世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第4話 初陣

 エンリは妹のネムの手を引きながら必死に走っていた。

 後ろから騒がしい金属音や怒号や悲鳴が聞こえてくる。

 息を切らせながらチラッと後ろを振り返れば、そこには一人の騎士がエンリたちを追ってきていた。

 胸に湧き上がってくるのは大きな恐怖と混乱、焦りと悲しみ、そして小さな怒り。

 何が起こっているのか訳が分からず、ただ強く感じられた身の危険と父親の言葉に促されて咄嗟に妹の手を取って逃げ出していた。

 どうしてこんな事になっているのか、自分たちが何をしたというのだろうか。

 村が森の近くにあるため、ある意味魔物の出現や賊の襲撃は理解できる。

 しかし今自分たちを襲っているのは騎士風の男たち。

 帝国の鎧を着ているため帝国の騎士なのだろうが、そうであっても大人しく殺される謂れはない。

 どうして自分たちは無残に殺されなければならないのか。考えれば考えるほど、どんどんと怒りが恐怖を上回っていく。

 何もできない自分が悔しい。妹や両親や村の人たちを助けられない自分が悔しい。

 ずっと駆け続けている足も、忙しなく酸素を取り込む肺も、妹を引っ張る手も、全てが弱く、ただ走っているだけで痛みを訴えてくる。

 

 

「あっ!」

 

 不意に背後から聞こえてきた妹の声と、ぐんっと強く引かれる手。妹の足がもつれて転びそうになるのを何とか足を踏ん張って支える。しかしエンリもネムも体力が限界で、再び走り出そうにも足が震える。

 エンリは妹を抱き上げて再び逃げようとしたが、その前に追ってきていた騎士に追いつかれていた。

 

「無駄な抵抗はするな」

 

 兜の奥からくぐもった男の声が聞こえてくる。騎士の手には血に濡れた剣が握られており、先ほどまでの怒りが急激に萎んで再び大きな恐怖に支配された。

 しかし、自分の傍らには守らなければならない妹がいる。

 エンリは恐怖を必死に抑え込むと、ネムを後ろに庇って騎士を睨み付けた。

 妹を守るためにも、自分は死ぬわけにはいかない。何とか逃げる隙は無いかと男の様子を窺うエンリの目の前で、騎士はゆっくりと持っていた剣を持ち上げた。頭上高く掲げられた剣が勢いをもってエンリへと振り下ろされる。

 しかし…――

 

「…なめないでよねっ!!」

「ぐがっ!?」

 

 エンリは咄嗟に剣が振り下ろされる前に騎士の懐へと飛び込むと、勢いそのままに拳を兜へと打ち付けた。ガンッと鉄と骨が激しく打ち合い、激痛が拳を通して全身へと駆け巡る。

 騎士はまさか反撃されると思っていなかったのか、鈍い呻き声と共に二、三歩後ろへとよろめいた。

 エンリはその隙を見逃さず妹へと手を伸ばすと、再び逃げようと足を踏み出した。

 

「きさまぁあぁぁぁああぁぁぁっ!!!」

「っ!!?」

 

 背後から騎士の怒号が聞こえて来たかと思った瞬間、背中に衝撃が走る。衝撃はすぐさま熱と激痛に変わり、エンリは耐え切れずその場に頽れた。何とか立ち上がろうとするも、身体に少し力を込めるだけで激痛が全身を駆け抜ける。

 傍らでは妹が必死に何かを叫んでいたが、それに応える余裕すらなかった。しかし妹だけは助けなければという一心で、痛む身体を動かして何とかその小さな身体を引き寄せて懐深く抱きしめる。

 この身を盾に、少しでも妹が生きられるように…。

 死の恐怖と強い決意を胸に、再び振り下ろされるであろう剣の気配にエンリは強く目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え……?」

 

 しかしいくら経っても訪れない、死の衝撃。

 怪訝に恐る恐る瞼を開けたエンリは、目の前に立っている黄金の翼に大きく目を見開かせた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「スルー・アロー!!」

 

 〈転移門(ゲート)〉の闇を出る前に、今まさに少女に剣を振り下ろそうとしていた騎士に向けて矢を放つ。矢はペロロンチーノの手から勢いよく放たれると、騎士の心臓部分に触れた瞬間、騎士の身体がくの字に曲がって後ろへと吹き飛んだ。悲鳴を上げる間もなく一撃で命を刈り取られて仰向けに転がる。

 少女の方はと言えば、何が起こったのか分からないようで妹だと思われる更に幼い少女を胸に抱いたまま呆然とした表情を浮かべていた。

 ペロロンチーノは〈転移門(ゲート)〉の闇から完全に抜け出ると、少女たちの横を通り過ぎて倒れ込む騎士の元へと近寄って注意深く見下ろした。

 騎士は左胸に大きな風穴を空けて倒れており、完全に事切れているのかピクリとも動かない。

 ペロロンチーノはそっと安堵の息をつくと、改めて少女たちを振り返った。彼女たちに声を掛けようとして、しかしその前に〈転移門(ゲート)〉から姿を現した二つの影に咄嗟に口を閉ざした。

 

「大丈夫ですか、ペロロンチーノさん」

「おーい、無事かー?」

 

 のんびりとした声音と気のない声音で姿を現したのはモモンガとウルベルト。

 モモンガは二人の少女に眼窩の灯りを向け、ウルベルトは騎士の元まで歩み寄って冷めた瞳で見下ろしていた。

 

「…一撃か。何の矢を使った? 爆撃系か?」

「そんなの使ったら彼女たちも傷つけちゃうじゃないですか。貫通系ですよ」

「貫通系ねぇ…。にしては、大穴開いてるが…。…あぁ、まだ一匹いたようだな」

 

 ピクッと山羊の耳が小さく動き、金色の瞳が近くの家へと向けられる。ペロロンチーノもそちらを見やれば、今まで隠れていたのか、同じ全身鎧(フルプレート)を着込んだ騎士が一人、見るからに狼狽した様子で後退っていた。

 咄嗟に弓を構えようとして、しかしそれは隣に立つウルベルトに止められる。

 ウルベルトはニヤニヤした笑みを浮かべると、ゆっくりと騎士の方へと歩を進めながら指先を向けた。

 

「さて、まずは小手調べに第三位階から試してみるか。…〈電撃(ライトニング)〉」

 

 悪魔の指先から青白い雷が放たれ、一直線に騎士へと襲い掛かる。

 第三位階魔法とか弱すぎだろ、とペロロンチーノは思っていたのだが、魔法職最強のワールドディザスターであるウルベルトの魔法は普通のものに比べて火力が凄まじかった。

 雷は騎士の胴体に大きな風穴を開けただけでなく、一瞬で全身を丸焦げにした。無残にも黒い物体と化した騎士の遺骸は力なく地面へと転がる。

 思わず唖然となるペロロンチーノの横で、ウルベルトがフンッと小さく鼻を鳴らした。

 

「弱すぎる。ペロロンチーノの攻撃の様子からもしやとは思っていたが…。…で、ご感想は?」

「え?」

 

 突然問いかけられ、ペロロンチーノは小首を傾げる。

 ウルベルトはフフッと小さな笑みをこぼした。

 

「初めて人間を殺した感想を聞いてるんだよ」

「………………あれ………?」

 

 ニヤリとした笑みと共に聞かれた問いに、ペロロンチーノはそこで初めてそれに気が付いて目をぱちくりと瞬かせた。

 確かに言われてみれば、自分は先ほどあっけなく人を殺したのだ。なのに矢を放った時も倒れた騎士の死を確認した時も何も感じなかったことを思い出し、ペロロンチーノは思わず困惑の表情を浮かべた。

 思わず隣に佇むウルベルトを見やる。

 どうやら自分はよっぽど途方に暮れたような雰囲気を漂わせていたようで、ウルベルトはじっとペロロンチーノの兜に覆われた顔を見つめるとフッと軽く笑った。

 

「安心しろ…と言うのもおかしいが、そんなに深刻に考えるな。どうやら肉体だけじゃなく精神も変わったらしい」

「と言うと…?」

「お前の場合はより鳥人(バードマン)らしく、モモンガさんの場合はよりアンデッドらしく、俺の場合はより悪魔らしくなったってことさ。俺も人一人殺したってのに何も感じない。…いや、むしろ愉快にすら思えるねぇ」

 

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべるウルベルトは、その言葉通りまさに悪魔そのものに見える。

 ならば自分も本当に身も心も異形になってしまったのか…と呆然と弓を持つ両手を見やり、ハッとモモンガや少女たちを振り返った。しかしそこにはペロロンチーノが危惧した光景などなく、モモンガがポーションを少女へ手渡そうとしていた。

 思わずホッと安堵の息をつくペロロンチーノに、ウルベルトはモモンガの方へと足先を向けながら更に笑い声を零した。

 

「だから安心しろと言ったろ。いくら精神にも影響が出てるって言っても俺たちは俺たちなんだ。そうそう全ては変わらねぇよ」

 

 先ほどまでの不気味な笑みを柔らかなものへと変え、ウルベルトはマントを靡かせながらモモンガの元へと向かう。ペロロンチーノは思わず小さな苦笑を浮かべると、ウルベルトを追うように足を踏み出した。モモンガたちの元まで歩み寄り、未だ地べたに座り込んだままポーションも受け取っていない少女たちを見下ろす。

 彼女たちは見るからに怯えており、モモンガも心底困っている様だった。どうしましょう…と言うようにモモンガが眼窩の灯りをこちらへと向けてくる。

 ペロロンチーノはクスッと笑みを浮かべると、安心させるように少女たちの目の前でしゃがみ込んで目線を合わせた。

 

「安心して、怯えなくても大丈夫だよ。これは傷を癒す薬だ。飲めば背の傷も癒えるから」

 

 モモンガからポーションを受け取り、少女へとゆっくりと差し出す。

 考えてみれば、先ほど目の前で人を殺した連中の仲間から薬を飲めと言われても怖いだけだろう。

 ペロロンチーノは徐に瓶の蓋を開けると、少しだけ中身を飲んで見せた。

 

「ほら、毒じゃないよ。そのままだと背中が痛いだろう?」

 

 優しい声を意識して話しかけながら瓶を差し出せば、少女は恐る恐る手を伸ばしてきた。震える両手で瓶を受け取り、覚悟を決めたように一気に喉の奥へと流し込む。するとみるみるうちに背中の傷が塞がっていき、少女は驚愕の表情を浮かべた。

 うそ…と小さく呟く少女に、ペロロンチーノの笑みが深まっていく。

 そんな彼の頭上ではモモンガとウルベルトが少々物騒な会話を交わしていた。

 

「それで、どうでした…?」

「マジで激弱だ。こりゃあ、俺たち三人で来なくても良かったかもな」

「彼ら二人だけが弱い可能性は?」

「そんな偶然あり得るか? それも第三位階であの有様だぞ」

「…確かに、いくらウルベルトさんの火力を考慮しても弱すぎますね。まぁ、村にはまだまだいるでしょうし、実験がてらいろいろ調べてみましょう」

「そうだな」

 

「……ちょっと、せめて少しは声を低めて下さいよ。彼女たちが怯えるじゃないですか」

 

 とうとう我慢できなくなり、ペロロンチーノがジロッとモモンガとウルベルトを睨み上げる。

 二人はペロロンチーノを見下ろすと、続いて少女たちを見やり、どうやら怯えている様子にモモンガは咳払いをしてウルベルトは肩をすくませた。

 

「ゴホンっ、すまない、気を付けよう…」

「ごめんね。二人とも全然怖い奴じゃないんだけど…」

「い、いえ! 助けて下さって、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

 慌てて頭を下げて礼を言う少女に、妹だと思われる幼い少女もつられて頭を下げる。

 健気な可愛らしい様子に、途端にペロロンチーノの笑みがだらしないものへと変わる。

 しかし幸いにもペロロンチーノの表情は兜によって隠れており、少女たちにバレることはなかった。

 

「…いや、気にするな」

「あ、あと、図々しいとは思います! で、でも、あなた様方しか頼れる方がいないんです! どうか、どうか! お母さんとお父さんを助けて下さい!」

「「「……………………」」」

 

 必死に頭を下げて懇願する少女に、モモンガたちは思わず黙り込んだ。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でこの村を発見した時、既に村人の大半は騎士の手にかかっていた。酷なことを言うようだが、恐らく彼女たちの親は既に殺されている可能性が高いだろう。彼女たちを逃がすために時間を稼ごうとしていたのなら尚更だ。

 果たして安易に引き受けていいものかと悩む中、モモンガだけは小さなため息と共に頷いていた。

 

「………分かった。生きていれば助けよう」

 

 モモンガからしてみれば、最大限譲歩した言葉だったのだろう。

 しかしそれでも彼女たちにとっては希望そのものの言葉だったようで、ハッと目を瞠ると再び頭を下げてきた。

 

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます! そ、それとお、お名…」

 

 勢い込み過ぎて逆に呂律が回らなくなったのか、少女は何度も言葉を言い直そうとする。

 少女は自分を落ち着かせようと一つ大きく息をつくと、大分落ち着いた大きな瞳で真っ直ぐにモモンガたちを見上げてきた。

 

「お名前はなんと仰るんですか?」

 

 少女からすれば、命の恩人の名を知りたかっただけなのかもしれない。

 しかしモモンガは名を教えることに躊躇した。

 まだ右も左も分からないこの世界で、少しでも自分たちの情報を他者に与えて良いものかと思い悩む。名前も立派な情報の一つであり、情報というものはどんなに小さく些細なものであっても価値があるのだ。

 ウルベルトとペロロンチーノもそれが分かっているから何も言わない。

 しかしこちらが無言になればなるほど気まずい雰囲気になる一方で、仕方なくペロロンチーノが“一つの情報”と引き換えに雰囲気を変えようと試みた。

 

「…えっと、俺はペロロンチーノっていうんだ。二人はなんて名前なの?」

「あっ、私はエンリと言います。そしてこっちが妹のネムです」

「そっか、よろしくね。…じゃー、俺はエンリちゃんとネムちゃんの護衛としてここに残ろうかな! 村の方は二人に任せます」

「了解。でも油断は禁物だし、ペロロンチーノ(後衛)だけだとちょっと不安だな。“盾”でも残してから行った方が良いんじゃないか?」

「そうですね…」

 

 ウルベルトの言葉に一つ頷くと、モモンガは特殊技術(スキル)を発動した。

 〈中位アンデッド作成 死の騎士(デス・ナイト)

 何処からともなく現れた黒い霧が近くに転がっていた騎士の死体を包み込み、溶け込んでいく。一体何事だ?と思う間もなく、黒い霧を吸収した死体がゆらりとひとりでに立ち上がった。

 背後で姉妹の小さな悲鳴が聞こえたが、モモンガもウルベルトもペロロンチーノもそれに構う余裕もない。三人にとっても、それは予想外の異様な光景だった。

 ゴボリと言う音と共に騎士の兜の隙間から黒い粘液が滝の様に流れ出す。流れ出した粘液は全身を包み込み、その体積を膨らませて徐々に新たな形を作ろうとしていた。体長は二メートルを超え、身体も厚みを帯びて凶悪な姿を露わにする。左手には巨大なタワーシールドを持ち、右手には巨大なフランベルジュ。フェイス部分が開いている兜から覗く顔は腐りかけた人のそれで、まさに暴威の化身と言うべき死の騎士がそこに立っていた。

 

「……うわぁぁ…」

「…初めてユグドラシルとは違う現象を発見しましたね」

 

 小声でどん引きするモモンガの隣で、ペロロンチーノが現実逃避するように半笑いを浮かべる。

 ユグドラシルでのアンデッド作成は特殊技術(スキル)発動と同時に瞬時に作成したアンデッドが空中から湧き立つように出現するのだが、何がどうなってそうなった!とツッコミたくなる。

 しかし唯一残虐性も一つの芸術とみなす悪魔だけは嬉々とした声を上げていた。

 

「かっけー! ちょっ、俺も悪魔作成してみて良いか!?」

「…えー、やめて下さいよ。これ以上キモイのは勘弁ですよ」

「何言ってるんだ、格好いいじゃないか!」

「……いや、“格好いい”より“キモイ”でしょ」

 

 ペロロンチーノの小さなツッコミの声に、ウルベルトはものすごい勢いでペロロンチーノを振り返った。

 

「失礼な! 悪魔はキモイんじゃない! 格好いいか、キモ可愛いんだ!」

「いやいや、悪魔をキモ可愛いなんて言えるのは貴方くらいですよ」

「何だと!? “ウチの子”もキモイとか言うつもりか、てめぇっ!」

「…いや、通常の姿は兎も角、本性の姿は怖いでしょう」

「あれは怖いんじゃない、格好いいんだ!」

 

 呆然となっているエンリやネムそっちのけでウルベルトとペロロンチーノが言い合いを始める。モモンガはやれやれと頭を振ると二人の間に割って入った。

 

「ほら、デス・ナイトに指示を出しておくので悪魔作成するならさっさとして下さい」

「了解です!」

 

 ため息と共に言い渡してさっさとデス・ナイトに声をかけ始めるモモンガに、ウルベルトは満面の笑みを浮かべて嬉々として特殊技術(スキル)を発動させた。

 〈中位悪魔創造 影の悪魔(シャドウデーモン)

 特殊技術(スキル)が発動したとほぼ同時に目の前の空間が揺らめき、五つの影が姿を現す。

 影のような漆黒に染まった細身の体躯。鋭利な爪と皮膜の翼を持った痩せこけた悪魔が五人、一人を先頭に残りは横一列に並んで一斉にウルベルトに向けて跪き深々と頭を下げていた。

 

「おー、すごいな! …さて、現在騎士と思われる者たちに村が襲われている。早急に村を襲っている騎士共を殺せ」

「御身の仰せのままに」

 

 いっそ冷酷なまでの声音で命を下すウルベルトに応え、代表だと思われる先頭のシャドウデーモンが一層深く頭を下げる。次の瞬間シャドウデーモンたちの姿が掻き消え、彼らが命に従って村に行ったのが感じ取れた。彼らの仰々しい口調には一瞬驚いたものの、取り敢えず上手くいきそうな予感に小さな息をつく。

 モモンガたちの方を振り返って見ればデス・ナイトとペロロンチーノがしっかりと少女たちを守るように立っており、ウルベルトはモモンガに目を向けると互いに頷き合った。

 

「それでは、行ってくる」

「何かあったら知らせろよ」

「いってらっしゃい! 気を付けて下さいね」

 

 村の方へ向かう二人の背を見送り、ペロロンチーノはこちらも気を引き締めねばと一度だけ小さく息を吐き出す。しかし少女たちのことも気になって、注意深く周りに意識を向けながらも彼女たちに声をかけた。

 

「…そう言えば、どうして襲われていたんだ? 何か心当たりは…」

「そんなの、ありません! 確かに王国と帝国は戦争をしていますけど、私たちは…襲われるようなことはしていません…!」

 

(王国と帝国…?)

 

 聞き慣れぬ単語に内心で首を傾げる。

 どっちがどっちなのだろうと更に首を傾げながら、しかし何故騎士が暴れているのかの理由は分かった気がした。

 つまりこの争いは戦争の延長戦で、相手国の士気の低下と国力を落とすのが狙いなのだろう。戦略的には頷けるものの、巻き込まれる国民からしてみればたまったものではない。

 自分たちが間に合って本当に良かったと自然と安堵の息をついた。

 

「そうだったのか…。俺たちが間に合って本当に良かったよ」

「助けて頂いて、本当にありがとうございます。…怖がってしまって、すみません」

「あぁ、それは仕方ないよ。目の前で人を殺した奴なんて怖いだろうし…」

「あっ、いえ、その…、それはそうなんですけど………」

 

 気まずそうに言いよどむエンリにペロロンチーノは今度こそ首を傾げた。

 何を気まずく思う必要があるのだろう、と疑問符を浮かべる。

 エンリは暫く何かを迷っているようだったが、意を決してペロロンチーノを見上げてきた。

 

「その、皆さんが人間ではなかったので、少し怖いと思ってしまったんです…」

「それは…」

「勿論、今は優しい方々だと思っています! このご恩は一生忘れません!」

 

 拳を強く握りしめて言うエンリに、しかしペロロンチーノはそれどころではなかった。

 ここで漸く自分たちの根本的な失態を思い知る。

 ペロロンチーノもモモンガもウルベルトも、三人ともユグドラシルでの認識が強すぎて自分たちの容姿がいかに人間にとって恐怖を煽るものかすっかり失念していたのだ。

 少女たちが怖がっていたことに納得すると共に、先ほど村に向かった二人のことが心配になってくる。

 果たして村人たちを助けたからといって、ちゃんと話ができるだろうか…。もう少ししたら彼女たちと村に行って取り成しをお願いする必要があるかもしれない。

 ペロロンチーノは自身の身体や傍らに控えるデス・ナイトを見やると、そっとバレない程度にため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃モモンガとウルベルトはと言えば、のんびりと歩きながら村の中心部へと向かっていた。

 既にシャドウデーモンたちが掃除した後なのだろう、人の影は一切見えず、騎士や村人たちの死体と血痕が道の至る所を彩っていた。シャドウデーモンたちには騎士たちのみ殺すよう命じているため、無残に転がっている村人たちは既に殺されていたのだろう。それらに少女たちの親がいないことを祈りつつ、シャドウデーモンでも十分に倒せる敵しかいないことに内心で安堵の息をついた。

 しかし、ここまで死体だけだと少し心配になってくる。

 果たして村人の生存者はいるのだろうか…?

 村の様子を見回しながら考え込むウルベルトに、不意にモモンガが声をかけてきた。

 

「………ウルベルトさん…」

「どうしました、モモンガさん?」

「その…、名前の事なんですけど……」

「名前?」

 

 ウルベルトは首を傾げると、マジマジと隣を歩くモモンガを見やった。ふと先ほどの少女たちとの会話を思い出し、あぁ…と小さく相槌を打つ。

 

「あぁ、さっきのか…。俺はさっきの判断は正しかったと思うぞ。名前も立派な情報の一つだし、隠せるもんなら隠しておくべきだろ」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 

 ごにょごにょと言いよどむモモンガに更に首を傾げる。

 全く分かっていないウルベルトの様子に、モモンガは諦めたように大きなため息をついた。

 

「ウルベルトさんやペロロンチーノさんの名前は兎も角、“モモンガ”ってどう思います? あれですよ、あの可愛らしい小動物と同じ名前ですよ」

「…そんなこと言ったらペロロンチーノも、ある意味スパゲティーじゃないか」

「それはそうですけど…。この世界に実際にモモンガがいるのかは分かりませんけど、もしいたら似合わないにもほどがありますよ」

「まぁ…、見た目は怖いアンデッドだもんな~……」

 

 確かに実際では滑稽な感じがするかもしれない。

 最も、モモンガやペロロンチーノなど、アバターに着ける名前なんてちょっとした洒落や遊び心でつける者が殆どで決して珍しいことではない。逆にウルベルトのようなガチな名前を付けている方が珍しいだろう。

 

「……まぁ、今回は名乗らないようにしたら良いんじゃないか。名前のことは後で考えればいいし」

「そう、ですね……」

 

 今は目の前の問題に集中すべきだと一つ頷く。

 二人並んで村の中を注意深く歩く中、ふと何かが繋がるような感覚を覚えてウルベルトは咄嗟に足を止めた。隣でモモンガも足を止めたのを感じながら、無意識にこめかみに指をあてて宙に視線をさ迷わせる。

 

『ウルベルト様、騎士の掃討を完了いたしました』

「そうか。村人の生存者はいるか?」

『はっ。村の中心に集められていたようです』

「なるほど…。今そちらに向かっているから村人共を見張っていろ」

『畏まりました』

 

 シャドウデーモンからの〈伝言(メッセージ)〉が途切れ、先ほどの報告内容をモモンガへと伝える。随分と早く決着がついたものだと話しながら、二人は歩く速度を速めて村の中心部へと向かった。元々それほど大きくない村だったため、あまり時間をかけずに目的地に到着する。

 広場のように開けた場所に、地面に転がる全身鎧(フルプレート)の多くの死体。村人だと思われる人々は一か所に集まって身を寄せ合っており、彼らの近くにはゆらゆらと揺らめく細い影が五つ佇んでいた。

 シャドウデーモンたちはモモンガとウルベルトに気が付くと、一斉に跪いて頭を下げてくる。

 

「ご苦労。呼ぶまで下がっていろ」

「はっ」

 

 ウルベルトの言に従い、シャドウデーモンたちの姿が自身の影の中へと沈んでいく。未だに意識の一部がどこかに繋がっているような感覚が残っているため、恐らくシャドウデーモンたちは姿を隠しただけなのだろう。

 無言のまま頷くウルベルトに、モモンガも小さく頷いて村人たちへと向き直った。

 

「さて、君たちはもう安全だ。安心してほしい」

 

 少しでも安心してもらうために努めて優しい声音を意識して話しかける。しかし何故か村人たちの表情は一向に緩められず、大きな恐怖に引き攣った顔でじっとモモンガやウルベルトを見つめていた。

 どうにも自分たちの予想と違い過ぎる反応に、モモンガもウルベルトも内心で首を傾げる。

 普通助けが来たら満面の笑みで礼を言ってくるのではないだろうか。しかしそんな気配は一切なく、何故こんなにも頑ななのだろうと困惑の表情を隠せなくなってきた。

 そんな時…。

 

 

「…あー、やっぱりこういうことになってたか」

「村長さん! みんな!」

 

 後ろから聞き慣れた声と聞き覚えのある声が聞こえてきて、モモンガとウルベルトはほぼ同時に後ろを振り返った。案の定、少女二人とデス・ナイトを引き連れたペロロンチーノがこちらに歩み寄ってくる。

 何故ここにいるのかと問う間もなく、少女たちがペロロンチーノの傍を離れて村人たちへと駆け寄っていった。村人たちも少女たちの無事な様子に固まっていた表情を緩めて漸く動き始める。

 

「エンリ、ネム! 無事だったか!」

「この方たちに助けて頂いたんです。村長さん、みんな、この方たちは決して怖い魔物なんかじゃありません!」

 

 力強く訴えるエンリと大きく頷くネムに、村人たちが途端に困惑の表情を浮かべる。恐々とこちらに目を向ける彼らの様子に、モモンガとウルベルトもここで漸く自分たちの失態に気が付いた。

 自分たちの姿を思い出し、漸く彼らの反応に納得する。

 そりゃあ、普通に考えてアンデッドや悪魔に助けられて『安心しろ』なんて言われても安心できるわけがない。逆に恐怖すら湧いてくるだろう。

 どうするべきか…と頭を悩ます中、しかし今まで恐怖だけを浮かべてこちらを窺っていた村人の一人が恐る恐るこちらへと歩み寄ってきた。

 がっしりとした体付きの白髪の男性で、エンリから村長と呼ばれていた男だった。

 

「…先ほどは失礼いたしました。しかし、あ、あなた方は…一体……」

「いや、名乗るほどの者ではない。ただ、この村が襲われていたのが見えたのでね。助けに来たのだよ」

「はい、先ほどエンリとネムから話を聞きました。助けて頂き、ありがとうございます」

 

 未だ完全に恐怖の色を拭えずとも深々と頭を下げる男に、それだけで男の度量や人となりが伝わってくる。

 村長というのも伊達ではないなと内心で感心しながら、モモンガは安心させるように緩く頭を振った。

 

「いや、礼は不要だ。我々とて、何も完全な善意で助けたわけではないからな」

「それは…、一体どういうことでしょうか……?」

 

 村長や話を聞いていた村人たちの表情に再び恐怖の色が浮かぶ。エンリやネムの顔にも困惑の表情が浮かび、自然と隣に立つペロロンチーノからの視線が少々痛く突き刺さってくる。しかしモモンガはその視線を無視すると、努めて何でもないというような態度で一番の目的を口にした。

 

「実は我々はつい最近遠い地からこの地に辿り着いた身なのです。この地の常識は元より、人間の世界での常識にも疎い」

「なので是非ともこの地のことや人間の世界の知識を教えて頂きたいのですよ」

 

 モモンガの言葉を引き継いで、ウルベルトがにっこりとした笑みと共に言葉を続ける。

 その表情は本人の意思に反して悪魔らしい邪悪なものになっており、村長たちの顔が大きく引き攣り、モモンガとペロロンチーノははぁっとため息をつくのだった。

 

 




*今回のペロロンチーノ様捏造ポイント
・〈スルー・アロー〉;
貫通系の特殊技術。職業レベルによって貫通度が変化する。


*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈中位悪魔創造〉;
アインズの特殊技術〈中位アンデッド創造〉の悪魔版。一日12体までが限度。

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