世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第6話 始動

 スレイン法国の神官長直轄特殊工作部隊、六色聖典が一つ陽光聖典の隊長であるニグン・グリッド・ルーインは目の前の状況に困惑と苛立ちを感じていた。

 彼らの今回の任務はリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺である。

 しかしニグン率いる陽光聖典は主に亜人などの殲滅を基本任務とする部隊であり、今回のような隠密行動や追跡が重要となる任務は通常不慣れだった。四回も取り逃がし、漸く追いつめて止めをさそうとしたところだったのだ。

 しかしここにきて謎の邪魔が入り、どうしようもなく苛立ちが募った。

 邪魔をしてきたのは魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われる二人の男。

 一人は漆黒のローブで全身を覆い奇怪な仮面を被った大柄な男で、もう一人は身に纏っている見慣れぬ衣装は質が良いものの男自体は青白い肌に痩せた身体で酷く病的だった。先ほどの傲慢な態度が滑稽に思えるほどに弱々しい。

 ニグンはフンッと小さく鼻を鳴らすと、目の前の謎の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちを睨み据えた。

 

「…貴様ら、一体何者だ」

「名を名乗るほどの者ではありません。ただの通りすがりの魔法詠唱者(マジックキャスター)ですよ」

「ほう…、ではただの通りすがりの魔法詠唱者(マジックキャスター)が何故我々の邪魔をする」

 

 見え透いた嘘はやめてさっさと吐け、と鋭く睨み付ける。

 しかし返ってきた反応は小さな笑い声と肩をすくませる気のない動作だった。

 

「邪魔をした理由ですか…。それは先ほどお伝えしたと思いますが」

「……なに…?」

「我々は最近この地に来たものでね。情報提供者を求めていたのだよ。君たちは非常に興味深い。是非とも協力してもらいたいと思ったわけだ」

 

 仮面の男の言葉を引き継いで痩せた男がニグンの疑問に答える。どこまでも上から目線と傲慢な男の態度に、ニグンは苛立ちを通り越していっそ呆れてしまった。

 タイミングからしてどうやら自分たちの戦闘を見ていたようだが、もし自分たちに勝てると踏んで出てきたのならとんだお笑い草だ。

 今まで見せていた力は自分たちの実力のほんの一部に過ぎない。傍らには未だ力を発揮していない監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が静かに控えており、加えてスレイン法国の至宝の一つが今自分の懐の中にある。自分たちが負ける要素は何一つなく、いっそ目の前の男たちに憐れみさえ覚えた。

 彼らは自分たちの力を過信し、圧倒的な力の差に気が付く気配もない。

 どこまでも偉そうな態度を崩さず、痩せた男は皮肉な笑みさえ浮かべていた。

 

「諸君らに許された選択肢は二つ。一つ目は大人しく降伏して我々の質問に答えること。二つ目は我々に挑み、惨めに敗北してから我々の言い成りとなること。さぁ、どちらか好きな方を選びたまえ」

「…ふんっ、言ってくれるな。ならばこちらも貴様らに選択肢を与えよう」

 

 一度言葉を切り、後ろ手に部下たちに合図を送る。

 背後で部下たちが身構えるのを感じながら、ニグンは注意深く男たちを観察してタイミングを計った。

 

「大人しく死ぬか、無様に抗って惨めに死ぬかだ!!」

 

 声を発したとほぼ同時に再び部下たちに合図を送る。

 部下たちの命令により召喚した数多の天使の内の四体が勢いよく二人の男へと突撃していった。

 仮面の男に二体、痩せた男に二体。

 手に持つ炎を宿した剣を振り上げ、それぞれ突進する勢いそのままに襲い掛かった。

 

 

「よっと」

 

 軽い声と共に痩せた男が後ろの腰の辺りから覗く不気味な手の形をした布のようなものを天使へと振り上げた。鋭い鉤爪が天使の身体を捉え、あまりに容易く握り潰して光の粒子へと変えていく。

 あれは装備なのか、はたまた何かの武器なのか…。

 あまりに予想外の攻撃方法に困惑する中、それよりも信じられないのは仮面の男の方だった。

 痩せた男が天使たちを軽く握り潰す傍らで、仮面の男は諸に天使たちの攻撃をその身に受けていた。

 腹に深々と刺さって背中へと突き抜けた天使の炎の刃。普通は致命傷どころか即死の傷のはずだというのに、あろうことか仮面の男は平然と天使たちの首を握りしめて動きを阻害していた。天使たちがどんなにもがこうと、仮面の男の手は離れない。仮面の男は掛け声もなしに一度天使たちの身体を更に持ち上げると、一思いに勢いよく地面へと叩きつけた。

 舞い上がる土煙に混じって天使たちが消滅する光の粒子が舞い散っていく。

 ただの魔法詠唱者(マジックキャスター)に何故こんな力技ができているのか。

 一体一体が強力な力を持つはずの天使たちが何故こんなにも軽く消滅させられているのか。

 目の前で起こった事態が理解できず呆然となる中、不気味な男たちは軽い声音で互いに声を掛け合っていた。

 

「わざわざ攻撃を受けずとも良かったでしょうに」

「いろいろと実験もしたかったものでな。上位物理無効化…、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)も問題なく機能するようだな」

「自分自身の身体で実験してると、あいつらから抗議がきそうですがね。ほどほどにして下さい」

「ふむ、気を付けよう…。……さて…」

 

 二人の男の視線がこちらにヒタッと向けられる。

 瞬間、大きな恐怖が悪寒となって背筋だけでなく身体中を駆け巡った。

 これまで感じたことがないほどの大きな威圧感と明確な死の予感。

 大量の冷や汗が噴き出し、滝のように流れ落ちた。

 

「攻撃してきたということは、無謀にも抗うということだな」

「では、ささやかな宴を始めるとしようか」

 

 痩せた男が楽しそうな笑みを浮かべ、仮面の男がまるで手招くように軽く両腕を上げる。

 ゾクッと悪寒が走った瞬間、ニグンは反射的に部下に叫ぶように指示を出していた。

 

「全天使で攻撃を仕掛けろ! 急げ!!」

 

 弾かれたように全ての天使が二人の男へと突撃していく。何の反応も示さない仮面の男の横で、痩せた男が気のない様子で軽く肩をすくませたのが見えた。

 

「まったく芸がないものだ…。鬱陶しい」

 

 全方向から飛び掛かる天使たちに、しかし男たちは余裕の態度を崩さない。

 剣の刃が男たちの身体を捉えると思った瞬間、痩せた男が動く方が数秒早かった。

 軽く持ち上げられた骨ばった右手がパチンっと一回指を鳴らす。瞬間、鋭い閃光の雨が空の彼方から勢いよく降り注いできた。

 数多の閃光は何故か男たちには一切傷をつけず、天使たちだけを的確に捉えていく。

 多くの風穴を空けられて光の粒子となって消えていく天使たち。

 何かの魔法かと混乱する頭で考えるも、どちらにせよたった一つの手段で全天使を消滅させられたという事実が身体を大きく震わせた。

 

「……あり、ありえない…」

 

 背後から部下の呻くような声が聞こえてくる。

 混乱し冷静さを失う部下たちに、しかしニグンもそれを諌めるだけの余裕を未だ取り戻せずにいた。

 咄嗟に懐にある至宝を握り締め、心を落ち着かせようと試みる。この至宝がある限り、どんな相手であろうと自分たちが敗北するわけがない。必死に自身に言い聞かせ、何とか冷静さを取り戻す。

 しかし漸く他人に心を向ける余裕ができたというのに、背後の部下たちが恐怖に支配される方が早かった。

 

「う、うわあぁぁあぁっ!!」

「化け物があぁっ!!」

 

 半狂乱に叫びながら我武者羅に魔法を唱え始める。部下たち全員が唱えた多種多様な魔法がまるで雨のように男たちに襲い掛かった。中には第三位階魔法も多く含まれていただろう。

 幾分冷静さを取り戻したニグンは、しかしまたすぐに混乱することになった。

 発動した多くの魔法の唯一つとして男たちに少しもダメージを与えてはいなかったのだ。

 痩せた男はシールドのようなものを張って凌いでいるようだったが、仮面の男は何もしていない。身体中に魔法を浴びながら平然としている。加えて内容までは聞き取れなかったものの軽く会話さえ交わしており、彼らの姿には余裕さえ見えていた。

 こんなあり得ない話があるか!と心の中で罵声を上げる。

 ニグンはギリッと冷や汗に濡れる拳を握りしめると、反射的に傍らに浮かぶ純白の存在を振り返った。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! 奴らを殺せ!!」

 

 ニグンの悲鳴のような声が響き、今まで微動だにしていなかった天使がゆっくりと動き出した。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)

 ニグン自身が召喚した天使であり、部下たちが召喚していた炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)よりも上位の天使である。

 白銀の全身鎧と足先まですっぽり隠す長いスカートのような直垂。片手には大きなメイスが握られており、もう片方の手には円型の盾が装備されている。

 この天使を召喚した本当の目的は監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)自身が視認した自軍構成員の防御力を若干向上させるという特殊技術(スキル)によるものだったが、この際その特殊技術(スキル)を中止させてでも動かす必要があった。いや、それ以外の解決策を思いつけなかったと言うべきか…。未だ懐にある至宝を使うには躊躇いがあり、この天使に何とか状況の打開を願わずにはいられなかった。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は痩せた男の方に狙いを定めると、勢いよく突進してメイスを振り上げた。

 

「天使如きが俺の前に立つな、煩わしい」

 

 今までの口調からガラッと変わり、痩せた男が粗野な口調で苛立たしく吐き捨てる。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を消滅させた不可思議な布を再び操り、悪魔の手のような形をした先端で勢いよくメイスを弾き飛ばした。衝撃に小さく揺らめく天使の喉元に不気味な手が絡みつく。天使が苦しそうにジタバタともがくも、布の手はがっちりと喉もとを掴んで離さなかった。

 

「…このまま握り潰してやろうか」

 

 痩せた男の漆黒の瞳が怪しい光を宿す。天使に向けられているはずのそれに、遠目から見たこちらさえゾクッと悪寒が走った。

 布の手は片方は未だ首を捉え、もう片方は大きく広がって天使の光り輝く胴体を鷲掴んだ。バキッバキッとありえないような音が天使の身体から聞こえてくる。白銀の鎧には大小様々な皹が走り、大きく美しかった翼は歪んで無残な姿に変わっていった。

 

「消えろ」

 

 どこまでも静かな声と共にゴキュッと身の毛のよだつような音が聞こえてくる。

 一瞬の後に光の粒子となって消える監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)

 宣言通り握り潰されたような形となった天使に、ニグンを含めた全員はもはや恐怖を抑えられなくなった。

 背後で部下たちが上げる多くの悲鳴が響き渡る。いつ戦線を離脱して逃げ惑うか分からないほど彼らの精神は限界に来ている。かく言うニグン自身もギリギリであり、先ほどまでの躊躇いを振り払って咄嗟に懐の中へと手を入れた。至宝のクリスタルを鷲掴み、勢いよく懐の中から取り出す。

 

「最高位天使を召喚する! 生き残りたい者は時間を稼げ!!」

 

 クリスタルを掲げるように持ち、部下たち全員に向けて声を張り上げる。

 青白く光り輝くクリスタルに誰もが目を向け、恐怖に歪んでいた部下たちの瞳に希望の光が宿ったのがニグンには確かに見てとれた。見るからに動きが冷静なものに戻る部下たちに、こちらもつられる様に冷静さを取り戻す。

 男二人が何やらコソコソと小声で話しているのは気になるが、しかしニグンは手の中にある至宝を信じて意識を集中させることに努めた。規定の使用方法に従いクリスタルを破壊し、一気に爆発的な光が強く放たれる。

 視界が焼けるほどの強い光と、微かに感じられる清浄な芳香。

 咄嗟に閉じた目をゆっくりと開けたニグンは、目の前に浮かぶ偉大な存在に知らず歓喜の笑みを浮かべていた。

 

「…見よ! 最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

 目の前に浮かぶ姿は純白に光り輝く翼の集合体だった。翼の中から手が生えて王が持つような笏を持ち、しかし頭や足は一切見当たらない。一見異様な姿にも思えるが、その身からは清浄な気が放たれており、眩く光り輝く様は神々しくさえあった。

 正に至高善の存在。

 ニグンだけでなく周りの部下たちからも歓声が上がる。

 これでこちらの勝ちだと誇らしげな笑みと共に男たちを見やれば、仮面の男は表情が見えないものの、痩せた男は呆然と最高位天使を見つめていた。

 

「……おいおい、マジかよ。本当にマジで言ってんのか…?」

「な…なんということだ………」

 

 痩せた男の隣で仮面の男が手で顔を覆うような素振りを見せる。

 途方に暮れたようなその様子に、ニグンは今までの不安や恐怖が一気になくなっていくのを感じた。漸く目の前の存在を消し去れるという安堵と共に、ここまでこちらを追い詰めた彼らに称賛すら覚えた。

 

「最高位天使を召喚させたお前たちには正直、敬意すら感じる。個人的にはお前たちを私たちの同胞として迎え入れたい気持ちがあるのだが…、許せ。今回受けた任務にはそれは許されていない。せめて私たちは覚えておくぞ。最高位天使を召喚させることを決意させた二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)がいたことをな」

 

 いっそ優しさすら感じられる声音で男二人へと語り掛ける。

 今から死にゆく称賛すべき者たちへのせめてもの慰めになるように。

 しかしそれに返ってきたのは、あろうことかどこまでも冷ややかな声音と歪んだ嘲笑だった。

 

「本当に…くだらん」

「まったく…、ちょっとでも緊張して損したな」

 

 仮面の男が仮面から手を放して冷徹に吐き捨て、痩せた男も嘲笑の表情はそのままに肩をすくませて緩く頭を振る。

 まるで子供を相手にする大人のような余裕さと態度に、ニグンは理解が追いつくことができなかった。

 今目の前にいるのは人間がどう足掻いても敵うことのできない存在であり、圧倒的な威圧感を彼らも感じているはずだ。だというのに何故こんなにも余裕な態度でいられるのか。

 

「てっきり熾天使級(セラフクラス)が出てくるのかと思っていたが…」

「どうやら見込み違いだったようですね。いや、それにしても、これは酷い」

 

 やれやれとため息をつく仮面の男に、口調が元に戻った痩せた男がフフッと小さな笑い声をこぼす。

 もう何もかもが信じられず、理解できず、ニグンは全てをかなぐり捨てるように最高位天使を振り仰いだ。一瞬頭に過った嫌な予感を振り払い、声高に命を下す。

 

「〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を放て!」

 

 それは人間では決して到達することができない領域である第七位階以上の魔法。

 彼の魔神すらも打ち倒した究極の魔法がたった二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)へと向けられる。

 

「…あっ、これ、こいつ死ぬパターンじゃないですか」

「……あ……」

「そこら辺に放り投げときましょうか。ほーれ」

 

 二人の男の視線が足元に倒れているガゼフに向けられ、痩せた男が徐に身を屈めてガゼフへと手を伸ばす。細い二本の指を鎧の襟首部分に引っ掻けると、次の瞬間、何とも気の抜けた掛け声と共にガゼフの巨体を勢いよく後方へと放り投げた。

 その細腕のどこにそんな力があったのか、十メートルは飛んだかもしれない。

 ニグンたちが遥か後方に放り投げられたガゼフの巨体を呆然と見送る中、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だけが淡々と命令を遂行しようと動き始めていた。

 持っていた笏が儚く砕け散り、大小様々な破片が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の周りをゆっくりと旋回し始める。眩い光がキラキラと舞い踊り、次の瞬間には強大な魔法が発動した。

 上空の一点がキラッと輝き、二人の男の元へと光の柱が勢いよく落ちてくる。清浄な光がゴシュウと音を立てて全てを消滅させていった。

 しかし…――

 

「ははははは! 属性が悪に傾いている存在により効果を発揮する魔法だけあって…これがダメージを負う感覚、痛みか。なるほど、なるほど! しかし痛みの中でも思考は冷静であり、行動に支障はない。…素晴らしい! また一つ実験が終わったな」

「…うわぁ、あのギルド一まともだと言われていた人が痛みに喜んでる。…私たちの頼りになるギルマスは知らぬ間にドMになってしまっていたのだね…」

「ちょっ、違いますよ!」

 

 未だ魔法は続いているというのに、光の柱の中から和気あいあいとした会話が聞こえてくる。何故か痩せた男の姿は見とめられなかったが、仮面の男は平然と佇み一切ダメージを受けている様子もなかった。

 仮面の男を消し飛ばすことも、燃やすことも、地に伏せさせることさえできず光の柱が消えていく。

 せめて痩せた男の方は消せただろうかと淡い期待を持つが、当の痩せた男自身がゆらりと揺らく空間から滲み出てくるように姿を現したのを見てニグンは思わず引き攣った笑みを浮かべた。

 もはや笑うしかない状況に思考さえも止まりそうになる。

 しかし幸か不幸か長年培ってきた特殊工作部隊の隊長としての精神がニグンを支え、決して逃避も諦めも許さなかった。何か少しでも糸口はないかと忙しなく頭を働かせ、ふと仮面の男が口走った単語を思い出した。

 〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を受けている時に口にした“ダメージ”と“痛み”。

 少しでもダメージを受けているというのなら、それが唯一対抗し得る手段なのではないだろうか。

 ニグンは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)へと目を向けると、すぐさま再び攻撃命令を発しようとした。しかし不意に仮面の男と視線が合ったような気がしてビクッと言葉が喉の奥へと引っ込んでしまう。

 何か口に出そうとして、しかし仮面の男が言葉を発する方が早かった。

 

「さて、今度はこちらの番だな。…絶望を知れ、〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

 仮面の男が言い終わるのとほぼ同時に威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の目の前に黒い小さな点が現れた。それは見る見るうちに大きくなり、巨大で空虚な闇の穴へと変化していく。強い風が穴を中心に吹き荒び、全てを呑み込まんと渦を巻いた。目前の最高位天使も例外ではなく、驚くほど呆気なく穴の中へと吸い込まれて消えていく。

 かかった時間はほんの数秒。

 先ほどまでの眩しいほどの光も圧倒的な威圧感も消え、あるのは夜の闇に染まろうとしている草原の光景のみ。

 一瞬の後にはまるで取り残されたかのように、草原に男二人とニグンたち陽光聖典だけが立ち尽くしていた。

 何が起こったのか、目の前で見ていながら全く信じられない。

 しかしそんな中でもただ一つだけ、ニグンは理解することができた。

 この仮面の男はたった一つの魔法で最高位天使を消滅させたのだ、と…。

 

「…お前は、何者なんだ……」

 

 静寂の中、ニグンの声がポツリと零れて消えていく。

 

「最高位天使を一撃で消滅させることのできる存在なんかいるはずがない…、いちゃいけないんだ…。お前たちは一体……」

「おやおや、何か勘違いをしているようだ。質問をするのは我々であって、答えるのは君たちだ。一番初めに言っただろう?」

 

 ニグンの言葉に答えたのは痩せた男の方で、彼はニンマリとした笑みを浮かべてニグンたちを見つめていた。

 唐突に全てが終わったのだと理解する。

 今までは何とか抗おうと必死に思考を巡らせてきたが、もはやその気力すら湧かない。

 部下たちも力なく座り込む中、不意にガラスが割れるような鋭い音が響き渡った。

 ハッと咄嗟に上空を見上げれば、頭上の空間に大きな皹が走り、瞬く間に消えていく。

 思わず困惑の表情を浮かべるのに、仮面の男が小さく頭を振った。

 

「やれやれ…、感謝してほしいものだな。何らかの情報系魔法を使ってお前を監視しようとした者がいたみたいだぞ。効果範囲内に私がいたお陰で対情報系魔法の攻性防壁が起動したから大して覗かれてはいないはずだが…。…さて、では遊びはこれぐらいにしようか」

 

 一人でブツブツと呟いていた仮面の男が改めてこちらを見つめてくる。

 大きな恐怖が湧き起こり、ニグンはゾクッと背筋を震わせた。

 死にたくない、と咄嗟に思う。できることなら何もかも投げ捨てて、心のままに泣き叫び、この場から逃げ出してしまいたい。

 しかし目の前の男たちがそれを許すはずもなく、ニグンは縋る思いでその場に平伏した。

 

「ど、どうかお待ちを! 待って下さい! 取引をさせて下さい! 私たち…いや、私だけで構いません! い、命を助けて下さるならば、望む額を用意いたします!」

 

 部下たちが驚愕や失望の表情を浮かべたのが見なくても分かる。しかしニグンにとってそれはどうでも良いことだった。

 今大切なことは自分が生き延びることであり、間違っても全滅することではない。

 部下の換えはあっても隊長である自分の換えはいないのだ。何が最も優先されるかなど誰でも分かることだろう。

 地面に額を擦りつけて必死に哀願するニグンに、痩せた男が優しい声音で声をかけてきた。

 

「おやおや、ここでも勘違いしているようだね。最初に言ったはずだよ、諸君らには“情報提供者”になってもらいたいとね」

 

 まるで泣いている子供を落ち着かせようとするかのように優しく語り掛けてくる男に、ニグンは恐る恐る顔を上げた。

 しかし、すぐに顔を上げたことを後悔する。

 

「殺すだなんて勿体ない! 諸君らにはこれからありとあらゆる情報をたっぷりと提供してもらおう。まずは我らが住居にご足労願おうか」

 

 男の顔に浮かんでいたのは、まぎれもない悪意と狂喜。

 仮面の男は何も言わず、それが一層ニグンの不安と恐怖を煽る。

 ここから逃げろと本能が警鐘を鳴らし、ニグンは咄嗟に伏せていた身体を立ち上がらせた。逃げようと踵を返して一歩を踏み出したその時、何故か視界が全て暗黒に染まる。

 一体何が起こったのかと混乱する中、暗闇の中で部下たちのものであろう恐怖の叫び声が聞こえてきた。

 どんどん強くなる本能的な恐怖と不快感。

 視界が使い物にならなくなったことでまともに歩くことさえできず、這ってでも逃げようとした瞬間に強い衝撃と共に意識すらも闇に呑み込まれていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 陽光聖典全員を気絶させたモモンガたちは、後詰として待機させていたアウラやマーレたちを呼び寄せて全員をナザリックへ運ぶよう指示を出した。ペロロンチーノとも合流し、仮面や幻術を解いて三人で村へと戻る。

 因みに未だ気を失っているガゼフはペロロンチーノが肩に担いで運んでいた。

 後衛の弓使いと言えども純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)よりかは力があるだろうと言いくるめられ、渋々ながらもモモンガやウルベルトと共に地面を歩く。

 周りはすっかり夜色に染まり暗くなっていたが、異形の目には何も不自由は感じられない。逆に今まで見たことのない満天の星空に感嘆の声を零しながら眩しそうに目を細めさせていた。

 三人の心境は星空の中を飛んでみたいというものだったが、今すぐそれを実行するわけにもいかない。

 村での用事が全て終わってからにしようと目配せし合うと、誰ともなく村へと向かう足を少しだけ速めたのだった。

 

 数分後、村へと着いた三人は早速村人たちに出迎えられた。

 最初の頃が嘘であったかのように、彼らの表情には一様に安堵の笑みが浮かんでいる。

 

「ああ、良かった! お姿が見当たらなかったので、どこに行ってしまわれたのかと心配しておりました」

「突然姿を消してしまい申し訳ない。ただ、王国の戦士団が全滅しそうになっていたので助けに行っていました。戦士長殿を休ませたいのだが、どちらに運べば宜しいかな?」

「戦士長様!? これは大変だ、どうぞこちらへ!」

 

 ペロロンチーノの肩に担がれているガゼフの存在に気が付き、村長が慌てて村の奥へと招き入れてくる。

 案内されたのは村長の家で、奥にある寝室のベッドの上へとガゼフを降ろして寝かせた。

 未だ何の治療もされていないため身体中が血に塗れているのだが、どうやらベッドが血に汚れても構わないらしい。

 まぁ、後で何かあったら本人に弁償させればいいだろうと内心で勝手に解決させながら、モモンガは心配そうにガゼフを見下ろす村長や治療を始めた村長の妻に改めて目を向けた。

 

「戦士長を狙った輩は我々で倒しましたが、この村の者以外の人間が我々の存在を知るのは何かと都合が悪い。ですので、戦士長が目覚めたら“彼が一人で村に戻ってきた”と言うことにしておいて下さい」

「それは…」

「つまり、みんなは戦士長を襲った連中がどうなったかは知らないし、ただ傷だらけで一人戻ってきた戦士長を迎え入れただけってことにしてほしいってことですよ」

 

 困惑した表情を浮かべて言い淀む村長に、ペロロンチーノがなるべく明るい声音で言い聞かせる。何の含みもなく、ただ本当に自分たちの存在を知られたくないだけなのだと再度説明する。

 村長と村長の妻は少しの間考えるような素振りを見せていたが、次には神妙な表情を浮かべて一つ大きく頷いてきた。

 村としてもあまり厄介ごとに巻き込まれるのは避けたいのだろう。モモンガやペロロンチーノの言い回しであれば言外に戦士長が陽光聖典を倒したのだと捉えられるだろうし、村の人々が怪しまれる可能性も低い。念のためアウラとマーレには陽光聖典が着ていた装備を幾つか血と傷で汚して放置するよう言い渡していたため、より信憑性も増すだろう。死体は獣に食われたのだとでも誤魔化しておけばいい。

 他にも何かとアドバイスを与えるモモンガやペロロンチーノを一歩下がったところから眺めながら、ウルベルトは秘密裏に〈伝言(メッセージ)〉で影の悪魔(シャドウデーモン)たちに命を下していた。

 ウルベルトの命令は二つ。ガゼフ・ストロノーフの影に潜んで彼を監視することと、この村に留まって情報が漏れないよう監視すること。

 シャドウデーモンたちは〈伝言(メッセージ)〉でそれに応えると、五体の内の二体がガゼフの影に潜み、残りの三体が家の影に潜り込んだことが気配で伝わってきた。

 これで一先ずは安心か…と内心で小さな息をつく。

 ウルベルトはモモンガたちの会話が一段落するまで待つと、頃合いのところで彼らへと声をかけた。

 

「戦士長殿はもう大丈夫でしょう。いつ目を覚ますか分かりませんし、そろそろお暇させて頂きましょう」

「…そうだな」

「迷惑でなければちょくちょく様子を見に来ますよ。何かあったら遠慮なく言って下さいね」

 

 ウルベルトの言葉に小さく頷くモモンガの隣でペロロンチーノが明るく村長に声をかける。

 一見良い人…ではなく良い鳥人(バードマン)のように思えるが、彼の狙いがどこにあるのか分かるモモンガとウルベルトは呆れたように内心でため息をついた。

 しかし村長たちは彼の下心など一切気が付くことなく、どこかホッとした笑みすら浮かべている。

 

「迷惑などと、とんでもありません! ペロロンチーノ様がいらっしゃるなら、これ以上心強いものはありません」

 

 村長の歓迎モードにペロロンチーノは笑みを浮かべたが、モモンガとウルベルトは理解できず少し警戒を強めた。

 最初はあれだけ恐怖していたというのに、どういった心境の変化なのかと注意深く彼らを見やる。

 しかしそこまで考えてモモンガとウルベルトはほぼ同時に小さく頭を振った。

 恐らくではあるが、今回の騎士襲撃事件はよっぽど彼らの心に大きな傷を残したのだろう。加えて助けに来た異形たちは――少なくとも彼らの把握する範囲内では――非常に礼儀正しく、ペロロンチーノなどは気さくで親しみやすい性格だ。彼らが自分たちに少なくない好意を向けてくれるのも不思議ではないことなのかもしれない。

 モモンガとウルベルトは内心でそう結論付けると、そのまま短い別れの言葉と共に村長の家から出て、外で待っていた村人たちにも別れの言葉をかけた。エンリとネムの姉妹に執拗に自己アピールするペロロンチーノの首根っこを捕まえて、引きずるようにして宙へと舞い上がる。

 ワイワイ騒ぐ村人たちの声を背で受け止めながら、モモンガたちは煌めく夜空へとダイブしていった。

 村の暖かな明かりからどんどん遠ざかり、星空の中を突き進んでいく。

 今まで感じたことのない大きな浮遊感と爽快感。

 まるで星空と言う名の海を泳いでいるようだとモモンガが感嘆の息を吐き出す中、大分飛ぶことに慣れたペロロンチーノが優雅な動きでモモンガの隣に並んできた。

 

「本当にこの世界は綺麗ですね。きっとブルー・プラネットさんが作りたかった夜空はこんな感じだったんだろうな~」

「そうですね、本当に素晴らしい。…キラキラと輝いて、まるで宝石箱みたいです」

「おっ、モモンガさん、詩人ですね!」

 

 弾んだ声で茶化してくるペロロンチーノに、モモンガは少し気恥ずかしくなって指で頬をかいた。

 皮膚がないため硬質な感触があるだけだったが、別段違和感などは感じない。肉体も精神も異形になってしまったが、どうやら人間だった頃の名残が時折行動に出てしまうようだった。

 自身の変化を冷静に分析する中、不意にウルベルトがペロロンチーノとは反対側の隣に並んできた。

 優雅に星空の中を泳ぎながらモモンガとペロロンチーノを見つめてくる。

 

「…そう言えば、最終的な目標は何にする?」

「最終的な目標?」

「当面はこの世界の情報収集に専念するよう決めたが、それはあくまでも現段階での行動方針だろ。その後…て言うか、最終的に何をしたいか決めておいた方が良いと思ってさ」

 

 モモンガとペロロンチーノが思わず互いを見やると、沈黙したまま考え込んだ。

 ウルベルトの言葉は当然と言えるものだったが、正直そこまで考えが及ばなかった。

 現実世界(リアル)に戻らないということは三人で決めたけれど、では一体どうするのか。自分たちはこの世界で一体何をすべき…いや、何をしたいのか…。

 

「あっ、俺はこの世界の美少女たちを集めてハーレムを作りたいですね!」

「………お前は本当に予想を裏切らないな…」

「“エロゲー イズ マイ ライフ”ですから! 手始めにエンリちゃんとネムちゃんを絶対に落とす!」

「あー、頑張れ…。それで、モモンガさんは?」

 

 一人熱く燃えるペロロンチーノは放っておいて、ウルベルトがモモンガへと声をかける。

 モモンガは少し考えた後、何かに思いを馳せるように闇に煌めく星々を見つめた。

 

「俺は…、正直まだ分かりません。でも、できるなら他のプレイヤーがこの世界に来ていないか探したいとは思っています。他のプレイヤーが来ているなら情報交換は必要でしょうし、俺たち以外のギルドメンバーが来ていない保証もありませんよね」

「…まぁ、俺たちがこの世界に来たこと自体が異常事態だからな。可能性がないとは言い切れないか…」

 

 ウルベルトも目の前の星空を眺めながら考え込むように長い顎鬚を弄んだ。考えを纏めているのか暫く黙り込み、徐にモモンガとペロロンチーノへと視線を向ける。

 金色の瞳がキラリと輝き、ニンマリとした笑みが満面に広がっていく。

 どこか悪戯っ子のようなその笑みに、モモンガたちは何とも言えない嫌な予感を感じた。

 

「じゃあさ。いっちょ世界征服でもしてみないか?」

「「………は……?」」

 

 静かな空間にモモンガとペロロンチーノの呆けた声が同時に零れ出る。

 二人はウルベルトの顔をマジマジと見つめると、自分たちの嫌な予感が的中したのだと確信した。

 同時に彼が本気で言っているのだと分かり、慌てて止めに入る。

 

「いやいやいや、何言ってるんですか、ウルベルトさん! 大体、この世界のことをまだ何も分かっていないんですよ!?」

「そうですよ! それに世界征服って言っても実際は統治やらなんやらで絶対面倒くさいですよ!」

「そうか? 俺たちの好きにできるんだから意外と面白いかもしれないぞ。それに二人にも悪い話じゃないと思ったから提案したんだが」

 

 彼の言葉の意味が分からずモモンガとペロロンチーノが首を傾げる。

 ウルベルトは意味深に笑みを深めさせると、まるで教師の様に人差し指を立ててみせた。

 

「まずは一つ目。世界征服をすればペロロンチーノの言う“美少女を集めて遊び騒ぐ”ってことも結構容易にできそうじゃないか?」

「…はっ!!」

 

 ウルベルトの言葉に、ペロロンチーノがまるですごいことに気が付いたというような素振りを見せる。

 本気で熟考し始めたバードマンはそのままに、ウルベルトは更に中指も立ててみせた。

 

「そして二つ目。世界征服するってことは、この世界を支配するってことだ。そうなれば必然的にプレイヤーの情報は手に入れやすくなるし、もしかしたらあっちからコンタクトを取ってくる可能性だってあるだろう」

「…確かに」

 

 予想以上の説得力にモモンガも思わず考え込んでしまった。

 確かに個人で情報を集めるには限界がある。世界規模で情報を集める場合、それなりの組織的な情報網が必要だ。それこそ世界を掌握できれば情報を入手する難易度も下がり、集まる情報の数も段違いに多くなるだろう。自分たち以外のプレイヤーがいるのかも含め、プレイヤーに関する情報も比較的に容易く集まるかもしれない。

 むむ…とモモンガが思わず小さな唸り声を上げる。

 二人の気持ちが大分こちらに傾いてきているのを感じ取ったウルベルトは、ここで本心でいて二人の琴線にも触れる言葉を口にした。

 

「それにさ、ユグドラシルでも言ってたけど、結局一つの世界も征服できなかっただろう? 折角こんな機会を得られたんだから、三人でその続きをしたいと思ったんだ」

「…ウルベルトさん」

「ユグドラシルでの夢の続き、ですか…。…そうですね。それも楽しいかもしれません」

 

 普段クールなウルベルトの意外な言葉にペロロンチーノが感動している横で、モモンガも柔らかな笑みの雰囲気を漂わせる。

 未だ明確な回答は得られていないものの、どうやら賛同してくれてはいるようだ。

 ウルベルトも柔らかな笑みを浮かべると、これからのことについて楽しく語り合おうと再び口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、十階層の玉座の間。

 そこには多種多様の異形が跪き、玉座の前に立つ三人の支配者に頭を垂れていた。

 ナザリックに属するほぼ全てのNPCが集まり、その異様さは正に百鬼夜行。

 何十という多くの異形がひしめいているというのに玉座の間は静寂が支配し、物音ひとつ響いてはいない。

 彼らの前にはアルベドと守護者たちが横一列に並び、彼らと同じように三人の支配者に向けて跪き頭を垂れていた。

 三人の支配者…モモンガ、ウルベルト、ペロロンチーノは一度無言で頷き合うと、まずはモモンガが口を開いた。

 

「…皆、よく集まってくれた。まずは改めて我が同士であるペロロンチーノとウルベルト・アレイン・オードルがナザリックに帰還したことを知らせようと思う」

 

 軽く両手を広げて両脇に佇むペロロンチーノとウルベルトを示すモモンガに、NPCたちの視線が一斉にペロロンチーノとウルベルトへと向けられる。

 その多くの視線の中にはただ一つも負の感情は宿ってはいない。あるのは大きな歓喜のみで、中には喜びのあまり涙を流す者さえいた。

 ペロロンチーノとウルベルトも慈愛に満ちた優しい笑みで彼らを見つめており、まるで彼らの主であることを誇るように堂々と胸を張って立っていた。

 

「今回、我々は異常事態により異世界に迷い込んでしまった。それを踏まえ、これよりお前たちの指標となる方針を言明する」

 

 モモンガは一度言葉を切り、眼下のNPCたちを静かに見やった。

 彼らは先ほどの表情から一変、顔を引き締めさせて真剣にモモンガの言葉に耳を傾けている。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ」

 

 NPCたちから感じられる熱気と友人たちの存在に支えられ、モモンガは一息にその言葉を言い切った。

 ウルベルトとペロロンチーノもそれに続くようにして各々NPCたちに向けて言葉を発する。

 

「我々はこれより、この世界を掌握する」

 

 ウルベルトの言葉に、彼らの目が熱く燃え上がる。

 

「全ては“アインズ・ウール・ゴウン”のために…、ひいてはナザリックに属するみんなのために。どうか力を貸してほしい」

 

 ペロロンチーノの言葉に、彼らが歓喜と決意に顔を輝かせる。

 

「英雄が数多くいるなら全てを塗り潰せ。生きとし生きる全ての者に知らしめてやれ! より強き者がもしこの世界にいるのなら、力以外の手段で。数多くの部下を持つ魔法使いがいるなら、別の手段で。今はまだその前の準備段階に過ぎないが、将来、来るべき時のために動け。我らが“アインズ・ウール・ゴウン”こそが最も偉大な存在であるということを世界に知らしめるのだ!」

 

 モモンガの言葉に彼らの身体が小さく震え、応えるように再び頭を下げる。

 抑えようのない熱気が渦巻く中、多くのNPCたちを代表してアルベドが跪いたまま真っ直ぐモモンガたちを見上げてきた。

 

「ご命令、しかと承りました。我らの忠誠と全てをもって、必ずやこの世界を御身の元に…正統なる支配者たる至高の御方々の元に、この世界の全てを!」

 

 アルベドの凛とした力強い声に呼応して、シモベたちが一斉に声を上げる。

 これから始まる世界への戦いに鬨の声を上げ、それは徐々に三人の至高の主たちを称える声へと変わっていく。

 異形たちの歓喜の声は崇拝する主たちが玉座の間を去った後も暫く続き、再び動き始めた“アインズ・ウール・ゴウン”のイキとなってナザリック中を震わせ続けた。

 

 




モモンガ様は中身骨なのに結構大柄に見えますよね。でもそれは、あの巨大な肩の飾り(?)が原因だと思うんだ…。
今回は一部戦闘回だったのですが、取り敢えず三人とも一回ずつは攻撃して頂きました。と言っても、何故かウルベルトさんだけは魔法詠唱者なのに物理でしたが…。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・“慈悲深き御手”;
後ろの腰の辺りから垂れ下がっている、両端が悪魔の手のようになっている赤黒い布(11巻キャラクター紹介のイラスト参照)。ワールドディザスター専用装備アイテム。本来は防御と、攻撃した相手のMPを奪う能力(攻撃力は皆無)だが、ウルベルトが更に手を加えたため攻撃ができるようになり、MPほどではないもののHPも吸い取れるようになった。何とも名に相応しくない、まったく慈悲深くないえげつないアイテム。

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