世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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こちらも漸く続きを更新!
長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした(土下座)

今回は『皇帝一行のナザリック訪問』になります!
漸くここまで来たって感じですね……。


第87話 “アインズ・ウール・ゴウン”

 リ・エスティーゼ王国領内の草原に四台もの豪奢な馬車が疾走している。

 艶やかな光沢を発する黒塗りに金の装飾が施された車体は草原でも滑らかに走り、車体を引くのはスレイプニルという巨大な魔馬。馬車の周囲には二十を超える騎馬が並走しており、その様は遠目から見てもとても物々しい。

 一目でただの商人や貴族の一団ではないと分かるその迫力と威圧感に、野盗どころか魔物も近づこうとはしなかった。

 滑らかな動きながらも猛スピードで駆ける四台の馬車の内、先頭から二番目の馬車の中では四人の男たちが顔を突き合わせてこれからのことを話し合っていた。

 

 

 

「――………しかし、まさかこんなに早く出発することになるとは思わなかったな。エ・ランテルにいるっていう異形に接触でもしたのかい?」

 

 馬車に乗っているのは白髪の男と長い髭を持つ老人と金髪の男二人。

 その内の一人であり、いつもの漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏ったバジウッド・ペシュメルが自身の隣に座っている白髪の男――レオナール・グラン・ネーグルに問いかける。

 レオナールは金色の瞳をバジウッドに向けると、端整な顔に小さな苦笑を浮かべて首を傾げてみせた。

 

「恐らくそうでしょうね。先日お伝えしたように、先方への接触はリーリエとレインに任せています。私とアインズは友人同士ですし同朋でもあります。シモベたちも顔見知りのモノが多いですから、恐らくそれで話が早く進んだのでしょう」

 

 レオナールの説明に、この場にいる全員が納得の表情と共に一つ頷く。

 確かに知り合い同士ならば話は早く進むだろう。相手が何処の誰か調べる必要はなく、――互いの関係が良好なものであるならば特に――話す内容の信憑性を調査する必要性も薄れる。加えて悪魔だった頃のレオナールと骸骨の異形はただの友人同士という訳ではなく、同じ組織のメンバーであり同朋だという話だったため、その納得感も大きかった。

 

「確か、骸骨の異形……アインズ殿とは同じ組織のメンバーだという話だったな」

「ええ、“アインズ・ウール・ゴウン”という異形たちの組織です。アインズを長とし、多くの異形がその組織に集っていました。そして我々の下にも多くの異形たちがシモベとして付き従ってくれています」

「……そのシモベの内の二人が、リーリエ殿とレイン殿であると……」

「そうです。そして、アインズがカッツェ平野に姿を現した際に供にいたアルベドもまた、我々“アインズ・ウール・ゴウン”に仕えてくれているシモベの一人です」

 

 肯定の言葉と共に更なる情報も付け加えられ、馬車に乗っているもう一人の金髪の青年――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは分かってはいても背筋に冷たいものが走るのを止められなかった。

 強大な力を持つ異形たちが寄り集まり、一つの巨大な組織を作り上げているという事実。

 それがいかに人間にとって脅威となるのか分からぬ者など今この場には誰一人としていなかった。

 

「“アインズ・ウール・ゴウン”はもともと、人間や天使といった……あなた方からすれば善といえる存在たちによって迫害され、虐殺され、搾取され続けてきた異形たちが自衛のために寄り集まり、立ち上げた組織です。また“アインズ・ウール・ゴウン”のシモベたちは全てが組織の創立者たちを至高の御方であると崇め、敬服しています。あなた方からすれば異形は恐怖と嫌悪の対象かもしれませんが、くれぐれもナザリックの中ではそういった感情は面に出さないようにしてください」

 

 レオナールからの忠告に、この場にいる誰もが表情を緊張に強張らせながら大きく頷く。

 しかし何度聞いても、一つの魔法で十六万もの人間を殺し尽した骸骨の異形が昔は迫害され搾取される側だったとはとても信じられなかった。レオナールにしても、その実力は相当なもので、彼を虐げることができた存在がいたなど到底信じられない。

 帝国でレオナールを上回る力を持つ者がいるとすれば、それは闘技場の武王かフールーダくらいしかいないだろう。いや、闘技場での勝敗がレオナールの思惑によって齎されたものであったのなら、武王はレオナールには勝てず、もはやフールーダくらいしかレオナールに太刀打ちできないのかもしれない。

 バジウッドもジルクニフと同じことを思ったのだろう、一つ大きな息を吐き出すと、いつもの太々しい笑みを浮かべて小さく肩を竦めた。

 

「しっかし、何度聞いても、お前やあの骸骨の異形が虐げられる側だったとは信じられねぇな。あの骸骨は特に、敵う奴なんていないだろう」

「誰しもが最初から強いわけではないということです。私も、そしてアインズや他の“アインズ・ウール・ゴウン”のメンバーも、最初はとても弱い存在でした。しかし殺されないために互いに手を取り合い、助け合いながら知識や力を求め、努力を重ねて今の力を手に入れたのです。どんなに英雄と称される人物であっても、赤子の頃から強い人はいないでしょう?」

「まぁ、それはそうなんだが……。てか、骸骨や悪魔にも赤ん坊だった頃とかあるのか?」

「そう、ですね……、悪魔であれば赤子の頃があるモノもいるかもしれませんが……。私が言いたいのは、悪魔でもアンデッドでも生まれた時から強力な力を有しているモノは少ないということですよ」

 

 バジウッドの軽口からの質問にもレオナールは苦笑を浮かべながらも律儀に答えている。そんな礼儀正しさや気遣いができるレオナールの本性が悪魔であるというのもジルクニフとしては未だに信じられないものだった。

 しかし、もはやそれに関しては口にするのも憚られた。

 代わりにもう一つ疑問に思っていることを聞いてみようと、ジルクニフはレオナールに向けて少しだけ身を乗り出した。

 

「確か“アインズ・ウール・ゴウン”の創立者は三人いると言っていたな。悪魔である君と、アインズなる骸骨のアンデッド……そしてもう一体の創立者。今回、その三人目の創立者とは会えないだろうとのことだが、何か理由でもあるのだろうか? 一体どういった異形なのかも含めて教えてくれないか?」

「残り一体の創立者はペロロンチーノという鳥人(バードマン)です。彼も割と話の分かる分類には入ると思いますが……、今はどこにいるのやら……。アインズならば何か知っているとは思いますが、今まで自身のことすら忘れていた私では、彼が今どうしているかまでは分かりません」

「普通に一緒にいるんじゃねぇのか?」

「いえ、カッツェ平野の時にアインズと共に姿を現していない以上、共にいるとは考え辛い。恐らく今はどこか違う場所にいるのでしょう」

「……そうか……」

 

 レオナールの答えに納得はしたものの、やはり残念という思いが湧き上がってくる。

 何かに対峙する際、事前に対する存在の情報をいかに多く入手できているかが今後の命運に大きな影響を与えてくる。

 骸骨の異形やレオナールと肩を並べる存在なのだ、そのペロロンチーノという異形も間違いなく相当な力を持っているのだろう。であれば、こちらとしてはどういった態度で彼らと接し、どの程度の距離感をもって交流をしていくべきなのか見極めることが重要になってくる。

 人間をどう思っているのか、これから何をしようとしているのか、本当にレオナールの言う通り友好的な関係を築けるのか。何か弱みや付け入る隙はないか、少しでもこちらが優位に立てる部分はないか、帝国が……人間が生き延びるためにはどういった行動をとるのが最善なのか……などなど。何を考え何を決断するにしても、情報は必要不可欠であり、決して多すぎるということはない。レオナールからどれだけ情報を得たとしても、湧き上がってくる不安は拭えなかった。

 

「確かアインズなる骸骨の異形はカッツェ平野で強力な未知の魔法を使用したという。ネーグル殿も骸骨の異形と同じ立場の悪魔だというなら、同じような魔法は使えるのですかな?」

 

 ジルクニフが湧き上がってくる不安を必死に抑え込んでいる中、不意に彼の隣に腰かけている老人――フールーダ・パラダインがレオナールに問いを投げかける。

 あまりにもフールーダらしい、彼の欲望丸出しの問いかけにジルクニフが思わず内心でため息を吐く中、レオナールは浮かべている苦笑を深めて小さく首を傾げた。

 

「正直に申し上げて、今の私では無理ですね。ですが“魂”と“肉体”を取り戻し、完全な状態に戻れば、私も同じ魔法を使うことは可能です」

「「……っ……!!?」」

「おおっ、本当ですかな!?」

 

 レオナールの思ってもみなかった言葉に、ジルクニフとバジウッドは驚愕に息を呑み、フールーダは目を見開いて興奮した声を上げた。

 ジルクニフは思わず立ち上がりそうになり、既の所で全身に力を込めてその衝動を抑え込んだ。

 声を荒げないように気を付けながら、しかしレオナールに向ける視線はどうしても険しいものになっていた。

 

「一体どういうことだ。そんな話は聞いていないぞ」

「そう、ですね……。言いそびれていたといいますか……パラダイン様に質問されるまで、私も失念しておりました。よく考えれば、完全体となった私自身についてももっと詳しくお話しするべきでしたね。申し訳ありません」

 

 責める言葉を止められなかったジルクニフに対し、レオナールは反論もせずに素直に頭を下げて謝罪してくる。どこまでも真摯なレオナールの態度に、ジルクニフは湧き上がっていた苛立ちや焦燥が急激に鎮まっていくのを感じた。

 よくよく考えてみれば、自分が知っていること全てを他人に話すというのは思っている以上に難しい。相手が何をどこまで知っているのか、相手の考えや知識を読み取れない以上、こちらから全てを察して情報を漏れなく伝えるというのは不可能だ。ジルクニフも完全体となったレオナールの力についてはある程度質問をして答えてもらってはいたが、実際にどこまでの魔法が使えるかなどまでは聞くのを失念していた。これでレオナールに対して『何故教えてくれなかったのか』と怒るのは筋違いなように思われた。

 

「………いや、こちらこそ申し訳ない。私自身、爺が質問するまでそのことについて思いつかなかった。この件で君を責めるのは間違っていたな」

 

 一つ大きく息を吐いて最後に残った心の騒めきも落ち着かせると、未だ頭を下げているレオナールに声をかけて頭を上げさせた。

 そんな中、不意に外から声をかけられ、反射的に車内にいる全員が声が聞こえてきた方に顔を向けた。

 

『――……陛下、間もなく目的地に到着します!』

「分かった! 目的地に到着するまで……いや、到着した後も警戒を怠るなと全員に伝えておけ」

『はっ!』

 

 ジルクニフの言葉に、外にいた兵がハキハキとした声音で承知の言葉を発する。

 ジルクニフは一つ小さな息を吐くと、改めて車内にいる面々に視線を巡らせた。落ち着いた様子の三人の表情を順々に見やり、最後に正面に座っているレオナールを真っ直ぐ見つめる。

 レオナールもまた金色の瞳を真っ直ぐジルクニフに向けており、瞳の奥には内心ひどく緊張しているジルクニフを落ち着かせるような柔らかな光を宿していた。

 

「……もうすぐ目的地に到着する。上手く事が進むよう任せたぞ、ネーグル殿」

「はい、お任せください」

 

 一切躊躇いも臆した様子もなく頷いてくるレオナールに、ジルクニフはもう一度だけ小さな息を吐き出す。

 次にはグッと両手を握り締めると、背筋を伸ばして気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地に到着し、馬車から降りたジルクニフたちを待っていたのは幾つもの霊廟が立ち並ぶ閑散とした景色だった。

 しかしその場に待機し、ジルクニフたちを出迎えたモノたちは、見たことのない異形のメイドと、この寂れた景色には似つかわしくないほどの可憐な美少女たちだった。

 

「良くお戻りくださいました、ウルベルト・アレイン・オードル様!」

「「「お帰りなさいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様!」」」

「そして、よくお越しくださいましたわん、バハルス帝国の皆様」

 

 先頭に立って傅き頭を下げているのは犬の顔をした一人のメイド。彼女の背後には人間の美少女の姿をしたメイドたちが同じように傅き、恭しく頭を下げている。また、彼女たちの隣にはリーリエとレインの姿もあり、彼らも同じように傅き頭を下げていた。

 

「出迎え、ありがとう。こうして再びみんなに会えたこと、私も嬉しく思うよ。さあ、早く頭を上げて立ってくれ。私に君たちの姿をきちんと見せておくれ」

 

 レオナールに促され、メイドたちは嬉々とした様子で頬を赤く染めながら顔を上げて立ち上がる。

 全身から喜びを溢れさせながら、しかしその動作は全てが優雅で洗練としており、彼女たちがどれだけ素晴らしいメイドであるかが見てとれた。

 

「リーリエとレインもご苦労だったね」

「いいえ、とんでもございません」

「ペストーニャ、アインズは玉座の間か?」

「はい、各階層守護者の皆様や十階層のシモベたちと共に玉座の間でウルベルト様のご帰還を心待ちにしていらっしゃいますわん」

「そうか。では案内を頼めるかい? バハルス帝国の皆さんもお連れするから、彼らのレベルに合わせた安全な道で頼む」

「畏まりました、わん」

 

 レオナールの指示に、ペストーニャと呼ばれた犬頭のメイドが再び恭しく頭を下げる。

 先ほどレオナールが口にした『バハルス帝国の者たちに合わせた安全な道』という言葉がどうにも気になったが、ジルクニフはそれについては敢えて何も聞かないことにした。代わりに他のことを問うために数歩前に進み出て口を開いた。

 

「お初にお目にかかる。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという。あなた方からの歓迎と道案内に感謝する」

「それには及びませんわん。皆様をご案内することはアインズ様より命じられておりますので」

「では、その方に感謝を伝えよう。しかし、全員でぞろぞろとお邪魔しては申し訳ない。何人かはこの場に待機させたいと思うのだが、宜しいだろうか?」

 

 今回のジルクニフたち一行の人員は、ジルクニフ本人と彼の秘書官一名、四騎士の三名、フールーダ・パラダインとその弟子である魔法詠唱者(マジックキャスター)が五名。そして彼らを守るための帝国近衛が二十五騎と、今までずっと上空を不可視化の状態で飛んでいた皇室空護兵団二十騎の総勢五十六名という大所帯だった。

 馬車の周辺に視線を向ければ、馬の世話や周囲を警戒している近衛と、不可視化のベールを取り去り騎乗している鷲馬(ヒポグリフ)と共に地上に降り立つ皇室空護兵団十騎の姿が見てとれた。恐らく皇室空護兵団の残りの十騎は未だ上空を旋回しながら周囲を警戒しているのだろう。

 彼ら全員を同行させるのは流石に多すぎるし、たとえここがナザリックの敷地内だとしても……いや、ナザリックの敷地内だからこそ、馬車の警護を皆無にするわけにはいかない。

 

「畏まりました。それでは、この場に残られる方々につきましては、こちらでおもてなしさせて頂きますわん。リュミエール、シクスス」

「「はい」」

「あなたたちはこの場に残ってバハルス帝国の皆様の給仕を行いなさい」

「「畏まりました」」

 

 ペストーニャの声かけによって前に進み出てきたのは二人の可憐なメイド。

 どちらも美しい長い金色の髪を背に流しており、しかし一方はそれに加えて金色の髪に星のような不思議な光を宿していた。目元には珍しい赤縁の飾り――眼鏡――を付けており、全体的に清廉とした雰囲気を纏っている。

 とはいえもう一方のメイドが劣っているというわけでは勿論なく、シクススと呼ばれたメイドの方は非常に愛嬌のある目鼻立ちをしており、どこか見る者の庇護欲をかり立てるような魅力を纏わせていた。

 今回は帝国が誇る近衛と皇室空護兵団が相手であるため大丈夫であろうが、相手が下世話な連中であった場合、無体を強いられてしまうのではないかと非常に心配になってしまうほどの魅力的なメイドたちだ。

 しかし彼女たちはそんな皇帝の思考に気が付くことなく、優雅な一礼と共に馬車の方に踵を返していった。

 

「それでは参りましょう。ご案内いたします、わん」

 

 少しの間去っていくメイド二人の背を見送った後、再び声をかけられて犬頭のメイドに目を向ける。

 メイドたちは一際大きな霊廟まで歩み寄ると、非常に厳かな手つきで大きな両開きの扉を引き開けた。

 

「「「……っ!!?」」」

 

 瞬間、目に飛び込んできた光景に、ジルクニフを初めとする帝国の者たちは全員驚愕の表情と共に息を呑んだ。

 開かれた霊廟の扉の奥に存在したのは、巨大な渦を巻く闇。

 ただ深い暗闇が広がっているのではなく、正に物質的な闇の壁が渦を巻きながら存在していた。

 

「ここから玉座の間がある十階層に移動することができます。どうぞ」

 

 ペストーニャが催促の言葉と共に躊躇いなく闇の中へと入っていく。続いて可憐なメイドたちもその後に続き、次から次へとその姿が見えなくなっていった。

 どう考えても地獄に通じているとしか思えない闇の入り口に、無意識に大きく喉が鳴る。

 しかし“進まない”という選択肢などある筈もなく、ジルクニフは咄嗟にすぐ傍に立つレオナールに視線を向けた。

 レオナールはこちらの視線に気が付くと、静かに振り返って大きく頷いてくる。

 続いて再び闇の方に視線を戻すと、大きく足を踏み出して闇の渦に歩み寄っていった。躊躇いなく歩を進めるレオナールに、ジルクニフも覚悟を決めて一歩大きく足を踏み出す。そのまま闇の中に消えていくレオナールの背を追いかけて、ジルクニフも勢いよく闇の中に身を乗り出した。

 瞬間、闇に触れた全身は何も感じず、気が付けばジルクニフは先ほどとは一変した場所に立っていた。

 背後からはフールーダたちの気配と驚愕に息を呑む音が小さく聞こえてくる。

 振り返らなくとも分かる彼らの心情に、ジルクニフは内心で同意しながら感嘆にも似た息を小さく吐き出していた。

 ジルクニフたちの目の前に広がっているのは厳かな空気が漂う廊下。頭上高く広がる天井と、左右の壁に等間隔で並び立っている石像。壁自体には絵画などは飾られてはいないものの、それでも細かな装飾はされており、この場にいる全ての者を圧倒する。

 そして歩を進めた先に現れたのは、見上げるほどに大きな重厚感ある扉。

 犬頭のメイドと可憐な少女のメイドたちが両脇に寄ってこちらに頭を下げる中、目の前の扉が地響きのような音と共にひとりでに口を開いた。

 

「「「……っ!!」」」

 

 瞬間、複数の息を呑む音と共に身構えるような気配が微かに背後から感じ取れた。

 しかしそれも仕方がないことだろう。

 ジルクニフたちが見つめる扉の先にいたのは、溢れんばかりの多くの異形たち。しかも、その一体一体全てが強烈な存在感を放っている。もしかしなくとも、ここにいる異形たちは全て、一体だけで大きな都市一つを簡単に滅ぼすことができるほどの力を有しているのかもしれない。

 ジルクニフは無意識にゴクッと大きく生唾を飲み込むと、素早く扉の中の部屋に視線を走らせた。

 多く犇めく異形たちに遮られて見えない部分は多々あれど、この部屋がどれだけ広く豪奢であるかは見てとれる。雰囲気的に、ここが犬頭のメイドが言っていた玉座の間で間違いないのだろう。

 となれば目的の人物はこの部屋の奥におり、必然的に自分たちはこの異形たちの中を進んでいかなければならないことになる。

 勿論、現在の自分たちの立場を考えれば、異形たちが自分たちに襲い掛かってくるとは考えづらい。しかしそれでも、部屋の中に足を踏み入れることさえ非常に大きな覚悟と勇気を必要とした。

 本能的な恐怖に支配され、全身から冷や汗が噴き出して硬直する。緊張のあまり強い吐き気が込み上げてくる中、ジルクニフは強く拳を握り締めて必死にそれに耐えた。このまま突っ立っている訳にはいかず、勇気を振り絞って何とか足を動かして一歩を踏み出そうとした。

 しかしその瞬間、目の前に見慣れた背が映り込み、ジルクニフは驚愕と共に咄嗟に全身の動きを止めた。

 目の前に立ったのは、今まで傍らにいたレオナール。

 まるで背に庇うように彼が目の前に立ったことで、ジルクニフは急激に胸の内から大きな安堵が込み上げて全身に広がっていくのを感じた。緊張と恐怖に強張っていた全身が徐々に緩んでいき、冷えていた全身に温度が戻ってくる。

 レオナールが自分の前に立ってくれただけで、どうしてこんなにも心強く思い、安堵するのか……。

 冷や汗に濡れる拳の力を緩めながら、ジルクニフはレオナールの存在の大きさを強く実感した。

 そんなジルクニフの様子に気が付いているのかいないのか、こちらを一切振り向こうとしないレオナールはその金色の瞳でこの場にいる全ての異形たちをグルっと見渡す。

 瞬間、まるでその視線に応えるかのようにこの場にいる全ての異形たちが一糸乱れぬ動きでその場に傅き頭を垂れた。

 異形たちの突然の行動と迫力に、ジルクニフたちは思わず呆気にとられて目を見開いてしまう。

 しかしレオナールは少しも感情を乱した様子もなく、どこまでも優雅な動きで部屋の奥へと一歩足を踏み出した。徐々に遠ざかっていくレオナールの背に、ジルクニフもまた内心慌てて――それでも周りには悟られないように堂々とした足取りで――彼の背を追って足を踏み出す。背後からも自分に付き従うフールーダたちの気配が感じ取れて、ジルクニフは内心で再び安堵の息を吐いた。

 レオナールが前に出てくれたおかげで、自分は勿論のこと、他の者たちも全員が気を取り直すことができた。ある程度の余裕もでき、ジルクニフは視線のみで不躾にならない程度に周りを見回した。

 ジルクニフが思った通り、ここは正に異形たちの王が座する玉座の間……いや、邪悪な神が座する場所だった。

 足元には手触りが非常に良いだろう真紅の絨毯が敷かれており、頭上には巨大なシャンデリアが吊るされ微かな光にもキラキラと輝いている。天井からは一つとして同じもののない紋章が描かれた複数の布が垂れ下がっており、この部屋の異質さを強調しているようだった。

 そして前方にあるのは巨大で豪奢な三つの玉座。

 三つという数からして、恐らくレオナールの言っていた“アインズ・ウール・ゴウン”の創立者である三人の異形が座する場所なのだろう。その証拠に、中心に置かれている玉座にのみ骸骨の異形が堂々と腰かけていた。玉座の左右には側近であろうモノたちが並び立ち、じっとこちらを観察するように見つめている。

 ジルクニフたちが玉座から五メートルほどの場所で立ち止まったその時、玉座に腰かけていた骸骨の異形がバッと勢いよく立ち上がった。

 

「おおっ、ウルベルト! 本当に、目覚めていたとは!!」

 

 パカッと開かれた骨の口から響いてきたのは低く威厳のある声。不可思議にエフェクトがかかっているわけでもなければ奇怪な音が混ざっているわけでもない、人間と同じような至って普通の声。

 しかしそれが逆に不気味に思えて、ジルクニフはゾクッと背筋を震わせた。

 表情は骸骨であるため変わらないものの大きな喜色を帯びた声音に、レオナールも柔らかな微笑を浮かべて一歩玉座へ歩み寄った。

 

「久しぶりだね、アインズ。私もこんな風に再び会うことになるとは思っていなかったが、それでも、また君に会えて嬉しいよ。君には本当に心配をかけてしまったようで申し訳ない」

「何を言うのだ! お前は私の大切な友人、心配するのは当然のことだ。………それで、彼らが?」

「ああ、バハルス帝国の方々だ」

 

 骸骨から眼窩の闇に揺らめく深紅の光を向けられ、反射的に強い緊張が全身を走り抜ける。

 しかしジルクニフは引き攣りそうになる表情筋を何とか動かして柔らかな笑みを作ると、優雅な動きで一礼してみせた。

 

「初めまして、アインズ殿。私はバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという。まずはあなた方に会えたことに対する喜びと共に、ここに招いていただいたことに感謝する」

「………初めまして、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。貴殿が私の大切な友人を保護してくれたと聞いている。こちらこそ、感謝の意を示そう」

「いや、保護という訳では……。むしろ、恥ずかしながら我々の方があなたの友人に力を貸してもらっている状態なのだ」

「なるほど。どうやらウルベルトと親しくしているというのは本当だったらしい。ならば、我らとも友好的な付き合いができるかもしれないな」

 

 感情を抑えてでもいるのか、やけに抑揚の少ない――まるで棒読みのような――骸骨の声音に、ジルクニフは再び恐怖と緊張に襲われて全身から冷や汗を溢れさせる。

 果たして本当に大丈夫なのかと焦燥にも似た感情を湧き上がらせる中、不意に玉座の傍らに立っていた絶世の美女が一歩こちらに進み出てきた。

 

「ウルベルト・アレイン・オードル様。至高の御方のご帰還を心よりお喜び申し上げます」

「ああ、アルベド、ありがとう。カッツェ平野では私を見つけて声をかけてくれたのに、あのようなことを言ってしまって、すまなかったね」

 

 優雅に一礼する美女に、レオナールが朗らかに声をかける。

 レオナールの口から飛び出した言葉と名前に、ジルクニフは思わず内心で大きく息を呑んだ。

 “アルベド”という名は、カッツェ平野での戦の話の際に出てきた名前だ。であれば、この絶世の美女がカッツェ平野にいたという漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏った女戦士だというのか。

 勿論、力量と容姿は全く関係ないものであることはジルクニフとて理解している。しかしそれでも、まるで聖女のような麗しい美女が漆黒の鎧を身に纏い巨大な斧を振り回すなど想像することすら難しかった。

 

「そういえばペロロンチーノはどこに? カッツェ平野の時にも見当たらなかったし……、側近たちも何人かいないようだが……」

 

 玉座の傍らに控えるように立っているモノたちを見やり、レオナールが不思議そうに小首を傾げる。

 しかしジルクニフはその言葉を聞いて思わずギョッと目を見開いた。

 側近と思われる存在は先ほどのアルベドという美女を含めて四名。その数だけでも脅威だというのに、まだ側近級の異形が何体もいるというのか……と血の気が引く。

 しかしレオナールも骸骨の異形もこちらの様子には気が付いていない様子で話しを進めていた。

 

「ああ、実はシモベの何割かはお前の“肉体”と行動を共にするために出て行ってしまったのだ。ペロロンチーノと他の側近の何名かはお前の“肉体”の行方を調べている。“魂”の方は既に我が手中にある。今は“肉体”と行動を共にしているシモベたちとも連絡が取れないためどこにいるかは分からないが、もし居場所を見つけることができれば、お前を完全体に戻すことができるだろう」

「なるほど……。アインズ、実はそのことについて君に相談があるんだ。……陛下」

 

 不意にレオナールに呼ばれ、視線のみで促される。

 ジルクニフは『ここが正念場だ……』と自身に活を入れると、覚悟を決めるように小さく胸を張って数歩前に進み出た。

 

「実はこの度こちらに赴いたのは、貴殿に一つの頼みと提案をしたかったからなのだ」

「ほう、お願いと提案か……」

「まず提案というのが、貴殿たちと国同士の同盟関係を築きたいというものだ。リ・エスティーゼのエ・ランテルとカッツェ平野が貴殿たちへ割譲されるという話は既に我々も耳にしている。貴殿のような素晴らしい人物が国を持つというのは当然のことであると思うし、我々もでき得る限りそれに協力したいと考えているんだ」

「ふむ……、そちらに利があるとは思えないが……」

「そんなことはないとも。同盟関係を結ぶということは、貴殿たちと友好的な関係を築いていくということだ。それは我が国の未来にとっても、そして私個人にとっても非常に利があることだと考えている。それに、何より貴殿は私が信頼を寄せているレオナール・グラン・ネーグル殿の友人だ。たとえ利にならずとも、できる限り力を貸したいと思うのは当然のことだと思わないかね?」

「ふむ、確かに嬉しい申し出ではあるが……。もう一つ、頼みたいことがあると言っていたな。それは何かな?」

 

 アインズに問いかけられ、一気に強い緊張が全身を走り抜ける。

 思わずひどく乾いた喉を小さく動かすと、ジルクニフは柔らかな笑みを何とか維持したまま少しだけ身を乗り出した。

 

「先ほど貴殿も口にしていた、ネーグル殿の“肉体”についてだ」

「ほう……。ウルベルト、全て彼らに話しているのか?」

「ええ。私が悪魔であることも、スレイン法国によって封印されていたことも、全て説明済みだ」

「ふむ……」

 

 レオナールの答えを受け、骸骨が探るように眼窩の灯りをジルクニフに向けてくる。

 ジルクニフは全身に何度も走る骸骨からの視線に必死に耐えながら、強張りそうになる唇を何とか動かした。

 

「悪魔の“肉体”が完全体に戻ろうと、“精神”を探して帝国を襲撃しにくる可能性があることもネーグル殿から既に聞いている。そして穏便に事が進まない可能性の方が高いことも聞かされた」

「確かに。悪魔の“肉体”はウルベルトの“精神”が宿っていないが故に、悪魔としての本能に呑まれやすい。ある程度は“精神”と同じ行動をとるだろうが、それも完全体に戻るためならば本能のままに暴れる可能性の方が高いだろう」

「その通りだ。そしてそうなった時、どれだけ被害が出るか分からない。悪魔の“肉体”から我が国を守るために、貴殿の力を貸してほしいというのが私からの頼みだ」

 

 微笑みを張り付けていた顔に真剣な表情を張り替えて、じっと真っ直ぐに骸骨を見つめる。

 骸骨も真っ直ぐに眼窩の灯りをジルクニフに向け、何事かを考え込むように骨の指先を骨の顎に添えた。

 暫く無言で黙り込む骸骨に、レオナールが小さく眉尻を下げながら助け舟を出すように口を開いた。

 

「建国するにも、建国した後も、味方の国があるのとないのとでは大きな差が出てくるだろう。それに悪魔の“肉体”もいつどこに出現するか分からない。私としては、彼らと手を結んでも良いと思うがね」

「……本当に我々と友好的な関係を築いていけると?」

「少なくとも彼らは私が悪魔であることを受け入れてくれた。帝国の闘技場には武王という亜人の戦士もいて尊敬を集めている。すぐに帝国の全員が我らを受け入れることは難しいだろうが、きちんと段取りを踏めば不可能ではないと思うよ」

 

 レオナールの言葉に、骸骨が再び考え込むような素振りを見せる。

 ジルクニフは静かにそれらを見つめながら、先ほどのレオナールの言葉が自分の心にも大きく突き刺さったのを感じた。

 確かにバハルス帝国の闘技場では亜人が武王として活躍しており、帝国の民たちも自分たちも嫌悪することなくそれを受け入れている。またジルクニフの近辺で言えば――亜人や異形ではないものの――呪いを受けて顔の右半分が醜い容姿となっているレイナース・ロックブルズが四騎士の一人として仕えている。他者からすればレイナースの容姿や存在は嫌悪の対象になるだろうが、ジルクニフも他の四騎士のメンバーも秘書官たちも気にすることなく彼女を受け入れている。

 しかし、それは何も人間以外の存在自体に寛容的だという訳ではない。

 何故亜人である武王や呪いを受けているレイナースを受け入れているのかと問われれば、一つは武王やレイナースが強力な力を有しており、廃するよりも自分たちの味方として取り込んだ方が利になるため。そしてもう一つは、もし武王やレイナースが自分たちを害そうとしたとしても、自分たちには最終的には彼ら彼女らを無害化する術を持っているためだった。

 そのため、自分たちは武王やレイナースをそこまで危険視せず、受け入れることができている。

 ならば、これがレオナールや“サバト・レガロ”、目の前にいる“アインズ・ウール・ゴウン”であればどうだろうか。

 まず、もし彼らをこちらの味方に引き込めるのであれば、これほど心強いことはないだろう。単純な力もそうだが、これだけの立派な建築物を所有しているのだ、自分たちにはない豊富な知識も有しているかもしれない。しかしそもそもの話、“彼らが自分たちにとって害になるか否か”については未だ判断が難しい。また、“彼らが自分たちに敵対行動をとった場合、抗することができるか”という部分に関しては“否”と判断せざるを得なかった。

 だからこそ、彼らに対しては未だ警戒する必要がある。彼らを心の底から受け入れることなど土台無理な話だった。

 しかしそう思う一方で、全てはレオナール・グラン・ネーグルがカギとなることをジルクニフは今ヒシヒシと感じていた。

 レオナール・グラン・ネーグルと“サバト・レガロ”と“アインズ・ウール・ゴウン”の中でジルクニフが一番信頼できるのはレオナール・グラン・ネーグルだ。“サバト・レガロ”自体も、これまでのリーリエやレインの言動を見る限りではレオナールに逆らうことは決してないだろう。そしてレオナールがこの“アインズ・ウール・ゴウン”の創立者の一人であり、この骸骨の異形と肩を並べられるほどの実力者ならば、たとえ“アインズ・ウール・ゴウン”が敵対してきたとしてもレオナールがいれば光明が見えてくるはずだ。

 異形に抗するために悪魔を味方につけなければならないという事実と、悪魔であるはずのレオナールに縋るしかないという現実。

 何より、悪魔であるレオナールを未だ信じきれていない一方で、『レオナールならば信じられるのではないか』と期待してしまっている自分の矛盾と歪さに、ジルクニフは内心で苦笑を浮かべた。

 そんな中、不意に聞こえてきた骸骨の声にジルクニフは自身の深い思考からハッと我に返った。

 

「――……良いだろう、こちらとしてもウルベルトと友好関係にある帝国が我らの同盟国となってくれるのであればとても喜ばしい」

「……っ! そ、それは良かった」

「しかし未だエ・ランテルの割譲はされておらず、建国もしていない状態だ。カッツェ平野の騒動は既に帝国にも伝わっているし、このまま即同盟を結んでは帝国の人々がひどく混乱するかもしれない。ここはまずは秘密裏に同盟を結び、親交を深め、期を見て同盟を結んでいたことを国民に知らせてはどうだろう?」

「そうだな、レオナールがそうした方が良いと言うのであればそのようにしよう。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿はいかがか?」

「………私もそれで構わない。ネーグル殿、君の帝国国民への気遣いに感謝しよう」

 

 ジルクニフの感謝の言葉にレオナールが柔らかな微笑と共に一礼する。

 しかしすぐさま顔を上げると、レオナールは再びアインズとジルクニフを交互に見やった。

 

「それでは今後について話していきましょう。まずはアインズと陛下が許して下さるのなら、私が今後も“アインズ・ウール・ゴウン”とバハルス帝国の仲介役を務めましょう」

「それは……こちらとしては願ってもいないことだが、本当に良いのか?」

 

 ジルクニフとしても、レオナールが今後も“アインズ・ウール・ゴウン”との仲介役を担ってくれるのはとても心強く有り難い。レオナールが申し出てこなければ、こちらから依頼しようと考えていたほどだ。

 骸骨の異形も当然のように頷き、ジルクニフは内心で安堵の息を吐いた。

 

「ですが私一人だけで二国間の状況を全て把握し、取り決めや情報のすり合わせを行うのは難しい。そのため“アインズ・ウール・ゴウン”とバハルス帝国それぞれの代表として、もう一人ずつどなたかを選抜して頂きたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「なるほど、確かにバハルス側の全てをワーカーであるネーグル殿に任せるのも難しいな。それではこちらからは私の秘書官をその任に当たらせよう。ロウネ・ヴァミリネン」

「は、はいっ!」

 

 レオナールの言葉を受け、ジルクニフは今回同行していた秘書官の名を口に出す。

 ロウネはひどく緊張している様子ではあったが、しっかりとした返事と共にこちらに進み出てきた。

 一方アインズは興味深そうにロウネに眼窩の灯りを向けたまま骨の口を開いた。

 

「では、こちらはアルベドを出そう」

「畏まりました、アインズ様」

 

 骸骨の異形の言葉に従って絶世の美女が進み出たことでロウネが思わずといったように小さく息を呑む。進み出てきた絶世の美女は非常に魅力的な微笑を浮かべており、ロウネは反射的に頬を赤く染め、ジルクニフは内心で困惑の表情浮かべた。

 アインズという異形が何故この美女を指名したのか、その理由が分からなかった。

 先ほどのレオナールの言葉から考えるに、この美女は――いくらそう見えなくとも――凄腕の戦士なのだろう。カッツェ平野でアインズと共に現れ、今もアインズの傍らに控えるように立っていることから、もしかすれば護衛の役目も担っているのかもしれない。ならば、こういった国同士の取り組みやすり合わせなどは内政に携わる者を選ぶべきではないだろうか。それとも、このアルベドという美女は創立者の長の護衛であり戦士でありながら、内政も担う文官だというのだろうか。いくら異形だからと言って、果たしてそんな完璧な存在が本当にいるのだろうか。

 いや、武力や知略以前に、その美しい容姿でロウネを骨抜きにして意のままに操ろうと考えているのかもしれない。

 勿論ロウネのことは信頼しているし、色に呑まれるような軟弱者ではないということも知っている。

 しかし相手はこのアルベドである。ジルクニフ自身ですら何度も虜になりそうになる美女を前に、ジルクニフは自身の敗北と、骸骨の用意周到さに内心で苦々しい舌打ちを零した。

 とはいえ、こちらから“アインズ・ウール・ゴウン”の人選に口を挟むわけにはいかない。

 見つめ合うロウネとアルベドを前に、ジルクニフは笑みを張り付けたまま賛同するように頷くことしかできなかった。

 

「今日は良き日だ! ウルベルトの“魂”だけでなく“精神”も戻り、また未来の同盟者も生まれた! そうだ、折角だ、この良き日を祝って宴会を催そう。貴殿たちも出席しないかね?」

「……! い、いや、申し訳ないが今日はお暇させて頂こう。早く帰っていろいろと準備をしなければ」

「そうか、それは残念。ではまたの機会にするとしよう」

「そ、そうだね。……私もその日を楽しみにしているよ」

 

 本当にどこか残念そうに聞こえるアインズの声音がとてつもなく嘘臭く聞こえてしまう。

 レオナールには悪いが、まだまだこの骸骨に対しては警戒を解く訳にはいかない。

 ジルクニフは必死に柔らかな微笑を顔に貼り付けながら、早く帝国に戻れることだけを一心に願っていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「――……エ・ランテルとカッツェ平野とその周辺領土が全てアンデッドの国になるという話は本当なんでしょうか……」

 

 不安と焦燥に彩られた声音がガヤガヤと騒がしい空間に零れ落ちる。同じテーブルについてそれぞれ食事を口に運んでいた面々は顔を上げて声の主である少女を見やった。

 ここは竜王国のある都市にある酒場“蜜の月夜”亭。

 賑わいを見せる店内では国の危機など知らぬげに多くの人々が思い思いに朝の一時を過ごしている。

 そんな中で不意に零れ落ちたこの場に似つかわしくない少女の声音。

 同じように朝の一時を過ごしていた(シルバー)級冒険者チーム“クアエシトール”のメンバーは朝食をとる手を止めて声を発した少女ニニャを見やると、次には互いに顔を見合わせ、最後にはリーダーであるマエストロを見やった。

 一足先に朝食を終えていたマエストロはカップの紅茶を飲んでいる最中で、自身に集中するメンバーの視線に気が付いてゆっくりと口につけていたカップをそっと離してテーブルのソーサーに戻した。

 

「どうやら、その噂は本当のようです」

「……!! それじゃあ、カルネ村は!!」

 

 どこまでも静かなマエストロの声音に、途端にニニャが声を張り上げて椅子から立ち上がる。

 焦燥を露わに身を乗り出す彼女に、しかしその反応も当然のことだった。

 今回噂に出てきている地域の中には、彼女の姉が身を寄せているカルネ村も含まれている。噂が本当であるならば、姉のいるカルネ村もまたアンデッドの脅威に晒されるということなのだ。

 今にも姉の下に行かんとこの場を飛び出していきそうなニニャの様子に、しかし一切動じる様子のないマエストロがそれを止めた。

 

「ニニャさん、落ち着いて下さい。まだカルネ村が危険な状態に陥るとは限りません」

「そんな悠長なことを言っている場合じゃないです!! アンデッドが支配するんですよ!!?」

「確かに。ですが、アンデッドたちがもし恐怖と殺戮で領土を支配するつもりなら、最初から襲撃して支配していっているはず。ですが噂によれば、アンデッドたちはリ・エスティーゼ王国の王族と言葉を交わし、交渉でエ・ランテルとカッツェ平野周辺の領土を手に入れた。であれば、少なくともすぐには悲惨なことにはならないはずです」

 

 マエストロの言葉も一理ある。確かに自分たちの常識とは違う行動をとるアンデッドたちならば、悲惨な支配は行わないかもしれない。しかしそれはただの可能性でしかなく、まるで問題をはぐらかすかのようなマエストロの言葉にニニャは納得などできなかった。

 更に身を乗り出して声を上げようとした瞬間、まるでそれを遮るようにマエストロが軽く片手を上げてきた。

 

「とはいえ、これはただの私の予想に過ぎない。ツアレさんを心配に思うあなたの気持ちも分かります。ですので、この私がカルネ村の様子を見に行ってきましょう!」

「えっ!? マ、マエストロさんが…ですか……!?」

「ええ。本当にツアレさんが安全な状態なのか確認しなければニニャさんも安心できないでしょう? とはいえ、既にこの都市で幾つか任務を請け負っている以上、そちらを無視するわけにもいかない。ですので、皆さんはこのままこの地に残って任務にあたってください。その間に、私がカルネ村に行ってきます」

「いや、でも、それなら僕が……」

魔法詠唱者(マジックキャスター)の一人旅は危険ですよ。国境を超える長旅であれば尚更です。それに、この地での任務ではあなたの知識は貴重だ。あなたはここに残って二人をお願いします」

 

 マエストロの言葉に、ニニャの目が残り二人のチームメンバーに向けられる。

 今までずっと無言のままマエストロとニニャの会話を見守っていたブレインとブリタの姿に、ニニャの大きな瞳が迷うようにゆらりと揺らめいた。

 

「ご心配なく、必ずカルネ村まで行ってツアレさんの様子を確認してきます。どうせなら手紙も書いてもらってお届けしますよ」

 

 柔らかな声音はまるでこちらを労り落ち着かせるように響くも、しかし有無を言わせぬ響きも孕んでいる。

 ニニャは未だ小さな不満を胸の内に燻らせながら、しかしこれ以上彼を説得できる自信もなく渋々ながらも頷いた。

 大人しく再び椅子に腰かけるニニャを確認し、マエストロは次にブレインとブリタに顔を向けた。

 

「それでは善は急げと言いますし、私は明日の朝に出ることにします。今日は依頼のための準備をしていきましょう。この地での依頼はどれもビーストマン関連のものですし私もいないので、くれぐれも準備は怠らぬように」

「ビーストマン、かぁ……。リーダーがいなくて大丈夫かなぁ……」

 

 現在、竜王国はビーストマンの脅威に晒されている。人間をも喰らうビーストマンの国が隣にあるということもあり昔から警戒はしていたらしいが、最近になってビーストマンが大攻勢を仕掛けてきて既に三つの都市が落とされていた。今のところはアダマンタイト級冒険者を中心に何とかビーストマンを撃退してはいるが、数の差が圧倒的であるためビーストマンの侵攻自体を止めるには至っていない。そのため冒険者への依頼自体がビーストマン関連一色になっており、“クアエシトール”が請け負った任務もまたビーストマン関連のもので占められていた。

 ビーストマンは二足歩行をするライオンや虎などの姿をした亜人種で、その力は成人した人間の10倍にも匹敵する。

 今のブリタやニニャにとっては強敵であり、彼女が不安に思うのも当然のことだった。

 

「ブレインもいるので問題はないでしょう。ですが何が起こるか分からないのも事実。もし危険だと判断すれば迷わずに戦線離脱してください。大切なのは依頼遂行よりも全員が生き残ることですから」

「りょ~かい。死なない程度に頑張るよ」

 

 力なく眉を八の字に垂れ下げながらもブリタが笑みを浮かべて一つ頷く。

 彼女の向かい側ではブレインが無言のまま意味ありげな視線をマエストロに向けていたが、マエストロが『二人の事、任せましたからね』と念押しのように言うと、何故か諦めたようなため息を一つ吐いて一つ頷いた。

 そんな二人の意味不明なやり取りに、ニニャとブリタは疑問符を頭上に浮かべながら小さく首を傾げる。

 しかしマエストロはそれを無視すると、次には話しを打ち切るようにパンッと一つ手を打ち鳴らした。

 

「それでは、さっさと食べてしまいましょう。今日は忙しくなりますからね」

 

 マエストロの言葉に、ニニャたちは一つ頷いてそれぞれの目の前に置かれている朝食に再び向き合う。

 先ほどまでのゆったりとしたものから少し速度を上げて残りの朝食をかき込むと、さっさと席を立って店を後にした。

 

 

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