世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第57話 戦乱への一歩

 日付の変わり目である深夜0時。

 ナザリック地下大墳墓の第九階層の円卓の間では今回も多くの異形が集っていた。

 慣例通り、女淫魔の言葉によって始まる定例報告会議。

 まずは役目を与えられた階層守護者たちが順々に己の役目についての進行状況や入手した情報について報告していった。

 コキュートスは主に蜥蜴人(リザードマン)への統治状況や第二のナザリックの建設が終了したことを報告し、デミウルゴスはアベリオン丘陵に棲む数多くの亜人たちの殆どを掌握したことを報告する。二体からの報告内容には一切問題は見られず、概ね順調で申し分ないと言えるだろう。因みにシャルティアとアウラとマーレについては、今回は三人ともがそれぞれの至高の主たちと行動を共にしていたため、彼女たちの報告は至高の主たちに譲られる形となった。

 

 

「――……それでは次に、ペロロンチーノ様よりお言葉を賜ります。ペロロンチーノ様、よろしくお願い致します」

 

 毎度のことながら、何とも畏まった言葉で報告を促される。モモンガは内心で苦笑を浮かべながらも自身の隣に座るペロロンチーノへ意識を向けた。

 今回、ペロロンチーノが報告するのはエルフ王国への接触の現状について。

 一つ頷いて話し始めたペロロンチーノの報告によると、どうやらエルフたちとの交渉についてはまずまず上手くいっているようだった。早々にエルフの王族に接触できたことは僥倖だと言えるだろう。それも、その相手が割かしまともそうであるというのもポイントが高かった。

 

「――……と言う訳で、これから班を二つに別けてそれぞれエルフ軍と行動を共にしようと思います。エルフ王の討伐軍に同行するのは、俺とシャルティアとパンドラズ・アクター。前線で法国軍を抑えておくエルフ軍と行動を共にするのは、アウラとニグン。……あと、前線の軍については法国軍の相手というよりかはエルフたちの力量を見定めるっていう目的の方が強いので、コキュートスにも参加してもらいたいと思っているんですけど、構いませんかね?」

「ふむ、私は適任だと思うがね。モモンガさんはいかがです?」

「私も異論はない。コキュートス、持ち場を離れても問題はないか?」

「ハッ、何モ問題ハゴザイマセン」

「よろしい。ではアウラとニグンと共にエルフ軍と行動を共にし、エルフたちの力量を見定めてくるのだ」

「ハッ! 畏マリマシタ!」

 

 モモンガが改めて命じたことにより、コキュートスは勢いよく跪いて頭を下げてくる。つられるようにしてシャルティアとアウラとパンドラズ・アクターとニグンの四人までもが跪いて頭を下げてきて、その迫力にモモンガは思わず内心で少し気圧された。しかし既のところで何とか平静を取り繕うと、一度心を落ち着かせるために拳を口元に添えて大きな咳払いを零した。

 その後、モモンガはゆっくりと口元の拳を降ろすと、次にはアルベドに眼窩の灯りを向けて視線のみで先を促す。アルベドは心得たようにモモンガの視線を真っ直ぐに受け止めると、小さな一礼と共に口を開き、次はウルベルトへと声をかけた。ウルベルトも心得たようにアルベドとモモンガに一つ頷くと、一度背もたれに深く腰掛けてからゆっくりと口を開いた。

 山羊の口から紡がれる報告の内容は、闘技場の武王との試合についてと皇帝との謁見について。そして帝国の大魔法詠唱者(マジックキャスター)と名高いフールーダ・パラダインを支配下に置いたことについてだった。

 ウルベルトの話を聞きながら、モモンガはフールーダを支配下に置いた方法について思わず小さく首を傾げていた。

 それはウルベルトが選択する方法としては少々意外に思ったからだ。

 そしてそう思ったのはペロロンチーノも同じだったようで、ペロロンチーノは大きく首を傾げてウルベルトをマジマジと凝視していた。

 

「へぇ、無事にあのお爺ちゃんを支配下に置けたんですね。でも、まさか正体を明かさずに指輪を外すだけの方法を取るとは思いませんでした。ウルベルトさんのことだから物でつるか、正体を明かして脅すくらいはするかと思ってたのに」

「お前は私を何だと思っているのかね? ……物でつる場合は最悪物だけ取られて裏切られる可能性があるだろう。それにまだフールーダ・パラダインという人物を全て理解したとは言い難い状況だ。そんな状態で正体を明かすのはリスクが高すぎる。折角あの者には“生まれながらの異能(タレント)”があるのだから、逆に指輪を外して本能的に分からせてやった方が効果的だと判断したのだよ」

 

 フールーダが“魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の使用できる位階に応じたオーラを見ることができる”タレント持ちであることは既に把握済みである。それを有効活用しない手はなく、今回のウルベルトの方法は正にフールーダの能力を上手く利用したものだった。

 

「それで、私から二つほど許可してほしいことがある。まず一つ目はレイナース・ロックブルズの呪いを解く方法について、(スタッフ)を使おうと思っているのだが、構わないかね?」

「「……………………」」

 

 ウルベルトの言葉に、モモンガとペロロンチーノは思わず黙り込んで互いに顔を見合わせた。

 通常、自分が所有しているアイテムを使う場合、例え仲間であってもいちいち使用時に許可など求めることはしない。

 しかし今回ウルベルトがアイテム使用の許可を求めてきた理由は、主に二つあると考えられた。

 一つ目は、ユグドラシル産のアイテムを現地世界の住人に使用するというのがあまり歓迎されるものではないため。

 二つ目は、(スタッフ)薬液(ポーション)巻物(スクロール)短杖(ワンド)といった他のアイテムに比べてより高価なアイテムであるためだった。

 巻物(スクロール)短杖(ワンド)は『使用者がアイテムに込められている魔法を使用できる』、或いは『そのクラスで習得できる魔法リストにその魔法が載っている』という条件を満たしていなければ、そのアイテム自体も使うことができないという代物である。勿論、種類によってはどのプレイヤーでも使うことができる物も短杖(ワンド)には幾つか存在したが、その種類は少なく、また威力も(スタッフ)に比べればやはり見劣りするのは否めなかった。(スタッフ)は込められた魔法に関係なくどの系統の魔法詠唱者(マジックキャスター)であっても使用することができるため、何かと使い勝手の良いアイテムだった。

 つまり、『現地人に対してそんな高価なアイテムを使っても良いのか』という問題があるため、今回ウルベルトは許可を求めようとしたのだろう。

 

「レイナースって、あの呪いがかかってるっぽい女の人のことですよね。女の子を助けるためなら高価なアイテムを使うのも吝かではないですけど、何で(スタッフ)なんですか? 状態異常無効化の短杖(ワンド)なら誰でも使えるでしょうし、何ならペストーニャでも連れて行って治してもらえばいいじゃないですか。その方がコストも低くすむと思いますけど」

「確かに。その方法は私も考えたさ。だが第一に、彼女の呪いを解く役目を他のモノに任せるのは駄目だ。彼女の呪いを私自身が解くことに大きな意味があるのだからね。それから第二に、私は状態異常無効化の短杖(ワンド)は持っていない。これは私に任された仕事なのだから、君たちが持っているアイテムやナザリックに保管しているアイテムを使う訳にはいかないだろう?」

 

 レイナースの呪いを解くことにしたのは自分の判断なのだから、自分が所有しているアイテムを使用するのが当然だと断言するウルベルトに、モモンガは再びペロロンチーノと顔を見合わせた。同時に意外と律儀なウルベルトの考え方に、思わず苦笑を骸骨の顔に浮かべる。

 モモンガは一度やれやれと小さく頭を振ると、ペロロンチーノと合わせていた視線をウルベルトへ戻した。

 

「ウルベルトさん、その配慮は嬉しいがポイントが少しズレているぞ。重要なのは“誰が所有しているアイテムを使うか”ではなく、“何のアイテムを使うか”だ。それが必要なことなのであればナザリックのアイテムを使っても構わないし、我々が所有しているアイテムを渡すことも構わない」

「そうそう。それにそれぞれ役目は決めてますけど、こうやって話し合っている時点で最終的には全て俺たち全員が判断して決めたものですよ。今更ウルベルトさん一人に責任を押し付けるつもりはありませんし、必要なものがあるなら遠慮なく言ってくださいよ」

 

 まるでモモンガの後を引き継ぐようにペロロンチーノも自分の考えを口にする。

 ウルベルトは一度キョトンと金色の瞳を瞬かせると、次にはその山羊の顔に苦笑めいた表情を小さく浮かべてきた。

 

「……なるほど、了解した。それでは、二人の言葉に甘えてナザリックに保管している短杖(ワンド)を使わせてもらおう」

 

 納得したように一つ頷てくるウルベルトに、こちらも一つ大きく頷いてそれに応える。

 誰もが思わず一息つく中、まるで話はまだ終わっていないと言わんばかりにウルベルトが再び口を開いてきた。

 

「後もう一つ許可してほしいことがある」

「……ああ、そういえば二つあるって言ってましたっけ。二つ目は何です?」

「二つ目は明日……いや、もう今日だな。今日行われる武王との闘技場での試合にデミウルゴスを同行させたい」

「デミウルゴスを?」

 

 思ってもみなかった言葉に思わず鸚鵡返しのように聞き返してしまう。反射的にデミウルゴスに視線を向ければ、名指しされた悪魔も驚愕の表情を浮かべてウルベルトを見つめていた。

 

「えっと、別にデミウルゴスが構わないんだったら良いと思いますけど……。そもそも何でデミウルゴスを同行させたいんですか?」

 

 大きく首を傾げるペロロンチーノに、ウルベルトは山羊の顔に再び苦笑を浮かべる。

 続いて語られるウルベルトの説明に、モモンガは思わず『なるほど……』と小さな声を零していた。

 

「あ~、なるほど……。それは、まぁ、デミウルゴスがいた方が良いかもですね……」

「ウルベルトさんだけでも何だかんだで誤魔化せる気はするが、やはり手札は多い方が良いと言う訳か」

「まぁ、そう言う訳です。なのでデミウルゴスには是非同行してもらいたいのだが……、構わないかね、デミウルゴス?」

 

 悪魔に視線を向ける山羊につられて、モモンガとペロロンチーノも再び悪魔へと目を向ける。

 ほぼ同時に至高の主たちの視線を一心に向けられた悪魔は、緊張したようにピシッと背筋を伸ばすと、次には勢いよく片膝をついて深々と頭を下げてきた。

 

「はっ、勿論でございます! 元より、至高の御方のご意思に従うのがシモベの務め。何なりとお申し付けください」

「いや、そこまで畏まる必要はないんだが……。まぁ、それじゃあ遠慮なく同行してもらおうか。頼んだよ、デミウルゴス」

「畏まりました。同伴させて頂きます、ウルベルト様」

 

 嬉々とした表情を浮かべて恭しく傅く様は冷静沈着で落ち着いてはいるが、銀色の長い尾だけはまるで犬の尾のように激しく喜びに揺れ踊っている。

 ウルベルトはそれを微笑ましそうに見つめながら一つ頷くと、尾の激しい動きにツッコむこともせずにまるで自分からは以上だと言うように金色の山羊の目をアルベドに向けた。アルベドは先ほどと同じように心得たように一度頭を下げると、続いて顔をこちらに向けてくる。

 報告を促してくる女淫魔に、モモンガはデミウルゴスの尾の動きが徐々に緩やかになっていくのを眺めながら、一呼吸の後にゆっくりと口を開いた。

 こちらが今回報告するのは、主にカルネ村でのことについて。後は“蒼の薔薇”がこちらに接触してきたことについてと、その目的についてだった。

 

「どうやら“蒼の薔薇”たちはウルベルトさんが扮しているワーカーの“レオナール”をどうしても王国に引き込みたいようだ。現在はカルネ村にいるマーレにまで会いに来て“レオナール”の情報を探っている」

「ああ、そのことについてなら私もアルベドから報告を受けましたよ。アルベド、“ヘイムダル”からの情報を報告してくれるかね?」

「はい、畏まりました、ウルベルト様」

 

 モモンガの予想に反し、ウルベルトは一切驚いた様子もなくアルベドに話しを振っている。それにモモンガの方が内心驚く中、ウルベルトに促されたアルベドは一礼と共に密偵組織“ヘイムダル”からの情報を報告し始めた。

 語られたのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラの影にそれぞれ潜ませた影の悪魔(シャドウデーモン)からの報告内容。それはモモンガが“黄金の輝き”亭で“蒼の薔薇”から相談された内容とほぼ同じものだった。新しい情報があるとすれば、ラナー以外の王族の三人と主だった貴族たちの現在の“レオナール”に対しての考えや警戒度についてくらいだろうか。

 

「情報の信憑性や裏付けなどの精査、また補足情報の収集などに手間取りご報告が遅くなってしまいました。どうかお許しください」

「いや、構わないよ。何事にも慎重に対処しようとすることは大切だ。ただ情報は鮮度が命とも言う。これからは信憑性が乏しくとも緊急性のあるものは直ちに報告してくれたまえ」

「畏まりました。ご寛大な御心に感謝いたします」

 

 右手を胸の前に添えて深々と頭を垂れるアルベドに、ウルベルトが誉めてやりながらも軽く注意している。『これが飴と鞭か……』と内心感心しながら、モモンガも報告の続きをするべく再び口を開いた。

 

「今のところこれといった情報は得ていないはずだが、またマーレへ接触するつもりのようだ。私の方でも引き続き注意は払っておくが、マーレも情報を与えぬよう注意しておいてくれ」

「は、はい……っ!」

「ちょっとマーレ、本当に大丈夫なの? ウルベルト様の情報を漏らしたりしたら承知しないからね!」

「わ、分かってるよぉ……」

 

 姉の剣幕に、途端にマーレは小さな身体を更に縮み込ませる。

 モモンガは二人に声をかけて軽く諌めると、話の流れを元に戻すことにした。

 

「あと、王族たちが抱いている“レオナール”に対しての懸念についてだが……」

「ああ、それなら一つ私から提案がある。先ほど第六階層で少し話そうとしていたことなんだが……――」

 

 モモンガの言葉を遮るようにウルベルトが声を上げる。

 そして始まったウルベルトからの提案についての説明に、モモンガは暫くの間呆然とし、次には思わず内心で大きな苦笑を浮かべた。

 流石というべきか、はたまたやはりと言うべきか……。ウルベルトが考える計画は実に悪魔らしいものだと感心させられるものだった。

 ペロロンチーノも同じことを思っているのだろう、仮面をつけている状態でも鳥の顔に呆れた表情を浮かべているのが何となく分かった。

 しかし守護者たちは自分たちとは全く違う心境のようで、ウルベルトの説明が終わったと同時に誰もが嬉々とした表情を浮かべながら口々に称賛の声を上げてきた。

 

「流石はウルベルト様! 素晴らしいお考えです!」

「まさに! これによりまた一つ、世界征服への大きな布石となるでしょう」

 

 シモベたちを代表するように、アルベドとデミウルゴスがウルベルトの計画をべた褒めする。

 ウルベルトも満更ではなさそうな笑みを浮かべており、モモンガとペロロンチーノは思わず半笑いを浮かべていた。

 

「……ホント、ウルベルトさんって悪知恵が働きますよね。俺には思いつかないな~」

「ははっ、お褒めに預かり光栄だ」

「いや、褒めてはないですって。……まぁ、その計画がとても有効的であることは認めますけどね。……でも、その利用される人たちが可哀想になってくるな~」

「おや、君が野郎を心配するとは珍しい」

「いやいや、俺のことを何だと思ってるんですか。……どうします、モモンガさん?」

「……私はウルベルトさんの計画を進めても良いように思うが、ペロロンチーノさんはどうだ?」

「俺も別に構いませんよ。ただ、カルネ村に被害が出ないようにしてもらえることが大前提ですけど」

「そこは心配しなくても十分配慮するとも。では、決まりだな。最初の種蒔き(・・・)は任せたよ、アルベド」

「はい、お任せください、ウルベルト様!」

 

 役目を与えられたことが嬉しいのか、アルベドはいつになく嬉々とした表情を浮かべて跪いてくる。

 何故この子たちはこんなにも働きたがるんだろう……と内心大いに疑問に思いながら、モモンガは取り敢えずアルベドに声をかけて立ち上がらせると、次に隣に座るペロロンチーノへ顔を向けた。

 

「それからペロロンチーノさんが気にしていた“蒼の薔薇”のイビルアイについてだが、現状新しく分かったことはない。もう少し探りを入れてみようとは思うが、どこまで深い情報が得られるかは分からない状況だな」

「そうですか。……う~ん、気になるところではありますけど、無茶は禁物ですしね。また何か分かった時にはよろしくお願いします」

「何なら精神支配でもすればどうかね? 勿論、こちらがしようとしているとはバレない方法で、だが」

「ふむ……、その路線でも考えてみる必要はあるか……」

 

 軽い口調で提案してくるウルベルトに、モモンガは口元に拳を添えて考え込む。

 正直、自分の話術でどうにか情報を引き出すことなど不可能ではないかと思っていたのだ。もし別の方法があるのなら、そちらの手段を取った方が何倍も良いような気がする。

 モモンガは如何に自然に情報を得ることができるか、思考をこねくり回した。

 

「でも、どうやってバレないように魔法を使うんですか? 普通に考えて無理だと思うんですけど」

「いや、割と簡単さ。要は魔法をかけたのが違う存在だと思わせればいいのだよ」

「囮ということか。……なるほど……」

 

 ペロロンチーノやウルベルトの意見をヒントに、モモンガは忙しなく自分の考えをまとめていく。

 暫く頭の中で計画を練った後、それを説明するべく作戦の内容を実際に口に出して語り、作戦の実行をアルベドへと命じた。一瞬本当にこの計画で大丈夫だろうかと不安が過ったものの、ペロロンチーノもウルベルトも守護者たちも何も言わなかったため大丈夫だろうと半ば無理矢理自身に言い聞かせる。実際に命を受けたアルベドも何も言わずいつもの柔らかな微笑と共に深々と一礼したため大丈夫なはずだ。もし上手くいかなかった時は、守護者たちへの言い訳はペロロンチーノとウルベルトにも協力してもらおうと心に誓うと、モモンガはさっさと話を進めることにした。

 

「……私からはこのくらいだな。では他に報告したいモノや意見したいモノはいるか?」

 

 大まかな報告は終わり、次に意見や提案はないかとこの場にいる全員に声をかける。

 以前モモンガから自主的に意見を発言するように言ってからというもの、定例報告会議ではちょくちょく報告以外にも意見や提案が出ることが増えてきていた。未だ発言の殆どはモモンガ、ウルベルト、ペロロンチーノの三人が多くの割合を占めてはいたが、守護者たちからも時折発言が出ることがあり、モモンガはその変化をとてもいい傾向だと捉えていた。

 今回は残念ながら何も出ないようだったが、まぁこんなこともあるだろう、と内心小さく肩を竦めるだけに留める。

 実際には一つ大きく頷いて見せると、モモンガは眼窩の灯りを司会進行役であるアルベドへと向けた。

 

「それでは、この度の定例報告会議はこれにて終了いたします。解散!」

 

 モモンガの意を汲んだアルベドがすぐさま会議終了の号令をかける。

 彼女の合図に、シモベたちは一斉にその場に傅いて頭を下げた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「――……それではこれより、定例守護者会議を行います」

 

 所変わって、ここは第九階層にあるアルベドの私室。

 定例報告会議が終了して数十分後、アルベドの私室にあるメインルームにはガルガンチュアとヴィクティム以外の守護者たちが揃っており、それぞれ一つのテーブルを囲むように椅子に腰かけていた。

 今から行われるのは定期的に行われる守護者同士の意見交換の場である定例守護者会議。

 いつもであればプレアデスの何人かも出席するのだが、しかし今回は守護者以外の参加者は誰一人としていなかった。

 これは現在守護者の誰もが至高の主より役目を賜っているため、今回は手短に相互理解や意見交換を行おうと参加者を最小限に抑えた結果だった。

 とはいえ、守護者たちの表情に焦りや緊張などの色はない。あるのは抑えようのない興奮の笑みのみだった。

 

「……遂に…、遂にここまで来たわ。御方々が望まれる世界征服という最終目的を思えばまだ第一歩を踏み出そうとしている段階でしかないけれど、それでもこの一歩はこの世界にとっては非常に大きなものになるでしょう」

「ええ、正にアルベドの言う通りですね。もう暫くは潜伏期間がある予定ではありますが、それももう間もなくです」

「遂に御方々がその御姿を世界にお示しになるのでありんすね。……ふふっ、この世界の奴らがどういった反応をするのか今から楽しみでありんす」

 

 ニンマリとした笑みを浮かべるのはアルベドとデミウルゴスとシャルティアの三人。

 アウラとマーレはそれを苦笑と共に見つめており、唯一いつもと変わらぬ様子のコキュートスが蒼の複眼全てをアウラに向けた。

 

「アウラ、ソウイエバマダ挨拶ガデキテイナカッタナ。今回、急ナコトデハアルガ、共ニ任務ニ就クコトニナッタ。改メテヨロシク頼モウ」

「あっ、うん、こちらこそよろしくね、コキュートス!」

 

 何とも律儀なコキュートスの言動に、アウラも慌ててコキュートスに向き直ると改めて挨拶を返す。

 互いに挨拶を交わし合う一人と一体に、この場にいる誰もが微笑ましそうに笑みを浮かべる。

 しかしそんな中、ただ一人アルベドだけが恍惚とした笑みを真剣な表情に変えて金色の双眸を鋭くアウラとコキュートスとシャルティアに向けた。

 

「アウラ、コキュートス、シャルティア。今回、あなたたちはペロロンチーノ様の補佐とはいえ重要な任を賜ったわ。くれぐれもペロロンチーノ様のお邪魔にならないよう、そして最大限の成果を出せるように尽力して頂戴」

「大丈夫、言われなくても分かってるよ。それに私とコキュートスの方はエルフ軍の力を見極めるのが主な任務だから、そんなにリスクのある案件じゃないし」

「ダガ、見極メルコトニ重点ヲ置キ過ギテエルフタチガ法国軍ニ全滅サセラレテモマズイゾ。エルフタチノ力ヲ見定メツツ、全滅セヌヨウ適度ニ補佐スルコトモ必要ニナッテクルハズダ」

「まぁ、それはそうだけど……。私はむしろ、こっちよりもシャルティアの方が心配だけどな~」

「ちょっと、それはどういう意味でありんすか……?」

 

 途端にシャルティアの気配が鋭くなり、苛立ちの表情がアウラに向けられる。しかしアウラもこのくらいは慣れたもので、余裕の表情でシャルティアに向き合った。

 

「あんた、今回もペロロンチーノ様と一緒に行動するんでしょう? パンドラズ・アクターもいるけど、くれぐれもペロロンチーノ様に粗相のないように気を付けてよね」

「いちいち言われなくても分かっているでありんす! この私がペロロンチーノ様のご意思に背くことをすると思う!?」

 

 ナザリックのシモベにとって至高の41人は絶対的な存在だ。加えてペロロンチーノはシャルティアの創造主であり、シャルティアが心の底から愛している存在でもある。アウラの指摘に対する彼女の怒りは尤もであると言えた。

 しかし一方で、シャルティアの性格や“血の狂乱”の危険性などを考えた場合、アウラの懸念もまた一概に杞憂であるとも言えなかった。

 どちらの言い分も理解できるだけに、他の守護者たちは苦笑と共に二人の言い争いを暫くの間静観していた。

 

「ほら、二人とも。喧嘩はそのくらいにして頂戴」

 

 アウラとシャルティアが言い争いを始めて数分後、一向に終わる気配がないことに業を煮やしたアルベドが制止の声を上げる。

 それでもなお口は閉じたものの睨み合いを続ける二人に、アルベドは大きなため息を吐きだした。

 

「ペロロンチーノ様のご迷惑にならないようにすることも重要だけれど、私が言っているのはエルフの王と法国軍への対処についてよ。……この世界の基準を考えれば脅威とはならない可能性の方が高いけれど、それでも絶対ではないわ。万が一にもペロロンチーノ様の身に危険が及ぶような事態に陥ったら、その身に変えてでもペロロンチーノ様をお守りしなさい」

「まぁ、それもそうね。油断しないようにするよ」

「そんなこと、言われるまでもないことでありんす。ペロロンチーノ様は私の愛しい御方。この身に変えてでもお守りするのは当然のことでありんすよ」

「私モ十分注意ヲシテオコウ」

 

 アウラとシャルティアだけでなく、彼女たちと同じ任務に就くコキュートスも大きく頷いてみせる。

 アルベドは三人の行動に満足の笑みを浮かべると、次にはその金色の瞳を朱色の悪魔に移した。

 

「それから、デミウルゴスも今回はウルベルト様と行動を共にするのだからくれぐれもよろしく頼むわね」

「ええ、分かっていますよ、アルベド。ウルベルト様からは静観を命じられてはいますが、万が一のことがあればこの身を盾にしてお守りします」

「そういえば、今回ウルベルト様が戦う武王ってそんなに強いの?」

「この世界の基準では強者の分類には入るようですよ。まぁ、ウルベルト様の敵ではないでしょうが」

「それでも油断は禁物よ。この世界にはわたくしたちがまだ把握していない能力や力があるかもしれないのだから」

 

 和やかに交わされる会話に再びアルベドの注意の言葉が飛ぶ。些か警戒しすぎるとも思えるアルベドの忠告に、しかし守護者たちは当然のことのように頷いて返した。

 

「……そういえば、君の方は大丈夫なのかね? 今回は君も複数の任務を賜っていただろう?」

 

 誰もがこれからの自分の務めに思いを馳せる中、不意にデミウルゴスがアルベドへと声をかける。

 アルベドは今回、モモンガからのイビルアイに関する任務とウルベルトからのリ・エスティーゼ王国攻略の布石となる任務の二つの命を与えられている。ナザリックの管理を命じられることが殆どである彼女にとっては、いつにない緊急事態とも言えるだろう。

 それ故に声をかけた悪魔の気遣いに、女淫魔はその美貌に艶やかな微笑を浮かべてみせた。

 

「ええ、勿論よ。モモンガ様より命じられた任務についてはこれからだけれど、ウルベルト様より命じられた任務に関しては既に準備は整っているし、後は駒を動かして細かな調整を行っていく感じかしら」

「おや、もう準備が終わっているのですか? 随分と早いですね」

「実はウルベルト様から、いつでも動けるようにと事前に声をかけて頂いていたのよ。本当にお優しい御方でいらっしゃるわ」

 

 ふふっ、と軽やかな笑みを零すアルベドに、他の面々は納得したような表情を一様に浮かべた。

 

「それでは時間も差し迫っているから、そろそろ情報の整理と確認を行いましょう。まず、ペロロンチーノ様が着手されているエルフと法国については……――」

 

 先ほどの微笑から真剣なものへと表情を引き締めたアルベドが、改めて話をまとめるために口を開く。定例報告会議で言われていた内容も含め、あの場では言及されなかった主たちからの暗黙の意思をも推し量りながら自分たちの今回の任務と役割の内容を整理確認及び具体的な行動内容の肉付けを行っていく。

 守護者たちの表情はどれもが真剣なもので、瞳には強い決意の光が宿って爛々と輝いていた。アルベドの進行に時折意見や修正が挟まれながら、着々とそれぞれの任務への内容がまとまっていく。

 そして一通り全てがまとまり終わった頃、不意にアルベドの金色の双眸がマーレへと向けられた。

 

「……マーレ、最後にあなたの今回の任務について少し追加をさせてもらいたいのだけれど良いかしら?」

「っ!! は、はい、構いません…けど……」

 

 突然のことにマーレはビクッと細い肩を跳ねさせると、次にはオッドアイの大きな瞳を不安そうに小さく揺らめかせる。細い眉も八の字に垂れ下がっており、見るからに『無理難題を言い渡されるのではないか…』とでかでかと顔に書かれていた。

 恐々とこちらを上目遣いに見つめてくるマーレにアルベドは苦笑を浮かべると、次には安心させるようにすぐに柔らかな微笑を浮かべてみせた。

 

「そんなに不安にならなくても大丈夫よ。あくまでも今回のあなたの重要任務はウルベルト様の情報を漏らさないということ。けれど、その他に一つ、できればあなたにも頑張ってほしいことがあるのよ」

「は、はい。何でしょう……?」

「モモンガ様とペロロンチーノ様は、あのイビルアイとかいう存在の情報を求めていらっしゃるわ。勿論わたくしの方でも“ヘイムダル”を使って情報を集めようとは思っているけれど、それにも限界はある。だから、あなたの方からもできるならさり気なく本人や“蒼の薔薇”のメンバーから情報を聞き出してほしいのよ」

「つ、つまり、イビルアイさんのお話を聞けばいいんですか?」

「ええ、その通りよ。けれど優先順位は低くても構わないわ。あまり大きく動き過ぎては逆にモモンガ様のお邪魔になってしまうかもしれないし、できれば……ということで心に留めておいてほしいの」

「わ、分かりました。どこまでできるか分かりませんけど、ぼ、僕も、モモンガ様のお役に立てるように頑張ります……!!」

 

 先ほどの弱々しい姿はどこへやら、胸の辺りで両手の拳を握りしめて意気込むマーレにアルベドは思わず微笑を深めた。

 

「ええ、期待しているわ。それから、この会議の後にもう少しだけ時間を貰えるかしら。後で既に開示されている“レオナール・グラン・ネーグル”としてのウルベルト様の情報を教えてあげるわ」

「は、はい! よろしくお願いします!!」

 

 顔を輝かせて大きく頷くマーレに、こちらも返事の言葉の代わりに軽く頷き返す。次にアルベドは他の守護者たちに目を向けると、改めてこの場をまとめるために深く息を吸い込んだ。

 

「今回、各々が賜った任務はどれもいつも以上に重要なもの。どれもが至高の御方々の悲願である世界征服への重要な布石となるわ。各々、くれぐれも失敗のないよう、気を引き締めて任に当たりなさい」

 

 そこで一度口を閉じて言葉を切り、目の前に座る守護者たちの表情を見据える。

 誰もがどこまでも真剣な表情を浮かべていることを確認すると、アルベドはこれから口にする言葉を思い、知らず胸を熱くさせて鼓動を高鳴らせた。

 

「全ては至高の御方々のために! 栄えある“アインズ・ウール・ゴウン”にこの世の全てを!」

「「「全ては至高の御方々、“アインズ・ウール・ゴウン”のために!」」」

 

 部屋中に激しい熱と共に守護者たちの高らかな声が響き渡った。

 

 




連続更新!
ストックしていたのはここまでなので、また次回からは通常更新速度に戻ります……。

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