世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回はウルベルト様回です!
何やら久々なように感じられる(笑)
そして最近、一話が短くなってきている気がする……(汗)


第32話 差し伸べた手

 豪華な邸宅が立ち並ぶ、どこか長い歴史を感じさせるレトロな街並み。石畳の大きな道を一台の大きな馬車が軽快な足取りで奥へと進んでいく。ガタゴトと激しく揺れる馬車の中でウルベルトは窓から見える景色を横目に眺めながら内心で大きなため息をついていた。

 ここはバハルス帝国の帝都アーウィンタールにある高級住宅街。

 貴族という存在を毛嫌いしているウルベルトの事を考えれば、彼が最も足を踏み入れそうにない場所ではあったが、ここに住む人物に呼ばれてしまっては行かないわけにもいかなかった。今乗っているこの馬車も、ウルベルトたちを呼んだその人物が用意したものだ。

 ウルベルトたちをこの場に呼んだのは、帝国四騎士の一人であるバジウッド・ペシュメル。

 誰が考えても無視して良い人物ではなく、そのためウルベルトは仕方なく要請に応じ、カルネ村から帰って来て早々にこの場にいるのだった。

 

 

 

「……ウルベルト様、これからどういたしますか?」

「………こら、この姿の時にその名で呼ぶな」

「失礼いたしました。レオナールさーー、ん」

 

 不意に向かいに座っているユリから声を掛けられる。

 ウルベルトは窓から視線を外すと、ユリに向き直りながら組んでいた足を逆足へと組み変えた。

 

「少なくとも表面上は友好的に接するつもりだ。だが、裏や目的がないかは引き続き探る。……お前たちにも働いてもらうぞ」

 

 最後の言葉は自身の足元の影へと向けられたもの。瞬間、ウルベルトの影がほんの微かに蠢いた。

 数秒後、ウルベルトの目の前で影から一つの細長いモノが伸びて浮かび上がってくる。ウルベルトたちの目の前には一体の影の悪魔(シャドウデーモン)が跪いて深々と頭を下げていた。

 この悪魔は今回の件を心配したデミウルゴスが護衛として付けたシャドウデーモンの内の一体である。他にも何体ものシャドウデーモンがウルベルトの影の中に潜んでいた。過剰ともいえるシャドウデーモンの数に内心で苦笑を浮かべながら、しかしウルベルトは彼らを護衛として使う気は全くないため、それは別に構わなかった。

 

「お前たちは現地に到着後、屋敷の影に潜んで屋敷内に散れ。屋敷内や屋敷にいる人間について調べ、怪しい動きをしないか見張れ」

「……ウルベルト様…、しかし……それでは御身の護りが……」

「………前にも言ったが、私の護衛は不要だ。お前たちは大人しく私の言葉に従っていたまえ」

「……畏まりました」

 

 シャドウデーモンは今一度深々と頭を下げると、次にはウルベルトの影へと沈み消えていった。瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように馬車の動きがピタッと止まる。どうやら目的地に着いたようで、ウルベルトは一つ深い息を吐き出すと組んでいた長い足をゆっくりと解いた。

 真正面に座っているユリ。そして彼女の隣で無言のまま座っているニグンへと目を向ける。

 

「……さて、それじゃあ行くとしようか」

 

 気合を入れるようにもう一度だけ息をつくと、ウルベルトは外側から開かれる扉を確認してから馬車の外へと足を踏み出した。

 馬車を出た瞬間、目に飛び込んできたのは目を瞠るほどの大豪邸。全体的に落ち着いた雰囲気を漂わせてはいるものの、敷地や屋敷の大きさは勿論の事、壁や柱の装飾に至るまで全てが見事なものだった。恐らくこの高級住宅街にある屋敷の中でも一、二位を争えるのではないだろうか。

 しかし今や栄えあるナザリック地下大墳墓を本来の住居とするウルベルトたちは、あまり圧倒されることも感心することもなかった。見るからに貴族的な様相に、ウルベルトが内心でケッ! と悪態をつくのみである。

 ウルベルトは屋敷から出てきた執事と思われる老齢の男に迎えられると、そのまま屋敷内へと案内された。

 長い廊下を進んでいき、到着したのは応接室として使っているのであろう一室。

 室内には赤地に金の細かな模様が描かれた絨毯が敷かれており、短足の大きなテーブルと、それを囲むようにして幾つもの寝椅子(カウチ)や一人用のソファーが置かれていた。

 

「どうぞ、こちらに掛けてお待ちください。すぐに主人を呼んで参ります」

 

 ここまで案内してくれた男が一礼と共に部屋を出ていく。

 ウルベルトは軽く室内を見回すと、そのまま一人用のソファーへと歩み寄って腰を下ろした。背もたれに深く背を預け、長い足を組む。

 瞬間、ウルベルトの足元の影が小さく蠢き、多くの気配が飛び出したと同時に跡形もなく消えていった。

 ウルベルトは無言のまま肩を竦ませると、未だ立っているユリとニグンへと座るように促した。

 ユリとニグンは寝椅子に並んで腰を下ろし、数分後にはメイドがワゴンと共に入室してくる。

 カチャカチャという小さな陶器の音と、ふわりと漂う紅茶の香り。

 ウルベルトたちの目の前に紅茶が入れられたティーカップがそれぞれ置かれ、それから更に数分後、扉が勢いよく開いたと同時に漸く屋敷の主が姿を現した。

 

「いやぁ、待たせちまって、申し訳ない!」

 

 腹に響くほどの大声と共に現れたのは、荒々しい空気を纏った大柄な男。

 その背後には見知らぬ二人の男と一人の女。そしてこちらは見覚えのある一人の貴婦人が付き従っていた。

 

「またお会いできましたね、ネーグル殿」

「……これはこれは、まさかまたお会いできるとは思っておりませんでした。無事に屋敷に戻られたようで何よりです」

 

 声をかけてきた貴婦人に、ウルベルトはソファーから立ち上がって軽く礼を取る。彼女はデモンストレーションを行った際に助けた冒険者やワーカーたちが“シャーロット”と呼んでいた女だった。

 ユリとニグンも立ち上がって軽く礼を取る中、大柄な男を中心に全員がウルベルトたちと対峙するような位置に移動してくる。

 彼らは改めてウルベルトたちに席を勧めると、自分たちも近くの寝椅子やソファーへと腰を下ろした。

 ウルベルトの真正面に腰かけるのは、やはりと言うべきか、屋敷の主である大柄の男だった。

 

「俺はバジウッド・ペシュメル。俺の嫁さんを助け、今回の招待にも応じてくれて礼を言う。……育ちは上品じゃないもんでな、不快にさせるかもしれねぇが勘弁してもらえると助かる」

「いえ、構いません。私どもも高貴と言われるような身の上ではありませんので。……それよりも、そちらの方々は?」

 

 ウルベルトの言葉に、バジウッドの太い眉がピクッと片方だけ小さく反応する。しかしすぐさま何事もなかったような表情を浮かべると、次には少し離れた位置に腰掛けている二人の男と一人の女へとそれぞれ視線を向けた。

 

「ああ、こいつらは俺の同僚だ。今噂になってるあの“サバト・レガロ”に会うって言ったら押しかけて来やがったのさ」

「それは……、とても光栄なことですね。しかし、同僚というのは……」

「帝国四騎士のメンバーだ。知らねぇか? あっちに座っているのが“不動”のナザミ・エネック。隣に座っているのが“激風”のニンブル・アーク・デイル・アノック。そしてあっちに一人で座っているのが“重爆”のレイナース・ロックブルズ。……そして俺が“雷光”としてこいつらを纏めている」

 

 最後にニヤッとした笑みを浮かべるバジウッドに、ウルベルトはチラッと三人を見やった。

 ニンブルは真っ直ぐにこちらを見つめて観察しているようだったが、他の二人は全く微動だにせず、まるでこちらに一切の興味がない様な表情や雰囲気を醸し出している。

 しかし一方で、彼らが実はこちらを注意深く窺っているのが感じられた。警戒……とまではいかないが、正体を探るような、そんな気配。

 ウルベルトは歪んだ笑みを浮かべそうになる顔を必死に抑えながら、代わりに穏やかな笑みを浮かばせて柔らかく金色の瞳を細めさせた。

 

「そうでしたか。大変失礼いたしました。……何分、帝国に来たのはまだ最近でして、まだまだ知識不足なようです……」

「……ほう、今まではどこに? あなた方ほど強ければ、今まで名が知れ渡っていない方が不思議に思えますが」

 

 今まで黙っていたニンブルが不意に会話に参加してくる。

 少し身を乗り出すようにして問いかけてくるのに、ウルベルトはニッコリとした笑みを浮かばせた。

 

「各地を転々としていました。今までは主に魔法やアイテムなどの研究ばかりしていたので、我々の名が知られていないのも当然だと思います」

「……なるほど。それじゃあ、何で帝国でワーカーになったんだ?」

「これまでの研究の成果や自分たちの力を試したくなった……と言うのが一番の理由ですね。何故帝国なのか……は、国の上層部に組する四騎士であるあなた方ならばお分かりになるのではありませんか?」

 

 バジウッドもウルベルトも表情はそれぞれ笑みを浮かべている。しかしその瞳はどちらも一切笑ってはおらず、鋭い光を宿していた。まるで何かの駆け引きをするかのように鋭く互いを観察し、言葉を紡いで相手を探り合う。この場にモモンガやペロロンチーノがいれば、ひえ~~っと情けない悲鳴を上げていただろう。

 しかしそんな中、不意にウルベルトの頭の中に〈伝言(メッセージ)〉が繋がり、ウルベルトは金色の瞳をほんの微かに揺らめかせた。

 

『……ウルベルト様』

 

 〈伝言(メッセージ)〉の相手は、この屋敷に散っていったシャドウデーモンの内の一体。

 ウルベルトは一つ瞬きをして再度強い光を瞳に宿らせると、その一方で〈伝言(メッセージ)〉へも意識を向けた。

 

『……どうした、シャドウデーモン?』

『隣の部屋に四人の人間種の男たちが控えており、こちらの会話を盗み聞きしているようです。如何いたしましょうか?』

『……その四人はどんな奴らだ?』

『二人は全身鎧を着ているため騎士だと思われます。もう一人は老人で、こちらは恐らく魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないかと……。最後の一人は他の三人よりも仕立ての良い服を纏っているため、貴族だと思われますが……』

 

 途中で言い淀むシャドウデーモンに、ウルベルトは内心で首を傾げた。

 

『なんだ? 何か気になることでもあったのか?』

『……はっ。それが、他の三人が男のことを“陛下”と呼んでいたのです』

『……陛下……?』

 

 〈伝言(メッセージ)〉から聞こえてきた報告内容に、ウルベルトは思わず小さく眉を潜めさせた。すぐにそれに気が付いて慌てて表情を引き締めさせたものの、頭の中では多くの疑問と困惑が渦巻いている。今自分たちはどういった状況にあるのかが今一正確に掴めず、苛立ちにも似た感情が胸に湧き上がってきた。

 普通、他者が“陛下”と呼ぶ存在は、国の統治者に他ならない。しかし仮に隣室にいるのが帝国の皇帝だとして、そんな人物が何故こんなところにまで来てこちらの会話を盗み聞く必要があるのかが分からなかった。もしかしたら自分たちのことを警戒しているのかもしれないが、ここには側近ともいえる四騎士全員が揃っている。ならば、彼らに情報を収集させればいい。自分で行動せずにはいられない人物であるなら、こんなところで盗み聞きするのではなく堂々と帝城の謁見の間にでも呼び出せば済むことだ。

 

(……それとも、やはり隣室にいるのは皇帝ではない違う人物なのか…?)

 

 口では必死にバジウッドと会話しながら、それでいて忙しなく思考を回転させる。

 笑顔と共に礼品を差し出してくるバジウッドにこちらも笑顔で応えて受け取りながら、頭の中では〈伝言(メッセージ)〉でシャドウデーモンへと指示を出していた。

 

『今は取り敢えずその場に待機して奴らの行動を監視しろ。何かあればすぐに報告するように』

『はっ、畏まりました』

 

 短い言葉と共に〈伝言(メッセージ)〉が切られる。ウルベルトは内心で大きな息をつくと、改めて目の前のバジウッドたちへと意識を向けた。

 どうしようかと少しの間思考を巡らせる。

 目の前のバジウッドや隣に座る貴婦人、周りの四騎士を素早く見やり、一つ探りを入れてみようと徐に口を開いた。

 

「……そう言えば、皆さんはどうやって四騎士になったのですか? 試験か……、或いは闘技大会のような物でもあるのでしょうか?」

「いえ、これといった試験や闘技大会のような物はありません」

「まぁ、今後どうなるのかは分からんがな……。……四騎士に興味でもあるのかい?」

「ええ、好奇心から来る興味ではありますが……。宜しければ伺いたいですね」

 

 ワザとらしいまでのニッコリとした笑みを浮かべて小首を傾げてみせる。

 ニンブルは綺麗なまでの柔らかな微笑を浮かべ、バジウッドは何も勘付いた様子もなく、ただひょいっと肩を竦ませた。

 

「あまり面白い話でもないんだがな……。まぁ、簡単に言っちまえば、俺たちは皇帝陛下直々に仕官するよう勧誘されたのさ」

「私もそうですね。とても光栄なことです」

「……ほう、皇帝直々に…ですか……。それは、皆さんはよほどお強いということでしょうか」

「まぁ、腕っ節には自信があるがな。陛下は能力があれば生まれや身分は問わないお人だし……、有名になれば陛下から声を掛けられる可能性もあるって訳だ」

「なるほど……。では、例えば有名になれば……隣室から突然皇帝陛下が現れて勧誘される、なんてこともあるのでしょうか?」

 

 瞬間、ピシッと空気が一気に張りつめた。まるで戦場のような緊迫した空気。

 小さな呼吸音さえも煩く聞こえそうな静寂の中、不意にそれらを振り払うように小さな笑い声が空気を震わせた。

 

「……フッ、あるかもしれねぇな」

 

 バジウッドがニヤリとした笑みを浮かべ、鋭い双眸でウルベルトを見据えてくる。まるで真正面から受けて立たれたような……、突き付けた刃を受け止められたような、そんな感覚。

 ウルベルトは深い笑みを浮かべてそれに応えながら、しかし内心ではやはりこんな見え透いた鎌かけには引っ掛からないか……と舌打ちを零していた。

 シャドウデーモンを使っての監視及び情報収集の限界を感じ、思わず顔を顰めそうになる。

 対象に気付かれずに観察して動向を探ることに関しては、シャドウデーモンは文句の付け所がないほどに優秀だ。しかし当たり前ではあるが、シャドウデーモンはあくまでも潜んだ影から動向を窺うことしかできない。対象に実際に接触して探りを入れることはできないのだ。

 

(……裏から探れる者……、密偵がほしいものだな。)

 

 唐突にそんな考えが頭を過る。

 密偵……、いや、この場合は密偵というよりも内通者と言った方が正しいだろうか。

 一瞬ドッペルゲンガーを使って成り代わりからの密偵という手段が頭に浮かんだが、しかしそれはバレた時のリスクが断然大きいためすぐに思考を打ち消す。それよりかは内通者を作った方がリスクが少ないように思えた。内通者の影にシャドウデーモンを潜ませておけば、例え内通者がこちらを裏切ろうとしたとしても即対応もできる。

 手っ取り早くここにいる誰かを内通者に仕立てられないだろうか……とウルベルトはそっと目の前の人間たちへと目を走らせた。

 まずは目の前のバジウッド・ペシュメル。

 見た目は荒くれ者といった感じで、言動も荒々しさが目立つ。これまで集めさせた情報からも、彼は元々平民の……それも路地裏で暮らすような身の上だったらしい。一見国や主に忠誠心はないように思えるが、しかしそれは誤りであることをウルベルトは既に知っていた。

 では、彼の隣に座っている貴婦人はどうか。

 チラッと目を向け、しかしウルベルトはすぐさま彼女から視線を外した。

 彼女に関する情報は取り立てて集めさせてはいなかったが、それでも見るからに夫を立てる様な姿にすぐさま彼女を標的にするのは考え直す。第一、彼女の立ち位置ではウルベルトたちの求める情報を手に入れることは難しい様な気がした。

 ウルベルトは目の前の二人から不自然にならないように視線を外すと、次は少し離れたところに座っている三人の人間へと目を移した。

 まずはナザミ・エネック。

 腕を組んだ状態でドカッと椅子に腰を下ろして無言を貫く姿勢は正に“不動”。目を瞑って微動だにしない姿はどこか元の世界(リアル)でのサムライを彷彿とさせるものだった。

 故に、彼は内通者には向かないと即時に判断を下す。忠誠心があるないに拘らず、主を裏切るような行為は嫌悪しそうな気がした。

 次に目を移したのは、ナザミの隣に腰掛けているニンブル・アーク・デイル・アノック。

 席に着いた時から彼はずっと観察するようにこちらを見つめており、時折言葉を挟んでくる時もこちらの配慮が感じられる。集めた情報によると彼は貴族の生まれであるらしく、言動も非常に礼儀正しい。言うなれば“優等生タイプ”であるらしかった。

 これも内通者には向かないな……とウルベルトは思わずため息を出しそうになった。しかし何とかそれを寸でのところで呑み込むと、続いてウルベルトは次の人物へと目を移した。

 最後にウルベルトが目を向けたのはレイナース・ロックブルズ。

 一人で一番離れたソファーに腰掛けている彼女は、こちらを見るどころか顔すら背けて我関せずとばかりに紅茶を飲んでいる。一番取っ付き難く隙がなさそうな人物ではあったが、一方で彼女はある意味、四騎士の中では一番興味深い人物だった。

 集めた情報によると、彼女は元々領地を持つ貴族の娘だったらしい。しかし唯の貴族令嬢ではなく、槍を片手に領地を荒らす魔物を駆逐するような勇敢な少女だったのだという。しかし討伐した魔物から顔に呪いを受けたことにより婚約者から婚約を破棄され、今まで守ってきた親族にすら見放されて追放された。その後、四騎士となって手に入れた力によって家と婚約者への復讐を果たし、今は呪いを解く方法を必死に探しているらしい。行動理念や思考回路は全て己を中心としたものであり、主である皇帝にすら「陛下よりも自分の身を優先する」と宣言しているとか。四騎士の中では彼女が一番皇帝への忠誠心が薄いと言えるだろう。

 ウルベルトは小さく目を細めさせると、心の中でニタリと笑みを浮かばせた。

 

(内通者とするなら、彼女だな……。)

 

 今も尚こちらを見もせずに紅茶を飲んでいる美しい横顔を見つめながら、ウルベルトは強く確信する。

 立場も性格も忠誠心の薄さも申し分なく、加えて何より付け入る隙やこちらに引き入れるための手段さえもがウルベルトにとっては容易なものだった。

 正に優良物件。これで手を出さなければ絶対に後悔するだろう。

 後はどうやって彼女と上手く接触するかが問題だ。彼女がこちらに興味を持っていればまだやり様はあったのだが、今の様子では中々に難しそうである。

 さて、どうするか……と思考を巡らせ、ウルベルトはシャドウデーモンに新たな指示を命じることにした。

 すぐさま一体のシャドウデーモンへと〈伝言(メッセージ)〉を繋げ、手短に命令を言い渡す。

 短い返答と共に切れる〈伝言(メッセージ)〉を感じ取りながら、ウルベルトは改めて目の前のバジウッドへと意識を向けた。

 バジウッドはウルベルトの思考に気が付いているのかいないのか、変わらぬ様子で先ほどからずっと四騎士についてや皇帝の素晴らしさについて長々と語っている。

 ウルベルトはそれに適当に相槌を打ちながら、意識を切り替えて彼の言動を注意深く観察することにした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ワーカーチーム“サバト・レガロ”を屋敷に招いてから二時間強。

 もう少し粘りたかったものの尽く辞退され、バジウッドと四騎士たちは礼と共に去っていく“サバト・レガロ”を見送っていた。

 思わず一つ息をつき、それでいて屋敷へと踵を返す。後ろに妻と四騎士のメンバーを引き連れ、屋敷の中へと引き返していく。

 シャーロットとは途中で別れ、バジウッドたちは今までいた応接室の隣の部屋へと向かうと、ノックと共に扉を開いて室内へと足を踏み入れた。

 

「失礼しますよ、陛下」

「ノックと共に扉を開いては、ノックの意味がないのではないか?」

 

 室内に入って早々、皮肉気な言葉が飛んでくる。

 バジウッドは厳つい顔に小さな苦笑を浮かばせると、次にはひょいっとわざとらしく肩を竦ませた。

 

「まぁ、良いじゃないですか。ここは俺の家なんですし、大目に見て下さいよ」

 

 部屋の奥へと進んでいき、置いてあった椅子へとドカッと腰を下ろす。

 相手が誰であっても変わることのないバジウッドの様子に、陛下と呼ばれた男……現帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 

「仕方がない、大目に見てやろう。それで……“サバト・レガロ”の者たちはどうだった?」

 

 やれやれと首を振った後、次には少し身を乗り出すようにしてバジウッドたちへと問いかける。いつにないジルクニフの様子に、バジウッドは意味ありげに片眉を吊り上げてみせた。

 

「どうだったって……陛下もここで聞いてたでしょう?」

「話は聞いていたが様子は見えていないからな。実際に見て話していたお前たちの感想を聞きたい」

 

 今までの笑みを消して真剣な表情を浮かべるジルクニフに、一気にこの場の空気が引き締まる。

 バジウッドはそれぞれ椅子に腰かけるナザミ、ニンブル、レイナースを順々に見つめると、最後にジルクニフへと目を戻してお手上げのポーズをとった。

 

「いやぁ、あれは相当な曲者ですな。俺じゃあ手に負えませんよ」

「私も同意見です。少なくとも、頭は相当キレるかと……」

「ふむ……、確かに唯者ではないと思われます」

「……………………」

 

 レイナース以外の三人がそれぞれの感想を述べていく。

 ジルクニフも先ほどまで盗み聞いていた彼らのやり取りを思い出しながら一つ頷いて返した。

 何も考えずに会話だけを聞いていれば、唯の世間話にしか聞こえない。しかしだからこそ、相手が予想以上に頭がキレる人物だということが窺い知れた。

 今回ジルクニフはバジウッドとニンブルに会話から“サバト・レガロ”の人柄やチームとしての傾向、過去などを探らせ、ナザミとレイナースに彼らの反応を探らせようとしていた。

 しかし結果は何とも言えない不透明なもの。

 主に会話をしていたのは“サバト・レガロ”のリーダーであるレオナール・グラン・ネーグルだったが、彼はバジウッドやニンブルからの会話や問いかけに、不自然にならないようにのらりくらりと躱したり、上手く違う話題にすり替えたりしていた。

 単なる秘密主義で首を突っ込まれたくないのか、はたまた何か疚しいことでもあるのか……。

 どちらにせよ、唯者ではないことは確かだった。

 

 

「……強さはどうだ? 爺は何か感じたか?」

 

 すぐ後ろに控えるように立っている老齢の魔法詠唱者(マジックキャスター)を振り返って問いかける。

 彼は長年歴代の帝国皇帝に仕えているバハルス帝国が誇る大魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、主席宮廷魔法使いでもあるフールーダ・パラダインだった。

 

「………ふむ。残念ながら、あのレオナール・グラン・ネーグルという者にも、他の面々についても、一切何も見えませんでしたなぁ」

「なっ!?」

 

 フールーダの言葉にニンブルが驚愕の声を上げる。

 ジルクニフがニンブルに視線を向ける中、ニンブルは信じられないと言うような表情を浮かべて彼にしては珍しく取り乱したようにフールーダへと大きく身を乗り出した。

 

「そんなはずはありません! 闘技場に参加している時、レオナール・グラン・ネーグルは自分の事を純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)だと言っていたのです! それに、実際に闘技場での戦闘では確かに魔力系の魔法を多く使用していたのですよ!!」

「……ああ、確かに俺も見たぜ。間違いねぇ」

 

 ニンブルの言葉に、バジウッドも賛同の言葉と共に一つ頷く。

 フールーダはニンブルとバジウッドをそれぞれ見やると、腰ほどにも長い白い髭を右手でゆっくりと梳き上げた。

 

「……ふむ…、それが本当ならば、もしかすれば探知防御を施しているのやもしれません。その理由までは分かりかねますが……」

 

 純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)は使用できる位階に応じた目に見えぬオーラを身に纏っている。フールーダは“生まれながらの異能(タレント)”によって魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のオーラを見ることが出来た。魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)にも拘らずフールーダの目に何も見えなかったとすれば、それは対象が本当は魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないか、或いは先ほど彼が述べた様に対象が探知防御を行っているかのどちらかだった。

 

「ふふっ、更に興味をそそられるな。……もし仮に私が彼らに手を差し伸べた場合、彼らはこの手を取ると思うか?」

「……それはちょっと難しいんじゃないですかねぇ。少なくとも今はあまりに確率は低いと思いますよ」

 

 ジルクニフのどこかワクワクとした様子に、バジウッドが苦笑を浮かべて頭を振る。

 しかし彼は否定の言葉一つで諦める様な男では決してない。

 元より、バジウッドとニンブルから“サバト・レガロ”の存在について報告を受け、ひどく興味を抱いたから彼は今この場にいるのだ。

 彼らの言うことが全て本当であるならば、是非とも帝国の軍部に所属させたい。今回の事でその気持ちが更に大きくなったような気がした。

 ジルクニフは嬉々として“サバト・レガロ”についての考察や攻略法について語り始めると、バジウッドたちは呆れたような表情や苦笑のような表情を浮かべながらも自分たちの意見を述べていく。

 俄かに騒がしくなり始めた室内に、ただ一人レイナースだけが無言のまま何かを考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎて夜の闇が深くなった深夜0時。

 暗闇が一層深く漂う街外れの一角に、ウルベルトは一人ポツリと佇んでいた。

 周りにはユリの姿もニグンの姿もない。

 ただ一人で佇んで、闇空に浮かぶ細い月を何とはなしに眺めていた。

 

 

「……やはり来て頂けましたね」

 

 不意につり上がった薄い唇と、そこから零れ出る独り言のような言葉。

 ウルベルトは月へと向けていた金色の瞳を地上へと下ろすと、そのまま流れるように暗闇の一点を見据えた。

 耳に痛いほどの静寂の中、コツ…コツ…といった硬質な音が響いてゆっくりと近づいてくる。

 完全な暗闇から月明りの元へと姿を現した人物に、ウルベルトは浮かべていた笑みを更に深めさせた。

 

「待っていましたよ。正直、来て頂けるか心配していました」

「……あなたは一体何者? 私を呼び出して一体何を企んでいるの? ……いえ、それよりもどうやって…」

 

 次々と投げかけられる問いに、しかしウルベルトは軽く片手を挙げることでそれを止めさせた。

 

「私があなたを招いた方法など、今は関係のないことです。今重要なことは、あなたが私の招きに応じたという事実。……そうではありませんか?」

「……………………」

 

 ウルベルトの言葉に、相手は小さく顔を顰めさせながら黙り込む。

 まるで全てを見透かそうとするかのように鋭い瞳で見つめてくるのに、ウルベルトは更に笑みを深めさせた。

 一歩前へと進み出て、まるで招くように手を差し伸べる。

 

 

「すべて説明しましょう。まずはこちらにどうぞ……レイナース・ロックブルズ殿」

 

 まるでエスコートするかのように差し伸べられたウルベルトの手に、レイナースは警戒しながらもゆっくりと自身の手を重ねた。

 

 


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