実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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またまた多いです。一万文字行きそう。
では、どうぞ。


ep.11

「思ったんだけど、授業受けてみると簡単なところもあるな」

「ああ、それ俺も思った。地理とか、化学とかだろ?」

「そうそう」

 

 綾小路と櫛田の遅刻によって、1分ほど遅れて始まった昼休みの勉強会。

 その最中に、池と須藤がそんなことを言い出した。

 

「ちゃんと授業を受けたから分かったことだね」

 

 櫛田も3人を励ます。

 

「油断は禁物よ。まだ提示されたテスト範囲の全てが終わったわけではないし、あなたたちの学力レベルはまだまだよ」

「うは、手厳しい!」

「それに、社会科に関しては時事問題も出題される可能性があるわ」

 

 堀北はそう指摘する。

 確かに、入試でも、この前の小テストでも時事問題は出されていた。

 しかし、それを聞いた須藤の反応は予想の遥か斜め上を行くものだった。

 

「……ジジイ、問題?」

 

 世の中のお爺さん限定の高齢化問題かよ。一応時事問題の内容としてあり得るものなのがムカついた。

 

「時事問題ってのは、最近起こった社会の動きとか、主に政治経済の分野から出される問題のことだ。お前らもネットは見るだろ? そこに情報はいくらでも載ってるから、調べといて損はないぞ」

 

 外部との連絡の一切を断たれているこの学校の生徒が外の情報を手に入れるためには、テレビを見るか、ネットで検索するかしかない。

 須藤たちが普段、ネットでナニを調べているのかは知らないが……

 「定期テスト 時事問題」で検索すれば、何個もネタは転がっているはずだ。

 

「今はできることをやりましょう。だらだら過ごしている時間はないはずよ」

「うーい」

「じゃあ、私から問題ね。直径の円周角は直角である、この定理を発見した人の名前はなんでしょう」

「あー、なんか言ってたな……野菜の名前っぽかった気が……」

「なんだっけ……あ、キャベツ!い、いや違うな……」

「白菜でもないし……そうだ、レタスだ!」

「惜しい」

 

 空振りとまでは言わない。かすってはいるが、これではファウルチップでアウトだ。

 

「レタスレタス……思い出した!タレス!」

「正解。よくできましたー」

 

 出題者の櫛田はぱちぱちと手を叩く。

 

「おっし、これで満点は固いな」

「その自信はどっから湧き出てくるんだよ……」

 

 山内の残念さを再認識しながら、俺は教科書に目を落とした。

 

「おい、騒がしいぞ。図書館で騒ぐなよ」

 

 勉強を再開しようとしていたところ、俺たちは声をかけられた。

 確かに今の音量は近所迷惑だったな。

 

「あ、うるさかったか?悪い悪い。問題解けたのが嬉しくってさ。タレスだぜ? 覚えておいて正解だろー」

「……あ、もしかしてお前ら、Dクラスか?」

 

 この学校は「Dクラス」という言葉に敏感だ。それが聞こえた瞬間、それまで勉強に集中していた周りの生徒も一斉にこちらに目を向ける。

 

「は?なんだお前ら。Dクラスだからなんだってんだよ!」

「いやいや、別にどうとは言ってないさ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな。にしても、この学校が実力で生徒を分ける制度でよかったぜ。お前らみたいな『不良品』と一緒に過ごさなくて済むからな」

「喧嘩売ってんのかてめえ! 上等だ! かかってこいよ!」

「なんだ、喧嘩か?やってみろよ。どんな処分を受けるか楽しみだぜ。あ、減るポイントもなかったんだっけ?」

 

 相手の安い挑発。しかし、沸点の低い須藤はそれに乗ってしまいそうになる。

 俺はそれを止めることにした。

 

「おい止まれ須藤」

「るせえ!」

「……」

 

 その一喝で、俺は引き下がるほかなかった。

 ごめん、俺には無理だったよ。

 それをだらしなく思ったのかは知らないが、次は堀北が止めに入った。

 

「やめなさい須藤くん。ここで問題を起こしても百害あって一利なしよ。それと、先程からDだDだと馬鹿にしているけれど、あなたたちもCクラスといったわね? そこまで上位とは言えないでしょう」

「AからCまでの差なんて誤差の範囲だ。ま、お前らはポイントがなくなっちまうほど別次元だけどなあ」

「ずいぶん都合のいい判断基準ね。私から見れば、Aクラス以外はどんぐりの背比べよ」

「はっ、底辺のくせして生意気だな。ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃねえよ」

「聞いてもいない情報をありがとう。私自身自分の容姿について興味はなかったけれど、あなたたちに評価されて非常に不愉快に感じたわ」

「っ、こいつ……」

 

 あー、こういうのに堀北が関わると面倒なことになりそうだな……

 

「お、おい山脇、俺らから仕掛けたなんて噂になったら……」

 

 噂になったら、何だろうか。

 学校側に追求される?

 ポイントを減らされる?

 クラスからバッシングを受ける?

 

「ま、お前らからどれくらい退学者が出るか、楽しみだぜ」

「ご期待いただいてるところ悪いけれど、今回、Dクラスから退学者は出ないわ。それに、人のことばかり気にしてていいの? 油断していると、足元をすくわれるわよ」

「はっ、なんの冗談だそれ。俺たちはお前らとは違って、より良い点数を取るための勉強をしてるんだよ。大体、テスト範囲外の勉強をしてる馬鹿の、どこに勝ち目があるって?」

「え?」

「まさか、テスト範囲すら知らないのか? だから不良品なんて言われるんだよ」

 

 ……ちょっと待て。どういうことだそれは。茶柱先生から伝えられたテスト範囲は確かにここだ……

 

「良い加減にしろよてめえ!上等だ!」

 

 しかし、頭に血が上りきった須藤にはそんなことは関係ないらしく、再び掴みかかる。

 

「おいおい、さっき言われたこと覚えてないのか?」

「こちとら減るポイントなんてねえんだよ!」

 

 須藤が叫び、腕を引く。マジで殴るつもりらしいが、俺は他人を守ることはできない。

 これでまたマイナス査定か、と覚悟した瞬間だった。

 

「はい、ストップストップ」

「あ?なんだてめえは。部外者は下がれよ」

「部外者? 心外だなあ、この図書館を利用させてもらってる関係者として、君たちの行為を止めに入っただけだよ。喧嘩するなら外でやってもらえる?それに、君たちもちょっと挑発が過ぎるんじゃない?これ以上やるなら、学校側に報告しなくちゃいけなくなるけど」

「わ、悪い、そんなつもりじゃないんだよ一之瀬」

 

 Cクラスの連中は、今一之瀬と呼ばれたこの女子を知っているらしい。

 だが、ただ知っているだけという感じではなさそうだった。

 

「お、おいもう行こうぜ……」

「あ、ああ、これ以上ここにいたら馬鹿がうつっちまう……」

 

 そんな捨て台詞を残し、俺たちというより一之瀬から逃げるように退散していった。

 

「君たちも、図書館を利用して勉強するなら静かにやらなきゃね……ん?」

 

 颯爽と自分がいた席に戻って行く、と思いきや、急に立ち止まった。

 その姿を何気なく見ているうち、俺はその女子と目が合っていることに気がついた。

 

「君は確か……」

「……何ですか?」

「あ、ううん、何でもないよ。ごめんね。じゃあまたどこかで」

 

 ばいばい、と言い残し、今度こそ自分の席に戻っていった。

 

「堀北とは違って、しっかりとこの場をおさめていったな」

「私は事実を述べたまでよ」

 

 綾小路のセリフにも、堀北は動じることなく堂々とそう答えた。

 だが今重要なのは、一之瀬という奴の人となりでも、Cクラスの幼稚な挑発でも、須藤と堀北のトラブルメーカー気質でもない。

 

「なあ、さっきCクラスが言ってた……」

「……うん。テスト範囲外って、どういうことかな……?」

「各クラスでテスト内容が違う、とか?」

「それは考えにくいわ。学年で問題を統一しなければ、定期テストの意味がなくなってしまうもの」

 

 俺も同感だ。

 この学校がクラス間競争の色が強いところを見ると、学年全体で基準が違うということはあり得ないだろう。

 考えられる可能性として有力なものは2つ。

 Cクラスだけがテスト範囲の変更を知っていた可能性。

 そして、Dクラスだけが知らされていない可能性。

 Cクラス連中の口ぶりからして、可能性が高いのは圧倒的に後者だ。

 とにかく事実を確認するため、勉強を中断して職員室に向かった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 堀北は茶柱先生を問い詰めるように質問した。

 

「先生。私たちが伝えられたテスト範囲には確かにこの部分が含まれています。しかしある生徒から、ここはテスト範囲外だという指摘がありました。どういうことか、説明を求めます」

 

 すると、茶柱先生は悪びれる様子もなく淡々と答えた。

 

「……ふむ。ああ、そういえば、テスト範囲は先週の金曜日に変更になったんだった。すまないな、お前らに伝えるのを失念していたようだ。これが新しいテスト範囲だ。堀北のおかげでミスがわかった。みんなも感謝するように、以上」

 

 言いながら、サラサラっと新しいテスト範囲を書いた紙を堀北に渡す。どうやら変更は全科目で行われていたようだ。

 

「は!? そんな、どうしてくれるんですか!?」

「そんなこと言われても、失念していたんだ。仕方ない。それに、まだテストまでは1週間ある。今から詰め込めば間に合うだろう?」

「くっ、自分のミスのくせに……!」

 

 須藤の顔が再び怒りで染まり始めている。怒りのメーターが上がったり上がったり忙しいやっちゃなお前は。

 

「行きましょう」

 

 そんな須藤とは裏腹に、堀北は冷静に退室を提案する。

 

「で、でも……」

「こんなところで突っ立っていても何も始まらないでしょう? 急いで新しいテスト範囲の勉強を始めた方が、よっぽど効率的よ」

 

 いや、少し訂正する。堀北も冷静ではなかった。

 なぜならこの瞬間、俺らが今までやってきた勉強会は全て無駄足だったことを突きつけられたのだから。

 そして何より不思議なのが、一担任の重大なミスであるはずなのに、職員室の教師たちは全く驚いた様子を見せない。

 それどころか、何の先生かは知らないがこちらに向かって手をひらひらと振ってくる人までいる。

 誰に向かってやってるんだ、と思って後ろを振り向くと、そこには微妙な顔をした綾小路がいた。

 この2人は前に会ったことがあるのか……?

 変更後のテスト範囲は、すでに授業で学習した部分であることは不幸中の幸いだが……赤点組3人はその授業をやっている時、まともに受講していなかった。

 1週間の詰め込みでどこまで通用するのか、それは全く見当がつかない。

 職員室を出るが、皆一様に意気消沈している。

 

「な、なあ……大丈夫なのか?」

「……新しく勉強会のスケジュールを組み直すわ」

 

 努めて冷静に話す堀北。

 だが、落胆ぶりは見て取れる。

 

「俺も今日からテストまで部活休む。それで何とかなるか?」

 

 驚いた。

 いま須藤が言ったことは当然合理的な判断だ。だが、それが須藤自ら飛び出るとは誰もが予想していなかっただろう。

 

「……いいの?1日勉強漬けなんて、あなたに耐えられるとは思えないけれど……」

「ムカついてんだよ。担任にも、Cクラスの奴らにも……だから、ちょっとは見返してやりたいっつーか」

 

 そう言って、職員室を睨みつける。恐らく、この壁の向こうの茶柱先生を想定しているんだろう。怒りが良い方向に向いている。

 

「それに……勉強ってのは辛いもんなんだろ?」

 

 そしてニヤリと笑いながら、堀北の肩をポンと叩いた。

 

「……それなら、私が……いえ、私たちが何とかしましょう。早速今日の放課後から始める、ということでいいわね?」

 

 ……堀北が自分以外の人間を勘定に入れたぞ。「私たち」って……

 

「ああ、どんとこい」

「それと須藤くん」

「おう、何だ」

「私の体に次接触するようなことがあれば、容赦しないから」

 

 少し丸くなったと思えばすぐそれか……

 

「……可愛くねえ女」

「でも、なんかいい感じになってきたかも」

 

 櫛田の言う通り、いい感じになってきたのは間違いではない。

 吊り橋効果のミニバージョンとでも言ったらいいだろうか。

 須藤が自分から勉強に対して前向きな姿勢を見せた。本人はもちろん、池や山内のモチベーションも今までと比べて高いだろう。

 あとは結果。

 だが、それが最大の難題であることに変わりはなかった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 テスト範囲の変更で、堀北率いる勉強会メンバーに衝撃が走ったのが、今から23時間ほど前のこと。現在、その翌日の昼食時間だ。

 昨日の放課後の勉強会はかなりガタガタだった。

 須藤たちにとっては振り出しに戻ったも同然だ。ゼロから知識を蓄えなければいけないため、教えるのにもこれまで以上に苦労することになるだろう。

 今後の対策を考えていた時、俺の目の前の席に人影が現れた。

 

「……堀北? 何してんだお前」

「見てわからない? ここで昼食を済ませるのよ」

「いや、お前いつも自分の席で食ってただろ……」

「あなたと対策を練る時間は、この時間くらいしかないでしょう」

「……まあ確かに」

 

 堀北は、俺の前の席の椅子を回転させ、こちらに向かいあわせるように座った。

 

「いつも綾小路と食ってなかったか?」

「彼はすぐに教室を出て行ったわ。それに、綾小路くんと食べるのが日課というわけではないし」

「ふーん……」

 

 そういえば昨日、職員室から引き上げる時に「気になることがある」みたいなことを言ってた気がする。それに関しての用事かもしれないな。

 俺も気になることはあるが、それを確認するよりも対策を練った方がいいと判断した。

 

「正直に答えなさい。私の解説はわかりやすい?」

 

 それは唐突な質問だった。

 

「……なんだ急に」

「これからテスト当日に向け、ペースをさらに上げなければいけなくなった。そんな時に私の解説がわかりづらかったら話にならないでしょう? 客観的な意見が欲しいのよ」

「客観的も何も、そんなの本人に聞け、としか」

「あなたから見て、の話よ。彼らに聞いたところで具体的な話をしてくれると思ってるの?」

「……まあ、無理だろうな」

 

 勉強会での知識をインプットするのに精一杯の上、勉強会を開くまで授業内容を一切理解していなかったあいつらのことだ。

 意見を求めても「以前よりわかる」としか感じてないだろうしな。

 

「にしても意外だな、お前が他人に意見を求めるなんて。お前は独断専行とか傍若無人とか、あるいは唯我独尊とかそういう精神だとばかり……あ、いや悪い謝るだからそのコンパスをしまえ今すぐに」

「はあ……あなたは科挙圧巻の割に一言居士といったところもあるし、イメージでいうなら綾小路くんに似て曖昧模糊、隠晦曲折、いえ、烟波縹渺とかの類かしらね」

「一言居士はお前もだし、隠晦曲折はどっちかっていうとこの学校全体のことだろ。お前の場合、綾小路や俺を勉強会に誘った手口は強談威迫。頑固一徹かと思いきや、たまに委曲求全の一面も見せるし……なあ、もうこの遊びやめないか?」

「そうね。掉棒打星で飽きてきたわ」

「だからやめるっつってんのに……」

 

 そういうところは軻親断機の負けず嫌いとも言えるし……おっと、俺も続けてた。

 

「話を戻すけれど、素直に意見を言ってちょうだい。細かいことでも構わないわ」

 

 言われて思い出す。そうだ。アドバイス求められてたんだった。

 

「そんなこと言われてもな……俺自身、人に勉強を教えるなんて経験これが初めてだし、解説のうまさはお前に軍配が上がると思うぞ。悪いが俺から言えることはないな」

 

 これは俺が本当に思っていることだ。

 積極的に解説しているのは堀北だし、須藤たちも大抵堀北に質問している。

 たまに俺にも質問が飛んで来はするが、質問される数の違いは信頼度の違いと比例しているんじゃないだろうか。

 ……まあ、堀北が女子だから積極的に質問してる、って線もあるが。

 

「そう……分かったわ」

 

 具体的な意見は何も聞けず、期待はずれだという表情を見せながら、堀北は持っていたサンドイッチを頬張り始めた。

 

「ねえ、あなたもしかしてあの現場にいた?」

「……あの現場? なんだそれ」

「いえ……何でもないわ」

 

 ごめん、いた。証拠もバッチリ。

 その証拠は実はお前の一番身近にあるんだが……まあ、今はいいか。

 だが、何をもって堀北がそう判断したのか、俺には分からなかった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 時間はいくらあっても足りない。そう意識すればするほど、人間は時間の流れを速く感じる。

 気づけば、中間テストは明日に迫っていた。

 ホームルーム終了直後、櫛田が立ち上がって言う。

 

「みんな、帰る前にちょっと話を聞いてもらえないかな」

 

 櫛田の声は教室内全体に通り、帰ろうとしていた者も全員立ち止まる。

 

「みんな、明日に向けてすっごく頑張って勉強したと思うんだ。それで、そのことで役に立つかもしれないの。今からプリント配るね」

 

 紙の束が、櫛田から各列の先頭に人数分渡されていく。

 

「……テスト問題? これ櫛田さんが作ったの?」

「ううん、実はこれ、中間テストの過去問なんだ。昨日の夜、先輩からもらったの」

 

 櫛田の言った「過去問」というワードで、俺が気になっていたことは全て解決した。

 

「これ、使えるの?」

「うん、多分。一昨年の中間テスト、これとほとんど問題が同じなんだって。しかもこの前私たちが受けた小テスト、あれもほとんど同じ問題が去年出題されてたらしいの。だからこれを勉強したら、役に立つんじゃないかって思ったんだ」

「うああああ! まじか! サンキュー櫛田ちゃん!!」

 

 突然の救いの手、あるいは蜘蛛の糸。

 しかしこの糸は全員分ある上に、手繰り寄せれば寄せるほど有用なものになりそうだった。

 中にはこのプリントを抱きしめている奴までいる。しわくちゃになるぞ……

 

「なーんだ。こんなのがあるんなら、今まであんなに必死で勉強する必要なかったな」

 

 山内がそう漏らした。

 ……これ、配るのが今じゃなかったら危なかったな。絶妙なタイミング。櫛田はこれも読みきっていたのか?

 

「須藤くんも、今日はこれを使って勉強してね」

「おう、助かる」

「これ、他のクラスには内緒にしとこうぜ!高得点とってビビらせるんだ!」

 

 それには賛成だ。

 一瞬藤野にこれを共有しようか迷ったが……あいつにこれは不要な気がした。なくても、池や山内より点数が取れないなんてことはあり得ないはずだ。

 俺はこれを利用するか迷う。テストは本来、こういう形でクリアされるべきではない。

 自分本来の実力を発揮してこそのテストだ、と考えている。

 だがこの過去問については、学校の方針に沿っている気がした。

 テストをクリアするためには何を利用したらいいか、それを考えさせる。

 以前茶柱先生が言ってた「赤点を確実に回避する方法」とはこのことだったんだろう。

 結局、利用することにした。実力を身につけるなら、それは俺自身が確認できればいいだけの話で、何もテストでそれを測る必要性はない、という理由づけを行なって。

 

「お手柄ね、櫛田さん」

「えへへ、そうかな」

「過去問を利用することは私も全く思いつかなかったことだから。それに、これを公開したタイミングを今にしたのも正解ね。もし不用意に過去問の存在をばらしていたら、テスト勉強への集中力が削がれていたかもしれないわ」

「手に入れたのが昨日だったってだけなんだけどね。でも、もしこれと同じ問題が出されたら……」

「高得点、期待できるだろうな」

「ええ。それに、この期間中の勉強も無駄にはならないはずよ。あとは試験中に頭が真っ白にならないことを祈るだけね」

 

 そこは一人一人の本番の強さ次第。俺らの管轄外だ。

 

「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろっか」

 

 そう言って、櫛田が帰る準備を始める。過去問配布の作業のため、まだ支度を済ませていなかったんだろう。

 

「櫛田さん、今日まで本当に感謝しているわ。あなたがいなければ、この勉強会は成立していなかった」

「そんな、気にしないでいいよ。Dクラスで上のクラス、できるなら、Aクラスを目指したいって私も思ってるから」

「そう。……櫛田さん、あなたに1つ、確認しておかなければいけないことがあるわ」

「確認?」

 

 帰り支度を終え、教室から出ようとしていた櫛田が立ち止まる。

 

「ええ。あなたがAクラスを目指すために力を貸してくれるというなら、必要なことよ。綾小路くん、速野くんがいるこの場でね」

 

 それはどういうことか、質問する前に、堀北が口を開いた。

 

「あなた、私のことが嫌いよね?」

「……」

「おいおい……」

 

 俺は唖然とし、綾小路も驚きの声を出す。だが、綾小路の反応は俺とは違うベクトルのもののような気がした。

 

「……どうして?」

「そう感じるから、ただの勘に過ぎないけれど……間違ってる?」

「あはは、困ったな……」

 

 持っていたカバンを肩にかけなおし、櫛田もまっすぐに言い放った。

 

「うん。大っ嫌い」

 

 それは、今まで以上に清々しさすら感じる笑顔で。

 

「理由、話した方がいい?」

「いいえ、それが確認できただけでも十分よ。これからは気兼ねなくあなたと関わることができそう」

 

 嫌いだ、と正面を切って言われたにもかかわらず、そんなことを言う堀北。

 まさか、櫛田が堀北を好いているという考え自体が間違っていたとは。

 堀北が櫛田を遠ざけていたのは、自分のことを嫌っているのに、それを表に出さずに関わってくる櫛田に不快感を感じたから、ということか。

 じゃあなんで櫛田は堀北に関わろうとしているのか。それも執拗に。

 1つの疑問が解消された瞬間、また新たな、そして以前よりも難しい疑問が出てきた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「速野くん」

 

 靴を履き替え、帰ろうとしていたところ、声をかけられた。

 

「……櫛田?」

「あはは……一緒に帰らない?」

「……いいけど」

 

 承諾し、歩き出す。

 いつもの下校コースに沿って歩き始め、だいたい1分ほど立った時、櫛田が話を始めた。

 

「さっきの、びっくりさせちゃったかな」

 

 さっき、というのは櫛田から堀北への大嫌いという告白だろう。

 

「驚いたといえば驚いた。でも、誰かに言うつもりはないから安心してくれ」

「……うん、ありがと」

 

やっぱり言いたいことはそこだったか。

 

「言っても得しないからな……それに、少し安心もした」

「え、安心?」

 

 予想外のワードに、櫛田も驚いている。

 

「ああ。櫛田にもちゃんと好き嫌いはあったんだ、ってな」

「ちゃんとって……」

「誰からも好かれるのも考えものだが、誰のことも好きになるなんて普通無理だろ? みんなと仲良くしたいと思ってるお前にも、嫌う人はいた。人間らしいところが見れて、逆に少し安心した、って意味だ」

 

 嫌いな人もいるが、それを飲み下してうまく人と付き合っていく。社会に出る上で重要な実力の項目の一つだ。

 

「そんな見方もあるんだ……速野くんって面白いね」

「人生で初めて言われたぞ、それ」

「そうなの?」

「ああ」

 

 そもそも喋る相手もいなかったしな……陰口で、あいつって暗いよな、とかは言われたことあるが。聞こえてんだよそれもうちょい声潜めろよ。

 ところで、と、俺は気になっていることを聞くことにした。

 

「綾小路はこのこと知ってたのか?」

「え……なんで?」

「いや、なんか堀北がお前に質問した時の綾小路の反応が知ってた風だったから」

 

 綾小路がした「おいおい……」という反応は、「まずいんじゃないかこれ?」みたいなニュアンスが含まれているように感じた。普通は堀北の質問自体に疑問を持つはずなのに。

 

「……知ってた、かもね」

「やっぱりか」

 

 微妙な反応ではあるが、どうやら予想通りだったようだ。

 

「……速野くんは、さ。もしも、もしもね? 私と堀北さんがぶつかるようなことがあったら、どっちの味方につく?」

 

 突然の質問。それもかなりぶっ飛んだ内容だった。

 堀北と櫛田が対決する、か。

 いまいちイメージが湧かなかった。

 

「その質問、綾小路にも?」

「うん。したよ」

「あいつはなんて答えてた?」

「うーん、はぐらかされちゃった感じかな……」

「まあ、そりゃそうだろうな……じゃあ、俺は櫛田につく」

「……え?」

 

 具体的にどちらにつくかを答えると、いつも柔らかな櫛田の表情が固まる。予想していなかった答えだろう。

 もちろん、俺の本心ではない。

 

「なんて言ったら、お前はそれを信じるのか?」

「あー……うん、確かに信じきれないかも」

「なら、この質問に答えること自体が無意味ってことだ。俺も綾小路みたいにはぐらかしてもいいか?」

「でも、今ここでちゃんとした答えが欲しいな」

 

 言いながら、櫛田は俺の顔を覗き込む。

 これも俺の答えを引き出すための計算の上でのポーズ、ということなんだろうか。

 堀北の件を知っていると、どうしてもそう考えてしまう。

 だが、元々可愛い奴が、さらに自分を可愛く見せる方法を知っているとなるとタチが悪い。

 男子高校生は、大抵それで落ちちまうんだから。

 

「……俺の得になるように対応する、とだけ言っとく」

 

 いつかのプール授業のときのように、後退りながら答えた。

 

「……そっか。じゃあもしかしたら、私と堀北さんの両方の敵になるかもしれないんだね」

 

 ……少し驚いた。よく話を聞いてるな。

 もしくは本音を読むのが上手いのか。

 

「まあどちらにせよ、今はお前と堀北がぶつかるってイメージが湧かないから、考えられないな」

「……そっか。急に変なこと聞いてごめんね?」

「いや、別に」

「テスト、絶対頑張ろうね!」

「……ああ、そうだな」

 

 寮のエレベーターで櫛田と別れ、自室に戻って早速過去問を解き、内容の暗記を始めた。

 明日はテスト当日。いろんな意味で混乱があったが、果たしてどうなるのか。

 神のみぞ知るところだろう。




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