世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は無駄に長い上に、大きな割合で原作のネタバレや台詞が占められております。
ご注意ください。


第34話 晴れ舞台

 広大な森の中に存在する巨大な湖。まるで瓢箪を逆にしたような形のその湖には濁った沼地が存在した。

 一部の亜人の集落が幾つか点在するそこは、通常穏やかな営みが繰り広げられている場所である。

 しかし、今現在そこには多くの異形の軍勢が亜人の群と対峙していた。

 動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)獣の動死体(アンデッドビースト)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)といった総勢約五千ものアンデッドの軍勢。

 対するは五つの部族全てが集まった総勢約千四百程度の蜥蜴人(リザードマン)の群。

 三倍以上もの戦力差があるにも拘らず、しかし劣勢であるはずのリザードマンたちは少しも怯んだ様子も逃げる様子もなかった。

 彼らの背後には守るべき集落があり、逃げ道など存在し得ない。

 正に背水の陣。誰の目から見てもアンデッドの軍勢の方が勝率は高く、リザードマンたちに勝機はないと思われた。

 しかし、彼らの遥か上空に浮かぶ一人の黄金の鳥人(バードマン)は、その顔を覆う仮面の奥で小さく顔を顰めさせていた。

 一定のタイミングで翼をはためかせて宙に停止しながら、軽く腕を組む。

 ペロロンチーノはアンデッドの軍勢とリザードマンの群を交互に見やると、次にはため息にも似た小さな息を吐き出した。

 

(………こりゃ、ちょっとマズいな…。)

 

 アンデッドの軍勢に対して思ったのは、そんな意外な感想だった。

 確かに数でみればアンデッドの軍勢の方が断然有利だろう。それはペロロンチーノも十分理解している。しかし何事にも例外や不測の事態などが存在することをペロロンチーノは実の姉や仲間たちから嫌になるほど教え込まれていた。実際、ユグドラシルの時にはいくらこちらの方が勝機があると判断しても予想外の出来事によって危険な目に合ったことが幾度となくあった。今回の場合はそれに加え、見るからに勝率を下げてしまうだろう要素が幾カ所にも見受けられた。

 まずはここが沼地であること。

 沼地は足がとられやすく、動きも阻害されやすい。普段は陸地で活動するアンデッドと、普段から沼地に棲んでいるリザードマンとでは、動きに明確な差が出てきてしまうことは確実だった。

 次に上げられるのは、リザードマンたちの異様な士気の高さ。

 喜びや恐怖などといった感情の起伏などないアンデッドたちに士気がないのは当たり前ではあるが、それでも相手側に高い士気があるのは不味かった。感情とは案外厄介なもので、動きだけでなく時としてその場の空気や運まで変えて引き寄せてしまう。

 この二点だけででも戦況に大きな変化を与えてしまうことだろう。

 はてさて、どうなることやら……と観察する中、漸く地上に動きがあった。

 沼の水が大きく波打ち、リザードマンたちから大気を揺るがすほどの咆哮が上がる。

 アンデッドの大軍の内、進軍を始めたのはゾンビとスケルトンの軍だった。後ろに配置されているスケルトン・アーチャーとスケルトン・ライダーとアンデッドビーストは未だ動かずその場に待機している。

 一方リザードマンたちはと言えば、一丸となってアンデッドの軍勢へと突撃していった。集落に残っているリザードマンたちもいたが、その数はひどく少数である。

 足並みを揃えて進んでいくリザードマンたちとは逆に、徐々に乱れ始めるアンデッドの軍勢。ペロロンチーノが懸念した通り、ゾンビとスケルトンたちは沼に足をとられて動きが鈍ってしまっているようだった。

 乱れた状態のまま戦闘を開始するアンデッドの軍とリザードマンの群。

 幾ら数の差があるからとは言え、整列した群と乱れた軍とでは誰もが結果は予想できる。

 加えてリザードマンたちが扱う主武器もマズかった。

 剣や槍ではなく鈍器を主とするリザードマンたちの攻撃に、スケルトンたちは成す術もなく破壊されて沼へと次々と沈んでいった。ゾンビたちはスケルトンよりも善戦しているようだったが、それでも動きが通常よりも鈍ってしまっているのは否めない。加えてリザードマンたちの誘導にまんまと嵌ってしまっているような様子も見受けられた。

 思わずやれやれ……と上空でペロロンチーノが緩く頭を振る中、しかし不意に再び動きがあることに気が付いてそちらへと視線を向けた。

 彼の視線の先で、今まで動くことがなかったスケルトン・ライダーが漸く動き始める。スケルトン・ライダーは大きく迂回するように移動しており、どうやらリザードマンたちの背後を突こうとしているようだった。

 狙いとしては悪くない。しかしリザードマンたちがそれを容認するわけもなく、リザードマンたちの集落から三体のリザードマンが出てきて突撃し、更にはスケルトン・ライダーたちは沼地に存在する罠に引っかかってその侵攻を鈍らせた。

 そして時を同じくして、ずっと動きを見せなかったスケルトン・アーチャーも漸く動き始める。スケルトンたちと戦っているリザードマンたちへ何十何百もの矢の雨を降らせ始めた。

 味方であるはずのスケルトンをも巻き込んだ攻撃ではあったが、しかしスケルトンは刺突攻撃は殆ど効かないため何のダメージも負いはしない。次々とリザードマンたちを沼へと沈めていき、しかし行動を起こすのがあまりにも遅すぎた。スケルトン・アーチャーたちが動いたのは殆どのスケルトンの軍が殲滅される寸前のタイミングであり、そのためリザードマンたちは迷うことなく狙いをスケルトン・アーチャーへと変更した。

 未だ続く矢の嵐に怯むことなく、スケルトン・アーチャーへと突撃していくリザードマンたち。

 盾役の前衛がいない状態で彼らの攻撃を防ぐ術があるはずもなく、スケルトン・アーチャーは成す術もなくリザードマンたちの手によって破壊されていった。

 最後に残されたのはアンデッドビースト。

 ウルフやスネークやボアなど……多種多様の動物のゾンビたちが隊列など関係なしにリザードマンたちへと襲い掛かっていく。これまでの戦闘からリザードマンたちは疲労を蓄積させており、アンデッドビーストは予想以上に善戦した。

 しかし、もはや数での優勢状態は逆転してしまっている。

 加えて沼地が突如盛り上がり、次には高さ凡そ百六十センチほどの円錐形の泥の塊が二体姿を現した。

 

「……!? ……あれは、湿地の精霊(スワイプ・エレメンタル)

 

 突然の精霊の登場に、上空で戦場を見下ろしていたペロロンチーノが小さく目を見開かせる。まさかリザードマンがここまでしてくるとは思わず、ペロロンチーノも些か度肝を抜かれる。

 湿地の精霊は触手を伸ばすと、まるで鞭のようにアンデッドビーストを薙ぎ払い、残り少ないスケルトンを掴み取って放り投げ、ゾンビへと巻き付いて四肢を引き裂いていった。アンデッドビーストに怯んでいたリザードマンたちも、湿地の精霊に勇気づけられるように再び力強く得物を振るい始める。

 ここまでくればもはや策も陣形もない様なもので、アンデッド軍もリザードマンたちも混戦へと突入していった。

 激しい戦闘の音や水音。怒号や咆哮や悲鳴。

 遥か上空まで響いてくる騒がしいそれらに、ペロロンチーノはゆっくりと組んでいた腕を解いてため息を出そうとした。

 しかし、その時……――

 

『――……ペロロンチーノ様』

『ん? エントマ?』

 

 不意に頭に繋がったのはエントマからの〈伝言(メッセージ)〉。

 エントマは確かコキュートスのところで彼のお目付け役をしていたはずだ。何かあったのだろうか……とペロロンチーノは思わず小さく首を傾げながら、しかしいつまでも彼女を待たせるわけにもいかず早々に〈伝言(メッセージ)〉に応答した。

 

『どうした? 何かあったのかい?』

『コキュートス様が巻物(スクロール)を使用してデミウルゴス様に〈伝言(メッセージ)〉を繋いでおります。どうやら助言を請うているようですが、如何いたしましょうか?』

『おっと、それは不味い……。分かった、俺の方から今すぐにデミウルゴスに連絡するよ。エントマは引き続きコキュートスの傍で待機していてくれ』

『畏まりました』

 

 エントマの簡潔な了承の言葉と共に〈伝言(メッセージ)〉が切られる。しかしペロロンチーノは息つく暇もなく次はデミウルゴスへと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 今現在コキュートスと〈伝言(メッセージ)〉で会話をしているせいか、中々デミウルゴスに繋がらない。

 徐々に焦りが胸に湧き上がってくる中、数十秒後に漸く〈伝言(メッセージ)〉に反応があった。

 

『お待たせしてしまい大変申し訳ございません、ペロロンチーノ様!』

 

 繋がって早々、聞こえてきたのは焦ったようなデミウルゴスの声。

 ペロロンチーノは取り敢えずデミウルゴスを落ち着かせると、次にはコキュートスとの〈伝言(メッセージ)〉の内容について何を話したのかを問い質した。

 焦る気持ちを抑え込み、固唾を呑んでデミウルゴスの言葉に耳を傾ける。

 しかしペロロンチーノの心情とは裏腹に、どうやらデミウルゴスはヒントのような言葉はかけたものの、それ以上は何も話していないようだった。

 思わず内心で安堵の息を吐き出す。

 

『それで……、コキュートスは詳しくは何て言ってたんだ?』

『はっ。“ペロロンチーノ様より、用意された軍で正面から戦うように命じられた以上、小細工などしてはペロロンチーノ様の意向に背いてしまう”と。しかし“自分だけの敗北ならば受け入れるが、ナザリック地下大墳墓ひいては至高の御方々に泥を塗るような真似はできない”と言って助言を申し出て参りました』

 

(……コ、コキュートス…っ!!)

 

 デミウルゴスからの話を聞き、ペロロンチーノは思わず口を手で覆ってズキュンッと胸を締め付けさせた。

 ペロロンチーノが感じたのは、コキュートスに対する強烈な罪悪感と申し訳なさ。先ほどまで、勝手に落胆して、勝手にため息をつこうとしていた我が身が腹立たしく思えてくるほどだ。

 やっぱり賛同するんじゃなかった……と、モモンガやウルベルトの意見に賛成したことを酷く後悔する。

 今目の前の状況は確かにコキュートスにも原因があったのかもしれない。しかし、それよりも何よりも、分かっていてわざと脆弱な軍しか与えなかった自分たちこそが最も悪いと言えるのではないだろうか。

 もしかしたら、今コキュートスは自責の念を感じてしまっているのかもしれない……。

 そう考えるだけで、ペロロンチーノはコキュートスに土下座したくなった。

 

『……ペロロンチーノ様…?』

 

 不意に聞こえてきたデミウルゴスの声に、〈伝言(メッセージ)〉が未だ繋がっていたことを思い出す。

 ペロロンチーノは一つ大きく深呼吸すると、なるべく声音に感情が乗らないように気を付けながらデミウルゴスの声に応えた。

 

『……何でもない、大丈夫だ。コキュートスの件は分かった。もしかしたら、またすぐに招集がかかるかもしれないから、心に留めておいてくれ』

『畏まりました』

 

 落ち着いたデミウルゴスの声と共に〈伝言(メッセージ)〉が切られる。

 ペロロンチーノはもう一度だけ深呼吸すると、気を取り直して地上へと再び目を向けた。

 いつの間にか戦況は大きく変わっていたようで、今は混戦ではなく強者同士の戦いが繰り広げられていた。

 アンデッドの大軍は壊滅し、リザードマンたちの群は大勢の負傷者と共に集落に引き返し、湿地の精霊の姿も既に無い。四つの頭の多頭水蛇(ヒュドラ)がボロボロの状態で沼に沈むように倒れていたが、それよりも一つの存在がペロロンチーノの目を引いた。

 

(……ああ、あいつを出したのか……。)

 

 戦場の真ん中で戦闘を繰り広げている存在を見やり、ペロロンチーノは内心で小さく呟く。

 彼の視線の先には一体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が三体のリザードマンと戦っていた。

 あのエルダーリッチはモモンガが死体から創り出した存在であり、今回コキュートスに与えた軍の中では一番レベルが高く、なおかつ唯一知性を持った存在である。レベルは確か22くらい。ナザリックの中では最弱の分類に入るが、しかしこの世界では中々の強者に分類される存在であった。

 あのエルダーリッチが出てきた以上、もはやこの場の勝敗は彼らに委ねられたも同然だ。

 果たしてエルダーリッチが勝つか、それともあの三体のリザードマンたちが勝つか……。

 固唾を呑んで見守るペロロンチーノの心境は、ひたすらエルダーリッチの勝利を願うもの。

 しかしそれは自分たちの顔に泥を塗られるだとか、負けるなんて許せないと言ったような意地でも何でもない。ただ、コキュートスが苦しまないようにという思い故だった。

 ペロロンチーノの視線の先で、エルダーリッチが前衛の盾として四体の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を召喚する。

 後衛である魔法詠唱者(マジックキャスター)魔法詠唱者が盾を用意するのは正しい選択に思われたが、しかし今回ばかりはその召喚したアンデッドの選択を間違えたようだった。

 二体のスケルトン・ウォリア―は片腕が異様に大きいリザードマンに。そして残りの二体のスケルトン・ウォリアーは白い鱗のリザードマンにそれぞれ行動を阻害される。

 二体のリザードマンが作り出した空間を、最後の一体のリザードマンが勢いよく駆け抜けていった。

 ここから始まるのは一体のエルダーリッチと一体のリザードマンによる一騎打ち。

 いや、リザードマン側は時折白いリザードマンから補助魔法を受け取っているため完全な一騎打ちとは言えないだろう。

 ともあれ、接近戦での魔法詠唱者(マジックキャスター)と戦士の戦いは、幾つもの〈魔法の矢(マジック・アロー)〉と幾つもの斬撃による単調な長期戦へと雪崩れ込んでいった。

 二体の周りでは白いリザードマンが湿地の巨腕(スナップ・グラスプ)を召喚し、四対三の激戦を繰り広げている。

 もはやどちらも余裕など存在しない。

 二体のスケルトン・ウォリアーとスナップ・グラスプは互いを破壊尽くし、白いリザードマンは沼に倒れ伏しながらもなお治癒魔法を唱え続け、巨腕のリザードマンは残りの二体のスケルトン・ウォリアーと戦い、エルダーリッチとリザードマンは終わりの見えない死闘を繰り広げている。

 永遠に続くようにも思える激闘。

 しかしそれらは、スケルトン・ウォリアーが全て打ち倒され、それによってエルダーリッチが新たな行動を起こしたことで突如終わりを迎えた。

 唐突に今まで戦っていたリザードマンへと背を向け、エルダーリッチは力尽きた様に沼に倒れ伏した二体のリザードマンたちへと突撃していく。

 エルダーリッチの狙いを正確に読み取り、ペロロンチーノは思わず小さく目を細めさせた。

 彼が狙っているのは生贄という名の駆け引き。賭けに勝てば勝率は一気に高まり、しかし賭けに負ければ一気に窮地に陥ってしまう。

 思わず固唾を呑んで注視する中、エルダーリッチを追いかけていた最後のリザードマンが握っていた氷のような得物を勢いよく振り抜いた。

 瞬間、勢いよく噴き出す白い冷気の渦。

 まるで濃霧のように視界を遮り、全てを包み込んで呑み込んでいく。

 恐らく中にいるエルダーリッチやリザードマンたちは視界が効かない状態に陥っているだろう。しかしペロロンチーノだけは視界の阻害に対する完全耐性と完全看破能力を有しているため、問題なく戦場の様子を把握することが出来ていた。うろうろと揺らめくエルダーリッチを見やり、リザードマンはどこにいるのかとペロロンチーノも視線を巡らせる。

 瞬間、大きな動きが視界に映り、ペロロンチーノは思わず空中で身を乗り出していた。

 

「マズいっ!!」

 

 思わず声を上げるも、その声が誰かの耳に届くはずもなく……。

 冷気の霧を利用してエルダーリッチへと近づいていたリザードマンは、そのまま握り締めた得物を勢いよくエルダーリッチの顔面へと振り下ろした。エルダーリッチも漸くリザードマンの接近に気が付いたようだったが時すでに遅く、リザードマンの刃がエルダーリッチの顔面に深く突き刺さる。エルダーリッチは最後の抵抗とばかりにリザードマンの首に手を伸ばして締め付けているようだったが、しかし軍配はリザードマンに上がったようだった。

 リザードマンが右手の拳を振り上げて得物の柄を殴りつけ、それによってエルダーリッチの顔面に突き刺さっていた得物が更に深く突き刺さって貫通する。

 エルダーリッチはボロボロと全身を崩れさせながら、最後には無念の表情を浮かべて無へと消えていった。

 最後に残ったのは沼へと倒れ伏した三体のリザードマンたちだけ。満身創痍でピクリとも動かないが、どうやら命は繋ぎとめているようだ。

 ペロロンチーノは思わず嘆きのため息を大きく吐き出すと、肩を落としながらモモンガへと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 数秒後、まるで待ち構えていたかのようにすぐさま〈伝言(メッセージ)〉が繋がる。

 

『……ペロロンチーノさんですか。どうしました?』

『………リザードマンとの戦闘が終わりました。残念ながら、負けちゃいましたよ』

『そうですか……。では、至急ナザリックの玉座の間に集まりましょう。守護者たちには俺の方から連絡しておきます。ペロロンチーノさんはウルベルトさんに連絡をお願いできますか?』

『……分かりました。ウルベルトさんに連絡を取った後、俺もナザリックに帰還します』

 

 モモンガの言葉に一つ頷いて、そのまま〈伝言(メッセージ)〉を切る。

 続いて次はウルベルトへと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 こちらはモモンガとは違い、繋がるのに数十秒の間が空く。

 漸く繋がって聞こえてきたのは、どこか訝しげな不機嫌そうな声だった。

 

『……どうした、ペロロンチーノ。また何か厄介ごとか?』

『厄介ごと……と言えば、厄介ごとですかね。……コキュートスがリザードマンの集落への侵攻戦で負けました。今、モモンガさんが守護者たちに招集をかけているので、ウルベルトさんもナザリックに戻ってきて下さい』

『……ああ、そういえばリザードマンとの戦闘は今日だったか。……負けたのか?』

『負けました。完敗です。これからの事もありますし、ナザリックの玉座の間に来て下さい』

『そうか、負けたか……。今日は人と会う約束があったんだが、仕方ないな。……分かった、予定を変更して今すぐ戻る』

『お願いします。俺もすぐにナザリックに戻ります』

 

 ペロロンチーノは〈伝言(メッセージ)〉を切ると、次には視線を転じて地上を見下ろした。

 地上の沼地では、生き残ったリザードマンたちが勝利の歓声を上げ、喜びの歌を歌っている。

 ペロロンチーノは暫く上空でリザードマンたちを睨み下ろすと、次にはフイッと視線を外して方向転換した。翼を大きくはためかせ、最速の速度で空を駆ける。

 ペロロンチーノは約一時間という驚きの速さでナザリックへと帰還すると、出迎えに来たシズとシャルティアを連れて第十階層へと一気に降りていった。

 その際、直接玉座の間に行ってしまっても大丈夫だろうか……と少しだけ思案する。しかしモモンガが“玉座の間に集合”と言った以上、その通りにした方が良いだろうとすぐさま考え直した。逆に変に勘ぐって集合が遅れてしまっては元も子もない。

 ペロロンチーノは第十階層の玉座の間の手前にあるソロモンの小さな鍵(レメゲトン)まで来ると、そこに一つの人影があることに気が付いた。シャルティアとシズもその存在に気が付き、人影に向けて深々と頭を下げる。

 こちらの気配に気が付いたのか一人佇んでいた人影……ウルベルト・アレイン・オードルは、こちらを振り返ったとほぼ同時に山羊の顔に小さな笑みを浮かばせた。

 

「早い到着だな、ペロロンチーノ」

「ウルベルトさんこそ早いじゃないですか。人と会う約束をしてるって言ってましたけど、大丈夫だったんですか?」

「ああ、相手には連絡を入れたからな。問題ないさ」

 

 気のない様子で肩を竦ませるウルベルトに、ペロロンチーノは思わず小さな苦笑を浮かばせる。

 しかし、ウルベルトがすぐに真剣な表情を浮かべたのに気が付くと、ペロロンチーノもつられるように真剣な表情を浮かばせた。

 

「それで? 〈伝言(メッセージ)〉では負けたとしか聞かなかったが、詳しくは何があったんだ?」

 

 言外に、ただ単に負けた訳じゃないんだろう? と問いかけてくるウルベルトに、ペロロンチーノは思わず後ろに控えているシャルティアとシズをチラッと見やった。未だモモンガも他の守護者たちも集まっていないこの場で、シャルティアとシズの目の前で無暗に話して良いような内容ではないと咄嗟に判断する。

 ペロロンチーノはウルベルトのすぐ傍まで歩み寄ると、長い山羊の耳へと嘴を寄せた。シャルティアやシズには聞こえないように気を付けながら、掻い摘んで自分が見てきた戦いの様子を説明していく。

 ウルベルトは暫く大人しくペロロンチーノの話に耳を傾けていたが、話を聞き終わると金色の瞳を小さく細めさせた。寄せていた顔をゆっくりと離すペロロンチーノを見やり、長い顎髭を扱きながら小首を傾げる。

 

「なるほど。……それで、お前はさっきから何をそんなに心配しているのかね?」

「……ぅっ……」

 

 ペロロンチーノの嘴の奥から小さな呻き声のような音が零れ出る。

 ペロロンチーノは落ち着かない様子でそわそわと小さく四枚二対の翼をはためかせていたが、次には観念したように深く大きなため息を吐き出した。

 

「……その…、ウルベルトさんとモモンガさんが怒って、コキュートスを罰さないか心配で……」

「……?」

 

 ペロロンチーノの予想外の言葉に、ウルベルトは思わずキョトンとした表情を浮かべる。マジマジと目の前の鳥頭を見やり、更に大きく首を傾げさせた。

 

「………何でコキュートスを怒って罰さないといけないんだ?」

「だって、コキュートスは負けちゃいましたし……」

「いくら負けたからって、それだけで怒って罰するわけないだろ。第一、コキュートスはわざと負けた訳じゃないんだろう?」

「勿論です! コキュートスはそんなことしてませんよ!」

 

 勢いよく身を乗り出して声高に言い募るペロロンチーノに、ウルベルトはフンッと鼻を鳴らしてニヤリとした笑みを浮かばせた。

 

「なら、怒る必要なんて何もないじゃないか。ワザとならいざ知らず、懸命にやって失敗しただけなら怒る理由自体存在しない。モモンガさんも、その辺りは分かっているさ」

 

 自信満々に言ってのけるウルベルトに、ペロロンチーノは漸く安堵の息をつく。

 どうやら心底心配していたようで、ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 

「……そう、ですね。ウルベルトさんもモモンガさんも、そんな人じゃないですもんね」

「少しは安心したか?」

「はい、お陰様で」

 

 柔らかな笑みと共に一つ頷くペロロンチーノに、ウルベルトも小さな笑みを浮かばせる。

 ペロロンチーノの後ろではシャルティアとシズが不思議そうに小首を傾げており、少女たちの可愛らしい様子に二人は軽い笑い声を上げた。

 

「いや~、ちょっとだけ気が楽になりましたよ。……さっきのウルベルトさん、ちょっとだけカッコよかったですよ」

「何言ってる。俺はいつも格好いいんだよ」

 

 冗談めかした会話に、更に二人の笑い声が零れる。

 そんな中、不意にカツン……カツン……といった硬い音が聞こえてきて、この場にいる全員が反射的に後ろを振り返った。薄暗い廊下の奥から、見慣れた骸骨がゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄ってくる。

 

「二人とも楽しそうだな。何を話していたのだ?」

 

 シャルティアとシズがいたこともあり、モモンガが堅苦しい口調で問いかけてくる。

 二人は顔を見合わせると、次にはウルベルトがニヤリとした笑みを浮かばせた。

 

「俺の格好良さについて話してたのさ」

「え、なんですか、それ……?」

 

 自信満々に胸を張る山羊頭の悪魔に、多くの疑問符を頭上に浮かべる骸骨。

 ペロロンチーノは目の前の光景を見つめると、再び楽し気な笑い声を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間に全員が集まったのは、ペロロンチーノがモモンガに戦闘の結果を報告してから約三時間後。三つ用意された玉座には、中心にモモンガ、右隣にウルベルト、左隣にペロロンチーノと、それぞれが腰を下ろしていた。

 彼らの斜め前には司会のようにアルベドが立っており、目の前には五人の異形が一列に並んで跪き深々と頭を下げている。

 モモンガたちから見て左から順に、第一から第三の階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン、第五階層守護者コキュートス、第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ、第七階層守護者デミウルゴス。第四、第八階層以外の階層守護者が勢揃いする中、まず初めに口を開いたのは、この場でただ一人立っているアルベドだった。

 

「顔を上げ、至高の御方々のご威光に触れなさい」

 

 彼女の声が向けられたのは、一列に並んだ守護者たち。

 彼らは深く下げていた頭を上げると、一心に玉座に座るモモンガたちを見つめてきた。

 

「モモンガ様、ウルベルト様、ペロロンチーノ様。ナザリック階層守護者、御身の前に揃いましてございます」

 

 アルベドもこちらへと振り返り、立ったままの状態で深々と頭を下げてくる。

 モモンガとウルベルトとペロロンチーノは互いに顔を見合わせると、一つ頷き合ってまずはモモンガが口を開いた。

 

「守護者たちよ、よくぞ我らの前に集まってくれた。まずは、デミウルゴス」

「はっ!」

 

 モモンガの声に、デミウルゴスが応えるように再び頭を下げる。

 

「バレアレの両名はそちらに送ったが、受け取り作業は無事に完了したか?」

「勿論でございます! 全ては順調に事が進んでおります」

 

 改めて顔を上げて嬉々とした声音で答える悪魔に、モモンガたちは鷹揚に頷く。

 次に口を開いたのはペロロンチーノだった。

 

「次に……、コキュートス」

「ハッ!」

 

 ペロロンチーノの声に応え、コキュートスがより一層頭を下げてくる。

 まるで懺悔するような……、首を差し出して断罪されるのを待っているような姿に、ペロロンチーノはひどく胸を痛ませた。出来ることならすぐさま駆け寄って、思い詰める必要などないのだと頭を上げさせてやりたい。しかしこればかりはモモンガによって禁止されていたため、ペロロンチーノはどうしても行動に移すことが出来なかった。

 そもそも、こういったことを発言するのはギルド長であるモモンガの役目だ。しかし今発言しているのはモモンガではなくペロロンチーノであり、それはペロロンチーノが懇願して、モモンガが条件付きで許可したからに他ならなかった。

 モモンガが出した条件とは、無暗矢鱈にコキュートスに甘い言動を取らないこと。あくまでもコキュートスに進軍を命じた主人としての態度を貫くこと。

 コキュートスに対して並々ならぬ罪悪感を感じているペロロンチーノにとっては非常に厳しい条件ではあったが、ペロロンチーノは内心半泣きになりながらも心を鬼にして更に言葉を続けた。

 

「……エントマから報告を受けた。リザードマンたちに負けたみたいだな」

 

 ここでは敢えてエントマから聞いたことにしておく。

 心配で様子を見に行き、上空で密かに見守っていたなど、モモンガからの条件がなくても恥ずかしくて言える訳がない。

 ペロロンチーノの心情に気が付いていないコキュートスは、ただ身を硬くして頭を下げ続けていた。

 

「ハッ! コノ度ハ私ノ失態、誠ニ申シ訳アリマセン! コノ……――」

「御方々様に対して失礼でしょ、コキュートス。謝罪をするなら面を上げなさい!」

「失礼シマシタ!」

 

 コキュートスの謝罪の言葉を遮り、アルベドが厳しい声で叱責する。

 しかしペロロンチーノは内心で悲鳴を上げていた。

 

(いや~~、アルベドやめたげて~~っ! 違うって、俺たちも悪かったんだって! だからそんなに責めないであげて! さっきの態度も、別にそんなに気にしてないから!!)

 

 罪悪感のあまり、精神的に息も絶え絶えになってしまう。

 しかし、こんなところでへこたれている場合ではない。コキュートスを助けられるのは俺しかいない! とばかりに、ペロロンチーノは血涙を流す思いで片手を軽く挙げると、アルベドを押し留めて顔を上げたコキュートスを見やった。

 

「……コキュートス、最初に一つだけ言っておく。俺もモモンガさんもウルベルトさんも、お前に対して一切怒ってはいないよ」

「「「っ!!?」」」

 

 コキュートスだけでなく、アルベドやデミウルゴス以外の全ての守護者たちも驚愕の表情を浮かべてくる。

 ペロロンチーノは一度大きく深呼吸をすると、心を何とか落ち着かせて再び口を開いた。

 

「何故なら、お前はわざと負けたわけではないからだ。故意に負けたのであれば相応の罰を受けてもらう必要があるが、そうでないのなら怒る理由も罰する必要もないだろう」

「……シ、シカシ……!!」

「重要なのは、その失敗から何を学び取るかだ。コキュートス、今回の事を振り返って、何がいけなかったのだと思う? どうしたら勝てたと思う?」

 

 一部ウルベルトの言葉を使わせてもらいながら、まるで子供を諭すように問いかける。コキュートスは何事かを考え込んでいるようで、すぐには返答をしてこなかった。

 しかしペロロンチーノもモモンガもウルベルトも、一切彼を急き立てるようなことはしない。ただじっと考えがまとまるのを待ち、コキュートスが漸く口を開く素振りを見せた瞬間に手振りだけで優しく促した。

 

「リザードマンタチヲ甘ク見テオリマシタ。侮リヲ捨テ、モット慎重ニ行動スベキデシタ」

「うん。他には?」

「ハイ、情報モ不足シテイマシタ。相手ノ実力ヤ武器、戦場ノ地形。ソウイッタモノガ不確カナ状態デハ勝算ハドウシテモ低クナルト思イ知リマシタ」

「なるほど。後は何かあるか?」

「指揮官ノ不足モ問題デシタ。低位ノアンデッドナノデスカラ、臨機応変ニ指令ヲ下セル存在ヲ付ケルベキデシタ。マタ、リザードマンノ武器ヲ考慮シ、ゾンビヲ主ニブツケテ疲労ヲ誘ウ、モシクハ個別ニ動カサズ全テヲ一度ニブツケルベキデシタ」

「ふむふむ。後は?」

「……申シ訳アリマセン。スグニ思イツクノハコノ辺リガ……」

 

 畏まったような態度を見せるコキュートスに、しかしペロロンチーノは仮面の奥で一気に破顔した。コキュートスの解答は予想以上のもので、モモンガたちの期待に十分応えられるものだった。

 勿論完璧な解答では決してない。モモンガたちからすれば、もう少し気になる点や修正すべき点は存在する。

 しかしそれでも、先ほどのゼロの状態と比較すれば十分すぎる成長だと言えた。

 

「いやいや、見事だよ、コキュートス! よくそこまで分析できた! お前は立派に役目を果たしたよ!」

 

 子供の成長を喜ぶような心境で、思わず感情のままにコキュートスへと称賛を贈る。しかしそれは一つの咳払いによってすぐさま止められることとなった。

 音の方角を振り返れば、モモンガがわざとらしく右手拳を口元に添えており、その隣ではウルベルトが面白そうな笑みを浮かべている。

 ここで漸くモモンガとした条件のことを思い出し、ペロロンチーノは慌てて口を閉ざして無意識に前屈みになっていた体勢も元に戻した。

 先ほどとは打って変わり、玉座の間が痛いほどの静寂に支配される。

 誰もが身動ぎすらしない中、先ほど咳払いを響かせたモモンガがコキュートスへと眼窩の灯りを向けてゆっくりと口を開いた。

 

「コキュートス、一つだけ聞きたい。お前は先ほど至らぬ点や改善点を述べていったが、何故最初からそうしなかったのだ?」

「……恥ズカシナガラ、考エ付キマセンデシタ。単純ニ力デ押セバ良イト思ッテオリマシタ」

「ふむ、なるほど。しかし、今回の敗北で先ほどの点に気が付いたわけだな? 宜しい! ならばお前の失敗は決して無駄ではなかったと言う訳だ」

「一つの失敗から何かを得ることはとても重要なことだ。それが出来たと言うならば、先ほどのペロロンチーノの言う通り、もはやお前に罰を与える必要もない。……リザードマンたちの情報も追加で手に入ったわけだしな」

「アリガトウゴザイマス、ペロロンチーノ様、モモンガ様、ウルベルト様!」

 

 モモンガたちの優しい言葉に、コキュートスが感極まったように深々と頭を下げてくる。

 今までの緊迫した空気が柔らかく緩められる中、しかしそれを引き留めるかのようにウルベルトがコキュートスからモモンガへと視線を移した。

 

「……とはいえ、こちらが負けてリザードマンたちが生き残ったのは事実。どうするかね?」

「う~ん、次はもう少し強力な大軍を送り込んでみます? 量も増やせば押し潰せそうですし」

「………そうだな…」

 

 ウルベルトの質問とペロロンチーノの意見に、モモンガが顎に右手を添えて考え込む。

 モモンガたちにとってリザードマンたちを殲滅することは既に決定事項である。後はその方法を検討するだけなのだが、しかしここで彼らの判断に異を唱える声が響いてきた。

 

「モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様! オ願イシタイ義ガゴザイマス!」

 

 瞬間、モモンガたちの動きがピタッと止まった。いや、三人の動きだけでなく、この場の全てが一瞬で動きを止める。

 モモンガたちは思わず顔を見合わせると、次には静かに聞こえてきた方角へと視線を向けた。

 視線の先にはコキュートスが傅いており、思わずマジマジとその巨体を見つめてしまう。

 コキュートスは一瞬怯んだような素振りを見せたが、意を決したように少しだけこちらに身を乗り出してきた。

 

「何卒! 至高ノ御方々様!」

「愚か!!」

 

 コキュートスの縋るような声に、しかし応じたのは鋭く高い声。

 声の主はモモンガたちではなく、憤怒の表情を浮かべたアルベドだった。

 

「栄えあるナザリックに敗北をもたらし、御方々様の深きお慈悲によって救われた身でありながら、更に慈悲を乞うなどと!! 己が分を弁えなさいっ!!」

 

 彼女の言葉はナザリックのモノであれば誰しもが心得ているもの。ナザリックのモノならば、誰もが彼女と同じことを思ったことだろう。

 しかし、唯一それに当て嵌まらない存在も確かに存在した。

 それはナザリック地下大墳墓の主にして至高の四十一人。

 彼らの主人であるモモンガたちは漸く気を取り直すと、取り敢えずアルベドを宥めながら改めてコキュートスを見やった。

 

「まぁまぁ、アルベド、落ち着いて」

「このタイミングで何かを願い出るとは、少し興味があるな……。コキュートス、構わない。お前の言うお願いしたい儀とやらを教えてくれないかね?」

 

 ペロロンチーノがアルベドを宥め、モモンガが黙ったままコキュートスを見つめる中、ウルベルトが面白そうな笑みと共に問いの言葉を投げかける。しかし中々続きの言葉を口にしないコキュートスに、ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 今更口を出したことを後悔しているのか、それともアルベドに叱責されて委縮してしまったのか……。

 ウルベルトはやれやれと緩く頭を振りながらも、安心させるように柔らかな笑みを浮かべながら促すように軽く手を差し伸ばした。

 

「ほら、言ってごらん。一度口に出した以上、それは貫かなければならないよ」

 

 柔らかくかけられた言葉は、正に優しくも恐ろしい悪魔の囁き。

 尤もウルベルトとしては全くそのつもりはないのだが、その言葉はコキュートスに更なる緊張と覚悟を抱かせた。

 

「……リザードマンタチヲ皆殺シニスルノハ反対デス。何卒ゴ慈悲ヲ」

「……ほう……」

 

 コキュートスの声だけでなく、ウルベルトの相槌の声も異様に大きく響き渡る。

 彼らの目の前ではアルベドが怒りに更に顔を歪ませ、他の守護者たちは困惑と驚きの表情を浮かべていた。

 極限まで張り詰めた空気。

 誰もがあまりに予想外の事に口を閉ざす中、しかし一人だけ空気も読まずにあっけらかんとした声を零してきた。

 

「……別に良いんじゃないですか?」

「こら、簡単に了承するな。まずは、こんな事を言い出した理由を聞くのが先ではないかね?」

「ふむ、ウルベルトさんの言う通りだな。コキュートス、理由を聞かせてくれるか?」

「ハッ! 今後、彼ラノ中カラ屈強ナ戦士ガ出現スル可能性ガアリマス。故ニココデ皆殺シニシテシマウノハモッタイナイカト思ワレマス。今後ヨリ強イリザードマンガ生マレタ時ニ、ナザリックヘノ忠誠心ヲ植エ付ケ、部下トスルノガ利益ニナルカト判断シマシタ」

 

 コキュートスからの進言の内容に、モモンガたちは思わず感心の声や吐息を小さく零していた。

 モモンガとペロロンチーノは、大きく成長した姿故に。

 ウルベルトは、コキュートスの姿や考え方に、彼の創造主である武人建御雷の姿を重ねて見えたが故に。

 ペロロンチーノは嬉しそうな笑みを浮かべると、改めてモモンガへと顔を向けた。

 

「良いんじゃないですか? 元々リザードマンたちを殲滅しようと思ったのは避難所を建設するためですし。リザードマンたちを仲間にして避難所の防衛に使えれば、外部の目くらましにもなりますよ」

「ふむ……。だが防衛面で言えば、リザードマンどもを殺してアンデッドにした方がよっぽど使えるのではないか?」

「え~、それだと全く目くらましにならないじゃないですか。ユグドラシルでは、ナザリックの周りの沼にいたのはアンデッドじゃなくて蛙でしたし」

「それはそうだが……」

 

 ペロロンチーノの言に、モモンガがう~む……と小さな唸り声を上げる。

 ペロロンチーノとしてはコキュートスへの罪滅ぼしとばかりに、彼の願いを何とか聞き届けようと必死になっていた。これでは決定打が足りないと判断すると、援軍を得るために次はウルベルトへと矛先を向ける。

 

「ウルベルトさんもそう思いますよね!」

 

 拳を握りしめて勢いよく同意を求める。

 ウルベルトはモモンガ、ペロロンチーノ、コキュートスと順に視線を巡らせると、最後にはモモンガとペロロンチーノに視線を戻して皮肉気な笑みを浮かべてみせた。

 

「……まぁ、良いんじゃないか? モモンガさんの意見も一理あるが、しかし問題なのはリザードマンたちはこの世界の住人であり、モモンガさんが創り出すアンデッドはこの世界の住人じゃないって所だ。この世界に武技や“生まれながらの異能(タレント)”やレベルアップというシステムが存在する以上、それらを我々が取得する術が見つかっていない現状では、リザードマンたちの方が強さを極める可能性を秘めていると言えるだろうねぇ」

「……………………」

 

 言外に将来生まれるかもしれない強者の確保と、リザードマンたちを使っての実験を提案するウルベルトに、モモンガは思わず黙り込んで思考を巡らせた。

 確かにウルベルトの提案はとても魅力的であり、説得力もあるように思われた。加えてペロロンチーノの発言も加味すれば、更に説得力が増してくる。

 モモンガは考え得るメリットとデメリットを比較して検討すると、最後には諦めた様に大きなため息を吐き出した。

 

「……良いだろう。ではこれより、リザードマンの集団は殲滅から支配へと変更する。異論のある者は手を挙げて伝えよ」

 

 モモンガの言葉に、しかし守護者たちからは一切の言葉は発せられない。

 無言の了解の空気に、モモンガたちは一つ頷いた。

 

「宜しい。では、それで決定とする。リザードマンを支配下に置いた後はコキュートスが奴らを統治せよ。方法は恐怖によるものでも、それ以外のものでも、どちらでも良い。重要なのは我らへの忠誠心を植え付けることだ。適切だと思う方法で統治せよ」

「言い出したのはお前自身だ。責任を持って統治するようにね」

 

 まるでペットを強請る子供に責任を言い聞かせる親のように、ウルベルトがコキュートスへと言い聞かせる。

 コキュートスはその言葉に深々と頭を下げて応えた。

 

「畏マリマシタ。不安モ多イタメ、オ力添エノ程、宜シクオ願イシマス」

「勿論だよ。必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「アリガトウゴザイマス。コノコキュートス、御方々様カラ頂イタ御慈悲ニ見合ウダケノ働キヲオ約束シマス!」

 

 モモンガたちはその言葉に鷹揚に頷くと、次はこれからの具体的な動きについて話を戻すことにした。

 

「では、これからの具体的な動きだが……」

「折角だから皆で出撃しませんか? 俺たちの力はこんなもんじゃないって、リザードマンどもに見せつけてやりましょうよ!」

「ふむ……。コキュートス、我々の力を誇示した場合、統治に差し障りはでるか?」

「……イエ、問題ハナイカト思ワレマス」

 

 少し考え込んだ後、コキュートスがすぐさま返答してくる。

 モモンガとペロロンチーノが頷き合う中、不意にウルベルトの金色の瞳が怪しく光り輝いた。

 

「我ら“アインズ・ウール・ゴウン”の出撃か……。よし、私が最高の演出を組み立てるとしよう! アルベド、デミウルゴス、コキュートス、一緒に来い! 悪名高き“アインズ・ウール・ゴウン”の晴れ舞台を飾るために会議を開くぞ!」

「はい、ウルベルト様!」

「畏まりました、ウルベルト様」

「畏マリマシタ」

「えっ、ウルベルトさん!?」

「ちょっ、まっ……!!」

 

 モモンガやペロロンチーノの制止も虚しく、ウルベルトはアルベドとデミウルゴスとコキュートスを引き連れると、さっさと玉座の間を出て行ってしまう。

 残されたのはポカンとした表情を浮かべたモモンガとペロロンチーノとシャルティアとアウラとマーレ。

 モモンガは深く重いため息を吐き出すと、シャルティアとアウラとマーレそれぞれに指示を出した後、ペロロンチーノと共に急いでウルベルトを追うのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 異常を察知して正門に辿り着いたリザードマン――ザリュース・シャシャは、門の外の沼地を見やり驚愕に目を見開いていた。

 彼の視線の先……沼の向こう側の岸辺には隊列を組んでいるスケルトンの軍。五千を超えるその大軍に、ザリュースは思わず大きく顔を顰めさせた。

 あまりにも早すぎる……。

 それがザリュースの正直な感想だった。

 アンデッドの大軍と刃を交えたのはつい昨日の事。にも拘らず、まるでこちらを嘲笑うかのように見えない相手はすぐさま更なる大軍を送ってよこしてきた。加えて信じられないことに、目の前のスケルトンの軍は全員が魔法の防具を身に纏い、魔法の武器を手に携えている。

 まるで神話に出てくるような軍勢を目の当たりにしているようで、ザリュースは思わず苦々しく奥歯を噛みしめた。

 しかし、こんなものは序の口であるとすぐに思い知らされることとなった。

 

「おい! なんだ、ありゃ!?」

 

 不意に左隣に立っていた片腕が異様に太いリザードマン――ゼンベル・ググーが驚愕の声を上げる。反射的に視線を巡らせたザリュースもまた、それ(・・)に再び大きく目を見開かせた。

 彼らの視線の先にあったのは、三十メートルを超える巨大な岩の塊。だがただの岩では決してなく、二足二腕の人型をした、独りでに動く巨像だった。

 巨像は胸部から上を森の高い木々から覗かせながら、ただじっとこちらを見つめている。しかし幸か不幸かそれは長くは続かず、巨像はのっそりと動いたかと思うと、これまた巨大な何かを頭上まで担ぎ上げて勢い良くこちらへと投げつけてきた。

 巨像が立っている場所からここまではそれなりの距離がある。

 しかし巨像が投げた何かは一直線にこちらへと飛来すると、凄まじい地響きと共に沼の泥水を頭上高くへ吹き飛ばした。瞬間、まるで雨のように泥水が勢いよく降ってくる。

 ザリュースたちは咄嗟に顔を背けながら泥水を被った後、恐る恐る閉じていた瞼を開いて再び沼地や森の方角へと視線を向けた。

 一体どこに消えたのか、先ほどの巨像は既に森のどこにもおらず、影さえ見つけることが出来ない。代わりに沼地の中心には、巨像が投げた物であろう凸型の巨石が存在感を醸し出しながら横たわっていた。

 次から次へと起こる信じ難い現象に、ザリュースたちは一体何を相手にしているのかと不安と恐怖を湧き上がらせる。

 そしてそんな彼らの感情を更に煽るかのように、アンデッドの大軍が静かに動き始めた。

 中心部分に配置されていたアンデッドたちが左右の同胞を残して凸型の巨石へと歩み寄っていく。泥に邪魔されて遅い歩みではあるものの、アンデッドたちは凸型の巨石まで到着すると、次々と持っていた盾を地面に敷いてその上に四つん這いになり始めた。

 一列が出来上がれば更に一列。それが出来れば更に一列、と。アンデッドたちは既に四つん這いになった同胞の背に自身の盾を乗せてはその上に四つん這いになり、次のアンデッドもそれに続いていく。

 数分後には、そこには大量のアンデッドによって形作られた階段が出来上がっていた。

 あまりの予想外すぎる行動と光景に、ザリュースたちは思わず呆然とした表情を浮かべる。

 しかし次の瞬間、何か巨大な恐怖のようなものを感じ取って、ザリュースは咄嗟に未だ階段にならずに残っているアンデッドの軍勢へと目を戻した。

 中心部分に配置されていたアンデッドたちが移動して階段になったことで、そこには軍を左右に別けるように一つの大きな道が出来上がっている。

 ザリュースが感じた恐怖の源はその道の先の奥。知らず息を殺して凝視する中、不意に彼の視界に大きな一つの影がゆらりと浮かび上がってきた。

 それは一見、どこか荷車のようにも見える何か。しかし徐々にそれが近づいてくるにつれ、ザリュースは知らず鋭く息を呑んでいた。

 彼が荷車と間違えていたのは、四体のスケルトンが担ぎ上げた立派な輿。上には豪奢な椅子が設置されており、その椅子には一体のアンデッドが腰を下ろしていた。

 見た目は漆黒のローブを身に纏ったスケルトン。しかし感じられる力は圧倒的で、昨日何とか倒すことが出来たエルダーリッチが可愛らしく思えてくるほどだった。全身から滲み出ている禍々しいオーラも、眼窩に揺らめく深紅の灯火も、恐ろしくて堪らない。

 正に死の支配者というべき存在が、そこに存在していた。

 輿の横では頭に二本の角と腰に翼を生やした悪魔と思われる絶世の美女と、闇森妖精(ダークエルフ)の美少女が付き従っている。

 

「………あれが“偉大なる御方”、って奴か」

「恐らく、そうだろうな……」

 

 昨日打ち倒したエルダーリッチが幾度となく口にしていた言葉を思い出し、ザリュースとゼンベルが苦々しく表情を歪ませる。あんな邪悪な存在が自分たちの命を脅かしているのだと嫌悪し、しかしそれと同時に確かにあれほどの存在であれば“偉大なる御方”という呼び名に相応しいと納得もしていた。

 死の支配者は開かれた道を進んでアンデッドの階段まで到着すると、漸く椅子から立ち上がって自身の足で階段を上り始めた。その後ろに女悪魔とダークエルフの少女が付き従い、凸型の上段に死の支配者が、下段に女悪魔とダークエルフの少女がそれぞれ場を占める。

 一体何が起こるのかとザリュースたちが必死に恐怖と戦いながら注視する中、不意に死の支配者はまるで何かを手招くように両腕を前方に伸ばして軽く掲げた。

 

「……っ!? おい、あれを見ろ!!」

「な、なんだ、あれは!?」

「まさか……。おい、嘘だろっ!!」

 

 異変に気が付いたリザードマンたちが、次々と声を上げて空を指さす。

 分厚い雲に覆われた空には一つの巨大な影と、それに付き従う多くの影が無数に浮かんでいた。

 

「……おいおい、こりゃあ、本当にヤバいぞ…!!」

「そんな……! ドラゴンっ!?」

 

 ゼンベルに続いて、ザリュースの右隣に立っていた白いリザードマン――クルシュ・ルールーが悲鳴を上げる。

 彼女の言った通り、そこには立派な体躯の黄金色のドラゴンが翼を広げて宙に浮かんでいた。ドラゴンの周りには数多の鳥系のモンスターが付き従うように飛び交っている。そして何より驚くべきことは、ドラゴンの背の上に黄金色のバードマンと人間のような見た目の美少女とダークエルフの少年が佇んでいることだった。

 ドラゴンは鳥系のモンスターたちを空に残し、死の支配者たちのいる凸型の巨石へと舞い降りていく。

 バードマンが死の支配者のいる上段に。そして人間のような見た目の美少女とダークエルフの少年が下段に下りた瞬間、新たな悲鳴がリザードマンたちから響き渡った。

 

「おい、あれはなんだ!?」

「今度は何が起こるんだ!!」

「……あ、熱い! 熱い! 助けてくれ!!」

「みんな、全員沼から上がれ!!」

 

 ドラゴンが背に乗る三人を完全に下ろして凸型の巨石の傍らに腰を下ろしたその時。

 突如凸型の巨石を中心に沼地に巨大な魔法陣が出現し、次の瞬間、沼地の広範囲が沸騰した湯のように沸き立ち始めた。

 足に触れていた泥水が熱湯へと変わり、ザリュースたちは堪らず泥水から足を引き抜いて柵の上へと逃げる。酷い火傷を負った足に顔を歪めながら改めて水面を見てみれば、水面はぶくぶくと忙しなく水泡を噴出して音を立てていた。魔法陣の中の水面は更に熱を帯びているのか、激しく波打ちながら湯気を立ち昇らせている。

 そして水面が赤みを帯びて盛り上がったかと思った瞬間、突如紅蓮に燃え立つドロドロとした液体と共に炎の塊が沼の中から勢いよく這い出てきた。炎の塊は伸縮自在に形を変えながら、まとわりつく泥水を容赦なく蒸発させて燃やし尽くし、最後には灰へと変えていく。

 細い触手を伸ばして動く様子にザリュースは“スライム”という名前を思い出すが、しかし目の前の存在は今まで見たスライムとは似ても似つかないほどに巨大であり、また強大な威圧感を放っていた。

 炎の塊は一度ブルッと身体を震わせてその身に残っていた最後の灰を振り落とすと、次には中心から渦を巻いて内部を曝け出し始めた。

 巨体の中身は空洞になっていたようで、そこには二足歩行の山羊のような異形と尻尾を生やした人間のような男、そして正体が良く分からないピンク色の化け物が宙に浮かんでいた。

 空洞には無数の触手が蠢いており、山羊の異形は触手の上に器用に足を組んで腰を下ろしている。

 しかし完全に中身を露出させると、次には椅子と化していた触手が更に伸びて山羊の異形を凸型の巨石の上段へ。尻尾の生えた人間のような男を下段へとそれぞれ運んでいった。因みにピンク色の異形は自身で空を飛んで下段の方へと場を占める。

 死の支配者はバードマンと山羊の異形を迎えると、次には三つの玉座を出現させてそれぞれに腰を下ろした。

 その光景は、恐ろしいことに“偉大なる御方”なる存在が一人ではなく三人もいることを示している。

 ザリュースたちはどうしようもない絶望感に意味もなく詰めていた息を小さく吐き出すことしかできなかった。

 これから何が起こり、どうなっていくのか……。

 どちらにしろ主導権は相手側にあり、ザリュースたちは大きな恐怖と焦燥感に苛まれながらただ相手側が再び動き出すのを待つことしかできない。

 数分後、山羊の異形が何かを振り払うような素振りを見せた瞬間、突如どこからともなくリザードマンたちの集落から凸型の巨石までを繋ぐ巨大な橋が出現した。

 白亜で出来ているような純白のその橋は、細かな装飾に彩られてとても美しい。しかしその橋の続く先は正しく地獄であり、また、相手側が橋を用意したということはこちらに来いと言う意思表示に他ならなかった。

 恐らくは何らかの要求……或は、対話を求めているのかもしれない。

 ならば、それ相応の者がこの橋を渡る必要があった。

 

「――……弟よ…」

「っ!! おお、兄者!」

 

 不意に声をかけられ、咄嗟にそちらを振り返る。視線の先にはザリュースの兄であり、この同盟連合の総指揮官でもあるシャースーリュー・シャシャが厳しい表情を浮かべながら立っていた。

 恐らく彼もザリュースと同じことに思い至っているのだろう。そしてその苦々しい表情から、彼が何を望んでいるのかもザリュースは推察することが出来た。

 

「……恐らく奴らは我らに何か言いたいことがあるのだろう。弟よ、一緒に来てくれるか?」

「ああ。勿論だ、兄者」

 

 兄が感じているであろう罪悪感を吹き飛ばすように、ザリュースは殊更はっきりと頷いて応える。シャースーリューも頷きを返すと、よじ登っていた柵を降りて純白の橋の上へと飛び降りた。ザリュースも右隣のクルシュと挨拶を交わし、兄に続いて橋の上へと飛び降りる。正直に言って火傷を負った足がひどく痛むが、そんなことを言っている場合ではなく、ザリュースはシャースーリューと並び立ちながら真っ直ぐに凸型の巨石へと歩み寄っていった。

 橋の上にいるというのに、未だ沸き立つ沼からは耐えがたいほどの熱が感じられる。また、一歩足を踏み出す度に前方から威圧感が感じられ、熱いというのに冷や汗が噴き出して止まらなかった。

 しかしここで立ち止まっては確実に滅びは免れず、二人は自身を奮い立たせながら何とか凸型の巨石の前まで歩み寄った。

 頭上から見下ろされる状況に、まるで視線が重力にでもなったかのように押し潰されるような感覚に襲われる。

 

「俺は、リザードマンの代表、シャースーリュー・シャシャだ! そしてこの者こそリザードマン最強の者!」

「ザリュース・シャシャだ!」

 

 まるで弱気を吹き飛ばすように声高に名乗りを上げる。

 しかし頭上の絶対者たちは一言も言葉を口に出さず、重たい沈黙のみがそれに応えた。

 代わりに応えたのは尻尾が生えた人間のような男。

 

「……至高の御方々に拝謁しているというのに、礼儀がないにもほどがある。『平伏したまえ』」

「「っ!!?」」

 

 瞬間、まるで見えない巨大な手に全身を抑え込まれたかのように橋の上に身体が沈んだ。

 咄嗟に起き上がろうとしても身体はピクリとも動かず、只々滑らかな橋の表面に全身を押し付けるだけで終わった。

 

「御方々様、聞く姿勢が整ったようです」

「ふむ、デミウルゴス、ご苦労。頭を上げよ」

「『頭を上げることを許可する』」

 

 女悪魔が上段の主に声をかけ、主たちはそれに頷いて更なる命を下してくる。

 ザリュースたちは男の言霊によってやっと頭だけ自由を取り戻すと、反射的に頭上の存在を仰ぎ見た。

 

「初めまして、リザードマンの諸君。我々は“アインズ・ウール・ゴウン”。まずは初めに、我々の実験に協力してくれたことに感謝の意を示そう」

「そこで、提案なんだけどね。勝利を手にすることのできた君たちを祝し、我々の支配下に入ることを許そうと思うんだ」

「だが勿論、君たちはそれを断ることもできる」

 

 死の支配者、バードマンと続き、最後に山羊の異形が甘やかな言葉を口に乗せる。山羊の異形はニヤリとした笑みを浮かべると、黄金色に輝く瞳をも笑みの形に歪ませた。

 

「これから四時間後、コキュートスという名の我らの忠実なるシモベがたった一人でお前たちに戦いを挑む。その際、お前たちはそれに応じるか応じないかを選ぶことが出来る。戦闘に勝利できればお前たちは完全なる自由を手に入れる。我々はお前たちから完全に手を引くことを約束しよう。戦闘に負けても、残された者たちは我らの支配下に入り生き延びることが出来る。そして戦闘自体を拒否した場合……、お前たちは我らの手によって一人残らず死に絶えることになるだろう」

「「っ!!」」

 

 それは選択という名の脅迫。見せしめという名の生贄の儀式に他ならなかった。

 しかしザリュースたちリザードマンたちには、もはや現状を変えられるだけの力も手段も存在しない。

 これは既に決定事項であり、そうであるが故に偉大なる存在たちはまるで興味を失ったかのように玉座から立ち上がって簡単にザリュースたちから視線を外した。

 

「お前たちに伝えたかったのはこれだけだ。では、さらばだ、リザードマン。〈転移門(ゲート)〉」

 

 初めに死の支配者が別れの言葉を口にし、闇の扉を出現させて中へと立ち去っていく。

 

「四時間後を楽しみにしてるよ。頑張ってくれ、リザードマン」

「精々悔いのないように選択したまえ。それでは御機嫌よう、リザードマン」

 

 死の支配者に続いてバードマンと山羊の異形も一言と共に闇の中へと消えていく。

 

「さようなら、リザードマン」

「じゃあねー。リザードマンさん」

「さらばでありんす、リザードマン」

「あ、あの、えっと、じゃあ、元気でいて下さい」

「ではさようなら」

 

 優雅に元気に妖艶に無邪気に無機質に。異形の配下たちが各々の言葉と共に主の後に続いていく。

 最後に残った尻尾の生えた男は、酷薄な笑みを浮かべたまま静かにザリュース達を見下ろしていた。

 

「『自由にして良い』。さて、たっぷり楽しんでくれたまえ、リザードマン」

 

 ザリュースたちの戒めを完全に解き、柔らかな笑みと共に闇の中へと消えていく。

 気が付けばドラゴンや炎の巨大スライムや鳥系のモンスターたちの姿も既に無く、この場に残されたのはザリュース達とアンデッドの大軍のみであった。

 

「………ちくしょうが…」

 

 いつにないシャースーリューの苦々しい声が、虚しく響いて消えていった。

 

 




皆さん、お気づきでしょうか……、34話にして未だ原作四巻が終わっていないと言う事実に……!(白目)

今回の〈伝言〉は携帯を参考にしております。通話中、他の電話が入った時に分かる機能ですね。
この機能が〈伝言〉にもあり、デミウルゴスはペロロンチーノの〈伝言〉に気が付いて、コキュートスとの〈伝言〉を途中で切っています。
原作ではどうなのか分かりませんが、当小説の独自設定だと思って頂ければと思います。
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