世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第5話 謎の集団

 村長の家に招かれたモモンガとウルベルトは、そこで今回の報酬であるこの世界の情報を受け取っていた。最初はまるで生贄となる子羊のような恐怖と懇願の表情を浮かべていた村長も、モモンガやウルベルトと話すにつれて落ち着いてきたようだった。

 因みにここにいないペロロンチーノはエンリとネムに付き添って村の作業を手伝っている。最初は村人たちに恐怖から全力で断られていたのだが、彼の人好きするような雰囲気と姉妹の口添えもあり、何だかんだで今では大分受け入れられているようだ。目の前の村長や姉妹にも言えることだが、この村の人間は随分と柔軟な精神を持つ者が多いらしい。いや、同じ人間に襲われて異形に助けられたというのもあるのかもしれないが、どちらにしろモモンガたちにとっては実に都合の良いことだった。

 モモンガはテーブルを挟んで村長の前に座り、ウルベルトは棚に飾られている物を眺めながら立ったまま村長の話に耳を傾けている。できるだけ冷静に話を聞くよう努めてはいたが、村長が話す内容は全てが聞いたことがないものばかりでモモンガたちを困惑と驚愕の海に沈ませるものだった。

 

 まず初めに聞いたのは周辺国家について。

 ここはカルネ村と言う村で、リ・エスティーゼ王国に属する辺境の村であるらしい。近くには王国に属する他の村と、エ・ランテルという城塞都市が存在する。

 隣接する国としては、山脈を挟んで東にバハルス帝国という国があり、南にスレイン法国という宗教国家がある。更に三国の周辺には多くの国があるらしいが、残念なことに村長は詳しいことは何も知らないとのことだった。

 国同士の関係としてはリ・エスティーゼ王国とスレイン法国は交流自体が少なく、逆にバハルス帝国とは仲が悪い。城塞都市の近くにある平野で年に一度は戦争をしているらしい。今回村を襲ってきた騎士たちもバハルス帝国の紋章が刻まれた鎧を身に着けていたため恐らく戦争の影響でバハルス帝国の騎士が攻めてきたのだろうと村長は言っていたが、モモンガとウルベルトは納得しかねる表情を浮かべていた。

 

『どう思いますか、ウルベルトさん?』

『確率は2:1ってところだな。戦争中ならバハルス帝国の差し金の確率の方が高いが、スレイン法国も気になる。別に仲がいいって訳じゃないみたいだしな…』

『ですよね…。自分の素性が分かる鎧をわざわざ着て襲撃してくるのも違和感がありますし、法国からの欺瞞工作とも考えられます』

『……シャドウデーモンたちに全員殺させたのはマズかったか』

 

 村長に気づかれないように〈伝言(メッセージ)〉で会話しながら、ウルベルトが小さくため息をこぼす。

 しかし過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。今は少しでも情報を入手しようと村長の話に集中することにした。

 周辺国家の次は、使われている硬貨や周辺に生息するモンスターについて。

 端的に言ってしまえば硬貨はユグドラシルの硬貨とも現実世界(リアル)の硬貨とも違い見たことがないもので、逆にモンスターはユグドラシルに生息していたものと同じようだった。

 硬貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類があり、どうやら紙幣はないようだ。

 モンスターは魔獣の他に子鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)などの亜人もおり、世界のどこかには亜人の国家も存在するらしい。しかし魔獣や亜人、異形種はこの世界でも人間にとっては敵であるようだった。人間の世界には冒険者組合と呼ばれるギルドが存在し、冒険者たちは報酬次第ではモンスターたちを狩っているのだとか。

 モモンガもウルベルトも別にモンスターたちに仲間意識や親近感を感じている訳ではなかったが、“人間の敵”という部分に少しだけ引っかかりを覚えた。

 元々モモンガたちが所属するギルド“アインズ・ウール・ゴウン”は嫌われ者の異形種をアバターに選んだことで異形種狩りにあってしまう同胞たちを守るために設立されたギルドだった。それを思うと何とも言えない感情が湧き上がってきて、モモンガは小さく頭を振り、ウルベルトは静かに瞼を閉じた。

 

「如何されましたか?」

「あぁ、いや…、何でもない。気にしないで下さい」

 

 モモンガが軽く手を振る中、まるでタイミングを見計らったかのように外からこちらに近づいてくる足音が微かに聞こえてきた。ウルベルトの細長い耳がピクッと小さく動く。動物的な動きにモモンガが興味深げにウルベルトの耳をチラッと見る中、外の足音が止まって扉がノックされた。

 こちらを窺ってくる村長に軽い手振りで出るように促す。村長は一度頭を下げると足早に歩いて扉を押し開けた。扉の前には村人の男が一人立っており、気遣わし気に村長やモモンガたちへと視線を走らせた。

 

「村長、お話し中に申し訳ありません。葬儀の準備が整いましたが…」

 

 途中で言葉を途切らせ、再度視線をこちらへと向けてくる。無言の彼が何を言いたいのか理解し、モモンガは一つ頷きながら努めて柔らかな声音を意識した。

 

「構いませんよ。我々のことを気にする必要はない」

「…ありがとうございます。ではすぐに行くとみんなに伝えてくれ」

 

 村長は少しだけ表情を緩めると、次には目の前の男に声をかけた。男も少しだけ表情を緩め、一つ頷いて踵を返す。

 もう一度礼を言って家を出て行く村長を見送り、モモンガはゆっくりと椅子から立ち上がった。

 ウルベルトはじっとモモンガを見やり、しかし何かに気が付いたように扉の方へと顔を向けた。

 どうしたのか問いかける前に、扉が外側から開かれる。

 現れたのはペロロンチーノで、何故か項垂れた様子で部屋の中へと入ってきた。

 

「どうしました、ペロロンチーノさん?」

「…エンリちゃんとネムちゃんの親御さん、助けられなかった」

 

 約束したのに…と顔を俯かせるペロロンチーノに、ウルベルトは大きなため息をつき、モモンガは小さな苦笑を零した。

 

「仕方ありませんよ。俺たちが来た時には既に殺戮は進んでいましたし、既に死んでいたのかもしれません」

「それはそうですけど…」

「諦めろ。俺たちはやれることはやった」

 

 モモンガの慰めの言葉と共にウルベルトの冷たい言葉が飛んでくる。

 しかしモモンガもペロロンチーノも何も言わなかった。

 未だこの世界について知らぬことが多くあり余裕のない自分たちには、できることなど数えるほどしかない。いくら力があって有用なアイテムがあったとしても、情報も余裕もなければそれを使うという選択肢すら浮かばない。ナザリックを含めた自分たちの未来と他人の親の命など、天秤にかけるまでもなかった。

 こんな事を考えてしまうのは自分たちが異形になってしまったからなのか、はたまたそれほどの残虐性が自分たちにあったのか…。

 どこか憂鬱とした重たい空気が漂う中、気分を変えるようにモモンガが口を開いた。

 

「…村長や村人たちは葬儀に行っちゃいましたし、折角だから村の中でも見て回りましょうか。俺もウルベルトさんものんびり見て回る時間はなかったですし」

「そうだな、そうするか」

「あっ、じゃあ俺が案内しますよ」

 

 モモンガの提案にすかさず二人が賛同する。

 すっかり消えた重たい空気の名残を完全に振り払い、三人は並ぶように村長の部屋を後にした。ペロロンチーノを先頭に、小さな村の中を散策する。

 村人たちからしてみれば、どこにでもあるような村の中を散策して何が楽しいのかと疑問に思うことだろう。しかし自然と言うものを知識やネットの中でしか知らないモモンガたちにとって、実際に自然を肌で感じられることだけでも非常に興味深く楽しいものだった。

 ユグドラシルなどのDMMO-RPGであっても、完全に自然を表現することなど不可能だ。加えて視覚は良いとしても五感全てで仮想世界を体感させるなど、技術的にも不可能である。

 と言うわけで、三人は三人らしく五感全てを使って思う存分自然と言うものを楽しんでいた。

 爽やかな風はひんやりとした温度だけでなく土や草の匂いを運んでくる。

 降り注ぐ太陽の光が優しい温度で身体を温めてくれる。

 風に揺れる麦や木々の動きと音が目と耳を楽しませてくれる。

 だんだんと朱に染まっていく空のグラデーションが視界を彩り楽しませてくれる。

 視界の端では未だ虐殺の跡が映ってはいたが、今の三人の心は自然と穏やかなものだった。

 

 

「…そう言えば、このデス・ナイトっていつまでいるんですかね?」

 

 二、三歩後ろに控えて付き従っているデス・ナイトを振り返り、ペロロンチーノが小首を傾げる。モモンガとウルベルトもデス・ナイトを振り返ると、無言で何も言わない死の騎士をじっと見つめた。

 

「そう言えば、消えてませんね」

「…俺が出したシャドウデーモンたちも消えてないみたいだ。まだ繋がりを感じる」

「この世界では一度出したら消えないんですかね?」

 

 ユグドラシルでは特別なものを除き、基本的には召喚したモンスターなどには制限時間が存在する。モモンガが創り出したデス・ナイトもウルベルトが創り出したシャドウデーモンたちも、もう制限時間をとっくに過ぎているはずだ。しかし彼らは一向に消える様子を見せず、三人は思わず複雑な表情を浮かべた。

 

 

『モモンガ様』

「ウルベルト様」

「ペロロンチーノ様」

 

「「「ん?」」」

 

 デス・ナイトをどうしようかと思い悩む中、不意に三人の目の前にシャドウデーモンと一体のモンスターが現れ、モモンガに〈伝言(メッセージ)〉が繋がった。

 シャドウデーモンと共に現れたのは人間大くらいの大きさの忍者服を着た黒い蜘蛛のようなモンスター。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と言う名の不可視化の能力を持つモンスターで、シャドウデーモンと同じく使い勝手の良いモンスターである。

 モモンガに〈伝言(メッセージ)〉を繋げてきたのは声からしてアウラのようで、いきなりのシモベたちのコンタクトにモモンガたちは一様に驚愕の表情と共に内心で首を傾げた。

 

「どうして八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がここに?」

「アルベド様の命により、後詰として馳せ参じましてございます」

「なるほど、指揮をしているのはアウラか。アウラ、それを伝えるために〈伝言(メッセージ)〉を繋げたのか?」

『いえ、それが…』

「それで、お前は何故姿を現したのかね?」

「はっ、実は…」

 

 一拍言葉を切った後、まるで示し合わせたように彼らの声が同時に報告の言葉を発した。

 

『正体不明の人間の集団が村に向かってきております』

「戦士風の人間どもが馬に乗ってこちらに接近中です」

「ご命令あれば、すぐさま殲滅いたします」

 

「「「……………ぉぅ……」」」

 

 思わぬ言葉の数々に三人の顔が大きく引き攣った。

 彼らの言い回しから先ほど殲滅した騎士共とはまた別の集団なのだろうが、それが敵なのか味方になり得る者なのか判断がつかない。

 まずは様子見だと判断するとモモンガは〈伝言(メッセージ)〉でアウラに待機を命じ、ウルベルトもシャドウデーモンと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に身を潜めて待機するよう命じた。その間にペロロンチーノは翼をはためかせ、上空へと空高く舞い上がる。一気に500メートルほどの高さまで飛ぶと、自身に〈透明化(インヴィジビリティ)〉を唱えてから周りを見回した。種族特性の一つである〈鷹の目(ホーク・アイ)〉を使って草木の隙間から地平線の彼方まで注意深く目を凝らす。

 

『ペロロンチーノさん、何か見えましたか?』

「んー、ちょっと待って下さい…。あっ、いた。確かにさっきの奴らとは違いますね」

 

 地上と朱色の空の境界線に土煙が見え、そちらに目を凝らす。アウラやシャドウデーモンの言葉通り、20ほどの騎馬が猛スピードでこちらに近づいてきていた。

 鎧を身に纏ってはいるものの先ほどの騎士たちとは違って統一感などなく、個人個人のアレンジが施されているのが遠い距離ながらもペロロンチーノには見てとれた。何となく雰囲気的に先ほどの騎士たちの仲間とは思えないが、それでも確信を持てず、こちらの味方になり得るともやはり思えない。

 やっぱり様子見だなと結論付けるペロロンチーノに、モモンガも同じ結論を出したようだった。

 

『ペロロンチーノさんは念のためそのまま上空で待機していて下さい。俺たちも村長に話した後、身を隠します』

「了解です!」

 

 ペロロンチーノは弓矢を大きく構えると、一気に目を鋭くさせた。いつでも討ち取れるように軍団の先頭を走る男に向けて狙いを定める。

 地上ではモモンガとウルベルトも行動を開始した。

 村長を探し出し、騎馬の一団がこちらに向かってきていることを知らせる。途端に不安そうな表情を浮かべて縋るような視線を向けてくる村長や村人たちに、いつの間に随分と馴染まれたものだと少し感慨深い気分になった。

 

「ご安心を。我々としても折角助けたのに目の前で傷つけられては気分が悪い。何かあればお助けしますよ」

「とはいえ、敵だと決まったわけではありません。相手を刺激しないためにも、我々は最初は身を隠しています」

「えっ、ですがそれでは…」

「我々は異形です。もし相手が味方だったとしても、我々がいたのでは逆に争いが起こるとも限りません」

 

 ウルベルトの指摘に村長は黙り込む。

 確かに一般的に異形は人間の脅威であり敵である。もし相手が敵でなかったとしても、モモンガたちの姿を見られれば無駄な争いが起こるかもしれない。いや、それだけならばまだいいが、下手をすれば異形に乗っ取られた村として潰されるかもしれないのだ。

 村長の立場としては、どんなに危険だろうとそんなことを許すわけにはいかなかった。

 

「…分かりました。我々はどうすれば良いでしょうか?」

「まず村長と二、三人の者が広場で待機。残りの村人たちは全員村長の家に身を隠して下さい。我々は村長たちが待機する場所に一番近い家の中で身を隠しています」

 

 モモンガの指示に村長や村人たちはすぐに行動を開始した。

 鐘を鳴らして全員を集め、モモンガはデス・ナイトを村長の家の死角になる場所に待機させる。ウルベルトも念のためシャドウデーモンを一体だけ密かに村長たちの護衛に着けると、村長に幾つか指示を与えてモモンガと共に近くの家の中へと入って行った。広場側の窓のすぐ下に直接腰を下ろし、チラッと広場の中央に立つ村長たちを覗き見る。彼らが恐怖から震えているのが遠目からでも見てとれ、少しだけ心配になってくる。

 しかし相手が何者なのか分からない以上、迂闊な行動を取るわけにもいかない。相手の力量もこの世界の強さの基準も未だ測り兼ねている状態であるため、透明化で彼らの傍に控えるという行動もなるべくならしたくなかった。

 果たしてこの行動が吉と出るか凶と出るか…。

 こちらも固唾をのんで見守る中、数分後にやっと騎馬の一団が姿を現した。

 綺麗な隊列を組み、真っ直ぐに村長たちの前まで進んでくる。

 彼らの姿はペロロンチーノが見たものと正しく統一感がなく、まるで戦士の寄せ集めのような集団だった。しかし綺麗な隊列や動きから単なる寄せ集めではなく、戦士集団あるいは傭兵集団のような印象を受ける。

 一体何者なのかと注意深く見つめる中、隊列の中から一人の屈強な男が前へと進み出てきた。

 茶色の短い髪に掘りの深い顔立ち。鋭い瞳が素早く村の様子を見回し、緊張で顔を強張らせている村長や三人の村人たちを見据える。

 

「村長だな。私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士たちを討伐するために王の命令を受け、村々を回っている者である」

 

 男が発した言葉に村長たちが驚きの表情を浮かべるのが見える。

 村長の話には“王国戦士長”という言葉は出てこなかったためどんな役職なのかは分からなかったが、彼らの反応からして敵ではないようだった。

 しかし油断するわけにはいかない。

 村の敵ではなかったとしても、自分たちの敵でないとは限らない。“王国戦士長”という名前から恐らく国に属する者なのだろう、人間の脅威となる異形種を見つけて放っておくとも思えなかった。

 取り敢えずこのまま様子見を続けようと目配せしあう。

 

「…どうやらこの村にも帝国の騎士たちが来たようだな。しかし、他の村より損害は少ないようだが……」

「は、はい。実は旅人と名乗る方々が助けて下さいまして…」

「なに? その旅人は何者なのだ? その者は今どこに?」

「も、申し訳ありません…。名乗るほどの者ではないと仰られて名前も教えて頂けませんでした。彼らはわたくし共を助けて下さった後、すぐに立ち去られてしまいまして」

「彼ら…と言うことは、複数だったのか?」

「はい、三人おりました」

「…三人の旅人か………」

 

 しどろもどろになりながらもウルベルトの指示通りに受け答えする村長に、ウルベルトは小さな安堵の息を吐き出した。

 何か聞かれたら謎の旅人の仕業にしておけと言っただけだったのだが、どうやら上手くいきそうだ。

 このまま納得して早く帰ってくれないだろうかと思う中、不意にペロロンチーノから二人に向けて〈伝言(メッセージ)〉が飛んできた。

 

『あの~、モモンガさん、ウルベルトさん…』

『どうしました、ペロロンチーノさん?』

『それが…、また見知らぬ団体が村を囲むような形で接近してきてるんですけど…』

『………え……?』

『…はあぁっ…!?』

 

 困惑したペロロンチーノの声に、こちらも唖然とした声を上げる。

 モモンガとウルベルトは互いに顔を見合わせると、ほぼ同時に〈転移(テレポーテーション)〉を唱えた。二人の姿が瞬時に掻き消え、一瞬の後には上空に佇むペロロンチーノの傍らに姿を現す。すぐさま〈飛行(フライ)〉を唱えて空中で静止すると、ペロロンチーノが指さす先へと視線を向けた。

 最初は分からなかったが、すぐに不自然な黒の塊を見つける。

 徐々にこちらに近づいてきている様子に自然と眉間に皺が寄った。

 

「………あれか…」

「何でしょうね…? また別の騎士団とか?」

「いや、馬には乗ってないんですよね~。それに服装からして…魔法詠唱者(マジックキャスター)?」

「えー、魔法詠唱者(マジックキャスター)オンリーの集団? そりゃあ、ユグドラシルにもそんなギルドがあったにはあったが…効率悪すぎだろ」

 

 ウルベルトが胡散臭そうに正体不明の黒い塊を見つめる。

 モモンガが真下の村を見下ろせば、どうやら王国の戦士団も謎の集団に気が付いたようだった。騒がしく村の家々に駆け込んでいる様子に眼窩の灯りを揺らめかせる。

 彼らの様子からして、どうやら謎の集団は彼らの味方ではないようだ。

 一体何者なのかと考え込むもどちらにせよ情報が足らず、考えても仕方がないと早々に考えるのを止めた。

 

「彼らが何者であるにせよ、こちらから手を出すわけにはいきません。とりあえず様子見を続けましょう」

「そうだな…。わざわざ謎の旅人の仕業にしたわけだし、あいつらの前に姿を現すわけにもいかないか」

「まぁ、俺はエンリちゃんとネムちゃんが危なくなければ何でもいいですよ。それに上手くすればこの世界での戦いも見られるかもしれませんしね」

「………お前、それでいいのか…」

 

 ウルベルトの冷たい視線がペロロンチーノに突き刺さる。

 しかしそれは幸か不幸か長くは続かなかった。

 謎の影たちから白い光が発せられ、三人の視線がそちらへと向けられる。

 こちらが話し合っている間に行動していたのか、等間隔で広がりながら大きな包囲網を築き上げた謎の集団は、その傍らに見覚えのある白い影を出現させていた。

 低空飛行する、光り輝く翼を生やした純白の天使。

 光り輝く胸当てを着け、手には紅蓮の炎を纏ったロングソードを握りしめている。

 

「あれは、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)…? この世界の人間もユグドラシルのモンスターを召喚できるのか…?」

「外見が似ているだけの別物…、と考えるのは都合が良すぎますよね……」

「と言うことは、ユグドラシルの魔法が普通に存在する世界ってことか? まぁ、ユグドラシルの魔法が使える時点で不思議ではないかもしれないが…」

 

 三人の顔に困惑の表情が色濃く浮かぶ。

 ユグドラシルでの姿でこの世界に来た自分たちがユグドラシルの魔法を使えるのは不思議ではない。しかし、この世界の住人がユグドラシルの魔法を使うというのは何とも不可思議なことだった。

 ユグドラシルはあくまでもゲームの世界であり、運営が創り上げたフィクションの世界である。この世界はユグドラシルの世界が現実になった世界ではない。ユグドラシルとは全く違う別の世界であるはずだ。それなのにユグドラシルの魔法やモンスターが当たり前のように存在するなど、こんな事があり得るのだろうか…。

 しかしどんなに不思議で納得できないことでも、今はそれを受け入れるしかない。情報を一つ一つ入手して、地道に考察していく必要があるだろう。そのためにはまず、生き残っていくことが重要だ。

 

「…全員が天使を召喚しているな。全員が信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)か?」

「信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団…。……まさか…」

 

 モモンガは小さく呟くと、骨の指を顎に沿えて考え込んだ。

 今まで集めた情報と村長から聞いた話、今の状況を全てまとめ、一つの可能性が頭に浮かび上がってくる。

 

「…ウルベルトさん、これってやっぱり法国じゃないですか?」

「さっき言ってた法国の欺瞞工作のことか?」

「はい。この村に何かあるとは思えませんし、考えられるとしたらあの王国戦士長と名乗る男が狙いじゃないでしょうか」

「ん? どういうこと?」

 

 村長の話を聞いていなかったペロロンチーノが不思議そうに首を傾げる。

 モモンガは村長から聞いた情報と共に、自分やウルベルトの考察を手短に説明した。

 王国、帝国、法国の関係性と、帝国騎士と思われていた襲撃者の違和感。突然現れた王国戦士長と名乗る男が引き連れた王国の戦士団と謎の信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団。

 全てを総合して考えると、王国戦士長と名乗る男を殺すための大きな罠に思えた。

 王国戦士長という職業が王国にとってどのくらい重要なものなのかは分からないが、ただの一兵卒とはわけが違うだろう。もしかしたらナザリックで言う領域守護者や階層守護者と同じような立ち位置なのかもしれない。もしそうならば、この男一人には相当の価値があるということだ。

 男の言によるとこの村を襲っていた騎士団は近隣の村も襲撃していたらしく、その全てが囮である可能性が大きかった。

 

「なるほど、そう考えれば結構しっくりくるな」

「あの信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)が帝国の軍勢である可能性は? 法国よりもむしろ帝国の罠と考えた方がしっくりきません?」

「帝国がどんな国かは知らないが、法国は宗教国家らしいぞ。天使を召喚する集団とか、まさに宗教国家らしいじゃないか」

「まぁ、否定はしませんけど…」

「相手が帝国にしろ法国にしろ、彼らの狙いが王国戦士長であるのはほぼ間違いないでしょう。そして俺たちが取るべき行動も変わりません。今は彼らの動向を見守るとしましょう」

 

 モモンガの言葉にウルベルトとペロロンチーノが静かに頷く。

 気が付けば陽は大分傾き、朱色に染まっていた空も濃紺に染まりつつあった。

 村を見下ろしてみれば戦士たちが慌ただしく動き回り、広場に集まって隊列を組もうとしている。雰囲気からして夜闇に紛れて逃げるというわけではなさそうだ。どちらかというと正面突破という姿勢で、彼らの熱気が遥か上空にいる自分たちにも届いてくるようだった。

 

「どう思う? 勝てると思うか?」

「何とも言えませんね…。村を襲った騎士団の強さがこの世界でどのくらいのレベルなのか分かりませんし、あの王国戦士長や戦士団の強さがどのくらいなのかも分かりません」

「ですね~。勝算があって正面突破するなら良いんですけど…」

 

 三人の口調も声音も非常に軽い。まるでスポーツ観戦をしているような気軽さで、完全に高みの見物を決め込んでいる。

 彼らの視線の先で戦士たちは鬨の声を上げ、勢いよく馬を走らせ始めた。

 残された村では村人たちが不安そうに右往左往している。もしかしたら自分たちを探しているのかもしれない。

 しかしもはや三人にとっての重要度は村の安全よりもこの世界での戦闘分析の方が高い。いや、ペロロンチーノだけは違うかもしれないが、それでも重要性は理解しているようだった。

 

「俺たちを探してるんですかね…」

「シャドウデーモンでも見える形で護衛させとくか。あいつらなら俺のシモベだと知ってるし、少しは安心するだろ」

「……デス・ナイトもまだいるんですけどね…」

 

 少し不服そうに小さく首を傾げるモモンガに思わず苦笑を浮かべる。

 ウルベルトは〈伝言(メッセージ)〉でシャドウデーモンに命を下すと、改めて戦士たちと魔法詠唱者(マジックキャスター)たちの戦闘に目を向けた。

 二つの勢力は既にぶつかり合っており、熾烈な戦いを繰り広げていた。と言っても戦況はどう見ても戦士たちが不利。魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは天使を操り、消されてもすぐに召喚して補充するのを繰り返していた。どんなに戦士たちが剣を振るっても魔法詠唱者(マジックキャスター)たちには届かず、戦力の差が広がっていくばかり。

 これはダメかと早々に興味を失い始めたその時、不意に戦士長の動きが変わった。

 あれほど手こずっていた天使をまるでバターのように容易く切り裂き、何故か一振りで六体の天使を同時に両断する。瞬間的に動きが速くなったかと思えば天使の攻撃を避けたと同時に切り伏せる。見たことのない技の数々に自然と三人の視線が釘付けとなった。

 

「…あれはなんだ? 特殊技術(スキル)、ではないよな?」

「似たようなものは幾つかありますけど、見たことないものもありますね…。多分、特殊技術(スキル)とは別物なんじゃないかな~。この世界特有のものですかね?」

「しかし魔法の方はやっぱりユグドラシルと同じものですね。あれは〈衝撃波(ショックウェーブ)〉か…」

 

 三人は一度戦場から視線を外すと顔を見合わせ合った。無言ながらも、どうやら考えていることは三人とも同じようだ。

 

「…やっぱり根本的に情報不足ですね。どちらか捕まえましょうか」

「いっそのこと両方捕まえればいいんじゃないか?」

「それは流石にリスクが高すぎますよ。恐らくどちらも国の機関ですし、一度に二つの国を敵に回すのは危険すぎます」

「じゃあ、両方とも見逃すとか?」

「いや、それだと後手に回り過ぎる。やっぱりどっちかは捕まえるべきだろう」

 

 三人はほぼ同時に腕を組むと、う~んと唸り声を上げて考え込んだ。

 問題はどちらに手を出すかなのだが、どちらもそれぞれメリットとデメリットがあった。

 やはりここは意見を出し合っての多数決だな、と頷き合う。

 まず初めに手を上げたのはウルベルトだった。

 

「はい」

「はい、ウルベルトさん」

「やっぱり俺は王国の奴らだな。あの技が何か分からない以上、実際はどうであれ脅威と考えて行動しなくちゃならなくなる」

「なるほど…」

「はい!」

「はい、ペロロンチーノさん」

「俺は魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団の方が良いと思います! ユグドラシルの魔法や天使を使ってる以上、何かユグドラシルとの繋がりを知っているかもしれない」

「なるほど、なるほど…。俺は…ペロロンチーノさんと同じですね。ウルベルトさんの言い分も尤もですが、まずはこの世界がどういったところなのか知ることが先決だと思います。それにあの技がこの世界特有のものなのか、あの男のみが持っている力なのか分かりません。あの男しか持っていないなら関わらなければすむ話ですし、この世界特有のものなら知る機会はまた来るはずです」

 

 全員が意見を出し合い、少しだけ熟考の時間を設ける。

 数分後モモンガの号令で多数決を取れば、満場一致で魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団を標的にすることが決まった。

 となれば後は機を見て行動を開始するだけである。

 念のためモモンガは仮面とガントレットをアイテム・ボックスから取り出すと、アンデッドと分からないようにそれぞれを装備した。ウルベルトも幻術を発動し、現実世界(リアル)での人間だった頃の姿を纏わせる。

 青白い肌に痩せた身体。見るからに不健康そうな目つきの悪い男は、お世辞にも強くは見えない。

 因みにペロロンチーノは上空からの援護支援のため、姿を誤魔化す工作はしなかった。

 姿を現すのはモモンガとウルベルトの二人のみ。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは兎も角、戦士たちにはなるべく見られないようにしようと話し合い、生き残りが一人になるまで待つことにした。

 複数の天使たちに取り囲まれ、次々と倒れていく戦士たち。予想通りと言うべきか、数分も経たぬうちに戦士長の男一人を除いて残りの戦士たちは全員地面へと倒れ伏していった。男ももはや全身血まみれで立つのもやっとという感じだ。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは随分と注意深いのか、止めも複数の天使たちによってするつもりらしい。

 男を取り囲む天使たちを見据え、モモンガたちは目配せ合って静かにタイミングを計り始めた。

 

 ………。

 

 4

 

 3

 

 2

 

 1

 

 

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにいk…っ!!」

ドスっ!

ザシュッ!!

「ぅぐっ…!?」

 

 男の声が途中で止まり、変わって鈍い音と鋭い風切り音が響いて消える。

 モモンガとウルベルトは地上から約3メートルあたりの上空に転移すると、そのまま落ちながらモモンガが天使たちを始末し、ウルベルトは男の頭を蹴って踏み倒しながら意識を刈り取った。光の粒子となって消えていく天使たちに包まれながら、少し離れた場所に立つ魔法詠唱者(マジックキャスター)たちを見やる。

 彼らは自分たちの突然の登場に困惑しているのか、ピクリとも動かずにこちらを凝視していた。

 

「はじめまして、魔法詠唱者(マジックキャスター)の皆さん。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」

 

 まずは挨拶から、とモモンガが朗らかな声音で声をかける。

 ウルベルトも男の上から下りると、ニヤリとした笑みを浮かべて小さく目を細めさせた。

 漆黒であるはずの瞳が怪しい金色に輝く。

 

「おめでとう、諸君! 諸君は情報の提供者として我々に選ばれた。…さぁ、身に余る栄誉に感涙に咽び泣きたまえ!」

 

 見た目はどちらもただの魔法詠唱者(マジックキャスター)

 しかし仮面で顔を隠したモモンガは兎も角、ウルベルトの目は捕食者としての輝きに怪しく煌めいていた。

 

 




やっとガゼフ登場!
と言ってもモモンガさんたちとは一切会話していませんが(汗)

時々高慢になるウルベルト様が愛しい…。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈現実の夢〉;
幻術魔法の中でも上位の魔法。アインズが使うものよりも上位。通常は攻撃などの目くらましに使用する。相手に触れられない限りはあまり違和感を感じないほど完成度が高い。

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