お暇な時にでも読んで頂ければと思います(深々)
「おおぉっ、ここがエルフ王国の王都かぁっ!!」
目の前に広がる光景に、ペロロンチーノは思わず弾んだ声を上げていた。
ここは
エイヴァーシャー大森林の奥地にあるこの王都は、何とも変わった様相を呈していた。
まず初めに目に飛び込んでくるのは巨大な大樹。
500メートルはあろうかと思えるほどに高く大きなその大樹は、正に小説などでよく出てくる“世界樹”を彷彿とさせるような出で立ちをしており、それを中心に円形状の都市が広がっていた。大樹はそれそのものが大きな建物として機能しているのか、木肌の至る所には窓のような空洞が幾つもあり、そこから明かりや人影のようなものも時折確認することができる。大樹の根元にも門らしきものが見受けられた。そしてそこから広がる都市は、まるで年輪のように家々が大樹を中心に円を描くように建ち並んでいた。
大樹以外の建物は全て土でできているのか、どれもこじんまりとしていて、どことなく殺風景にも質素にも見える。更には大樹のものであろう大小様々な根が地面の中から飛び出ては家々の間を走り、至る所で波打っていた。
しかし驚くべきことはこれだけではない。
王都だと思われる範囲は大樹を中心に半径10キロほどまでの大きな円形をしているのだが、何故それが明確に分かるのかと言うと、それは王都の外側が全て深い深い崖に囲まれているからだった。外界に繋がる大地があり、その先に1キロほどの幅の深い崖が円形状に走っており、その更に先に大樹のある円形状の大地が存在している。しかもこちら側の大地よりも大樹がある側の大地の方が地盤が上にあるのも不思議だった。大地と大地の間には幾つか、木の板を鎖で繋いだような橋や大樹のものであろう太い根っこが橋のように伸びているのだが、そのどれもが緩やかなカーブを描いて坂道のようになっていた。
「……はぁ~、本当に不思議な地形だな。よく自然にこんな形になったもんだ……」
どうしたらこんな形になるのかと思わず大きく首を傾げる。
ペロロンチーノはシャルティアと共に遥か上空に浮かびながら、眼下の王都を見下ろしていた。
「ペロロンチーノ様、どうやらエルフたちも漸く到着したようでありんす」
「うん? ……あっ、本当だ」
マジマジと王都を観察する中、不意にシャルティアに声をかけられてそちらに目を向ける。
視線の先にはクローディア率いるエルフの国王討伐軍が王都のすぐ傍まで近づいてきており、ペロロンチーノは一つ頷いてシャルティアを見やった。
「それじゃあ、これからについてクローディアちゃんと話すことにしますか! シャルティア、俺は先に行ってるからパンドラに連絡を取ってこっちに来るように伝えておいてくれないかな。どんな状況か報告も聞きたいし」
「で、ですが、ペロロンチーノ様、お一人で行動されるなんて危険でありんす。どうか、私にもお供をさせて下さいまし」
「え~、何そのお願い可愛すぎか!? そんなに俺のこと心配?」
「勿論でありんす! ペロロンチーノ様はわたくしにとって、何にも代えがたい最愛の御方。ペロロンチーノ様に何かあったら、とても生きてはいけないでありんす!」
「もう超か~わ~い~い~~っ! 俺もシャルティアのこと愛してるよ~~!」
シャルティアのあまりの可愛らしさといじらしさに、ペロロンチーノは感極まって衝動のままにシャルティアの小柄な身体を勢いよく抱き締めた。懐深く抱き込み、ぎゅーぎゅーと力を込めて銀色の髪に頬を摺り寄せれば、腕の中でシャルティアが蕩けたような甘い声を上げる。
「あぁぁんっ、ペロロンチーノさまぁ~! そんな、こんなところで、大胆……っ!! でも嬉しいでありんすぅ! 私も愛しておりますぅぅ~~!!」
「シャルティア、大好き~~!」
「嗚呼っ、遂に……遂にここで私の初めてを……っ!!」
恍惚の表情を浮かべたシャルティアがペロロンチーノの背に腕を回し、逞しい胸板に頬を摺り寄せる。熱く甘い吐息を吐き出し、紅色の双眸を感極まったように潤ませて蕩けさせた。
甘い雰囲気が最高潮に達したその時、しかし不意に戸惑ったような男の声が少女の背後に出現し、一気に濃密な空気が吹き飛ばされた。
「……ペロロンチーノ様、第一・第二・第三守護者殿、お取り込み中申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか?」
「あっ、パンドラ」
「チィィッ!!!」
シャルティアの背後……ペロロンチーノの正面の上空に現れたのは、胸に片手を添えて45度に腰を曲げながらこちらにはにわ顔を向けている
ペロロンチーノがシャルティアを抱きしめたままあっけらかんとした声を発する中、腕の中から鋭く大きな舌打ちが聞こえてきた。
そのあまりに殺意のこもった舌打ちに、ペロロンチーノは思わずビクッと両肩を跳ねさせて反射的に腕の中の少女を見下ろす。シャルティアは未だこちらの胸板に顔をうずめているため表情を確認することはできなかったが、それでも何となく不穏なオーラがドロドロと漂っているように見えた。
そのおどろおどろしさにペロロンチーノは思わずゴクッと生唾を呑み込む。そろそろとゆっくりとシャルティアから手と身体を離すと、極力シャルティアを見ないように心掛けながら、そそくさとパンドラズ・アクターの方へ飛んでいった。背後からドス黒い気配が漂ってくるのをビシバシと感じながら、しかし心の中でそれを必死に『気のせいだ』と言い聞かせて半ば無理矢理意識をパンドラズ・アクターに向ける。
「……あー、ご苦労様、パンドラ。王都の様子はどうだった? 何か情報はある?」
「はっ、そのことについて幾つかペロロンチーノ様にご報告がございますっ!」
パンドラズ・アクターは折っていた腰を元に戻して一度ビシッと敬礼する。
しかし次には今までのハイテンションを一気に鎮めると、落ち着いた声音で報告を始めた。
「まず初めに、どうやら此度のエルフの国王討伐軍の中に内通者がいるようです」
「えっ、マジ? いきなり超ヘビーで重要情報なんだけど……」
突然の問題発言に思わず呆けた声が出てしまう。
しかしパンドラズ・アクターは気にする様子もなく一つ頷くと、どこからともなく色鮮やかなオウムのような魔鳥を二羽取り出してきた。
赤い羽毛で覆われている短い首を両手でそれぞれ掴んでいる様は、正に娯楽の狩りで鳥を二羽仕留めた軍人のようである。
意外に様になっているその姿に内心で『おぉぉっ!』と声を上げながら、ペロロンチーノはパンドラズ・アクターに大人しく掴まれている魔鳥を見やった。
パンドラズ・アクターの手に大人しくされるがままになっているのは“レコル”という名の魔鳥。レベル10台くらいの、この世界の基準で考えてもあまり強くはない魔鳥だった。しかしこの鳥はあらゆる生物の声をマネして言葉を発することができるという中々に珍しい特徴を持っている。また群れで行動する鳥でもあり、多くの言葉や鳴き声で仲間とコミュニケーションを図るという設定持ちでもあるため、一羽でも警告の鳴き声を発すれば大群で襲いかかってくるという特徴と危険性をも持ち合わせていた。
「うわぁ、レコルだ、珍しい。久しぶりに見たよ。どうしたんだ、これ?」
「どうやら内通者やエルフ王はこの魔鳥を使って情報伝達を行っているようでして、既に何羽ものレコルを捕らえております」
パンドラズ・アクターはそこで一度言葉を切ると、右手に持っているレコルの首元をグッと強く握りしめた。
瞬間、レコルの嘴が機械的な動きでパカッと大きく開いた。
「『先日のクローディア・トワ=オリエネンス謀反の件で、現在エクト=カウロンの前線部隊の三分の一と共に王都に進軍中。到着予定日時に変更なし。』」
嘴の奥から硬質な男の声が聞こえてくる。しかし妙にエフェクトがかかっており、どうにも男の声であること意外は判別が出来なかった。
続いてパンドラズ・アクターが左手側のレコルの喉を握りしめ、もう一羽のレコルが嘴をパカッと開いた。
「『クローディア・トワ=オリエネンス率いる前線軍の一部が反乱を起こし王都に進軍中。至急王都に戻れ』」
こちらも嘴の奥から響いてきたのは男の声。しかし声にかかるエフェクトはこちらの方が強く、ところどころがひび割れ、その耳障りな音にペロロンチーノは思わず金色の仮面の奥で小さく顔を顰めた。
「うん、完全にバレちゃってるね、これ。増援も呼ばれちゃってるっぽいし、クローディアちゃんたち大丈夫かな?」
思ってもみなかった事態に、ペロロンチーノは思わず腰に手を当ててため息にも似た息を吐き出した。
正直、自分たちについてはあまり心配はしていない。しかし共に来るであろうクローディアたちの方は些か心配だった。
自分たちのレベルがこの世界では規格外であることは十分承知しているし、もしヤバくなったとしても逃げられるだけの手段は幾つも既に準備をしている。何かあったとしても、ある程度のことは上手く対処することができるだろう。しかしこの世界の住人であり、エルフ王よりもレベルが低いクローディアたちはどうなるか分からない。
これは増援が来る前にさっさと済ませちゃった方が良いかな~……と考える中、まるでそんな考えを吹き飛ばすような勢いでパンドラズ・アクターがこちらに身を乗り出してきた。
「ご安心ください、ペロロンチーノ様っ! 増援を呼ぶレコルは全てこのパンドラズ・アクターが捕まえておりますので、どこからも増援が来ることはありませんっ!!」
「えっ、本当? 流石はパンドラ、ナイスだよ!」
「ありがとうございますっ!!」
いつものテンションに戻って胸を張るパンドラズ・アクターに思わず小さな笑みを浮かべる。
ペロロンチーノは一度エルフたちの軍の方へ目を向けて様子を確認すると、一つ頷いてパンドラズ・アクターに目を向けた。
「でも内通者が軍の中にいるのは問題だな。いくら増援が来ないからって、こちらの行動が筒抜けだといろいろ面倒臭いことになるかもしれない」
「仰る通りです! また、内通者の正体もつきとめる必要があるかと。……その正体によっては、既に我々の存在も敵側に知らされている可能性がございます」
「あっ、そっか。……俺たちの存在を知っているのは、確かクローディアちゃんを含めると8人か……。逆にあっちが俺たちの存在を知っていれば対象者が絞れるな」
「こちらの存在が知られていようと大した問題にはならないのではないかえ? 何が問題なのでありんすか?」
そこに、大分落ち着いたのかシャルティアがこちらにゆっくりと飛んできながらパンドラズ・アクターに問いかける。
パンドラズ・アクターははにわ顔をシャルティアに向けると、表情が変わらない顔の代わりに困ったように首を傾げた。
「問題はいろいろ出てくるかと。先ほどの増援もそうですが、罠なども仕込まれる可能性があります」
「ふんっ、鬱陶しいことでありんすねぇ~。でもそれなら、罠ごと潰してしまえば良いでありんしょう? ペロロンチーノ様がお命じ下さるなら、この王都ごと一気に殲滅してご覧に入れますえ」
にっこりとした可愛らしい微笑みと共にとてつもなく物騒な言葉が飛んでくる。
『そんなところも可愛い』と内心でバカなことを思いながら、ペロロンチーノはシャルティアの頭に手を乗せて優しく撫でた。
「うん、シャルティアがいてくれると心強いよ。でも、王都を全部壊しちゃうのはちょっとやり過ぎかな。それは次の機会に取っておこう」
「そうでございますか? 畏まりました……」
なるべく傷つけないように言葉を選びながら諌めたつもりなのだが、それでもシャルティアは気落ちしたようにしゅんっとした表情を浮かべて小さく肩を落とす。
大変庇護欲を擽られるその姿に、ペロロンチーノは内心衝動のままに激しく身悶えた。実際に身悶えなかった自分を褒めてやりたいほどだ。
『ウチの嫁、マジ可愛い』と内心で何度も連呼しながら、ペロロンチーノは目の前の白銀の頭を優しく撫で続けた。
「ほらほら、そんなに気を落とさなくても大丈夫だよ。シャルティアの気持ちは本当に嬉しかったよ」
「そう、でございますか……?」
「勿論だよ! 頼りにしてるよ、シャルティア」
「は、はい……!!」
こちらの言葉に漸くシャルティアが満面の笑みを浮かべてくれる。輝かんばかりの可愛らしい笑みに、ペロロンチーノは胸に湧き上がってきた衝動を抑えるために咄嗟に仮面の奥でギュッと強く目を瞑った。
「………眩しッ……!」
「ペロロンチーノ様?」
「あ~、ううん、何でもないよ。それよりもそろそろクローディアちゃんたちのところに行こうか。どのみち内通者の件は彼女たちにも教えてあげないといけないし、どういった作戦を考えているのか聞く必要もあるしね」
「畏まりんした」
「くゎぁっしこまりましたぁっ!!」
ペロロンチーノの言葉に、シャルティアはスカートの両端を摘まんで礼を取り、パンドラズ・アクターはビシッと勢いよく敬礼する。
全く違う二人の行動に思わず小さな笑みを浮かべると、ペロロンチーノは首に下げているネックレスの力を発動させて自身に〈完全不可知化〉をかけた。パンドラズ・アクターも一度モモンガに変身して自身とシャルティアに〈完全不可知化〉をかけており、ペロロンチーノはそれを確認すると改めて眼下のエルフ軍へと目を向けた。
クローディア率いる国王討伐軍は、今は王都から見えない位置の森の中で陣を張り始めている。恐らくこれから作戦会議や戦闘の準備をしていくのだろう。
ペロロンチーノはザッと視線を走らせて目的の天幕を見つけると、〈
ペロロンチーノが目指しているのは目が覚めるような鮮やかな緑色の天幕。エルフ王国では王族しか許されぬ色である緑色の天幕には、間違いなくクローディアがいるはずだ。
ペロロンチーノは一度天幕のすぐ側に舞い降りて天幕内の様子を窺うと、次にはなるべく布が揺れ動かないように気を付けながら素早く天幕内へと滑り込んだ。彼の後ろに付き従っているシャルティアとパンドラズ・アクターも、引き止めることもせずにその後に続く。
果たして中にはクローディアだけでなく、
自分たちの存在を未だ知らないエルフたちがこの場にいないことにペロロンチーノは思わず小さく安堵の息をついた。
これであれば姿を現しても何も問題にはならないだろう。
ペロロンチーノは首元のネックレスに手をかけると、〈完全不可知化〉を解きながら嘴を開いて声を発した。
「いやぁ~、お疲れさま。無事に着いたみたいで何よりだよ」
「「「「っ!!?」」」
突然の声と異形種の登場に、クローディアたちが一様に驚愕の表情と声を上げる。慌ててこちらを振り返ってくる彼女たちの様子に、まるで悪戯が成功したような高揚感と楽しさが湧き上がってきた。意地の悪い遊びだとペロロンチーノ自身も思うけれど、顔に浮かぶ笑みを止められない。
『癖になったらどうしよう……』と内心少し心配になりながらも、ペロロンチーノはそんなことはおくびにも出さずにクローディアたちの元へとゆっくりと歩み寄っていった。
「もしかして、これからのことを相談中だった? もし邪魔しちゃったのなら謝るよ、ごめんね。でも、こっちにも君たちに教えておきたい情報があって、許してくれると嬉しいな」
「い、いえ、許すだなんてそんな……! だ、大丈夫です。むしろ、お心遣いに感謝します」
「あっ、そう? なら良かった」
緊張した面持ちながらも何度も首を横に振ってくるクローディアに、ペロロンチーノは再び満面の笑みを浮かべる。
後ろではペロロンチーノと同じようにシャルティアとパンドラズ・アクターも〈完全不可知化〉を解いて姿を現しており、ペロロンチーノはパンドラズ・アクターを振り返って手振りでレコルについて話すように促した。パンドラズ・アクターは心得たように一つ頭を下げると、次には二羽のレコルをまたどこからともなく取り出して見せる。不思議そうな表情を浮かべるクローディアたちに、パンドラズ・アクターは先ほどと全く同じ説明を彼女たちにも話していった。
話しが進むにつれ、見る見るうちに青白くなっていくエルフたちの顔。
特にクローディアの変化は著しく、話が終わる頃にはクローディアの顔は青を通り越して白くなり、唇は血が滲むほどにきつく噛み締められていた。
「一つ聞きたいんだけど、レコルを情報伝達に使うのは君たち特有のやり方? それとも今回の内通者だけが使ってる方法なのかな?」
「……レコルを情報伝達に使うのは、我々にとっては一般的な方法だ。軍属の者や王侯貴族の者であれば誰しもがレコルを使っている」
ペロロンチーノの問いに答えたのは、クローディアではなく導手第一部隊の隊長であるオルディン・ヴェル=ストラーダ。
男は厳めしい顔を更に顰め、苦々しい表情を浮かべながら睨むようにパンドラズ・アクターの手に捕らわれているレコルを見つめていた。
念のため確認するように他のエルフたちに目を向ければ、赤刃と閃牙の隊長二人も同意するように頷いてくる。クローディアも顔面を蒼白にしながらも頷いているため間違いないのだろう。〈
「君たちの中で内通者に心当たりがある人はいる? それか、内通者を調べる方法とか」
「……申し訳ありません。そのレコルだけでは何とも……」
「まぁ、そうだよね……。一応レコルは全部パンドラズ・アクターが捕まえているから増援が来ることはないはずだけど、その他にも罠とかが仕掛けられている可能性はある。君たちにとってはすごく危険で不利な状況ではあるけど、何か作戦はあるのかな?」
今回の国王の討伐は主に自分たちの力を彼女たちに示すものではあったが、それでも全てを自分たちだけで片付けてしまっては意味がない。エルフたちの殆どは未だこちらの存在すら知らず、また国王を討つのは表面的にはクローディアでなくてはならないのだ。そうでなければエルフ王を排除したところで、次は王位継承権を巡って内乱が起きかねない。クローディアが争うことなく早急に王位を継ぐためには、『王を討った』という確固たる実績が必要だった。
「……作戦、と言うほどではありませんが、王樹“サンリネス”には王族しか知らない秘密の出入り口と通路が存在します。そこから秘密裏に潜入しようと考えていました。潜入するのは私と各第一部隊と各部隊の隊長のみ。各部隊の副隊長と残りの部隊の者たちは戦乱に王都の民たちが巻き込まれぬよう住民たちへの声かけと避難の手助けをさせようと思っています」
「なるほど……。確か今回の国王討伐軍に参加しているのは赤刃第一部隊と第五部隊、閃牙第一部隊と第四部隊、導手第一部隊、……後は
「はい。我々を見守りし大いなる大樹であり、王族が代々受け継いでいる家でもあります」
「つまり、やっぱりお城ってことか。……う~ん、でもその秘密の出入り口や通路を使って王樹の中に潜入できたとしても、こちらの反乱に気付かれている以上、そこにも罠が仕掛けられている可能性は高い気がするな~」
「そう、ですね……。しかし、王都にいる全ての兵たちと真正面から戦う訳にはいきません。……たとえ罠があったとしても、少しでも犠牲を最小限に抑えるために動かなくては……」
ペロロンチーノの指摘にクローディアの表情が苦々しいものに変わる。
ペロロンチーノは少しの間思案すると、改めてクローディアへ目を向けながら小さく首を傾げた。
「ちょっと俺に考えがあるんだけど、その前に王樹の内部について詳しく教えてもらえないかな?」
「分かりました。パラディオン隊長、王樹内部の図面をこちらに」
「……宜しいのですか……?」
「ええ、構いません」
躊躇うように確認してくる閃牙の第一部隊隊長に、しかしクローディアはすぐさま頷いてそれに応える。
シュトラールはグッと唇を引き結ぶと、次には天幕の端へと歩み寄って多くの書類の束が入っている箱の中から一つの羊皮紙を取り出した。羊皮紙にザッと目を通して中身を確認し、踵を返してこちらに戻ってくる。
シュトラールは羊皮紙を大きく広げて持つと、クローディアたちが囲むようにしている大きなテーブルの上に置いた。
目の前に広げられたのは、間違いなく王樹の内部構造が描かれた物。
ペロロンチーノはテーブルに歩み寄ると、少し上体を傾かせて羊皮紙を覗き込んだ。
素早く視線を走らせながら、ペロロンチーノはまずは事細かにあらゆる部屋や通路についてクローディアに質問していった。
「……ん~、随分と入り組んでるみたいだな……。これだと、玉座の間よりもその前室の方が良さそうかな……。……王様は私室じゃなくて玉座の間にいる確率の方が高いんだよね?」
「はい。王は通常、夜以外は玉座の間にいることが殆どですので」
「……あのさ、ちょっとした疑問なんだけど、ずっと玉座の間にいて何してるの? 執務とかは……普通執務室とか私室ですると思うんだけど」
「いえ、その……、王はあまり執務は行いません。執務は殆ど臣下たちに任せておりますし、どうしても王の許可が必要な場合のみ、臣下が玉座の間に赴いて伺いを立てます。王は……普段は玉座の間で好きに過ごされておりますので、特にこれをしている……というようなことは………」
「……え~……、………クズい………」
「……………………」
呆れたようなペロロンチーノの声音と言い様に、しかしクローディアも反論する言葉が思いつかないのだろう。口を閉ざしたまま眉を八の字にして苦い笑みを浮かべている。
ペロロンチーノは一つ大きな息をついて気を取り直すと、改めて目の前の図面に目を向けた。
「……分かった。王様の日常には思うところが大いにあるけど、今回は作戦が考えやすいから良しとしよう。王樹に潜入するのは俺たちとクローディアちゃんが最初に言っていたメンバー。後の人たちには王都で作業をしていてもらおう」
「で、ですが、罠が仕掛けられている場合、その人数だけでは些か心もとなくはないでしょうか?」
「大丈夫。要は出入り口や通路を使わなければ良いんだよ」
「……?」
ペロロンチーノの言葉に、クローディアだけでなくこの場にいるエルフたち全員が怪訝そうな表情を浮かべる。しかしペロロンチーノは一度彼女たちから視線を外すと、後ろに控えているシャルティアとパンドラズ・アクターを振り返ってこちらに来るように手招いた。静々と歩み寄ってくる二人を確認し、そこで改めてクローディアたちへと視線を戻す。
「二人は空を飛ぶことができるし、シャルティアは転移魔法が使えるし、パンドラズ・アクターは対象の姿や気配を消す魔法を使うことができる。まずは二人に玉座の間に近い窓から王樹の中に潜入してもらって玉座の間の前室まで行ってもらう。そこからシャルティアの転移魔法でここと繋げば、君たちは出入り口も通路も使わずに一気に玉座の前室まで移動できるはずだ」
「それは……、た、確かにその方法であれば一気に難易度は低くなりますが……。本当に、そのようなことが可能なのでしょうか?」
「まぁ、シャルティアとパンドラにかかる負担や危険度は増しちゃうけど……。どう、二人とも? 問題なくできそう?」
「はい! ペロロンチーノ様のご命令であれば、必ずや成功させてみせますでありんす!」
「
「いや、死力は尽くさなくて良いから……」
パンドラズ・アクターの口から突然飛び出てきたドイツ語に思わず脱力してしまう。同時に、『どうしてモモンガさんはパンドラに“時々ドイツ語で話す”なんて設定をつけたんだろう……』と疑問を浮かべて小さく首を傾げた。
モモンガは非常に頼れるギルド長で常識人であるが、時々良く分からない部分がある。
そんなことを内心で思いながら、ペロロンチーノはフゥッと小さな息と共に意識して思考を切り替えた。
「と、言う訳だから心配しなくても大丈夫だよ」
「……えっ、い、いえ……本当に、大丈夫なのでしょうか……?」
「大丈夫、大丈夫。……あっ、シャルティア、念のために潜入する時は“
「畏まりんした。ペロロンチーノ様のお心遣いに感謝いたしんす」
ペロロンチーノの言葉に、シャルティアが途端に嬉しそうな笑みを浮かべる。
ペロロンチーノも仮面の奥でデレデレとだらしない笑みを浮かべながら、改めてクローディアたちに向き直ってこれからについて更に詳しく話し合うことにした。
作戦が決行されたのは、太陽が沈み始める夕方ごろ。
国王討伐軍の陣営ではクローディアや各部隊の隊長の号令に従ってエルフたちは二つの隊に別れていた。
一つは王樹“サンリネス”に潜入する少数精鋭部隊。そしてもう一つは、王都で民たちに避難勧告を行う部隊である。
ペロロンチーノは〈完全不可知化〉をした状態でクローディアの傍らに密かに立っており、その目をじっと夕日で赤く染まっている王樹へと向けていた。
シャルティアとパンドラズ・アクターは傍にはおらず、既に王樹の内部に潜入している。順調に事が運んでいれば、もうそろそろ玉座の間の前室に到着している頃だろう。
『大丈夫かな~』……と内心少し心配に思う中、不意にクローディアが何歩か前に進み出て目の前の精鋭部隊に向けて大きく口を開いた。
「皆さん! これより我々は、多くのエルフたちを苦しめてきた国王に対し、進軍を開始します! ですがその前に、一つだけ皆さんに伝えておきたいことがあります!」
クローディアの発言に、少し騒めいていた空気が一気に静まり返る。
耳が痛くなるほどの静寂の中、クローディアが息を吸い込む音が大きく響いた。
「皆さんの中には、今回の決起に疑問を持っている人も少なからずいると思います。『立ち向かったところで勝てるのか』と不安に思っている人も多くいるでしょう。私も、それは当然のことだと思っています。今ここで皆さんの疑問や不安に明確な答えを話すことはできませんが、一つだけ……我々には今とても心強い味方がいます! 私は彼らの力を借りて、今エルフ王国に迫っている全ての脅威を取り除こうと考えています! どうか今は私を信じて……私に皆さんの力を貸してください!」
クローディアの言葉には未だ上に立つ者が持つ威厳のようなものは少しもない。しかし彼女の声音には力強さと、何よりひたむきで真摯な響きがあり、それらは確かに聞いている者の心を強く打つものだった。
現に目の前のエルフたちは未だ困惑の表情を浮かべている者もいたが、その殆どは既に覚悟を決めた力強い表情を浮かべている。
そのまま細かな指示を出し始めているクローディアの姿に、ペロロンチーノは『すごいな~』と感心した眼差しで見つめていた。
そんな中、不意に脳内に繋がったシャルティアからの〈
無事に玉座の間の前室に到着し制圧したという知らせに、ペロロンチーノは短く労りの言葉をかけた。
それと同時に、改めてクローディアへと目を向ける。
クローディアも、各部隊の隊長と副隊長も、そして多くのエルフたちも、今はすっかり気が高ぶっていて気合に満ちている。タイミング的にもちょうど良さそうだと判断すると、ペロロンチーノはシャルティアに〈
瞬間、ペロロンチーノから少し離れた場所の空間に楕円形の闇の扉が出現する。
途端に驚愕の表情と共に騒めくエルフたち。
しかし流石と言うべきか、事前に〈
「これこそが我々に力強い味方がいるという証です! この闇の扉は王樹の内部に通じています。ここを通れば、一つの被害もなく玉座の間まで行くことができる!」
「「「「……っ……!?」」」
「本当に大丈夫なのかと不安に思うかもしれません。ですが、ここは私を信じて下さい! ……まずは私から行きます。皆さんはその後についてきて下さい!」
不安がある状態で未知の物体に近づくことは難しい。そんな中でも率先して動き導こうとするクローディアの姿は、ペロロンチーノの目から見てもとても輝いて見える。
恐らくエルフたちの目から見ればそれはなおさらだろう。
上に立つ者としての行動としては賛否両論あるとは思うが、少なくともペロロンチーノからすれば非常に好感が持てるものだった。
「………ペロロンチーノ様、……私は……あなたを信じます……」
誰の耳にも届かないように小さく呟かれた言葉がペロロンチーノ本人の耳だけに届く。
ペロロンチーノは『うん、クローディアちゃん、マジ可愛い』と内心で何度も頷きながら、〈
視界が一瞬闇に染まり、すぐに明るい光に照らされる。
〈
部屋の形は円形で、大きな扉がそれぞれ一つずつ左右に対面で存在している。ペロロンチーノから見て右側の扉の両脇には背もたれがない小さな椅子が三つほどこじんまりと並べられており、それ以外の家具は一切見当たらなかった。壁も扉も椅子も真っ白で、一切他の色がない。壁や扉をよく見れば木目が確認でき、扉に関しては細かな飾り彫りが施されていた。
「――……漸くお出ましでありんすか? 随分と呑気でありんすねぇ~」
そこに不意にねっとりとした甘い声が空気を震わせる。
何もないはずの空間がぐにゃりと歪み、次には二体の異形が前触れなく姿を現した。
椅子がある側の扉の前に立っていたのは、深紅の全身鎧を身に纏った美少女と黄金に輝く
彼らは完全装備をしたシャルティアと、ペロロンチーノの姿に変身したパンドラズ・アクターだった。
「……なっ、誰だ貴様らは!!」
「バードマン!? 何故こんな所に……!!」
突然のことに何も知らないエルフたちが口々に驚愕の声を上げる。中には武器を構える者もおり、それにすかさずクローディアと各第一部隊の隊長たちが動いた。まるでシャルティアとパンドラズ・アクターを背に庇うように立ち、エルフたちと対峙する。
「皆さん、落ち着いて下さい! 彼らは我々の敵ではありません!」
「取り敢えず誰も動くな! 武器を下ろせ!」
何とかこの場を落ち着かせようと声を張り上げる。
しかしそれだけでは騒動は収まらなかった。
異形自体、見る機会が少なかったのだろう、エルフたちの多くはすっかり混乱してしまい恐怖すら感じているようだった。こんな状態では、騒ぎが収まるどころか疑いの感情や非難の言葉がクローディアたちに向きかねない。
『う~ん、マズい状況だな~……』と内心で小さな唸り声を零す中、不意にバキッと言う大きな破壊音が響き渡った。突然のことに、それまで騒いでいたエルフたちが全員口を閉じて一気に場が静まり返る。
音の発生源に目を向ければそこには赤刃第一部隊隊長のナズル・ファル=コートレンジが立っており、その手には刃を晒した剣が、そしてその足元には切り壊されたのだろう一つの椅子が無残な状態で転がっていた。こちらに背を向けた状態になっているナズルが顔だけで振り返ってギロッと鋭い双眸を向けてくる。
「………ここをどこだと思っている。既に敵地の中にいるのだぞ。これ以上無様に騒ぐようなら問答無用で切り捨てるぞ」
ナズルの全身から鋭い殺気が立ち上っている。
見るからに有言実行しそうなその様子に、エルフたちはすっかり怯んで口を閉ざした。
「……コートレンジ隊長、この場を鎮めて下さったことに関しては感謝します。ですが、仲間を切り捨ててはいけません」
「……ふんっ……」
「皆さんもどうか私の話を聞いて下さい。先ほども言いましたが、彼らは我々の敵ではありません。逆に心強い味方なのです」
クローディアの言葉に、再び驚愕の騒めきが小さく起こる。
しかし先ほどのナズルの脅しが効いているのだろう、騒めきは本当に小さなもので、すぐに再び静寂が訪れた。
「私は国王を倒し、法国からの脅威を退けるために彼らと手を組みました。今はその詳細を語るほどの時間的余裕はありませんが、決してエルフ王国にとって不利益になるような取引はしていません。王を倒した後には、必ず皆さんにも全てを説明することを約束します。だからどうか今は、私のことを信じて従って下さい。お願いします」
「「「……………………」」」
最後に深々と頭を下げるクローディアの姿に、多くのエルフたちが怯んだような素振りを見せた。
人間だろうとエルフだろうと異形種だろうと、上に立つ者が下の者に潔く頭を下げるなどそうそうないことだ。クローディアの行動に多くのエルフたちが気後れしてしまうのも当然のことだろう。また、それ故に心を大きく動かされる者もまた多くいるのも、ある意味必然だった。
「クローディア様、どうか頭をお上げ下さい……!」
「……分かりました。我々はクローディア様を信じます」
「隊長方は事前に知らされていた御様子。隊長が納得されているのであれば、何も言うことはありません」
「我々は最後までクローディア様や隊長についていきます!」
「皆さん……、ありがとうございます」
エルフたちの言葉に、クローディアは下げていた頭を上げながら感極まったような表情を浮かべる。
クローディアは溢れてきた涙を慌てて手の甲で拭うと、心を落ち着かせるように一つ深呼吸をして改めてシャルティアたちへと向き直った。
「……お待たせしてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫です」
「あら、もう終わり? それにしても……下等な者たちをまとめるのは随分と大変なのねぇ。上位者の言動に異議を唱えるなんて、わらわたちには考えられないことでありんす」
「……あなた方は、上に立つ者の言うことには絶対服従をするのですか? それがたとえ、意に添わぬことであったとしても?」
「それが至高の御方々のお望みであるなら、それを叶えるのが私たちシモベの務めであり存在意義そのものでありんす。それに、至高の御方々はどなたも叡智高く慈悲深い方々。私たちなどが見ることもできぬ遥か高みと広い視野を持っていらっしゃる。御方々の仰ることは全てが正しいのでありんすえ」
(……いや、それはちょっとハードル高すぎじゃないかな、シャルティア。……その、信じてくれるのは嬉しいんだけどね。……嬉しいんだけど……、ちょっとやっぱりその認識は考え直してくれないかな~……。)
胸を張って言い切るシャルティアに反し、傍で聞いているペロロンチーノは内心で何度も頭を振りながら情けない言葉を零す。
しかしこれは流石に言葉に出して言わない方が良いことくらいはペロロンチーノも分かっていた。自分にできることはモモンガとウルベルトと協力して、少しでも彼女たちからの期待に応えられるよう努力することくらいだろう。言いようのない恐怖に小さく身を震わせながら、ペロロンチーノは脳内でモモンガとウルベルトと固い握手を交わして強く肩を抱き合った。
そんなある意味現実逃避の妄想を繰り広げる中、今まで黙っていたパンドラズ・アクターがシャルティアやクローディアたちの方へと歩み寄った。
「まぁ、シモベの言動についての意見交換はそれくらいにしておこうか。今はエルフの王様への対処をするのが先だよ」
「……申し訳ありません。以後気を付けます」
目の前のペロロンチーノの正体がパンドラズ・アクターだと知っているためか、答えるシャルティアの表情や声音が明らかに硬い。
それにクローディアが不思議そうな表情を浮かべて小さく首を傾げる中、パンドラズ・アクターはまるでその疑問を遮るようにクローディアに声をかけた。
「一応事前にあっち側の扉とその周辺の地面や壁や天井に複数の罠を仕掛けておいたから、王様の兵たちがこちらの潜入に気が付いて向かってきたとしても結構な足止めはできると思う。ただ、それでも完全じゃないだろうから、何人かはこの場に残しておいた方がいいと思う」
「分かりました。それでは私と各隊長のみ玉座の間に進み、残りの者たちにはこの場を死守してもらいましょう」
「うん、それが良いと思うよ。……シャルティア、念のため何体か眷属を付けてあげてくれる?」
「畏まりんした」
パンドラズ・アクターの指示にシャルティアは大人しく従って一つ頷く。
瞬間、シャルティアの影から次々と漆黒の狼や蝙蝠が形作られ出現した。
シャルティアの
それらはシャルティアの目の前で整列すると、まるで命じられるのを待つかのようにシャルティアを見上げた。
「ここにいるエルフたちと共にこの場を死守しなんし。何一つ先に進ませることのないように」
シャルティアの端的な命令に、ヴァンパイア・ウルフとエルダー・ヴァンパイア・バットは大人しく向かいの扉の方へと向かっていく。
その背を少しの間見守った後に振り返ったシャルティアに、パンドラズ・アクターは一つ頷いてクローディアたちを見やった。
「よし。それじゃあ、早速王様に会いに行こうか」
パンドラズ・アクターに促され、クローディアたちは顔を引き締めて大きく頷く。先頭にはシャルティアが立ち、その後ろにクローディアと各部隊の隊長であるエルフたち、そして最後にパンドラズ・アクターと〈完全不可知化〉状態のペロロンチーノが並び立つ。シャルティアは扉の前に立つと、何の躊躇いもなく勢いよく扉を押し開けた。
瞬間、姿を現したのは樹の内部だとは思えぬほどの美しく豪奢な空間。
中は前室と同じく白を基調とした様相になっており、奥には木で出来た豪奢な椅子が置かれていた。椅子の上には年若い一人の男のエルフが腰かけており、その両脇には見た目の年齢は様々な五人のエルフたちが驚愕の表情を浮かべて立っている。一人だけ座っているエルフはキョトンとした表情を浮かべた後、次には面白いものを見たというような笑みを浮かべて色違いの双眸を細めさせた。
「……おや、どうやら客人が来たようだ。まさかここまで来られるとは思っていなかった……。それも我々に一切気取られずに」
心底不思議そうな表情を浮かべて小さく首を傾げてくる。
恐らくこの男がエルフの現国王なのだろう。色違いの双眸もさることながら、整った顔立ちや癖のない黄金色の髪、何より目や唇の形がクローディアと似通っていた。
「……クローディア、いつからそんなに強くなっていたのだ? 教えてくれれば我が種子を宿らせる役目を与えてやったものを」
「……っ……!! ……誰が、……あなたのものなど……!!」
「フンッ、そのような生意気な言動は本当にそれができるだけの強さを持ってから言うが良い。ここまで来られた本当の理由は……、そこにいる見慣れぬ者たちの力のおかげなのだろう?」
小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべるエルフ王にクローディアは怒りに大きく顔を歪める。
クローディアの左右に控える隊長たちも同様で、一様に苛立ちの表情を浮かべる彼らに、しかしエルフ王は気にした様子もなく余裕の表情でその目をシャルティアへと向けた。
「……ああ、だがそちらの女は非常に良い。その美しく可憐な容姿はさることながら、感じられる力も相当な物で申し分ない。まさしく私の妃に相応しい!」
シャルティアを見つめるエルフ王の顔が恍惚とした笑みを浮かべ、発せられる声音にも熱が宿る。
うっとりと見つめてくるエルフ王に、しかし返されたのはどこまでも冷めた深紅の瞳だった。
「……ほんに身の程知らずの下等生物でありんすねぇ。耳障りな言葉は言わないでくんなまし」
「おや、不服か? 私はこの国の王。私の妃の一人となるのは大変名誉なことだと思うが」
「口を閉じなんし。私の全ては至高の御方様のもの。ぬし如きには私は勿体ないでありんすよ」
「……ふむ、至高の御方とやらが誰なのかは知らないが、その強気な態度も悪くはないな。跪かせて懇願させたくなる」
ゆっくりと玉座から立ち上がるエルフ王の表情が柔らかなものから狂気じみた笑みへと変わる。
エルフ王は玉座のすぐ傍らに立て掛けている物に手を伸ばすと、片手で掴んで一度ブンッと大きく振り払った。
一見杖にも燭台のような飾りにも見えるそれは、二メートルほどもある長大な槍。
エルフ王が得物を取ったことで、左右を固めていたエルフたちもそれぞれ得物を手に取って臨戦態勢をとった。
彼らが恐らくクローディアが言っていた、エルフ王に認められた強者たちなのだろう。
クローディアたちも戦闘態勢を取る中、しかし不意にシャルティアが背後に向かって動いた。
瞬間、ガキンッという固く鋭い音が響き渡る。
シャルティアの目の前にいるのは驚愕の表情を浮かべたクローディア。呆然と目を見開いている彼女に、しかしシャルティアはクローディアではなくその先に深紅の瞳を向けていた。いつの間に取り出していたのか、シャルティアの手に握られている“スポイトランス”の穂先がクローディアの脇を通り過ぎて彼女の背後に向けられている。クローディアが硬直したままゆっくりと顔だけで自身の背後を振り返ってみれば、そこには導手第一部隊の隊長が苦々しい表情を浮かべながら右手を左手で押さえていた。チラッと視線を横に移せば、一本の短剣がすぐ近くの地面に突き刺さっているのが視界の端に映り込む。
予想外の展開にクローディアは呆然とした表情を浮かべながら厳めしい男の顔を見上げていた。
「………ストラーダ……隊長……?」
「……チッ……!」
クローディアの呼びかけとほぼ同時に鋭い舌打ちの音が響いて消える。
オルディンは厳めしい顔を更に大きく歪めると、次には素早い動きで後退ってクローディアやシャルティアの槍の穂先から距離をとった。その際、地面に突き刺さっている短剣を引き抜いて改めて構える。
オルディンが何をしようとしていたのかは誰の目から見ても明らかであり、他の隊長たちも全員が驚愕の表情を浮かべていた。
「なるほど。内通者は君だったか」
誰もが信じたくない真実に口を噤む中、パンドラズ・アクターが空気も読まずに呑気な声音で真実を口にする。
果たしてパンドラズ・アクター本人が空気を読んでいないのか、はたまたパンドラズ・アクターの中でペロロンチーノが空気を読まない人物として思われているのか。非常に判断に悩む事態にペロロンチーノは無言で頭を悩ませる。
しかしペロロンチーノが呑気に考え込んでいる間にも周りの状況はどんどんと進んで行っている。
誰もが得物を手に敵と対峙して刃を振るい始めた。
ナズルとシュトラールはオルディンに襲いかかり、クローディアと他の隊長たちはエルフ王の側近たちと刃を交え、シャルティアは襲いかかってくるエルフ王を迎え撃つ。因みにパンドラズ・アクターは基本全体の様子を窺いながら、時折クローディアたちの手助けを適度に行っているようだった。
ペロロンチーノとしても本音としてはクローディアの手助けをしてあげたいし、シャルティアに不埒な言動を行うエルフ王に対してはさっさと血祭りにあげてやりたい気持ちは大いにある。しかし作戦開始前にシャルティアとパンドラズ・アクターに散々心配され、『念のため姿を隠して見守っていてほしい』と頼み込まれた手前、安易にこちらの存在に気付かれるような行動はとれなかった。『う~ん、暇だな~。あのエロフ王様野郎、殺したいな~』と思いながら目の前で繰り広げられている多くの戦闘を呑気に眺める。
中でもナズルとシュトラールとオルディンの戦闘は互いに罵詈雑言を吐き捨てながら戦っているものだから、特に目が引き寄せられていた。
今もナズルとオルディンが刃を交え、オルディンが召喚した魔物をシュトラールが倒しながら数多くの罵詈雑言が飛び交っている。
「……くそっ、どうしてこんなことに! 何故裏切った!!」
「ほざけ! わしは元より陛下の臣下よ!!」
「今更そんな事はどうでもいい! さっさと地獄に堕ちろ、この老いぼれがぁぁっ!!」
「おごるでないわ、若造がっ!!」
まるで子供の喧嘩のような騒々しさである。
一方クローディアたちの方はひたすら無言のまま激しく刃を交えていた。流石は王の娘と各部隊の隊長と言うべきか、エルフ王が認めた強者たちとも何とか渡り合っている。しかしそれもいつまで持つか分からない危うい状況ではあった。
そして最後にシャルティアとエルフ王の方はどうかというと、こちらが一番の激戦を繰り広げていた。
一方的に猛攻撃を繰り出しているのはエルフ王の方。シャルティアはエルフ王の槍の猛攻撃をスポイトランスで全て弾き返していた。しかし一切反撃はしていない。今もなお反撃する素振りさえ見せずに、ただ攻撃を弾き返しながらじっと観察するようにエルフ王を見つめていた。
少し見ただけで分かるほど、シャルティアとエルフ王とのレベル差は大きい。恐らくエルフ王のレベルは50前後と言ったところだろうか。シャルティアであれば一撃でエルフ王の命を刈り取ることも容易だろう。
では何故それをしないのかというと、全てはペロロンチーノが命じたためだった。
それは単にエルフ王の情報を入手するためと言う理由だけではない。エルフ王を倒すのはあくまでもクローディアでなければならないからだった。
しかしそんな事情など知らないエルフ王は勝手に都合のいい勘違いをしているようだった。攻撃の手は緩めずに余裕の笑みを浮かべてくる。
「どうした? 防いでばかりではないか! 攻撃してこねば私には勝てぬぞ!!」
「……………………」
「最初の余裕はどこにいった!? 早く諦めて我がものとなれっ!!」
エルフ王の勝ち誇ったような声が大きく響き渡る。
まるでシャルティアが既に自分のものであるかのような物言いと態度に、ペロロンチーノの眉間に大きな皺が寄った。
シャルティアに好意があるだけでも気に入らないというのに、自分のものにするなど言語道断だ。湧き上がってくる苛立ちや殺意によってザワザワと全身の羽根が逆立ち膨らんでいく。
しかしエルフ王の言動に苛立ちを募らせていたのはペロロンチーノだけではなかったらしい。
今まで大人しく防御だけに徹していたシャルティアがカッと深紅の瞳を見開かせ、次には彼女の動きが一気に変わった。突然身を屈めたと同時にエルフ王に足払いをくらわせ、次には踵を返して地面を強く蹴る。残像すら僅かしか捉えられないほどのスピードで向かうのは、クローディアたちの相手をしているエルフ王の側近たち。スポイトランスを振るって一撃で複数人を沈めるシャルティアに、唯一シャルティアの動きを的確に捉えているパンドラズ・アクターも彼女が何をしようとしているのか気が付いたようだった。すぐさま弓を構えてシャルティアの動きに合わせて矢を放っていく。
次々と容赦なく一撃で沈められていくエルフたち。
シャルティアは次にはすぐさまエルフ王の前まで戻ると、立ち上がろうとしているエルフ王の喉元にスポイトランスの穂先を突き付けた。
此の間かかった時間は実に十数秒。
エルフ王側のエルフたちはオルディン以外の全員が地面に沈んでおり、その突然すぎる事態にペロロンチーノとシャルティアとパンドラズ・アクター以外の全員が呆然とした表情を浮かべていた。何が起こったのが全く理解できないという表情を誰もが浮かべている。
そしてそれはエルフ王も同様だった。
呆然と自身に槍を突き付けているシャルティアを見上げている彼に、シャルティアは蔑みの表情を浮かべて冷めた双眸を向けていた。
「ほんに耳障りなことを言わないでくんなまし。私と渡り合っていると勘違いするのも図々しいでありんすよ」
「………な、ぜ………きさま……」
「全ては至高の御方々のご意思とご計画のためでありんす。おんしに求められているのは、そこな女に首を跳ねられることのみ」
「……女……、……クローディア、か……?」
「おんしのようなゴミ屑の命にも使い道を示されるだなんて、至高の御方々はほんにお優しいでありんす。おんしも至高の御方々の御慈悲に感謝しなんし」
「……………………」
にっこりとした可愛らしい笑みと共に言われた言葉に、しかしエルフ王は思考がついて来ていないのか、無言のまま呆然とした表情でシャルティアを見つめている。
しかしそんなエルフ王の様子などシャルティアにとってはどうでもいいことだった。
シャルティアはチラッとパンドラズ・アクターを見やると、パンドラズ・アクターも一つ頷いてクローディアの方に顔を向けた。
「邪魔者は排除できたし、王様ももう抵抗できないと思うよ。後はクローディアちゃん、よろしく」
「………はい……」
ペロロンチーノを真似ているパンドラズ・アクターが明るい声音でクローディアに声をかける。
瞬間クローディアは小さく顔を強張らせたが、一拍後には一つ頷いてエルフ王とシャルティアの方に歩み寄っていった。シャルティアの傍らで立ち止まり、目の前で尻もちをついた状態でいる自分の父親を見下ろす。
しかしエルフ王はなおもシャルティアだけを見つめており、クローディアなど意識の端にも捉えていないようだった。
それにクローディアはどこか悔しそうで寂しそうに小さく表情を歪めて唇を噛み締めた。剣を持つ手に力を込め、ゆっくりと攻撃の体勢をとる。
一度大きく深呼吸すると、顔を引き締めて強い瞳でエルフ王を見下ろした。
「王、お別れです。私はあなたを討ち、このエルフ王国を救ってみせます」
「……………………」
最後の別れの言葉をかけても、エルフ王の意識は一欠けらもクローディアに向くことはない。
クローディアはもう一度だけ深呼吸すると、次には目を鋭くして大きく剣を振りかざした。
「……やめろ……っ!!」
「……ッ……!!」
「……………………」
「……ふっ……!!」
瞬間、動いたのは四つ。
オルディンが制止の声を上げ、エルフ王が今までの呆然とした表情を脱ぎ捨ててクローディアに向けて右手に持っていた槍を振るおうとし、シャルティアがすかさず動いてエルフ王の右腕を切り飛ばし、クローディアがエルフ王の首元へ剣を横薙ぎに振り放つ。
一拍後、空中を舞ったのはエルフ王の右腕と首。
鮮やかな血を撒き散らしながら地面へと落ちるそれらに、オルディンは目を見開きながら脱力したように地面に座り込み、シャルティアは小さくフンッと鼻を鳴らし、クローディアは小さく深い息をついた。
クローディアは剣を抜き放っている体勢からゆっくりと元の体勢に戻ると、剣を腰の鞘に戻しながらゆっくりとした足取りで遠くに飛んでいったエルフ王の首の方へ歩み寄る。両膝を地面についてしゃがみ込み、そっとエルフ王の首を持ち上げた。両手を血で真っ赤に濡らしながら、目の前まで掲げ持ったエルフ王の首にクローディアは一瞬複雑そうな……どこか泣きそうな表情を浮かべる。しかしクローディアはすぐにその表情を引っ込めると、次には何もなかったように顔を引き締めて勢いよく立ち上がった。右手だけでエルフ王の首を持ち直し、こちらを振り返って高く掲げる。
「エルフ王は私、クローディア・トワ=オリエネンスが討ち取った! 今後は私に従ってもらいます!!」
力強く声高らかに宣言するクローディアに、各隊長が全員片膝をついて深々と頭を下げる。
望んだ通りの展開に、しかしペロロンチーノは仁王立ちしているクローディアを静かに見つめていた。
実の父親の首を飛ばし、その首を素手で掲げ持ち、顔を引き締めて真っ直ぐ立つエルフの王女。
しかしその手は密かに小刻みに震えており、ペロロンチーノは気丈に振る舞うエルフの王女をただ真っ直ぐに見つめ続けていた。
パンドラのドイツ語は以前と同様、翻訳サイトで調べたものなので間違っているかもしれません……(汗)
その辺りは大目に見て頂けると嬉しいです……(滝汗)
また、ペロロンチーノが言っていた“深紅の翼鎧”はシャルティアの深紅の全身鎧のことです。
名前が原作で出ていなかったと思うので当小説では仮でこの名前としておきます。
もし原作で名前が判明しましたら、その時に改めて修正させて頂きます。
また、こちらに記載しても良いのか分からないのですが、実はこの度当小説と他小説と小説全般に関してのアンケートを実施することとなりました!
もし宜しければ、ご協力のほど、よろしくお願い致します(深々)
【アンケートURL】
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSc0nsJ22OH1wiYwuElqckvij8RMCBxC9Ucby430RKJkqFeI2A/viewform?usp=sf_link
*今回の捏造ポイント
・レコル;
見た目は鮮やかなオウムのような、レベル10台くらいの魔鳥。あらゆる生物の声をマネして言葉を発することができる。また群れで行動する習性があり、多くの言葉や鳴き声で仲間とコミュニケーションを図るため、一羽でも警告の鳴き声を発すれば大群で襲いかかってくる。