天翼の淑女と不死者の王   作:ヤクサノイカヅチ

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失踪したかと思ったかい?

生きてるよ!

ちょっと時期の都合が合わなくてこのような遅れとなってしまいました。
許しを請う気は無いがな……


天翼種〈ジブリール〉

「はあ……呆れて物も言えませんこと」

 

 落胆した表情のジブリールはそう吐き捨てると、目の前の塵屑(最高位天使(笑))にどこからともなく取り出した無骨な大剣を無造作に突き刺し消滅させた。

 

 追い詰められたニグンは懐から魔法封じの水晶――これはユグドラシルにも存在していたアイテムである――を取り出し、彼曰く最高位の天使を召喚しようとした。そんな前評判にモモンガは一応の警戒を、ジブリールはどの天使が来るのかと内心うきうきしながら待ち構えていたが、召喚されたのは第七位階相当の『威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)』であった。

 自信満々のニグンは威光の主天使に攻撃を命令。二人へと放たれた第7位階魔法〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉は見事に命中、清浄なる光柱に包まれ跡形もなく消滅―――など、当然する筈も無く。

 返しの〈天畏隷属〉でその威光は余りにも呆気なく地に墜ち、今ここにその命運を絶たれたのであった。

 とは言え、Lv100のユグドラシルプレイヤーに僅かなりともダメージを与えられたのはこの世界では間違いなく偉業ではあったが、何分それを理解できるものはこの場には居合わせていなかった。

 

「最高位天使等と言うから少しは期待したのに、高々主天使(ドミニオン)級とは……もしかして私達、馬鹿にされているのでは?」

 

「いえ、これがこの世界の最高クラスという可能性もあり得ます。まあ、熾天使(セラフ)級を想定していたので少々拍子抜けですけど」

 

 ニグンは目の前の二人にまさしく恐怖を覚えた。最高位天使を片手間で捻じ伏せ、あまつさえ談笑までしているコイツらは何者なんだ、と。

 無意識のうちに後退りした足が、死神の手に握られている。そう錯覚するように感じられる。

 

「ああ、そういえばあなたが居ましたね」

 

 首だけを向けて話をしていたジブリールの瞳だけがニグンの方を向き、その特徴的な十字型の瞳孔がニグンを貫いた。

 

「私を期待させておきながら、この様な雑魚を呼んだのは余りにも不快……ではありますが、それでもこの身にダメージを与えたのは見事」

 

 射抜く視線は一切揺らぐことなく、そのまま眼球を軸にするようにジブリールの顔がニグンに向けられる。その顔は怒りを思わせない笑みに包まれており、それが一層のこと恐ろしさを際立てていた。

 

「よって、私が貴方の願いを叶えて見せましょう。そう―――()()()()使()の召喚を!〈第10位階天使召喚(サモン・エンジェル・10th)恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)〉」

 

「え、ちょジブリールさん!? そんなの予定にな―――」

 

 辺り一面が眩い光に包まれる。ニグンの視界が一瞬で白に染まり、思わず両手で瞼を塞ぐも暫くの間は動くことが出来なかった。それは戦場においては紛うこと無き隙であり、しかしその間に何かされることは全くなかった。

 ニグンの視界がようやく正常に戻ると、中空に神々しき存在があった。

 

 背から生えた三対六の穢れ無き白翼、頭部は存在せずそこには光の輪があり、背後にはそれぞれ色の異なる八つの光球が浮かんでいる。人の様な姿をしてはいるが腰から下は無く、背と比べて巨大な一対の翼がそこを覆い隠している。自分が先程召喚した威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)等とは比べ物にならない程の至高の光、究極の善。まさに最高位の天使であった。

 

 その姿を一目見たその瞬間、ニグンは思わず膝を突き地面に頭を垂れた。疑いや逆らおうなどという思いはその天使を見たときに余さず光に焼かれるようにして消え失せた。アレこそはこの世を救済する唯一の光であると、そうニグンは確信した。それと殆ど同時に陽光聖典の隊員は意識を失って崩れ落ちた。

 

「ああ……久しぶりに見るな。まったく、いつ見ても忌々しい程の輝きだ」

 

「チカチカしててあんまり好みじゃないんですよね、正直使い勝手なら座天使(スローンズ)智天使(ケルビム)のほうが上ですし」

 

 のほほんとした会話をする二人は、目の前に佇む熾天使をまるで脅威と見做していない。自分で召喚したのだから当然だが、仮に何らかの能力で洗脳されたとしても容易く、或いは多少の警戒と消耗で倒しきることが可能であるからだろう。

 そして、自身も天使を召喚する信仰系魔法詠唱者のニグンは二人との実力がどれほど隔絶しているかを身をもって理解した。

 平伏した身体をそのままに、震えた声で二グンは言葉を放つ。

 

「お、御三方は、も、もしや……『ぷれいやー』様にあらせられますでしょうか?」

 

 その一言でモモンガの警戒度は最大まで膨れ上がった。外見上は特に変化したようには見えなかったが、瞬時に目の前の虫けら(ニグン)を抹殺できるよう幾つかの魔法を準備し、尚且つ即座に撤退できるようリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに意識を巡らせた。

 

「ほう、今お前は『ぷれいやー』と、そう、確かに言ったな……? 予定変更だ、お前達を殺すのはやめにしよう」

 

≪デミウルゴス、こちらの世界の情報を持つ人物と接触した。今からそちらに送るが、決して傷つけること無く牢獄に入れておけ。尋問も万全を期すために私とジブリールさんで行う≫

 

≪承知いたしました。ナザリックのシモベ達にもそう言い伝えておきます≫

 

≪ああ、頼んだぞ≫

 

「……()()()()()()()

 

「ああ、そのようだな……」

 

 ピシリ、と硝子が罅割れるような音が辺りに木霊する。それはジブリールとモモンガには慣れ親しんだ音であり、二人の傍にいたアルベドと跪いているニグンには聞き覚えが無いものであった。

 

「何らかの情報系魔法を使って、お前を監視しようとした者が居たみたいだな。私とジブリールさんの攻性防壁が起動したから大して覗かれていない筈だが……」

 

「私は確か〈光滅の超新星(シャイニング・ノヴァ)〉辺りだった筈ですが……まともに発動したのがかなり前なので確証は持てませんね」

 

 平伏した体勢から頭だけを上げ、呆然とした顔つきでニグンはうわ言の様に呟く。

 

「本国が、俺を……?」

 

「では、行くとしようか。アルベド、奴を気絶させろ。決して殺すなよ? 情報漏洩を防ぐ為に死体を蘇生不可にしていることもありえるからな。」

 

「承知いたしました」

 

 瞬き一つのうちにアルベドはニグンの傍に移動し、反応しきれていないニグンの首元に手刀を放つ。それは吸い込まれるようにして命中し、ニグンの意識を容易く刈り取った。彼らは後詰めの八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達によって丁重に捕縛され、ナザリックの牢獄へと招待されるだろう。少なくとも情報を引き出されるまで死ぬことは無いのだから、モモンガ達に喧嘩を売った者の末路としては破格である。

 

「思わぬ手土産が出来たな。で……この恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)はどうするつもりですか?」

 

「別に必要でも無いですし、殺しちゃいますか」

 

 そういったジブリールはひょいと気軽に恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)へ飛び掛かり、その途中で幾つかのバフを自身にかける。そして無抵抗なソレをアイテムボックスから取り出した大鎌で数回斬り付けてあっさりと消し去った。そのまま地面に着地すると、再び跳躍して空を駆け、元の場所に戻った。

 帰還したジブリールはつまらなそうな顔をしており、抵抗さえ行わない人形を倒しても全く楽しくも何ともないのだと伝わってくる。

 

「流石は『天使殺しの天使』、無抵抗とは言えこれ程早く倒せるとは」

 

「天使特攻の武器にバフまで掛けてスキルも使えばこのくらいは。それに棒立ちだったので」

 

 モモンガは気が抜けたのか、被っていた嫉妬マスクを外していた。辺りは既に夜の闇に包まれており、誰の目も無いと安心したからだろう。それを見たジブリールも、隠蔽効果を持つローブを脱ぎ捨ててアイテムボックスに収納した。アルベドもいつの間にかヘルムを脱いでモモンガの後ろに付き従って歩いている。

 

「やっべ、アインズ様かっけ。くふふふふ……あ、ちょっと濡れ」

 

「ん?どうした、アルベド」

 

 先程のモモンガの絶対者としての振舞いを見て軽くトリップしていたアルベドに気付いたのかそうでないのか、ともかくモモンガはアルベドに反応した。そういうところに細かい反応を出来るからモモンガさんは上位者としては向いてないよなとジブリールは心の中で呟いていた。係長ぐらいのちょっとしたリーダーは務まるが、社長などには絶対に向いていないタイプである。

 

「い、いえ何も……コホン。ところでアインズ様、何故あの人間(ガゼフ)を助けたのですか?貴重なアイテムまで授けられて……」

 

(アレは500円ガチャの外れアイテムだしな……)

 

 ガゼフに渡したのはユグドラシルでの課金アイテムの一種である。500円ガチャという数多のプレイヤーを沼に引きずり込んだ悪夢、それから高い確率で排出されるハズレアイテムの一種がそれだった。確かに、今ではガチャは出来ない為貴重であることは確かだが、ジブリールも合わせてそれこそ山の様に所持しているため大した損失にもなっていない。尚、引退するメンバーから譲り受けたアイテムの中にも多く含まれていた。一人から十数個渡されるのはザラで、もっとも酷い時には百以上のハズレアイテムを受け取ることもあった。今思うと立派な黒歴史ではないだろうか、モモンガも自分がいくらガチャに費やしたかを朧気にしか覚えていないことを考えると頭が痛くなってくる。

 

 そんな内心をおくびにも出さず、モモンガはアルベドの話に耳を傾ける。

 

「私が掃討してくればよろしかったのでは? 何もアインズ様にジブリール様まで直接下等生物を助けに行かれなくとも……」

 

「アルベドの強さは知っているし、信頼している。しかし、この世界の知識が常に敵が己を上回る可能性を考慮する必要がある」

 

「だからあの男を捨て駒として扱ったのですね。まさに人間(ムシケラ)の使い方として正しいかと」

 

 そうモモンガに答えたアルベドの声は喜色に満ちていた。ほんの一欠けらも人間を捨て駒(サクリファイス)として使用したことに疑問を抱かない。それは人間から見れば大いに間違っていて、異形種ギルドたるアインズ・ウール・ゴウンから見ると大いに正しい。

 

「そうねぇ、いつかのアップデートで追加されたダンジョンに碌に情報も仕入れずに挑んで敗走した、なんて失敗もありましたからね。我ながら若気の至りでした」

 

「至高の御方であるジブリール様にもそのような失敗があったのですか?」

 

 驚いた様子のアルベドの質問に、ジブリールは軽く笑って返す。

 

「ええ、我々も成功ばかりではありません。寧ろ失敗したことの方が多いかもしれませんね。大事なのは、失敗を失敗のままにせず次に活かせるようにすることです」

 

 幸いあの世界では死は一時の、しかも取り返しが容易な損失の一つに過ぎませんでしたから。と遠い目をしたジブリールが独り言ちる。モモンガもそれに感化されたのか、歩みを止めて暫しその場に佇む。

 

「ジブリールさんの言う通り、私とて常に正解を選び続けることは容易い事ではない。そうだ、私は……()は、お前たちの考えるような絶対者などではない、ないのだ」

 

 モモンガの声が次第に弱くか細いものになっていく。心中の不安、不満、重圧、困惑、それらが一斉に溢れだしたかのようにモモンガは叫んだ。

 

「俺は、俺は!俺は、支配者の器でも、強者でも、賢明でも無い。只のギルドマスターを任命されただけの、お前たちに忠誠を誓われるほどの男じゃ、ないんだ」

 

 塞き止められていた川が崩壊するかの如く、モモンガの弱音は濁流となって空っぽの胸中から流れ出した。途中で詰まる様に精神が沈静されるも、次の瞬間には再び爆発し沈静される。その繰り返しが暫くの間続いた。

 それをジブリールとアルベドは一言も発することなく、黙って聞いていたのだった。

 

「……すまなかったな。はは、笑うといい。この様な心の弱い男がお前たちの最後の主人の片割れなのだと」

 

「いえ、笑うなどありえません。アインズ様……いえ、()()()()()

 

 モモンガの正面に立ったアルベドがモモンガの手を取り、自分の胸の前に持っていく。

 

「たとえモモンガ様がどのような人物であったとしても、去り行く至高の御方とは違いこのギルドに残って下さった。それだけで我々が忠義を尽くすべき存在なのです。どうか、どうか御傍に居させてもらえませんでしょうか。私、我々ナザリックのシモベ達はただモモンガ様とジブリール様が居てくださるだけで満足なのです」

 

「そんなに卑下するものではないですよモモンガさん。私だって頭はデミウルゴスにもアルベドにも、ひょっとしたらステフにさえ劣るかもしれませんし……あれ、本当に大丈夫か? ステフだぞ?」

 

「そうか……なあ、アルベドよ」

 

「何でございますか?」

 

「俺は、まだまだ未熟なんだ。それでも、お前たちの、ナザリックの皆の為に全力を持って尽くそうと思う。こんな俺でも、お前は共に歩いてくれるか?」

 

「……ええ! モモンガ様と一緒なら何処まででも!」

 

 夜闇の空に輝く数多の星々が、モモンガ達の行く末を祝福しているようだった。

 

「帰るか。我が家へ」

 

「はい!」

 

「……あの、途中から私の存在消えてませんでした? ねえ、ちょっと、聞いてますモモンガさん!? おーい!」

 

 




Q なーんでモモンガ様こんなにメンタル糞雑魚になったの?

A 二人で転移したからそこまで気負わなくて済む→原作より心の耐久力が低い。
  ジブリールが突然昔の話をしたせいで更にメンタルが弱体化。
  その上で『失敗』のネガティブワードが鈴木悟の心にクリティカルヒット!
  心の限界に到達して爆発

……てな感じです。割と無理矢理かつ急でびっくりしたと思います。
書いた私もびっくりしてます。なんでこんな重い話を序盤でぶち込んだんだろうか。
筆が滑ったからです。

【祝】ニグンさん生存ルート【まだ死なない訳じゃない】
あ、土の巫女姫は爆発と光でこの世からログアウトしました。仕方ないね。

熾天使の外見?めっちゃ豪華になって翼もデカくなった威光の主天使みたいな感じで。

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