世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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………たいっへん、お待たせしましたっ!!
前回の更新から三か月くらい経ってしまうとは……(汗)
待って下さっていた方がいらっしゃたなら本当に申し訳ないです……orz


第49話 踏まれたステップ

「――……それでは、定例報告会議を始めます」

 

 深夜0時のナザリック地下大墳墓第九階層の円卓の間。

 いつものように司会進行役のアルベドの声と共に始まった定例報告会議は、いつにない大人数で幕を開けた。

 ナザリック地下大墳墓の支配者にして至高の主であるモモンガとペロロンチーノとウルベルトの三人。第四階層守護者のガルガンチュアと第八階層守護者のヴィクティムを除いた全階層守護者五人と、守護者統括のアルベド。セバス率いる全プレアデスの六人。その他の枠組みとしてパンドラズ・アクターとニグン。何故かこの場にいる“五大最悪”の一人である特別情報収集官ニューロニスト・ペインキルと、同じく“五大最悪”の一人であり第二階層の領域守護者でもある恐怖公。最後に会議進行の補助として部屋の隅に控えている一般メイド五名を含めれば、総勢二十五名がこの場に集っていた。

 

「……まずは皆、先の王国王都での作戦ではご苦労だった。作戦は無事に成功したと言っていいだろう。……デミウルゴス、今回の作戦の結果をこの場にいる全員が分かるように報告しなさい。他の者も追加報告があればデミウルゴスの報告が終わった後に報告するように」

 

 モモンガの言葉に全員が一度傅いて頭を下げる。しかしすぐさま立ち上がると、まずはデミウルゴスが再び一礼した後に口を開いた。

 

「今回の作戦により、王国王都の倉庫区に収容されていた財は全て奪取。また、我々を撃退するために向かってきた人間の衛士や冒険者たちを何割か捕獲したことにより、情報源及び研究やアイテム作製の素材が確保できました。また、マーレとニューロニストと恐怖公の働きにより“六腕”以外の“八本指”を全て掌握。裏社会のトップ層の制圧が完了いたしました。今後ゆっくりと浸透させていけば、やがて王国の裏社会を完全に支配下に置けると思われます」

 

 スラスラと報告されていく内容にモモンガも冷静に頷いて返す。しかし内心ではダラダラと冷や汗を流していた。

 当たり前ではあるのだが、世界征服に向けて着々と進んでいる現状に今になって焦りにも似た不安と後悔が押し寄せてくる。最初にウルベルトに提案された時には納得して賛成したものの、本当にこれで良かったのだろうか……という疑問と不安が拭えなかった。とはいえ今更『やっぱりやめましょう』と言えるはずもなく、モモンガはデミウルゴスの言葉に耳を傾けながら、必死に湧き上がってくる不安に耐えていた。

 しかし心というものは厄介なもので、頭ほど簡単に納得などしてくれない。加えてニューロニストと恐怖公から“八本指”への拷問方法や現状況を報告され、思わずその光景を想像して気が遠くなってしまった。

 ペロロンチーノとウルベルトの反応が気になって両隣にチラッと視線を向ければ、どこか楽しそうな笑みを浮かべているウルベルトの姿が飛び込んできて思わず戦慄する。しかし一方で、自分と同じように身体を小さく強張らせて背中の翼を震わせているペロロンチーノに気が付くと、モモンガはどっと大きな安堵が胸に湧き上がってくるのを感じた。自分一人だけではなかったという事実がこんなにも安心するものだったとは……と内心遠い目になる。

 ある意味現実逃避をしているモモンガの様子に気が付いたのか、不意にアルベドがこちらを振り返ってきた。

 

「モモンガ様、ペロロンチーノ様、どうかされましたか?」

 

 不思議そうな表情を浮かべながらのアルベドの問いかけに、他のシモベたちも次々とモモンガとペロロンチーノへと目を向けてくる。

 モモンガとペロロンチーノは内心あわあわと慌てふためきながらも何とか平静を装い、互いにチラッと視線を交わしながら必死に大きくゆっくりと頭を振った。

 

「……いや、何でもない。何も気にする必要はないぞ、アルベド」

「そ、そうそう……。えっと、上手くいったようで良かったな~って思ってただけだよ。ねっ、モモンガさん……!」

「あ、ああ! ペロロンチーノさんの言う通りだ!」

 

 ペロロンチーノの言葉に頷き、必死にこの場を誤魔化そうと試みる。隣ではウルベルトが小さくふき出す中、アルベドたちは未だ不思議そうな表情を浮かべながらも何も言わずにただ静かに頭を下げてきた。何とか納得してくれたようで、思わず内心で安堵の息を吐き出す。隣で必死に笑い声を押し殺しているウルベルトを横目で睨みながら、それでいて話を続けるように手振りでアルベドたちを促した。

 シモベたちはモモンガの促しに従い、再び報告の続きを話し始める。

 捕獲した人間からの情報収集や“八本指”の現状況。ナザリックの被害や損失は皆無であったことも報告されていく。

 次々と出てくる報告内容に半ば感心する中、不意に飛び込んできた新たな報告内容にモモンガはピクッと骨の指を小さく反応させた。

 

「――……加えて、今回の件で王国王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフをこちら側に引き入れることにも成功しました。彼女の協力を得られれば、更に王国を手中に収められる時期を速めることができると思われます」

 

 デミウルゴスの口からもたらされた報告内容に、モモンガは王都で何度か会った王女の姿を思い浮かべた。純真無垢であどけなさすら感じられる美を誇る王女の柔らかな笑みを思い出し、思わず内心で感嘆の声を上げる。

 おっとりとしたような王女が実はデミウルゴスやアルベドに匹敵するほどの叡智を持っているなど、誰が想像できただろう。しかしこの情報は既に随分前にセバスが調べ上げて報告してきたものであり、恐らくそれもあってデミウルゴスは王女ラナーに接触したのだろう。魔術師組合の建物の一室でウルベルトを言い包めていた王女の姿を思い出し、彼女を引き入れることのできたデミウルゴスの手腕に感心させられる。

 思わず内心で何度も頷く中、不意に頭の中で回線が繋がったような感覚に襲われた。

 

『……なぁ、さっきの話をどう思う?』

『ウルベルトさん? さっきの話って……王女を引き入れたって話ですか? 俺は良いことだと思いますけど……』

『俺もそう思いますよ。ほら、セバスの話では、王女はすっごく頭が良いみたいですし、そんな子が仲間になってくれるのなら万々歳じゃないですか!』

 

 〈伝言(メッセージ)〉にはペロロンチーノも繋がっているのだろう、モモンガの意見に賛同するペロロンチーノの声も頭の中に響いてくる。しかしウルベルトの反応はどうにも宜しくない。

 チラッと視線を向ければ山羊の顔の眉間部分に小さく皺が寄っており、モモンガは内心で大きく首を傾げた。

 

『どうしたんですか、ウルベルトさん? ウルベルトさんがデミウルゴスの判断に難色を示すなんて珍しいですね。俺はデミウルゴスの判断なら間違いないと思ってるんですけど……』

 

 ウルベルトは違うのだろうか……と問いを投げかける。

 ウルベルトは暫く無言のまま未だシモベたちに王女について説明しているデミウルゴスを見つめると、次には〈伝言(メッセージ)〉越しに大きなため息をついてきた。

 

『……確かにウチのデミウルゴスはすごいですよ。頭も良いし格好良いし複数の形態を持ってるし完璧だ! モモンガさんの言う通り、“デミウルゴスの判断なら間違いない”っていう言葉も、正にその通りだと思います』

『……え、あー、はい………』

『……あー…、それで……?』

 

 マシンガンのように話し始めるウルベルトにモモンガとペロロンチーノは思わず面食らう。しかし耳を傾けてみれば誰が聞いても親馬鹿丸出しの発言に、二人は少なからずガクッと肩を落とした。

 とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。

 恐らく長々と息子自慢が続くんだろうな~と思いながらも先を促すモモンガたちに、しかし彼らの予想に反してウルベルトから返ってきたのは真剣でいて意味深な言葉だった。

 

『ただな……、そんな完璧なあいつも一つだけ勘違いしていることがある……』

『っ!? えっ、あのデミウルゴスが勘違い……?』

『それって、どういう……』

 

 思わず固唾を呑んで問いかけるモモンガとペロロンチーノに、ウルベルトはチラッと金色の瞳をモモンガたちへと向けてきた。横長の瞳孔を持つ金色の瞳に不気味な光が宿ったような気がして、モモンガたちは思わず身構えるように身体を強張らせる。

 

『デミウルゴスの勘違い……、それは………俺たち三人が自分たちよりもすっごく頭が良くて万能だと信じきっているということだっ!!』

『『……………………』』

 

 声高に言い放つウルベルトに、しかしモモンガとペロロンチーノは思わず黙り込んだ。

 二人の心境としては『何を今更分かりきったことを……』である。

 しかしウルベルトはモモンガとペロロンチーノの反応など一切構わずに勢いよく話し続けた。

 

『良いか? セバスの報告によると、王女ラナーはデミウルゴスやアルベドと同等の叡智を持っているという。それはつまり、俺たちなんかよりもすっごく頭が良いってことだ』

『……それは、まぁ………』

『そうでしょうね……』

『なら何故、そんなある意味ヤバい奴をデミウルゴスは引き入れたんだと思う?』

 

 ウルベルトのいつにない低い声音に、一気に嫌な予感が湧き上がってくる。

 モモンガとペロロンチーノは互いをチラッと見交わして再びウルベルトに目を向けると、ペロロンチーノはゴクッと生唾を呑み込み、モモンガはグッと拳を握りしめた。

 

『それは……、少しでも優秀な力をナザリックに取り入れようとしたからじゃないですか?』

『そうそう、利用価値がある……とか………』

『……もちろん、それも大いにあるだろうさ。だがその大前提に、ラナーがもし何か妙な気を起こしてナザリックを裏切ろうとしたとしても、……そして例えばデミウルゴスやアルベドがそれに気が付かず見落としてしまったとしても、俺たち至高の御方がラナーの考えを見破れないはずがないから仲間に引き入れても大丈夫だろうっていう考えがあいつの中にはあるんだよ!!』

『『っ!!?』』

 

 瞬間、モモンガとペロロンチーノの背後にピシャーーンッと鋭く大きな稲妻が駆け抜けた。まるで全身が雷に撃たれたような衝撃を受ける。

 しかし大いに動揺しているモモンガとペロロンチーノに、ウルベルトは容赦なく言葉を続けてきた。

 

『……聞くが、デミウルゴスやアルベドを出し抜けるような奴を、俺たちがどうにかできると思うか?』

 

 不気味なほど静かなウルベルトの問いかけに、モモンガとペロロンチーノは再び互いに顔を見合わせた後、示し合わせたかのようにウルベルトへと目を戻した。二人から向けられる目に、ウルベルトもまた心得たように小さく頷いてくる。今の三人の心は完全に一つになっていた。

 

(((そんな事、出来るわけがないっ!!!)))

 

 確信をもって心の中で宣言するモモンガとペロロンチーノとウルベルト。

 自分たちの心を一つにしたと同時に、このままデミウルゴスたちに任せていたら大変なことになるという危機感を覚えた。

 

「モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様、どうかされましたか……?」

 

 先ほどからどうにもモモンガたちの不審な様子が気になっていたアルベドがもう一度声をかけてくる。

 他のシモベたちも口を噤んでモモンガたちを見つめる中、三人は互いに視線を交わして小さく頷き合うと、まずはモモンガが口を開いた。

 

「……いや、見事だと思ってな。これで世界征服への道がまた一気に進んだと言えるだろう。良くやった、デミウルゴス」

「ありがとうございます、モモンガ様!!」

 

 モモンガの言葉に、デミウルゴスが嬉々とした笑みを浮かべて深々と頭を垂れてくる。あまりにも嬉しそうなその様子に、モモンガは思わずうっ……と声を喉に詰まらせた。この笑顔を消しかねないことをこれから言わねばならないのかと思うと一気に気が重くなる。しかし言わないわけにもいかず、モモンガは意を決して再び口を開いた。

 

「しかし、王女ラナーについては幾つか懸念すべき点がある」

 

 勇気を振り絞って言葉を口に出した瞬間、ビシッと一気にこの場の空気が大きく張り詰めた。デミウルゴスの表情が凍り付き、他のシモベたちは驚愕の表情を浮かべ、痛いほどの緊張感が部屋に立ち込める。

 一気に最悪な空気になったことにモモンガが内心で情けない悲鳴を上げる中、ペロロンチーノがフォローするようにアタフタと口を開いてきた。

 

「えぇっと! まずは一つ確認したいんだけど! デミウルゴスはラナー王女にどういう形で接触したのかな?」

「……セバス裏切りの報を受け、御方々と王都に赴いた折に接触を図りました。こちらの名は一切出しませんでしたが、王国を手中に収めるために協力するのであれば、彼女自身の願いを叶えるために我々も手を貸すと持ちかけました」

 

「……正に悪魔との契約だな……」

「願いを叶えるって……、王女様は何を願ったんだ?」

 

 デミウルゴスの説明にウルベルトがポツリと独り言を呟き、ペロロンチーノは首を傾げる。

 モモンガはセバスからの報告内容を頭の中に思い浮かべると、ふと一つの可能性に思い至った。

 

「……なるほど。王女が執心している護衛兵か……」

「はい、仰る通りでございます」

 

 モモンガが導き出した答えに、デミウルゴスは肯定の言葉と共に頭を下げた。

 セバスによって調べ上げられ報告された王女ラナーという人物は、誰からも愛されるような美貌と叡智と慈悲を併せ持った、正に“黄金”という呼び名に相応しい人物だった。また、王女は自身が拾った平民出身の少年を護衛兵として常に自身の傍に置いているのだという。

 美しく優しい王女と、その王女に拾われて彼女に仕えるようになる少年兵。

 下世話な勘繰りをする者は多くおり、“身分違いの恋”やら“分不相応な恋”等と噂する者も少なからずいるとかいないとか……。

 確かに王都で実際に見た王女と護衛兵の二人は非常に仲が良さそうで、互いの距離感も普通の主従よりも近いようにモモンガの目には見受けられた。あれでは噂されるのも仕方がないことだろう。また、もし本当に世間が噂するように王女と護衛兵が互いを想い合っているのだとすれば、王女の願いなどそれ以外には考えられないことだった。

 

「……は~、昔現実世界(リアル)で流行ったっていうラノベみたいだな~」

 

 気の抜けたようなペロロンチーノの感想に、モモンガも同意して内心で頷く。

 しかしウルベルトがクククッと低く喉を鳴らしていることに気が付いて、モモンガとペロロンチーノはほぼ同時にウルベルトへと目を向けた。

 

「どうやら、そんな生易しいものではないようだけれどねぇ……」

「それは……、一体どういうことだ……?」

 

 訝しげな声を上げるモモンガに、ウルベルトの笑みは一層不気味に歪められる。

 正に悪魔のような笑みにモモンガとペロロンチーノが内心で怯える中、ウルベルトはこれまで影の悪魔(シャドウデーモン)によって報告された王女ラナーに関する情報をモモンガたちに話して聞かせた。

 そのあまりの内容に、モモンガとペロロンチーノは思わず驚愕の色をそれぞれの顔に浮かべる。ウルベルトが話す内容はそれだけ衝撃的で、モモンガたちの常識とはかけ離れたものだった。

 王女が常に身に纏っている仮面。少年の心を繋ぎ止めるために形作られる表情や演じられる仕草。それだけであれば、まだモモンガたちも理解することはできただろう。想い人に振り向いてもらおうと必死なんだな~、と思うことができた。

 しかし少年に対する悪評や障害となるかもしれない人物に対して行われた行為やその末路は全く理解できず、また悲惨の一言に尽きた。中には少年に気があると噂があった一人のメイドがいつの間にか城から姿を消していたこともあったとなれば、もうドン引きである。加えて、今回王女が娼婦たちを皆殺しにした件についても、モモンガとペロロンチーノはもはや言葉もなかった。

 どう考えても異常者。

 絶対に分かりあえない人種だと判断せざるを得ない思考回路と行動である。

 

「………それは、また……、中々に狂気的だな」

「というか、いつの間に王女にもシャドウデーモンを潜ませていたんですか? そっちの方が俺的には驚きなんですけど」

「ああ、ガゼフ・ストロノーフが王女たちに接触した時に念のためにね。……それよりも今一番重要なのは、何が彼女を刺激してしまうのか我々では判断しかねるという点だ。我々の感覚で言えば、娼婦たちを殺す理由などまったくもって理解できない。そんな状態で彼女を懐に入れてしまえば、気が付けば彼女が敵に回っていたなどという事態にもなりかねないと思うのだよ」

 

 例えば異常者だとしても、ある程度その人物の思考回路を理解することが出来ればそれを想定して動くことは可能だろう。しかしラナーの場合はその思考回路を理解することすら難しい。

 第一他人の思考回路を理解して行動を予測するのでさえ、今までの自分の経験や聞いた情報や目にした知識などを元に推測するものだ。ただでさえ難易度が高いというのに、それが思考回路すら理解できない相手では難易度は更に一気に跳ね上がる。こちらが善意でした行動ですら裏切りの引き金になりかねないのなら、それはもういつ爆発するかも分からない爆弾を自ら抱え込むようなものである。

 

「彼女の一番の使い道は“捨て駒”だよ」

「「「……っ!!」」」

 

 ウルベルトのきっぱりとした言葉に、モモンガとペロロンチーノとデミウルゴスとアルベドは少なからず驚愕の表情を浮かべて息を呑んだ。他のシモベたちが不思議そうに四人を見るが、四人はそれに気がつく様子もなく困惑したような雰囲気を漂わせてウルベルトを見つめている。見つめられているウルベルトはと言えば、気にした様子もなく優雅に足を組んで長い顎鬚をクルクルと細長い人差し指で弄んでいた。

 

「……えっと、流石に捨て駒にするのはかわいそうじゃないですかね? 別に俺たちに何をしたわけでもないし、協力もしてくれるんだし」

「ほう、では君は彼女を完全に使いこなせるとでも? 私はそんな自信は微塵もないがねぇ」

「……うぐっ……」

「何を仰るのですか! いと尊き至高の御方々に支配できぬものなど……っ!!」

 

 ペロロンチーノが思わず小さな呻き声を上げる中、デミウルゴスが少し慌てた様子で焦りの色すら滲ませながら勢いよく言い募ってくる。しかしそれはウルベルトが軽く片手を挙げたことによって途中で切れて最後まで紡がれることはなかった。

 

「デミウルゴス、お前の気持ちは嬉しいが、私もモモンガさんもペロロンチーノもできないことは多くあるのだよ。……第一、もし我々が本当に万能ならば何故お前たちを創ったと思っているんだ? 自分たちにできないことがあるからこそ、それを少しでも助けてもらおうとお前たちを生み出したんだぞ」

「っ!! ……嗚呼、なんという……!」

「……ウルベルト様……!」

「何ト身ニ余ル御言葉……!!」

 

 ウルベルトの言葉に、途端にシモベたちが歓喜の声を上げ始める。瞳を涙で潤ませ、頬を紅潮させ、蕩けたような満面の笑みを浮かべる様は、感動している……と言うよりかは恍惚としていると言った方が正しいかもしれない。とはいえ彼らがウルベルトの言葉に大いに心を動かしているのは間違いなく、彼らを傷つけるだけで終わらずに済んだことにモモンガは心の中で安堵の息を吐き出した。

 

「それに私もモモンガさんもペロロンチーノも実際に人間を傍に置いたこともなければ支配したこともない。お前たちが至高の存在だと尊んでくれている我々が、果たして下等生物である人間を完全に理解できると思うかね?」

 

 続けて発せられたウルベルトの言葉に、モモンガは傍で聞きながら思わず小さく首を傾げた。

 ウルベルトが何故そんな事を言い出したのか理解できなかった。

 恐らく何らかの思惑があるのだろうが、ウルベルトは一体何をしようとしているのか……。

 思わず頭の中に幾つもの疑問符を浮かべる中、不意にアルベドが納得したような表情を浮かべて何度も頷いてきた。

 

「……なるほど。確かに時として愚かな行動を起こすのが下等生物というもの。赤子の行動が時として予測できないのと同じように、こちらとあちらの思考や意識に差があればあるほど、逆に相手の行動に対して判断ができかねる場合もあるということですね」

「だが、相手は我々と同じほどの叡智があると思われる人間だ。至高の御方々には遠く及ばないまでも、我々くらいの頭があるのなら、普通の下等生物と同じように考えるべきではないのではないかね?」

「あら、それは違うわ、デミウルゴス。下等生物が愚かな行動を取る主な原因は、思考からではなく感情からのものが殆どよ。ならば彼女も人間である以上、どんなに頭が良かろうともその愚かさは普通の下等生物と何ら変わらない可能性の方が高いわ。逆に頭が回る分、普通の下等生物よりも厄介かもしれないわね」

 

 話についていけていないモモンガとペロロンチーノの目の前で、アルベドとデミウルゴスが何やら小難しいことを言い合っている。

 えっ、だからどういうこと……? と頭の中がグルグルと混乱する中、ただ一人思惑通りに話しを進めることに成功しているウルベルトだけが内心でニヤリとした笑みを浮かべていた。

 

「今回はアルベドの言い分の方が正しい。彼女の言う通り、王女ラナーが人間である以上、その思考を異形種である我々が完全に理解することは難しい。そして彼女を完全に御しきれる術がない以上、彼女を懐に入れる訳にはいかないのだよ」

「……………………」

「それにもう一つ、私には気がかりなことがあってねぇ……。……彼女は“黄金”と謳われるほどの美貌を持っている。そして、……これは当然のことではあるのだが、私は王女なんかよりもアルベドやシャルティアの方が好きだし、何より大切に思っている」

「「っ!!」」

「……?」

「ちょっとウルベルトさん、シャルティアに手を出す気ですか、許しませんよ」

 

 モモンガや他のシモベたちが疑問の表情を浮かべる中、アルベドとシャルティアは頬を紅潮させながら息を呑み、ペロロンチーノは大げさなまでに反応して文句を言い始める。

 しかしウルベルトはそれに一切構わずに椅子から立ち上がると、軽い足取りでアルベドとシャルティアの元まで歩み寄っていった。ちょいっちょいっと軽くアルベドとシャルティアを手招きし、近づいてきた二人の耳元へと上半身を屈めて口を寄せた。

 

「……“黄金”と名高い王女に、モモンガさんやペロロンチーノが心を寄せてしまう可能性を私は否定できない。君たちはそれでいいのかな?」

「「っ!!!」」

 

 モモンガとペロロンチーノには聞き取れないほどの小さな声。しかし耳元で囁かれたアルベドとシャルティアの耳にはバッチリと聞こえていて、二人は再び大きく息を呑んで目を見開かせた。今まで紅潮していた頬は一瞬で青白いものへと変わり、恍惚に潤んでいた瞳もギラギラとした剣呑なものへと変わっていく。

 可愛らしい乙女から夜叉般若のような形相へと一変した二人に、モモンガとペロロンチーノは訳が分からず驚愕し、ウルベルトはゆっくりと身を離して再び椅子に腰かけながら面白そうな笑い声を零した。

 

「………デミウルゴス、王女ラナーを招き入れることは却下よ」

「……えぇ、えぇ、アルベドの言う通りでありんす…」

 

 アルベドが腰の両翼をザワザワと逆立たせながら唸るように言い、シャルティアも深紅の瞳を爛々とギラつかせながらアルベドの言葉に同意する。

 いつにない二人の様子に、デミウルゴスは非常に戸惑いながらも渋い表情を浮かべた。

 

「し、しかし、彼女には十分な使い道が……!」

「勘違いしないで。私が言っているのは、彼女を我々の仲間として迎え入れることに関してよ。ウルベルト様が仰られていた“捨て駒”としては十分利用できると思うし、それに関しては私も賛成よ」

「私も、それに関しては賛成でありんす。至高の御方々のお役に立てることは、それだけで下等生物には過ぎた名誉。逆にそれ以上は、下等生物には過剰すぎて分不相応だと思いんす」

「それにこれはウルベルト様や至高の御方々のご意思。至高の御方々が“そうあるべき”と望まれている以上、それに沿うのが私たちの務めではないかしら?」

 

 小首を傾げながら淡い微笑と共に宣う様は非常に美しく、まるで女神の様な神々しさすら感じられる。尤も、同じ“シモベ”という立場であるこの場にいるモノたちには全くもって効果を発揮しないものではあるのだが、それでも妙な威圧感は十二分に感じ取れるものだった。何より“至高の御方々が望んでいる”という言葉は絶大な威力を発揮する。それまでは正直に言って“ニグン”や“ブレイン”という存在がいるため彼女たちの言にはあまり説得力がないものだったのだが、それも一気に霧散された。

 全ては至高の御方々の望む通りに……。

 それはナザリックの常識であり、何をも覆せぬ理だった。

 

 

「――……では、王女ラナーは“捨て駒”にするということで構わないね。だが彼女の立ち位置についてはこの場にいるモノ以外には伏せておこう。何がいつどういった形で彼女に伝わるかも分からないからね。他のモノたちには『王女ラナーを我々の仲間として迎え入れるつもりである』と伝えておいてくれたまえ」

「畏まりました」

 

 王女ラナーについて、とんとん拍子に話が進んでいく。

 ウルベルトとシモベたちのやり取りを呆然と見つめながら、モモンガとペロロンチーノは彼らの会話に声を挟むこともできなかった。

 心の中では『本当にそれでいいのか?』という気持ちはある。いくら制御できるか分からないからと言って、今現在何の害にもなっていない存在を、これから害になるかもしれないという不確かな可能性だけで捨て駒にして本当に良いのだろうか……。

 しかしそう思いながらも口を挟めていないのは、それが唯の綺麗ごとだとモモンガもペロロンチーノも分かっているからだ。

 いくら今は害にはなっていないからと言って、今後害になる可能性が少しでもあるものに対して何も対処しないのは馬鹿のすることだ。それも被害に遭うのは自分だけではない。大切な仲間も、そして何より自分たちの居場所であるナザリックにも関わってくるものならば尚更だ。

 デミウルゴスが彼女と接触していない段階だったならまだ良かったのだが、既に彼女と接触している以上今更そんなことを言ってもどうしようもないことだろう。

 彼女が自分たちの存在を知った以上、彼女に対して自分たちが取れる行動は四つ。

 一つ目は正式に仲間として引き入れるというもの。

 二つ目は今すぐ彼女を殺すというもの。

 三つ目は彼女の力を利用した後に自分たちに関する全ての記憶を消すというもの。

 そして最後の四つ目が、“捨て駒”として彼女を使い捨てるというもの。

 先ほどウルベルトが言ったように、彼女の異常な思考回路を理解できない以上一つ目の行動はリスクが大きすぎるため却下だ。かといって、二つ目のように何もせずに殺してしまっては、それはそれで勿体なさ過ぎる。ならば三つ目が一番無難で良いだろうとも思えたが、しかし相手が王女ラナーであることがどうにもネックになっていた。

 正直に言って、相手がラナーである以上油断などできない。彼女ならば自身の記憶と周りの状況などの微妙な差異でさえ気づきそうな気がした。また、自分が疑われたりすることも想定して、ありとあらゆる対策や罠を張り巡らせている可能性も十分に考えられる。そして非常に不甲斐ないことに、自分たちにはその対策や罠を想定するだけの頭を持ち合わせてはいなかった。

 ならばどちらがよりリスクを回避できる可能性があるかなど、誰の目から見ても明らかだろう。

 

『これは……もう、仕方ありませんね……』

『………うぅ、女の子を捨て駒にしなくちゃいけない日が来るとは思いませんでした……』

 

 〈伝言(メッセージ)〉越しに、ペロロンチーノの苦痛の声が聞こえてくる。

 世の全ての少女をこよなく愛する彼にとっては非常に受け入れ難いことであるようで、モモンガは内心でペロロンチーノに同情しながらそっと慰めの言葉をかけた。

 

『……まぁ、解決策が思いつかない以上、今は仕方がありませんよ。実際に彼女に手を下すまでにはまだ少し時間があるでしょうし、それまでに何か他の手段がないか考えてみましょう』

『そうですね……』

 

 〈伝言(メッセージ)〉の中で言葉を交わし、モモンガとペロロンチーノは互いに小さく頷き合う。

 それでいて話が一区切りしたことを確認すると、次の報告に移るためにモモンガはアルベドへと視線を向けた。先ほどまでおどろおどろしいオーラを醸し出していたアルベドもモモンガの視線に気が付き、すぐさま表情を元に戻して一礼してくる。

 アルベドの進行によってデミウルゴスの報告は終了し、次は法国と森妖精(エルフ)の王国について調べていたパンドラズ・アクターが前に進み出てきた。

 

「モモンガ様とウルベルト様の命に従い、今回はエルフ側を主に調査して参りました」

 

 普段と違い静かで真剣な声音と口調と共に始まった報告。

 内容は主にエルフたちを率いる“王”という存在に焦点を当てたものだった。

 パンドラズ・アクターの調べによると、そもそも法国とエルフたちが争うことになった理由は主に二つあるとのことだった。

 一つは、エルフの奴隷が法国から市場に出回っているというもの。そしてもう一つが、エルフの王が法国の重要人物だと思われる女を攫い、子を孕ませたというものだった。

 

「……えっ、それって……誘拐からの強姦ってやつ……? 駆け落ちとかじゃなくて?」

「恐らく前者の方であると思われます。また、孕まされた女は法国の手によって奪い返されたそうですが、エルフの王はその子供を取り戻したいと望んでいるようです」

「……えぇ~……」

 

 あまりの内容にペロロンチーノが思わずドン引いた声を上げる。しかしそれはモモンガも大いに頷けるものだった。

 最初の一つ目の理由だけだったなら大いに賛同できたのに……と思わずにはいられない。普通に『自分の国の民が奴隷にされているから』という理由であればこちらとしても納得できたのだ。だというのに、まさかそれに加えて痴情の縺れまで加わってくるとは誰が想像できただろう。

 王女ラナーに続いての中々ヘビーな内容に、モモンガは無いはずの胃がもたれてくる気がした。どうしてこうも癖の強すぎるろくでもない連中が王や王女をやっているんだ、と頭を抱えたくなる。

 

「……エルフの王がろくでもない男であることは分かった。しかし、何故女たちを率先して前線に出しているんだ? 女の方が男よりも強いのかな?」

 

 悶々としているモモンガの傍らで、ウルベルトがパンドラズ・アクターへと疑問を投げかけている。

 少しも動揺していないウルベルトの様子に、何故かモモンガはげんなりとさせられた。

 

「どうやらエルフの王は自身と同じかそれ以上に強い子供を作り出すことに、非常に強い執着を持っているようです。女たちを過酷な前線に送りこんでいるのは、危険度の高い戦線に置くことによって女たちの能力(レベル)を強制的に引き上げさせるため。そして、強くなった母体を使って優秀な子供を産ませようとしているようです」

「……なんだそれ……」

 

 低く地を這うような声がペロロンチーノの鋭い嘴から零れ出る。

 普段の彼からは滅多に聞くことのない声音に、モモンガは思わずペロロンチーノへと眼窩の灯りを向けた。

 隣に座るペロロンチーノは今までとは打って変わり、仮面の奥から覗く鋭い双眸で睨むようにパンドラズ・アクターを見つめている。剣呑とした雰囲気がペロロンチーノから発せられ、彼がひどく不機嫌になったことが窺えた。

 刺々しい空気を撒き散らすペロロンチーノに、モモンガは落ち着かせるように彼の羽毛に覆われている肩を軽く叩いた。

 

「ペロロンチーノさん、落ち着け。ペロロンチーノさんが不機嫌になっても仕方がないだろう」

「それは……、分かっていますけど……。そもそも、世の全ての女性は愛でられるために存在しているんですよ。強制的に危険な場所に送るどころか、子作りの道具にするとか論外です!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で勢いよく捲し立てるペロロンチーノに、モモンガは思わず少しだけ気圧される。

 しかしすぐさま気を取り直すと、眼窩の紅蓮の灯りを真っ直ぐにペロロンチーノへと向けながら小さく頭を振った。

 

「とにかく落ち着け。今は報告を全て聞く方が先だ」

「………ぅ゛ぅ゛……」

 

 ペロロンチーノも今何を一番にしなくてはならないのかは分かっているのだろう。嘴の奥で低い唸り声を鳴らしながらも黙り込んだのを確認すると、モモンガはペロロンチーノからパンドラズ・アクターへと視線を移した。

 

「……それで、エルフの王の思惑はうまくいっているのか?」

「申しわけありません、未だそこまでは……。しかし戦況はエルフ側が苦しい様子。どちらにせよ、このままであればエルフたちが生き残るのは難しいかと思われます」

「なるほど、猶予はあまりないか……」

 

 大きく頷いて肯定するパンドラズ・アクターに、モモンガは骨の指を顎に添えてどうすべきか考え込んだ。

 これまでの情報や認識、そして今聞いた報告内容から考えれば、エルフも法国も好意的に見ることは論外だ。法国はペロロンチーノとシャルティアに手を出した時点で徹底的に潰すことが決まっており、エルフたちに関してはペロロンチーノの好感度がマイナス値にまで下がってしまっている。自分たちやナザリックを存続させるために絶対に必要なのであれば仕方がないが、そうでもない限りはどちらとも友好的な関係を築くことは不可能だった。

 しかし、エルフ側に関してはまだ関係性を築ける可能性が少しばかり残されている。

 エルフ側でペロロンチーノの不興を買っているのは、あくまでもエルフの王のみ。つまり、エルフの王さえ取り除き、他のエルフたちがまともであれば、まだ友好的な関係を築ける可能性があった。

 

「……ふむ、では我々が取れる行動としては三つかな? 一つ目はエルフたちを利用して法国を潰す方法。二つ目は法国がエルフたちに集中している隙に背後から襲撃して法国を潰す方法。三つ目は相争っている法国とエルフたちを丸々包囲してどちらも一気に潰す方法。……ニグン、三つ目の方法はうまくいくと思うかね?」

 

 まるでお茶に誘うような気軽さで質問するウルベルトに、今まで黙って会議の進行を見守っていたニグンが小さく難しそうな表情を浮かべてきた。

 

「恐れながら少々難しいかと思われます。エルフ側は苦戦を強いられていることもあり戦場に全戦力を投入している可能性が高いですが、法国は神都にある程度の戦力を残しているはず。それらを含めて全て包囲することは難しいでしょうし、リスクが高いかと思われます」

「やはりそうか……。ナザリックの全戦力を投入すれば不可能ではないだろうが、ナザリックを無防備にするなど論外だしなぁ~」

「こちらの被害が最も少なく済む方法は、やはり一つ目の方法ではないか? パンドラズ・アクター、ニグン、もしエルフ側に加担した場合、どの程度の支援であればエルフたちは法国に勝てる?」

 

 続いて投げかけられたモモンガからの問いかけに、パンドラズ・アクターとニグンは互いに顔を見合わせた。無言のまま暫く互いに見つめ合い、次にはほぼ同時にモモンガへと視線を戻してきた。

 

「……それは、私には分かりかねます。漆黒聖典や陽光聖典が消滅したとはいえ、他の聖典は未だ健在。また、法国には未だ強力な武具が存在するはずです。或いは私にも知らされていない戦力もあるかもしれません。全容が分かっていない状態では、一概にはお答えはできかねます」

「………ふむ……」

 

 ニグンからのあたりまえの返答に、モモンガは思わず小さな唸り声を零す。

 パンドラズ・アクターも無言でいるということは、彼もニグンと全く同じ考えだということだろう。

 

「……やはり、法国をもっと探らなければどうしようもないか。……パンドラズ・アクター、王以外のエルフたちはどういった者たちだ? エルフたちは自分たちの王の考えに賛同しているのか?」

「王の考えに賛同している者は殆どいないかと。ただ、反抗しようにも王と他のエルフたちとの力の差は歴然であるようで、渋々従っているようです」

「ふむ、恐怖政治といったところか……」

「う~ん、どうにもその王様が邪魔ですよね~。女性を道具扱いするのも気に入らないですし、何より接触したらこちらの女性陣によからぬ目を向けてきそうですし」

 

 怒りと不満を綯い交ぜにしたような声音でこの場にいる女性陣……アルベドとシャルティアとアウラとプレアデスたちを見やるペロロンチーノに、モモンガも同意して小さく頷いた。

 彼の言う通り、エルフの王が強い母体を望んでおり、もし種族も問わないのであれば十中八九ナザリックの女性陣をよからぬ目で見てくることだろう。大切な仲間たちが残した大切な子供たちにそんな目を向けられるというのは、想像するだけで腹立たしいものだった。

 

「――モモンガ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様、それではこのような作戦は如何でしょうか?」

 

 不愉快な感情が胸の中で渦を巻いている中、不意にパンドラズ・アクターに声をかけられて反射的にそちらに意識を向ける。

 パンドラズ・アクターは三人の支配者の目の前で一度大仰に一礼すると、そのままの姿勢でエルフの国と法国攻略の作戦を朗々と語り始めた。

 真面目な態度を取り過ぎて限界だったのか、時折大袈裟な身振り手振りやポーズを挟みながら説明されていく作戦。それは鬱陶しいほどの動きに反して、とても理にかなった無駄のない作戦内容だった。これならば考えられるリスクは抑えられ、聞けば聞くほどこれ以上の作戦はないだろうと思えてくる。

 モモンガは一度ペロロンチーノとウルベルトへと視線を向けると、二人が頷いたのを確認した後に改めてパンドラズ・アクターへと視線を戻した。

 

「……良いだろう。その作戦で行くとしよう」

「はっ、ありがとうございますっ!!」

「では、総指揮は約束通りペロロンチーノさんに任せよう。パンドラズ・アクターはその補佐に回れ。ペロロンチーノさん、それで構わないか?」

「はい。ありがとうございます、モモンガさん」

Wenn es(我が神の) meines Gottes Wille(望みとあらば)

「相手はエルフと法国だ。念のため、ある程度の戦力は揃えていた方が良いだろうな……。シャルティア、アウラ、お前たちもペロロンチーノの補佐と護衛をしてあげたまえ。それと、ニグン。お前もペロロンチーノと行動を共にしろ。法国の人間であったお前がいた方がスムーズに事が進むだろう」

「畏まりんした」

「畏まりました」

「はっ、畏まりました」

 

 モモンガに続いてウルベルトもシモベたちに命を発し、瞬く間に人選が決まっていく。

 エルフの王国及び法国について、ナザリックが本格的に動くことがついに決定した。

 新たな大きな動きに、自然とこの場にいるモノたちの感情が高揚していく。

 異様なまでの熱気がこもる中、会議は次の報告や議題へと移っていった。

 次々と報告されていく新たな情報や、進言されていく議題。しかしそれらについては大きな問題もなく対策や方針が決定され、会議は滞りなく進んでいった。

 

「……これである程度はまとまったか……。他に何か報告したいモノはいるか?」

 

 この頃になると守護者たちも大分自分の考えや意見を述べるようになっており、気が付けば相当な時間が経過している。

 何もなければこれで終わろうと思っていたモモンガの横で、不意にウルベルトが小さな声を上げてきた。

 

「……あっ、じゃあ最後に一つだけ。今までは私が主導でシャドウデーモンたちをいろんなところに潜ませて情報などを探っていたのだけれど、そろそろ一人では限界になってきてねぇ……。正式に仕組みや部署を作りたいと思うのだけれど、構わないかな?」

「正式な部署というと……、つまり密偵機関とか、そういう組織を作りたいってことですか?」

「まぁ、そうだね。簡単に言えば密偵たちへの命令や管理、情報整理などを組織化してやった方が良いと思うのだよ」

「なるほど、確かにその通りだな……」

 

 ウルベルトの提案に、モモンガは納得して一つ頷いた。

 確かに言われてみれば、裏での情報収集はウルベルトに任せきりだったことに思い至る。

 例え彼が勝手にしていたことだったとはいえ、それに十分助けられていたのは確かなのだ。必要性は十分にあるだろう。

 

「私に異存はない。ペロロンチーノさんはどうだ?」

「俺もありませんよ」

 

 一応ペロロンチーノにも確認すれば、ペロロンチーノは明るい声音で賛同しながら頷いてくる。モモンガもそれに応えるように頷き返すと、改めて密偵活動の組織化について話し合い始めた。

 ウルベルトの意見を主軸にし、そこからモモンガ自身やペロロンチーノ、そしてシモベたちの意見も取り入れて肉付けをしていく。

 そして話し合いを始めて十数分後には、大体の人選や仕組みについて一つの組織が形作られた。

 総指揮はアルベド。そして彼女の下にエントマと恐怖公が補佐としてつく。主に密偵として働くのはシャドウデーモンや隠密行動に優れた蟲系のシモベたち、そして恐怖公が召喚する蟲たちである。彼らは持ち帰った情報をエントマや恐怖公に報告し、それをエントマと恐怖公が報告書にまとめてアルベドに報告するという形に決定した。

 緊急時などの最終決定権はウルベルトが持つことにはなったものの、それでもこういった組織化をしたことにより、これまでのウルベルトの負担は一気に軽減することだろう。

 

「よし、これで決まりだな。私が今配置しているシャドウデーモンたちについては後で改めて教えよう。また後で私の部屋に来てくれ」

「はい、よろしくお願い致します、ウルベルト様」

 

 ウルベルトの言葉に、アルベドが腰を折って恭しく頭を下げる。ウルベルトもそれに一つ頷くと、次にはアルベドからモモンガへと視線を移した。無言のまま先を促すように見つめられ、モモンガも一つ頷きを返す。改めてこの場にいるシモベたち全員を見回すと、誰にも気づかれないように小さく息を吐き出して、至高の主に相応しく見えるように大きく胸を張った。

 

「それでは、此度の会議は終了とする。解散!」

 

 モモンガの号令に、この場にいる全てのシモベが傅き深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れだって円卓の間を退室した守護者たちは、扉が完全に閉まったのを確認してからふぅっと一つ息を吐き出した。

 深く大きく吐き出されたそれは、疲労からくるものでは決してない。どちらかというと身体の中にこもった興奮からくる熱を吐き出すようなそれだった。

 

「……はぁ~、今回の定例報告会議もすごかったね。流石は至高の御方々! もう私、興奮しっぱなしだったよぉ~」

「確カニ。コノ世界ヲ支配スルタメノ土台ハ着々ト整ッテキテイル。コレホドマデノ道筋ヲ全テ計算シ導カレルトハ、流石ハ至高ノ御方々デアルト言ウ他アルマイ」

「ふふっ、甘いでありんすね~、コキュートス。こんな事、至高の御方々が描かれている道筋のほんの一部でしかないでありんしょう」

「そ、そうですよね。や、やっぱり、僕たちじゃあ考え付かないような、ものすごいことを考えていらっしゃるんですよね!!」

 

 円卓の間の扉の目の前で守護者たちは興奮冷めやらぬ様子でキラキラと目を輝かせながら言葉を交わす。

 しかし、いつもであればすぐにでも話の輪に入ってくる二つの声がいつまで経っても聞こえてこない。

 それに最初に気が付いたアウラが怪訝に眉を潜めながら視線を巡らせれば、どこか浮かない表情を浮かべた朱色の悪魔と、何事かを考え込んでいる純白の淫魔(サキュバス)がそれぞれ輪に加わらずに突っ立っていた。

 

「……どうしたの、デミウルゴス、アルベド?」

 

 アウラの問いかけの声に、他の守護者たちもデミウルゴスとアルベドの様子に気が付いて口の動きを止める。

 誰もが訝しげな視線で見つめる中、見つめられている側のデミウルゴスとアルベドは浮かない表情のままアウラたちへと視線を向けてきた。

 

「……いえ、何かがあったわけではないのだけれど……。実は、そろそろ大々的に動くべきではないかと至高の御方々に進言しようと考えていたの。でも、エルフと法国に対して、御方々は秘密裏に動くことを選ばれた。私は早計過ぎたのか、と少し考え込んでしまったのよ」

「……ふむ、早計過ぎる訳ではないとは思いますがね。今回のセバスが起こした騒動により、至高の御方々も秘密裏に動き過ぎる欠点には気づかれたはず。それでもなお秘密裏に動くことを重要視されたのは、恐らく法国を警戒してのことでしょう。特にモモンガ様はリスクを嫌う御方ですから」

「そう、ね……。モモンガ様は本当に慈悲深い御方。わたくしとしては、至高の御方々のためなら多少のリスクは覚悟の上なのだけれど……」

 

 独り言のように呟くアルベドは、どこか不満そうな言葉の羅列に反して少し嬉しそうな笑みを浮かべている。

 シモベとして口惜しいという気持ちはあるものの、やはり崇拝する主に大切に思われていることが嬉しいのだろう。他の守護者たちもアルベドの気持ちに賛同するようにどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いている。

 

「そうだよね~。少しでも至高の御方々のお役に立てるように頑張らないと! ……そういえば、デミウルゴスも同じ事で悩んでたの?」

 

 拳を握りしめながら決意を新たにしていたアウラが、続いてデミウルゴスへと矛先を向ける。

 話を振られた悪魔はピクッと小さく銀の尾の先を反応させると、次には彼にしては珍しく力ない苦笑をその表情に浮かべた。

 

「……いや、そうではないよ。私は……自分の愚かさを痛感させられてしまったからね。反省していたのだよ」

「反省? でも、今回デミウルゴスは褒められてたじゃない」

 

 何を反省する必要があるのかと首を傾げるアウラに、デミウルゴスは顔に浮かべている苦い笑みを深めた。一度ゆるゆると首を振り、次にはため息にも似た息を小さく吐き出す。

 

「私が言っているのは王女ラナーの件だよ。彼女に初めて接触した時、私は彼女の影にシャドウデーモンが潜んでいることをすぐに感知した。……そしてそれがウルベルト様の成されたことだともね」

 

 デミウルゴスは最上位悪魔(アーチデビル)であるため、ある一定の範囲内に悪魔がいればその存在を感知することが出来る。

 王女ラナーの影にシャドウデーモンが潜んでいると感知した時、デミウルゴスが感じたのは身が震えるほどの歓喜だった。

 

「私は先ほどまでずっと、ウルベルト様が彼女の影にシャドウデーモンを潜ませていたのは彼女を引き入れるためなのだと思っていた。つまり、私はウルベルト様の叡智に少しでも近づけたのだと歓喜したんだ。……それが全く逆の意味だったのだとは気が付かずにね……」

 

 王女に接触した当初、シャドウデーモンの存在からウルベルトも彼女を引き入れるつもりなのだと思っていた。

 御方も自分と同じ考えなのだと。

 自分は御方の考えに思い至ることが出来たのだと……。

 しかし蓋を開けてみればどうだ。

 ウルベルトはラナーを引き入れるつもりなど欠片もなく、逆に警戒と思慮からシャドウデーモンをその影に潜ませていたのだ。

 それに思い至らなかったどころか愚かな勘違いをしていた自分自身が、とてつもなく恥ずかしかった。

 

「……まだまだ御方々の足元にも及ばないと痛感したよ」

 

 苦笑と共に言葉を紡ぐ悪魔に、それを聞いていた守護者たちの反応は様々だった。

 コキュートスは何事かを考え込んでいるようで真剣な表情で黙り込み、マーレは不思議そうなキョトンした表情を浮かべ、アウラはデミウルゴスと同じような苦笑を浮かべ、シャルティアは誇らしげに胸を張ってニマニマと表情を崩している。そして守護者統括であるアルベドは、そんな守護者たちの様子を見つめながら柔らかな笑みをその美しい顔に浮かべていた。

 

「そうね、御方々は正に人智を超えた叡智と力を併せ持った至高なる存在。わたくしたちは御方々の足元に平伏し、御方々の言葉に従ってこの身も命も捧げるのが全て。そのためにも、もっとお役に立てるように努めなくてはね」

 

 アルベドの言葉に、守護者たちは全員が当然のように頷く。

 全ては至高の御方々のために……。

 忠実なシモベたちは決意を胸に、自分たちの役目を果たすためにそれぞれの方向へと靴先を向けて歩き出した。

 

 


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