実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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買わなければどうするのか。
では、どうぞ。


ep.12

「先生、僕たちは今回、赤点を出すことはありません。期待して待っていてください」

「ほう、それは随分と大きくでたな平田」

 

 テスト当日、1時間目開始直前。

 自信満々の平田はそう主張した。

 

 俺は三バカ以外の学力事情を把握していないが、今日に向け一生懸命やってきたのは雰囲気で伝わってくる。平田の自信は、これまでの勉強量に裏打ちされたものだろう。

 そこで、茶柱先生が口を開く。

 

「もしも今回、お前らが退学者を出すことなく乗り切ることができたら、夏休みにはバカンスに連れてってやろう」

「ば、バカンス?」

「ああ。青い海に囲まれた、夢のようなひと時が待っているぞ」

 

まるでどこかのCMのようなキャッチコピーだ。

そんな中。

 

〈健全な男子高校生の発想〉

夏の海→女子の水着→大興奮!(今ココ)

 

「みんな、やってやろうぜ!」

「「「「「うおっしゃあああー!!!」」」」」

 

 池の音頭に続き、Dクラス男子のおよそ9割が叫んだ。俺は残りの1割なので悪しからず。

 その勢いも、堀北の「変態」の一言で一気に引っ込んだが。

 全員に問題用紙が配布され、準備完了だ。

 

「では、始め」

 

 先生の合図と同時に、クラス全員が問題用紙をひっくり返した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「案外楽勝だな!」

「ああ、これなら120点も夢じゃないぜ!」

 

 昨日の櫛田の予想通り、テストの問題の内容は過去問とほとんど一致していた。池や山内は余裕の表情。昨日の夜過去問にかじりつき、必死で暗記したんだろう。

 それでも復習は欠かしていないようで、堀北の周りに集まっている今も、2人の手には英語の過去問が握られていた。

 しかしそんな中、1人険しい表情で英語の過去問の解答をみている人物がいた。

 

「須藤くんはどうだった?」

 

 櫛田がその人物、須藤に話しかける。しかし、須藤にその声は聞こえていないらしい。

 

「須藤くん?」

「……あ?ああ、わり、ちょっと今焦ってる」

 

 言葉通り、須藤の額には冷や汗が浮かんでいた。

 こいつまさか……

 

「おい須藤、お前過去問やらなかったのか?」

「英語以外はやったんだ。でも寝落ちしちまって……」

「「「え!?」」」

「くそ、全然頭に入らねえ……」

 

 英語は異国の言語。

 基礎ができていなければ、それは解読不可能な暗号のように、摩訶不思議な文字列に見えてしまっていても不思議ではない。

 

「須藤くん、配点の高い問題と、答えの短い問題を優先的に覚えましょう」

「あ、ああ……」

 

 少し堀北も焦っているが、それでも素早い判断で取りに行く問題、捨てに行く問題を仕分け、暗記する。

 それでもなお、須藤は相当苦労しているようだった。

 そして無情にも、タイムリミットが訪れる。

 

「やれることはやったわ。あとは覚えている問題から順に解いて」

「あ、ああ、わかった……」

 

 須藤は一瞬だけもう一度過去問を見て、机の中にしまった。

 集まっていた全員が席に戻る、その直前。

 

「速野くん、協力して」

 

 その言葉に続き、堀北が俺に耳打ちする。

 

「……なるほど、ああ、わかった」

 

 そして混乱のさなか、英語のテストが始まった。

 カンニングを疑われないようにそーっと須藤の様子を見てみると、「やばいやばいやばい」という心の声が聞こえてきそうなくらい、動揺しているのが分かった。

 しかしもう、俺らが須藤に直接手を貸してやることはできない。

 あいつの運に任せるしかないだろう。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 テスト終了後、勉強会メンバーは、今度は須藤の席の周りに集まっていた。

 

「お、おい大丈夫か?」

「わかんねえ……あーくそ、なんで俺は寝ちまったんだ……」

 

 自分自身への苛立ちを隠せず、拳をガン、と机にぶつける須藤。

 櫛田が慰めようとするも、今の須藤に効果は薄かった。

 そこに、堀北が姿を見せる。

 

「須藤くん」

「……なんだよ、説教か?なんとでも言え……」

「過去問をやらずに寝たのは完全にあなたの落ち度よ。でも、それは手を抜いた結果ではないでしょう? やれることをやってきた点については、自信を持っていいわ」

「は、なんだそれ、慰めか」

「私は慰めなんて言わない。事実を言ったまでよ。あなたがどれだけ苦労したかは見て取れるもの」

 

 確かに、今朝の須藤の表情には疲れがあった。

 連日続く勉強で、ついに昨日の深夜、限界がきてしまったんだろう。

 それより驚くべき事実は、あの堀北が、しかも嫌い合っているはずの須藤を素直に褒めているという事実……最近、堀北に驚かされることが多いような気がする。

 こいつにも変化が訪れているということか。

 

「それと、もう一つ」

「今度はなんだよ……?」

「訂正させて欲しいのよ。以前私は、バスケットのプロを目指すことを愚かだと言って罵ったわ」

「それ、今思い出させることか?」

「話を聞きなさい。あの後、バスケットについて調べたのよ。そして、プロになる道のりがそれほど大変か、以前より理解が深まったわ」

「で、だから俺には諦めろって言いてえのか」

「そうは言ってないわ。あなたが私の調べたことを理解していないはずがない。それを知った上で、あなたはその道を進もうとしているのね」

「ああ、そうだ。俺は馬鹿にされようとバスケのプロを目指す。お前に言われたとおり生活に困っても、その夢は諦めねえ」

 

 強く言い切る須藤の目には、確かな意志が宿っている気がした。

 

「夢の実現の難しさや大変さを理解していない人間が、そのことについて語る資格はない。今はあの時の発言を後悔してるわ」

 

 表情こそずっと真顔だったが、その頭は徐々に下がって行く。

 

「あの時はごめんなさい……私が言いたかったことはそれだけ。じゃあ」

「うわ、ちょ」

 

 堀北は1人で教室を出るのかと思いきや、俺の手首を引っ張って、強引に教室の外に出した。

 いきなりすぎてビビる。

 

「なんだよ急に。びっくりしただろうが」

「損な役回りを押し付けてしまったわね」

 

 堀北の言わんとすることはすぐにわかった。あの耳打ちのことだろう。

 

『おそらく赤点の算出方法は、平均点の二分の一未満よ。できる限り点数を下げて』

 

「点数を下げろ、なんてな。驚いたよ」

「あなたと私で、合わせて少なくとも80点は下がったんじゃないかしら」

「ああ、でもこれでカバーできるかどうか……」

「でも、これが限界よ……もしダメだったら、私にも責任があるかもしれないわね」

「ん、まあそうだな。一回勉強会ぶち壊しちまったんだし」

「勘違いしないで、あなたにも責任の一端はあるのよ」

「……マジで?」

「当然でしょう」

 

 当然らしい。

 勉強会崩壊を止めなかったのが悪いんだろうか。

 

「……まあ責任っていうか、誰が一番悪いかっていう話なら間違いなく茶柱先生だし、お前が必要以上に責任を感じることはないと思うぞ。もちろん最低限は感じてもらわなきゃ困るが」

「だからそうだと言ってるでしょう」

 

 同じことを言わせるな、という目で睨んでくる。

 

「悪い悪い……」

 

 俺はそれを受け流した。

 普通に怖いし。

 

「……にしても、お前変わったな」

「そうかしら。いつも通りだと思うけれど」

「いや、変わっただろ。自分に責任を感じてたり、須藤に謝ったり。以前ならあり得ないんじゃないか?」

「以前の私には責任感がないと言いたいのかしら?」

 

 再び睨みを強める堀北。

 でも、須藤に謝った点については突っ込まないんだな。

 

「まあ、側から見れば変わってるように見える、ってだけだ。俺のいうことなんてあんま気にすんなよ」

「保険は張っておくのね」

「誰かと違って責任感がないからな」

 

 そう答えると、堀北は一瞬体を固め、その後すぐに真顔に戻って言った。

 

「……あなたは食えない人間ね」

 

 そう言いながら、カバンを持って歩き出す堀北。

 

「どういう意味だよそれ」

「皮肉に決まっているでしょう」

 

 無愛想にそれだけ言い残し、スタスタと歩いて行ってしまった。

 

「そうですか……」

 

 俺と堀北の間の距離は約5メートル。

 俺のつぶやきは、あいつの耳に届いていないだろう。

 もうそろそろ俺も帰宅しようと、荷物を取るために教室に戻る。

 そして、ドアを開けた瞬間だった。

 

「や、やべえ、俺、堀北に惚れちまったかも……」

 

 顔を赤くしながら心臓に手を当て、須藤がそう言った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 教室内の雰囲気には、ただならぬものがあった。

 いつもの通り、最初に平田が発言する。

 

「先生、今日は中間テストの結果発表日と聞いています。いつですか?」

「お前はそこまで気を張る必要はないだろう、平田」

「教えてください。いつですか」

 

 強気で問う平田。

 

「喜べ、たった今発表する。放課後じゃ、手続き上問題があるからな」

 

 問題、という言葉に、教室内の雰囲気が強張る。

 

「……どういう意味ですか」

「そう慌てるな。今点数を発表する」

 

 茶柱先生はそう言って、以前の小テストの結果発表の時と同様、大きな紙を五枚、黒板に張り出した。

 英、国、数、理、社。それぞれの教科の一人一人の点数が表示されている。

 

「正直に言って、感心した。お前らがここまでの高得点を取るなんてな。満点が10人以上いる科目もあるぞ」

 

 各教科、一番上には100点の文字がずらりと並ぶ。その光景に、生徒たちは歓喜の声をあげた。

 だが俺たちにとって重要なのは須藤の英語の点数、ただそれだけだ。

 英語の順位表を上から下に見ていく。

 そして、その一番下。

 須藤の名前の横には、39点と表示されていた。

 

「っしゃ!」

 

 以前の小テストの際には書かれていた、赤点ラインを示す赤い線は引かれていない。

 須藤は思わず立ち上がって喜び、池、山内もそれに続いた。

 

「どうすか先生!俺たちもやるときはやるってことっすよ!」

「ああ、お前らが健闘したことは認める。ただし、だ」

 

 妙なタイミングで言葉を切る先生。教室内には不穏な空気が流れる。

 先生は赤ペンを取り出し、須藤の名前の上に線を引いた。

 

「須藤、お前は赤点だ」

「は!?おい冗談だろ!?赤点は31点だって言ってたじゃねえか!」

「そんなことは一言も言ってないぞ?」

「い、いや言ってたって!なあ!?」

 

 須藤の抗議に続き、池もクラスに呼びかける。

 

「お前らが何を言っても結果は変わらない。今回の赤点ライン、その算出方法を教えてやろう」

 

すると、茶柱先生は黒板に何やら書き始める。

 

79.6÷2=39.8

 

「赤点ラインはクラスごとに違う。今回のDクラスの英語の平均点は79.6。その二分の一は39.8。つまり、39点だったお前は赤点ということだ」

「う、嘘だろ……そんなの聞いてねえって……」

「放課後退学届を提出してもらうことになるが、その際には保護者同伴が義務だ。私から連絡しておく」

 

 淡々と須藤に報告する茶柱先生。その言葉が、ようやく事実として教室内に浸透していく。放課後だと問題が起こるというのは、このことだったのだ。

 

「せ、先生、待ってください。本当に須藤くんは退学なんですか? 救済措置はないんでしょうか?」

「ない。これはルールだ。受け止めろ」

「では、須藤くんの解答用紙を見せてください」

「構わんが、採点ミスはないからな」

 

 抗議が出ることを予め予想してか、須藤の分の解答用紙だけを持ってきていたようだ。

 平田がそれを確認する。

 そして少し経ち、絶望した表情を見せながら、言う。

 

「採点ミスは……なかった」

「納得できたか、じゃあホームルームを続けるぞ」

 

 須藤への同情は一切なし。機械的に須藤へ退学を言い渡した。

 池も山内もさすがに空気を読み、須藤には何も言わなかった。

 そして須藤は半ば放心状態だった。

 しかし、中にはホッとした表情を見せる人もいた。

 須藤がこれまでやってきたことのツケ、とでも言えばいいだろうか。

 

「先生、一つよろしいでしょうか」

 

そんな中、1人の生徒が手を上げた。

 

「なんだ堀北。珍しいな」

 

 先生の言う通り、堀北の挙手は誰もが予想していなかっただろう。Dクラス教室内は1人残らず意外そうな表情を見せていた。

 

「今回の赤点ラインの算出方法は、本当に前回と同じものですか?」

「ああ、間違いない」

「しかし、それでは矛盾が生じます。私が計算した前回の平均点は、64.4。それを2で割ると、32.2。赤点ラインは32点未満。つまり、小数点以下を切り捨てているんです。にもかかわらず、今回は切り捨てられていない。これは間違っているのではないですか?」

 

 堀北が見出した淡い淡い光。

 クラスの須藤擁護派も希望を持ち始める。

 

「なるほど、お前と速野はそれを見越して点数を落としていたのか」

 

 茶柱先生の言葉で、教室全体がハッとした表情になる。

 俺も堀北も、英語以外は満点を獲得した。

 しかし、英語だけは、堀北の耳打ちで点数を落としていた。

 堀北は51点、俺は62点。

 

「お前ら……」

 

 須藤もようやくそこで気づいたようだ。

 

「そうか、なら、もう少し掘り下げて話をしよう。お前自身も気づいているかもしれないが、お前の計算方法には一つ間違いがある。赤点算出方法は小数点以下切り捨てではなく、四捨五入だ。残念だったな。そろそろ授業が始まる。私はいくぞ」

 

 堀北の最後の光も闇と消え、打つ手がなくなった。

 

「ごめんなさい……私がもう少しギリギリまで点数を削るべきだったわ」

 

 いや、堀北はギリギリまで削った。

 俺と堀北以外が全員満点を取ったとすると、落とせる点数は49点が下限だ。

 これ以上落としたら、堀北の方が退学になってしまう。

 なら、俺の方はどうか。

 

 62点。

 

 よくもまあこんな「ちょうど」に収まったものだ。

 

 俺は席を立つ。

 

「お、おい、速野、どこいくんだ……?」

「トイレだ」

 

 そう答えて俺が向かったのは、茶柱先生がいるであろう職員室。

 早歩きで向かうと、窓を見て立ち尽くす茶柱先生の姿があった。

 誰かを待っていたかのように。

 そしてその誰かは、俺ではないんだろう。俺が現れた時に驚きの表情を見せた。

 

「どうした速野。授業が始まるぞ」

「分かってます。その前に、先生に聞きたいことがありまして

「なんだ、堀北に続いて珍しいな。それは今でなければダメか?」

「そうですね……」

 

 これから言うことの恐ろしさを想像した時、俺は少し怖くなった。

 一つ深呼吸してから、口を開く。

 

「先生、この学校は実力主義だと言う話を聞きました」

「ああ、その通りだ」

「その実力主義は、生徒だけに当てはまるものなんですか?」

「……それはどう言う意味だ?」

「つまり俺は、生徒だけでなく、教師にも実力至上主義というスタイルは当てはまっているんじゃないか、と踏んでるんです。優秀な教師はAクラスへ、俺たちと同じ『不良品』はDクラスへ」

「ほう、それは私への暴言と受け取っていいのか?」

「どう受け取るかは先生の自由ですが……でも、先生はテスト範囲の変更を伝え忘れるレベルの教師だ、ということは間違いないですよね」

「お前は自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

 

 やっぱこええ……でも、乗りかかった船だ、最後まで言うしかない。

 

「脅しですか。ですが事実ですよね。それに以前、先生はこう言いました。『優秀な人間はA、ダメな人間はD』と。生徒、とは言わなかった。これ、やっぱり先生も当てはまってるんじゃないですか?」

「そうだとして、お前に何か関係があるのか?」

「俺に直接関係はないです。先生が不良品だろうと知ったことではありません。ですが、これは悪い話ではないと思うんですよ。赤点を出したクラスの担任の評価が下がることはあっても、上がることはないでしょう?先生も、赤点の生徒を出さないことに異存はないはずですが」

「もちろん、お前の言う通りだ。だが、須藤は赤点を取ったこともまた、紛れも無い事実だ」

「先生」

 

 そこまで話した時、もう一つ、新しい声が聞こえた。

 俺が振り返ると、そこにいたのは綾小路だった。

 

「綾小路か。今度はなんだ?」

「俺からも先生に一つ、質問があります」

「なんだ」

「先生は今、この世界、この日本という国は平等だと思いますか?」

「はは、それはまた、速野より飛躍した質問だな。答えることに意味があるのか?」

「あります。答えてください」

「私個人の見解を述べるなら、もちろん、平等ではない」

「俺もそう思います。この世に平等なんて概念は存在しないと」

「お前が聞きたいことはそれだけか?」

「1週間前、先生は俺たちにテスト範囲の変更を告知しました。他のクラスより遅れて。これは、Dクラスだけ明らかに不利な状況です」

「そうだ。だが、世の中平等ではないことを表すいい例じゃないか」

「確かにそうです。しかし俺が言いたいのはそうではありません。少なくとも平等に見えるようにしなければならない、ということですよ」

「なるほど……」

 

 綾小路が何を言いたいかが分かった。

 

「報告が遅れたのが偶然かそうでないかなんてどうでもいい。しかし、先生のミスが1人の生徒を退学に追いやっています。不手際があった学校に、適切な対応を求めます」

「いやだ、と言ったらどうする?」

「然るべきところに対応を仰ぐだけです」

「綾小路、お前の言い分は正しい。だが、速野にも言ったが須藤は退学、これは学校のルールだ。現時点でそれは覆らない。諦めろ」

 

 また、この人は含みをもたせた言い方をする。

 綾小路と先生の会話に割って入る。

 

「現時点で、ということは、まだ覆る余地があるということですか?」

「まずは綾小路、私は個人的にお前を買っている。過去問を入手し、それをクラスで共有することはテストをクリアする方法として正解の一つだ。だが、その発想自体は常識の範囲内だ。頭をひねれば誰でも思いつく」

 

 あれ……過去問入手したのは櫛田じゃなかったのか?

 

「過去問を手に入れたのも、共有したのも櫛田ですよ」

「お前が目立ちたくない理由は察するが、お前が上級生と接触していたことは把握済みだ。何をしたかもな」

 

 どうやら、本当に綾小路で間違いないらしい。本当何者だこいつは……

 

「だが、最後の詰めが甘かったな。須藤には徹底して過去問を暗記させるべきだった」

 

 先生の言っていることは正しい。それに関してはまぎれもない俺たちの落ち度だ。

 

「そして速野、お前も個人的に評価している。お前はポイント制度にいち早く疑問を抱き、ポイントをギリギリまで切り詰めた。そして校内のいたるところに監視カメラが設置されていることも把握していたようだな。その洞察力と観察力には目を見張るものがある。だが、これも凡人より少し上程度の能力だ。ポイントのことについて、自分の意見をクラスで述べていたら?監視カメラのことをクラスで共有していたら?お前は結果的にDクラスの傷を広げたということだ」

 

 なんだその気づいた奴が片付けろ的な理論は……だが確かに、平田や櫛田ならばこれらの情報を共有していたかもしれない。特に監視カメラについては。

 

「今回は諦めて、須藤を切り捨てたらどうだ?」

 

 結論づけようとする先生。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「待ってください先生。まだ言いたいことはあります」

「まだあるのか」

「先生は以前、こうも言っていましたね。校内において、原則ポイントで購入できないものはない、と」

「ああ。言った。そしてそれに間違いはない」

「ポイントで購入できる。つまり、ポイントを介したモノの取引は、原則無制限だということですね?」

「そうだ」

「つまり、取引の引き合いに何でも出すことが可能。言い換えれば、どんなものでも売ることができる」

 

少し溜めて、核心的な一言を発する。

 

「先生、俺の英語の点数を23点、ゼロポイントで買ってください」

 

 俺が言いたかったのは、これだ。

 

 計算したところ、Dクラス40人全員の合計得点は3182点で、今回のテストの正確な平均点は79.55点。それを四捨五入して、平均点79.6と表示されていたのだ。

 赤点ラインを39点未満にするためには、平均点÷2の値が39.5未満、つまり平均点が79未満にならなければいけない。

 平均点を0.55下げるためには、全体で22点下げなければならない。しかしそれでは平均点はちょうど79点。赤点ラインは40未満のままだ。だから、さらに1点下げて23点。そうなった場合、俺の点数も須藤の点数も39点。赤点ラインは39点未満。まさに間一髪というわけだ。

 説明を終えると、茶柱先生は目を丸くして俺を見ながら、笑った。

 

「はははは、なるほど。確かにそういう捉え方もできるかもしれないな。だが速野。何か買取を頼む時、売る側には買取手数料が発生する。その額がお前らに払える額かは分からないぞ?」

「いくらなんですか」

「そうだな、私もこんな珍妙な取引は初めてだからな……よし、今回は特別に15万ポイントの手数料で買い取ってやる」

「……またギリギリのラインを攻めますね……」

 

 俺らが払えるか払えないか、ギリギリのところを示してくる先生。

 一人当たり、負担は75000か……痛い出費だな。せっかく「状況的に不利になってまで得た」ポイントも、これじゃマイナスだ。

 それに綾小路も払えるかどうか。

 そんな時だった。

 

「先生……私も払います」

「くくく、お前らはつくづく面白い生徒だな」

 

 そこにいたのは堀北だ。

 手には学生証を持っている。

 一人当たり50000の負担に減った。これならみんな払うことができる。

 

「分かった。速野の英語の点数23点、手数料15万、一人当たり5万ポイントで買い取ってやる。須藤の退学取り消しの件は、お前らから伝えておけ」

「本当にいいんですね?」

「そういう約束をしたからな。やむを得ん」

 

 突飛な提案に呆れた様子を見せながらも、どこか満足そうな表情を俺たちに向ける先生。

 

「どうだ堀北、少しは以前言った綾小路の優秀さが分かったんじゃないか?加えて速野の優秀さも表に出た。いい収穫だろう?」

「……そうでしょうか。私から見て、速野くんはただの問題児、綾小路くんは嫌味な生徒にしか思えません」

「なんだそれ……」

「点数をわざと落としたり、過去問の手柄を他人に譲ったり、点数の売買なんて暴挙を思いついたりするどこかの誰かさん二人組のことよ」

 

 どうやら堀北は、過去問の話をしている時にはすでにこの場にいたらしい。

 

「お前らがいれば、もしかすると、上のクラスに上がることも夢じゃないかもな」

「彼らはともかく、私はAクラスに上がって見せます」

「Aクラスか、大きく出るな、堀北。過去、Dクラスが上のクラスに上がったことはない。お前らは学校から見捨てられた不良品だからだ。そんなお前たちが、どうやってAクラスを目指す?」

 

 厳しい現状を突きつける茶柱先生。

 

「お言葉ですが先生、確かにDクラスのほとんどは不良品かもしれません。しかし私は、不良品は、少し変わるだけで良品に変わる可能性を秘めたものだ、と考えています」

 

 堀北から飛び出したのは、驚きの言葉だった。

 間違いない、堀北には変化が生じている。

 他人や周りを足手まといだと見下し、突き放すことしかしてこなかった堀北とは、別人だった。

 このクラスが上を目指すにあたり、堀北の変化は必要不可欠なものになるだろう。

 それを感じ取ったのかは分からないが、茶柱先生がほんのわずかな笑みを見せ、言った。

 

「ほう、堀北からそんなセリフが出るとはな。楽しみにしようじゃないか。どうせ、お前らとは三年間離れられないんだ。担任として、見守らせてもらおう」

 

 そう言い残し、茶柱先生は職員室に戻って言った。

 用は済んだ。授業も始まるし、ここにいる理由はない。

 

「俺は先に戻る……」

 

 そう言って、俺も教室に向かって歩き始める。

 その背後で、

 

「うぷっ!!」

 

 と、奇怪な叫び声が聞こえた。

 その後、

 

「グヘッ!」

 

と、気持ち悪い俺の叫び声が廊下に響き渡った。

 

「何すんだこのやろう……」

 

痛みを訴えながら、堀北を睨む。

 

「……あなたにはこれから、今回以上に働いてもらうことになりそうね」

 

 堀北の口から飛び出したのは、まさに悪魔の予言だった。

 

「……お手柔らかにな」

「それは出来ない相談ね」

「はあ……」

 

 これからのことを予想すると、ため息が出た。

 いや、この学校でそんな予想は無意味かもしれない。学校側も、生徒に予想されるような生半可な企画はしないだろう。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 その後に開かれた祝勝会も、それなりに楽しかった。

 団体で集まってワイワイやるってのは、案外いいものだな。

 協力してAクラスに上がる。

 目標が高いのはいいことだ。目標の実現を目指す中で、様々なものを手にすることがあるだろう。本来そこで手に入れたものは目標達成のための道具でしかない。

 だが、道具は使いよう。それが新たな道のりを切り開く鍵となるかもしれない。

 時には、その道具こそを目標に定める奴がいたっておかしくない。

 

 俺なら。

 

 俺なら、どんな選択をするのだろうか。

 

 問題文は白紙。

 

 条件も仮定も設定することができない超難問。

 

 何をもって答えとすればいいのか。

 

 そもそも答えはあるのか。

 

 何も分からない。

 

 そんな無理難題から目をそらすように、俺は寮のベッドの上で目を閉じた。




タイトルと前書きであんだけ粋がった割に、結末は原作より悪化してますね。点数奪われた上に50000ポイント値上がりしてますし。
これで原作一巻分の本編は終了です。皆様、ご愛読いただきありがとうございます(少ないけどね!)
次回、ここまで語らなかった短いエピソードを公開しようと思います。それから、原作二巻分に入りますので、乞うご期待!
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