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まさかここまでくるとは……感無量……(感動)
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これからも当小説を宜しくお願いします(深々)
ドアを開けた途端、視界に飛び込んできた光景にラキュースは出そうになったため息を咄嗟に呑み込んだ。
“漆黒”一行と“クアエシトール”一行と共にカルネ村を訪れたラキュースたちは、カルネ村で一晩を過ごしていた。目的のレオナールに関する情報収集はうまい具合には進まず、時間は無益に過ぎて次の日の夜明けを迎えていた。ラキュースの心情としてはもう少しこの村に留まって情報収集を行いたいところだったが、ラキュースたちとて名のあるアダマンタイト級冒険者。他の仕事を放っていつまでも一つ処に留まっている訳にはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで一晩世話になった家の扉を開いたというのに、目に飛び込んできた霧が立ち込める景色に一層気分が一気に落ち込んでいく。暗雲が立ち込める空からはシトシトと細かな雨が降っており、宙を漂う霧を更に濃いものにしていた。
「……おいおい、こりゃあひでぇ天気だな」
「っ!? ……ガガーラン」
「明け方から降っていたからな。今後も降り続くようならもっとひどい霧になるかもしれん」
「霧があると見通しが悪くなる。すなわち外に出るのは危険」
「油断は禁物。いつも以上に警戒するべき」
ガガーランに続いて次々と“蒼の薔薇”の面々が部屋の奥から出てくる。突然の登場に最初こそ驚いたものの、メンバー全員が出てくる頃にはラキュースも跳ねていた鼓動を落ち着かせていた。再び白くけぶる景色に目を戻すと、次には雲が立ち込める空へと視線を移した。
「確かに雨がやむ気配はないし、この状態が続けば霧も深くなるでしょうね……。モモンさんたちもいるとはいえ、いつも以上に注意して戻りましょう」
ラキュースの言葉に、他のメンバー全員が一様に大きく頷いてくる。彼女たちは各自自分の荷物を抱えるように持つと、ラキュースを先頭に家の外へと足を踏み出していった。
途端に水気を帯び始める装備や衣服に不快感を覚えながら、ラキュースたちは自然と足早に村の広場の方に歩を進めていく。
広場には既に荷馬車が準備されており、その周りには“漆黒”のメンバーや“クアエシトール”のメンバー、ンフィーレア、そして村の人々も集まっていた。
「モモンさん、遅くなってしまって申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。我々も少し前に来たところですので」
この場の代表ともいえるモモンに謝罪すれば、モモンは小さく頭を振ってやんわりとフォローしてくれる。
恐らくこの大らかさも彼が英雄と呼ばれる大きな要因の一つなのだろう。後ろにいるイビルアイが感動したように小さく打ち震えているのが良い例である。
ラキュースは短く礼を言うと、改めてカルネ村の人々の方へと顔を向けた。
「皆さん、お騒がせしました。村長さんも昨晩は泊めて下さって、ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない。またいつでもいらしてください」
「ありがとうございます。また近くまで来たら寄らせて頂きます」
満面の笑みと共に歓迎され、こちらも自然と笑みが浮かんでくる。ラキュースはチラッとマーレを見やると、しかしすぐに視線を外した。
本音を言えばもう少し粘ってみたいところではあったが、しかししつこくし過ぎて嫌われてしまっては元も子もない。何より、マーレの口からレオナールへ自身の行動が悪く伝わるのはどうしても避けたかった。どちらにしろマーレから情報を聞き出すためには、それなりに時間がかかるだろう。ならばここで無理に粘って印象を悪くするよりも、一時引いて時間を空けてから再度出直した方がマーレの中の印象も少しは良くなるはずだ。
(……そう、これはあくまでも計画的撤退であって、ネーグルさんに嫌われたくないとか、そんな浮ついた理由じゃないんだから。そう、大丈夫なはずよ。皆だって賛同してくれたし、私の判断は間違っていないはず……!)
心の中で無駄に長々と言い訳を呟きながら、ラキュースは荷馬車に乗ったンフィーレアを見上げた。
「それでは、そろそろ出発しましょうか」
「そうですね。あまり遅くなってしまっては、エ・ランテルに着くのが遅くなってしまいますし……。出発しましょう」
「カルネ村の皆さん、お世話になりました」
「バレアレ君、それに冒険者の皆さんも、またいつでもいらしてくださいね」
「気をつけてな」
「ンフィー、元気でね!」
カルネ村の者たちと、この村に残る“クアエシトール”の面々がそれぞれ声をかけてくる。
ラキュースたちはそれに応えながら、この場所からでもよく見える大きな門へと足を踏み出した。
モモンガはナーベラルとハムスケ、そしてンフィーレアや“蒼の薔薇”のメンバーたちと共に街道を歩きながら、ひたすらエ・ランテルを目指していた。
明け方から降り続いている雨は止む気配もなく、かといって強まる気配もまたなく、ただシトシトと空気をけぶらせている。立ち込める霧はなおも濃度を増し、今や目と鼻の先の距離であろうと視界がうまく効かなくなっていた。異形種であるモモンガにとってはそれでも問題はなかったが、唯の人間である“蒼の薔薇”のメンバーにとっては相当油断ならない状況だろう。
現に“蒼の薔薇”たちの足取りは徐々に慎重でゆっくりとしたものに変わっている。歩調が全く変わっていないのはイビルアイくらいだった。
「……今日の霧は本当にすげぇな。すぐ先すらまともに見えねぇ。こりゃあ気が抜けねぇぞ……」
「ええ、本当に……。みんな、油断せずに進みましょう」
ガガーランの呆れたような声に、ラキュースも大きく頷いて仲間たちに声をかける。
それに他のメンバーもそれぞれ頷く中、不意にそれらに反応するかのように霧の奥でぼんやりとした影が徐に浮かび上がってきた。
最初に気が付いたのはモモンガで、それから一拍後にモモンガの隣を歩いていたナーベラルも影の存在に気が付く。彼女が数秒影を凝視した後にこちらを見上げてきたその時、不意にイビルアイの鋭い声が聞こえてきた。
「おい、前方に何かいるぞ! 注意しろ!!」
イビルアイの警告の声に、途端に“蒼の薔薇”のメンバー全員が歩みを止めて戦闘態勢をとる。前方を睨み付ける彼女たちの視線の先で黒い影は徐々に濃くなり、またその数もどんどんと増えていっていた。
「……おいおい、こりゃあマズいぞ。相手が何にせよ、こう視界が悪いとまともに動けねぇ」
「……そうね。あちらがまだこちらの存在に気が付いていないのなら回避するのが一番いいと思うわ。みんな、ゆっくり後ろに下がって……」
「いや、それは既に遅いようだ」
「っ!? ……モモンさん?」
一体どういうことかとこちらを見上げてくるラキュースに、モモンガは無言のまま顎で謎の影を示してやる。彼女たちはつられるようにして再び前方に視線を向け、しかしどうやらモモンガが言いたいことは全く分からなかったようだ。再び疑問の視線を向けてくるのに、しかしモモンガは彼女たちに視線を向けることなく前方の影を凝視する。無言のまま影の様子を観察しながら、モモンガはその正体について思考を巡らせた。
前方の影たちは十中八九アルベドたちが用意したナザリックの手のモノたちだろう。しかしモモンガもその正体までは知らされておらず、一体何を出してきたのかと興味深く影を眺めていた。
「……影の正体が何であるにしろ、もし霧の影響を受けていないのならこちらの存在には既に気が付いているはずです。逆にもし霧の影響を受けているのなら、あんなによどみなく動くことはできないはず。あの影たちは真っ直ぐにこちらを目指して進んできている。であるなら、相手は霧の影響を受けておらず、且つ既にこちらの存在に気が付いていると考えた方が妥当でしょう」
「……なるほど、確かに」
視線はそのままに指摘してやれば、ラキュースから納得したような声が聞こえてくる。
ラキュースは少しの間考え込むような素振りを見せた後、次には自身の仲間たちへと視線を巡らせた。
「ティア、ティナ、影の正体と規模が知りたいわ。できるだけ距離を取りながら探ってきてくれる? その代わり無理はしないように、危険だと思ったらすぐに引いてきて頂戴」
「了解」
「任された」
「イビルアイは魔法の準備を。その間何が起こっても良いように私とガガーランで壁になるわ」
「……分かった。魔法の種類はこちらで判断して構わないな?」
「ええ、勿論よ。任せたわ」
ラキュースの指示に従って次々と“蒼の薔薇”のメンバーが動き出す。
モモンガは無言のままそれらを見つめながら、内心では彼女たちの迅速な行動に感心していた。
リーダーの判断能力と決断までの速度、リーダーに対する信頼、役割への自己認識の高さ。流石はアダマンタイト級冒険者というべきか、“蒼の薔薇”には個々の強さだけではないチームとしての強みもしっかりと持ち合わせているようだった。
(ふむ……。やっぱりこう見ると今後は個々の強さだけでなく、チームとしての強さも高めていく必要があるのかもしれないな……。)
チームというのは何も人数の多さや手数の多さだけが強みなのではない。いくら人数が多くても、互いに足を引っ張り合えば個の方が断然有利になる。
ここでモモンガが重要視しているのは、言うなれば“チームワーク力”というものだった。
とはいえ、モモンガとて自分とペロロンチーノとウルベルトの三人でのチームワーク力については一切心配はしていない。自分たちは互いに互いの事を十分理解し合っていると思うし、三人であればどんな強敵であってもある程度は対応することができると自負している。
しかしここでモモンガが懸念しているのは、自分たち全員が後衛職であり、前衛職が一人もいないということだった。
通常、全員が後衛職であるチームなどあり得ない。ロールプレイでの“遊び”としての拘りであれば話は別だが、そうでなければ後衛職オンリーのチームなど普通は組むことすらないだろう。後衛職は相手との間合いが命であり、壁となる前衛職がどうしても必要になってくるのだ。
とはいえ、安易にそこら辺の前衛職を自分たち三人の中に組み入れるのも考えものだった。
例えばナザリックの前衛職NPCを自分たちのチームに加えたとして、果たして通常に機能するかと問われればモモンガとしては甚だ疑問だった。
そしてもう一つ、ナザリックのシモベたちだけのチームを作ったとして、どこまでチームワーク力を発揮できるかも問題だった。
当然ではあるが、NPCたちはこれまでチームを組んでの戦闘の経験が全くない。それは仕方がないことではあるが、しかし今後何が起こるか分からない中でそういった経験不足は命取りになりかねないように思われた。
自分たち三人組のチームに前衛職のNPCを加えた場合、何がどこまでできるのか。
全員NPCだけのチームを組んだ場合、どこまでの連携が取れてどこまでの力を発揮できるのか……。
(う~ん、今後はチームでの戦闘訓練とかもどんどんしていく必要があるかもしれないな。今度ペロロンチーノさんとウルベルトさんにも相談してみよう。)
いつまで経ってもやることが山積みだな……と内心ため息を吐く。しかしその一方で、少しワクワクしている自分もいた。
やはり仲間たちと一緒に何かを取り組むというのはモモンガにとってはとても特別なことだった。少し想像しただけでも心が浮足立つ。
モモンガは浮かれ始めている自身の心に内心で激しく頭を振ると、今は目の前のことに集中するべく気を引き締めた。
悶々と考え込んでいる間にそれなりの時間が経っていたのか、気が付けばぼんやりと見えていた影は随分と近くはっきりしてきている。
モモンガはハムスケにンフィーレアを守るように指示を出すと、自身は背中のグレートソードを手に取ってまるで霧を切り払うように勢いよく抜き払った。
瞬間、大きな風圧に霧の一部が吹き飛ばされる。一瞬視界の一部がクリアになり、その隙間から影の一部が露わとなった。
見えたのは黒く禍々しい布や鎧のようなものの一部。
しかし例え一部分だったとしても一目で相手が異形であると分かるそれに、ラキュースたちが大きく息を呑んだのが分かった。
「――……鬼ボス、ヤバい、早く逃げた方が良いっ!」
「化け物たちが迫ってきてる! 軽く考えてもヤバいレベル!」
「ティア! ティナ! 何が迫ってきているの!?」
その時、不意に霧の中から忍者の双子がこちらに突っ込んできた。いつもは飄々とした表情を浮かべている双子の顔が、今はどちらも厳しく強張っている。
一体何を見たのかと身を乗り出すラキュースに、しかし双子が再び口を開く前に影たちが完全に霧の奥から姿を現した。
「「「っ!!?」」」
「………ほう……」
目に飛び込んできた“それら”に“蒼の薔薇”たちは大きく息を呑み、モモンガの口からは小さな声が零れ出る。
しかし幸いなことにその声は誰の耳にも届かなかった。いや、この場合は聞く余裕が誰にもなかったと言うべきか。しかしそれは仕方がないことだった。
霧の中から姿を現したのは幾体ものアンデッドの行列。
黒いベールで顔が見えない修道女のようなアンデッドに、青白い炎を纏ったアンデッドの馬に乗った黒騎士。ボロボロの黒い旗を担ぐように持った骸骨。小さな鐘を垂らして鳴らすローブ姿のアンデッドに、緑色の炎が宿るランタンを揺らめかせるアンデッド。中には枯れ果てた黒い花弁を撒き散らして奇声のような歌声を響かせる異形すら行列に加わっていた。
正に西洋版の百鬼夜行とでもいうべきか。
中でも彼女たちの視線を釘付けにしたのは行列の先頭を歩く一体のアンデッドだった。
「……あれは、一体……なに………?」
ラキュースの小さく震える声が聞こえてくる。
どうやらアンデッドの正体を知らないようで、“蒼の薔薇”のメンバーはイビルアイ以外の全員が恐怖と緊張に身体を強張らせていた。イビルアイは仮面で表情は分からないものの、しかし警戒を強めたことは気配で分かった。
無意識の反射的な行動なのだろう、“蒼の薔薇”たちは一様に数歩後退って街道を離れると、まるで身を隠すように草原の中で身を屈めた。モモンガも無言のまま彼女たちに従い、馬車を降りたンフィーレアを伴って街道を離れる。同じように彼女たちのすぐ傍らで身を屈めれば、アンデッドたちから少し離れて隠れる姿勢が取れたためか、先ほどよりかは恐怖の薄れた声が小さく言葉を交わしていた。
「……イビルアイ、あの先頭のアンデッドについて、何か思い当たる存在はいない?」
「……いや、私も初めて見た。アンデッドであることしか分からないな……」
「そりゃ、そうだわな。問題は、あのアンデッドどもに俺たちがどこまで太刀打ちできるかってことだ」
「絶対無理。すぐに逃げるべき」
「特に先頭のアンデッドがヤバい」
ラキュースの声を皮切りに、次々と“蒼の薔薇”のメンバーたちが意見を出し合っていく。
しかしそれでもアンデッドの正体を特定することや対処法は見つからず、自然と彼女たちの視線が問うようにこちらに向いてきた。
モモンガは彼女たちの視線を受け止めながら、果たして何をどこまで話すべきか……と頭を悩ませた。
なんせこの世界ではレベル30台の存在でも脅威と位置付けられているのだ。ならば先頭を歩くアンデッドはこの世界に存在しているかすら疑わしい。それをスラスラと解説してしまっては逆にこちらの方が怪しさ満載になってしまうだろう。
モモンガは少しの間思考を巡らせた後、意を決して口を開いた。
「……私も伝承でしか聞いたことがないので確かなことは分かりませんが、恐らく先頭にいるアンデッドは
「コープス、ブライド……?」
「ええ、連れ合いを求めてさ迷い歩くアンデッドの花嫁ですよ」
コープスブライドはレベル60台のアンデッドだ。暗殺特化と魔法特化の2種類が存在しているが、どちらの種類も『他者を魅了して連れ合いを得ようとする』という設定があるため、〈支配〉や〈魅了〉といった精神攻撃を仕掛けてくるアンデッドとしても知られている。
黒くボロボロなウェディングベールとウェディングドレスを身に纏っているのは、干からびて骨と皮のみとなった黒ずんだアンデッド。木の枯れ枝のような左手の薬指には指輪がはめられており、それだけが唯一美しい白銀の煌めきを保っている。両手で大切そうに持っているのは青白い小振りなブーケで、しかしその下の部分には細く長い木の柄が下へと伸びていた。もし暗殺特化のコープスブライドであれば、手に持つブーケの下に伸びているのは銀色の剣の刃であるはずだ。ならば恐らく今回のコープスブライドは暗殺特化ではなく魔法特化の方なのだろう。
深い霧の中、多くのアンデッドを引き連れながら微かな風にもボロボロのベールやドレスをたなびかせる様は、異様な美しさと不気味さを醸し出していた。
「そのコープスブライドって奴には弱点はあるのか?」
「さあ、どうでしょうか。私も伝承でしか聞いたことがありませんので……」
「アンデッドであれば普通は炎系や神聖属性が効くはずだが……、炎系はともかく神聖属性は私には扱えないな」
「それなら私とイビルアイが中心になって対処した方がいいわね。ナーベさんは神聖属性は使えますか?」
「いいえ」
一度距離を空けてアンデッド側もゆっくりとした動作であるとはいえ、互いの距離は着実に縮まってきている。
手短に行動方針を決めていく“蒼の薔薇”に、モモンガはただ無言のままそれを見守っていた。しかし内心では『本当に大丈夫だろうか……』と不安を湧き上がらせていた。
なんせ相手は――この世界の基準で言えば――どれもが強敵と言えるアンデッドたちなのだ。レベル60台のコープスブライドだけを警戒すればいいという訳ではなく、他のアンデッドたちもレベル20台や30台が多く揃っている。アルベドのことだ、恐らくゲヘナ計画の際にエントマが“蒼の薔薇”に敗北したことを考慮してあれらを選抜したのだろうが、モモンガからすれば些かやり過ぎなように思えた。
これで“蒼の薔薇”が全滅でもしたらどうするつもりなのか。
通常であれば彼女たちがどうなろうと正直モモンガにとってはどうでもいいことなのだが、しかし今この場で彼女たちの身に何かが起こってしまうのは非常にマズかった。
なんせ彼女たちは今冒険者モモンと行動を共にしているのだ。そんな中で彼女たちの身に何かがあっては、今後のモモンの評判に悪影響が出かねない。それは御免蒙りたかった。
(……まぁ、危なくなれば俺が間に入って対処すればいいか。とにかく彼女たちがヤられないように気を配っておかなくちゃな。)
内心で自身の行動方針を決めると、モモンガは目の前のことに集中するべく気を引き締めた。
コープスブライドも漸くやる気を起こしたのか、歩む足を止めてこちらを凝視しながら背後の修道女や黒騎士たちに手振りで指示を出し始める。それに従い、こちらにゆらりと近づき始める修道女と騎士のアンデッドたち。
自然と戦闘態勢をとって緊張を高める“蒼の薔薇”たちに、こちらもグレートソードの柄を持つ手に力を込めた。
修道女と騎士たちとの距離が目と鼻の先にまで近づいた、その時……――
「「「っ!!?」」」
突然真っ赤に染まった視界と、全身に感じる衝撃と熱。目の前の修道女と騎士たちは炎に呑み込まれ、一瞬の後に炭へと変わる。
あまりにも予想外の事態に、思考が一瞬フリーズする。
しかしモモンガはすぐさま我に返ると、何が起こっているのかと目の前の炎を凝視した。
未だ燃えている巨大な炎の渦。
これは間違いなく信仰系魔法の〈
では一体誰が……と視線を走らせ、不意に視界に見慣れぬ赤い影が入り込んだ。
遥か上空に浮かんでいる深紅の一つの影。
一体何かと凝視すれば、その正体にモモンガは内心で息を呑んだ。
上空にいたのは深紅のパワードスーツ。
三メートルもあるその巨大なスーツは、間違いなくユグドラシルに存在していたものだった。
「っ!? ……あ、あれは……!!」
ラキュースもパワードスーツの存在に気が付いたのか、上空を見上げて驚愕の声を上げる。
しかしモモンガは次にラキュースが浮かべた表情に違和感を覚えた。
彼女が今浮かべている表情は、未知に対する驚愕ではない。知っているものを唐突に見たような……どちらかというと『何故これがここにあるのか?』というような驚愕の表情だった。
「……アインドラさん、もしやあれに見覚えが?」
「えっ!? ……あ、……そ、そうですね……。でも、どうしてここに……」
ラキュースは一度モモンガを振り返って小さく頷くと、次には視線を再び前に戻して困惑の表情を浮かべる。
彼女の視線の先には炎に焼かれて炭と化したアンデッドの成れの果てと、上空のパワードスーツを睨むコープスブライドたち。
コープスブライドは一度チラッとこちらを見ると、次には長いブーケやドレスの裾を躍らせて素早く踵を返した。他のアンデッドたちもコープスブライドに従い、次々とこちらに背を向けてくる。
そのまま一切こちらを振り返ることなく霧を纏って去っていくアンデッドたちに、モモンガはその背中を見送りながら思わず小さく息をついた。
コープスブライドが下した判断に内心で安堵の息をつきながら一つ頷く。
この世界の基準レベルやコープスブライド自身のレベルを考えれば、あのまま強硬突破を判断してもおかしくはなかった。しかし上空の出現者は
ナザリックに戻ったら誉めてやろう……と内心で考える中、上空にいたパワードスーツがこちらに舞い降りてくるのが見えてモモンガはそちらへと意識を向けた。
「よう、ラキュー! なかなか危ない状況だったな! 大丈夫か?」
「……お、叔父さん……」
「………おじさん……?」
ラキュースの口から予想外の言葉が出てきて、モモンガは思わず疑問の視線を彼女に向ける。
しかしラキュースはこちらの視線に気が付くだけの余裕がないのか、顔を大きく引き攣らせながら目の前まで舞い降りてきたパワードスーツを見上げていた。
「ど、どうして叔父さんがこちらに……?」
「いや、王都が未曾有の危機に陥ってるって知らせを受けて大慌てで戻ってみれば王都は無事だし、かといって兄貴たちに話を聞けばやっぱり大事はあったみたいじゃねぇか。それもいろいろ情報を集めてみたら、その大事にお前も深く関わってたときたもんだ。可愛い姪っ子の身を心配して探してみても王都じゃなくてエ・ランテルに行ってるって言うしな、心配のあまり探しに来ても何ら不思議なことじゃねぇだろ?」
「……そのためにわざわざこんなところまで来たと? その鎧まで着込んで?」
「おいおい、そんなに疑うなよ。お前のことを心配してたのは本当だぞ。これを着てきたのは用心のためさ。最近この辺りは何かと物騒になってるって噂だったからな。……と、あんたらは大丈夫か?」
テンポよくラキュースと会話していたパワードスーツが、唐突に顔をこちらに向けてくる。
ジロジロと観察していたモモンガは内心ビクッとないはずの心臓を跳ねさせると、しかしそれをおくびにも出さずにゆっくりと頭上の高い位置にある相手の顔パーツを見上げた。
「ええ、おかげさまで助かりました。どうやら、同じ冒険者の方とお見受けしますが……」
パワードスーツの胸元で揺れている冒険者プレートにチラッと視線を向けながら問いかける。
視線の先にあるプレートはアダマンタイト。これが偽物ではない場合、このパワードスーツの主はアダマンタイト級冒険者ということになる。
アダマンタイトのプレートと目の前の深紅のパワードスーツから導き出される存在を頭に思い浮かべる中、相手はそんなモモンガの思考を知ってか知らずか、軽い調子で小さく肩を竦めてきた。
「ああ、こりゃあ、自己紹介が遅くなっちまってすまなかったな。俺は“朱の雫”のリーダーのアズス・アインドラだ」
あっけらかんとした自己紹介と共に片手をこちらに差し出してくる。
モモンガは差し出された手を握りしめて握手を交わしながら、バレない程度に視線のみで再び目の前のパワードスーツを観察した。
「始めまして、私はアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンと申します。……アインドラということは、こちらのアインドラさんとはご親戚か何かなのでしょうか?」
「ああ、こいつは俺の姪っ子でな。俺はこいつの叔父にあたる」
「なるほど。しかしそれにしては名前が短いような気がするのですが……、と、失礼。立ち入ったことを言いましたね。申し訳ありません」
「いいや、構わねぇさ。これからは気軽に“アズスさん”とでも呼んでくれ」
「分かりました。私のことはどうぞ“モモン”と呼んでください」
握り締めていた手をゆっくりと放しながら、ジロジロと観察していた視線も漸くパワードスーツから離す。アズスが再びラキュースに意識を向けるのに、モモンガも踵を返してンフィーレアの元にいるハムスケやナーベラルの元へ足を踏み出した。歩を進めながら、先ほどのアズスやラキュースについて考えを巡らせる。
“蒼の薔薇”のリーダーと“朱の雫”のリーダーが親戚同士だという情報は、モモンガたちも既に大分前から入手済みだ。そのため、それに対する驚愕はそれほどない。せいぜい『貴族なのにそんなこともあるのか……』と思うくらいだ。
しかし問題なのは、ラキュースもアズスも強力かもしれないアイテムを持っているということだった。
ラキュースの魔剣“キリネイラム”しかり、アズスに関してはユグドラシルのパワードスーツである。魔剣“キリネイラム”については『一つの都市を滅ぼすことができるほどの力を持っている』という情報があったが、モモンガは勿論のことペロロンチーノやウルベルトも『それはブラフである』と判断していた。しかしラキュースの親戚であるアズスがユグドラシルのパワードスーツを所有していることが分かった以上、ラキュースの魔剣についても安易にブラフだと結論付けない方が良いかもしれない。
パワードスーツの方も、モモンガの知識では最高のものでもレベル80台相当の力しかないはずだが、それもどこまで信憑性があるのかと問われればモモンガは些か自信が持てなかった。自分の知識が絶対だとは勿論言えないし、一点ものやアーティファクトのパワードスーツがないとも限らない。どちらにしろ警戒しておいて損はないだろう。
(現物を調べさせてもらえれば一番良いんだが……、流石にそれは難しいだろうな。はぁ、まったく次から次へと問題が出てくるな……。)
どんどん増えていく面倒事に頭が痛くなってくるような錯覚に襲われる。まだ相談できる仲間がいるだけ救われるような気がした。
(ペロロンチーノさんは今は法国の件で手一杯だろうし、この件は俺とウルベルトさんの方で探りを入れていった方が良いかな。アイテムについてはパンドラが詳しいはずだが……、何はともあれまずはウルベルトさんに相談してみよう。)
ナーベラル、ハムスケ、ンフィーレアにそれぞれ声をかけながら、頭の中ではこれからのことについて方針を組み立てていく。それでいてモモンガは改めてラキュースたちを振り返った。
視線の先ではラキュースとアズスが変わらず親しそうに言葉を交わしており、“蒼の薔薇”の他の面々は遠巻きにそれを見守っている。どうやら“蒼の薔薇”の他のメンバーもアズスとは初対面のようで、彼女たちから彼の情報を仕入れるのは無理そうだった。一番手っ取り早いのはラキュースやアズス本人に直接探りを入れる方法なのだろうが、果たして自分にどこまでできるのか……。
いきなり訪れた難題に内心頭を抱えながら、モモンガは極力その内心は隠して彼女たちに声をかけた。
「積もる話もあるでしょうが、それは歩きながらにしましょう。今はあのアンデッドたちが戻ってくる前にこの場を離れた方が良い」
「モモン様の言う通りだな! モモン様がいるとはいえ、できるならあのアンデッドたちとは二度と鉢合わせたくない」
「おいおい、追い払ったのは俺だぜ?」
「……叔父さん、話がややこしくなるから黙っててもらえますか?」
「なんだ、やけに冷たいじゃないか。反抗期か?」
モモンガの言葉を皮切りに、やいのやいのとアズスと“蒼の薔薇”たちが言葉を交わし始める。とはいえ、モモンガの言葉に従って移動を始めたためモモンガも言うことは何もない。些か警戒心が緩んでいるような気はしないでもないが、そこはナーベラルやハムスケに任せておけばいいだろう。
モモンガは彼女たちには聞こえないように小さな声でナーベラルに周囲を警戒しておくように指示を出すと、未だ立ち込めている霧の奥へと視線を向けた。
視線の先にあるのは、異形の目から見ても何も異変のない真っ白な景色。
しかしそんな中、微かに小さく細い影が一瞬こちらに一礼したように見えた。
◇◆◇◆◇◆
深い深い闇の中、まるで暗闇に隠れるようにして二つの影が不気味に揺らめいていた。
ここはリ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼにある貧民街の寂れた区画。
誰の目も耳もない無人のその地にて、二つの影は何かを探すように土に覆われている地面をウロウロと漂っていた。
影の一つは
150cm程の小さな身体は人間と動物が融合したような歪な骨格をしており、頭蓋骨からは二本の角が生えている。サフラン色のヒマティオンから覗く足には動物の蹄が付いており、歩を進める度に土の地面に歪な跡を微かに残していた。四本の指を備えた手のひらには拳大くらいの紫色の石が握られており、まるで何かを感じ取ろうとするかのようにしきりに石を持つ手を宙に泳がせている。
そしてその横に控えるようにして立っているのは
骸骨の見た目に、全身に纏わりつく闇の粒子。フード付きの長いローブとも相まって、闇そのもののように宙を漂っている。オーバーロードの手には何も握られてはいなかったが、その代わりとばかりにローブを纏った左の上腕には『アウレリウス』と記されたバンドがしっかりと巻かれていた。
「……司書長、あちらに」
不意にオーバーロードの指先が宙を泳ぎ、徐に地面の一点を指さす。
司書長と呼ばれたスケルトン・メイジは指さされた地面に顔を向けると、ゆらり…とそちらへと歩を進めた。
オーバーロードが指さした地面は他の地面に比べて色が微妙に違っており、また異様に荒れて少し盛り上がっている。何かを埋めたようなその跡は、どうやら最近できたもののようだった。
スケルトン・メイジは何かを納得したように一つ頷くと、徐に身を屈めて手に持つ紫の石を地面に近づけた。
瞬間、石がぼんやりと輝きだす。
スケルトン・メイジは身を屈めた体勢のまま微動だにせず、ただ静かに何事かを呟き始めた。
暫くの間、二つの異形のみが佇む闇の空間に不気味な囁きのみが響き続ける。
そんな中、変化は突然訪れた。
石が放つ淡い光の中、不意に地面から立ち上り始めた闇のオーラ。まるで火から上がる煙のように闇のオーラは徐々に濃度を増していき、またその量も急激に大きく膨らんでいった。
しかしスケルトン・メイジもオーバーロードも驚いた様子もなく、ただ静かに闇のオーラを眺めている。
闇のオーラは暫く空中を漂いさ迷った後、まるで吸い込まれる様にスケルトン・メイジの持つ石へと引き寄せられていった。
暫くの間続く、石を覆う大量の闇のオーラと輝き続ける石の光。
数分後、漸く闇のオーラが全てなくなったところで石の光も徐々に消えていった。スケルトン・メイジは徐に屈めていた体勢を元に戻すと、次には感嘆のため息を小さく吐き出した。
「……ふむ、どうやら上手くいったようだ。流石は偉大なる至高の御方」
「それでは次に参りますか?」
「そうだな。守護者統括にも報告する必要がある。他の場所もさっさと終わらせてナザリックに帰還するとしよう」
オーバーロードの言葉にスケルトン・メイジは鷹揚に頷いて返す。
二つのアンデッドは深い闇を身に纏うと、次の瞬間にはその場には何一つ残ってはいなかった。
ナーベラルとハムスケとンフィーレアが空気っ!!
特にハムスケは久しぶりに喋らせる予定だったというのに……っ!!
う~、上手くいきませんね……(泣)
*今回の捏造ポイント
・死の花嫁《コープスブライド》;
レベル60台のアンデッド。暗殺特化と魔法特化の2種類があり、どちらも『他者を魅了して連れ合いを得ようとする』という設定があるため、〈支配〉や〈魅了〉といった精神攻撃を仕掛けてくる。干からびて骨と皮のみとなった黒ずんだ身体に、黒くボロボロなウェディングベールとウェディングドレスを纏っているが、左手の薬指の指輪のみ美しい白銀の煌めきを保っている。両手で持っている青白い小振りなブーケの下の部分は、暗殺特化は銀色の剣の刃になっており、魔法特化は細く長い木の柄になっている。