世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回はいつもより早めに更新で来たぞー!
……と言っても、いつもより少し(?)短いのですが……(汗)

今回も前回に引き続いて、視点や場所が変わります!
読み難かったりしたら申し訳ありません……。


第48話 前準備

「……帰ってしまわれるのか?」

 

 晴天の蒼と草花の豊かな緑が広がる中、イビルアイの声が心細そうな色を帯びて切なげに響く。

 ここは王国王都の外れにある丘の上。王都の景色を一望できるこの場所に複数の人影が集まっていた。

 アダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモンとナーベ。

 同じくアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の全メンバー。

 帝国に拠点を持つワーカーチーム“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグル。

 そして王国の大貴族の一人であるレエブン侯と複数人の魔法詠唱者(マジックキャスター)たち。

 何故彼らがこんな場所に集まっているのかというと、今日はモモンとナーベとレオナールが自分たちの拠点としている場所にそれぞれ戻る日であるためだった。魔法詠唱者(マジックキャスター)たちはモモンとナーベをエ・ランテルに送り届けるためにこの場におり、他の面々は彼らの見送りである。

 誰もが少なからず笑みを浮かべている中、しかしイビルアイとラキュースだけはひどく落ち込んだように表情を翳らせていた。尤もイビルアイの場合は仮面をつけているため顔は見えないのだが、それでも身に纏っている空気はどんよりと重たく沈んでいた。

 

「今回は非常に世話になりました。陛下もあなた方に直接お礼を申し上げたかったそうですが……」

 

 レエブン侯が感謝の言葉と共に一歩前へと進み出ていく。

 和やかに言葉を交わし合う彼らの様子を眺めながら、ラキュースは先ほどのレエブン侯の言葉について思いを巡らせていた。

 王国王都を未曽有の危機から救ったモモンとレオナールの存在は、王都では既に誰もが知る英雄そのものとなっている。国王や多くの貴族たちが彼らに会いたいと思うのは当然のことであり、当初国王は礼を述べたいとして実際に玉座の間に彼らを招いていた。

 しかしモモンとレオナールはそれを拒否。

 一気に不快感をあらわに非難し始めた貴族たちに対し、彼らは『依頼を受けて、それを果たしただけであるため王直々に労ってもらう必要はない。もしそれでも労いたいと言うのであれば、今回の戦いに参加した者たち全員に対してもお願いしたい』と言い放ったのだった。

 これには貴族たちも黙るしかなく、この話を聞いた一部の冒険者や衛士たちは一層モモンたちを人格者として褒め称えたという。

 しかしラキュースはどうにもそれだけが理由ではないような気がしてならなかった。モモンがどういった意図で拒否したのかは分からないが、しかし少なくともレオナールはこれ以上国の上層部と関わりを持ちたくなかったから拒否したのではないかとラキュースは考えていた。

 カルネ村で初めて彼と出会った時、何故ワーカーになったのか、何故ガゼフに自分たちの存在を知られないようにしたのかを聞いたことがあった。

 その時、レオナールは何者からも縛られないためにワーカーの道を選んだのだと言った。そして、王国の上層部に目をつけられないために、ガゼフと接触しようとしなかったのだと口にしたのだ。

 何故彼がここまで頑なになっているのかは分からないが、それでも過去に何かがあったのかもしれないと想像することはできる。それを思えば、今このような状態になってしまったことにラキュースは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 今回の騒動を終息させるためにはレオナールの力は必要不可欠だった。恐らくモモンやナーベだけでは“御方”なる存在とヤルダバオトの両方を退散させることはできなかっただろう、とラキュースは確信している。しかしそれでも、自分が彼に助力を求めなければこのような状況にはならなかっただろうことも分かっていた。レオナールの存在はラキュースとラナーとガゼフだけが知り、国王や多くの貴族たちが知ることはなかったはずだ。王都を救うためには仕方がなかったとはいえ、それでもレオナールへの罪悪感は止まることなくラキュースの胸を締め付けさせた。

 

「――……王、及び第二王子、第三王女より連名で、モモン殿とネーグル殿に対する感謝の書状が届いております。それと王直轄領に関する通行税を一切免除するという証明板。更には王より短剣を頂いております」

 

 ラキュースが悶々と自身の感情を持て余す中、レエブン侯がモモンとレオナールに書状と証明板と短剣をそれぞれ手渡していく。中でも短剣がモモンとレオナールの手に渡された時には、ラキュースは思わず感嘆の息を小さく零していた。

 王国では、王が短剣を与えるという行為は貴族や騎士の中で目覚ましい戦果をあげた者に対する勲章的な意味合いを持っている。つまり、通常は平民……それも冒険者やワーカーといった存在であれば尚のこと与えられる物では決してなく、間違いなく感謝の書状や税免除の証明板よりも数十倍もの価値があると言えるだろう。しかし違う面から見れば、彼ら二人をどうにか手元に置けないかという王の思惑が透けて見えるようで、やはりラキュースはレオナールに対して申し訳なく思ってしまった。

 モモンとレオナールは王から短剣を与えられる意味を知らないのだろう、取り立てて心を動かした様子もなく、モモンは短剣をナーベに手渡し、レオナールは無造作に懐に収めている。

 モモンとレオナールはまるで気心の知れた友人同士のように顔を見合わせて頷き合うと、次には改めてラキュースたちに顔を向けてきた。

 

「では、そろそろ私たちは行くとしよう。レエブン侯、いろいろと感謝します」

「いえ、今後も良きお付き合いができるよう願っております」

「こちらこそよろしくお願いします。それと“蒼の薔薇”の皆さん、同じアダマンタイト級冒険者として連絡を密に取れればと思っております。また何かの時はよろしくお願いします」

「こちらこそ、モモンさん。私たちがモモンさんと同じ地位に並ぶ冒険者と称されるのは、モモンさんのお力を知った今では恥ずかしいのですが、足元に近づけるように努力していきたいと考えています。今後もよろしくお願いします」

 

 手を差し出すラキュースに、モモンも手を差し出して互いに握手を交わす。

 続いて身を翻すように踵を返すモモンと入れ替わるようにして、レオナールがラキュースの元へと歩み寄ってきた。

 

「アインドラさん、今回はいろいろとお世話になりました。また何かご縁があった時は仲良くして頂ければ嬉しいです」

「い、いえ、こちらこそ! そ、それよりも……この度は私がネーグルさんに助力を申し出てしまったがために、あなたの存在が王族や貴族の方たちに知られてしまって……、その、申し訳ありませんでした……」

 

 罪悪感に負けて頭を下げるラキュースに、レオナールは驚いたように金色の双眸を見開かせる。しかし頭を下げているラキュースにはそれが分かるはずもなく、ラキュースは嫌われてしまったかも知れないという恐怖に頭を下げ続けていた。

 焦燥が胸に湧き上がる中、不意にクスッという小さな笑い声が頭上から聞こえてくる。

 予想外の声に驚いて顔を上げれば、瞬間、目の前に飛び込んできたレオナールの柔らかな微笑にラキュースは思わず小さく息を呑んだ。

 

「まぁ、遅かれ早かれ王族や貴族の方々にも私の存在は知られてしまっていたことでしょうから、私は別に気にしてはいませんよ。それに、アインドラさんのお力になれたのなら何よりです」

 

 にっこりとした笑顔付きで言われた言葉に、一気にカァァッと熱が上ってくる。顔だけでなく全身が熱くなり、胸はドキドキと早鐘のように脈打って鼓動の音がレオナールにも聞こえてしまいそうだった。

 思わぬ状況にラキュースが内心でアタフタと慌てふためく中、不意に背後からレエブン侯が歩み寄ってきた。

 

「ネーグル殿にも改めて感謝を。ネーグル殿とも今後、良きお付き合いができることを願っております」

「ええ。こちらこそ、レエブン侯」

 

 レエブン侯にも代わらぬ笑みを浮かべ、レオナールは一つ頷いて彼と握手を交わす。

 しかし一瞬レオナールの金色の瞳に怪しい光が宿ったような気がして、ラキュースは無意識に心臓を跳ねさせた。慌てて目を凝らし、しかし改めて金色の瞳を見つめてみても既に危険な光は一切見てとれない。いつもの穏やかな瞳にしか見えず、ラキュースは見間違いだったのだろうかと思わず小さく首を傾げさせた。

 

「それでは私もそろそろお暇させてもらいましょうか。……よろしくお願いしますね」

 

 ラキュースの動揺も知らぬげに、レオナールはさっさと踵を返して後ろに控えている魔法詠唱者(マジックキャスター)たちへと声をかける。

 モモンとナーベを送り届ける役目を担っている魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは一つ頷くと、〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を発動させてモモンとナーベとレオナールをそれに乗せた。

 彼らの行き先は、モモンとナーベが拠点としているエ・ランテル。

 徐々に高度を上げて浮上していくモモンたちに、ラキュースたちはただ静かに彼らを見上げて見送っていた。

 

(……次は、いつ会えるんだろう………。)

 

 不意に頭に浮かんできた言葉に、胸が切ないまでに軋みを上げる。

 ラキュースは胸に湧き上がってきた寂しさを誤魔化しながら、ただ一心に小さくなっていくレオナールの姿を見上げていた。

 彼らの姿が大分小さく遠くなった頃、不意にガガーランと言葉を交わしていたイビルアイが怒鳴り声にも似た絶叫を上げてくる。

 周りの仲間たちが楽しげな笑い声を零す中、ラキュースもまた笑みを浮かべながらもずっとレオナールが消えていく空を見つめ続けていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 一旦モモンガとナーベラルと共にエ・ランテルまで来たウルベルトは、そこでモモンガたちと別れて一度帝国に戻ることにした。

 モモンガとナーベラルの方も、周りの目を誤魔化すために一度“黄金の輝き亭”に行ってからナザリックに帰還するつもりらしい。

 一度情報と現状を整理するために全員で集まった方が良いだろうと言うモモンガの言に頷いて、ウルベルトは帝都に向かうべくわざわざ魔の闇子(ジャージーデビル)を呼び寄せてからエ・ランテルを出発したのだった。

 しかし、いくら移動速度が速いジャージーデビルと言えども、エ・ランテルから帝都まではそれなりに距離がある。

 ウルベルトが帝都に到着する頃には日付は一つ変わっており、太陽の位置も随分と傾いて空を朱金色に染め上げていた。

 徐々に闇に染まるだろう空を見上げながら、ウルベルトは一つ息をつく。

 ウルベルトはジャージーデビルに合図を送って歩かせると、何故かいつも以上に纏わりついてくる人混みを何とかかき分けながら“歌う林檎亭”へと向かった。

 

 

 

 

 

「「――……お帰りなさいませ」」

 

 “歌う林檎亭”の二階の奥の部屋。

 扉を開けた瞬間に頭を深々と下げて礼を取っているユリとニグンに出迎えられ、ウルベルトは内心で苦笑を浮かべながらも一つ大きく頷いた。

 取り敢えず頭を上げさせ、改めて室内に足を踏み入れて後ろ手に扉を閉める。

 ウルベルトは部屋の奥へと足を進めると、寝椅子(カウチ)へと歩み寄って勢いよくそれに腰掛けた。深く背を預け、一つ大きな息をついた後に改めてユリたちへと視線を向ける。

 

「留守番、ご苦労だったね。……それで、何か変わりはなかったかな?」

 

 ウルベルトがナザリックや王国王都にいる間、ユリとニグンには主に自分抜きでワーカーとしての仕事をこなしてもらっていた。彼女たちのレベルとこの世界の基準レベルを比較すれば問題など起きるはずもないだろうが、それでも念のため自分が留守にしていた間のことを報告させる。

 ユリを中心に報告される内容は案の定取り立てて問題のないものばかり。時折ソフィアの名前が出てくるものの、それもいつものことである。

 しかし最後に出てきた報告の内容に、ウルベルトは思わず小さく顔を顰めさせた。

 

「………鮮血帝からの召喚要請、か……」

 

 眉間に皺を寄せ、細い顎に指をかけて思考を巡らせる。

 無言のまま思い悩むウルベルトに、ユリは静かに一つ頷いてきた。

 

「はい。王国王都での悪魔騒動について、ウルベルト様ご自身が騒動鎮圧に参加されたことも既に帝都中に知れ渡っております。その件について、是非話を聞きたいと……」

「そもそも何故帝都中に知れ渡っているんだ?」

「件の騒動に巻き込まれた人間の中に、帝都の商人も何人か混ざっていたようです。どうやら彼らが、帝都に戻った後に王都での騒動や英雄として騒がれているモモンガ様やウルベルト様のことを声高に語って聞かせているようです」

「………なるほど、な……」

 

 ユリの言葉に小さく頷きながら、ウルベルトは頭痛がするようで内心頭を抱えた。

 恐らくウルベルトがモモンガたちと共に王都で後処理作業を手伝っている間に、その商人たちが無事に帝都に戻って話を広めたのだろう。

 そういえば……と、帝都に戻ってきた際に纏わりついてきた人混みがいつも以上に多く濃かったことを思い出す。

 全く余計なことをしてくれると思わずにはいられなかった。

 

「如何いたしましょうか?」

「……面倒だが、無視するわけにもいかないだろう。日時の指定はあったか?」

「ウルベルト様が未だ王国王都から戻られていなかったため、日時の指定はございませんでした。改めてこちらから連絡するように言われております」

「……ほう……」

 

 何とも珍しい……とウルベルトは器用に片眉だけをクイッとつり上げた。

 ウルベルトの認識では、富裕層の人間は他者が自分の都合に合わせるのが当然だと考えていることが殆どだ。王族であれば尚のこと、その傾向は強いと考えて良いだろう。

 しかし鮮血帝はむしろ唯のワーカー風情であるウルベルトたちの都合に自分たちが合わせると言ってきているのだ。

 果たして鮮血帝の度量が大きいのか、はたまた何か企みがあるのか……。

 思わず考え込む中、こちらの返答を待っているユリに気が付いてウルベルトは無意識に俯かせていた顔を上げた。

 

「……恐らく早めの方が良いのだろうな…。では、三日後であれば予定は空いていると先方には伝えてくれ」

「はっ、畏まりました」

「それと、レイナースにも連絡を。フールーダ・パラダインに内密に会えるように手筈を整えるように命じろ」

「畏まりました」

 

 ウルベルトの命に、ユリとニグンが深々と頭を垂れる。続いて早速とばかりに行動を開始して部屋を出ていくユリとニグンを見送りながら、ウルベルトはフゥッと小さくため息をついた。寝椅子の背もたれに全体重を預けながら、数日前からずっと考えていたことを再び頭に浮かばせる。

 

「……う~ん、やっぱり俺だけだと限界があるよな~。本格的に組織化した方が良いのかもしれないな……」

 

 独り言のように小さく呟きながら、もう一度大きな息を吐き出す。最近ため息の数が増えたような気がして、ウルベルトは思わず小さく顔を顰めさせた。

 ユグドラシルにいた頃はこんなことはなかったのに……とギルドメンバーたちのありがたみが身に染みて分かるようである。

 しかし弱音を吐く訳にもいかず、まずは自分の考えをモモンガやペロロンチーノにも話して相談しよう、とすぐさま頭を切り替えた。

 背もたれに凭れかけていた上半身を起こし、そのまま勢いよく立ち上がる。部屋に備え付けられている窓へと歩み寄ると、朱金色に染められている帝都の街並みを見つめた。

 ウルベルトの視界に広がる帝都の景色は、先日まで滞在していた王都の景色とは全く違う。隣同士の国であるのに何故こうも差が激しいのだろうか、と思わずにはいられないほどの差がそこにはあった。

 二つの都市を比較した場合、帝都は一言で言えば“近代的”であり、王都を一言で言えば“古めかしい”だった。

 街の整備一つとっても、王都は帝都に遠く及ばない。

 勿論何でもかんでも新しく綺麗にすればいいと言うわけではないが、それでも限度というものがあるだろう……と二つの都市を見てウルベルトは思わずにはいられなかった。人間というものは少なからず新しいものや綺麗なものや清潔感のあるものに惹かれる生き物だ。昔ながらのものを好む者も勿論少なからずいるだろうが、それでもどうしても新しいものへの興味や利便性を求めてしまうものである。

 少し街中を整備するだけでも、人が集まったり活気が出るのではないだろうか……と詮無いことを考えながら、ウルベルトは帝都の街並みを眺めながらユリとニグンが戻ってくるのを待つのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 太陽は完全に沈み、世界を覆う夜の闇が深まる頃……。

 バハルス帝国帝都アーウィンタールの中心に聳え立つ皇城の一室では、複数の人物が集まって顔を突き合わせていた。

 豪奢な寝椅子(カウチ)に一人寝そべっているのは鮮血帝と名高いバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 彼の両脇に控えるように立っているのは主席宮廷魔法使いのフールーダ・パラダインと秘書官であるロウネ・ヴァミリネン。

 テーブルを挟んで向かい合うようにソファに腰掛けているのは四騎士の四人組。

 国の中枢を担う面々が一堂に会していた。

 

「――……それで? “サバト・レガロ”から連絡があったんですか、陛下?」

 

 ジルクニフに問いかけたのは、ニヤリとした笑みを浮かべた四騎士の“雷光”バジウッド・ペシュメル。

 ジルクニフは少し呆れたような目をバジウッドに向けた後、ゆっくりと横たえていた身体を起こしながら一つ小さな息をついた。改めて寝椅子にゆったりと腰掛け、次には小さな苦笑にも似た笑みを浮かばせる。

 

「ああ、つい先ほどな。三日後ならば予定が空いていると連絡が来た」

「ほう、三日後ですか。割と早かったな」

「……私はむしろ、陛下を三日も待たせるとは思いませんでしたが」

 

 満足そうな笑みを浮かべて頷くバジウッドとは対照的に、ジルクニフの傍らに立つロウネが大きく顔を顰めさせて苦言を口にする。

 ジルクニフは顔だけでロウネを振り仰ぐと、苦笑の色を濃くさせて小さく頭を振った。

 

「……まぁ、彼らは別に私に仕えている訳でもなければ、帝国の民でもないからな。三日くらい大目に見てやってはどうだ?」

「いくら陛下に仕えている訳でも帝国の民でもないからとはいえ、一国の主に呼ばれたのならばすぐさま馳せ参じるのが当然だと思いますが」

「だがな~、相手はあの“サバト・レガロ”だぞ。今では超一流のワーカーとして名も売れてるし、依頼でも何でも引っ張りだこだろう。ワーカーは特に客との信頼関係が今後に影響してくるからな。そうそうスケジュールを調整するのも難しいだろうし、俺はむしろ三日でも十分早い対応だと思うがな」

「……………………」

 

 ジルクニフとバジウッドの言葉に、ロウネは不服そうな表情は崩さないものの口を噤んで黙り込む。一応は納得したのだろうと判断すると、ジルクニフは気を取り直してこの場にいる面々を改めて見やった。

 

「それで、だ……。私がお前たちをここに呼んだのは“サバト・レガロ”が皇城に来る日を知らせるためではない。そもそも彼らを呼ぶに至った原因に関してだ」

 

 真剣な表情を浮かべるジルクニフに、他の面々も居住まいを正して顔を引き締めさせる。

 誰もが次の言葉を待つ中、しかしジルクニフはバジウッドたちから視線を外すと、再びロウネへと視線を向けた。促すような視線に、ロウネも応えるように一つ礼を取る。一度深く頭を下げ、しかしすぐさま頭を上げると次には手に持っていた幾つかの書類に目を向けた。

 

「一週間ほど前、王国王都リ・エスティーゼにて大量の悪魔の軍勢による襲撃事件が起きました。王国王都に潜ませていた密偵からの報告によりますと、悪魔の軍勢の首魁は“ヤルダバオト”と名乗る悪魔と、そのヤルダバオトに“御方”と呼ばれる悪魔。王国は何とか悪魔の軍勢を退けたものの、少なくない損害が出たようです」

「……悪魔の軍勢が国を襲うだなんて今まで聞いたことがありませんが……。そもそも王国はどうやってその悪魔たちを退けたのですか? 城下では一人の冒険者と“サバト・レガロ”が関わっていたというような噂が流れていましたが……」

「王国は悪魔の軍勢を退かせるために、冒険者組合に救援の要請を出したそうです。冒険者組合はそれを受諾。王国王都に滞在していた全ての冒険者に招集をかけ、悪魔の軍勢にあたらせたとのことです」

「まぁ、普通に考えれば国の存亡の危機だしなぁ。冒険者組合も無下にはできんだろう」

「王国は帝国と違ってまともな兵士や騎士は少ないですからね……。とはいえ、規模がどの程度かは知りませんが、本当に冒険者たちだけで悪魔の軍勢を退けられたのですか?」

 

 バジウッドの言葉に頷きながらも、四騎士の一人であるニンブルが訝しげに顔を顰めさせる。どうにも納得しきれぬ表情に、ロウネも同意するように一つ頷いた。

 

「そう思われるのも尤もかと思います。実際、冒険者たちの力を持ってしても随分と苦戦を強いられたようです。しかし、二人の人物がヤルダバオトと“御方”なる存在を追い払ったことによって王国は難を逃れたようです」

「……その二人というのが……」

「一人は王国に存在するアダマンタイト級冒険者チームの一つ“漆黒”のリーダーである“漆黒の英雄”モモン。そしてもう一人が、ワーカーチーム“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグルです」

「「「っ!!」」」

 

 ある程度予想はしていたのだろうが、やはり実際に言われると衝撃を受けてしまうのだろう。誰もが驚愕の表情を浮かべたり顔を厳めしく顰めさせる中、ジルクニフも更に顔を引き締めさせながら次にはロウネの逆隣に立っているフールーダへと視線を向けた。

 

「……爺、“ヤルダバオト”と“御方”という悪魔に聞き覚えや心当たりはあるか?」

「残念ながら、聞き覚えも心当たりもありませんな。文献なども漁っているのですが、これといった情報は見つかっておりません」

「そうか……」

 

 フールーダからの返答に、ジルクニフは思わず一つため息を零す。

 事は隣国で起こったことであり、こちらも警戒をしないわけにはいかない。

 しかし相手に対する情報が不足していては警戒レベルをどこまで引き上げればいいのかも分からないため、どうにも動き難い状態だった。

 

「……そもそも、何故レオナール・グラン・ネーグルは王国の王都へ? 確か他のメンバーは全員帝都にいた筈ですわよね?」

「それも含めて三日後に本人から聞くしかないだろうな。……悪魔どもの力の度合いや目的も聞ければいいのだが……」

 

 レイナースの疑問に、しかし答えられる者はこの場にはいない。加えて他に知りたいことに関しても、全てが明確になるとは限らなかった。

 悪魔たちの目的などはまだしも力の度合いとなれば本人の感覚によるところが大きい。であれば、レオナールとこちらの感覚がある程度合致していなければ情報を正確に把握することは難しかった。

 どうするべきか……と頭を悩ませながら、ジルクニフは一度気持ちを切り替えるために大きく鋭く息を吐き出した。

 

「とにかく、だ! “サバト・レガロ”との会談の際はお前たちにも出席してもらう。くれぐれもよろしく頼むぞ」

「「「はっ!!」」」

 

 ジルクニフの言葉に、この場にいる全員が深く頭を垂れる。

 ジルクニフも一つ頷くと、さらに詳細を練るために改めて口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に均等に浮かび上がる〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の光。

 城の回廊に浮かぶ光と闇の羅列の中、フールーダは自室に戻るために一人足を進めていた。

 先ほどまで行われていた“サバト・レガロ”への対応についての話し合いは一時間ほどでお開きとなっていた。しかしフールーダだけはその後も皇帝の執務室に残り、悪魔や今後の王国の動きについてジルクニフと更に一時間ほど話し込んでいたのだった。

 フールーダはゆっくりと足を動かしながら、先ほどまでのジルクニフの様子や交わした言葉の内容を頭の中に蘇らせた。これまでの過去の記憶をも頭に思い浮かべ、次には小さく長い息を吐き出す。

 ジルクニフと言葉を交わす度にいつも思うことではあるのだが、彼は歴代の皇帝の中でも間違いなく一番頭が切れる人物だった。

 よくぞここまで成長したものだ、と歴代の皇帝の師を務めてきた身としては感慨深くも誇らしくも感じられる。

 しかしその一方で、日々成長できているジルクニフに対して嫉妬めいた感情もまた少なからず心の中に湧き上がってきていた。

 フールーダの願いは、魔法の深淵をこの目で見ること。魔法の境地を見つめ、感じ、そしてこの身で学ぶことである。

 しかしそのためには魔法の深淵についてフールーダに教え、また導いてくれる“師”という存在がどうしても必要不可欠だった。

 一体どこにいるのか、はたまたもはやこの世界にはそんな存在はいないのか……。

 渇望と絶望を綯い交ぜにしたような複雑な感情を抱きながら、フールーダはふと先ほど話していた内容を思い出した。

 王国王都を襲ったヤルダバオトと“御方”なる存在。そして、その二体の悪魔を退けたというモモンとレオナール。

 或いはこの四人のいずれかが自分の求める師となり得るのではないか……。

 モモンは戦士だという話であったため、考えられるとすればヤルダバオトか“御方”と呼ばれる存在かレオナールの三人のいずれかだろう。

 こんな事を実際に口走れば『レオナールは兎も角、悪魔に教えを乞うつもりか!?』と驚かれるかもしれないが、しかしフールーダにとってはそんなことは些細なことだった。

 例え相手が悪魔であろうと死神であろうと、願いが叶うのであれば構わない。何を犠牲にしてでも必ず叶えてみせるという覚悟という名の狂気が、フールーダの中でとぐろを巻いていた。

 

 

 

「――……パラダイン様……」

 

 不意に聞こえてきた自身を呼ぶ声。

 足を止めて振り返れば、〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の光から隠れるようにして闇の狭間に一人の女がポツリと佇んでいた。

 微かな光にも美しく輝く金色の髪と、右半分が隠れた白皙の美貌。

 見慣れた顔に、フールーダは内心では首を傾げながらも彼女に向き直った。

 

「これはロックブルズ殿。儂に何か御用ですかな?」

 

 レイナースがこんな時間にこんな場所にいることは珍しい。いや、それ以前に彼女がフールーダに声をかけてくること自体が珍しいと言えるだろう。

 一体何の用なのかと問いかけると、レイナースはチラッと視線を周りに走らせた後、再びフールーダへと鋭い視線を向けてきた。

 

「………少し、お話があります。……内密に……」

「……ほう……」

 

 意味深に声を潜めるレイナースに、こちらも小さく目を細めさせる。

 フールーダは少しの間レイナースを観察するように見つめると、徐に手を伸ばして彼女を自分の部屋へと誘いをかけた。無言のまま話を聞くという意思表示に、レイナースも無言のままフールーダの後に続く。

 静かな回廊に、二つ分の足音が微かに響く。

 コツ……コツ……と鳴る音がまるで何かのカウントダウンかのように時を刻み、二人の姿は闇の中へと呑み込まれていった。

 

 




帝国組のキャラの三人称が分からない~~……。
口調もいまいち捉えきれてないし……違和感などありましたら申し訳ありません……orz

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