世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回もペロロンチーノ様回です!


第31話 次なる幕開け

 魔樹ザイトルクワエを無事討伐したペロロンチーノたちは、一先ずピニスンを本体の木まで送り届けてから、ナザリックへと帰還した。サンプルとして捕獲した魔樹の分裂体は、現在ナザリック地下大墳墓の第六階層にて、アウラ主導の下に色々とデータを取っている真っ最中である。

 何はともあれ、食事や睡眠が必要不可欠であるペロロンチーノは今回もばっちりきっちりどちらも取ると、今はアルベドを引き連れて第九階層の円卓の間へと向かっていた。

 廊下では一般メイドたちが各々働いており、ペロロンチーノの存在に気が付くと恭しく頭を下げてくる。軽く手を挙げて朝から眼福だな~と内心で呟きながら、ペロロンチーノは歩を進めていった。

 

 

 

『……ペロロンチーノ、起きてるか?』

 

 不意に繋がった〈伝言(メッセージ)〉と、頭に響いてくる聞き慣れた声。

 ペロロンチーノは歩く足はそのままに、こめかみに指を添えて宙へと視線を向けた。

 

「おはようございます、ウルベルトさん。どうかしましたか?」

『ああ、おはよう。……こちらは何とか無事に終わって、冒険者共も村を出たぞ。まぁ、念のため今日は村に近づかない方が良いとは思うが……一応報告しておく』

「ああ、なるほど。お疲れ様です。こちらも何とか無事に終わりましたよ。サンプルも、本体は無理でしたけど、代わりに分裂体は捕獲できました」

『分裂体? ……って、五メートルくらいの大きさの木の化け物のことか?』

「そうですけど……、何で知ってるんですか?」

 

 思わぬ言葉に小さく怪訝な表情を浮かべながら首を傾げる。

 丁度目的の扉に到着したためアルベドに扉を開けてもらいながら、ペロロンチーノは室内へと足を踏み入れた。室内には既に先客がおり、黄色の軍服姿のドッペルゲンガーが大袈裟な動作で礼を取ってくる。

 ペロロンチーノは軽く手を挙げることで彼の動きを押し留めながら、未だ繋がっている〈伝言(メッセージ)〉に耳を傾けていた。

 

『何でも何も、カルネ村付近の森からも複数体現れたからな。タイミング的にみて何か関係があるかもしれないと思っていたが、やはりそうだったか』

 

 ウルベルトからの思わぬ言葉に、ペロロンチーノは大きく目を見開かせた。

 

「えっ、カルネ村にも出たんですか!? それで、村のみんなはっ!?」

 

 ウルベルトはこの場にいないというのに、思わず身を乗り出して声を上げる。

 数秒間沈黙が続き、焦れてペロロンチーノが再び声を上げようとした瞬間に〈伝言(メッセージ)〉越しに大きなため息の音が聞こえてきた。

 

『……俺がいたんだから何も問題なく無事に決まってるだろう。俺を誰だと思ってるんだ?』

 

 呆れたような言葉ながらも自信満々な声音に、ペロロンチーノは思わずぱちくりと目を瞬かせる。

 言われた言葉を脳内で反芻し、次には小さな笑い声を上げていた。

 

「はははっ、そうですね、そうでした。ウルベルトさんがいたんだから、大丈夫でしたよね」

『当然だ。まぁ、冒険者の奴らもいたから、こちらでサンプルの捕獲はできなかったがな……』

「それは仕方ありませんよ。でも……、それならどうやって倒したんですか? 使用魔法は第五位階まででしたよね?」

 

 いくら相手は分裂体だったとはいえ、アウラによるとレベルは50から55くらいであったはずだ。第五位階魔法までしか使えない場合、いくらウルベルトであっても中々手こずったのではないだろうか。

 しかし返ってきたのは、どこまでもあっけらかんとした声音だった。

 

『どうやって倒したって言われても……、一カ所に集めて〈火球(ファイヤーボール)〉と〈焼夷(ナパーム)〉で焼き殺しただけだ』

「ちょっ、〈焼夷(ナパーム)〉!? それって第七位階じゃないですか!!」

 

 現地の冒険者チームがいる場で何をやっているんだ! と思わず声を上げる。

 しかしウルベルトの反応は全く変わらず、どこまでも落ち着いたものだった。

 

『ああ、その辺りは大丈夫だ。〈火球(ファイヤーボール)〉と〈焼夷(ナパーム)〉は交互に発動させていたんだが、〈焼夷(ナパーム)〉を発動する際にはユリに水が入った瓶を投げかけてもらっていたからな』

「水が入った瓶? それがどうかしたんですか?」

『つまり、何かの薬品によって〈火球(ファイヤーボール)〉の火力を一気に上げたように見せかけたんだよ。冒険者の奴らも何を投げ入れたのかしつこく聞いてきたし、恐らく完全に勘違いしてくれたみたいだな』

「それは……、上手くいったのは良かったですけど、結構危なかった気がしますよ。因みに、質問にはなんて答えたんですか?」

『うん? “企業秘密”って一言だけだな』

 

 〈伝言(メッセージ)〉越しでも、ウルベルトが悪戯気な笑みを浮かべているのが伝わってくる。もしかしたらウィンクまでしているかもしれない。

 ペロロンチーノはやれやれとばかりに頭を振ると、椅子に腰を下ろしながら、取り敢えず改めて労いと礼の言葉を伝えて〈伝言(メッセージ)〉を切った。

 思わず大きなため息を吐き出し、テーブルの上へと突っ伏しそうになる。しかしここにいるのが自分一人ではないことを思い出して、ペロロンチーノは何とか我慢して傍らのアルベドと目の前のパンドラズ・アクターを見やった。

 

「待たせちゃって悪かったな、パンドラズ・アクター」

「そんなっ! 滅相もございませんっ! 私は、ペロロンチーノ様を始めとする至高の御方々の忠実なぁぁ、シモベっ!! ペロロンチーノ様の御前に控えるだけでも光栄でございますっ!!」

「……そ、そっか~…」

 

 目の前で繰り広げられるあまりのオーバーアクションとハイテンションに、仮面の奥のペロロンチーノの表情筋が残念な形に引き攣って歪む。

 彼と対峙していつも思うのだが、どうしてあのモモンガからこのパンドラズ・アクターが生まれたのか、ペロロンチーノは不思議でならなかった。それとも自分は知らないだけで、モモンガにも実はこういった面があるのだろうか……。

 内心ではひどく悶々としながらも、しかしペロロンチーノは気を取り直してアルベドとパンドラズ・アクターそれぞれに席を勧めた。

 

「えっと、まぁ、それは置いといて……。アルベドもパンドラもまずは椅子に座れ。このままだと落ち着いて話し合いもできないからさ」

「あっ、ありがとうございますっ、ペロロンチーノ様!!」

「畏まりましたぁぁあっ!!」

「……ぉうっふ…」

 

 パンドラズ・アクターだけに留まらず、何故かアルベドまでもがハイテンションになっており、ペロロンチーノは思わず変な声を絞り出す。しかし二人はそれに全く気が付かず、アルベドは嬉々としてペロロンチーノのすぐ横の椅子へと腰を下ろし、パンドラズ・アクターはペロロンチーノと向かい合うような形で椅子に腰かけた。

 ペロロンチーノは油断すると出そうになるため息を何とか飲み下しながら、自分自身やこの場の空気を引き締めさせるために一つ咳払いを零した。

 

「ゴホンッ! えっと、それで、ここに呼んだ理由なんだけど……。あー、その前に経緯とかも軽く説明しておいた方が良いか……。アルベド、簡単にでも良いから説明してあげてくれるかな?」

「はい、畏まりました」

 

 先ほどとは打って変わり、どこまでも落ち着いた様子でアルベドが頭を下げる。アルベドは頭を上げてパンドラズ・アクターへと目を向けると、これまでの経緯やこの世界での重要事項なども含めて簡潔かつ分かり易く説明していった。ペロロンチーノも復習の意味も込めて無言でアルベドの説明に耳を傾ける。

 しかしどうにも説明の内容がだんだんと雲行きが怪しくなっているような気がして、ペロロンチーノは内心で首を傾げ始めた。

 

 

「――……と言う訳で、今現在最も優先されるのは、この世界のありとあらゆる情報の収集。そして、転移者である我々が新たな力を獲得するための方法よ。ここまで言えば、何故あなたが選ばれたのか理解できるわね?」

「………なるほど。そういうことでしたか……」

 

(………え……?)

 

 考え込むような動作で神妙な声を零す埴輪頭と、意味深な笑みを浮かべる淫魔(サキュバス)

 何故か嫌な予感を感じて羽毛の下に冷や汗を流す鳥人(バードマン)を尻目に、二人の異形は嬉々とした声を張り上げた。

 

「あなたはニニャとブリタという人間を使って、経験値やレベルアップについてだけでなく、武技や“生まれながらの異能(タレント)”について調べ、そのメカニズムについて調査しなさい! 仕組みを理解し、それをいち早く体現できるとすれば、それは至高の御方々以外では100レベルのドッペルゲンガーであるあなたしかいないわっ!!」

「わぁぁっかりましたぁっ!! このパンドラズ・アクター……、至高の御方々のため! この身を賭して必ずやご期待に応えてみせますともぉぉっ!!」

 

(……ぅええぇぇえぇぇえぇぇえっっ!? ちょっ! そんな目的、初耳なんですけどぉぉ――っ!!)

 

 目の前と真横で盛り上がっている二人に、ペロロンチーノは思わず心の中で叫び声にも似た声を上げていた。しかし実際に声を上げることは何とか阻止する。幾ら普段は楽観的で感情に素直なペロロンチーノと言えども、流石にこの場で今の心境そのままに言葉を発するのは不味いとは判断できた。

 まるで褒めて褒めて! というようにキラキラとした目を向けてくるアルベドに、ペロロンチーノは仮面の奥で顔を引き攣らせながらも何とか声を絞り出した。

 

「え、えっと……、説明をしてくれてありがとう、アルベド。……と、とても分かり易い説明だったよ。その……目的も俺の代わりに言ってくれたし……」

「ありがとうございます、ペロロンチーノ様! ですが恥ずかしながら、私もデミウルゴスから聞いていなければペロロンチーノ様や至高の御方々の真の思惑を正確に理解することはできませんでした……。これよりは、より一層精進いたします」

「い、いや……、分かってくれたなら良いんだよ。……うん、ホント……」

 

 嬉々とした笑みを萎ませ、しゅんっと顔を俯かせるアルベドに、ペロロンチーノの表情は尚も引き攣っていく。内心では先ほどからデミウルゴスに対してどういうこと――っ!? と叫んでいるのだが、何とか隠し通せている。

 ペロロンチーノはそわそわと落ち着きなく翼を動かしていたが、アルベドから視線を外してパンドラズ・アクターへと移した。

 

「…えぇっと……、やることは分かったかな……?」

「はいっ! 勿論でございますっ!! ペロロンチーノ様並びにウルベルト様や我が創造主たるモモンガ様の御為、精一杯務めさせて頂きますっ!!」

「……あー、うん…、宜しくね。ニニャちゃんとブリタちゃんのフォローも頼んだよ」

「かぁぁしこまりましたぁぁ――っ!!」

「……………………」

 

 どこまでもハイテンションな様子に、逆に心配になってくるのは何故なのだろうか。

 ペロロンチーノは出そうになったため息を何とか呑み込むと、一つ頷くに留めた。モモンガはアンデッドという種族特性から、感情がある程度まで上がると自動的に抑制されるそうだが、今初めてそれが羨ましいと思ってしまった。ペロロンチーノはマジマジとパンドラズ・アクターを眺めると、不意にあることを思い出して自然と一気に感情を落ち着かせた。

 

「……ああ、そうだ…。もう一つ、君に頼みたいことがあったんだ」

 

 定例報告会議でパンドラズ・アクターを使おうと言い出した時から、密かに胸の中にあった一つの目的。モモンガやウルベルトに内緒で実行するのはひどく気が引けるが、しかし背に腹は代えられないとばかりに覚悟を決める。アルベドやパンドラズ・アクターも一気に張りつめたペロロンチーノの様子を感じ取ったのか、いつになく真剣な様子でこちらの言葉を待っている。

 ペロロンチーノは一度小さく唾を呑み込んで急激に乾いてきた喉を湿らすと、パンドラズ・アクターを真っ直ぐに見つめてゆっくりと口を開いた。

 

「パンドラズ・アクター……、君にはレベルアップや経験値、武技、タレントの他に、スレイン法国についても探ってきてもらいたい」

「っ!!」

 

 アルベドから小さく息を呑む音が聞こえてくる。恐らく目も大きく見開かせて驚愕の表情を浮かべていることだろう。しかしペロロンチーノは真っ直ぐにパンドラズ・アクターだけを見つめていた。表情など一切ない埴輪顔を凝視し、いっそ冷酷さすら感じられる程に鋭い双眸で目の前のドッペルゲンガーを見据える。

 パンドラズ・アクターは暫く無言のままペロロンチーノを見つめた後、どこまでも静かに……考え込むように小さく顔を俯かせた。

 

「……スレイン法国とは、確かペロロンチーノ様方が接触された聖典とかいう組織が所属している国でしたね。しかし、スレイン法国に対しては現状、大きな接触はせず、囮作戦を決行して情報を収集する予定ではなかったでしょうか?」

 

 パンドラズ・アクターの言う通り、現状ペロロンチーノたちはスレイン法国に対しては大掛かりな接触は控えていた。スレイン法国が世界級(ワールド)アイテムを二つも所持していたことが分かったため、慎重派のモモンガを筆頭に彼の国をひどく警戒したためだ。現状、デミウルゴスを中心に魔王という架空の存在を造り出し、それを囮として情報収集する計画が進められている。

 しかしシャルティアがスレイン法国の漆黒聖典と思われる部隊に手を出されてからというもの、ペロロンチーノはスレイン法国に対して煮え滾るほどの憤怒と憎悪を胸の中に宿らせていた。

 叶うならば、今すぐにでも突撃して行って完膚無きまでに滅ぼしてしまいたい。

 激し過ぎる激情が、囮作戦などといったような悠長なことをしている場合ではない! と急き立て続けてくるのだ。

 

「……確かに君の言う通りだ。だけど、一つの方法だけに拘らなくても、いろんなやり方で行動した方が良いだろう?」

「……………………」

「リスクがあることは俺も分かっている。君を危険な目に合わせるかもしれないってことも分かってるよ……。でも、あいつらに対して悠長に構えていることなんて我慢できないんだ! 現状、一番適任なのは君しかいない!」

 

 ペロロンチーノは興奮のあまり声を荒げると、パンドラズ・アクターへと大きく身を乗り出した。近づいた丸い両目の空洞を鋭く見据える。

 

「君なら、八割とはいえ俺たちギルメン全ての能力が使える。いざとなれば、どんな状況でも適切に行動し、対処することもできるだろう。……本当は君を創ったモモンガさんに内緒でするようなことじゃないんだろうけど……、どうか引き受けてくれないかな?」

 

 ここにモモンガやウルベルトがいたなら、問答無用で反対されていただろう。ペロロンチーノ自身、随分と無茶なことを言っている自覚があるため、最後は力なく項垂れるように懇願してしまう。

 しかし幸か不幸か、ここにいるのはペロロンチーノを至高の主の一人と崇拝する二人のシモベのみ。知恵者であるアルベドもパンドラズ・アクターもこれがどれだけリスクが高い任務か分かってはいたが、崇拝する主の懇願に応えないわけにはいかなかった。

 アルベドとパンドラズ・アクターは無言のまま見つめ合い頷き合うと、ほぼ同時に再びペロロンチーノへと目を向けた。

 

「ペロロンチーノ様。御身のご命令、確かに承りました」

「っ!! ……パンドラズ・アクター」

「ご安心ください、ペロロンチーノ様。私どもも不測の事態が起こらぬよう、精一杯パンドラズ・アクターのバックアップを務めます」

「……アルベド…」

 

 ペロロンチーノは暫く呆然とアルベドとパンドラズ・アクターを見つめると、次には仮面の奥で泣きそうな情けない笑みを浮かばせた。

 

「ありがとう、二人とも。……うん、期待しているよ!」

「おっ任せ下さい!」

「必ずやご期待に応えてみせます!」

「何か俺にできることがあれば遠慮なく言ってくれ。無理を頼んでいるのは俺だし、どんなことでも協力するよ」

 

 二人の言葉が嬉しくて、ペロロンチーノは仮面の奥で満面の笑みを浮かべる。

 アルベドも満面の笑みを浮かべて深々と頭を下げ、パンドラズ・アクターは椅子から立ち上がってビシッと敬礼をした。

 

「ペロロンチーノ様。それでは、チームに同行させる二人目はいかがいたしましょう?」

 

 頭を上げたアルベドが、真剣な表情を浮かべて問いかけてくる。パンドラズ・アクターも敬礼していた手を下ろして再び席に着くのに、ペロロンチーノは二人を見つめた後、何かを確認するように一つ小さく頷いた。

 

「……うん、それなんだけど。あの捕虜を使おうと思ってるんだ」

「捕虜……でございますか……?」

 

 ペロロンチーノの意外な言葉に、アルベドがキョトンとした表情を浮かべる。パンドラズ・アクターも思わず小首を傾げる中、ペロロンチーノは今度は大きく頷いて返した。

 

「そう。ほら、この前シャルティアに同行した俺が連れ帰った人間種の男の捕虜がいただろう? 名前は……何だったっけ?」

「もしや……ブレイン・アングラウスとかいう戦士の捕虜の事でしょうか?」

「あっ、そうそう、そいつ!」

 

 アルベドの口から発せられた名に、ペロロンチーノがすぐさま嬉々とした声を上げる。しかし名を口にしたアルベド自身は不思議そうな表情を崩さなかった。何故ここで捕虜の存在が出てくるのか分からない、とその顔にはありありと書かれている。

 ペロロンチーノも自分の考えが正しいのか少々不安ではあったが、間違っていれば二人が進言してくれると信じて改めて口を開いた。

 

「あのブレインって人は武技も使えるみたいだし、この世界では中々の強者みたいだから、新たな力や強さの獲得について役立つと思うんだ。それにちょっとした有名人でもあるみたいだから、情報収集にも役に立つと思うし……、もしかしたら、ちょっとした隠れ蓑にも使えるかもしれない」

 

 内心では恐々しながらも説明するペロロンチーノに、アルベドとパンドラズ・アクターはそれぞれ真剣に聞いて考え込んでいる。アルベドは細い顎に指を添えて思考を巡らせた後、顎から指を離して改めてペロロンチーノへと目を向けた。

 

「……確かにペロロンチーノ様の仰る通り、役には立つと思われます。しかし、あの者が我々の言う通りに動くとも思えません」

「ああ、それについては考えがあるんだ。……これを使おうと思うんだけど」

 

 ペロロンチーノは宙にアイテムボックスを開くと、その中に手を突っ込んでガサガサと中を探り始めた。

 数十秒後、漸くアイテムボックスから抜かれた彼の手には二つの金色のリングのような物が握り締められていた。

 アルベドとパンドラズ・アクターが興味深げに見つめる中、ペロロンチーノは良く見えるように二人の目の前にそれを差し出した。

 

「これは“緊箍児双対(きんこじそうつい)”。元々は調教用のアイテムなんだけど……」

 

 ペロロンチーノが取り出してきたのは二つの金色のリングであり、しかし大きさは全く違っていた。

 ペロロンチーノは大きなリングを右手に、小さなリングを左手にそれぞれ持つと、このアイテムの使用方法を分かり易く説明していった。

 この“緊箍児双対”は二つで一つのセットアイテムであり、大きなリングがサークレット、小さなリングがブレスレットになっていた。先ほどペロロンチーノが述べた様に、本来は調教用のアイテムである。

 使い方としては、まずはブレスレットの方に一つのキーワードを記録させて装備する。そしてサークレットの方を調教したいモンスターや魔獣などに取り付ける。サークレットのリングには服従効果があり、取り付けただけでもある程度ならば対象を服従させられた。しかしユグドラシルではよくあることだが、レベル差や種族特性などによっては服従効果があまり効かない場合もある。そんな時にブレスレットに記録させたキーワードを唱えれば、サークレットの服従効果が向上し、更に服従させられる確率が高くなるというものだった。因みに、キーワードを使用して服従効果を向上させた場合、サークレットを装着させた対象にダメージも負わせてしまうため注意が必要なアイテムでもあった。

 

 

「まぁ! それではこのアイテムは、首輪とリードのような物なのですね! なんて素晴らしいのでしょう!!」

 

 説明を聞いてすぐ、アルベドが嬉々とした表情を浮かべて声を上げてくる。金色の双眸が爛々と輝き、白皙の頬が鮮やかに紅潮しているのは見間違いだろうか。

 何やらイケナイ空気をアルベドから感じるような気がして内心ドギマギしながらも、ペロロンチーノはブレスレットのリングをパンドラズ・アクターへと差し出した。

 

「こっちはパンドラ、そしてこっちはブレインに装着させればいい。そうすればブレインはパンドラに服従して言うことを聞くはずだ。……あっ、念のためにキーワードを記録させるのも忘れないようにな」

 

 一応念のため忠告しながらパンドラズ・アクターに手渡す。パンドラズ・アクターは一度椅子から立ち上がると、ペロロンチーノの傍らまで歩み寄って片膝を付き、頭を下げながら恭しく両手でリングを受け取った。少しの間マジマジと手の中のリングを見つめ、それでいて自身の腕へと丁寧に装備する。

 サークレットの方はアルベドへと差し出すと、アルベドも恭しく頭を下げながらリングを受け取った。

 

「……このような素晴らしいアイテムをご下賜頂けるとは…、とても光栄でございますっ! 必ず! ペロロンチーノ様のご期待に応えてみせますっ!!」

「うん、期待してるよ。でも、くれぐれも無理はしないようにな。何かあったらすぐに逃げるようにしろ」

Zu Befehl(畏まりました)。全ては至高の御方々の御言葉のままにっ!!」

 

 パンドラズ・アクターは素早く立ち上がると、再びビシッと敬礼をする。

 ペロロンチーノは普段の彼にしては珍しく、威厳に満ちた様子で鷹揚に頷いて返した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 その後もペロロンチーノと長い話し合いを続け、漸くまとまってペロロンチーノが円卓の間を去った後。

 アルベドとパンドラズ・アクターはペロロンチーノが去っていった扉に向けて下げていた頭をゆっくりと上げた。

 

「……我が創造主たるモモンガ様との共演に引き続き、このような大役を頂けるとは…っ! ペロロンチーノ様のご期待に、何が何でもお応えしなくてはなりませんね」

 

 自身の手首に装備されたリングを見つめながら、パンドラズ・アクターは決意を新たにするように静かに呟く。しかし任務の内容が内容だけに、ペロロンチーノの望む全てに完璧に応えるためには、それ相応の準備が必要となる。

 早速宝物殿に戻って準備をしなければ! と退室する旨を伝えるためにアルベドを見やり、そこでアルベドの金色の双眸と視線がぶつかった。

 

「……パンドラズ・アクター」

「はい、何でしょうか、アルベド様?」

「………今のペロロンチーノ様は、シャルティアの事でスレイン法国に対してとても過敏になっておられるわ」

 

 少し言いよどみながらも紡がれた言葉に、パンドラズ・アクターは先ほどのペロロンチーノの様子を思い出して小さく頷いた。

 確かに彼女の言う通り、先ほどスレイン法国への情報収集を命じられた際、今まで感じたことがない程のドロドロとしたものをペロロンチーノに感じた。シャルティアが実際に何をされたのか詳しいことは知らないが、それが相当ペロロンチーノの不興を買ったのだろう。でなければ、今ナザリックに残っている三人の至高の主の中でも一番他種族に友好的と言えるペロロンチーノがあんな感情を抱くはずがない。

 

「だからこそ、あなたには失敗は決して許されないわ。ペロロンチーノ様は危なくなれば逃げるように仰られていたけれど、スレイン法国の情報が掴めず逃げたとしても、無理をしてあなたに何かがあったとしても、きっとペロロンチーノ様はお怒りになってお許しにならないわ」

 

 まるで忠告のような言葉を口にするアルベドの表情はいつになく真剣なもの。

 パンドラズ・アクターもそれは重々承知していたため一つ大きく頷いた。

 

「勿論、分かっていますとも。決して御方々の……ペロロンチーノ様を失望させは致しませんっ!」

「ええ。私たちも協力は惜しまないからバックアップは任せて頂戴。……全ては至高の御方々の御心のままに…!」

「そうですね。全ては至高の御方々のために……っ!!」

 

 決意にも似た二人の声が、円卓の間に高らかに響き渡った。

 

 




ペロロンチーノの男に対する二人称が『君』も『お前』も違和感を感じてしまう。
どうしましょう……(汗)

*今回の捏造ポイント
・“緊箍児双対”;
金色の大小のリングで、サークレットとブレスレットの二つで一つのセットアイテム。調教用アイテム。ブレスレットにキーワードを記録して装備し、服従効果のあるサークレットを調教したい対象に取り付ける。レベル差や種族特性などによって服従効果があまり効かない場合は、ブレスレットに記録させたキーワードを唱えれば、サークレットの服従効果が向上し、更に服従させられる確率が高くなる。因みに、キーワードを使用して服従効果を向上させた場合は、サークレットを装着させた対象にダメージも負わせてしまう。

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