義之達が教導に向かい、1ヶ月と半が経過した
そしてこの日はたまたま、稟は必要な書類仕事が早く終わり、定時を少し過ぎた辺りで帰宅することが出来た
そして、一人歩いていると家の近くにある公園の前に通りかかった
その公園は、稟達が昔住んでいた旧光陽町にあった公園を再現したらしく、稟にとっては懐かしい公園だった
その公園に視線を向けると、なぜか同居人であるプリムラが居た
なお、最近プリムラは魔王の薦めもあり風見総合学園に通っている
理由は、プリムラの感情発露を促すためである
プリムラは今まで、同年代と過ごした経験が少ないので、同年代が大勢居る学園に通わせて発露を促そうと画策したのだ
とはいえ、今のところその様子は無いのだが
閑話休題
公園でプリムラを見つけた稟は、思わず
「珍しいな……」
と呟いた
とはいえ、それは仕方ないことだろう
なにせ、プリムラは学校から帰るとほとんど家から出ようとしないのだ
とはいえ、自室に引きこもっているという訳ではなく、宿題をやったり、テレビを見たり、楓の家事を手伝っていたりするのだ
なお、家事に関して稟は全くと言っていいほど出来ない
つい最近、楓が珍しく風邪を引いてしまい、稟が代わりにやったのだが、結果は散々たる有り様だった
それにより、稟が得た教訓は
1、料理は化学の実験ではありません。キチンとレシピの通りに作りましょう
2、洗濯をする時は下着はネットに入れて、色物などはキチンと分けてからしましょう
という物だった
なお、稟の散々たる結果を見て、プリムラの
「稟って……不器用?」
という一言が、稟の心に深々と突き刺さったのは余談である
閑話休題その2
「プリムラ! 何してるんだ?」
稟は公園に入ると、プリムラに声を掛けた
すると、プリムラは稟に視線を向けて
「……リコお姉ちゃんを待ってるの……」
と言った
「リコお姉ちゃん?」
聞いたことのない名前を聞いて、稟は首を傾げた
すると、プリムラは持っていた猫のぬいぐるみを強く抱き締めて
「……ずっと待ってるのに、来てくれないの……」
と、悲しみを堪えるように呟いた
「そっか……」
稟はプリムラの目線の高さに合わせてしゃがむと、プリムラの頭を撫でながら
「とりあえず、今は家に帰ろうぜ。もうすぐ、雨が降りそうだからな」
と言った
その証拠に、空は灰色の雲によって覆われている
「うん……」
プリムラは頷くと、稟が差し出した手を握った
その後、二人は揃って帰宅
楓が作ってくれた料理を食べながら、談笑した
それから約二時間後だった
稟が居間でテレビを見ていると、廊下からドタバタという音が聞こえてきた
「稟くん、大変です!」
稟が廊下に視線を向けると同時に、楓がドアを凄い勢いで開けて駆け込んできた
「どうした?」
稟が問い掛けると、楓は呼吸を整えながら
「リムちゃんが……リムちゃんが居ないんです!」
と言った
「なんだって?」
「お風呂が空いたので、リムちゃんに入ってもらおうと部屋に行っても、居ないんです!」
稟が眉をひそめると、楓は矢継ぎ早に説明した
楓の説明を聞いて、稟も意識を集中したが、確かに、今家に居るのは二人だけのようだ
「靴も無いですし、どうしたら……」
楓がオロオロしていると、稟は楓の肩を掴んで
「落ち着け、楓。プリムラは俺が見つけるから、楓は魔王のおじさんを呼んでくれ」
と頼んだ
「わ、わかりました!」
稟の言葉を聞いて、楓は電話へと駆け寄った
それを確認した稟は、探すための道具を取りに行った
それから数分後、楓に呼ばれて魔王が現れた
「やあやあ、稟ちゃん。そちらから呼んでくるとは、何があったんだい?」
魔王がそう問い掛けると、稟は鋭い眼差しで
「率直に聞きます。リコお姉ちゃんっていうのは、誰なんですか?」
と問い掛けた
稟の問い掛けを聞いて、魔王は目を細めて
「その名前は、誰から聞いたんだい?」と問い掛けた
「プリムラから聞きました。ついでに、ずっと待ってるのに来てくれないと」
稟がそう言うと、魔王は溜め息混じりで
「リコお姉ちゃんというのは、稟ちゃんに前に話した実験体の二番目だよ。正式な名前はリコリスだ」
という魔王の説明を聞いて、稟は思い出した
確かに、プリムラが来た時にそんな説明を聞いたな。と
「以前、プリムラはリコリスに非常に懐いていたんだよ。そして、リコリスもプリムラを可愛がっていた」
魔王はそこで一旦区切り、若干俯いて
「しかし、クローンだったからか、リコリスは短命だったんだよ……」
と言った
クローンは元となった人をコピーする技術であり、これには致命的な欠点がある
それは、老化遺伝子《テロメア》が極端に短くなるのである
元となった人から遺伝子を得るのだが、その時点で育っている分短くなっており、そこから薬物や魔法などで一気に成長させると、更に短くなる
そのために、クローンというのは満足に生きられて約十数年と言われている
その限界がリコリスに訪れたのだろう
「そして、リコリスはネリネちゃんと一つになった」
「一つになった?」
魔王の説明を聞いて、稟は首を傾げた
「ネリネちゃんは昔は病弱でね……ネリネちゃんを元気にするために、リコリスをネリネちゃんと融合させたのさ」
稟の言葉に、魔王は自虐的な笑みを浮かべながら語った
「……そのことを、プリムラは?」
「もちろん、知っているよ……ただ、信じてくれなかったんだ……」
魔王のその言葉を聞いて、稟はプリムラが欲しがっているものを確信した
「では、俺は探しに行きます」
稟がそう言いながら立ち上がると、魔王が
「稟ちゃん……プリムラをよろしく頼むよ……」
と言ってきた
その言葉に稟は無言で頷くと、稟は家から出た
傘は持っていない
軍で訓練を受けた稟にとっては、傘はもしもの時に邪魔になる
そして、稟はあの公園に向かった
なぜか、プリムラはそこに居るという確信があった
そして、公園の前に到着して公園内を見ると、プリムラはあの時と同じ場所に居た
その姿は寂しくて、稟はゆっくりと近づき
「プリムラ」
なるべく優しく声を掛けた
まるで泣いてるように、呟いた
「待ってるのに、全然来てくれないの……」
「そうか……」
稟は頷くと、プリムラの前でしゃがんだ
「あのな、プリムラ。リコリスはな、もう死んだんだ……」
稟がそう言うと、プリムラは首を振って
「そんなことない……リコお姉ちゃんは、きっと……」
と言った
「なあ、プリムラ……俺達じゃあ、ダメかな?」
稟のその言葉を聞いて、プリムラは軽く目を見開いた
「俺達じゃあ、リコリスの代わりにはなれないかもしれない……だけど、プリムラと一緒に居ることは出来る」
「一緒に……?」
稟の言葉をプリムラが反芻すると、稟は微笑みを浮かべながら
「ああ……プリムラが望むなら、ずっと一緒に居る」
と言った
すると、プリムラの目尻に涙が滲み出して
「リコお姉ちゃん……うぁ……ああぁぁぁ」
プリムラは大声で泣き出した
プリムラが求めていたのは、家族だったのだ
プリムラは実験によって産み出された存在で、真の家族と呼べるのは居なかった
それに近かったのが、リコリスだったのだ
稟はそこに気づいたのだ
プリムラが泣いてる間、稟はプリムラを抱き締め続けた
そして十数分後、雨が止み、雲の隙間から柔らかい月の光が見えた
その頃になって、プリムラはようやく泣き止んだ
それを確認した稟は、手を差し伸べながら
「それじゃあ、家に帰ろうぜ……楓が心配してる」
と言った
プリムラはその手を握りながら、顔を赤くして
「稟……お兄ちゃんって、呼んでいい?」
と問い掛けた
プリムラの問い掛けと表情を見て、稟は数舜驚いたが
「ああ、良いよ……楓もお姉ちゃんって呼んでやれよ? 喜ぶぜ?」
と言った
すると、プリムラは微笑みながら頷いた
プリムラの返事を確認すると、稟はプリムラと共に歩き出した
そんな二人を、雲の切れ間から見えている月の光が優しく照らした