とはいえ、今回は少し短めです……。
次回も少しでも早く更新できるように頑張ります!!
「――……一体何を考えておられるのか!?」
大きな天幕の中で鋭い怒声が響き渡る。
ここは
色とりどりで大小様々な天幕が並び立つ基地内にて、ただ一つだけある榛色の天幕に七人のエルフたちが集って顔をつき合わせていた。
天幕内にいるのは、前線を任されているエルフ軍の各最高部隊の長たち。
前線部隊の総指揮官を務めるクローディア・トワ=オリエネンスを筆頭に、
先ほどから声を荒げているのは導手第一部隊隊長のオルディン・ヴェル=ストラーダ。
唯一椅子に腰かけているクローディアに向け、オルディンは切れ長の灰緑の双眸を更に鋭くつり上げて顔も厳めしく顰めていた。
「……クローディア様、愚かなことはおやめ下さい。今王に刃を向けて何になりましょうか?」
「いいえ、今だからこそです。むしろ遅すぎたくらい……。そもそも、もっと前に王を何とかしていれば、今のこの争いもなかったはずです」
「しかし現実は変わりません。現在我々は法国と争っており、戦況は芳しくない。もはや王の力が最後の砦と言っても過言ではない。その王を敵に回すなど、愚かとしか思えぬ」
「ストラーダ殿、そのくらいにしては如何か。ストラーダ殿の考えも一理あるが、あまりにも言葉が過ぎよう」
怒涛の勢いで畳みかけてくるオルディンに、クローディアよりも早く我慢の限界に来たらしいナズルが間に割って入ってくる。その顔は見るからに不愉快そうに顰められており、クローディアは庇われた身ではあるが苦笑を禁じえなかった。浮かんでいる表情や彼の性格からして、恐らく『何も知らないくせに知ったような説教を垂れるな』とでも思っているのだろう。
思い返してみればオルディンとナズルは元々相性自体が悪いようで、以前から事ある毎に衝突しては言い争っていた。
オルディンはエルフ軍の中でも古参に位置し、何かと口煩かったり頑固な部分がある。そのため若い兵たちには特に敬遠されがちであるらしく、今回のことは仕方がないこととはいえ、どちらにしろこの二人は特に衝突する確率が高かったのだろうと今更ながらに思い至った。
未だ睨み合い言い争う二人を見つめながら、クローディアは心の中で『さて、どうしたものか……』と頭を悩ませた。
この場は人払いをされているため、ここでさっさとペロロンチーノたちのことを話せば良いのかもしれないが、しかし本人たちがいないところで話したところで果たして信じてもらえるのかクローディアには自信がなかった。
クローディアは王の娘の一人ではあるが、逆に言えば自分には“王の娘の一人”という立場しかない。自分以外にも王の子供は多くいるし、いくら前線の総指揮を任されているとはいえ自分は未だ隊長格の者たちから絶対の信頼を得てはいないことを自覚していた。
しかしこのまま黙っていても話が進まないのも事実。
クローディアは少しの間思案すると、意を決して口を開いた。
「ストラーダ殿、忠言には感謝します。しかし、やはり今でなければならないのです。そのための助力も既に得ました」
「……助力……?」
「それは一体……?」
クローディアの言葉に、オルディンだけでなく他の魔光や聖光の第二部隊隊長たちも訝しげな表情を浮かべる。
どういうことかと一様に疑問の視線を向けられ、クローディは一度生唾を大きく呑み込んだ後に改めて口を開いた。
その時……。
『失礼します! 閃牙第一部隊所属のカータ・ファル=コートレンジです! 会議中に申し訳ありません、クローディア・トワ=オリエネンス殿下に至急お耳に入れて頂きたいことがあります!』
「……カータ……?」
「構いません、入ってきて下さい」
不意に外から聞こえてきた大きな声。
入室の許可を与えれば、一拍後にナズルによく似た青年が足早に天幕内へと入ってきた。一度入り口のところで一礼し、すぐさまこちらに近づいてくる。
カータはクローディアの傍らで立ち止まると、『失礼します』という言葉と共に身を屈めて耳元に口を寄せてきた。
「……先ほど、件の方々がお見えになりました。ご命令の通りに殿下の天幕にご案内し、今はそちらでお待ち頂いております」
「そうですか……。ありがとうございます」
小声で言われた言葉に、途端に大きな緊張が全身に襲いかかってくる。全身の肌は粟立ち、冷たいものが背筋を駆け抜け、喉がヒクっと小さく震えた。
しかしクローディアはそれらの衝撃が他者の目に見えぬように咄嗟に拳を握りしめて全身に力を込めた。
一度カータに小さく頷き、次にこちらを見つめているナズルとシュトラールとノワールに目を向ける。四人の視線は強くかち合い、数秒後に四人共が無言のままに大きく頷いた。
「……先ほど言った“助力”の方々が来たようです。皆にも紹介しましょう。今から私についてきて下さい」
サッと椅子から立ち上がり他の面々に目を向ける。魔光と聖光の第二部隊隊長二人は困惑の表情を浮かべて互いに顔を見合わせており、導手第一部隊の隊長は無言のまま鋭い視線をこちらに向け続けている。しかし拒否の言葉はその唇からは出てこず、クローディアは承知されたのだと判断してさっさと天幕を出ることにした。
足早に歩き始めるクローディアに、ナズルとシュトラールとノワール、そしてカータもすぐさま付き従って足を踏み出す。他の面々も一拍遅れて足を動かし始め、彼らは榛色の天幕を出るとクローディアを先頭に基地の奥へと歩み進んでいった。
クローディアが向かっているのは自身の天幕。
そこで待っているはずの存在を思い浮かべて緊張感を強めながら、しかし歩む足の速度は少しも緩めない。
やがて目的の天幕の前まで辿り着くと、クローディアは『失礼します』という言葉と共に中へと足を踏み入れていった。その後を、ナズルとシュトラールとノワールとカータは当たり前のように続いていく。ただ他の隊長たちだけが『何故無人の自分の天幕に入るのに声をかけたのだろう?』という表情を浮かべて首を傾げていた。
しかしそんな彼らも、天幕の中に入ってすぐに目に飛び込んできた存在に全身を強張らせることになった。
「やぁやぁ、ご機嫌麗しゅう、お姫様! 今日も相変わらず可愛いね……て、あれ?」
無人であるはずの天幕の中にいたのは六体の異形。
黄金色の
どこからどう見ても異様な存在であり異様な光景。
加えて目の前の異形たちはどれもが信じられないほどの威圧感を身に纏っていた。
唯一真っ白な悪魔だけはそれほどでもなかったが、しかしそれはあくまでも“他の異形たちに比べれば”という注釈が付く。自分たちと比較すれば、その真っ白な悪魔も相当な力を持っていることがヒシヒシと感じ取れた。
異形たちは先ほどの自分たちと同じように、バードマンだけが豪奢な椅子に腰かけ、それ以外の異形たちは全員バードマンの周りに控えるように立っている。バードマンは黄金の仮面に覆われている顔を順に自分たちに向けると、最後に再びクローディアに顔を向けて小さく首を傾げてきた。
「……まさか初っ端から新顔が登場するとは思わなかった。それも三人も……。えっと、これって大丈夫な状況?」
その身から発せられる絶対的な威圧感に反し、バードマンの嘴から零れ出る声と言葉はどこまでも軽い。
誰もが思わず言葉をなくす中、クローディアは我に返って口を開きかけ、しかしその前に甲高い声が空気を切り裂いた。
「こっ、これは一体どういうことなんだっ!!?」
叫び声にも似た声を上げたのは聖光第二部隊隊長ルーチェ・エクト=グランツ。
各部隊の隊長たちの中で最年少である彼女はクローディアよりも更に若く、見た目の年齢は15歳ほど。未だ幼さの抜けない大きな空色の瞳を驚愕に目一杯に見開き、小刻みに震える人差し指で目の前の異形たちを指さしていた。
「なっ、なっ、何故異形が、こんなところに……!! それに何故あのダークエルフの子供は色違いの瞳をしている!? それは王家の証だぞっ!! もしやこれは何かの罠かっ!? クローディア様、ここは危ない!! 早くここから離れるのです!!」
「い、いえ、待って……、グランツ隊長。少し落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられますか! ええいっ、貴様らは何故動かん!! 異形が目の前にいるんだぞ、さっさとクローディア様を守る行動をせんかっ!!」
「……わぁ~、元気いっぱい」
ルーチェの慌ただしい言動に、バードマンが何とものんびりとした声を零す。
瞬間、ルーチェがキッとバードマンを鋭く睨むものだから、クローディアは恐怖で一気に血の気を引かせた。異形たちの機嫌を損ねて計画が全てなかったことになるのも困るが、何よりこの場にいる者たちが危害を加えられないかと恐怖が湧き上がってきた。
しかし幸いなことにバードマンは気分を害したような素振りは見せない。それどころか小さくピクリと反応した何体かの異形たちを、軽く片手を挙げることで制してすらいた。
「う~ん、その女の子の様子からして、まだ詳しい説明は出来ていない感じかな?」
「はい、申し訳ありません。……王を倒すという行動を起こすにも、まずは“それができる”ということを彼らに理解してもらわねばなりません。しかし私の言葉だけではそれは難しく……全ては私の力不足によるものです」
「あ~、なるほど……。まぁ、君たちにとって王様はすっごく怖い存在みたいだからね。説得に手間取るのは仕方がないことだと思うよ」
「……お心遣い、感謝します」
どこまでが本音なのか……、気安い様子でこちらを理解しているような言葉を言ってくるバードマンに、クローディアは深く頭を下げながらも内心では訝しんだ。異形に他の種族の考えが分かるのか……という疑問もあるが、何より異形が他種族に対して寄り添うような言動をとること自体が不気味だった。
そこでふと、バードマンの狙いはこちらの懐柔なのかもしれない、という考えが頭を過ぎる。
誰でも、自分を理解し優しい言葉をかけてもらえるのは嬉しいことだ。相手が同族であろうと異形であろうと……、いや、今回の場合はむしろ異形であるペロロンチーノだからこそ効果が絶大だと言えるのかもしれない。強大な力を持ち、こちらのことを何とも思っていない異形たちが多くいる中で、唯一温和で話が通じ、こちらのことを理解してくれる存在がいるという状況。しかもその異形は、他の異形たちを抑えることができるだけの立場と力を持っている。それを目の当たりにしている中でその異形から優しい言葉までかけてもらえているという状況は、その異形に心を許し、頼り、最悪依存してしまう可能性をもたらすのではないだろうか……。
そこまで考えて、クローディアは思わず強く奥歯を噛み締めた。
絶対に心を許さないようにしなければ……と心の中で自身に強く言い聞かせる。
この異形をある程度頼ることは良いだろう。逆にこちらが思う通りに利用できるのであれば素晴らしいことだ。しかしこちらが心を許し、この異形に依存してしまえば、その先に待つのは悪夢よりも酷い地獄かもしれない。自分はまだしも、他のエルフ王国の者たちをそんな地獄に巻き込むわけにはいかなかった。
クローディアは強い決意を胸に宿らせると、周りに気付かれないようにそっと大きく深呼吸した後に下げていた頭をゆっくりと上げた。
視界には余裕のある態度でこちらを眺めている異形たち。そしてそんな彼らに、ルーチェは緊張に顔を強張らせながらも臨戦態勢を取っており、魔光第二部隊の隊長はオロオロと異形とルーチェを交互に見やり、他の隊長たちは顔を顰めながら異形たちを睨み付けていた。
クローディアはそっと両手の拳を握りしめると、できるだけ堂々として見えるように背筋を伸ばして胸を張った。
「グランツ隊長、下がってください」
「っ!!? ……で、でも……!!」
「大丈夫です。お願いですから、下がってください」
「……………………」
声に力を込めて再度お願いすれば、ルーチェは苦々しい表情を浮かべながらも無言のまま一歩二歩と後ろに下がっていく。それに、今までオロオロとしていた魔光第二部隊の隊長がすぐさま彼女の小さな身体に手を伸ばして抱き寄せ、自身も後退って異形たちから距離をとらせた。
クローディアは横目に二人の様子を確認すると、改めて視線を椅子に座るバードマンへ向けた。
「お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いやいや、そんなに謝らなくても大丈夫だよ。うん、やっぱり大変だよね、その…いろいろと……」
最後の部分が微妙に濁されたような気がして思わず小さく首を傾げる。
しかしバードマンはクローディアから視線を外すと、その背後に立つ各隊長たちに視線を巡らせた。
「えっと、それで……王様を倒すつもりだって話はしたんだっけ? このまま自己紹介しても良い感じかな?」
「……あっ、……は、はい、まずはこちらから紹介させて頂ければと思います」
軽い口調で確認してくるバードマンに、クローディアは慌てて二、三度頷く。それでいて二歩ほど前に進み出て異形と隊長たちとの丁度中間辺りに立つと、まずは隊長たちの方へ顔を向けた。
「ストラーダ隊長、グランツ隊長、オズリタース隊長、彼らが先ほど言っていた王を倒すために助力をして下さる方々です。彼らは王を倒した後も、法国を倒すために力を貸して下さいます。……異形の方々、この者たちは私たちの軍にある各部隊の隊長を務める者たちです。右から、導手第一部隊隊長オルディン・ヴェル=ストラーダ、魔光第二部隊隊長シャル・イン=オズリタース、聖光第二部隊隊長ルーチェ・エクト=グランツ。後の者たちについては既に知っていらっしゃるかと思います」
「ありがとう、クローディアちゃん。じゃあ次は俺たちが自己紹介する番だな。俺はペロロンチーノ。まぁ、見て分かる通りバードマンだよ。それから彼らは俺と俺の友人たちに忠誠を誓ってくれている子達で、右から
再び呆然となる隊長たちに気が付いているのかいないのか、ペロロンチーノは変わらぬ口調と態度でそう自己紹介を締めくくる。
クローディアはアウラについてもう少し話を聞きたいという衝動を何とか抑えると、話しを進めるために再度口を開いた。
「ペロロンチーノ、さま、ありがとうございます。……それで、そもそも何故こういう形になったのかという経緯なのですが……」
前置きと共に隊長たちに向けて話し始めたのは、そもそもの経緯とペロロンチーノたちと交わした仮契約の内容。彼らとどうやって知り合い、何を話し、どういった結論に至ったのか。加えてペロロンチーノの方からも、何故自分たちがクローディアに協力を持ちかけたのかという理由を説明してくれ、隊長たちも途中から真剣な表情を浮かべてそれらを聞いてくれていた。
そして説明が終わって一拍後……。
天幕内が一気に静寂に包まれる中、初めに口を開いたのはルーチェだった。
「……俄かには信じ難い話だが……、やはり罠ではないのか? おい、どうなんだ。我々を騙しているのではないだろうな!」
「ちょっと、至高の御方に対して無礼過ぎない? 法国の前にあんたたちを滅ぼしても良いんだけど」
「っ!!」
「あ~、ほらほら、喧嘩しないの。まだ俺たちへの信頼はゼロなんだから仕方ないって」
「……ぅ……、ペロロンチーノ様が、そうおっしゃるなら……」
バードマンが軽く諌めたことでダークエルフの子供の勢いはみるみるうちに萎んでいき、しゅんっと両肩を落として顔を伏せる。見るからに落ち込んだような様子に、バードマンは黄金色の籠手で覆われている手を子供の頭にそっと乗せた。ゆっくりと頭を撫で始めるバードマンに、途端にダークエルフの子供が顔を上げる。
「でも、アウラの気持ちは嬉しかったよ。ありがとね」
未だ頭を撫でながら言われた言葉に、ダークエルフの子供は色違いの大きな目を更に大きく見開いた後、次にはぱあぁぁっと輝かんばかりの笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます、ペロロンチーノ様! ……えへへ」
褐色の肌でも分かるほど頬を紅潮させて照れたような笑みを浮かべる子供に、そのような場合ではないのにこちらまでほんわかとした気持ちになってくる。
他の異形たちも微笑ましそうにそれを見つめる中、ただ一人銀色の美少女だけが不満そうな表情を浮かべてバードマンに縋りついた。
「ペ、ペロロンチーノ様! わらわも、わらわもムッとしたでありんす! ペロロンチーノ様に不敬を働く輩は一匹残らず殺してやるでありんす!」
「ぐっふっ……!! ぐうかわっ! なにこれ必死になっちゃう姿とか天使か!? ウチの子が可愛すぎて死ねる……!!」
突然目の前でイチャつき始めた異形たちに、どう反応して良いのか分からず思わず困惑する。それでなくても“可愛らしい美少女と子供にイチャイチャと縋りつかれるバードマン”という構図が何とも奇妙でアンバランスなようにクローディアたちの視界には映った。しかしバードマンはそんなクローディアたちの様子に気が付いていないのか、意気揚々と自身に縋りつく二人の頭を撫でて明るい声をかけている。
暫く沈黙の中で異形三人だけがイチャつく中、異形側もこのままでは駄目だとでも思ったのだろう、黄色の軍服を纏った異形が徐にバードマンのすぐ傍らまで歩み寄った。
「ペロロンチーノ様、お楽しみ中のところ大変申し訳ありませんが、今はこちらの話を進められませんと……」
「……あっと、そうだった、この子たちが可愛くってつい。待たせちゃってごめんね」
「い、いえ……。それで、あの……」
「うん、まずは誤解を解かないとね。まず大前提として、俺たちは君たちを騙すつもりは全くないよ。さっきも言ったように、俺たちも法国には苦汁を嘗めさせられたからね、放っておくつもりはないんだ。ただ、俺たちは法国のことをまだ殆ど知らない。その状態で手を出すほど俺たちは馬鹿じゃない。……感情のままに手を出して、この子たちを傷つけてしまったら本末転倒だからね」
「……………………」
「だから俺たちとしては、ずっと法国と戦ってきた君たちの存在が必要なんだよ。君たちからしてみれば俺たちに利用されているような感覚がするんだろうけど、それと同じように君たちも俺たちを利用してくれればいい。それなら君たちも俺たちも旨味があってWin-Winだろう?」
軍服の異形に諌められたためか、居住まいを正したバードマンから簡潔な説明を受ける。
その説明は非常に分かりやすく、疑いの目を向けている隊長たちの耳にもすんなりと入っているようだった。導手第一部隊隊長は流石に未だ厳しい表情を浮かべているものの、魔光と聖光の第二部隊隊長はいつの間にか大分表情を柔らかなものへと変えていた。
「それで、これからの行動についてだけど、そっちは王様を倒す組と、その間に前線を守る組で分かれるんだよね? 俺たちもその二つの組にそれぞれ加わるよ。王様討伐組には俺とシャルティアとパンドラズ・アクター。前線守護組にはアウラとニグンとコキュートスがそれぞれ加わる予定だ。といっても、前線守護組は基本的には君たちの力を見極める目的の方が強いから、あまりこちらには頼らずに頑張ってね」
「……………………」
仮面に覆われているため表情は分からないはずなのに、バードマンがにっこりとした満面の笑みを浮かべているのが何故か分かる。
それに反して発せられる声には有無を言わせぬような強い圧力が宿っている様に感じて、クローディアは無言のまま頷くことしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆
深い森林の中をエルフの一軍がものすごいスピードで駆けていく。
彼らは全員見慣れぬ獣の背中に跨り、草木が生い茂る道なき道を苦も無く突き進んでいた。
エルフたちが乗っているのは一見豹のような獣。しかしその大きさは3メートル以上あり、黒に白斑のある長い胴体には六本もの脚が生えていた。普通の猫科の動物に比べて指や爪が長く、それらを使って土や木の枝をガッチリと掴んでどんな悪路も難なく駆け抜けていく。
この獣の名は“
攻撃的な見てくれに反して性格は大人しく、どちらかというと物理攻撃よりも精神攻撃や状態異常の攻撃を得意とする妖獣だ。
ペロロンチーノは漂うように遥か上空を飛びながら、土煙一つたてずに森の中を駆けるエルフたちを呑気に眺めていた。
「いや~、まさかチャームファルスが出てくるとは思わなかったな~。あいつらに乗れるのも知らなかったし……」
「ですが、あまりに弱すぎでありんせんでありんすか?」
「まぁ、ユグドラシルのレベルで言えばそうだけど、この世界の基準で考えればそこそこじゃないかな。確かチャームファルスってレベルは10台くらいだったはずだ」
「レベル10台……。本当に貧弱な世界でありんすねぇ」
ペロロンチーノと同じように優雅に宙に浮かんでいるシャルティアが小さな笑みを浮かべてエルフたちを見下ろしている。その紅色の双眸には見るからに嘲りの色が宿っており、エルフたちを見下しているのが容易に分かるものだった。
「気持ちは分かるけど油断は禁物だよ、シャルティア。クローディアちゃんの話だと王様は勿論のこと、その側近たちも結構強いみたいだからね。大丈夫だとは思うけど、気を引き締めていこう」
「はい、畏まりんした、ペロロンチーノ様」
宙に浮いた状態でシャルティアが優雅にスカートの裾を摘まんで頭を下げてくる。
その美しくも可愛らしい姿にペロロンチーノは隠すことなく『グッジョブ』と親指を立てると、次には〈
「パンドラ、ちょっと一足先にエルフ王国の王都まで行って様子を見てきてくれないかな? やり方は任せるし無理はしなくて良いからさ、できる範囲でしてきてもらえる?」
「かっしこまりましたぁぁ、ペロロンチーノ様ッ!! それでは、行って参りますっ!!」
強すぎる抑揚で承知の言葉を発しながら、パンドラズ・アクターはビシッと勢いよく敬礼してくる。次にはものすごいスピードで王都の方向へ飛んでいくのに、ペロロンチーノとシャルティアは若干生温かさが宿る目でその後ろ姿を見送った。
暫く遠ざかっていく影を見守った後、徐に視線をエルフ軍へと戻す。
無言のまま暫く見つめると、ペロロンチーノは何かを振り切るように視線を断ち切ってシャルティアに合図を送ってから勢い良く大きく翼を羽ばたかせた。
所変わって再びエルフ軍の前線基地。
クローディアたちが率いる王討伐軍を見送ったノワールとシャルとルーチェとカータの四人は、再び榛色の天幕に戻って今後についての作戦会議を行っていた。
しかし天幕の中はいつもと違い、今は複数の異形たちがまるで観察するかのように無言でこちらに視線を向けている。これにはいくら隊長クラスのエルフたちといえども強い居心地の悪さを感じ、どうにも口も重たくなって話がスムーズに進まなくなっていた。
「何でこんなに話の進みが遅いわけ? さっさと方針なり作戦なり決めて準備するべきじゃない?」
なかなか進まない会議に業を煮やしたのか、ダークエルフの子供が眉を顰めて愚痴のような言葉を零し始める。
『誰のせいだ……!』とカータたちが心の中で悪態をつく中、まるでそれを諌めるように白の悪魔がダークエルフに声をかけた。
「アウラ様の言葉は尤もですが、優れた統治者やまとめ役がいなければ話し合いというものはうまく進まぬものなのですよ。我らには常に御方々がいて下さいますし、御方々がいらっしゃらない場合にも統括様やデミu……ゴホンッ、第七の守護者様がいらっしゃいます。優れたまとめ役がいるのといないのとでは雲泥の差が出るということなのです」
「ふ~ん。まぁ、確かに……言われてみれば、あたしたちもこのメンバーだけで動くってなると、いろいろ意見が分かれて上手くいかなくなることもあるかもね」
悪魔の言葉に納得したように頷き、ダークエルフは天幕の中にいる異形たちへと目を向ける。
カータはチラッと天幕の隅にいる異形たちを見やると、内心で大きく首を傾げた。
前線基地に残った異形はダークエルフの子供と白色の悪魔、そして青白い巨大な蟲のような異形の三体。見た目だけで考えれば仕切り役は白色の悪魔か蟲の異形だろうと思われたが、悪魔の口調からしてどうやら彼はダークエルフや蟲の異形よりも格下であるようだった。であれば、蟲の異形が仕切り役になるのではないだろうか……とカータは実際に小さく首を捻る。
しかしそんなカータの予想に反し、異形たちはむしろダークエルフの子供が中心になって話をどんどんと進めていた。
「今回の戦場は森の中だし、目的も観察が主だからあたしが指揮しても良いよね?」
「アア、ソレデ構ワナイ。森ノ中デノ戦闘モ観測モオ前ノ得意ナ分野ダカラナ。ニグンモソレデ構ワナイナ?」
「はい、勿論です」
蟲の異形からの確認の言葉に、白の悪魔も当然のように頷いている。
スムーズ過ぎる異形たちの話し合いにカータが思わず彼らを凝視する中、いつの間にか他のエルフたちも興味深げに異形たちを見つめていた。
しかし異形たちはその視線に気が付いているのかいないのか、こちらを気にする素振りすら見せずに更に自分たちだけで話を進めている。
やがて話が大体まとまったと分かった頃に漸く異形たちがこちらを振り返ってきた。
「……あれ、何してんの? そっちの話し合いはすんだわけ?」
こちらに向けられているダークエルフの子供の顔にはこちらを嘲るような色がありありと浮かんでいる。見るからにこちらを挑発しているような表情と態度に、カータは思わず顔を顰めた。
自分の顔が苦々しい表情に歪んでいるのが鏡を見なくても分かる。
しかしどうにも表情を普通に戻すことができず、カータは一つ大きく深呼吸することで何とか気持ちを落ち着かせようと試みた。
そんな中、不意に外が慌ただしくなり、間髪入れずに大きな声が外から聞こえてきた。
『会議中に失礼します! 法国の軍が進軍してきましたっ!!』
「なにっ!!?」
兵からの報告に大きく反応したのは聖光第二部隊隊長のルーチェ。
彼女は弾かれたように勢いよく天幕を飛び出すと、それに魔光第二部隊隊長のシャルも慌ててその背を追いかけた。
しかしノワールはこれといった反応も見せずに彼女たちを無言のまま見送っており、そのためカータもその場に踏み止まってノワールを見つめた。
「あなたは見に行かなくていいの?」
カータと同じようにノワールを見やり、ダークエルフの子供が小さく首を傾げながら問いかけてくる。
純粋な不思議そうな表情を浮かべている子供に、ノワールは無表情のまま首を振ってみせた。
「あの二人が行ったのなら、取り敢えずは大丈夫。彼らが対応している間にこちらは万全の状態に準備をしておいた方が良い」
「ふ~ん。まぁ、それでいいのならこっちも別にそれで構わないけど」
「シカシ、随分トタイミングガ良イナ……。マルデコチラノ動キガ全テ把握サレテイルヨウダ」
「恐らく本当に把握されているのでしょう。聖典の中には、そういったことを得意とする部隊もありますので」
蟲の異形の言葉に、白の悪魔がすぐさま反応して大きく頷く。
迷いのないその言動に、カータは再び小さく首を傾げた。この白い悪魔が何故こうも法国の……それも聖典に詳しいのかが疑問だった。
聖典の存在は法国の中でも隠されている部分が多くあり、法国以外の外部からすれば噂程度にしか情報は流れてこない。実際に対峙している自分たちですら聖典についてはそれほど分かっていることはないのだ。
それなのに白い悪魔はどうやって聖典の情報を入手したのか……。
ノワールもカータと同じことを考えていたのだろう、感情が読み取れぬ蒼い瞳を真っ直ぐに悪魔へと向けた。
「そちらの方は随分と聖典について詳しいようだ。どこからその情報を得たのか聞いても構わないだろうか?」
「……………………」
ノワールの質問に、悪魔は無言のままダークエルフと蟲の異形へ視線を向ける。
恐らく話して良いものかと無言のまま確認しているのだろうが、その行動そのものが、この悪魔が法国の聖典について多くの情報を持っていると言っているようなものだった。
しかしこちらからあまりしつこく聞いては、いつ異形たちの機嫌を損なうか分からない。
大人しく無言のままあちらの返答を待っていれば、悪魔の視線を受けたダークエルフの子供が一つ頷いて改めてこちらに顔を向けてきた。
「残念だけど、そういったことを教えて良いっていう許可は貰ってないの。知りたいなら、まずはペロロンチーノ様に御許可を頂かないとね」
「そのペロロンチーノ様とやらから、この場を一任されたのだろう? ならば、あなたたちで判断するべきでは?」
「勘違いしないでほしいんだけど、あたしたちが任されたのはあくまでもあなたたちと法国との戦いについてだけ。それ以外のことについては、あたしたちだけの判断で迂闊なことはできないの。当然でしょう?」
どうやらそう上手くはいかないようで、ダークエルフの子供はにべもなくノワールの言葉を跳ねのけてみせる。これでは情報一つ探るだけでも骨が折れそうだ。
カータが内心で舌打ちする中、一切表情の変わらぬノワールは異形たちの対応を気にした様子もなく小さく頷いた。
「そうか、分かった。ではそろそろその戦場とやらに向かうとしよう。あの二人が根を上げる前に準備を進めないと……。ご同行は願えるのかな?」
「それも残念、無理だね。あたしたちはここで待機しながらあなたたちの力とやらを見定めさせてもらうよ」
どこまでも非協力的な態度に、一気に頭に血が上る。
思わず大きく口を開きかけ、しかし何かを口に出す前にダークエルフの子供がこちらに掌を突き出してきた。
「一応言っておくけど、一緒に行かないのはあなたたちのためだよ。あなたたち以外のエルフたちにあたしたちの姿を見せて混乱させるわけにはいかないし、落ち着いた状況でないとあなたたちを冷静に観察することもできないでしょう?」
「……っ……!!」
ダークエルフの子供の言葉に、カータは思わず言葉に詰まって唇を噛んだ。そう言われてしまっては、こちらとしては何も反論することができない。
思わず顔を顰める中、不意にノワールがこちらを振り返ってきた。付いてくるように軽く合図を送ったとほぼ同時に天幕の外へと足を踏み出す。
カータはチラッと異形たちを見やった後、半ば無理矢理視線を剥がしてノワールの背中へと駆けていった。
ノワールと共に騒がしい天幕の外へ出ると、そのまま足早に基地の南側……法国軍が来ているであろう方向へと向かう。
「……あの異形たちは信用ならない。あのバードマンがいない間は特に……。カータ・ファル=コートレンジ、あなたも注意しておいて」
「はい、承知しています」
歩む足はそのままに、不意にノワールからかけられた言葉にカータは迷いなくはっきりと大きく頷く。
睨むように前を見据えて歩を進めながら、カータの頭の中ではワザとらしい笑みを浮かべて手を振っているダークエルフの子供の姿が浮かび、どうにも離れずに暫くの間消えることがなかった。
*今回の捏造ポイント
・魅了の森猫《チャームファルス》;
神話や童話や逸話などにも出てこない完全オリジナル・モンスター。
レベルは10台。体長3メートル以上の豹のような姿をしているが、色は黒に白斑、脚は六本生えている。長い指や爪を駆使し、どんな悪路でも難なく駆けることができる。攻撃的な見た目に反して性格は大人しく、物理攻撃よりも精神攻撃や状態異常の攻撃を得意としている。
【オリキャラ編】
・ルーチェ・エクト=グランツ:
エルフ軍の聖光第二部隊の隊長。
各部隊の隊長たちの中でも最年少。
正義感が強く、良くも悪くも熱い性格。
自身の中の正義の基準に当てはまるのであれば、相手が人間や異形であろうと親しみを持って接する(ある意味)純粋な性格の持ち主。
・シャル・イン=オズリタース:
エルフ軍の魔光第二部隊の隊長。
いつもオドオドとしており、根暗でネガティブ思考。
過去にルーチェと関わりがあったようで、彼女に対してのみ異常な執着心を見せる。
・オルディン・ヴェル=ストラーダ:
エルフ軍の導手第一部隊の隊長。
エルフ軍の中でも古参の一人であり、厳格な性格で口煩く頑固な部分がある。
若い兵士たちには苦手意識を持たれている。