世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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前回に引き続き、ちょっとした不調(スランプ)が続いております……(汗)
あぁ、もう少し更新速度を早くしたい……!!


第37話 強者と弱者

 リ・エスティーゼ王国の東の端に存在する城塞都市エ・ランテル。

 この都市を拠点として活躍しているアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンことモモンガは、街中を歩きながらヘルムの奥で小さなため息をついていた。

 モモンガの存在に気が付いて笑顔と共に手を振ったり声をかけてくる人間たちに軽く応えてやりながら、しかし内心では更なるため息を吐き出している。モモンガを憂鬱とさせているのは、冒険者組合(ギルド)の組合長であるプルトン・アインザックの最近の自分に対する対応についてだった。

 ここ最近、アインザックは冒険者モモンをこの街に縛り付けようとあの手この手でアプローチをかけてくる。

 食事に女、金、名誉、果ては恩を売るという画策さえしてくる始末。

 モモンガとてアインザックの狙いや願いが理解できぬほど馬鹿でも子供でもない。ありとあらゆる欲を満たして引き入れようとする手段も決して間違ってはおらず、非常に効果的であることも分かっている。

 しかし自分の正体が人間ではなくアンデッドである以上、彼のアプローチの方法は非常に対応に困るものだった。

 食欲もなければ性欲もない。加えて食欲に関しては飲食自体が不可能なのだ。金は正直喉から手が出るほど欲しいのだが、名声を上げたいモモンガにとっては金にがめつい部分など他者に見せたくも知られたくもなかった。ついでに言えば、借りも作りたくない。

 よって、どちらにしてもアインザックの要望には全く応えることが出来ず、モモンガは毎度彼の猛攻を対処するのに非常に苦労していた。

 

(……でも、今回のは興味深い依頼だったな。対応も比較的簡単そうだし。)

 

 先ほどもアインザックに呼ばれて今まで会話をしていたのだが、今回は比較的対処が簡単なアプローチ方法で、モモンガは少しだけ気分を浮上させた。

 今回アインザックが選択したアプローチ方法は、難易度の高い依頼からの出来るだけの滞在期間延長という方法にしたようだった。

 依頼内容は『万能薬となる薬草の採取』。目的の薬草はトブの大森林の奥地に生息しているらしく、非常に危険な場所にあることから30年ほど前も同じ依頼で多大な犠牲が出たらしい。

 とはいえ、この世界のレベル水準を考えれば、モモンガ一人でも十分対処可能な案件なような気がしてきてしまう。加えてトブの大森林はペロロンチーノの管轄であるため、彼に応援を頼めば目的の薬草も早々に見つかると思われた。

 

「殿~。今日はどこに行くのでござるか?」

 

 傍らでのっしのっしと巨体を揺らしている巨大なジャンガリアンハムスターが声をかけてくる。

 この巨大なハムスターは、以前トブの大森林で“森の賢王”と言う名で恐れられ、今はナザリックの傘下に加わって冒険者モモンの従獣となっている“ハムスケ”である。因みに“ハムスケ”という名はモモンガが適当に命名したもので、その後ペロロンチーノに『こいつメスですよ?』と言われて衝撃を受けたのはまた別の話である。

 何はともあれ、つぶらな瞳でこちらを覗き込んでくるハムスケに、モモンガは片手で軽くハムスケの顔を押し返した。

 

「薬草採取のためにトブの大森林に行くことになった」

「おおっ、トブの大森林でござるか!? 懐かしいでござる~。ということは、もしや“大殿”にも会えるのでござろうか? 楽しみでござる!」

「……ちょっと、もう少し静かにしなさい」

 

 見るからにウキウキし始めたハムスケに、すかさずナーベラルから注意の声が飛ぶ。しかし、それでも弾む心は抑えられないようで、一気に落ち着かなくなったハムスケの様子にモモンガは思わず小さな苦笑を動かない顔に浮かばせた。

 ハムスケが“大殿”と呼んでいるのは、ペロロンチーノの事である。

 彼女はナザリックの傘下に加わってメンバーたちとそれぞれ顔合わせをした時から、何故かペロロンチーノのことは“大殿”、モモンガのことを“殿”、ウルベルトのことを“ご主人”と呼ぶようになっていた。どういった違いがあるのかはさっぱり分からないが、ハムスケ自身も何となくそう呼んでいるだけのようでもある。こちらとしても別段不快に思うことでもないため、モモンガたちは彼女の好きなように呼ばせていた。

 

「殿~、早く大殿に会いたいでござるよ。早く行くでござる!」

「まぁ、待て。まずは連絡を取ってからだ」

 

 余程ペロロンチーノに会いたいのか、ハムスケが忙しなく声をかけてくる。それを軽く宥めながら、モモンガはペロロンチーノへと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 何事かしているのか、すぐにはペロロンチーノからの応答は返ってこない。しかし一分もかからぬ内に軽い感覚がモモンガの頭の奥で響いてきた。

 

『ペロロンチーノさん、モモンガです。今少しだけ良いですか?』

『モモンガさん? どうかしたんですか? 別に大丈夫ですよ』

 

 不思議そうな声音ながらもペロロンチーノは快く耳を傾けてくれる。

 彼の優しさに心癒されて笑みの雰囲気を醸し出しながら、モモンガは今回請け負った依頼について手短に説明していった。

 

 

 

『――……それで、何か心当たりがないかと思って連絡したんですけど……。何か思い当たることはありませんか?』

『う~ん……、それならザイトルクワエの頭頂部に生えている薬草の事じゃないですかね……』

『ザイトルクワエって……、確かペロロンチーノさんがアウラとシャルティアと一緒に調べた魔樹のことでしたよね?』

『はい。モモンガさんが言った場所って、ザイトルクワエがいた場所だと思うんですよ。で、本体はデカすぎて無理だったんですけど、分裂体が手に入ったのでナザリックに連れて帰ってアウラに調べてもらってるんですよね~。確か分裂体の頭頂部に薬草が生えているって報告があったはずです』

『ああ、なるほど。ならナザリックに戻れば手に入れられますかね?』

『そうですね、手に入れられると思いますよ。アウラは今はナザリックにはいないので、戻って案内するように伝えておきましょうか?』

 

 ペロロンチーノからの申し出に、モモンガは思わず小首を傾げさせた。

 自分の記憶が確かなら、アウラは今日はナザリックの守護の任務に就いているはずだ。それが外に出ているということは何かあったのだろうか……と思わず内心で更に首を傾げさせる。

 

『何かあったんですか?』

 

 短く問いかければ、途端にペロロンチーノからの声が途切れる。

 妙な沈黙が流れる中、しかしそれはあまり長くは続かなかった。

 どう説明すべきか悩んでいただけなのだろう、一拍後にはペロロンチーノは途切れ途切れになりながらも今の状況を説明してくれた。

 彼の話によると、現在トブの大森林では“東の巨人”と“西の魔蛇”と呼ばれる存在が、自分たちを倒すために手を組んで勢力を集めているらしい。幸い“東の巨人”の居場所はすぐに分かり捕縛することが出来たとのことだが、“西の魔蛇”の方は未だ居場所すら不明な状況であるらしかった。

 

『“西の魔蛇”の居場所を知っていそうな子鬼(ゴブリン)を見つけたので、これから向かおうとしていたんですよ。アウラは何かあった時のために蜥蜴人(リザードマン)の集落で待機させているんですけど、“西の魔蛇”も“東の巨人”と同程度であれば警戒もあまり必要なさそうですし、ナザリックに戻らせても問題ないと思います』

『“西の魔蛇”、ですか……。ハムスケみたいな未知の魔獣だったら面白いですね』

『まぁ、そうですね。でも、“東の巨人”が妖巨人(トロール)だったので、あまり期待はできなさそうですけどね……』

 

 〈伝言(メッセージ)〉越しにペロロンチーノの覇気のない声が聞こえてくる。

 モモンガは少し思案した後、頭に浮かんだ考えに徐に再びペロロンチーノへ“声”を飛ばした。

 

『ペロロンチーノさん、もし良ければ俺も同行させてもらっても良いですか? どちらにしろナザリックに薬草を取りにそちらに行かなくちゃいけませんし、折角ならペロロンチーノさんとちょっとした冒険もしたいですし』

『ああっ、良いですね! 俺は勿論オッケーですよ! ハムスケもいるなら何か分かるかもしれませんしね!』

 

 軽く提案してみれば、ペロロンチーノはすぐに快諾の言葉を返してくれる。

 モモンガは仲間との久しぶりのちょっとした冒険に心を躍らせながら、すぐ合流しようと歩く足を速めた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「お待たせしてしまってすみません、ペロロンチーノさん」

 

 ところ変わって、ここはトブの大森林の西側の深奥部。

 “冒険者モモン”から通常の姿に戻ったモモンガは、合流したペロロンチーノへと軽く挨拶の言葉をかけた。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。別にそれほど待ってはいませんから」

 

 目の前に立つ黄金色の鳥人(バードマン)ことペロロンチーノは、全く気にした様子もなく気軽に頭を振ってくる。

 モモンガは心優しい友人の言葉に笑みの雰囲気を漂わせながら、ふと友人の同行者たちへと眼窩の灯りを向けた。

 ペロロンチーノの傍らでこちらに跪いているのはコキュートス。そしてその背後にはコキュートスの配下である虫系の異形が数体跪いて頭を下げており、何故か数十体のリザードマンたちの姿もそこにはあった。コキュートスの傍らには小さなゴブリンの子供が怯えたように立ち尽くしており、恐らくこのゴブリンがペロロンチーノが〈伝言(メッセージ)〉で言っていたゴブリンなのだろうと予想をつけた。

 

「……コキュートスたちが一緒にいるのは良いとして、何故リザードマンたちもここにいるのだ?」

「社会見学ですよ、モm……じゃなくて、アインズさん。何事も、見たり経験したりすることは必要でしょう?」

 

 リザードマンたちがいるためすぐさま魔王の口調となったモモンガに気が付き、ペロロンチーノも咄嗟に彼への呼び名を変更する。

 難儀なことだ……と二人ともが内心で呟くものの、しかし気を取り直して話を進めることにした。

 

「“東の巨人”と名乗っていたトロールと何体かの魔獣は生け捕りにできたので、エントマにナザリックへ運んでもらっています。“西の魔蛇”については、大体の場所は分かるみたいなんですけど、詳しい場所までは分からないみたいなんですよね~」

 

 ペロロンチーノはゴブリンの子供へと視線を向け、ゴブリンの子供はそれに気が付いて小さな悲鳴と共にブルッと身体を震わせる。

 何とも哀れな様子に、しかしモモンガは何も感じることなく一つ頷いて返した。

 

「そうなのか。……実は道中ハムスケにも聞いてみたのだが、どうやらハムスケは“西の魔蛇”の存在すら知らなかったようでな」

「え~、そうなんですか……。意外と役に立たないな」

「お、大殿~~。それはひどいでござるよぉ~~」

 

 ペロロンチーノからの暴言に、ハムスケが漆黒のつぶらな瞳を途端にうるうると潤ませる。

 しかしそれを気にするペロロンチーノやモモンガではない。

 未だに何かを訴えているハムスケをナーベラルに任せ、二人は今後の行動について詳しく話し始めた。

 

「……それで、これからどうするんだ?」

「今、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちを複数体放って周辺を探索させています。この近辺にはいる筈なので、恐らくそれらしいのは見つけられると思うんですよね~」

「ふむ……」

 

 ペロロンチーノの行動に、モモンガは骨の指を顎に添えながら思考を巡らせた。

 本当に近辺に“西の魔蛇”とやらがいるのか。仮に本当にいたとして、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちは見つけることが出来るのか。見つけられた場合と見つけられなかった場合の行動や対策はどうすべきか……。

 細かいところを上げれば考えなければならないことはいくつもある。

 自分たちにとって最良の行動は一体なんであるのか考え込む中、不意に複数の気配を感じてモモンガたちはそちらを振り返った。

 

「……お待たせしてしまい申し訳ございません、ペロロンチーノ様」

 

 気配と共に姿を現したのは三体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たち。

 彼らはこの場にモモンガやナーベラルたちがいたことに驚いた様子も見せずに、ただその場に傅いで深々と頭を垂れていた。

 

「ご苦労様。どう? “西の魔蛇”っぽい奴は見つかった?」

「はっ。ここより更に西に10キロほど進んだ先に大きな沼地がございました。そこに“西の魔蛇”と思しき存在と多くの魔獣の存在を確認いたしました」

「おおっ、ドンピシャっぽいじゃないか! じゃあ、その沼地まで案内を頼むよ」

「畏まりました。こちらです」

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちは素早く立ち上がると、先導するように森の更に奥へと足先を向ける。

 モモンガやペロロンチーノは多くのシモベたちを引き連れて、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の後ろに続いて森の奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは本当に“沼”という言葉が相応しい場所だった。

 リザードマンたちが棲み処としている沼地とは大きさも環境も全く違う。

 目の前にある沼地は直径が大体300メートルほどで、沼の水は濁って辺りにはゴミクズのような落ち葉などが至る所に浮かんでいた。周辺には生き物の影は一切なく、しかし沼の中に水性の魔獣などが多く潜んでいるのか、水面が不自然に波打って蠢いている。

 不気味さすら感じられる目の前の沼地。

 しかしモモンガとペロロンチーノが思い浮かべたのは『汚い』という言葉のみだった。

 

「……どうします、アインズさん?」

「………飛んで進む他ないだろうな。この沼の中に足を踏み入れるのは極力避けたい」

「ですよね~。……もし戦闘にでもなったら、泥が跳ね飛ばないところまで上昇して攻撃した方が良さそうですね」

 

 如何に汚れずに済むか話し合い、モモンガとペロロンチーノは深く頷き合う。

 他に飛行できるモノ――ナーベラルと一部のコキュートスの配下たちはモモンガとペロロンチーノと共に上空から進み、その他のモノたちは沼地の中を進んでモモンガたちに付き従うことになった。

 因みにリザードマンたちとゴブリンの子供とハムスケは沼地に足を踏み入れずにその場に待機である。

 リザードマンたちは既に一度戦闘を経験しているため今回は見学のみとなり、ゴブリンの子供は考えるまでもなく足手まとい。ハムスケの場合は毛が汚れては後が面倒臭そうだと判断されたためだった。

 何はともあれ、進行組と待機組に別れたモモンガたちは、警戒を緩めないように気を引き締めさせながら沼地の奥へと進むことにした。

 片や淀んだ空気を、片や濁った水をかき分けながら前へと進んでいく。水面下で怪しい気泡や波紋を生み出している正体不明のモノたちはモモンガたちの進行に押される様に奥へ奥へと一か所に後退っていった。

 瞬間、ザバアァッという大きな音と共に激しく泥水が跳ね上がる。

 モモンガとペロロンチーノが思わず顔を嫌そうに顰めさせる中、泥水と共に姿を現したのはナーガを中心とした多くの水系の亜人や獣たちだった。

 

「貴様ら、何者だ!! 何をしに来た!!」

「侵入者め、八つ裂きにしてくれる!!」

 

 胸下から上が人間であり、それより下は蛇という亜人――ナーガたちが口々に吠えたてて、まるで威嚇するようにバシャバシャと水面を叩く。しかしモモンガもペロロンチーノも、彼らがただ単に感情のままに騒がしくしている訳ではないことに気が付いていた。モモンガが何もないはずの空中へと眼窩の灯りを向け、ペロロンチーノが激しく波打つ水面を凝視する。

 

「……ちょっと静かにしてくれないかな~。そんなに騒がしくしなくてもバレバレなんだから」

「残念ながら我々に“不可視化”は通用しない。無駄なことは止めることをお勧めする。そこにいるのが“西の魔蛇”と呼ばれているモノかな?」

 

 ペロロンチーノとモモンガの言葉に、途端にあれだけ騒いでいた亜人たちが一気にシーンっと静まり返る。彼らの双眸は大きく見開かれ、その顔には驚愕と恐怖の色が浮かんで、身体は硬直したかのように全ての動きを止めていた。

 喧騒から静寂へ。

 この場にいる全てのものが微動だにせず、音が死んだような静けさが漂って、まるで時が止まったかのような錯覚を覚える。

 しかしそれはあまり長くは続かなかった。

 モモンガが凝視している空間が不意にぐにゃりと歪み、一拍後には一体のナーガが警戒した表情を浮かべながら佇んでいた。

 

「……おぬしらは一体何者だ? わしの透明化を見破るなど……――」

「ああ、そういうのは良いから。それよりもこっちの質問に答えてくれないかな? 君が“西の魔蛇”と呼ばれている存在かな?」

 

 ナーガの言葉を途中で遮り、ペロロンチーノが腕を組みながら問いかける。

 上空から見下ろすような形で問い質すその様は正に森の王者に相応しい威容を誇っており、しかし幸か不幸かペロロンチーノ本人は全くそのことに気が付いてはいなかった。ただ、見るからに怯んだような素振りを見せるナーガに小首を傾げさせる。

 無言のまま凝視するペロロンチーノとモモンガの圧力に負けたのか、暫くの空白の後にナーガは漸く鈍く口を開いてきた。

 

「……おぬしらの言う通り、わしこそが“西の魔蛇”と呼ばれるモノじゃ。名を、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンという」

「長っ!!」

「なんだ、随分と礼儀正しいではないか」

 

 ペロロンチーノがナーガの……リュラリュースの名前の長さに驚きの声を上げる傍らで、モモンガが少しだけ感心したような声を零す。

 リュラリュースたちが無言でこちらを凝視してくるのに、そこで漸くモモンガたちは自分たちが未だ名乗っていないことを思い出した。

 

「……ああ、これは名乗らずに失礼した。私は“アインズ・ウール・ゴウン”の一人で、アインズという」

「そして俺が、同じく“アインズ・ウール・ゴウン”の一人であるペロロンチーノだ。君たちが倒そうとしている“黄金のバードマン”張本人だよ」

「「「っ!!」」」

 

 モモンガの言葉よりもペロロンチーノが最後に付け加えた言葉によってリュラリュースたちの身体が一層強張る。しかしその一方で、まるでこちらの思考や行動を見極めようとするかのように鋭く見つめてくるのに、モモンガは内心で感心したような声を零していた。

 

「お互いに名乗り合ったことではあるし、早速本題に入るとしよう。“西の魔蛇”よ、我々がわざわざこんな所に来た理由に思い至るかね?」

「………一体、何だと言うのだ」

「なに、ひどく簡単なことだ。……命が惜しいなら服従しろ」

「え、こいつらを傘下に加えるつもりですか?」

 

 リュラリュースたちが驚愕の表情を浮かべる中、傍らのペロロンチーノも驚きの声を上げる。余程予想外だったのか、ペロロンチーノはモモンガとリュラリュースを交互に見やると、次には不思議そうに首を傾げさせた。

 

「そんなに、この蛇が気に入ったんですか? ハムスケとは違って、俺にはどこにでもいる様なナーガにしか見えませんけど」

「……意思の疎通ができ、ある程度の判断能力や考えるだけの知能も持っている。唯の獣ではない以上、少なからず価値はあるとは思わないか?」

「まぁ、そりゃあ、“東の巨人”のトロールよりかは何倍も話は通じそうですけど……」

「何っ!? おぬしら、グに会ったのか!!?」

 

 次はリュラリュースから驚愕の声が飛んでくる。

 ペロロンチーノはモモンガからリュラリュースへと視線を移すと、次にはコトリと逆側に小さく首を傾げさせた。

 

「会ったっていうか……、実験用に捕獲したって言った方が正しいかな」

「っ!!? 実験用に……捕獲した、じゃと………?」

「傘下に加えるにはあまりにも性格や思考回路に難があったからね。でも、ちょっと興味深いことが分かったから捕獲することにしたんだよ。本当は殺そうと思ってたんだけどね~」

 

 何でもないことのように軽く言ってのけるペロロンチーノに、リュラリュースは信じられないと言ったように驚愕の表情を張り付けさせた。しかしその表情には恐怖の色も確かに色濃く浮かんでいた。見開かれた瞳には恐怖と焦りの光が宿り、無意識にかそれとも意図的にか、じりじりと後退るように徐々にモモンガたちから距離をとろうとしている。

 しかしそれを許すモモンガたちではなかった。

 

「………捕獲せよ……」

 

 ポツリと独り言のように呟かれたモモンガの声。瞬間、今まで無言のまま微動だにしていなかったコキュートスたちシモベたちが突如リュラリュースたちに襲い掛かっていった。

 弾かれたように逃げ出し始めるリュラリュースや多くの亜人や獣たち。しかしコキュートスたちは容赦なく彼らを蹂躙していく。

 とはいえ、今回命じられたのはあくまでも捕獲であり、殺しの命令は出ていない。コキュートスたちは対象を殺さぬように気を付けながら、一方で一匹も逃さないように魔法や特殊技術(スキル)を駆使してすべての亜人や獣たちを捕獲していった。

 かかった時間は凡そ五分程度であろうか。

 圧倒的な数の差がありながらも一匹も逃がさなかったのは流石と言うべきだろう。

 しかし、やはりと言うべきかそれなりに難易度は高かったようだった。亜人や獣の多くは無傷による捕縛ではなく、死なない程度の傷を負わされて動けない状態にさせられていた。

 沼のあちこちから多くの呻き声や悲鳴のような声が小さく響いている。

 しかしモモンガもペロロンチーノも一切構う様子はなく、ペロロンチーノなどはコキュートスたちの手際の良さに感嘆と称賛の声すら上げていた。

 

「わぁ、お見事! みんなご苦労様! 全員逃がさなかったのはすごかったよ、感心した!」

「アリガトウゴザイマス、ペロロンチーノ様」

 

 コキュートスを筆頭に、シモベたちが歓喜に身を震わせながら跪いて深々と頭を垂れる。

 彼らの微笑ましい様子を横目で見つめながら、モモンガは宙を進んでリュラリュースの元へと近づいていった。

 

「折角の提案に返事もせずに去ろうとするなど、とても失礼なことだと思わないかね?」

 

 目の前に倒れ伏しているリュラリュースを見下ろし、いっそ優しさすら感じられる声音で問いかける。

 リュラリュースは他の亜人や獣たちと同様に、まるで突っ伏すように沼の中に沈んでいた。蛇の胴体は大きく深く切り裂かれ、恐らくまともに動くことすら難しいだろう。傷口からはドクドクと大量の血が沼へと流れ出ており、早く治療をしなければ出血多量で死ぬかもしれない。

 モモンガは近くに控えていた一体のコキュートスの配下に命じると、リュラリュースの長い頭髪を掴ませて顔を上げさせた。

 

「……もう一度問おう、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。我らに服従するつもりはあるかね?」

 

 シモベの手によって上げさせた泥だらけの顔を真正面から見つめ、モモンガが高圧的に問いを投げかける。

 リュラリュースは目の前に突き付けられた不気味な髑髏に、恐怖にブルッと大きく身体を震わせた。

 

「……し、します! 我らはあなた様方に服従し、忠誠を誓いますっ!!」

 

 沼中に響き渡る、リュラリュースの悲鳴のような声。

 それに気が付いて、ペロロンチーノがコキュートスたちから離れてモモンガの元へと近寄ってきた。

 瞬間、リュラリュースの身体がビクッと大きく震えて硬直した。

 

「………ふむ、賢明な判断だな」

「なに? 本当に服従したんですか?」

 

 小さく呟いているモモンガに、ペロロンチーノがモモンガとリュラリュースを交互に見やる。

 しきりに首を傾げさせる友の姿に、モモンガは眼窩の灯りをペロロンチーノへと向けると、そのまま小さな笑い声を零した。

 

「フッ、……私がこのモノたちを傘下に加えることがそんなに不思議か?」

「まぁ、そうですね。こいつらがハムスケみたいな見たこともない魔獣だったり、不思議な力を持っていたりしたら別に不思議じゃないんですけど。でも見た感じ、こいつらはどこにでもいる普通の亜人や獣じゃないですか。傘下に加えるメリットも特になさそうですし……」

「例え今メリットがなくとも、後に使い道が出てくるかもしれない。殺してしまっては利用することもできなくなってしまうだろう?」

「つまり、貧乏性ってことですか?」

「ふむ……、少し違うような気もするが……」

 

 ペロロンチーノの“貧乏性”という言葉に、モモンガは小さく首を傾げさせる。とはいえ完全に違うとも言い切れず、モモンガは肩を竦ませるだけに留めることにした。

 

「……とはいえ、このモノたちの面倒は当面トブの大森林の担当であるペロロンチーノさんが担うことになる。ペロロンチーノさんが負担になると言うのなら、先ほどの話はなかったことにしても構わない」

 

 モモンガからすれば、リュラリュースたちの“必要になるかもしれない”という可能性よりも、大切な友人であるペロロンチーノの身の方が断然大事だ。彼が負担になると言うのならばリュラリュースたちを殺すという選択肢を取るのは当然の事であり、自分自身が行動を起こすことも吝かではなかった。

 しかし、リュラリュースたちからすれば堪ったものではない。折角繋がったはずの自分たちの首を、みすみす捨てるようなことなどできる筈がない。

 リュラリュースは激痛を訴えてくる身体に鞭を打ちながら、目の前の絶対者たちへと必死に頭を下げた。

 

「わ、我々はあなた様方に絶対の忠誠を誓います! 命じられたことは何でもします! か、必ずやお役に立ってみせますっ!!」

 

 泥水に顔を沈ませることも厭わずに何度も土下座のように頭を下げる姿はひどく憐れみを誘う。リュラリュースの人間部分が老人の姿をしているため尚更だ。

 無感情にそれを見下ろしているモモンガの傍らで、ペロロンチーノがやれやれとばかりに頭を横に振った。

 

「な~んか、ちょっとだけ可哀想になってきたな~。……分かりました、俺が責任をもってこいつらの面倒を見ますよ」

「……そうか。命拾いをしたな、リュラリュースよ」

「ははぁっ!!」

 

 モモンガの言葉に、リュラリュースたちは大げさなまでに必死に頭を下げてくる。

 モモンガは彼らから視線を外すと、次には傍らで宙に浮いているペロロンチーノへと視線を移した。

 

「それで……、取り敢えずはナザリックに送るべきだろうか?」

「いえ、取り敢えずリザードマンたちの集落に置いておこうと思います。そこでまずはナザリック第二号の建設を手伝ってもらいましょう。あそこも沼地なので、もしかしたら結構使い勝手が良いかもしれませんし」

「ふむ、なるほど……。まぁ、ペロロンチーノさんに全て任せよう。何かあったら相談してくれ」

「勿論ですよ。コキュートスも、何かと調整とかしてもらうと思うけど、宜しくな」

「ハッ、畏マリマシタ」

 

 ペロロンチーノの言葉に、コキュートスが頭を下げてそれに応える。

 ペロロンチーノは空中で一つ大きな伸びをすると、深く息を吐き出して改めてモモンガを見やった。

 

「これで一応一件落着ですかね……。では、そろそろ戻りましょうか。モモぉ……じゃなかった。アインズさんもナザリックに戻って薬草を入手しなくちゃいけないでしょう?」

「そうだな。……このモノたちの移動などはコキュートスたちに任せるとしよう。ナーベラルとハムスケは我々と共にナザリックに帰還するぞ」

「はっ」

「分かりましたでござる!」

 

 コキュートスやその配下たちがなおも頭を下げる中、ナーベラルからの応答と共に、ハムスケからの声も遠くの沼の淵から聞こえてくる。

 それにモモンガとペロロンチーノは思わず小さな笑みを浮かべると、しかし次には自身の身体を見下ろして少しだけ顔を顰めさせた。

 

「……ナザリックに戻ったら、まずは大浴場(スパリゾートナザリック)にでも行きましょうか」

「………ああ、そうだな」

 

 別に直接泥に濡れている訳ではないのだが、漂ってくる泥臭いにおいや湿気に、何とも気持ちが悪いような不快感を覚える。

 モモンガはこの場をコキュートスたちに任せると、すぐにでも身体を洗いたい感情そのままに素早く〈転移門(ゲート)〉を唱えて空中に闇の扉を出現させた。

 まず初めにモモンガが闇の扉へと足を踏み入れ、その次にペロロンチーノが、最後にハムスケを抱えたナーベラルがその後に続く。

 闇の奥へと消えゆく絶対者たちの背を見送った後、コキュートスたちは下げていた頭を上げて早速命じられたことを完璧に成し遂げようと素早く動き出した。

 コキュートスたちの手によって、力なく連行されていく多くの亜人や獣たち。

 絶対的な強者が弱者を征服させていくその光景に、沼の淵でそれを見守っていたザリュースたちリザードマンは諦めにも似た寂しさ漂うため息を力なく吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

「………おれ、このまま逃げてもいいかな……?」

「……念のため止めておけ。一緒に俺たちの集落に来ると良い」

 

 完全に存在を忘れられていたのだろうゴブリンの子供の呟きに、ザリュースは憐れみを覚えながらもその小さな背中を軽く叩いてやった。

 

 


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