前半はウルベルト様視点。後半からラキュース視点になります。
「ウルb……じゃなかった。レオナール様、大変です!」
少し慌てた様子でこちらに駆けてきたマーレに、ウルベルトは内心で小首を傾げた。
彼が自分たちに直接関わりのない場面でここまで慌てるのは珍しい。マーレは普段からオドオドしてはいるものの、いつもは冷静で黙々と仕事をこなせるタイプだ。至高の主である自分たちが突然現れたり突然命令したりすれば慌てることもあるが、それ以外で慌てるところをウルベルトは今まで見たことがなかった。
「どうしました、マーレ。とにかく、まずは落ち着きなさい」
すぐ側にラキュースとイビルアイがいることもあり、ワーカーのレオナールとしての口調で声をかける。
マーレは素直に何度か深呼吸を繰り返して自身を落ち着かせると、次には思いの外強い眼差しでこちらを見上げてきた。
「えっと、その……森の様子がおかしいみたいなんです」
「森の様子が? 魔獣ですか?」
「ま、まだ分からないです……。で、でも、まずは早くお伝えした方が良いかと思いまして……」
少し不安そうに眉を八の字にするマーレに、ウルベルトは安心させるように頭を撫でてやりながら、ふむ…と思考を巡らせた。
一番最初に思い浮かぶのはペロロンチーノたちの存在。
今は確かアウラとシャルティアと共に“世界を滅ぼすほどの力を持った魔樹”とやらを調査しているはずだ。
まさか眠っているという魔樹が目覚めたのだろうか。将又、他の問題が発生したのか……。
しかし魔樹が眠っているという場所は森の奥地で、この村からは大分離れている。ペロロンチーノたちの方で何かあったのだとしても、こちらにまで影響が及ぶとも思えなかった。
ウルベルトはこれからの行動について考えをまとめながら、チラッと目だけでこちらを窺っているラキュースやイビルアイを見やった。
ナザリックに連絡を取るかマーレに探らせれば早いのだが、しかし彼女たちがいる以上それは下手をすれば悪手にしかならない。
彼女たちに怪しまれず、なおかつ手っ取り早く問題を解決するためにはどうすべきか……。
考え込む中で丁度こちらに駆けてくるユリや村人たちの姿を見止めると、ウルベルトはマーレの頭から手を離して口を開いた。
「分かりました、一緒に森を探ってみましょう。……あなた方は念のため、村の避難所に身を隠していて下さい。リーリエ、レインに避難所に向かい彼らを守るように連絡を。その後、私の元に来なさい」
「は、はいっ!」
「畏まりました、レオナールさん」
マーレ、こちらに駆け寄ってきた村人たち、ユリにそれぞれ指示を出す。マーレとユリは素直に頷き頭を下げてきたが、しかし村人たちはどこか焦ったような表情を浮かべた。
思わず小首を傾げる中で見覚えのある一人の少女が前へと進み出てきた。
「あ、あの! 私たちにも何かお手伝いをさせて下さい!」
「君は……、確かエンリ・エモット」
どこか縋るような瞳で言い募ってきたのはペロロンチーノが熱を上げている姉妹の内の姉の方。
ウルベルトが名を口にすれば、彼女は見覚えのある弓を手に握り締めながら更に身を乗り出してきた。
「この村は私たちの村です! これ以上あなた様方にご迷惑をおかけして、私たちだけが何もしないわけにはいきません!」
「そ、そうだ! エンリちゃんの言う通りです! 弓だって、みんなでずっと練習してきたんです!」
「また何か起こっているなら、俺たちにも何かさせて下さい!!」
エンリに触発されてか、周りにいた村の男たちも次々と声を上げ始める。
ウルベルトは彼らの事をどこか眩しく感じながらも、しかし『はい、どうぞ』と首を縦に振るわけにもいかなかった。
“一応”という言葉は付くものの、このカルネ村の管理者はウルベルトではなくペロロンチーノだ。彼に無断で村人たちを危険な目に合わせては、ペロロンチーノに対して面目が立たなかった。
「皆さんの気持ちはよく分かりました。しかし、今回は我々に任せて下さい」
「で、でも……!!」
必至に言い募ろうとするのを軽く片手を挙げることで押しとどめる。
「焦らずとも、いずれその力を振るわねばならない時が必ずやってきます。それまでは、その力を温存し、更に磨きをかけることです。今この場には偶然にも我々がいるのですから、村の今後の事を考えて、今回は甘えて下さい」
まるで幼い子供を諭すように柔らかな声音で言い聞かせる。誰もがしゅんっと項垂れるのに、ウルベルトは少し悪戯心が芽生えて一歩前へと進み出た。
一番近くまで来ていたエンリの目の前まで歩み寄り、身を屈めてその耳元へと唇を寄せる。
「それに……君の身に何かあっては、私がペロロンチーノに恨まれてしまうからね」
「……え……?」
耳に微かに届いた、驚いたような少女の声。
屈めていた身を起き上がらせて少女の顔を見やり、ウルベルトはおや…と思わず目を瞬かせた。
目の前の少女の目は驚愕に大きく見開かれており、しかしその頬や目尻、細い首筋までもが目にも鮮やかな朱色に染め上がっていた。
ウルベルトが耳元で囁いたからでは決してない。彼の行動にではなく、口にした言葉にこそ反応したのだと理解した瞬間、ウルベルトは思わず笑いが込み上げてくるのを感じた。咄嗟に必死に笑いの衝動を堪えながら、心の中でペロロンチーノに向けて賛辞の言葉を投げかける。
あの鳥頭は攻略対象である二人の姉妹に対して未だ攻略できていないと嘆いていたが、これは大きな比率で彼女の心はペロロンチーノに傾いているのではないだろうか。
友の欲望まみれの野望の一つが叶いそうな予感に、ウルベルトは素直に祝福の気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。その心にはユグドラシル時代に良く感じていた『リア充爆発しろっ!』といった禍々しい妬みの感情は一切存在しない。ウルベルト自身、それに関しては大いに疑問ではあったけれど、もしかすれば悪魔となった影響なのかもしれなかった。
何はともあれ、友の欲望が叶いそうだと判明した今、尚のこと彼女を危険な目に会わせるわけにはいかなくなった。
ウルベルトは漸く笑いの衝動を完全に抑え込むと、元気づけるようにエンリの肩を軽く叩いてから他の村人たちにも目を向けた。
「さぁ、皆さんは急いで避難所へ! リーリエも行動を開始しなさい」
「はっ」
ユリは一度深々と頭を下げ、すぐに村人たちを避難所へと促していく。
ウルベルトはマーレに声をかけると、彼を引き連れて門の方へと足先を向けた。足早に歩を進めながら、念のためペロロンチーノたちへ〈
しかし〈
「待って下さい、ネーグルさん。私たちにも協力させて下さい」
声をかけてきたのはラキュース。
翡翠のような綺麗でいて大きな瞳には正義感のような強い光が宿っており、真っ直ぐに向けられる視線にはウルベルトたちへの疑いの色は一切見られない。
ウルベルトは続けて語られるラキュースからの言葉を適当に聞き流しながら、内心で彼女たちを誤魔化し切れたことに安堵の息をついていた。
頭の中にぷにっと萌えとやまいこの姿を思い浮かべ、二人に向けて感謝の言葉を贈る。
『隠し事をする場合、それをバレないようにするためには、その秘密自体を秘密でなくさせるのが一番だ。ある程度までわざと明るみに出し、全くの別物にすり替えてしまう。或は秘密自体をなかったものにしてしまう。そうすればバレること自体が起こり得ないだろう? これも立派な策士の技の一つだと言えるだろうね』
場違いな笑顔のアイコンを出しながら、恐ろしい助言をしてくれたのはぷにっと萌えだった。
『女の嘘は男の嘘よりもバレない確率が高いって知ってる? 女は男と違って堂々とした態度で真っ直ぐ目を見ながら嘘をつけるから、それだけで相手を騙すことが出来るらしいよ』
『やまちゃん、こわ~い!』
うねうねと踊るピンクの肉棒と共にキャラキャラと笑いながら怖い話をしていたのはやまいこだった。
彼女たち“蒼の薔薇”を
ウルベルトはもう一度だけ二人に対して心の中で礼の言葉を述べると、次には漸く未だ話し続けているラキュースへと意識を向けた。
「――…ですので、私たちとしても見過ごすわけにはいきません。どうかお手伝いをさせて下さい」
「……これは任務ではありません。もし本当に森で何事かが起こり、それを解決したとしても依頼料が支払われるわけではありません」
「先ほどもお伝えした通り、それでも構いません。ここで動かないようではアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の名が廃ります」
ウルベルトの黄金色の瞳と、ラキュースの翡翠色の瞳が強くかち合う。
ウルベルトは暫くラキュースを見つめた後、彼女の後ろに控えるように立っているイビルアイからも反対の声が上がらないことを確認して漸く一つ頷いた。
「……良いでしょう。共同戦線と参りましょう」
ウルベルトが右手を差し出せば、ラキュースも力強い笑みを浮かべて強く手を握りしめてくる。
他の仲間たちを集めるために急いで村の中へと駆けていく二人の背を見送った後、ウルベルトはマーレと共に一足先に門の方へと再び足を踏み出した。
彼女たちが戻ってくる前に……と改めて〈
『……アウラ、聞こえるか?』
『ウルベルト様! どうかなさいましたか? 何か御用でしょうか?』
『マーレから森が騒がしいと報告を受けてね。……もしやそちらで何かあったのではないかと思ったのだが』
途中で言葉を途切らせ、アウラの反応を窺う。
彼女は〈
『……何かあったようだね』
『えぇっと、ですね……。ペロロンチーノ様と調査していたザイトルクワエなる魔樹なのですが、調査している間に目覚めてしまいまして……』
『………やはりか…』
そんな事だろうと思った……と心の中でため息を吐き出す。
しかしそうは思ってもどうにも疑問は拭えず、ウルベルトは門を潜り抜けながら更に会話を続けた。
『しかし、現場からカルネ村まではかなり距離があるはずだ。こちらにまで影響が及ぶとは思えないのだが』
『それが、魔樹が眠っていた場所に予想以上に多くの獣や魔獣がおりまして……。魔樹が目覚めたことで、それらの獣や魔獣たちが一気に森の外の方角へと逃げて行ってしまったんです。ペロロンチーノ様から、何の影響もないだろうから放っておくように言われたので、私も放っておいたのですが……』
『なるほど……』
アウラの言葉にウルベルトは疑問が解けて一つ頷いた。
今回カルネ村付近の森をざわつかせているのは魔樹から逃げてきた獣や魔獣たちなのだろう。現場にいた獣や魔獣たちがこの短時間でここまで逃げて来たとも思えないため、恐らくは森の中層にいた獣や魔獣たちまでもが魔樹の気配を感じ取って本能のままにこちらに逃げてきたのかもしれない。
ウルベルトは街道から外れて森に向かって歩を進めながら、小さなため息を吐き出した。
全く傍迷惑なことだと頭を振り、しかしこの機会をむしろ利用すべきだとすぐさま考えを切り替えた。
“蒼の薔薇”のメンバーは全員が少なからず未だウルベルトたちの力量を疑っている。本当に彼のガゼフ・ストロノーフを追い詰めた謎の集団を滅ぼせるほどの力を持っているのか、と……。
このポイントを疑われている以上、いつまた何かの拍子に疑惑をもたれるか分かったものではなかった。
できれば今回の騒動を利用して、自分たちの力を彼女たちに印象付けさせたい。この際、印象付けをし過ぎて王国の上層部に目を付けられることになったとしても構わなかった。要はカルネ村さえ彼らの興味の対象から外れればいいのだ。関心がこちらに移りさえすれば、後はいくらでもやり様はある。
ウルベルトは瞬時に考えをまとめると、次には魔樹について思考を移した。
『アウラ、魔樹はどんな奴だ? 見たことはあるかね?』
『えっと、……私は見たことがありません。見た目は木のお化けみたいで、体長は凡そ100メートルほど。技のような触手が六本生えています。
『体力のみが測定外? レイドボスか……?』
思わぬ言葉にウルベルトは眉を潜めて顔を顰めさせる。
アウラからの情報や魔樹という言葉からトレントなのではないかと推測するも、それも想像の域を出なかった。
『……ふむ、分かった。アウラ、サンプルに欲しいから、できるなら生け捕りにしてくれとペロロンチーノに伝えておいてくれたまえ』
『はい、畏まりました!』
〈
目の前まで来た森の入り口を見やり、マーレへと視線を向ける。
マーレは大人しくウルベルトのすぐ横に付き従っており、不思議そうにこちらを見上げていた。ウルベルトもそのオッドアイを見つめ返しながら、小さな苦笑を浮かべて頭へと手を乗せた。見るからに動揺するマーレの様子を内心で楽しみながら、しかしそんな素振りはおくびにも出さずにアウラから聞いた情報を分かり易くマーレへと伝える。マーレは素直にふんふんと頷きながら話を聞き、最後には困惑したように首を傾げさせた。ウルベルトは苦笑を深めさせると、一度深く大きな息を吐き出した。
「これは駆除する対象が大勢いそうだな。……我々は兎も角、下手をすれば村にも被害が出る。マーレ、お前は村に戻って壁を守護せよ。魔法は第四位階までなら使用を許可する。その代わり、もし手が足りなくなれば
「か、畏まりました…!」
マーレはどもりながらも大きく返事をすると、臣下の礼を取ってから急いで村へと駆け戻っていった。
まるで彼と入れ違うかのように、村からユリが駆け足でやってくる。彼女の後ろには全員揃った“蒼の薔薇”のメンバーがこちらに走って来ていた。
「レオナールさん、全て準備は整いました」
「ご苦労」
到着して早々ユリが状況を報告し、ウルベルトはそれに短く労いの言葉をかけてやる。
その間に“蒼の薔薇”のメンバーも到着し、誰もが油断なく森の奥を見据えていた。
「ネーグルさん、先ほど
「多くの獣と魔獣が暴走しているようです。その一部がこちらに向かって来ているようですね」
「規模はどのくらいだ?」
「さぁ、そこまでは分かりかねますね。まぁ、“大勢”……とだけ言っておきましょうか」
「おいおい、すげぇ大雑把だな……」
ウルベルトの返答に、ガガーランが呆れたような表情を浮かべる。
しかしそれは長くは続かなかった。
森の奥から漂い始めた暴力的な気配。感覚が鋭い
次々と増えてくる大小様々な気配に、この場にいるウルベルト以外の全員が得物を取り出して鋭く構えた。
「……レオナールさん…」
「私の心配は無用だ。君は自分の好きなように立ちまわりたまえ」
「はっ」
ユリが何を言いたいのかすぐに理解し、気遣いは無用だと断りを入れる。
大人しく引き下がるユリを視界の端で見やりながら、ウルベルトはこれから起こるだろう戦闘に思いを馳せ、静かに唇を歪ませた。
◇◆◇◆◇◆
ラキュースは自身の得物である大剣“魔剣キリネイラム”を構えながら、そっとすぐ側に立つレオナールとリーリエを見やった。
リーリエはその嫋やかな見た目とは裏腹に前衛のモンクなのか、ガントレットを装備した両腕を軽く構えている。そしてレオナールはと言えば、彼は涼し気な笑みを浮かべたまま身構えることもなく優雅にその場に佇んでいた。ベルトに装備されている
彼は何故自然体で佇んでいるだけなのか……と疑問符を頭上に浮かべる中、不意に一気に濃厚となった気配に気が付いてラキュースは慌てて視線を森の暗闇へと戻した。
瞬間、見つめていた暗闇が大きく蠢き、大量の獣と魔獣が森の外へと我先にと飛び出てきた。
一分も経たぬ内に視界を埋め尽くす獣と魔獣の群れ。まるで雪崩か濁流のように次から次へと姿を現し、終わりが見えない。
あまりの多さにラキュースは戦慄を覚えながらも、すぐに傍らに控えるメンバーへと指示を飛ばした。
「ガガーランは私と共にこの場を死守! ティアとティナは左側に! イビルアイは右側に展開して魔獣たちを撃破して!」
「おうよっ!」
「了解、鬼ボス」
「任された」
「ふんっ、やられるなよ」
このまま全員がこの場にいれば、獣と魔獣の群れは四方に広がって散ってしまう。それだけならばまだいいが、下手をすれば全方向から包囲されて襲撃される危険性もあった。
ラキュースは比較的素早い三名を指名すると、少しでも包囲されないように指示を出す。ティアとティナとイビルアイもラキュースの考えにすぐに思い至り、頼もしい返事と共に行動を開始した。
ラキュースは小さな笑みを浮かべると、得物を握り直して手始めに目の前まで迫ってきた
しかしこの程度では他の獣や魔獣たちは一切怯むことはない。
まるで本能に突き動かされるように襲いかかってくる多くの牙や爪を掻い潜りながら、ラキュースは無心に大剣を振るい続けた。
「……くそっ、これじゃあキリがねぇ! どんだけ湧いて出てきやがるんだ!」
すぐ近くで巨大な
ラキュースは飛び掛かってきた
レオナールやリーリエは無事だろうか……と素早く視線を巡らす。
しかし二人の姿を捉える前に大きな複数の影が映り込み、ラキュースは思わず顔を歪めて小さな舌打ちを零した。
「……
森の中から地響きと共に姿を現したのは十五体のオーガと八体のトロール。
アダマンタイト級冒険者であるラキュースたちにとって倒せない敵では決してなかったが、それでも一撃で仕留められるものでもなかった。数でこちらが大きく劣る以上、少しでも手間取れば命取りになりかねない。
少しでも有利に事を進めようとガガーランに声をかけようとして、しかしその言葉は紡がれる前に消え失せた。
決して見失うまいとオーガとトロールを捉えていたラキュースの視界。
それに二つの細い影が突如飛び込んできた。
一直線にオーガとトロールへと向かうのは先ほど安否を確認しようとしていたレオナールとリーリエ。
魔獣の群れから現れたことから彼らがずっと群れのど真ん中で戦っていたのだと瞬時に理解し、ラキュースは思わず目を見開かせて小さく息を呑んだ。
オーガたちの元へと突撃するリーリエと、トロールたちの目の前に立ち塞がるように立つレオナール。
二人に向かって高らかに挙げられた太い腕を見た瞬間、咄嗟に声を上げそうになった。
しかし……――
「っ!!?」
リーリエのガントレットに包まれた細い腕が振り下ろされたオーガの太い腕を易々とへし折り、筋肉の塊であるはずの左胸や腹に深々と腕をめり込ませた。
レオナールはと言えば、まるで舞うように軽い身のこなしでトロールの攻撃を避けたかと思うと、次には通常よりも二回りほども大きな火球を三つ造り出してトロールへと放っていた。加えて、あれは〈
槍のようなものに貫かれたトロールは再生することもなく地面に倒れ伏し、火達磨となった三体のトロールは暴れて火の海を作り出しながら最後には地面に頽れていった。
残りのトロールは二体。
しかしその二体もすぐさま二つの火球に包まれて瞬時に地に倒れ伏す。
オーガはその多くがリーリエの拳に倒れ、他のモノもトロールが撒き散らした炎に巻き込まれて焼け死んだようだった。
「……おいおい、こりゃあすげぇな」
一撃で一体どころか二、三体をまとめて葬り去っていくレオナールとリーリエ。
彼らのあまりの強さと鮮やかすぎる戦いぶりに、ガガーランが感心を通り越して呆れたような声を零す。
しかし悠長に構えている暇はなかった。
「っ!!? ……何か来る。備えて!!」
足裏に感じた微かな地響き。
戦士としての感覚が警鐘を鳴らし、ラキュースは“魔剣キリネイラム”を構えながらガガーランへと警告の声を上げた。
「くっ!!?」
「うおっ!!?」
瞬間、足元の地面が大きく盛り上がり、太く長い何かが勢いよく飛び出てきた。
搦め捕られる前に地面を強く蹴り、跳躍することで何とか逃れる。
別の地面へと着地しながら視線を向ければ、そこには何本もの木の根のような触手がうねうねと地面から突き出て宙を踊っていた。
「何だよ、こりゃあ……」
ラキュースと同じように何とか逃れることが出来たガガーランが呆然と呟く。
ラキュースは今自分が立っている地面からいつ同じような触手が飛び出てきても良いように警戒しながら、それでいて触手の元となっている存在を探して周囲へと目を走らせた。その目に、至る所から同じような触手が地面を突き破って暴れている光景が飛び込んでくる。
触手は手当たり次第動いているものを攻撃しているようで、狼や魔狼、ゴブリン、マンティコアなども触手に搦め捕られて絞殺されていた。
しかし肝心の触手の元となっている存在がどこにも見当たらない。
「おりゃあっ!!」
すぐ近くでは、ガガーランが触手に向かって“鉄砕き”を振り下ろしている。
しかし巨大な刃は触手を切り落とすどころかかすり傷すらつけることができなかった。
「……駄目だ、全く歯が立たねぇ。どうすりゃ良いんだ……」
こちらの刃が効かない以上、残された手段としてはラキュースの“魔剣キリネイラム”を試すか、魔法での攻撃しかない。しかし
「はあっ!!」
意を決して掛け声と共に触手へと駆け出し、“魔剣キリネイラム”を叩きつける。
手に感じたのは今までにない硬い感触。
まるで硬い岩に無理やり刃を叩きつけたかのような感触に、ラキュースはすぐさま剣を引き戻して後ろへと飛び退いた。
瞬間、ラキュースがいた場所に触手が勢いよく振るわれて通り過ぎていく。こちらにまで大きな風圧が襲ってきて、ラキュースは思わず冷や汗を流した。
今の感触から、触手にあまりダメージを与えられていないのが窺える。であるならば、もはや残された攻撃手段は魔法しかない。しかし純粋な戦士であるガガーランは勿論の事、神官戦士であるラキュースも使える魔法は信仰系のものが殆どで、とても触手に効果があるとは思えなかった。
一体どうすれば……と焦りばかりが湧き上がってくる。
今までにない窮地に焦燥が募り、あろうことか、それが大きな隙となってしまった。
「……なっ…!?」
今更気が付いても後の祭り。
ラキュースの立っていた地面が大きく割れ、割れ目から複数の触手と何か大きなモノが飛び出てきた。
触手がラキュースの身体を弾き飛ばし、大きな何かが地面に転がったラキュースの上に影を落とす。
「……ラキュースっ!!」
焦ったようなガガーランの声が、何故かいやに遠く聞こえる。ギシギシと痛む身体を叱責して何とか上体を起こし、ラキュースは無意識に自分の上に影を落とすモノへと視線を走らせた。
まず初めに大きく割れた地面が映り、そこからゆっくりと上へと視線を動かす。
ゴツゴツとした茶色の肌に、ギザギザとした大きな空洞。途中で何回か太い触手が生えて枝分かれし、天辺は高すぎて容易には窺えないが、恐らく何か植物のようなものが生えているようだった。
ラキュースの目の前にいたのは、凡そ体長五メートルほどの大樹の化け物だった。
目だと思われる空洞に視線が引き寄せられ、その瞬間、反射的に喉が詰まって身体が強張る。まるでドラゴンに睨まれたような緊張感と恐怖に、ラキュースは思わず息を止めて身体を凍りつかせた。
目の前で、大樹の化け物がゆっくりと太く長い触手を振り上げる。次の瞬間にはその触手が自分に叩きつけられるのだろうと分かっているのに、身体は全く動いてくれない。
まるで放心したように呆然と化け物を見上げるラキュースに、触手が容赦なく振り下ろされた。
瞬間……――
ガキッ!!
破裂音にも似た大きな衝撃音。
反射的に目を閉じていたラキュースは、いつまで経っても痛みが来ないことに気が付いて恐る恐る瞼を開いた。
「……ふむ、間に合ったようですね。お怪我はありませんか?」
瞼を開けたと同時にかけられた穏やかな声。
あまりに近くに聞こえた声に、ラキュースはハッと慌てて目の前へと焦点を合わせた。
そこには大きな大樹の化け物が立っていたはず。しかし彼女の目の前に立っていたのは大樹の化け物などではなく、遠くでリーリエと共に戦っていたはずのレオナールだった。レオナールがあまりに至近距離にいたためすぐには気が付かなかったが、よくよく見れば彼の背後には先ほどの大樹の化け物が姿を覗かせている。
レオナールは身体ごとラキュースに向き合って、大樹の化け物に背を向ける形で佇んでいた。
にっこりと柔らかな笑みを浮かべる様は、ここが戦場だと忘れてしまうほどに穏やかだ。
しかし彼の右腕だけが不自然に挙げられており、そのまま後ろに回されていた。その手には腰のベルトに挿していた杖が握られており、その杖は大樹の太い触手をしっかりと受け止めていた。
「っ!!?」
あまりのことにラキュースは思わず大きく目を見開かせて息を呑む。
彼はあろうことか瞬時にラキュースの元まで駆け寄り、後ろ手で触手の攻撃を受け止めていたのだ。
レオナールは少しの間ラキュースの全身に視線を走らせると、次には柔らかな笑みはそのままに小さく首を傾げてみせた。
「怪我は……ないようですね。では、まずはここから少し移動しましょうか。失礼しますよ」
レオナールはそう言い終わると、ほぼ同時に片足を後ろへと下げて背後を振り向きざまに受け止めていた触手を弾き返した。
動きはそれだけでは終わらず、またすぐにラキュースの方へと振り返り、素早く屈み込む。持っていた杖はベルトに戻し、両腕を伸ばしてあろうことかラキュースを横抱きに抱き上げた。
「きゃっ!?」
思ってもみなかったレオナールの行動に、ラキュースの口から何とも女の子らしい悲鳴が小さく零れる。
ラキュースは咄嗟に落ちないように目の前にあるレオナールの肩にしがみ付きながら、しかしその顔は首筋まで真っ赤になっていた。
熱が頭を沸騰させて頭痛すら起きているかもしれない。心臓はバクバクと大暴れし、今にも飛び出てしまいそうだ。自分の少女のような悲鳴も勿論だが、何よりも端正な顔立ちの男性に俗にいう“お姫様抱っこ”をされて、それがとてつもなく恥ずかしかった。そんなことを感じている場合ではない、と冷静な部分が叱責してくるが、しかしラキュースはどこからともなく湧き上がってくる羞恥心やときめきにも似た身体の熱を止めることが出来なかった。
一人内心でいろんな意味で舞い上がっているラキュースとは裏腹に、現実では大樹の化け物が再び触手を操ってレオナールとラキュースに攻撃を仕掛けてくる。
レオナールはラキュースを横抱きに抱き上げたまま跳躍し、触手の攻撃を軽々と避けていった。
「ラキュースっ!!」
大樹の化け物から少し離れた場所に着地したレオナールに、すぐさまガガーランが駆け寄ってくる。
レオナールはラキュースを地面へと下ろし、ラキュースは地面に座り込みながら無意識に引き留めるように腕を伸ばしていた。すぐに自分の行動に気が付いて慌てて腕を引っ込めるが、自分の行動に恥かしさがぶり返してきてしまう。
(なっ、何をやっているのよ、私は! そんな場合じゃないのにっ!!)
顔に集まった熱を逃がすようにぶんぶんと勢いよく頭を振る。それでいて必死に冷静になれと自分に言い聞かせるのに、しかしそれでもラキュースは胸に切なさを感じてひどく戸惑いを感じた。
自分に触れていたレオナールのぬくもりが離れて、とても心細いと感じる自分がいる。
一体自分はどうしてしまったのだろう……と困惑の表情を浮かべ、しかし不意に小さなため息の音が聞こえてきて反射的にそちらへと目をやった。
視線の先にはレオナールの端正な横顔があり、その真剣な表情に場も弁えずに見惚れそうになってしまう。
しかし彼がどこか呆れたような表情を浮かべたことに気が付いて、ラキュースは内心で思わず首を傾げた。
「……全く、なかなかに面倒臭いですねぇ。まぁ、あいつらの出現のおかげで獣や魔獣たちはすっかり散り散りに逃げ去ってくれましたが」
レオナールの言葉にハッと慌てて周りに視線を走らせる。
周囲には、彼の言う通りもはやあれだけ大勢いた筈の獣や魔獣たちは一匹もおらず、あるのはラキュースたちが倒した死骸だけだった。後は大樹の化け物が五体、ずりずりと地面を這うようにゆっくりと動き回っている。
「……おい、どうするんだ? 俺やラキュースじゃあ、あの化け物共に致命傷を与えられねぇぞ」
ガガーランはラキュースを見やり、続いて呑気に周りを眺めているレオナールへと目を移す。
ラキュースもレオナールを見つめ、しかしあることに気が付いて慌てて先ほどまで自分がいた場所へと目を向けた。
彼女の視線の先には、彼女の愛剣である“魔剣キリネイラム”が地面に無造作に転がっていた。
咄嗟に立ち上がろうとして、しかしすっかり腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ない。
焦りが表情に出ていたのだろう、レオナールも“魔剣キリネイラム”の存在に気が付いて、“魔剣キリネイラム”とラキュースを交互に見た後に柔らかな笑みを浮かばせた。
「安心してください。あの魔樹をすべて倒したら、あなたの大切な剣もすぐに取り戻してお渡ししますよ」
「……って、あの化け物を倒すつもりなのかよ!」
「それはあまりにも危険です! イビルアイがこちらに向かって来ているはずなので、彼女の帰りを待って……!!」
何とか止めようとガガーランと二人で必死に言い募る。
しかしそれらはレオナールが軽く片手を挙げることで止められてしまった。
「ご心配には及びません。あなた方はここで休んでいて下さい。……リーリエ!」
レオナールはラキュースたちに背を向けると、大樹の化け物に向かって駆け出しながらリーリエの名を呼んだ。
指示も何もない、ただ名を呼ぶだけの声。
しかしリーリエはレオナールの言いたいことが分かっているのか、遠くで一体の大樹の化け物と対峙していたリーリエはすぐさま行動を開始した。
リーリエのガントレットが淡く光ったかと思うと、次には今まで対峙していた大樹の化け物の触手を鷲掴んで、あろうことか背負い投げの要領で勢いよく投げ飛ばした。
約五メートルもある巨体が勢いよく宙を舞い、激しい土煙と共に地面に落下する。
しかしリーリエは一切構う様子もなく、次の大樹の化け物と対峙しては同じ場所に投げ飛ばすという作業を繰り返し続けた。
レオナールも〈
レオナールとリーリエはどうやら大樹の化け物を一つの場所にまとめたいようで、数分後には五体の大樹の化け物全てが折り重なるように積み重ねられていった。
大樹の化け物は、あるモノはうねうねと触手を意味もなく振るい、またあるモノは種のようなものでレオナールやリーリエに攻撃しようとしている。
しかしレオナールもリーリエもそれらをひらりひらりと躱すと、次にはレオナールが大樹の化け物たちへと右手を伸ばし、リーリエは懐から何かの瓶を取り出した。
「〈
レオナールが詠唱を唱えると、強化された三つの火球が一塊となった大樹の化け物たちへと襲い掛かっていった。
リーリエもそれに合わせるように取り出した瓶を大樹の化け物たちへと投げつける。
投げられた瓶は宙を舞い、大樹の化け物に当たって勢い良く割れる。中に入っていた液体が飛び散った瞬間、まるで火山が噴火したかのような大爆発が大樹の化け物たちを襲った。ただでさえ大樹の化け物たちを燃やしていた三つの火球が更に勢いを増し、大きな一つの火柱となって大樹の化け物たちを覆い尽くす。
赤々と燃える炎の柱の中から聞こえる、まるでこの世のものとも思えない複数の絶叫。
あの大樹の化け物たちが上げている声だと思うと、怖気が走るようだった。
しかしレオナールとリーリエは一切容赦しない。
レオナールは再び強化した三つの火球を作り出して火柱へと飛ばし、リーリエも再び瓶を取り出して勢いよく投げつけた。
彼らがこの行動をする度に起こる爆発音と更に勢いを増す火柱。
レオナールとリーリエはこの行動を更に三度繰り返し、漸くその手を止めて火が消えた頃には、そこにはもはや黒い焦げ跡と微かな煤しか残ってはいなかった。
「……ふむ、少々やり過ぎましたか」
「ですが、正体不明のモンスターと対峙する場合、小さな油断でも命取りとなります。レオナールさ――ん、の今回の行動は、非常に理に適っていると思います」
「ありがとう、リーリエ」
もはや姿形もなくなった化け物たちの慣れの果ての前で、二人が呑気に会話を交わす。
そんな二人に、ラキュースとガガーランはただ呆然とその背を見つめることしかできなかった。
はっきり言って、彼らの力はあまりにも圧倒的で規格外すぎる。味方であれば心強いが、しかし彼らが所属しているのはリ・エスティーゼ王国と敵対関係にあるバハルス帝国。いくら国境や国など関係ないワーカーとはいえ、彼らの存在は王国の上層部にとっては脅威となるだろう。
「何はともあれ、無事に問題は解決しましたね。他の三人のメンバーの方と合流して村に戻りましょう」
“魔剣キリネイラム”を拾い上げながら、こちらを振り返って柔らかな笑みを浮かべるレオナール。
彼の笑顔に知らず胸を熱くさせながら、しかし同時に、ラキュースは王都に戻ってからの報告に思いを馳せて胸を切なく軋ませた。
今回のウルベルト様の戦闘方法や謎の大樹の化け物の正体などは次回以降に書く予定なので、次回以降をお楽しみに(笑)
美少女のピンチに颯爽と現れて助ける主人公。そしてそんな主人公に恋心を撃ち抜かれてしまう美少女。
ありきたりではありますが、色褪せない王道でもありますよね(笑)
*今回のユリさん捏造ポイント
・“一時スーパーヒーロー伝説”;
ユリがワーカーのリーリエの時に装備しているガントレット。宝物殿に保管されていた聖遺物級アイテム。普段は武器としての攻撃力しかないが、一日に一回、装備者の物理攻撃力と物理防御力を二倍にする能力を持っている。制限時間は一時間。なお、この武器を作成したギルメンは武器名を適当につけた模様。