世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

56 / 95
明けまして、おめでとうございます!
今年も当小説を宜しくお願い致します(深々)

今回はPixiv版と少々文章が違う部分があります。
気になる方はPixiv版も見てみて頂ければと思います。


幕間 世界春模様

 心地よい風と暖かな日差し。サワサワと奏でられる葉の音はひどく心を落ち着かせ、遠く聞こえてくる子供たちの笑い声は温かな感情を胸に湧き上がらせてくる。

 自身の本体である木の幹に背を預けながら、ピニスン・ポール・ペルリアは目の前の光景をのんびりと眺めていた。

 ここは人間の村の外れ。

 確かカルネ村といったか……。

 どこまでも和やかな村の景色を眺めながら、ピニスンはこの村に連れてこられた時のことを思い出していた。

 ピニスンは元々トブの大森林の奥地で生きていた木の妖精(ドライアード)である。

 しかし数か月前に世界を滅ぼすほどの力を持った魔樹が目覚め、そこで近頃森で噂になっていた黄金色の鳥人(バードマン)とその一行に出会ったのだ。バードマンたちはあろうことかあの恐ろしい魔樹をいとも容易く倒してしまい、恐れ戦くピニスンの目の前にやってきて一つの提案をもちかけてきた。

 曰く『折角だから、もっと安全で平和な場所に一緒に行かないか?』と……。

 恐怖に震えるピニスンがその“提案”を拒否できるはずもなく、ピニスンは言われるがままに頷いてこの村まで連れてこられたのだった。

 今では何故か村を見守る存在として村人たちから崇められている。本体の木の根元に供え物を置かれたり頭を下げられる度に、ピニスンは複雑な心境そのままに人間たちを見下ろしていた。

 

 

 

「――………ピニちゃーーんっ!!」

 

 これまでのことを何とはなしにつらつらと思い返している中、不意に自分の名を呼ぶ幼い声が聞こえてきた。

 思考を中断して声のした方を振り返れば、満面の笑みを浮かべながらこちらに駆けてくる少女の姿が目に飛び込んできた。

 

「ピニちゃん、おはよう!」

「……おはよう。ネムは今日も元気だね」

「うん、元気だよ!」

 

 木の根元まで駆けてきたのは人間の幼い少女ネム。

 屈託のない笑みを浮かべながら大きく頷いてくる少女に、ピニスンは何やら毒気を抜かれたような気分になって小さな苦笑を浮かべた。

 

「こら、ネム! 一人で走っていったら危ないでしょう!」

 

 ネムに再び声をかけようと口を開きかけたその時、更に聞こえてきた新たな声。

 反射的にそちらに視線を向ければ、少し離れた場所にネムの姉であるエンリが肩を怒らせて立っていた。

 エンリは怒ったような表情を浮かべながら、ズンズンとこちらに歩み寄ってくる。しかし当の怒られている側のネムはと言えば、『きゃーー!』と明るい声を上げながらピニスンの本体の木の反対側へと逃げるように駆けこんできた。ざらざらとした木肌に両手をつき、ひょこっと顔だけを覗かせてエンリを見上げる。

 

「ピニちゃんのところだから大丈夫だもん」

「それでもです! それにピニちゃんなんて軽々しく呼ばないの! ピニスンさんはペロロンチーノ様が連れてきて下さった村の守護者様なんだから」

 

 エンリは腰に両手をあててネムを叱ると、次には申し訳なさそうな表情を浮かべてピニスンを見つめてきた。

 

「申し訳ありません、ピニスンさん」

「………いや、別に構わないよ。逆にそんなに畏まられる方が居心地悪いし……。むしろネムくらい気軽な方が私としては良いんだけど……」

「そんな、滅相もないです! ピニスンさんってお呼びするだけでも精一杯なんですよ!」

 

 エンリは大きな拒否の声と共に勢い良く首を横に振ってくる。断固拒否な態度に、ピニスンは心の中で深々と大きなため息を吐き出した。

 どうしてこんなことになったのか……と頭痛がしてくる。同時に、自分をここに連れてきたペロロンチーノに対してふつふつと怒りが込み上げてきた。

 それもこれも全てペロロンチーノが悪いのだ……と内心で悪態をつく。

 この村は以前ペロロンチーノが救った村であるらしく、今も何かと手を貸したりして保護しているらしい。村人たちもペロロンチーノのことを非常に慕っており、それもあってペロロンチーノに連れてこられた自分のことを村人たちは守り神か何かのように思っているようだった。

 本当はそんな力などないというのに……。

 はぁぁっと大きなため息をつき、そこでふとそのペロロンチーノを最近見かけないことに気が付いた。ピニスンとしては大変良いことなのだが、村人たちの中でも特に目の前の少女たち二人はペロロンチーノに対して非常に好意的であったはずだ。果たして今の状況をどんな風に思っているのかと不意に気になった。

 

「……そういえば、最近見ないよね~」

「……? 何をですか?」

「何をって、ほら……。私をこの村に連れてきた御方様(・・・)だよ」

 

 少し皮肉が混ざったようなピニスンの言葉に、エンリとネムがキョトンとした表情を浮かべる。流石姉妹と言うべきか、その表情は二人ともがよく似ていた。しかし次に浮かべた表情は、それぞれ全く違うものだった。

 ネムはしゅんっと顔を俯かせて泣きそうな顔になり、エンリは気落ちしたように眉を八の字にしながらも寂しげな笑みを浮かべた。

 

「……それは……、仕方ありませんよ……。ペロロンチーノ様はお忙しい方ですから」

「………ふぇ……、ペロロンチーノさま……」

 

 エンリの言葉に、ネムが更に顔を歪ませる。しまいにはグスッと鼻を鳴らし始めるのに、エンリは苦笑を深めて身を屈めると、優しい手つきでネムの頭を撫で始めた。

 非常に仲睦まじい姉妹の様子を見つめながら、ピニスンは思わず小さく首を傾げた。

 

「……なんていうか……、本当にあいつ……じゃなくて、あの方が好きなんだね~……」

「っ!! す、好きっ!? え、いや、あの、その……すすす好きというか! なんというか!!」

「うん、ペロロンチーノ様のこと大好きだよ!!」

 

 ピニスンの言葉に顔を真っ赤にして過剰に反応するエンリと、悲しみに歪めていた顔を満面の笑みに変えて大きく頷いてくるネム。

 対照的な姉妹の反応に、ピニスンは更に首を大きく傾げさせた。

 あんな恐ろしい存在に好意を寄せるなど信じられない……、と思わず顔を顰めそうになる。それもネムの方はまだ普通の親愛による好意なのだろうが、エンリの方は恐らく恋やら愛と呼ばれるものに近いものだろう。しかし、いくら助けられた過去を持つとはいえ、エンリとペロロンチーノは種族すら違うのだ。強い雄に惹かれる雌の性は理解できるものの、本能よりも理性が強い人間であるエンリがペロロンチーノにここまで惹かれることがピニスンには今一理解できなかった。

 

「ピニちゃんはペロロンチーノ様のこと好きじゃないの?」

「好き……と言うよりも恐ろしいわね」

「おそろしい? 怖いの? ペロロンチーノ様、優しいよ?」

「確かにあなたたちにとってはそうかもね。私も、別に怖い思いをさせられたわけじゃないし、恩人であることには変わりないんだけど……。あの方はすっごく強い存在だから、本能的な恐怖があるんだよ」

「……?」

 

 ピニスンの言いたいことが理解できないのか、ネムとエンリは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げてくる。しかしピニスンはこれ以上言葉を続けることはしなかった。ペロロンチーノがこの姉妹に恐ろしい部分を見せるとは思えないし、そうしない限りどんなに自分が説明したとしても二人が理解できるとは思えなかった。

 そのため、ピニスンはさっさと話題を戻すことにした。

 

「……まぁ、私のことは置いといて。それよりも私から一つ忠告。あまりあの方に傾倒しない方が良いわよ。特にエンリ!」

「……?」

「っ!! わ、私は別にペロロンチーノ様に傾倒なんて……!」

「もし違うっていうのなら別にいいけど。それなら、これからそうならないように気を付けなさい。番は同じ種族で作るのが一番よ」

「つ、番っ!? ピニスンさん、言い方! その言い方は止めて下さいっ!!」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためくエンリに、ピニスンはもう手遅れかな~……と思いながらじっと少女の顔を見つめた。

 少女の表情はピニスンの目からは恋する乙女のように見えて、部外者がどんなに言っても仕方がないところまできてしまっているように思えた。

 

(………う~ん、やっぱり私には理解できないわ……。)

 

 強大な力を持った黄金色のバードマンの姿を思い出しながら、ピニスンはブルッと身体を震わせた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ところ変わって、ここはリ・エスティーゼ王国王都に存在する高級宿屋。

 限られた者たちしか利用できないその宿屋の一室にて、二人の少女がそれぞれ同じように椅子に腰かけ、目の前のテーブルへと深く顔を突っ伏していた。

 

 

「――……おーい、戻ったぜ~! ……って、なんだよ、お前ら。ま~だグダグダしてんのかよ」

 

 静寂に包まれていた室内に、扉が開く音と共に野太い声が響いてくる。

 部屋に入ってきたのは筋骨隆々の男……のような女。右手には巨大な戦鎚を持ち、反対側には大きな革袋を肩に背負っている。

 見るからに唯者ではないと分かる彼女は目の前で微動だにしない少女二人を見やると、これ見よがしに大きなため息を吐き出した。

 そこに、ひょこっと女の背後から姿を現す一人の少女。

 忍者服に身を包んだその少女もまた、女と共に部屋に足を踏み入れながら同じように大きなため息を零した。

 

「……これは駄目。鬼ボスとイビルアイ、完全に死んでる」

「おいおい、勝手に殺すんじゃねぇよ。おい、ラキュース、イビルアイ。いい加減にシャキッとしろ!」

 

 女の呼び声に、そこで漸く突っ伏していた少女たちが動き出す。二人の少女はゆっくりと顔を上げると、それぞれ部屋に入ってきた女と少女へと視線を向けた。

 

「……お帰りなさい、ガガーラン、ティア。私も、もっとシャキッとしなくちゃとは思っているんだけど……」

「うぅ、私はまだ駄目だ……。モモン様と頻繁に会える可能性を自ら潰してしまうなんてぇ……」

 

 力ない笑みを浮かべるラキュースとは対照的に、イビルアイは悲痛な声と共に再びテーブルへと顔を突っ伏してしまう。その際、顔を覆っている仮面が勢い良くテーブルを叩き、ガンッという大きな音が部屋中に響いた。

 しかしイビルアイは微動だにしない。

 見るからに打ちひしがれている様子に、ラキュースとガガーランとティアはほぼ同時に大きな息を吐き出した。

 

「……駄目だな、こりゃ。暫く放っておくしかねぇか」

「そういえば、ティナの姿が見えない」

 

 思わず苦笑を浮かべるガガーランの横で、ティアが双子の片割れがいないことに気が付いて小首を傾げる。

 ラキュースは小さな息をつきながら立ち上がると、飲み物を用意しようと棚の方へと歩み寄っていった。棚の扉へと手を掛け、中に備え付けられている茶器を取り出す。

 

「ティナは買い出しに行っているわ。部屋を出てからそれなりに経っているから、そろそろ戻ってくるとは思うけれど」

 

 ラキュースの声に重なるように、カチャカチャという陶器が擦れ合う微かな音が響いてくる。同時に花のような甘い紅茶の香りも漂ってきて、ガガーランとティアはイビルアイが突っ伏しているテーブルの周りに置かれている椅子にそれぞれ腰掛けた。ラキュースの作業音をBGMに、こちらも一息つくために荷物などを床に置いていく。

 数分後、ラキュースがカップを乗せたトレイを手にガガーランたちの元へと戻ってきた。

 ガガーラン、ティア、イビルアイ、と順に紅茶が入ったカップを置いていき、最後に自身のカップを手に椅子へと腰掛ける。

 ラキュースはカップを近づけて一度深く紅茶の香りを吸い込むと、ゆっくりとカップを傾けて一口中身を飲み込んだ後に大きな息を吐き出した。ガガーランとティアもラキュースにつられる様にして目の前に置かれたカップへと手を伸ばす。イビルアイも漸く突っ伏していた顔を起き上がらせると、ふぅっと小さな息をついて仮面に手をかけた。

 しかしその瞬間、不意に部屋の扉が外側から開かれ、ラキュースたちは反射的にそちらを振り返った。

 開けられた扉の影から見慣れた少女が姿を現し、ラキュースたちは無意識に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「お帰りなさい、ティナ。随分時間がかかったのね」

 

 部屋に入ってきたのは、同じ冒険者チームの仲間であるティナ。

 仲間が戻ってきたことに自然と誰もが笑みを浮かべる中、しかし続いてティナの後ろから姿を現した人物に、ラキュースたちは驚愕に目を見開かせた。ラキュースは咄嗟に椅子から立ち上がり、ガガーランもぽかんっと口を大きく開けて呆けている。イビルアイは仮面で表情が見えずティアは無表情を貫いているものの、それでも少なからず驚愕の雰囲気を醸し出していた。

 

「さっき外で偶然会った。私たちに用事だと言うから連れてきた」

「……突然訪ねてきてしまい、申し訳ない。少し時間を貰えないだろうか?」

「ストロノーフ様、一体どうされたのですか?」

 

 ティナの背後から姿を現したのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 滅多に会うことのない人物の突然の来訪に、ラキュースたちは未だ驚愕の表情を浮かべながらも慌てて部屋の中へと招き入れた。他のメンバーも椅子から立ち上がり、ガゼフへと椅子を勧める。どう見ても世間話をしに来た雰囲気ではないことも相俟って、ラキュースたちは自然と依頼主に対するような姿勢を取った。

 ガゼフと向かい合うように座るのはリーダーであるラキュースのみ。ガガーランとイビルアイとティナがそれぞれ控えるようにラキュースの斜め後ろに立ち、ティアが未だ出たままの茶器を使って飲み物の用意を始める。あまり時間はかかることなく再び紅茶の甘い香りが漂い始め、数分後にはガゼフの目の前に一つのカップが置かれた。

 ガゼフが小さく頭を下げる中、ティアもティナの隣に立ち、そこで漸くラキュースが口を開いた。

 

「……それで、ストロノーフ様。本日は一体どのようなご用件でいらしたのですか?」

「……まずは、何の連絡もなく突然来てしまったことを改めて詫びさせてもらいたい。申し訳ない」

「いいえ、それは構いません。それだけ急を要することなのでしょう」

「いや、それほど緊急のものではないのだ。しかし、あまり人の目には触れさせたくない事であるため、失礼ながら連絡なしに来させてもらった」

「人目に触れさせたくない事、ですか……。一体どのようなことでしょうか?」

 

 ガゼフの言う用件が何なのか思い至らず、ラキュースは思わず小さく首を傾げる。

 ガゼフは眉間に皺を寄せて厳めしい表情を浮かべると、どこか苦々しげにゆっくりと口を開いてきた。

 

「実は……、レオナール・グラン・ネーグル殿のことなのだが……」

「っ!? ネーグルさんがどうかしたのですか? まさか、彼の身に何か……!?」

「いや、そう言う訳ではない。そうではないのだが……」

 

 彼にしては珍しく煮え切らない様な歯切れの悪い様子に、ラキュースの胸に途端に焦りのような感情が湧き上がってくる。

 ラキュースは身を乗り出しそうになるのを必死に堪えながら、どうにか冷静になれと自身に言い聞かせて無言のままガゼフに言葉の先を促した。

 ガゼフもまた、何かを決意したような表情を浮かべて強くラキュースを見つめてきた。

 

「……実は、王族の方々がネーグル殿の存在に警戒心を持たれているようなのだ」

「警戒心……? それは、一体何故なのですか?」

 

 意味が分からず、思わず小さく顔を顰める。

 しかし、意味は分からないものの、何とも嫌な予感がラキュースの心に渦を巻いた。

 

「それは、彼の御仁の力を実際に陛下が目にされたからだ。それと、彼の立ち位置があまりにも王国にとって危険度が高いためだろう……」

「……確かに、ネーグルさんは信じられないほどの力を持っています。ですが、彼は決して悪い人ではありません! カルネ村を助け、今も何かと力を貸しているようですし、先日の悪魔騒動の時も彼は進んで力を貸してくれたのです! ストロノーフ様もそれはお分かりのはずでしょうっ!!」

「おい、ラキュース、少し落ち着けよ」

 

 思わず興奮して声を荒げるラキュースに、すかさずガガーランから声をかけられる。ラキュースもここで自分が怒っても仕方がないことは分かっていたが、それでも悔しさと怒りに大きく顔を歪めた。グッと拳を握りしめて唇を噛むのに、それを見つめているガゼフもまた苦しげに小さく顔を歪ませた。

 

「……もちろん、私とて彼の御仁がとても素晴らしい方であることは理解している。この命を救って頂いた恩もある。しかし、ネーグル殿を危険視するのは、何も彼の力を恐れてというだけではないのだ」

「………それは……」

「問題なのは、ネーグル殿が帝国のワーカーである(・・・・・・・・・・)ことなのだ」

「……っ!!」

 

 ガゼフの言葉が予想以上に鋭い刃となってラキュースの胸に突き刺さる。その言葉は、実はラキュース自身も前から気になっていたものだった。

 

「ネーグル殿は冒険者ではなくワーカーだ。つまり、国からの依頼を受けても何ら問題のない立場にある。……もし、帝国が毎年行われる王国との戦いに彼の御仁も参加するように依頼を出したなら……。そしてもし、その依頼を彼が引き受けて戦場に現れたなら……。王族の方々はそれを一番に危惧していらっしゃるのだ」

「……………………」

 

 ガゼフが淡々と言葉を紡ぐのに、それを黙って聞きながらラキュースは苦々しい表情を浮かべた。今まで目を背けてきた問題を目の前に突き付けられたような気がして、思わず小さな苛立ちと大きな不安が胸に湧き上がってくる。

 確かに、ガゼフの言葉も王族たちの懸念も正しい。レオナールの力は脅威であり、彼が帝国のワーカーである以上、その力が王国に向けられる可能性は決してゼロではないだろう。

 しかし………。

 

「………ネーグルさんを危険視しているのは、本当に王族の方々だけなのですか? 王族の方々は全員ネーグルさんを危険視しているのですか?」

 

 果たして、王族以外でレオナールを危険視している者はいるのか。

 王族も……本当に全員がレオナールを危険視しているのか……。

 それは今後の動きを決めるためにははっきりさせなければならない重要な点だった。

 ラキュースの問いに、ガゼフはここで初めて小さな苦笑を浮かべてきた。

 

「今のところは、そうだな。幸か不幸か、貴族の方々は“たかがワーカー風情だ”とネーグル殿を未だ軽視しているようだ。貴族の中で彼の御仁の力を正確に認識しているのはレエブン侯くらいだろう」

「……なるほど。確かにあの男ならば侮らないだろうな」

「王族の連中はどうなんだ?」

 

 納得したように頷くイビルアイの傍らで、ガガーランが真剣な表情を浮かべて問いかける。

 ガゼフもラキュースの後ろに立つイビルアイやガガーランに目を向けると、苦笑を浮かべていた顔を真剣なものへと引き締めさせた。

 

「王族の方々は、厳密に言えばネーグル殿を危険視しておられるのは陛下とザナック王子のお二方のみだ。バルブロ王子は貴族たちと同じで彼の御仁をワーカー風情と軽視しておられるようだ。ラナー王女はネーグル殿の力も危険性も理解しておられるようだが、彼の御仁と争うこと自体考えたくない様子だったな」

「そう、ですか……。あの子らしい……」

 

 ガゼフの口から語られるラナーの様子に、ラキュースは思わず小さな苦笑を浮かべた。しかし彼女がレオナールを危険視していないという事実は、思いの外大きくラキュースの心を慰めた。

 彼女が危険視していないのなら、逆にこちらの味方になってくれるかもしれない。

 もし何かが起こった時、力を貸してもらえるかもしれない……。

 胸に湧き上がってきた新たな希望に、ラキュースは自然と表情を柔らかなものへと変えていった。

 しかし、ここで安心する訳にはいかない。何より、今動くべきは自分たちなのだ。だからこそ、ガゼフは今自分たちの目の前にいるのだろうから……。

 ラキュースは気を引き締めると、改めて目の前に座るガゼフを真っ直ぐ見つめた。

 

「……それで……、そのことを私たちに話して、ストロノーフ様は一体何を私たちにさせたいのですか?」

「……………………」

 

 ラキュースとガゼフの強く鋭い視線が宙でガッチリとかち合う。

 ガゼフは暫く無言でいたものの、次にはため息にも似た息を一つ大きく吐き出した。

 

「………“蒼の薔薇”の方々は王国の者の中では誰よりもネーグル殿と接触している。どうにか彼の御仁を王国に引き入れられないだろうか?」

「「「っ!!?」」」

 

 切実な声音での問いかけに、ラキュースだけでなくガガーランたちも全員が一様に大きく目を見開かせた。同時に、先ほどの言葉がどれだけ切羽詰まったものであるのかが分かった。

 ただ一人の人物に対して王族や王国最強と名高い男がここまで必死になるなど普通ではありえない。それも相手は貴族でも冒険者でもなく、唯の一介のワーカーでしかないのだ。

 もしこの場に貴族たちがいたなら、『何を馬鹿なことを……』と一笑したことだろう。ラキュースたちとて、何も知らずに話だけを聞いたなら心底不可思議に思ったことだろう。それだけ、今ガゼフが口にした言葉は……少なくとも封建国家で生まれが何よりも重要視される王国においては非常に信じがたいものだった。

 だが裏を返せば、それだけ王族やガゼフ自身が危機感を持っているということだ。

 ラキュースたちは思わず神妙な表情を浮かべると、次には無言のまま互いに顔を見合わせた。

 

「……接触してるって言われてもな~…。実際、俺たちがあいつらと接触したのなんて、悪魔騒動の時のを入れても二回しかねぇぞ」

「ああ。お世辞にも親密とも相手を知っているとも言えん回数だな」

「そうよね……。私たちよりもむしろカルネ村の人たちの方がネーグルさんたちとは親しいんじゃないかしら」

 

 とはいえ、唯の村人たちにワーカーの勧誘など荷が勝ちすぎる。それも相手はあのレオナールなのだ。幾ら親しくしているからと言っても、相当な実力者であり頭もキレる彼の勧誘を村人たちに任せるのは、あまりにも酷な話だと思われた。

 

「ふむ、カルネ村か……。では、あの闇森妖精(ダークエルフ)の子供を使ったらどうだ? あいつらは今も定期的にあの子供に会うためにカルネ村に来ているんだろう? “いっそのこと王国に拠点を移せば良いんじゃないか”と持ち掛ければ良い」

「なるほど……。それは使えそうだな」

「でも、それを誰が言うの? 恐らくカルネ村の人々はあまり協力してくれないと思うわよ。かといって、あのダークエルフの子……確かマーレといったかしら。あの子も私たちに協力してくれるとは思えないし……」

 

 カルネ村を訪れた時のことを思い出しながら、ラキュースは思わず小さく顔を顰めた。

 カルネ村の人々の様子や村長たちの口振りからして、彼らは相当レオナールたちに恩義を感じているようだった。命を救われたのだから当然といえば当然なのだが、その恩義故に彼らが協力してくれるとはとても思えなかった。そしてそれは、レオナールの仲間であるマーレというダークエルフにも言えることだった。いや、あの子供の場合は村人たち以上に難しいかもしれない。恐らくあの子供にとってレオナールは親のような存在なのではないだろうか。加えて、あの子供のレオナールに対する言動からして、恐らく崇拝にも似た感情すらレオナールに抱いていると推察できる。そんな彼らが自分たちに協力してくれるとは、どう楽観視しても考えられなかった。

 

「……あの子供は止めた方が良い」

「ティアの言う通り。あの子供はどこかおかしい」

 

 誰もが頭を悩ます中、不意にひどく似通った二つの声が辛辣な言葉を発してきて、ラキュースたちは驚愕しながら思わずそちらを振り返った。視線の先にはティアとティナがこちらを見つめて立っており、そのあまりに真剣な表情に更に驚愕に目を見開かせる。

 彼女たちの珍しい言動に、ラキュースたちは驚愕の後に困惑の表情を浮かべた。

 

「……なんだよ、お前らがそこまで言うなんて珍しいな。特にティアなんかはマジで好みのタイプじゃなかったか?」

 

 訝しげな表情を浮かべながらガガーランが首を捻らせる。

 彼女の言う通り、この双子がここまで言うのは非常に珍しいことだった。特にティアは“レズビアン”で、可愛らしい少女に好感を持つ傾向にある。カルネ村で出会ったマーレというダークエルフは正にティアの好みのタイプど真ん中で、彼女がマーレに対してここまで言う理由が全く分からなかった。

 しかしティアの表情は一切変わらない。隣に立つ双子の片割れと視線を交わし合うと、すぐにラキュースたちに視線を戻して小さく眉間に皺を寄せた。

 

「……私も良く分からない。ガガーランの言う通り、あの子はすっごく好みのタイプ。でも…、何故か全くときめかなかった。だから変」

「いやいや、お前がときめなかったから変って……」

「それだけじゃない。逆に私は、少しあの子供に興味を持った。普通なら女の子なんてまったく興味ないのに……。だからおかしい」

 

 ティアの判断に呆れた声を上げるガガーランに、続いてティナが反論するように言葉を紡ぐ。それにティアとティナ以外の全員が奇妙な表情を浮かべた。

 “レズビアン”であるティアに対し、彼女の片割れであるティナは“ショタコン”である。つまり幼い少年が好みであり、確かにティナは今まで一切少女などには興味を示してこなかった。

 そんな彼女が少女であるはずのマーレに興味を持ったという事実。

 それだけで判断するのはどうかと頭の片隅では思うものの、確かにおかしい……とラキュースたちは頭を悩ませた。

 

「それは……、確かに少し気になるな。………まさかとは思うが、本当は少女ではなく少年だったんじゃないだろうな」

「ま、まさか……! どこからどう見ても女の子だったじゃない。それにスカートだってはいていたし……」

 

 イビルアイの爆弾発言にラキュースは思わず声を上げる。『どこからどう見ても女の子だった』という言葉は嘘ではないが、それ以前にヘタをすればレオナールが変態だと思われかねない事態に、ラキュースは知らぬ内に必死に弁明を繰り返していた。その一方で、ティアとティナがカルネ村でやけに大人しかったことを思い出して内心で納得の声を零す。恐らくマーレについて困惑、或いは警戒していたのだろう。

 ラキュースは一つ大きな息を吐き出すと、次には気を取り直すために改めてこの場にいる面々へと目を向けた。

 

「と、とにかく! ネーグルさんを王国に引き入れるためにはカルネ村が重要な鍵になることは間違いないわ。でもその前に、もっと彼らを知る必要があると思うの」

「まぁ、確かにな……」

 

 ラキュースの言葉に、この場にいる誰もが大きく頷く。

 しかし、ではどうやって彼らを知るべきか……という問題に首を傾げた。

 

「だが、“サバト・レガロ”は帝国にいるだろう。どうやってあいつらの情報を集めるつもりだ?」

「まずはエ・ランテルに行こうと思うの」

「エ・ランテルに?」

「何でまた……」

 

 “エ・ランテル”という言葉にイビルアイがピクッと反応し、他のメンバーは訝しげに眉を潜める。彼女たちの顔には『意味が分からない』とでかでかと書かれていた。

 

「ええ、そうよ。そこでモモンさんとナーベさんに“サバト・レガロ”について聞いてみようと思うのよ」

「“漆黒”のメンバーに? 一体どういうことだ?」

「実は悪魔騒動の時にモモンさんが、ナーベさんはネーグルさんのファンなんだって言っていたの。つまり、彼らはファンになるだけのネーグルさんの情報を持っているということよ。それにカルネ村はエ・ランテルに近いから、ネーグルさん自身もエ・ランテルに立ち寄っている可能性があるわ」

 

 拳を握りしめながら自身の考えを口にするラキュースに、ガガーランたちは互いに顔を見合わせた。

 彼女の言葉には説得力があり、的を射ているように思われた。何より、ラキュースのその考えにいち早く賛同の声を上げる者がいた。

 

「非常に良い考えだ! さっそくモモン様に会いに行こう!!」

 

 嬉々とした声を上げたのは、言わずもがなイビルアイである。他のメンバーも互いに顔を見合わせると、次には同意するようにラキュースに目を向けて一つ大きく頷いた。ラキュースもそれに大きく頷いて応えると、彼女たちの様子を見守っていたガゼフへと改めて目を向けた。

 

「ストロノーフ様、お聞きになった通り、我々はまずエ・ランテルに向かい“サバト・レガロ”の情報を集めてみようと思います。どのくらい時間がかかるのか……、上手くいくかも分かりませんが、何か情報を掴み次第ご連絡します」

「感謝する。私の方でも出来得る限り帝国での“サバト・レガロ”の情報を探ってみよう」

 

 ラキュースとガゼフはほぼ同時に椅子から立ち上がると、テーブル越しに強く互いの手を握りしめる。

 契約成立の証のように握手を交わすラキュースとガゼフに、濃く広がる影から複数の視線が彼らを静かに見つめていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「――……うと思いますけど、それで良いですか?」

「ああ、それで良いんじゃないか」

「俺もそれで良いと思いますよ。それじゃあ、俺の方から伝えておきますね」

 

 絢爛豪華な広い室内にて、三体の異形が言葉を交わしている。

 ここはナザリック地下大墳墓の第九階層。数多の施設や円卓の間やギルドメンバーの私室などが連なる階層であり、彼らが今いるのはギルドメンバーの一人であるペロロンチーノの私室だった。

 ロイヤルスイートをイメージした大まかなデザインや内装、部屋数などは他のギルドメンバーの私室と全く変わらない。しかし置かれている調度品や家具、地下でありながら存在する窓から覗く外の景色は部屋によって全く違い、それぞれのギルドメンバーの趣味趣向や特徴などを如実に表しているようだった。

 そしてそれは、この部屋も決して例外ではなかった。

 ペロロンチーノの部屋は主に白と金を基調とした装飾がされており、置かれている家具も柔らかな雰囲気を帯びた木製の物。カーテンやテーブルクロス、カーペットといった布製の物は緑系のものが多く、窓から覗く景色はまるで高層ビルの屋上から見るような果てしなく高い空だった。全体的に明るく柔らかな空間に、部屋を訪れた者は感嘆だけでなく大きな癒しを感じることだろう。

 しかし既にこの部屋に何度も訪れたことのあるモモンガとウルベルトにとっては既に見慣れた光景である。一切驚くことも感嘆することもなく、丸テーブルを囲むように座りながら真面目に今後のことを話し合っていた。

 いや、“真面目”と表現しては些か誤りがあるかもしれない。

 というのも……――

 

「――……というか、ウルベルトさんはさっきから何してるんですか?」

「見て分からないか? アイテムを作ってるんだよ」

 

 ペロロンチーノとモモンガの視線の先で、ウルベルトが自身の手元を見つめながら返事をする。

 ウルベルトの手に握り締められているのは幾つかの素材。また、丸テーブルの上にもユグドラシルで手に入る多くの素材やデータクリスタルが所狭しに置かれていた。

 彼の言葉通り誰がどう見ても何かを作っている様子に、ペロロンチーノとモモンガはほぼ同時に小さく首を傾げた。

 

「何を作ってるんですか?」

「いや、この前ニグンに褒美をやると約束してな。折角だから少しでも役立ちそうな物を作ってやろうかと思って……」

 

 こちらを見ないまま答えてひたすら手を動かすウルベルトに、ペロロンチーノとモモンガは思わず互いに顔を見合わせる。

 ペロロンチーノはガクッと頭を俯かせて横に振り、モモンガは丸テーブルの上に置かれている素材の数々をマジマジと見つめた。

 

「………どうしてここに素材を持ってきて作ってるんですか。自分の部屋でやって下さいよ」

「というか、ウルベルトさんよくそんなに素材持ってますね。それも結構珍しいものとか高品質な物も多くないですか?」

「ああ、そりゃあ武人さんとよく素材を取りに行ってたからな。あの人の作る武器はどれもやたらと必要な素材が多かったし。それもあって今も結構素材が余っているんだ」

「あー、確か打倒たっち・みーさん用の武器を作ろうとしていましたっけ……」

 

 ユグドラシルでのことを思い出し、モモンガは思わず遠い目になる。

 確かにギルドメンバーの一人である武人建御雷は優れた武器を作る名人だったが、武器一つ一つにかかる素材の量がやたらと多かったり、品質が異常に高いものばかり必要だったりしたことを覚えている。モモンガも幾度となく素材集めに協力した記憶はあるが、しかし誰よりも率先して彼に協力していたのはウルベルトと弐式炎雷だったはずだ。義理堅く懐の深い人物だった武人建御雷のことだ、必要なくなった素材や余った素材を礼としてウルベルトたちに渡していた可能性も十分にあり得る。

 内心で何度も頷くモモンガの横で、ペロロンチーノは小さく首を傾げさせながら微かに唸り声のような音を喉奥から響かせていた。

 

「……褒美を与えるのは良いと思いますけど、気を付けた方が良いですよ。ヘタしたらナザリックのNPCたちが羨ましがって酷いことになりますよ………ニグンが……」

 

 以前床に押し倒された自身の上で繰り広げられたアルベドとシャルティアの激闘のことを思い出し、ペロロンチーノは思わずブルッと小さく身体を震わせる。

 しかしウルベルトもモモンガも、ペロロンチーノほどの実感がないようだった。

 

「いや、大丈夫だろ。ニグンがこちら側にきて結構経つし、あいつらもいい加減ニグンを仲間だと認めているさ」

「そうですよ、ペロロンチーノさん。今までだって、誰かが褒美をもらっても彼らが暴れたことはなかったじゃないですか」

「いやいやいや、ウルベルトさんもモモンガさんも甘いですよ! 甘々ですよ! あの子たちの想いってすっごい過激なんですよ!」

 

 必死に身を乗り出して言い募るも、ウルベルトとモモンガは不思議そうな表情を浮かべて小さく首を傾げるばかり。

 思わずガクッと肩を落とすペロロンチーノに、ウルベルトは動かしていた手を止めて改めてペロロンチーノへと目を向けた。

 

「……そういえば、“想い”で思い出したんだが、一つお前に聞こうと思っていたことがあったんだ」

「……? なんですか?」

「お前、リ・エスティーゼでエントマを助けに出た時、“蒼の薔薇”の仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)を攫おうとしたそうじゃないか」

「ちょっ! その言い方は語弊がありそうなんで止めて下さいよ! ……ちょっと気になることがあったので、デミウルゴスに『できたらナザリックに連れて帰りたい』って言っただけですよ……」

「気になること? 何かあったんですか?」

 

 もしや重要なことかと、モモンガもペロロンチーノを凝視する。

 しかし二人に見つめられているペロロンチーノはと言えば、どこか煮え切らないような様子で顔を俯かせて嘴を小さくカチカチと鳴らしていた。両手の指先も絡めたり離したりと、どうにもペロロンチーノ自身も何かが腑に落ちない様子である。

 モモンガとウルベルトは一度チラッと視線だけで互いを見やると、次にはほぼ同時に改めてペロロンチーノへと視線を向けた。

 

「一体どうしたんですか、ペロロンチーノさん?」

「……う~ん、実は俺にも良く分からないんですよ。良く分からないから、彼女を連れていきたかったというか……」

「どういうことだ?」

 

 ペロロンチーノの言葉に、なおも疑問が深まっていく。

 一体何が言いたいのかとモモンガとウルベルトが無言のまま思考を巡らせる中、ペロロンチーノは言葉を探しながらゆっくりと嘴を開いた。

 

「その……、この身体になってから時々衝動に抗えない時があるんですけど、シャルティアに危害を加えられそうになった時が一番ひどかったんですよ」

 

 ペロロンチーノの言う“シャルティアに危害を加えられそうになった時”とは、恐らくブレイン・アングラウスを捕えた際に法国の漆黒聖典と思われる集団に襲われた時のことだろう。

 

「王国でエントマが傷つけられていると分かった時も同じ衝動に襲われたので、多分仲間が襲われたら抑えが効かなくなるんだと思います。……その衝動は凄まじくて、俺の理性が全く届かない。相手が大好きな女の子だろうが、絶対に止まれないんです」

「「……………………」」

「でもあの時、仮面の女の子を見た瞬間に何故か衝動が一気に消えて正気に戻れたんです! だから、どうしてだろうって思って……」

 

 最後には言葉が尻すぼみになり、顔も深く俯かせてしまう。モモンガとウルベルトは暫くペロロンチーノを見つめると、次には互いに顔を見合わせた。

 ペロロンチーノの言葉は、これまでの彼の言動や性格からすればとても信じがたいものだった。全世界の幼女、美少女、美女をこよなく愛する彼が、例え敵であったとしても女性に刃を向けるなど非常に考え辛い。しかしその一方で、シャルティアやエントマのために怒り狂うというのは非常に彼らしいとも言えた。ペロロンチーノという男はギルドメンバーの中でも特に仲間思いの人物であり、またシャルティアやエントマはナザリックのNPCであり彼の愛する美少女なのだ。特にシャルティアはペロロンチーノ自身の理想の嫁でもある。恐らく彼の言った言葉は全て本当のことなのだろう。しかしそうなると、問題になってくるのはペロロンチーノの衝動を消し飛ばしたという存在と原因だった。

 

「………“蒼の薔薇”のイビルアイか……。背格好からして子供であることは間違いないだろうが、口調は不釣り合いなほど大人びていたな」

「あれ、そうでしたか? 俺がヤルダバオトを追い返した時は飛び跳ねるくらい喜んでましたし、俺に抱き付いてきましたよ」

「え、何それ、羨ましい……」

「言ってる場合か。……う~ん、考えられるのはやはり何かしらの特殊技術(スキル)か装備の力だよな。……あの仮面なんか怪しいんじゃないか?」

「確かにそうですね……」

 

 ウルベルトの言葉に頷きながら、しかしその一方でモモンガは非常に重要なことを思い出していた。

 “蒼の薔薇”という言葉を聞いて思い出し、もはや確認しなければ心の平穏を保てないであろう重要問題。

 モモンガは一度不自然にならない程度に深呼吸をすると、必死にさり気なさを装いながらウルベルトへと眼窩の灯りを向けた。

 

「……そ、そういえば、ウルベルトさんは“蒼の薔薇”のリーダーのラキュースさんに慕われている様子でしたけど、何か聞いていないんですか?」

「……は……?」

「マジですか、モモンガさん!?」

 

 少しどもりながらも何とか問いかけるモモンガに、ウルベルトは金色の瞳をキョトンと瞬かせ、ペロロンチーノは驚愕の声を上げる。

 ウルベルトは小さく首を傾げてマジマジとモモンガを見つめると、未だ不思議そうな表情を浮かべながらも緩く頭を振った。

 

「いや、彼女たちと会ったのはこの間のでまだ二回目ですよ。それで慕ってるとかありえないでしょ」

「いやいやいや、でも人間姿のウルベルトさんって結構イケメンじゃないですか。一目惚れもあり得るんじゃないですか?」

「一目惚れねぇ~……。俺はあまりそういうのは信じていないんだが……」

 

 何故か力説しているペロロンチーノに、どこか懐疑的な視線を向けるウルベルト。目の前で繰り広げられる二人のやり取りを見つめながら、モモンガはウルベルトに対しては安堵を、そしてペロロンチーノに対しては意外な感覚を抱いた。

 ウルベルトの口振りからして、少なくとも彼自身にはラキュースへの好意がないことに安堵を覚える。しかし思い返してみれば、ラキュースは普段は冒険者ではあるものの貴族としての身分も未だ持っている。それを考えればウルベルトが彼女に対して好意を持っていないのも納得できることだった。

 しかし一方で、ペロロンチーノの反応はモモンガからしてみても意外なものだった。ペロロンチーノのことだ、てっきり『モテ男は滅びろ!』とばかりにウルベルトに嫉妬の刃を向けるとばかり思っていたのだ。しかしペロロンチーノが今浮かべているのは嫉妬の炎ではなく、唯の驚愕と好奇心からくる光。一瞬どういった心境の変化かと疑問符を浮かべ、しかしすぐにそうではないと気が付いた。

 ペロロンチーノの言動は、彼が友に対して寛容になったわけでも、世界中の女性たちに対する熱が冷めた訳でもない。恐らく先ほどペロロンチーノ自身が言った言葉通り、彼の中ではエントマを害した“蒼の薔薇”のメンバーは既に全員等しく敵と判断されているのだろう。

 とはいえ、本当にイビルアイがペロロンチーノの衝動を抑えられるのであれば、“蒼の薔薇”の先行きも変わってくるかもしれない。それが“蒼の薔薇”にとって……、そして何よりナザリックにとって吉となるか凶となるか……。

 

(……ふむ、“蒼の薔薇”のイビルアイ、か……。少し調べてみる必要があるかもしれないな……。)

 

 ペロロンチーノとウルベルトの会話を意識の端で聞きながら、モモンガはイビルアイについて思考を巡らせる。

 幸いなことに、モモンガは冒険者モモンとしての姿を持っている。“蒼の薔薇”とも既に面識があり、リ・エスティーゼでは共に戦った間柄でもあるため接触は容易にできるだろう。ウルベルトが扮するワーカーのレオナール・グラン・ネーグルも接触できるだろうが、帝国を拠点にしているレオナールよりかは王国を拠点にしているモモンの方が不自然ではないはずだ。

 モモンガは内心で一つ頷くと、未だ何やらグダグダと会話を続けているペロロンチーノとウルベルトへと意識を向けた。

 

「――……なんでそんなに反応薄いんですか? ユグドラシルでは一緒にリア充を駆逐してきたじゃないですか! ウルベルトさんだってモテたかったんでしょう?」

「だから違うって言ってんだろ。俺がリア充を駆逐してたのは、ただ単に勝ち組が気に入らなかっただけだ」

「それはそれで酷い……」

 

 人生のパートナーがいることに嫉妬して襲撃するのと、『人生のパートナーがいる=勝ち組』と断じて襲撃するのと、一体どちらの方が酷いのだろうか……。

 気が抜けるようなテンションで酷い会話を続けている二人に、モモンガは動かない骨の顔に苦笑を浮かべながら一つ骨の手を打ち鳴らした。室内に響いた硬質な音に、ペロロンチーノとウルベルトは口を閉ざしてこちらに顔を向けてくる。二人がこちらに意識を向けたことを確認すると、モモンガは打ち鳴らした状態で少し上げていた両手をゆっくりと下ろした。

 

「そろそろ話を元に戻しましょう。取り敢えず、ペロロンチーノさんが言ったことも気になりますし“蒼の薔薇”については俺の方でもう少し調べてみます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします、モモンガさん」

「けど、気を付けろよ。接触するなら時期も……、リ・エスティーゼでの騒動からまだ時間も経っていないし、少し間を置いてからの方が良いかもしれない」

「そうですね。その辺りも考えながら接触してみます」

 

 ペロロンチーノとウルベルトのそれぞれの言葉に頷き、モモンガは同意を示す。

 ウルベルトも応えるように一つ頷くと、次には再び視線を手元に戻してアイテム作りを再開した。ペロロンチーノはといえば、そんなウルベルトを見やって仕方がなさそうに小さく肩を竦めている。

 いつにないペロロンチーノの様子に思わず苦笑を深める中、不意にペロロンチーノがそっと身を寄せてきた。

 

「……さっきの“蒼の薔薇”の人がウルベルトさんに好意を持っているって話ですけど、くれぐれもナザリックのみんなには知られないようにしてくださいね」

 

 小声で言い含めてくるペロロンチーノに、モモンガは思わず小さく首を傾げさせる。そこまで慎重にならなくても良いのではないだろうか……、と思わずにはいられない。しかし、この世界に転移してからというもの、この中で一番長くナザリックの中で過ごしているのはペロロンチーノなのだ。自分たちの知らないNPCたちの意外な性格などを把握しての言葉かもしれない。

 ここはペロロンチーノの言う通りにした方が良いだろうと判断すると、モモンガは無言のまま一つ大きく頷いた。

 

「……あっ、そういえば、二人に聞きたいことがあるんだが、随分前にエ・ランテルでゾンビ・パーティーしようとしていた奴らがいただろう?」

「ゾンビ・パーティー……ああ、あのクレマンティーヌとカジットって言う連中のことですか?」

「そうそう。そのカジットって奴が持ってたアイテムのことなんだが、今はどこにあるんです?」

 

 脈絡のない突然の質問に、モモンガとペロロンチーノは思わず小さく首を傾げる。どうだったか……と記憶を遡らせ、モモンガとペロロンチーノはほぼ同時に互いの顔を見やった。

 

「え~と、確か……モモンガさんに渡しましたよね?」

「……ええ、確かに受け取りました。どんなアイテムなのか簡単に調べて……ああ、そうだ、あんまり使い道がなさそうだったのでハムスケにあげたんですよ」

「えっ、それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないですか? 別に変った様子もないですし」

 

 心配の対象がハムスケ(ナザリック以外)であるためか、モモンガの態度は意外にシビアだ。加えてそれに対して諌めることもツッコむこともしないペロロンチーノとウルベルトもまたモモンガと似たようなものなのだろう。

 ペロロンチーノが小さく肩を竦めて嘴を閉じる中、少し考えるような素振りを見せていたウルベルトが改めて金色の瞳をモモンガへ向けてきた。

 

「それなら、少しそのアイテムを貸してもらえませんか?」

「それは良いですけど……。何に使うんですか?」

「使うかどうかはまだ分からないが……。いや、むしろ、使えるかどうか一度確認したいと思いましてね」

 

 意味深なことを言うウルベルトに、モモンガは更に首を大きく傾げる。

 しかしモモンガとしても別段断るようなことではなく、未だ不思議に思いながらも了承の意味を込めて一つ頷いた。

 

 




最初は、最後の部分でアルベドとシャルティアがモモンガさんたちの話を盗み聞いていて思わず部屋に乗り込む予定だったのですが、『忠実なシモベである彼女たちが人払いされた状態で盗み聞きするわけがない!』と思い至り、あえなくボツとなりました……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。