世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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前話の『前書き』(?)にも書いたのですが、念のためこちらにも……。
当小説の『法国編』は原作15巻を未読の状態で書いております。
そのため、恐らく組織名やキャラクター名が違ったり、そもそも原作にない組織が存在したり、或いは逆に原作では出てきた組織が存在しない感じになっていたり、キャラクターの容姿や性格が違ったり……などなど、いろいろと原作と相違点が出てくる可能性が高いです。
とはいえ、この『法国編』は原作15巻が出る前に書き進めていたこともあり、そういった原作の相違部分に関しましては加筆或いは修正する予定は一切ございません。
予めご了承ください。
もし原作と相違している部分がありましたら『あっ、15巻まだ読んでない状態で書いたのね。この小説独自の設定か~』と生温かい目で許して頂ければ幸いでございます。
何卒宜しくお願い致します(深々)


第74話 崩壊の歩み

 スレイン法国の中央都市である神都エクスカリン。

 建ち並ぶ家々は白で統一され、過去の現実世界(リアル)でいうところのゴシック様式に非常に似通った建物が多く点在している様は非常に清廉としていて美しい。平時であれば、さぞや厳かで神々しい雰囲気を漂わせているだろうことが窺い知れる。

 しかし今は神都中が大きな喧騒に包まれ、緊迫した空気が漂っていた。

 住民たちは不安と恐怖に顔を引き攣らせながら家に引きこもって固く扉や窓を閉ざし、軍部に属する者や神官たちは神都の中心や外側の城壁に向かって忙しなく駆けまわっている。城壁に向かう者たちはそれぞれ四方に散ってはいたが、その中でも南側の城門に向かう者の数が圧倒的に多かった。

 神都を囲む城壁は六つの城塞都市の城壁と同じく50メートルもの高さがあり、厚さも5メートルと分厚く強固に造られている。

 南側の城門に向かった者たちは誰しもが頭上遥か高く聳え立つ城壁の上や窓部分から外に広がる“それ”を見やり、その顔に苦々しい表情を浮かべていた。

 彼らの視線の先……神都を守る城壁の外に広がっていたのは地面を覆い尽くすほどの人外の軍勢。城壁と対峙するように布陣しているその軍は厳密に言えば三つに別れており、南の城塞都市グラスティルと南東の城塞都市ファルディックと南西の城塞都市ダーケインに続く区画にそれぞれ陣営を構えて森妖精(エルフ)の旗をはためかせていた。中でも南の城塞都市グラスティルに布陣している軍勢の規模が圧倒的に大きく、必然的に神都の軍兵や神官たちの多くが南門に割り当てられていた。

 では南以外の方向には何もないのかというと、決してそういう訳ではない。

 実は南以外の北、東、西のそれぞれでも異常事態が発生していた。

 とはいえ、そちらの三つの異常事態に関しては対処自体が難しいものだった。

 北と東と西にある異常事態……それは簡単に言えば氷山の壁であり、茨の群れであり、マグマの滝だった。

 いつそんなものが現れたのか、神都にいる者たちは誰一人として分からない。ただ南と南東と南西にエルフの軍勢が侵攻して現れたのと同時に、凄まじい音と地響きと共にそれらも一瞬で現れたのだった。

 神都の人々が聞き感じたのは、空が割れたのかと思うほどの雷のような音と、立っていることが難しいほどの激しい地響き。そしてその一瞬後、神都の北側には突如500メートルはあるかと思うほどの巨大な氷の壁がどこからともなく出現し、東側には茨の群れがどこからともなく現れてこちらも500メートルはあるかと思うほどに高く伸び、西側では地面が突如高く盛り上がって頂上を濃い霧で隠し、そこから大量のマグマを滝のように垂れ流し始めた。

 誰も想像すらしたことのなかった事態に、神都は一気に混乱の中に突き落とされた。住民たちは恐怖のあまり叫び声を上げて恐慌状態に陥り、国家機関に属する者たちも混乱のあまり呆然となり途方に暮れた。

 突如現れた氷山の壁と茨の群れとマグマの滝とエルフの軍勢。

 複数の異常事態に都市を囲まれ、その中でも唯一対処できそうな事態に対して行動を起こすのは必然であると言えるだろう。

 とはいえ、エルフの軍勢に理解不能な事態が一切ないかと言われれば、決してそうではない。エルフたちが法国の中枢であるこの神都まで侵攻してこられたこと自体が異常事態であるし、彼らが装備している武器や防具の多くが魔法を宿していることや、軍勢の中に多くの魔獣の存在が至る所で確認できることも異常事態だ。

 しかし中でもエルフ軍の最後尾に聳え立っている見慣れぬ巨大な塔が何よりの異常事態であると言えた。

 言うまでもなく、あんな場所に塔などは存在してはいなかった。

 では何故突如あんなものが出現したのかと疑問に思っても、神都の者たちの中に分かる者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……やっぱりしっかりとした拠点がすぐに造れるのは便利ですよね。見た目もカッコいいし、何より機能性が天幕とかとは段違いに良いですし」

「しかし〈要塞創造(クリエイト・フォートレス)〉は発動中ずっと魔力を消費する。大丈夫なのかね、アインズ?」

「問題ない。今回表に出るのは我々ではないし、何より相手の意表と動揺と混乱を突くのは戦略的に非常に有効だ」

「確かに」

 

 巨大な塔の一室で交わされる何とも呑気な会話。

 堅牢で重厚感のある塔に相応しい機能的で整然とした大きな会議室のような部屋に複数の人影が集っていた。

 しかし先ほどから言葉を交わしているのは黄金の鳥人(バードマン)と山羊頭の異形と漆黒のローブを身に纏った骸骨の三体のみ。他の面々……部屋の隅に立つ複数人のエルフたちは一様に口を閉ざして三体の会話に耳を傾け、その一挙手一投足を注視していた。

 

「でも、意表を突くって意味なら北と東と西のそれぞれの壁だけでも十分じゃないですか? 演出はウルベルトさんに任せましたけど、あれってどうやったんです? 北と東は何となく分かりますけど、何ですかあの西側のマグマの滝……」

「ああ、簡単なことだよ。マーレに地面を盛り上げてもらって、霧で隠した頂上に紅蓮を置いただけさ」

「あー、なるほど……」

 

 山羊頭の異形の言葉に、バードマンは少し呆れたような声音で納得した声を零す。骸骨も一つ頷いており、しかしこの部屋の隅に控えるように立っているエルフの一人であるクローディアは全く何一つ理解することができなかった。

 法国との戦争も最終段階まで来ていることもあり、今までエルフ王国の王都にいたクローディアは軍勢を率いてこの前線まで出てきていた。辺境都市マイリエでペロロンチーノと合流し、共にこの神都の目の前まで侵攻してきたのだが、そこでこの塔に招かれ、二体の異形を紹介されてペロロンチーノ以外にも彼と同じ“至高の御方”なる異形が複数体いることを知ったのだ。

 当初はあまりのことに恐怖で全身を凍り付かせ、粟立つ肌も小刻みに震える身体も抑えることができなかった。今は大分落ち着いてはいるものの、しかしあの時感じた衝撃は未だ胸の内で大きな渦を巻いており、全身の肌にも恐怖の感覚が未だ強くこびり付いている。

 クローディアは粟立っている肌を撫で摩りそうになる両手をグッと抑えながら、今は先ほど骸骨が口にした言葉が妙に頭に引っかかって、思わずじっと骸骨を凝視していた。

 そこでふとこちらの視線に気が付いたのか眼窩の紅色の灯りがこちらに向けられ、視線がかち合った瞬間にゾクッと悪寒が走って慌てて視線を逸らす。ドッドッと胸の内で心臓が激しく暴れ、大量の冷や汗が溢れ出て全身を濡らす。唐突に骸骨の言葉が頭に引っかかっていた理由を思い知り、クローディアは強く大きな恐怖と畏怖で全身を震わせた。

 クローディアが頭に引っかかっていたのは、『相手の意表と動揺と混乱を突くのは戦略的に非常に有効だ』という言葉。

 普通に考えれば、この“相手”というのは法国のことであると思うだろう。しかしクローディアは、この“相手”という言葉に自分たちエルフも含まれているのではないかと本能的に感じていたのだ。そして骸骨と目があった瞬間、その直感は正しかったのだと知る。

 骸骨は法国に対してだけでなく、自分たちに対しても自らの力を見せつけて警告をしてきているのだ。

 『変な気を起こすな』『逆らうことは許さない』と……。

 ペロロンチーノと山羊頭の異形も骸骨と同じような考えを持っているのかは分からない。ただ、骸骨の異形が法国だけでなく自分たちに対しても一定の警戒心を持っていることは間違いなかった。

 クローディアとて、彼らを裏切るつもりもなければ今更彼らから逃げることなど決してできる筈がないことも重々承知している。しかしそれでも、本当に彼らの手を取って良かったのかと不安を湧き上がらせていることは事実だった。法国がここから形勢を逆転して来るとも思えず、今の内に今後のエルフ王国の在り方や異形たちとの関わり方について考えておいた方が良いのかもしれない。

 クローディアが法国との戦争後についてあれこれ考え始める中、彼女の恐怖と不安の根源である三体の異形は今もなお呑気な会話を続けていた。

 

「今回の神都攻略もエルフたちを中心に行うのだろう? 私もアインズの意見と同じで、逆にこれくらいしておいた方が良いと思うがね」

「う~ん、そうですかね~……。そういえば、エルフたちが対処できないような事態が起こった時は守護者たちが出るんでしたよね? うぅぅ…、少し心配だなぁ……」

「あの子たちでは力不足だと?」

「いや、そういう訳じゃありませんけど。でも、王国でのエントマのこともありますし……。やっぱり彼らには傷ついてほしくないって思っちゃうじゃないですか……」

「まぁ、それは理解できるがね。時には信じて任せてやるのも必要なことだ。あの子たちもいろいろな経験をするべきだしな」

 

 彼らの会話はまるで幼い子供を持つ親のよう。

 クローディアは未来への思考をいったん中断すると、改めて視線の先にいる異形たちに意識を向けた。

 思い返してみれば、これまで見た異形のシモベたちに対するペロロンチーノの態度は確かにいつも親しみのこもった柔らかなもので、時折幼い子供を相手にしているかのような気遣いさえ漂わせていることがあった。今まで見た異形たちが全てペロロンチーノの子供であるとは考え辛いが、少なくともペロロンチーノは彼らを本当に大切な我が子のように思っているのかもしれない。そして目の前にいる骸骨と山羊頭の異形もペロロンチーノと同じように思っているのだとしたら、先ほどからの会話も納得ができる。

 とはいえ、多くの従者やシモベたちに対して『自分の子供のように思う』という感覚は、どうにもクローディアには理解できかねるものだった。

 

「……あっ、“信じて任せる”といえば一つ気になっていることがあるんですけど」

「うん? どうした?」

「NPCたちのことですよ。ほら、みんな俺たちのことをいつもすっごく心配してくれるじゃないですか。そりゃあ、気にかけてくれることは嬉しいですけど、やっぱり少し過剰すぎなんじゃないかなって思うんですよね~。俺たちの力を信じてくれてないのかな~って……」

 

 ペロロンチーノは少し寂しそうな声音でそんなことを言い、仕舞いには小さく両肩を落とす。

 どこか気落ちしたようなその様子に、もしこの場に彼らのシモベたちがいたなら、全員がもれなく大慌てし、発狂するモノも続出したのではないだろうか。

 ペロロンチーノを慕ってやまないことが見るからに分かるシャルティアの姿を思い出しながら、クローディアは何となくそんなことを思う。

 しかし幸いなことにこの場にいるのは“至高の御方”なる三体の異形たちとクローディアたちエルフのみで、動揺するモノもいなければ発狂するモノもいない。ただバードマンの隣に座る骸骨が小さな苦笑を骨の口から零し、山羊頭の異形が気のない様子で小さく肩を竦ませるのみだった。

 

「……まぁ、彼らは我々に忠誠を誓い、慕ってくれているからな。信じることと不安に思ってしまうことは、それが大切な存在であればあるほど別物なのだろう。……私とて、ペロロンチーノさんやウルベルトさんの強さは知っているし信じてもいるが、やはり心配に思ってしまうことはあるからな……」

 

 言外に“ペロロンチーノとウルベルトは大切な存在だ”と言う骸骨に、言われた二体の異形の方はどこか照れたような擽ったそうな様子を見せる。

 ペロロンチーノは照れくささを誤魔化すように一つ大きな咳払いを零すと、改めて骸骨と山羊頭の異形にそれぞれ顔を向けた。

 

「モm……ゴホンッ、……アインズさんにそう言ってもらえるのは嬉しいですし、俺だって理解はしているんですけどね。……でも、もう少しくらい俺たちを信じて任せてくれても良いんじゃないかな~とはやっぱり思っちゃうな~……」

 

 どこか遠くを見るような素振りを見せるペロロンチーノに、骸骨は苦笑めいた音を小さく零す。

 山羊頭の異形はといえば、大きなため息を吐いた後に“やれやれ”といった風に頭を横に振った。

 

「……それは恐らく無理な話だと思うがね。私が思うに、彼らの中には未だ喪失の記憶や感覚が根深く残っているのだろう。我々に対する絶対的な信頼や自信は揺るぎないものだろうが、一度味わった喪失は、それで拭えるほど小さなものではないのだろうねぇ……」

「喪失? 何のことですか?」

 

 山羊頭の異形が何を言っているのか分からないようで、ペロロンチーノが不思議そうに首を傾げている。

 山羊頭の異形は心底呆れたような視線をバードマンに向けると、次には軽い調子で肩を竦めた。

 

「言葉通りの意味だ。私とお前は一度彼らの前から長いこと姿を消していただろう。……あいつらは“身を隠す”と表現していたが……、それは紛れもない別れであり、言い換えれば“喪失”と同じだ。恐らくそれがあいつらに大きな傷を与えているのだろう……」

「………大きな傷…、……ですか……」

「一度経験した喪失は簡単には拭えない。心に負った傷が癒えていない中での二度目の喪失の可能性は、……それが唯の可能性だったとしても、あいつらにとっては耐え難いことなのだろう。だからこそ必要以上に不安になる……。……まぁ、こればかりは仕方がないことだと割り切って受け入れてやるしかないだろうね」

「……………………」

 

 淡々とした口調で告げられた言葉に、バードマンだけでなく骸骨までもが黙り込む。ただ、見るからにショックを受けたような……どこか傷ついたような様子で顔を俯かせるペロロンチーノとは打って変わり、骸骨の方はどちらかというと二体のやり取りを静観しているような様子だった。

 ペロロンチーノと骸骨の反応の違いに、クローディアは思わず小さく首を傾げる。

 山羊頭の異形の言葉の意味もよく理解できず、何故二体の異形の反応がそれぞれ違うのかも良く分からなかった。ただ、彼らにも何か複雑な事情があるのかもしれない……と言うことだけは何となく感じ取れた。

 まるで人間や自分たちエルフと同じような複雑な感情を感じ取り、なんだか不思議な感覚に陥る。

 クローディアが持っている異形のイメージとは大きくかけ離れた三体に思わず戸惑う中、まるでそれらを遮るかのように不意に扉から落ち着いたノックの音が大きく響いてきた。

 

「入りたまえ」

 

 クローディアが反射的に扉に目を向けるのと、山羊頭の異形が声を発したのはほぼ同時。

 一拍後扉がゆっくりと開かれ、できた隙間から一人の老齢の男が姿を現した。

 

「失礼いたします。アインズ様、ペロロンチーノ様、ウルベルト・アレイン・オードル様、お待たせしてしまい大変申し訳ございません。準備が整いましてございます」

「ご苦労。それでは移動するとしよう」

 

 深い一礼と共に声をかけてきた老齢の男は、どこからどう見ても唯の人間にしか見えない。しかし異形たちのシモベである以上、普通の人間ではないのだろう。

 異形たちは男の存在を当然のように受け入れており、男の言葉に一つ頷くと椅子から立ち上がって骸骨を先頭に動き始めた。男が開いた扉に歩み寄って潜り抜け、廊下を挟んで向かい側にある別室へと足を踏み入れる。

 クローディアも部下のエルフたちを引き連れてその後に続けば、そこは先ほどの部屋と同じくらい広く豪奢な部屋だった。

 しかし先ほどの部屋とは違い、そこには異形の三柱に忠誠を誓う多くのシモベたちが集い、深々と頭を垂れていた。この場にいるモノたちは、先ほどの老齢の男と同じく一見普通の人間にしか見えないモノたちばかり。中には黄色の軍服姿の異形や白色の悪魔の姿も見受けられたが、それ以外は全員が唯の人間にしか見えない。しかしその者たちも老齢の男と同様に唯の人間であるはずがなく、“人間にしか見えないのに人間ではありえない”という彼らの存在がとても不気味にクローディアの目に映った。

 恐らく他のエルフたちもクローディアと同じように感じているのだろう。思わずといったように小さく後退る者が多く出てくる。

 しかしそんなこちらの様子に気が付いているのかいないのか、三柱の異形は頭を下げている彼らに優しく声をかけてやりながら、それぞれ豪奢な一人掛けのソファーに腰を下ろしていった。

 彼らの前には一つの大きなテーブルが置かれており、その上には巨大な楕円形の鏡が設置されている。

 複数人の可愛らしいメイドたちが異形たちの目の前にティーカップを置き、一礼と共に下がるのを合図に骸骨が一度カツンッと骨の手を打ち鳴らした。

 

「そろそろ時間だな。……それではこれより観賞を始めるとしよう」

 

 骸骨の言葉に応じるように、目の前の巨大な鏡の鏡面が白い光を発する。

 一拍後、光が止んだと同時に鏡面に映し出されたのは、この塔の外の光景。

 今まさに動き始めようとしている戦場の様子に、クローディアは思わず鏡面に目が釘付けになりながら強く両手を握りしめた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 所変わって、ここは南の城塞都市グラスティル側に布陣しているエルフ軍の最後尾。

 三柱の至高の御方々が御座す巨大な塔のすぐ近くに建てられた大きな漆黒の天幕にて、各階層守護者たちが集い顔を突き合わせていた。

 しかしその姿はどれもが普段とは違っていた。

 守護者統括アルベドは白いマーメイドドレス姿から漆黒の全身鎧(フルプレート)姿に変わっており、シャルティアは深紅の鎧を身に纏い、アウラなどは普段の姿からは一変して純白のチャイナドレスを身に纏っている。他にもマーレの腰の後ろには巨大な巻物が取り付けられ、コキュートスの青白い身体には至る所に黄金の装備具が付けられていた。唯一装備で言えば何も変わらず普段の朱色のスーツを着ているデミウルゴスもまた、その姿を半悪魔形態である蛙に似た醜い姿へと変えていた。

 

「――……そう、それなら問題なさそうね。イレギュラーなことが起きない限りはこれまで通りの支援レベルでも良いでしょう」

「法国には隠れ都市も複数あったそうだね。それは全て対処が終わったのかい、アウラ?」

「うん、みんなに頑張ってもらったからね。取りこぼしはないと思うよ!」

「城壁ノ攻略モ問題ナサソウダナ。……法国カラノ攻撃ヲ防グコトニ重キヲ置キツツ、防御力ノ低イ扉ニ攻撃ヲ集中サセテ突破スルトイウ方法ガアッタトハ……。……ウゥム、マダマダ精進セネバナラナイナ」

「壁はどこまでも強固に造れるが、扉はそうはいかないからね。しかし、君が選択した“八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)を使っての侵入と、内側から扉を開ける”という戦略も非常に効果的なものだったと思いますよ」

「話を聞いていると、何だかまだるっこしく思いんすねぇ。城壁ごとぶっ壊した方が、あちらの戦力も削れて一石二鳥でありんしょうけど……」

「エルフたちにそんなことできるわけないじゃない。私たちとは違うんだからさぁ」

「えっと、その、やっぱり少しはお手伝いした方が良いのかな……」

「止めておきなさい。わたくしたちが動くのは、あくまでも必要に迫られた時のみ。それが至高の御方々のご意思であることを肝に銘じておきなさい」

 

 緊迫している天幕の外とは打って変わり、守護者たちはどこまでも優雅に世間話のような会話を続けている。

 そんな中、不意に外から入室の許可を求める一つの声が聞こえてきて、この場にいる全ての守護者が天幕の出入り口である垂れ幕を振り返った。

 この場を代表してアルベドが入室許可の声をかければ、一拍後に一体の小悪魔(インプ)が垂れ幕の隙間から姿を現して中に入ってくる。

 この悪魔は戦場の様子を観察する役目を担っているモノの内の一体であり、彼は一度守護者たちに深々と頭を下げると、そのままの状態で報告を始めた。

 

「エルフたちが動き始めました。どうやら扉を打ち破ろうとしているらしく、巨大な丸太を運んでいる使役魔獣を先頭に進軍を開始しております」

「そう、漸く動き始めたのね。法国の様子は?」

「城壁の上から魔法や弓矢の準備をしておりましたので、恐らくそれらで迎撃しようとしているのかと思われます。エルフたちも盾を複数構えておりましたので、十分持ち堪えることができるかと」

「デアレバ、コチラカラノ更ナル支援ハマダ不要トイウコトダナ」

「そうだね。……ご苦労だった、引き続き見張りをしてくれたまえ」

「はっ、畏まりました。失礼いたします」

 

 デミウルゴスの言葉に小悪魔は更に深く頭を下げると、次には踵を返して天幕の外へと飛んで出ていく。

 守護者たちはその小さな背を暫く見送ると、垂れ布が完全に閉じたのを見届けてから再び互いに顔を見合わせた。

 

「う~ん、まだ暫くは様子見って感じだね。本当に私たちが出なくちゃいけないような事態になるのかな~……」

 

 高い背もたれに深く身体を凭れ掛からせながら、両腕を頭の後ろで組んでアウラが小さく言葉を零す。

 いつもは明るく溌剌としている表情が今は少しばかり退屈そうに歪んでおり、その子供らしい態度にアルベドがこれ見よがしに大きなため息を零した。

 

「アウラ、もう少し気を引き締めなさい。最終段階に入ったとはいえ、まだ終わったわけではないのよ」

「でも、おチビの気持ちも分かりんす。あの程度の軍勢に、ほんに私たちの力が必要になるのでありんすか?」

「法国は世界級(ワールド)アイテムを複数所持していたからね。御方々は最悪の事態も想定されているのだろう。何が起こっても良いように心構えはしておいた方が良い」

「はぁ~い」

「分かったでありんすよ」

 

 アルベドとデミウルゴスに諌められ、アウラとシャルティアが同じように肩を竦ませながらも頷いてくる。

 普段は何かと言い争うことの多い二人ではあるが、こう見るとまるで仲のいい姉妹のようにも見えてくるから不思議なものだ。

 これも二人それぞれの創造主の影響だろうか……と他の守護者たちが微笑ましく考える中、天幕の外から騒がしい音が徐々に聞こえ始めた。

 先ほどの小悪魔の報告にあったように、どうやらエルフ軍と法国軍が戦闘を開始したようだ。

 守護者たちは互いに顔を見合わせて一つ頷き合うと、ほぼ同時に座っていた椅子から立ち上がった。まずはアウラが真っ先に天幕の外へと跳ねるように出ていき、他の守護者たちもそれぞれその後に続いて外へと足を踏み出す。

 天幕の外にはアウラのシモベである魔獣たちが数多く揃っており、天幕から出てきた守護者たちに対して深く首を垂れて頭を下げてきた。

 アウラは一番近くに佇んでいたフェンリルの元へ駆け寄ると、その頭に抱き付いて撫でてやりながら他の魔獣たちにも短く声をかけてやっている。

 アルベドは少しの間その様子を見つめると、次には気を引き締めるように一つ息をついてから改めてこの場にいる守護者全員に視線を巡らせた。

 

「それではこれより我々も行動を開始します。二つのチームに別れ、それぞれ法国の東側半分と西側半分を監視。東側は私、アウラ、コキュートス。西側はデミウルゴス、シャルティア、マーレ。それぞれの指揮はわたくしとデミウルゴスが務めます」

「りょ~かい!」

「わ、分かりました」

「承知シタ」

「仕方ないでありんすねぇ……。了解でありんす」

 

 今回、エルフ軍への支援や緊急時の手助けを行う役目を担う守護者たちは、二つのチームに別れて行動するようにしていた。

 戦場が一つの巨大な都市であることもあり、複数に別れてそれぞれ監視及び行動した方が効率的である。また、その他にも以前からチーム戦での経験を重要視していたモモンガの意向を考慮したアルベドにより、自分を含む守護者たちにチームでの戦闘経験を積ませようという意図も含まれていた。

 この裏の目的については他の守護者たちには一切話してはいないのだが、もしかすれば朱色の悪魔あたりは察しているのかもしれない。

 他の守護者たちとは違い無言のまま頷く朱色の悪魔を見つめ、アルベドは少し面白くないような気持ちにかられながらも意識して思考を切り替えた。

 

「今回は至高の御方々も御観賞下さっているわ。全員、くれぐれも無様な姿を見せないよう、気を引き締めて臨みなさい」

 

 アルベドが発した言葉はナザリックのモノたちにとっては絶大な効果をもたらす。

 守護者たちだけでなくこの場にいる全ての魔獣たちもが真剣な雰囲気を帯びて気を引き締めた様子になり、アルベドは漆黒のヘルムの中で満足の笑みを浮かべた。

 

「それでは、行動開始!」

 

 アルベドの言葉を合図に、この場にいる全てのモノたちが行動を開始する。

 デミウルゴスとシャルティアは自前の翼で、マーレは至高の主から借り受けた〈飛行(フライ)〉の魔法が宿ったマジックアイテムを使用して上空に舞い上がり、アウラは自身のシモベの魔獣たちに駆け寄ってそれぞれ指示を出し始める。

 アルベドは戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)を召喚すると、天幕の横に置いておいた戦車(チャリオット)を引き出して素早くウォーバイコーンロードに取り付け始めた。

 この戦車は、処女であるためウォーバイコーンロードに騎乗できないアルベドのためにウルベルトが用意してくれたものだ。

 一人乗り用の二輪のこの戦車は黒曜石で出来ているのか、深い漆黒に美しい煌めきを宿している。デザインも至る所に突起物がありながらも全体的にはなだらかな曲線を描いており、ウルベルトのセンスが前面に出ているような攻撃的でありながらも非常に優美で気品あるものだった。

 勿論、このような戦車を用意してもらわなくともアルベドは自分でも騎乗できる動物を召喚できるマジックアイテムを持っている。

 しかしそれでもなお戦車を用意してもらったのは、一つはウォーバイコーンロードの戦闘能力がずば抜けて高い点。

 そして何より、“処女でなくなれば問題なくウォーバイコーンロードに騎乗できるようになる”という点だった。

 アルベドとしては、これを理由に至高の御方々から慈悲を賜れないかと考えていた。欲望まみれの下心を隠し、至高の御方々に相談をしたのだ。

 もしその場にペロロンチーノがいたなら、また結果は変わっていたのかもしれない。

 しかし幸か不幸か、この時その場にいたのはモモンガとウルベルトの二人のみだった。

 二人はアルベドの相談を聞いて暫くポカンとした表情を浮かべた後、モモンガは途端に少し焦ったようになり、ウルベルトは少し考え込んだ後に『閃いた!』とばかりに戦車を取りつけてはどうかと提案してきたのだ。

 悪魔であるのにそういうところは変に鈍いところのあるウルベルトに、アルベドはその時のことを思い出しながら思わずヘルムの下で小さく苦笑を浮かべる。また、どこか焦ったような初々しい様子を見せていたモモンガの姿も思い出し、『本当にお可愛らしい御方々……』と心の中でうっとりとした笑みを浮かべた。

 思考がピンク一色に染まる中、しかしアルベドの手はよどみなく動き、テキパキとウォーバイコーンロードに戦車を取り付けていく。

 そして丁度全ての金具を取り付けたところでアウラがこちらを振り返ってきた。

 

「アルベド、準備できた?」

 

 全ての魔獣に指示を出し終えたのだろう、アウラがフェンリルを後ろに従えてこちらに歩み寄ってくる。

 アルベドは最後に金具がしっかり取り付けられていることを確認すると、一つ頷いてアウラとコキュートスを振り返った。

 

「ええ、大丈夫よ。そちらも準備はできたのかしら?」

「うん、いつでも出られるよ。そういえば、もう私たちの存在は法国の人間たちにバレてもOKなんだよね?」

「ええ。法国はこの神都を攻略できれば終わりでしょうし、既に包囲網は完成しているから情報が外部に漏れる心配もないわ」

「了解! はぁ~、やっと自由に動ける! やっぱりコソコソ動くのって性に合わないんだよね~」

 

 全身で伸びをしながら満面の笑みを浮かべるアウラに、アルベドは再び苦笑を浮かべた。

 アウラの性格や修得している職業を考えれば、彼女が隠密行動を苦にするとは思えない。にも拘らず彼女がこんなことを言うということは、恐らくエルフたちと行動を共にしている際に彼女にそう思わせ、フラストレーションを溜めさせるに至った何かがあったのだろう。

 一体何があったのか非常に気になるところではあるが、しかし残念なことに今はそれを聞くだけの時間はない。

 アルベドは頭の中にある『後ですることリスト』の中にアウラに対する報告指示も付け加えると、今は目の前のことに集中するべく意識を切り替えた。

 

「とはいえ、私たちがすることはあくまでもエルフたちの支援であることは変わりないことよ。大々的に動くのはもう少し我慢して頂戴」

「それは分かってるけど、やっぱり気分的に違うの!」

「そう? そういうものかしら……?」

「そうだよ! もう、すっごくまどろっこしかったんだから!」

 

 アウラが力説する理由が分からず、思わず小さく首を傾げる。

 同じ任務に就いていたコキュートスを振り返るも氷の蟲王は無言を貫いており、一人と一体の反応の違いに更に首を小さく傾げた。

 

「……まぁ、今はそれについては良いわ。それよりも私たちもそろそろ進軍しましょう。どうやら扉の方は無事に突破できたようよ」

 

 見ればエルフ軍が神都の南門に殺到しており、遠目に扉が破壊されているのが確認できる。

 次々と中へ雪崩れ込んでいくエルフ軍に、それらを振り返ったアウラとコキュートスもそれぞれ大きく頷いた。

 

「あっ、ほんとだ。じゃあ、私たちも進もっか。コキュートスは徒歩で良いの?」

「アア、構ワナイ。徒歩デアッテモ、オ前タチニ後レヲ取ルツモリハナイ」

「ムッ、フェンはすっごく足が速いんだよ。コキュートスでも追いつけないと思うけどな~」

「……今回ハエルフタチニ合ワセテ進軍スルノダロウ? オ前ノ魔獣タチガ本気デ進軍スルコトニハナラナイト思ウガ……」

「もうっ、ちっが~~う! そういうことじゃなくてっ!!」

「……?」

 

 思わずといったように大きな声を上げるアウラに、コキュートスは心底不思議そうに首を傾げている。

 まるで噛み合っていない一人と一体の会話に、アルベドは思わず大きなため息と共に眉間部分に軽く指を当てた。

 

「……二人とも、それくらいにして頂戴。さっさと進軍するわよ」

 

 いつまでもここでグダグダしている訳にはいかず、アウラとコキュートスに声をかけて踵を返す。ウォーバイコーンロードに取り付けた戦車に歩み寄ると、アルベドは戦車に乗り込んでウォーバイコーンロードへと繋がる手綱を握りしめた。

 手綱を鞭のように振るってウォーバイコーンロードを駆けさせ始めるアルベドに、アウラも普段とは違う格好であることも構わずに慌ててフェンリルの背に飛び乗って跨る。

 フェンリルに合図を送ってアルベドの後に続くアウラに、コキュートスもまた無言のまま足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……一体どうなっているのだ! 何故このようなことにっ!!」

「これからどうすれば……、何か策はあるのかっ!?」

 

 バンッという激しくテーブルを叩く音と鋭い怒声が響き渡る。

 法国の神都の中心部に存在する大聖教会の一室にて、法国の重要人物たちが顔を突き合わせて議論を繰り広げていた。

 声を荒げているのは司法機関長と行政機関長の二人。

 残りの最高神官長と各六つの宗派の最高責任者、立法機関長、魔法開発の研究機関長、軍事の機関長の十人はそれぞれ苦々しい表情や神妙な表情を浮かべながら無言を貫いていた。

 彼らとて心情としては司法機関長や行政機関長と全く同じである。しかし声を荒げたところで何も解決などせず、逆に思考を曇らせて碌なことにならないことが分かっていた。

 司法機関長と行政機関長も、本当はそのことをよくよく理解しているはずなのだ。

 しかしかつてない予想以上の異常事態が法国を囲み、二人の理性を覆い隠してしまっていた。

 

「……別にそれほど騒ぐことじゃないでしょう。何をそんなに喚いているのかしら」

 

 誰もが湧き上がってくる焦りや恐怖と戦っている中、ふと静かな少女の声が部屋に響き渡る。

 反射的に全員がそちらを振り返れば、そこには一人の少女が部屋の片隅で壁に凭れ掛かるように立っていた。

 少女は一切こちらに視線を向けることなく、ただ両手に持つ四角い何かをひたすら動かしている。

 しかし数秒後、こちらの視線に気が付いたのか、少女はふと両手の動きを止めると色違いの双眸をこちらに向けてきた。

 

「なぁに? 私、何かおかしなことでも言ったかしら?」

 

 心底不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げる少女に、咄嗟に口を開きかけていた者たちも次々と口を閉ざしていく。

 彼女の存在と言葉は、彼らにとっては確かにそれだけの意味があるものだった。

 この場にいる者たちの幾人かは元軍人であり、それ相応の実力を持っている。しかしそんな中でも、この場で誰が一番強いか聞かれたなら、彼らは一様に少女を指さすことだろう。

 恐らく彼女一人いれば、この危機的状況も一気に解決させることができる。それだけ少女の力は強大で強力だった。

 とはいえ、彼女の存在は諸刃の剣だ。その存在が世間に知られるだけで世界が大きく動かないとも限らない。

 もしかすれば今以上の危機的状況に陥るとも限らず、自国滅亡の危機にある今もなお彼らは少女を表に出すべきかどうか頭を悩ませていた。

 

 

 

「――………モハヤ迷ウ余裕モアリハセヌカ……」

「「「……っ……!!?」」」

 

 誰もが黙り込む中、不意に響いてきた低い声。

 底冷えのする風のような……氷と氷を打ち付けたような、そんな不思議な音の声。

 誰もがその声の主に思い至って驚愕の息を呑む中、光と影を併せ持った一つの人影がどこからともなく姿を現した。

 

「我ガ(しゅ)トソノトモガラニヨッテ築キ上ゲラレタ、我ガ守リシスレイン法国。シカシ今ヤソノ命運ハ風前ノ灯火ニモ等シイ。モハヤ二ノ足ヲ踏ム余裕スラナイノデハナカロウカ」

「ル、ルシフェル様……!」

 

 独特の響きと抑揚で言葉を紡ぐその存在に、最高神官長である男がしどろもどろになりながら声をかける。

 ルシフェルと呼ばれた人影は未だ光と影を揺らめかせながら、ボロボロのローブの袖から伸びる籠手に覆われた右手を徐に宙へと伸ばした。

 

「……我ガ愛シキ(しゅ)スルシャーナ様ノ御手ニヨリ創造サレタ我ガ、スルシャーナ様ガ慈シマレタコノ国ノ危機ニ立チ上ガラヌワケニハイカヌ」

 

 宙に伸ばされた右手の先に黒い空洞が出現し、そこから二メートルにも及ぶ漆黒の大鎌が姿を現す。闇色の地獄の炎を宿すその大鎌は細かな闇色の火片を舞わせながら、身を焼く熱気ではなく魂までをも凍らす冷気を周囲に撒き散らしていた。

 ルシフェルは一度大きく大鎌をブンッと振るうと、次には大鎌を持っていない左手を腰に伸ばし、緑色の炎を宿しているランタンをベルトから垂らしている鎖を手に取った。

 

「強大ナ力ヲ宿ス存在ノ気配ヲ複数感ジル……。……禁忌ノ忌ミ子ヨ、ソナタモ出ルガヨイ」

 

 ランタンの鎖を掴んでいる左手が部屋の隅に立つ少女に向けられ、その全身を緑色の光が照らす。

 無言のまま人影をじっと見つめる少女に、それまで大人しく口を閉ざしていた者たちが一様に口を開いた。

 

「お、お待ちを! どうかお待ちください!」

「ルシフェル様にお手間を取らせるわけには参りません! ルシフェル様のお力添えやこの娘を外に出さずとも、解決できるやもしれません!」

「六色聖典の内、風花、水明、土盾は未だ健在。火滅も三分の一までその勢力を削り取られましたが、完全に消滅したわけではございません!」

「そうです! それにいざとなれば我々も戦場に立ち戦いましょう! ですからどうか、ルシフェル様はこちらで……!!」

「モハヤ、ソノ時ハ過ギ去ッタノダト言ッテイル」

 

 口々に言い募る最高神官長や各機関の長たちの声を遮り、人影は朗々とその言葉たちを切り捨てる。

 感情のこもらぬ声音の中に苛立ちが宿っているように感じて、各機関の長たちは一様に口を閉ざした。それでいて自分たちの不甲斐なさに唇を噛み締め、拳を強く握り締める。

 しかし光と影の人影はそんな彼らの様子など少しも気にした様子もなく、再び壁の少女へと意識を向けた。

 

「共ニ来ヨ、禁忌ノ忌ミ子。……モシカスレバ、ソナタノ願イシ敗北ヲ知ルコトガデキルヤモ知レヌゾ」

 

 緊張感が漂う緊迫した空気の中、光と影の人影の声だけが朗々と空気を震わせる。

 そんな中、部屋の隅に立つ少女は声一つ零すことなく、その無表情な顔に初めてにんまりとした不気味な笑みを浮かべた。

 

 




遂に出てきました、スルシャーナ様の第一のシモベ!
ルシフェルさんの容姿や種族や職業などは次回で描く予定ですので、暫くお待ち頂ければと思います(深々)
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