えるのに、ラキュースは小さな苦笑を浮かべた。

 

「だからって、あんな喧嘩腰な態度を取らなくても良いと思うけれど……」

「安心しろ。もう、あんな態度はとらないつもりだ」

 

 イビルアイは時折、相手の力や人間性を見極めるために敢えて反発的な態度をとることがある。

 しかし今回、イビルアイがどんなに反発的な態度をとってもレオナールもレインも全く物腰柔らかな態度を崩すことはなかった。

 まだ心の底から信じることはできない。しかし、これまでの態度や村人たちの姿を見た以上、ある程度の信用は持っても良いだろうとイビルアイは勿論の事、ラキュースも判断していた。

 彼女たちの目の前を幼い子供たちが笑い声を上げながら駆け抜け、通り過ぎていく。

 子供たちの小さな背を見送りながら、ふと移した視線の先に、こちらに歩み寄ってくるレオナールの姿が映った。

 

「村長との話は終わったようですね。カルネ村はいかがですか?」

 

 柔らかな笑みと共に声をかけてきたレオナールに、自然とこちらも柔らかな笑みを浮かべる。

 

「とても素敵な村だと思います。彼らが助かって、本当に良かった」

 

 ラキュースの声には、村人たちへの親しみと共に、彼らを最初に助けてくれたレオナールたちへの感謝の思いが宿っていた。

 レオナールもそれに気が付いたのか、笑みを深めさせて村を見回している。

 彼の穏やかな姿を目に映し、ラキュースは何故か不思議な気持ちが胸に湧き上がってくるのを感じていた。今までになかった感情に思わず小首を傾げる。

 しかしその感情について思考を巡らせる間もなく、不意にザワッと空気が大きく騒めいたような気がしてラキュースはハッとレオナールから周りの景色へと視線を動かした。

 何事かがあったのかと村中に視線を走らせる。

 しかし村は平和そのもので、ラキュースは思わず顔を小さく顰めさせた。

 その時……――

 

 

 

「ウルb……じゃなかった。レオナール様、大変です!」

 

 高い声音と共にこちらに駆けてきたダークエルフの少女に、ラキュースは感情をざわつかせた。

 

 




最近、文章は無駄に長いのにストーリーは進んでいないパターンが多い気がする……(汗)
と言う訳で、ちょっと長すぎるので一度ここで切ってUPさせて頂きます!
次回はこのままウルベルト様編を書くか、ペロロンチーノ様編を書くか検討中です。

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