世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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明けまして、おめでとうございます!
そして大変長らくお待たせしました!
すっごいスランプにはまってしまい、『文字が書けない』『文字かいても筆がまったくのらない』という感じですっごく時間がかかってしまいました……。
現在もスランプは抜け切れてはいないのですが、次回以降なるべく早く更新していけるように頑張ってまいりますので、本年もどうぞよろしくお願いします(土下座)


第88話 新たな出発

 リ・エスティーゼ王国領内の草原に豪奢な馬車が疾走している。

 数刻ほど前にこの草原を走っていたものと全く同じもの。しかし連なる台車の数は四つから三つに減っており、行先も逆方向だった。

 行きはリ・エスティーゼ王国のトブの大森林の最奥を目指していたが、今向かっているのはバハルス帝国。

 まるで何かに急き立てられるように猛スピードで駆けていく一団の前から二番目の台車の中では、国の重役たちが深刻な表情を浮かべて顔を突き合わせていた。

 車内の空気は重苦しく、顔を突き合わせている者たちの顔色も悪い。

 誰もが緊張したように顔を強張らせており、まるで探るように互いを見やっていた。

 

 

 

「――………いやぁ、まさかあそこまでだったとは……。今でも無事に出られたことが信じられないですよ」

 

 まるでこの場の空気を変えるようにバジウッドがワザとらしいまでに明るい声を出す。

 顔を強張らせながらも大袈裟なまでに肩を竦めてみせる大男の姿に、そこで漸くこの場の空気がほんの少しだけ緊張を緩めた。誰もが苦笑を浮かべ、大なり小なりため息のような息を吐き出す。ジルクニフもまた一度大きく息を吐くと、改めてこの場にいる面々に視線を走らせた。

 今この車内にいるメンバーは行きの時とは一部異なっている。

 行きはジルクニフとバジウッドの他にフルーダとレオナールが同乗していたのだが、今はフールーダとレオナールの代わりにフールーダの弟子の一人である魔法詠唱者(マジックキャスター)の男とレイナースが同乗していた。

 

「バジウッドの言う通り、“アインズ・ウール・ゴウン”は全てが予想以上のものだった。……全員が無事にナザリックを出られたのは、全てはネーグルのおかげだろう」

 

 ジルクニフの言葉に、この場にいる全員が顔を引き締めて一様に頷く。それだけ“アインズ・ウール・ゴウン”の全てが圧倒的で、またレオナールという存在の支えは必要不可欠なものだった。

 広い玉座の間を覆いつくすほどに犇めく異形の群れ。上座に居並ぶ異形の側近たち。そして三つある豪華絢爛な玉座の内の一つに腰かける死の支配者たる異形の王。

 全てが規格外で、圧倒的で、湧き上がってくる恐怖が止められなかった。

 しかしそんな中で堂々と立ち居振る舞い、自分たちを守ってくれたのがレオナール・グラン・ネーグルだった。

 もし彼がいなかったなら、中には恐怖のあまり気をやる者も出ていたかもしれない。そう考えるジルクニフ自身、レオナールの存在に大いに励まされ、大いに助けられた。

 勿論、たとえ彼がいなかったとしても、自分であればあの異形の王に対してある程度対応はできただろうという自負はある。しかしそれでも、やはりレオナールがいない状態だったなら、あれほど穏便に話が進むとは思えなかった。彼がいたからこそ帝国は服従ではなく同盟という対等な立ち位置で“アインズ・ウール・ゴウン”と関係を結ぶことができ、自分たちは誰一人欠けることなく五体満足で帝国に戻れているのだ。『レオナールがいてくれて本当に良かった』と誰もが思ったことだろう。

 勿論、今後帝国がどうなっていくのかは分からない。もしかすれば“アインズ・ウール・ゴウン”には、自分では見当もつかない企みがあるのかもしれない。

 しかし少なくともレオナールがこちら側にいてくれている限りは何が起ころうとも何とか最悪の事態にはならず対処できるのではないか、と……そんな考えも頭を占めていた。

 レオナールとて本性は悪魔なのだから油断はするべきではないのだろう。現時点でも相当だというのに、今後はもっとレオナールの存在は必要となり、一種の依存状態にすらなるかもしれないという危機感もある。

 しかし現状彼らに対抗し得る方法がない以上、全てレオナールに頼る他なかった。

 

「陛下、とはいえこのままずっと奴らとは付き合っていくつもりなんですかい?」

 

 レオナールのことを考えている中、バジウッドが再び声をかけてくる。

 思考を中断して改めて周りを見てみれば、無言を貫いているフールーダの高弟とレイナースも神妙な表情を浮かべてこちらを見つめていた。

 

「……それは難しい問題だな。普通に考えれば、アンデッドとずっと関係を続けていくというのは避けるべきことだろう。そもそもアンデッドとは生者を憎む存在だ。今は大人しく温厚で友好的だったとしても、それがいつまで続くかは分かったものではない」

「まぁ、確かにな」

「陛下の仰る通りかと」

「しかし、そうはいっても今の我々には奴らに対抗し得る術を持ち得ていない」

 

 ジルクニフの言葉に、賛同していたバジウッドとフールーダの高弟も一様に口を噤む。レイナースは何を考えているのか無言を貫いており、ジルクニフは自分たちが陥っているどうしようもない現実に思わず重いため息を吐いた。

 大きな力に抗うためには、こちらも大きな力を手にする必要がある。力とは“多”と“個”と二つの種類があるが、どちらも現状望み薄であると言わざるを得なかった。

 まず“多”についてだが、帝国だけの軍事力では“アインズ・ウール・ゴウン”に対抗することはできない。先日のカッツェ平野での戦場で起こったことを考えれば、アインズただ一体に対して数分抗うことすら難しいだろう。であれば帝国だけでなく複数の国同士で対“アインズ・ウール・ゴウン”の連盟を築き、全ての力を集結させて対抗するしかない。

 しかし、この方法もなかなかにハードルが高いと言わざるを得なかった。

 バハルス帝国や“アインズ・ウール・ゴウン”の周辺にある国々は、リ・エスティーゼ王国とスレイン法国と聖王国と評議国と竜王国の五か国。しかしその内のリ・エスティーゼ王国は先のカッツェ平野の戦で軍事力並びに国力自体が大幅に低下しており、スレイン法国に至っては既に滅んでしまっている。五か国の中で人間至上主義を掲げ、一番異形への対抗手段を持っていたはずのスレイン法国の滅亡はあまりにも痛手だった。

 しかもスレイン法国を滅ぼしたのは森妖精(エルフ)の国であるという。

 人間の国であるならばまだ説得の余地と協力の可能性はあっただろうが、相手がエルフとなると話は一気に変わってきてしまう。彼らが異形の集団である“アインズ・ウール・ゴウン”を受け入れるとは思えないが、かといって法国と同じようにエルフを奴隷として扱っている帝国に協力するとも思えなかった。

 次に“個”の力についてだが、この場合ジルクニフの頭に一番に思い浮かぶのはフールーダ・パラダインだが、今や絶大の信頼を寄せるフールーダといえども“アインズ・ウール・ゴウン”に太刀打ちできるとは到底思えなかった。他に太刀打ちできる者がいるとすれば、それはレオナール・グラン・ネーグルしかいないだろう。つまり、どんなにいろいろ考えたとしても自分たちは彼の協力なくしては生き残ることができないのだ。

 依存したくない、依存するべきではない……と危機感を募らせたとしても、そうせざるを得ないのが実情だった。

 

「……とにかく、今は何よりも情報が少ない。何も分からない“もう一人の創造主”とやらもいる以上、軽率な行動はとるべきではないだろう。今後どうするにせよ、今は情報を集めることが先決だ」

「と言っても、どうやって情報収集するんです? レオナールに聞きますか?」

「そうだな、勿論彼から情報を聞き出す必要もあるだろう。しかしそれ以外にも、多方面から情報を集める必要がある。秘密裏に他国や組合に連絡を取り、“アインズ・ウール・ゴウン”についてや異形種について情報を集めるべきだろう」

「他国やら組合への連絡は陛下の秘書官たちに任せた方が良いかもな。……それじゃあ、俺はレオナールとの親交を深めて情報を探ってみますか」

「我らも師と共に“アインズ・ウール・ゴウン”や異形種に関して蔵書などを探ってみます」

「ああ、頼んだ」

 

 取り敢えずの方針が決まり、ジルクニフは思わず小さく息を吐く。全てはこれからではあるが、それでもやるべきことが明確になったことで少しだけ肩の荷が下りたような気さえしてくる。

 帝国に着いたらフールーダとも話し合わなければな……とぼんやりと考え、そこでふと小さな違和感が頭を過ぎった。

 一体何が引っ掛かるのか……と思考を巡らせ、ふとナザリックを去る時のフールーダの姿が脳裏に蘇った。

 ナザリックで見聞きしたことについて弟子たちと話し合いたいと自分たちとは別の台車に乗り込んでいったフールーダの後ろ姿。

 あまりにも大人しかったその様子に、『何故、こんなにも大人しかったのか』という疑問が頭に浮上してきた。

 フールーダは帝国が誇る大魔法使いではあるが、その実は魔法に取りつかれた狂人である。魔法と名のつくものには全て興味を持ち知りたがり、自分の知らない魔法の知識を持つ者がいれば、それがたとえ敵であろうと犯罪者であろうと異形であろうと躊躇いなく教えを請おうとする。

 ならば何故、今回はそういった行動を一切しなかったのか……。

 “アインズ・ウール・ゴウン”の創造主の一体であるアインズは魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、その強さやカッツェ平野でみせた魔法から、フールーダの知らない魔法の知識を持っていることは想像に難くない。

 フールーダとてそれは分かっているはずだ。

 では何故だ……と思考が嫌な方向に向かいそうになり、そこでふともう一つの存在を思い出してジルクニフは思考を中断した。

 思い出したのはレオナール・グラン・ネーグルの存在。

 そういえばフールーダは弟子たちの乗る台車に乗ろうとした際、半ば無理矢理レオナールを同じ台車に引きずっていっていた。その姿は非常に鼻息荒く目は血走ってギラギラしており、動き自体は静かなものだったが誰が見ても狂人のそれだった。『是非アインズ殿の魔法や他の魔法について詳しくっ!!!』と嬉々としてレオナールを引きずっていったフールーダの姿を思い出し、ジルクニフは無意識に安堵の息を吐いていた。

 

(そうだ、恐らくフールーダはアインズよりも先にネーグルからいろいろと話を聞こうと考えたのだろう。それにネーグルとアインズは友人同士であるそうだからな。まずはネーグルと親交を深めてから改めてアインズに紹介してもらった方が魔法の知識を得やすいと考えたのかもしれないな。)

 

 頭に浮かんだ考えに納得し、全身から一気に力が抜ける。今頃フールーダに質問攻めにあっているだろうレオナールの姿が頭に浮かび、思わず苦笑すら零してしまった。

 そこから何かしら新たな情報が得られているのであれば、ジルクニフとしても有り難い。

 取り敢えずフールーダには帝国に戻り次第先ほど話し合っていた内容を伝え、できるならレオナールとの距離も縮めて情報を多く得られるような関係性を構築させてもいいかもしれない。

 一瞬頭に浮かびそうになった『裏切り』という不穏な言葉を頭を振るうことで振り払うと、ジルクニフは改めてこの場にいる三人に目を向けた。

 

「ここからが正念場だ。我らの帝国を守るため、全力を尽くすぞ」

「「はっ!」」

 

 ジルクニフの言葉に、バジウッドとフールーダの高弟が同時に頭を下げる。

 レイナースのみ何も言わず無反応ではあったが、彼女に関してはいつものことと気にすることなく、ジルクニフは今後の行動について更に詳しく話し合い始めるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ジルクニフ達、帝国の一行がナザリックを発って数刻後……――

 玉座の間に集まっていた多くの異形たちはアインズの号令の下に解散し、今はアインズと階層守護者の面々……アルベド、シャルティア、アウラ、コキュートス、ヴィクティムのみが残っていた。

 守護者の面々はアルベド以外が今まで立っていた玉座の横から離れると、下段に降りて横に並び、向かい合うように傅いて頭を下げた。アルベドもまた胸に片手を添えると片膝をついて頭を下げる。

 一人玉座に座るアインズが玉座の間の扉の方に目を向ければ、そこにはマーレとデミウルゴスを引き連れたペロロンチーノがこちらに歩み寄ってくるところだった。

 

「やっほ~、モモンガさん! 大芝居、お疲れ様でした!」

 

 マーレとデミウルゴスが他の守護者たちと合流して改めて玉座に向かい合って跪く中、ペロロンチーノはモモンガの右隣の玉座に腰を下ろす。

 モモンガはペロロンチーノを見やると、この場に守護者たちがいるため鷹揚に頷いて返した。

 

「ペロロンチーノさんもお疲れさまでした。ペロロンチーノさんの目から見て、帝国の者たちはどう映った?」

「いや~、皇帝はラナーちゃん以外の王国の王族と違ってイケメンでしたね! あれは絶対女の子たちにモテモテですよ! 昔の俺だったら羨ましくてキレてたかもです!!」

「……いや、そういうことを聞きたいのではなく……」

「何を仰います! あんな人間よりもペロロンチーノ様の方が何倍! 何百倍! 何千倍も格好良くて魅力的でありんす!!」

「シャルティアの言う通りです! ペロロンチーノ様やモモンガ様、他の至高の御方々に敵う存在などおりません!」

 

 小さく呟くモモンガの言葉に気が付かず、遮るようにしてシャルティアとアルベドが身を乗り出して声を上げてくる。他の守護者たちも口々に彼女たちに賛同し、ペロロンチーノは『えへへ~』と照れたように右手で後ろ頭をかいていた。仮面で顔は見えないが、漂わせている雰囲気からだらしない笑みを浮かべていることは想像に難くなく、周りには小さな色とりどりの花が浮かんでいる幻すら見えるようだった。

 非常に可愛らしい反応を見せるペロロンチーノに涎を垂らさんばかりのアルベドとシャルティアに、モモンガは話しを戻すためにわざとらしく大きな咳払いを零した。

 

「……ゴホン、えー、さて、これで帝国とは無事に同盟を組むことに成功したわけだが……」

「あっ、そうですね! これでエ・ランテルの割譲が無事に終わったら一応ひと段落ですかね?」

「ああ。万が一にも不測の事態は起こらないだろうが、最後まで気は抜かないようにするべきだろう」

 

 モモンガの言葉にペロロンチーノは一つ頷き、守護者たちは心得たように深々と頭を垂れる。

 とはいえ、この時に自分たちがすべきことはさほどない。せいぜいエ・ランテルの至る所に“目”を置き、不審な動きなどがないか見張ることくらいだった。

 

「……あっ、でも、そういえば王国の王都の方で噂を流さなくちゃいけないんでしたっけ?」

「ああ、そうだ、八本指を使ってな。これが次の作戦の重要なカギの一つになる」

「八本指も大変ですね~。……いや、でも、考えてみると噂を流される王子も可哀想になってきますね」

 

 八本指を使って流す噂の内容を思い、ペロロンチーノが小さく肩を竦めてくる。仮面の奥にある顔には苦笑が浮かんでいるのかもしれない。モモンガもまた噂の内容に思いを馳せ、内心で大きく頷いた。

 これから八本指を使って流す噂というのは主に二つ。

 一つ目は『エ・ランテルのカッツェ平原で繰り広げられた残虐な殺戮』について。

 二つ目は『その殺戮は王国の第一王子が齎したもの』というもの。

 どれも真実であり全く嘘ではないのだが、この噂を聞いた王国の国民が何を感じるかは想像に難くない。そして第一王子に向けられる彼らの感情も然りであり、ペロロンチーノの言う通り、いくら自業自得とはいえ第一王子には少なからず同情を禁じ得なかった。

 

「ペロロンチーノ様、何とお優しい! ですが、愚かな下等生物にペロロンチーノ様の尊き御慈悲は無用でございますわ」

 

 ペロロンチーノの言葉に、アルベドがすかさず大仰な言葉を返してくる。どこまでも自分たちを至上主義に考える守護者たちに、モモンガは思わず内心で大きなため息を吐いた。

 彼らからの期待は時に大きな重責に感じられ、この世界に自分だけでなくペロロンチーノやウルベルトがいてくれて本当に良かったと心から思う。

 取り敢えずこの場を乗り切って早々にペロロンチーノと退室しようと心に決めると、モモンガは気を取り直してアルベドを見やった。

 

「まぁ、どんなに可哀想でもこれは必要事項だ。今更やめることはできん」

「言われなくても分かってますよぉ~。言ってみただけですってぇ」

「とにかく、失敗は許されん。アルベド、八本指たちにくれぐれも気を引き締めて取り掛かるように伝えておけ」

「はい。畏まりました、モモンガ様」

「でも、王様が賢明な判断をしたらどうするんですか? 作戦変更?」

「その場合は黄金の姫に頼るしかないだろうな」

 

 第一王子の噂を流すのは、何も第一王子の評判を落とすだけが目的ではない。

 今回の戦争で死んだのは何も貴族だけではないのだ。それ以上に兵士として徴集された多くの民が死んでいる。ならば戦で家族が死んだ国民たちは噂を聞いてどう思うだろうか。そしてもし惨劇の原因を作った第一王子が何の処分もされなければ国民はどう感じるだろうか。

 普通であれば……少なくとも先ほど会った帝国皇帝であれば、たとえ自身の子供であろうと容赦なく首を跳ねてみせるだろう。国民のパフォーマンスとして公開処刑までするかもしれない。

 しかし王国の国王は果たして同じことをするだろうか。

 モモンガたちの考えは完全にNOだった。

 慈悲深いと聞く王国国王ランポッサ三世は、身内にも非常に甘いと聞く。もしかすれば謹慎くらいは命じるかもしれないが、そんな生温い処分で家族を殺された多くの国民たちが納得するはずがない。国民の不満が王族に向かえば向かうほど、貴族派は力を増すだろう。

 加えて現在の王国貴族の殆どは戦前ほどの力を失っている。今回の戦争で死んだ貴族は、殆どが家の当主あるいは次期当主になる者たちだった。つまり今の貴族の多くは、当主や次期当主を失って、ずっと日陰に追いやられていた才覚を持ち得ぬ者たちだ。

 出来損ないの集まりである貴族派が力を持ち、王国派が力を失って国政は荒れる。国政が荒れれば国自体が荒れ、それに国民の不満は更に高まっていく。

 国民の不満は王族や貴族に対するものであるため、不満が高まればそれだけ“アインズ・ウール・ゴウン”への恐怖や不安といった負の感情は脇に追いやられて曖昧になっていくだろう。

 

「それで上手くいけば、その不安や不満に付け込んで王国への完全支配につなげるって作戦ですよね」

「“上手くいけば”ではない。そうなるように操作していくのだ」

 

 モモンガの言葉にペロロンチーノが気のない様子で肩を竦めてくる。

 守護者たちからは余裕のある態度に見えただろうが、モモンガにはペロロンチーノの行動の本当の意味が分かっていた。彼が言いたいのは『そうは言っても実際に行動するのは自分たちではないでしょう?』というものである。

 事実、何か問題が起こったとしても対処するのは守護者たちだろう。頼もしいと感じると同時に、内心では苦笑を禁じ得ない。

 ともあれ、賽はとっくの昔に投げられているのだ。

 モモンガたちにできるのは、ただ流れに身を任せながら“至高の御方”という役を上手く演じ、“アインズ・ウール・ゴウン”を守っていくことだけだ。

 

「とにかく、今はエ・ランテルの割譲だ。当日、ペロロンチーノは念のため身を潜めながらエ・ランテルに同行し、不測の事態に備えてくれ」

「分かりました。何かあっても対応できるように頑張りますね」

「皆も気を引き締めてかかるように」

「「「はっ」」」

 

 モモンガの言葉に守護者全員が跪いて頭を下げる。

 モモンガとペロロンチーノは無言のまま守護者たちを見やると、同じタイミングで内心でため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの街中に厳かな鐘の音が鳴り響く。

 大きな門がゆっくりと開かれ、現れたのは恐ろしいアンデッドの軍団だった。

 アンデッドたちは整然とした動きで門をくぐり街の中へと足を踏み入れていく。

 街の中は人一人おらず、静まり返り、その中を闊歩するのはアンデッドたちのみだった。

 ではエ・ランテルに住んでいた人々は全員が街を出ていったのかと言えば決してそうではない。その多くは建物の中にこもり、恐怖に身を震わせながら身を縮み込ませて息を押し殺していた。

 誰もがすぐさま今までの暮らしを全て捨てられるわけではない。街に住むほとんどの人間たちがあらゆる理由から街に留まるしかなく、自分たちの運命を呪いながら隠れることしかできなかった。

 すっかり閑散としてしまっている街の様子に、遥か上空に浮かんで地上を見下ろしているペロロンチーノは内心で大きなため息を零した。

 彼の視線の先ではアンデッドの軍がどんどんと街の中へと入ってきており、しかし止める者は誰もいない。

 そこに、ふとアンデッドの軍に向かっていく小さな影。続いてアンデッドの軍に投げられた石と、歩みを止めるアンデッドたち。怒りと悲しみの声を上げる幼子と、その幼子を庇うように駆け寄る母親であろう女。そしてアンデッドたちの中から姿を現す美しき女淫魔――アルベド。何やら派手に大騒ぎし、仕舞いには親子に対して大斧を振りかざすアルベドに影に隠れながら様子を窺う人間たちから悲鳴が響く。かと思えば、そこに登場する漆黒の戦士――“漆黒の英雄”モモン。

 街の中で始まった一芝居に、上空で見守るペロロンチーノは思わず再び小さなため息を零した。

 裏側などの全てを知っている身としては白々しい芝居でしかないのだが、何も知らない人間たちからすれば鬼気迫る状況なのだろう。影に隠れていた人間も何人かが表に出てきて固唾を呑みながら彼らの芝居を食い入るように見つめている。

 その感情の機微すらも隙として突かれてしまうのだから、彼らからしてみればお気の毒としか言いようがなかった。その一方で、その感情の機微すらも隙として突いてしまう守護者たちの賢さと容赦なさにペロロンチーノは恐ろしさに鳥肌を立たせた。

 彼らが自分たちの仲間で本当に良かったと心底思う。

 ペロロンチーノは地上での騒動が一段落したことを確認すると、自身もここから離れようと地上から視線を外した。

 向かうのはこの街の都市長が住んでいた館。

 ナザリックがエ・ランテルを支配下に置いてからは、元都市長の館を中央機関施設として活用することになっている。街を行進するアンデッドの軍団も元都市長の館に向かっているため、ペロロンチーノもモモンガたちに合流するべく翼を羽ばたかせた。

 風に乗ってスピードを上げれば、数分で目的地に到着する。

 ペロロンチーノは一度大きく翼を羽ばたかせて空中で停止すると、真下にある元都市長の館の中庭に舞い降りた。

 中庭には既にセバスと三人の一般メイドが控えており、ペロロンチーノに頭を下げてくる。

 ペロロンチーノは彼らに一声かけると、そのまま彼らを後ろに引き連れて室内に足を踏み入れていった。

 館の中はセバスたちが整えたためか非常に綺麗で落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 モモンガたちはまだ到着していないようで、ペロロンチーノは取り敢えず会議室だと思われる広い部屋で彼らを待つことにした。

 大きなテーブルに備えて付けられている三つの玉座。

 ナザリックにある物に比べれば非常に質素ではあるものの、この世界の基準では非常に高価で豪奢な玉座の一つに腰かけると、ペロロンチーノは一度大きく背伸びした。自然と背中の翼が大きく広がり、大きく息を吐き出したのに従って再び背中に折り畳まれていく。

 一般メイドの一人が用意してくれた紅茶を飲みながらのんびりしていると、俄かに表が騒がしくなったことに気が付いてそちらに顔を向けた。恐らくモモンガたちが到着したのだろう、この場にはいない他の一般メイドたちが足早に移動していく気配が扉の外から感じ取れる。

 数分後、先ほど気配を感じた扉が外側から開かれ、一般メイドと純白の女淫魔を引き連れた見慣れた骸骨が姿を現した。

 

「モモンガさん、お疲れさまです~」

「ペロロンチーノさんもお疲れさまです」

「ちゃんと見てましたよ~。上手くいって良かったですね。アルベドもお疲れさま、お芝居よかったよ」

「ありがとうございます、ペロロンチーノ様」

 

 ペロロンチーノからの誉め言葉にアルベドが笑みを浮かべて深々と頭を垂れる。腰の漆黒の両翼もパタパタと小さく羽ばたいており、非常に嬉しそうである。

 感情豊かだな~……とペロロンチーノがアルベドの様子を眺めている中、モモンガがペロロンチーノの隣に置かれている玉座に腰を下ろした。

 

「……これで新たな種を蒔いたわけだが……、何か気になる動きを見せた者はいなかったか?」

「俺が見た限りでは、何もありませんでしたよ。街の人間みんなモモンガさんたちのお芝居に夢中でしたし、問題ないんじゃないですかね」

「ふむ、そうか……。ならば、今後はいかに“モモン”という存在を上手く使っていくかだな」

「ですね。何かあれば王国では“モモン”に、帝国では“レオナール”に情報が集まり、彼らの存在が不満や怒りや不安のストッパーにもなり得る」

「いや、それ以上だ。特に“レオナール”は帝国にとって我々の懸け橋となり、助言者となるだろう」

「うわー、ウルベルトさんが張り切りそうですねー」

 

 ウルベルトのげんなりした表情と姿が頭に思い浮かび、思わず最後は棒読みになってしまう。

 しかしアルベドや一般メイドたちはそのことに全く気が付いていないのか、アルベドは満面の笑みと共に頷き、一般メイドたちは崇拝と尊敬にキラキラと目を輝かせていた。

 思わずモモンガに目を向ければ、あからさまに顔ごと逸らされてペロロンチーノは思わず仮面の下で半目になってしまった。

 

「………………まぁ、ウルベルトさんには頑張ってもらうことにしましょうか」

「………………そうだな。ウルベルトさんなら喜んで尽力してくれるだろう」

 

 ペロロンチーノの言葉だけでなくモモンガの言葉すら力なく響く。

 とはいえ、良くも悪くもいつまでも同じことについて引きずるペロロンチーノとモモンガではない。

 気を取り直すために一度紅茶を啜る中、不意にアルベドが声をかけてきた。

 

「モモンガ様、ペロロンチーノ様、この地は世界征服への足掛かりとなる重要な地となります。建国に伴い、改めて“アインズ・ウール・ゴウン”が統治するに相応しい名をつけてはいかがでしょう?」

「ふむ、そうだな……、確かにこのまま“エ・ランテル”という名にしておくのもおかしいか」

「ですね。まぁ、そのあたりはウルベルトさんもいる場で決めましょうか。守護者のみんなからの意見も欲しいから、みんなに伝えておいてくれないかな。いいですよね、モモンガさん?」

「ああ、勿論だ。頼んだぞ、アルベド」

「はいっ、畏まりました!」

 

 ペロロンチーノとモモンガの言葉が余程嬉しかったのか、アルベドがぱあっと顔を輝かせて満面の笑みと共に深々と頭を下げてくる。

 ペロロンチーノはもう一度紅茶に嘴を近づけながら、これからどうなっていくのかなぁ……とまるで他人事のようにぼぅっと思いをはせるのだった。

 

 

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