世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は皆さんお待ちかねの『レイナース救済』回になります!
完全オリジナルで捏造になりますのでご注意ください。
また、今回の内容に関しては原作で詳しい情報が出たとしても修正はしないかもしれません……(汗)
今回も少し刺激の強い描写(グロテスクな描写)がありますので、苦手な方はご注意ください。


第64話 救いの忠誠

 小刻みに揺れる車内と、窓から見える移り行く活気ある街並み。

 モモンガは窓を覗き込むようにして街の景色を眺めながら、小さく感嘆の息を吐き出していた。

 

「……はぁ~、ここが帝国か……。やはり王国とは大きく違うのだな」

「そうですね。王国は帝国よりも古めかしい感じでしたが……。個人的には私はこちらの方が好きですかねぇ」

 

 感心したような言葉を零すモモンガに、向かい側から返答の声がかけられる。

 窓に向けていた視線を前に移せば、そこには人間の姿をしたウルベルトがにっこりとした笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。

 ここはバハルス帝国の帝都アーウィンタール。

 モモンガはウルベルトからある依頼を受け、帝国に赴いてウルベルトとユリと共に豪華な馬車に乗っていた。

 因みに、この馬車はモモンガが魔法で創り出した物だ。そのため馬車の見た目はシックでありながらも気品が漂う超一級品となっており、座り心地も柔らかく、石畳の地面を走っても実際に感じる揺れは極僅かでしかなかった。

 恐らく外にいる帝都の者たちは、一体どこの大貴族の馬車かと目を釘付けにしていることだろう。加えて馬車を引いているのは三頭の魔の闇子(ジャージーデビル)たちであるため、注目度は更に高まっているかもしれない。

 変な噂にならないかな~、大丈夫かな~……と内心で思いながらも、モモンガはウルベルトからもユリからも注意を受けなかったため敢えて気にしないことにしていた。

 まるで責任転嫁しているようでちょっとした罪悪感は覚えるものの、『ウルベルトなら何か問題が起きても何とかしてくれるだろう』という甘えもあった。

 本当に、仲間がいてくれるというのは心強い。ウルベルトとペロロンチーノがいるという事実に言いようのない嬉しさと頼もしさが湧き上がってくる。もしこの世界に自分一人だけが飛ばされていたら……と少し考えただけでもゾッとする。

 ウルベルトとペロロンチーノがいてくれることへの幸運と幸福をそっと噛みしめながら、モモンガは“今”に集中するべく思考を切り替えた。

 

「それで……、ウルベルトさん、そろそろ目的の場所には着くのか?」

「そうですね。もうそろそろだと思いますよ。……遅くなりましたが、突然呼び出してしまってすみませんでした。来てくれて感謝しますよ、モモンガさん」

「いや、他ならぬウルベルトさんの頼みだからな。引き受けるのは当然のことだ」

 

 同じ空間にユリがいるため堅苦しい口調にはなってしまうが、しかし口にしている言葉は全てが本心からのもの。モモンガにとって一番重要なのは大切な仲間の存在であり、彼らの頼みであればいつでも全力で力になりたかった。ウルベルトもそんなこちらの気持ちを察してくれているのだろう、変わらぬ笑みを浮かべたまましっかりと頷いてくれた。

 

「だが、本気なのか? 彼女の記憶を消すというのは……」

「ええ、本気ですよ。そのためにモモンガさんにご足労頂いたんですから」

「いや、しかし……、折角味方に引き入れられたのだから、記憶を消して元に戻すというのは些か勿体なくはないか?」

「そうは言っても、そもそも彼女が私と協力関係を結んでいたのは、自分の顔にかけられた呪い(・・)を解くためですしねぇ。それがなくなれば、彼女が私に協力する必要性はなくなる。いつ裏切るかも分からない駒を持ち続けておくよりも、綺麗さっぱり白紙に戻した方がリスクが少ないと思うのですが……」

「まぁ、それはそうかもしれないが……」

 

 ウルベルトの言っていることは分かるものの、どうしても貧乏性なところが出てしまい思わず小さく唸り声を上げる。

 モモンガが今回ウルベルトに依頼されたのは、『レイナース・ロックブルズの中から“レオナール・グラン・ネーグル”に対しての全ての記憶を消してほしい』というものだった。

 これからウルベルトは、レイナースの元を訪れて彼女の顔の呪いを解く予定になっている。

 ウルベルトの言う通り、これが上手くいけば彼女にはこれ以上ウルベルトに協力する理由がなくなる。今後彼女がウルベルトを裏切る可能性は高くなるという彼の言い分は非常に理解できるものだった。

 しかし『自分は人心掌握がひどく苦手だ』と思っているモモンガにとって、ウルベルトの決断は非常に勿体ないと思えてならなかった。それならばいっそのこと彼女の顔の呪いを解くのを遅らせればいいのではないかと思わなくもなかったが、しかし例えそう提案したとしてもウルベルトがそれを承諾することはないだろうこともモモンガは分かっていた。

 非常に悪魔らしくないとは思うけれど、ウルベルトはこういったところではとてつもなく律儀なのだ。

 『一度約束したなら、それは必ず守らなければならない』。

 以前ユグドラシルにいた頃、たっち・みーと約束して嫌々協力していた時にウルベルトが苦々しい口調で言っていたことを思い出す。

 『約束=契約』と位置付けていることや、約束を守るという行為自体を彼の目指す“悪の美学”に含んでいるのも要因の一つなのだろう。とはいえ、根本的なところで簡単に考えれば『ウルベルトは律儀な人物である』という一言に尽きた。

 勿論モモンガはそういったウルベルトの在り方を好ましく思ってはいるが、しかしここまで律儀だと些か苦笑を禁じ得なかった。

 

「……まぁ、ウルベルトさんがそれで構わないのであれば私も問題ない。逆に、私が手を貸すのはそれだけで良いのか?」

「ええ、構いませんよ。短杖(ワンド)を使う許可ももらっていますし、後はどうとでもなりますから」

 

 ニッコリと満面の笑みを浮かべる様は男の目から見ても非常に魅力的に映る。

 これは多くの女性が好意を持つのも分かるな……と内心で頷く中、ふと自分もウルベルトに相談したいことがあったのを思い出して改めて口を開いた。

 

「……そういえば、私からも一つウルベルトさんに相談したいと思っていたことがあるのだが……」

「おや、どうしました?」

「実はイビルアイについて“蒼の薔薇”に探りを入れていた時、“朱の雫”のリーダーに遭遇したんだが……」

「“朱の雫”というと、確か王国にいるもう一つのアダマンタイト級冒険者チームでしたかね……。そのリーダーに何かありました?」

「ああ、まぁ、何かあったというかだな……、実はユグドラシル産だと思われるパワードスーツを所持していたのだ」

「……は……?」

 

 今まで優雅な微笑を浮かべるだけだったウルベルトの表情が一気に驚愕したものへと変わる。

 その大きな表情の変化に、モモンガは内心で同意するように何度も頷いた。

 

「……えっ、本当にユグドラシル産のパワードスーツです? ブームは早くに終息して持っているプレイヤーも少なかっただろうに……。ある意味レアものじゃないか」

「まぁ、あれはあくまでも後発プレイヤーのために導入された代物だからな。ウルベルトさんがレアものと言うのも、ある意味間違ってはいないが……」

 

 ウルベルトの言い様に思わず小さな苦笑が零れる。しかし懸念していることがある以上それを放っておくわけにもいかず、モモンガは気を取り直して少しだけウルベルトに向けて身を乗り出した。

 

「私の記憶が正しければ、パワードスーツは高レベルのものでも80レベル相当の力しか出せなかったはずだ。しかしそれが本当に正しいとは限らないし、一点物やアーティファクトなどがある可能性も捨てきれない。ウルベルトさんはパワードスーツについて何か知っていることはないか?」

「そうですね~……。“最高レベルが80相当”というのは私の認識でも同じですね。一点物やアーティファクトについては私も覚えはないんですが……。因みに外見はどんなものだったんですか?」

「色は全体的に深紅で、大きさは大体3メートルほどだったか……。後は〈炎の嵐(ファイヤー・ストーム)〉の魔法を使用していた」

「ふむ……、外見的には一般的なパワードスーツのように思えますが……。もう少しその時の状況などを詳しく教えて頂けますか?」

 

 本性の山羊頭の悪魔であれば長い髭を弄んでいたであろうウルベルトの右手が、今は代わりとばかりに顎下付近の肌を撫で擦っている。

 思案顔で問いかけてくるウルベルトに、モモンガは一つ頷くとアズス・アインドラが現れた時のことを詳しくウルベルトに説明し始めた。時折小さな質問が挟まれるも、モモンガはそれにも丁寧に答えていく。

 そして説明が終わった頃にはウルベルトは眉間に小さな皺を寄せて首を傾げていた。

 

「……う~ん、正直に言うと、これだけでは何とも言えませんねぇ~……」

「やはりそうか……」

死の花嫁(コープスブライド)がそのパワードスーツと一騎打ちでもしていれば、実力やレベルくらいは分かったかもしれませんが……」

「いや、あの場ではあの判断が一番正しかっただろう」

「分かっていますよ。でも、相手について知るには魔法などでそのものを詳しく調べるか、実際に戦ってみた方が確実なのも事実です」

「……ふむ……」

 

 ウルベルトの言い分に言い返すことができず、モモンガは乗り出していた上半身を元に戻しながら黙り込む。軽く顔を俯かせて考え込むのに、ウルベルトの小さな笑い声が聞こえてきた。反射的に顔を上げた瞬間、柔らかな笑みを浮かべているウルベルトと目が合う。

 

「まぁ、どちらにしろ何かしらの対処をした方が良いのは確かです。私の方でも何か良い方法がないか考えてみますよ。……それに、モモンガさんのことだからラキュース・アルベイン・デイル・アインドラの持つ魔剣についても気になっているのでしょう?」

「……まぁ、そうだな……」

「パワードスーツの方はともかく、魔剣の方は私にもできることがあるかもしれませんし、このことについてはまた改めて相談しましょう」

「そうだな。よろしく頼む」

 

 ウルベルトの心強い言葉に、一気に肩の重たい荷が軽くなったような気がする。

 モモンガは一つ小さな息をつくと、不意に馬車の速度が弱まったことに気が付いて反射的に窓に目を向けた。

 窓から見える景色は、いつの間にか人々が行きかう活気あるものから静かな高級住宅区画のものへと変わっていた。

 

「丁度良い頃合いですね。そろそろ到着するようです。ではモモンガさん、そろそろ姿を消してくれますか?」

「そうだな。すぐ側にいるから、何かあれば言ってくれ」

「了解しました。よろしくお願いします」

 

 モモンガはウルベルトに向けて一つ頷くと、自身に〈完全不可知化〉をかけて姿をくらませた。その間にウルベルトはユリに声をかけており、馬車が完全に止まるとまずはユリから馬車の外へと降りていった。ウルベルトに促され、次はモモンガが椅子から立ち上がって馬車から降りようとする。

 そこでふと見てみれば扉の横でユリが控えるように立ちながら小さく頭を下げており、冒険者モモンの時のナーベと全く同じその行動に思わず苦笑を浮かべた。

 しかしここでぐずぐずしている訳にはいかない。

 不自然にならないように気を付けながら素早く降りると、続いてウルベルトが椅子から立ち上がって優雅な身のこなしでさっさと馬車から降りてきた。

 ユリに声をかけて頭を上げさせるまでの一連の動作は実にスマートで、とても格好よく見える。

 ここが自分と大きく違うところだな……と改めて強く感じさせられる。

 それと同時に、『また折を見て、ウルベルトさんに演技指導をしてもらおう!』と心に誓うと、モモンガはこちらに近づいてきた存在に気が付いてそちらを振り返った。

 

「こんなところまでご足労いただき感謝しますわ、ネーグル様」

「いえ、こちらこそお招きいただき感謝します。……それと、一介のワーカーに尊称は不要ですよ、ロックブルズ様」

 

 言外に『どこに人の目や耳があるかも分からない場所で畏まった態度をとるな』と注意するウルベルトに、レイナースが小さく顔を俯かせて瞼を伏せる。

 しかし彼女はすぐに顔を上げると、強い光を宿した瞳で真っ直ぐにウルベルトを見つめた。

 

「……ここでは何ですから、中に案内しますわ。ついてきて下さい」

 

 踵を返して屋敷に入っていくレイナースに従い、ウルベルトは堂々とした足取りで彼女の背についていく。その後をユリが続き、最後に〈完全不可知化〉状態のモモンガが続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。

 広い玄関を通り抜け、人が二人並んでも悠々と歩けるほどの広い廊下を突き進む。

 屋敷の中は全体的に古めかしい様相をしており、白で統一された様は美しいものの、建てられてそれなりの年月が経っていることが窺い知れた。

 全体的に広い屋敷ではあるようだが、人の気配は一切ない。静まり返っている屋敷内に、どうやら彼女はここに独りで暮らしているようだった。

 未だ年頃の女性であることや“四騎士”の一人という地位を考えれば、使用人の一人もいないというのは些か違和感を覚える。

 しかしすぐに彼女の顔の呪いのことを思い出し、モモンガは一人内心で納得の声を零した。

 恐らく彼女は、自身の顔の呪いを誰にも見せないために使用人を一人も雇わなかったのだろう。顔に傷や呪いが目に見える形であるというのは、誰しもが大なり小なり気にするものだ。加えてレイナースは年頃の女性ということもある。他人にそれを見られるのは耐えがたい苦痛だろう。

 しかしそれと同時に、彼女がその顔の呪いを“レオナール・グラン・ネーグル”には見せたという事実が、モモンガには殊更強く印象深く感じられた。ウルベルトの言い分では『医者に問題の患部を見せるようなものだ』とのことだが、そうは言ってもモモンガからしてみればそれ以外にも特別な感情があるのではないかと勘繰ってしまう。

 本当に彼女の記憶を消してしまってもいいのだろうか……と考えながら、モモンガは大人しく彼女たちの後についていった。

 

 

 

 

 

 案内されたのはひどく質素で小さな部屋だった。

 テーブルが一つと幾つかの椅子、数冊の本が無造作に置かれた小さな棚以外にこれといった物は置かれていない。外の光が差し込んできている窓にも薄いレースのカーテンのみが揺れており、どこか寂れたような空気が漂っていた。

 どう考えても客人を招くような部屋には見えない。

 しかしその部屋には既に先客がおり、部屋に入ってきたウルベルトを見て嬉々として顔を輝かせた。

 

「おおっ、我が神よ! お待ちしておりました!!」

「……フールーダ・パラダイン、何故お前がここにいる」

 

 歓喜の声と共に椅子から立ち上がってこちらに駆け寄ってくる老人に、ウルベルトが途端に呆れたような表情を浮かべる。

 しかし老人の方は何のその、逆に更に目を輝かせながら勢いよくウルベルトに詰め寄ってきた。

 

「何を仰いますか! 本日はロックブルズ殿の呪いを解くのだと聞いております。それに是非立ち会わせて頂きたいと、こうして馳せ参じたのでございます!」

「……ああ、そういえばそんなことを言っていたな。ロックブルズが許可すれば立ち会っても構わないと伝えた筈だが……、きちんと許可は取ったのかね? 無理強いせずに?」

「はい、勿論でございます!!」

 

 強すぎるテンションで言われては今一信用性に欠けるものがある。

 ウルベルトも同じように感じているのか、確認するようにレイナースを見やり、彼女は肯定するように一つ頷いていた。

 

「ふむ、であれば私から言うことは何もない。ただ静かに大人しくしていたまえ、良いな?」

「はいっ、畏まりましたぁっ!!」

「………今一信用できないな。……まぁ、良い。早速始めるとしよう。ロックブルズ、君はこちらに来て座りたまえ」

 

 少し思考を巡らせたものの、ウルベルトは気にしないことに決めたようだ。老人から視線を外してレイナースに指示を出すのに、すぐさまユリが動いて近くに置いてあった椅子をウルベルトが示した場所に持ってきた。言外にこの椅子に座るように促してくるユリに、レイナースは大人しくその椅子に腰かけて目の前のウルベルトを見上げた。

 

「さて、まず呪いを解く前に、そもそもその呪いがどういったものなのか、きちんと説明するとしようか」

 

 ウルベルトの左手がレイナースに伸び、彼女の顔右半分を覆い隠している長い前髪を優しい手つきでサッと払いのける。

 瞬間、露わになったレイナースの素顔に、モモンガは思わず小さく息を呑んだ。

 ウルベルトから事前に軽く説明を受けてはいたが、実際にこの目で見るとリアルさが全く違っていた。

 全体的に広がっている痣のように黒く変色した肌と、至る所から溢れ出ている黄色く濃い膿。変色している肌はまるで火傷をしたかのように酷く爛れて歪んでおり、絶え間なく溢れて流れている膿は酷い異臭を放っていた。

 予想以上の状態に、無意識に目が釘付けになる。

 しかし一方で、レイナースの顔の状態にモモンガは大きな違和感を覚えていた。

 というのも、レイナースの顔の状態はモモンガが知っているありとあらゆる呪いの症状と一致するものが一つとしてなかったのだ。むしろ、呪いとは別のものが頭を過る。

 これは呪いというよりも……。

 

『……ウルベルトさん、これって呪いとは違うんじゃないですか? 呪いっていうよりこれは……』

 

 思わずウルベルトに〈伝言(メッセージ)〉を繋いで声をかける。

 ウルベルトはこちらを振り返ることはなかったが、レイナースやフールーダに気付かれないように小さく頷くと改めてレイナースに向けて口を開いた。

 

「君のこれは厳密に言えば“呪い”ではない」

「“呪い”ではない? ……そういえば、初めてこれをお見せした時にも同じことを仰っていましたわね。それは一体どういうことでしょうか?」

「これは“呪い”ではなく、……そう、そうだな、言うなれば“寄生”かな?」

「……“寄生”……?」

 

 ウルベルトの言葉が予想外だったのだろう、レイナースもフールーダも驚愕に目を見開いている。しかしモモンガはウルベルトの言葉に同意見だった。

 モモンガの頭に一つの異形の姿が浮かんでくる。

 ウルベルトが続いて口にした存在の名も、モモンガが頭に思い浮かべた異形のものだった。

 

「ロックブルズ、君は自身に呪いをかけた化け物について、その名やどういった存在であるかなどは知っているかね?」

「……いいえ、見たこともない化け物でしたし、詳しいことは何も知りません」

「なるほど。……君の顔をそのような状態にした化け物の名は恐らく“赤の不死鎌”。他者の肉体を使って蘇る異形種だ」

 

 “赤の不死鎌”は2メートルほどの巨体を誇る蟲系の異形種である。

 名前は非常に仰々しいが、レベルは20台くらいでナザリック勢からすれば雑魚に分類される。

 姿は全体的にカマキリのような見た目をしており、両手の鎌は非常に大きく1メートルを超える。細い上半身には鎌型の両腕も含めて二対、更に羽のある太い下半身には三対、合計十本もの手足が生えている。全身の外皮は赤い鎧のようで防御力が高く、弱点となる属性も神聖属性以外には特にない。神聖属性攻撃以外で確実なダメージを与えるためには、関節部分に攻撃を行うか、レベルの高い武器や魔法で力押しするのが手っ取り払い方法だった。

 しかしこの異形には高い防御力以外にも厄介な特徴があった。

 それは瀕死状態になった際に繰り出してくる寄生攻撃(・・・・)

 この蟲は即死無効化能力も備えているのだが、死にそうになると近くの生命体に自身の分身たる卵を植え付けて寄生するという特徴を持っていた。

 寄生した卵は肉体の奥に潜り、その後時期を見て孵化。暫くの間は幼虫の姿で体内に潜伏し続けながら宿主の生命力を吸い取って成長し、やがて宿主の肉体を食い破って成虫の姿で再び外界に姿を現すのだ。

 淡々とした声音で“赤の不死鎌”について説明するウルベルトに、フールーダは興味深そうな視線をレイナースに向け、レイナース自身は見るからに顔を蒼褪めさせていた。

 

「………そ、それでは、あいつが! あいつが今も、私の中に……っ!!?」

 

 左側の美しい顔が強い恐怖と怒りに引き攣り歪む。咄嗟に右側の顔を引っ掻こうと挙げられたレイナースの右手に、すかさずウルベルトが手を伸ばして手首を掴んで止めた。

 

「落ち着きたまえ。引っ掻いたところで蟲を取り出すことなどできない。顔に傷をつくるだけだ」

「いやっ! 離して!! 離してェッ!!」

「リーリエ、彼女を抑え込め」

 

 ウルベルトの命令を受け、ユリがすぐさま動いてレイナースの後ろに回り込むと、そのまま二の腕を両側から掴んで抑え込む。しかしレイナースはすっかり恐慌状態に陥ってしまっているようで、ユリに抑え込まれている状態ながらもブンッブンッと激しく頭を振って逃れようと暴れていた。

 そこにウルベルトの深いため息の音が響く。

 ウルベルトは腰を折ると、レイナースの手首を掴んでいた手を次は顔に伸ばし、彼女の顎を掴んで自身の顔をグッと近づけた。

 

「落ちつけと言っているだろう。そんなに不安にならなくても、君に寄生している蟲は成虫になって出てくることはない。少なくとも今のところはね」

「ッ!!? ……それは……どう、いう……?」

「君にとって幸運なのか不運なのかは分からないが、君とこの蟲はレベルが非常に拮抗しているのだよ。そのため、今は君の肉体が蟲の寄生に対抗し続けている状態だ。その溢れ続ける膿は、君の肉体が蟲と戦い続けている証のようなもの。……つまり、君の肉体が蟲に負ければ、初めて蟲に完全に寄生され、やがて内側から食い殺されるという訳さ」

 

 ウルベルトの説明に、レイナースは絶句したような表情を浮かべる。

 それを見つめながら、モモンガもまた内心で『本当に幸運なのか不運なのか分からないな……』と独り言ちた。

 “赤の不死鎌”が寄生するのは植物でも蟲でもなく、筋肉を持つ生命体だ。恐らくレイナースが“赤の不死鎌”と戦っていた時は筋肉を持つ生命体はレイナース以外にはいなかったのだろう。もし他にも動物や人間がいたなら、“赤の不死鎌”は彼女以外の存在に寄生していたかもしれない。

 また、レイナースと“赤の不死鎌”のレベルが拮抗しているというのも問題をややこしくしていた。

 もしレイナースのレベルが“赤の不死鎌”よりも低ければ、問答無用で完全に寄生されて彼女は今頃内側から食い殺されていたはずだ。また、もしレイナースのレベルが“赤の不死鎌”よりも圧倒的に高ければ、そもそも寄生されることもなく跳ねのけることが出来ていただろう。

 彼女と“赤の不死鎌”のレベルが拮抗しているがために、どっちともつかない中途半端な状態が長く続いてしまっているのだ。

 

「今から行うのは、蟲を君の中から追い出して完全に消滅させることだ。体内から蟲を追い出す際、恐らく激痛が走るだろう。心の準備は良いかね?」

 

 空中でアイテムボックスを開いて中から二本の短杖(ワンド)を取り出しながらウルベルトがニッコリとした笑みと共に尋ねる。

 その様は非常に魅力的でありながらもひどく悪魔的だ。

 しかしレイナースは藁にも縋る思いなのだろう、激痛があるだろうと言われても彼女は顔を強張らせながらも一つ大きく頷いてみせた。

 ウルベルトも一つ頷くと、その悪魔的な笑みにほんの少しだけ柔らかなものを含ませた。

 

「よろしい。それでは早速始めるとしよう。リーリエ、彼女が暴れ過ぎてもいけないから、そのまま抑え込み続けてあげなさい」

「はい、畏まりました」

 

 思いやりからのものなのか非常に判断に迷う命令に、しかしユリは当然のように大人しく頷いている。

 モモンガは考えるのを諦めると、邪魔にならないように部屋の隅に移動して改めてウルベルトたちへと目を向けた。

 ウルベルトはレイナースから手を放すと、一本の短杖(ワンド)を右手に持って軽く構えている。

 短杖(ワンド)は徐に淡い光を放ち始めると、次にはその光がレイナースの全身を優しく包み込んだ。白い光は数秒間レイナースを包み込み続け、その後は何事もなかったかのように空気に溶けるように消えていく。

 しかしレイナースの顔の右側は何も変わっていない。

 レイナースとフールーダが小さく怪訝の表情を浮かべたその時、変化は突然に訪れた。

 

「……ぐッ…!? ……あ、…ぁああっ……、・・・・・・あああぁぁあぁアアァァアァアアァアアァアァァァッッ!!!」

 

 レイナースは眉間に大きな皺を寄せると、顔を俯かせたと思うと次には勢いよく顎を上に逸らして頭上を見上げた。背中も弓なりに大きく反り、まるで何かから逃れようとするかのように身を捻って悶え始める。しかしユリに押さえつけられているため暴れることも椅子から転げ落ちることもままならない。レイナースは唯一自由な足を椅子の上にあげたり、地面に降ろして床を蹴ったり引っ掻いたりしながら苦痛の悲鳴を上げ続けた。

 彼女の顔の右側はまるで皮膚の下に何かがいるかのようにボコボコと蠢き、大量の膿がとめどなく溢れ出ている。何とか苦痛から逃れようとレイナースが暴れるものだから、ユリが抑え込んでいるとはいえ大量の膿が四方に飛び散った。

 モモンガは部屋の片隅にいるため膿が飛んでくることはなかったが、彼女の近くにいるウルベルトやユリやフールーダは堪ったものではないだろう。実際、フールーダは慌てて大きく後退っており、ユリは眉一つ動かしてはいないものの、既に大量の膿に濡れて汚れている。

 ウルベルトは無事か……と目を向け、そこにあった姿にモモンガは思わず呆気にとられた。

 いつの間に出していたのか、ウルベルトは魔法で傘を創り出して自身の前に翳し、しっかりと飛んでくる膿をガードしていた。それもウルベルトが創り出していたのは傘は傘でもビニール傘で、何とも違和感ありまくりな道具の出現に『フールーダたちにツッコまれたら一体どうするつもりなんだ』と呆れてしまう。

 しかし少なくともレイナースはビニール傘に意識を向ける余裕はなさそうだった。

 彼女は今もなお苦痛の声を上げ続け、身を激しく捻り、両目からはとめどなく涙を流しながら髪を振り乱していた。

 それから数十秒後、波打っていた顔右半分の皮膚が更にボコボコと激しく膨らみ始め、次には多くの血と膿を撒き散らしながら大量の何かが皮膚の下から飛び出てきた。

 ボタボタと血と膿と共に地面に零れ落ちるのは3、4cm程の白く細長い何か。

 まるで蟲の幼虫のようなそれらは身悶えるように床を這いまわり、次には身を寄せ合うように互いに集まり始めた。

 

「………あ、あぁ……、ぐぇっ……ごほっ、ごほっ……ふぅぅ……あ゛ぁ゛ぁ………」

 

 もはや叫ぶことすらできなくなったのか、レイナースは前屈みになってぐったりと顔を俯かせ、掠れた声を零しながら血と膿と白い塊を地面に垂れ流し続けている。

 その間にも幼虫の塊はどんどんと大きくなり、やがて白いドロドロとした巨体となってゆらりと身を起こしてきた。

 

「……オォォ、……ォォオオオオオォォオオォォオォォオオオ…!!」

 

 白い塊が形作ったのはカマキリのような異形。

 しかしその体躯はまるで脆い泥のようにドロドロとしており、既に身体の至る所が重力に負けて崩れかかっていた。ボタボタと崩れて落ちていく塊は地面を這い、再び寄り集まってはカマキリのような異形の足元に吸収されていく。

 再生と崩壊を繰り返す異形に、ウルベルトはどこまでも冷めた金色の瞳を向けていた。

 

「………ニ゛、グゥ………ニクゥゥゥッッ……!!!」

 

 新たに宿る肉体を求めてか、異形が奇声を上げながらウルベルトに襲いかかっていく。

 探知阻害の指輪をしているウルベルトには強者の気配が全くなく、異形がウルベルトを新たな寄生先に選んだのも仕方がないことなのかもしれない。

 しかしその選択は完全に誤りだ。

 モモンガが大人しく静観する中、ウルベルトは持っていたビニール傘を素早く畳むと、次にはバットのように構えて襲い来る異形に向けて勢い良く振り放った。

 

「……ギャッ……!!」

 

 短い音を発したと同時に弾け飛ぶ異形。

 幾つもの塊に四散し地面に散る白い異形に、ウルベルトはビニール傘を消して右の人差し指を無造作に突きつけた。

 

「〈炎の舞(ファイヤーダンス)〉」

 

 瞬間、突如現れた鮮やかな業火に白い蟲の塊たちは容赦なく包み込まれる。

 轟々と燃える炎の中、悲鳴を上げる間もなく数秒で塵と化したそれらに、ウルベルトはもはや一切の興味を失ったのか視線を外した。未だ舞い踊り燃えている炎には目もくれず、ぐったりと椅子に座っているレイナースへと歩み寄る。

 顎に手を添えて俯いている顔を上げさせると、血で真っ赤に染まっている顔が露わとなった。

 皮膚の至る所が破け血を流しボロボロで、その顔は先ほどよりも更に凄まじく悲惨な状態になってしまっている。皮膚の下に潜んでいた異形の幼虫たちが全て皮膚を突き破って出てきたのだ、こんな状態になってしまっても仕方がないことだろう。

 激痛のあまり意識が朦朧となっているレイナースに、ウルベルトはそっと左手に持っていたもう一本の短杖(ワンド)を近づけた。

 淡い翡翠色の光を放ち始めるその短杖(ワンド)に宿っているのは上位の治癒魔法。

 レイナースが思わず目を閉じて深く大きな安堵の息を零す中、ウルベルトは治癒魔法を発動し終えた短杖(ワンド)をアイテムボックスに戻すと、ポケットから真っ白なハンカチを取り出して丁寧にレイナースの顔を拭き始めた。顔中を覆っている血や膿を、ハンカチが汚れるのも構わずに丁寧に拭き取っていく。

 そこから姿を現したのは、傷一つない美しい肌。

 左側だけでなく右側も傷どころか痣や痕すらなく、まっさらな状態の滑らかで綺麗な顔がそこにはあった。レイナースがゆっくりと閉じていた目を開ければ、左右の翡翠色の瞳が一切の歪みなく姿を現す。

 呆けたような表情を浮かべてパチパチと目を瞬かせるレイナースに、ウルベルトはニコッと笑みを浮かべると、彼女の顔から手を放して魔法で手鏡を創り出した。ユリにレイナースを自由にしてやるように命じると、先ほど創り出した手鏡を差し出してやる。レイナースはゆっくりと手鏡を受け取ると、恐る恐る鏡面を覗き込んだ。

 瞬間、翡翠色の双眸が大きく見開かれた。

 目は釘付けになり、見る見るうちに両目に涙を溢れさせる。

 レイナースは呆然とした表情を浮かべたまま、はらはらと涙を流しながら鏡面を見続けた。

 外からの光が柔らかく差し込む室内で、一人の美しい女が鏡を見つめながら静かに涙を流す光景。

 それはまるで神の御業からなる奇跡の情景そのもののようで、モモンガはうっとりとした表情を浮かべているユリに気が付いて静かに苦笑した。『これはウルベルトさんへのNPCたちの忠誠心が一層高まりそうだな~』と心の中でウルベルトに対して合掌する。

 しかしウルベルトがそれに気が付くはずもなく、彼は汚れたハンカチや短杖(ワンド)をアイテムボックスの中に放り込むと、改めてレイナースに目を向けた。

 

「さて、これで全て終了だ。傷も綺麗に治っているはずだが、気分はいかがかな?」

 

 小さく首を傾げながら問いかければ、漸くレイナースの目が鏡面から外れてウルベルトに向けられる。レイナースは暫くの間無言のままウルベルトを見上げ続けると、次にはまるで頽れるように椅子から地面へと降りて両膝をついた。そのまま両掌も地面につき、深々と頭を下げて額を擦りつけた。

 

「……あ、りが、と、ござい…ます……。……ふっ、……ぐすっ、ありが、とう…ございます……っ!」

 

 頭を下げたまま、レイナースは何度も嗚咽の混じる声で礼の言葉を口にする。

 そんな中、今まで部屋の隅まで後退っていたフールーダがウルベルトとレイナースの元へと歩み寄ってきた。レイナースの傍らに屈み込んで両膝をつき、一度レイナースを見つめてからウルベルトを見上げる。多くの皺が刻まれた老人の顔には爛々とした狂喜の輝きが強く浮かんでいた。

 

「……素晴らしい……、……本当に素晴らしいっ! 正に神の御業! これほどの力をこの目で見ることが叶おうとは!!」

 

 フールーダはそこで一度言葉を切ると、地面についている両膝の位置を少し変えて改めてウルベルトに真正面から向き合った。

 

「レオナール・グラン・ネーグル様! 我が神よ! あなた様は本当に人間であられるのでしょうか?」

 

 フールーダの中には、人間でこれほどのことができる者はいないだろうという考えがあるらしい。しかしその声音にも表情にも、一切負の色は宿ってはいなかった。逆に『人間でなくても一向に構わない』といった狂気的な色すら濃く宿っているように見える。

 一体どう答えるつもりなのだろう……と注視する中、一瞬ウルベルトの金色の双眸がチラッとこちらに向けられたことに気が付いた。続いて、何事かを思案しているかのように見せかけて、次はがっつりとこちらに目を向けてじーっと見つめてくる。

 見るからに助言を求めているようなその姿に、モモンガは思わず内心で小さな笑い声を零しながらウルベルトに〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

『悩んでいるみたいですね、ウルベルトさん』

『そう思ってるなら助言を頂けませんかね、モモンガさん』

『そうですね……。俺の目から見たら、例えウルベルトさんの正体を明かしたとしても問題ないとは思いますけど……心配なら、この場は濁して後で改めて考えたらどうですか?』

 

 ちゃんとした助言のようでいて、しかし問題はウルベルトに丸投げするような言葉。

 ウルベルトに対してちょっとした罪悪感はあるものの、それよりもモモンガはウルベルトが彼らにどう答えてどう立ち居振る舞うかの方に非常に興味があった。『もし同じようなことがあれば、自分もウルベルトさんの真似をしよう』と手本として観察する気満々である。

 しかしそんなモモンガの内心などウルベルトは知る由もない。

 ウルベルトはフールーダやレイナースには気づかれないようにこちらにジト目を向けると、次には気を取り直したように再びフールーダたちに向き直った。

 

「……ふむ、なかなか興味深い質問だな。もし私が人間でないとしたら一体どうするつもりなのかね? 人類の敵とみなして私に挑んでみるか?」

「そんなっ! 我が神と袂を分かつなど滅相もない!! 私はただ、このようなことが本当に人の身でできるものなのかと思っただけにございます! 例えあなた様が人間でなかったとしても、私は変わらずあなた様に全てを捧げて付き従う所存でございます!!」

 

 ニヤリと悪戯気な笑みを浮かべて問いかけるウルベルトに、フールーダは慌てたように首を横に振り、次には勢い良く地面に平伏する。

 その横では、漸く泣き止んだレイナースがゆっくりと頭を上げて真っ赤に潤んだ瞳をウルベルトに向けていた。

 

「……私も、パラダイン様と同じ気持ちですわ。レオナール・グラン・ネーグル様。あなた様が何者であれ、この身を全てあなた様に捧げ、忠誠を誓います」

 

 少し掠れた声ながらもはっきりと言い切るレイナースに、ウルベルトは意外そうな表情を浮かべた。金色の双眸を小さく見開かせ、マジマジとレイナースを見つめる。

 

「おや、君は既に私との契約条件を果たしているのだよ? 君は契約通りフールーダ・パラダインを私と引き合わせ、その見返りとして私は今、君の呪いを解いてみせた。言わば君は自由の身となったわけだ。君はこれ以上私に付き従う必要はないのだよ? 私は、君の中から私に関する全ての記憶を消して自由にしてあげようと考えていたのだが……」

 

 小さく首を傾げてそう言うウルベルトに、今度はレイナースの方が大きく目を見開いた。数秒小さく唇を震わせ、次には激しく何度も頭を振った。

 

「……い、いいえ! いいえっ!! そんな、あなた様の記憶を失うなど!! そんなことは耐えられませんっ!! どうか変わらず、あなた様のお役に立たせて下さいっ!!」

「ふむ……、正直に言うと君がそれほど私に忠誠を誓っていたとは思わなかったのだが……」

「………確かに最初は、忠誠心など欠片もありませんでしたわ。でも、今は違います! あなた様は私の願いを叶えて下さった。あなた様は醜かった私の顔に触れ、『美しい』と受け入れて下さった! 私は、そんなあなた様の存在に本当に救われたのです!!」

 

 身を乗り出して必死に言い募っているその姿は、とても嘘を言っているようには見えない。

 モモンガはウルベルト、フールーダ、レイナースの順に目を向けると、最後に再びウルベルトに目を向けて〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

『どうやら俺は来なくても良かったみたいですね。二人とも、すっかりウルベルトさんに心酔しちゃってるみたいじゃないですか』

『いや、そうは言いますけど……。本当に大丈夫だと思います?』

『俺は大丈夫だと思いますよ。まぁ、もしそれでも裏切るようなら影の悪魔(シャドウデーモン)がすぐに気が付くでしょうし。ウルベルトさんのことだから、この二人の影にも潜ませているんでしょう?』

『まぁ、そうなんだが……』

 

 ウルベルトは唇を隠すように片手を添えながら考え込む。

 暫くの後、漸く考えをまとめたのか唇に当てていた手を下げて一つ頷いた。

 

「……よろしい、君たちの考えは分かった。取り敢えず、私に忠誠を誓うというのなら、ロックブルズから私の記憶を消すのは取りやめにしよう」

「あ、ありがとうございます……!!」

「それと、私の正体についてだが……今は『人間ではない』とだけ伝えておこう。時が来れば、私の真の姿を君たちに見せることもあるだろう」

 

 どうやらウルベルトはこの場で完全に自身の正体を明かすことは控えたようだ。しかし全て誤魔化さずに『人間ではない』ということは伝えたというところに、ウルベルトの律義さや二人に対する気遣いなどが見えたような気がした。

 自然とモモンガの骨の顔に柔らかな微笑が浮かぶ。

 改めて二人に目を向けてみれば、フールーダもレイナースもウルベルトの言葉に納得したようで二人揃って片膝をついて深々と頭を下げている。

 しかしレイナースが一瞬残念そうな表情を浮かべたのをモモンガは見逃さなかった。とはいえ、すぐに表情を元に戻した彼女の心情を思えば、自分が勝手にそれをウルベルトに伝えるのは野暮というものだろう。

 モモンガが静かに見守る中、ウルベルトはフールーダとレイナースに向けて一つ頷くと、次にユリの方に歩み寄っていった。全身血と膿に汚れてしまっている彼女の全身を見やり、思わずといったように苦笑を浮かべる。

 

「……ふむ、すっかり汚れてしまったな。フールーダ、君は〈清潔(クリーン)〉の魔法を使えるかね? 使えるならリーリエに使用してやってほしいのだが」

「あっ、それなら浴室にご案内いたしますわ。どうぞご自由にお使いください」

「おや、それは嬉しい申し出ではあるが、本当に良いのかね?」

「はい、構いません。むしろ、このくらいのことしかできず心苦しい限りですわ」

 

 ユリの汚れの原因が自分にあるだけに心苦しく思っているのだろう、すっかり綺麗になったレイナースの顔には強い罪悪感と配慮の色が見てとれる。

 しかしそこは流石はナザリック勢としては珍しいカルマ値プラスのユリというべきか……、彼女は何でもないと言ったような柔らかな笑みを浮かべると、レイナースに労りの眼差しを向けた。

 

「それならば、私よりもロックブルズさんの方が先に身を清めるのが宜しいでしょう。異形をその身から取り出したのです。治癒魔法をかけて傷は癒えたとはいえお疲れでしょう。どうぞ浴槽に浸かってゆっくりお休みになってください。宜しければ私の方で浴槽の準備もさせて頂きますが……」

「い、いえ! そんな! リーリエ様にそのようなことはさせられません! どうぞ私のことはお気になさらないで下さい!」

「ですが……」

 

 ユリとレイナースの間で激しい譲り合いが勃発する。

 ウルベルトは暫くの間は微笑ましそうに彼女たちの言い争いを眺めていたが、埒が明かないとでも思ったのか、漸く苦笑と共に二人の間に割って入っていった。

 

「ほらほら、そこまでにしておきたまえ。リーリエ、ここはロックブルズの厚意を受け取って君が先に身を清めたまえ」

「ですが、本当に宜しいのでしょうか……」

「はい、構いません。少しでもお寛ぎ頂ければ幸いです」

「ほら、本人がこう言っているのだし、構わず彼女の申し出に甘えなさい」

「畏まりました。……ロックブルズさんにも感謝します」

 

 漸く話がまとまったようで、ウルベルトが小さく息をつくのが見てとれる。

 そんな中、今まで大人しく事の成り行きを見守っていたフールーダが徐にウルベルトの元へ歩み寄り声をかけた。

 

「それでは我が神よ、リーリエ様が身を清めている間、宜しければ私に時間を頂けないでしょうか? お聞きしたいことや、お耳に入れたいことが幾つかございまして……」

「ほう、私は構わないよ。……そういえば、私からも幾つか君に聞きたいことがあったのだった。それも含めて今から話そう。……ロックブルズ、すまないが一つ部屋を用意してもらえるかな?」

「勿論ですわ。案内いたします」

 

 ウルベルトの言葉に、レイナースは当たり前のように頷いてそれに応える。

 血みどろの姿のまま案内を始めるレイナースに、身綺麗なウルベルトとフールーダ、そして同じく血みどろなユリが後に続いていく。

 モモンガは内心で『凄い絵面だな~』と独り言ちながら、当たり前のように彼らの後に続いて足を踏み出した。

 フールーダとウルベルトとの会話の内容が気になって仕方がない。

 しかしそれと同時に、もう少しウルベルトの言動を観察して勉強しようと心に決めながら、モモンガは少し弾んだ足取りでウルベルトの傍らまで歩み寄ると、そのまま彼の隣に並び立って白い廊下を進んでいった。

 

 




如何だったでしょうか?
今回は皆さん大好きなレイナースさんの呪いイベント話だったので、読んで下さった皆さんの反応に戦々恐々としております……(汗)
少しでも皆さんが納得できる内容になっていることを祈ります……(滝汗)

*今回の捏造ポイント
・赤の不死鎌;
レベル20台の蟲系の異形種。2メートルほどの巨体で全体的にカマキリのような見た目をしており、両手の鎌は非常に大きく1メートルを超える。細い上半身には鎌型の両腕も含めて二対、更に羽のある太い下半身には三対、合計十本もの手足が生えている。全身の外皮は赤い鎧のようで防御力が高く、神聖属性以外に弱点属性は特にない。即死無効化能力を持っており、瀕死状態になると寄生攻撃を繰り出してくる。肉体を持つ生命体に自身の分身たる卵を植え付けて寄生し、体内で孵化して宿主の生命力を吸い取って成長し、やがて宿主の肉体を食い破って成虫の姿で再び外界に姿を現す。
・〈炎の舞〉;
第六位階の炎系の攻撃魔法。舞い踊る業火が対象を包み込み燃やし尽くす。
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