実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
では、どうぞ。
ep.13
「だんだん暑くなってきたな……ん?」
傷だらけの3人が、手当もせずにフラフラ歩いている。
時刻は午後6時半ごろ。部活の終了時間を40ほど過ぎた頃合いだ。
今すぐにでも手当てするべきだと思うが、その3人の歩いている方向は、保健室でも寮でもなかった。
それは、何の変哲もない、いや、ないと思っていた、ある日のこと。
夏が近づき、気温が上がり始めた頃の出来事だった。
1
今日のクラスの雰囲気は、日常とは異なるものだった。
理由は簡単だ。
今日は七月の月初め。
クラスポイント発表の日なのだから。
俺たちDクラスは入学したての四月、怠惰に怠惰を重ねて、1000あったクラスポイントを0にまで減らしてしまった。
しかしこの学校のタチの悪いところは、支給されるプライベートポイントがゼロでもちゃんと生きていけるようになっているということだ。
俺は必死の倹約と、生徒会長との取引で得た60000ポイントをやりくりして生活している。
まあそのうち50000ポイントは須藤の件に費やしたが。それは必要経費だ、ということにしておこう。
それに、後悔はしていない。そうした方が今後の利益が見込めると踏んだ上で行動したからだ。
須藤はいずれクラスに必要な存在になる。その考えは今でも変わっていない。それに四月と比べると、須藤の問題児っぷりは幾分マシになっていた。
そして、だ。
プライベートポイントの使用用途がとてつもなく広いことも、その時の件で明確なものになった。ポイントを支払えば、点数すらも操作できる。
これまでは「貯めておいて損はない」だったのが、今は「貯めておけば得する」に考えが変わった。
と、そこまで考えたところで、茶柱先生が教室に入ってきた。
「おはよう。なんだ、今日は空気が違うな」
「佐枝ちゃん先生!俺らもしかしてまたポイントゼロだったんすか!? 朝見たら振り込まれてなかったんすけど!」
「なるほど、そのせいか」
池の主張に、茶柱先生が納得したような表情を浮かべる。
ここDクラスは、入学当初とは本当に見違えるクラスになっていた。
無断欠席、遅刻はなくなり、授業中の私語もかなり少なくなった。いつだったか堀北が言っていたが、マイナス要素はほとんど削れたはずだ。
にも関わらず、俺たちの端末にポイントは振り込まれていなかった。
「そう結論を急ぐな。Dクラスが頑張ったことは、学校側もしっかり把握している」
言いながら、持ってきていた巨大な紙を取り出して、黒板に貼り付ける。
「では、今月のクラスポイントを発表する」
広げられた紙を見る。
これは……
「あまり良くない傾向ね……まさか、もうポイントを増やす方法を見つけ出したのかしら」
堀北が不安そうに呟いた理由は、Aクラスのクラスポイントだ。1004clと、入学時のポイントをわずかに上回る結果となっている。Aクラスを本気で目指す堀北にとって、これは由々しき事態だろう。
だが、堀北と違ってクラスに大半は他のクラスのポイントのことなど眼中にない。
肝心なのはDクラスのポイント。
そこには……87clと表示されていた。
「87ってことは……8700ポイントってことか!? よっしゃあ!」
山内の歓喜の声を皮切りに、クラス中が沸き立つ。
その気持ちも分かる。約2ヶ月ぶりのポイントだ。喜ばないわけがない。
しかし、それを茶柱先生は制す。
「そう単純に喜んでいていいのか?他のクラスのポイントを見てみろ。お前らと同等か、それ以上のポイントを増やしているだろう。今月はテストを乗り切ったお前らに対する褒美のようなものだ。一定のポイントを全クラスに支給することになっていたに過ぎない」
なるほど、だから全クラス綺麗に上昇していたのか。
「堀北は逆に喜んでいないようだな」
「いえ、そんなことはありません。この結果から分かることもありましたから」
「え、なんだよそれ」
含みを持たせた言い方に、池が疑問を持つ。
なんでそんな言い方しちゃったんだこいつ……注目受けることくらいわかるだろうに。
しかし視線が集まっても、堀北は答える様子を見せない。
そこで、代わりに平田が口を開いた。
「これまで僕たちがやってきた私語は、見えないマイナスポイントにはなっていなかった、ってことであってるかな」
「そっか。見えないマイナスになってたら今月もゼロのはずだもんな」
頭の回る平田が予測を的中させ、わかりやすい説明で池を納得させる。
「あれ、じゃあなんでポイント振り込まれてないんすか?」
問題はそこだ。
前に張り出された紙にクラスポイント87と書かれていても、俺らの端末に8700のプライベートポイントは支給されていない。
「少しトラブルがあってな。ポイントの支給が遅れているだけだ。気にするな」
「えー、学校側の不備なんだから、お詫びでポイント追加とかないんですか?」
「そんなことを私に言われても困る。ポイント関連の決定権を持っているのは担任ではない。まあ、トラブルが解決され次第、問題なくポイントは振り込まれるはずだ。ポイントが残っていれば、の話だが」
そういうと、茶柱先生は次の連絡事項の伝達を始めた。
またこの人は意味深な一言を……
2
「変わってるようで変わってないよな須藤のやつ。退学した方が良かったんじゃないか?」
誰かのそんな言葉が耳に残る。
須藤は放課後、部活に向かおうとしていたところを茶柱先生に呼び出されていた。
さっきの言葉は、また何かやらかしたのか、というニュアンスと、呼び出しを受けた際の先生に対する態度が悪かったこと、この二つの意味で言ったんだろう。
だが、部活に情熱を注ぎ、バスケを人生の中心に置いている須藤にとって、その行く手を阻まれてまで呼び出されるのはよっぽど嫌なことだろうな、とは察する。
もちろん、須藤の態度には問題ありだが。
「あなた達もそう思う?彼は退学すべきだと」
さっきの声は堀北の耳にも届いていたのか、綾小路と俺に問うた。
「オレは別に」
綾小路がさらっと答えた後、俺も少し考えてから答えた。
「俺は須藤に関しては退学すべきじゃないと思う」
「綾小路くんとは違ってはっきり言うのね」
「理由は前に伝えた通りだ。体力バカのあいつは、いずれどこかで役に立つかもしれない。で、お前はどうなんだよ」
堀北も、須藤たちの勉強を全面的にフォローした身だ。多少なりとも思うところはあるのだろうか。
「そうね。須藤くんがクラスにとってプラスになるのか、それはまだ未知数ね」
どうやらそんなことはないらしい。
須藤よ、お前の想い他人はお前に無関心だぞ。
堀北は帰り支度を終えて立ち上がり、綾小路も同時に荷物を持って席を立った。
この2人は最近、寮まで一緒に帰ることが日常になっているらしい。
「お前も帰るか?」
「いやいい。いつも通り2人で帰れよ」
綾小路の提案を丁重にお断りする。
なんとなくの雰囲気で分かるが、あの2人の間には共有する秘密がいくつかある。
俺が綾小路について知っていることといえば、テストで点数がある程度取れる、喧嘩めっちゃ強い、顔もそこそこ良い。あれ、綾小路って意外に高スペックじゃね?
もっとも、点数が取れると言うのは俺が実際に目にしたわけではなく、堀北があの日、職員室の前の件で言っていたから発覚したことだ。
加えて、会長と綾小路が対決した時の綾小路のあの俊敏な動き。運動神経も相当なもののはずなのに、プールでは平々凡々の速さだった。
綾小路は意図的に自分の能力を隠している。これだけはどうやら間違いなさそうだった。
自分の秀でた部分を隠したがる、と言う意味では、佐倉もまたそのタイプの人間だ。
佐倉の容姿のレベルは相当高い。堀北や櫛田とは違うタイプの美人だ。
しかし、自撮りが趣味であると言う彼女は、カメラの前以外では眼鏡をかけてそれを隠し、地味な雰囲気を意図的に醸し出して、容姿の良さを表に出さないようにしている。
見た感じ、人付き合いは俺並みに苦手そうだ。人見知り具合とか、割と親近感を感じる。
ジェットコースターで自分より怖がっている人を見ると落ち着くのと同じで、自分よりオドオドしている人を見るとこっちは挙動不審にならない。そのせいで佐倉は、俺が人並みにコミュニケーションを取れると勘違いしているかもしれない。
藤野と初めて話した時のキョドリ具合や、綾小路にいきなり自己紹介されたときの驚き具合を見てれば、そんなことはないというのは一目瞭然なんだが。
綾小路と堀北に数分遅れて、俺も荷物を持って教室を出る。
教室を出て、廊下の角を曲がったところに、その人物はいた。
「あ、速野くん来た」
「悪い、少し遅れた」
俺の数少ない知り合いで、この学校で最優秀のAクラスに所属しているその少女は、名前を藤野麗那という。
綾小路が堀北と帰る習慣を作ったように、俺も3、4日に1日ほどの割合で藤野と帰る習慣がついていた。
と言うのも、俺も藤野も朝昼晩三食を全て自炊している。
もちろん、Dクラスの俺が単純に材料を買って自炊していたら、ポイントがいくらあっても足りない。
しかし、この学校の敷地内にはいたるところに「無料」のものが売られている。
それはスーパーでも例外ではなく、食品館の一角には無料の食材コーナーが存在する。
品質も品揃えも一般の有料のものとは比べ物にならないが、男子高校生がちっぽけな飯を作るだけならこれでも十分だ。
一度寮に戻ってからスーパーに出かけるより、学校帰りにそのまま行くほうが手間が省ける。そのため、事前に買い物に行く日を決め、ついでということで藤野と一緒に材料を買いに行っているということだ。
……なんか、リアルが充実してきている感じがするぞ。いい傾向だ。
靴箱で外履きに履き替え、外に出る。
季節は夏に近づき、気温が上がってくるこの時期。
このブレザーを煩わしく思うようになる日も近いだろう。てかすでに脱ぎたい。
「今日は何買うの?」
藤野の左手には、今日買う食材の一覧がメモされた紙が握られている。
「いつも通り、行ってから決める。メモ書いても、どうせ予定通りにいかないことの方が多いしな」
俺も最初のうちはきっちりメモをとって決めていたのだが、結局はスーパーにいるときの気分でメニューが変わることに気づき、以降は全く決めなくなった。
中に入り、無料のコーナーから今日は何を作ろうかと吟味する。
……今日は肉って気分じゃないし、野菜炒めでも作るか。
そう決め、まずはキャベツを取ろうとする。
その瞬間、女子のものとみられる細い腕が見え、瞬間的に手を引いた。
「……堀北?」
俺の右側にいたのは、綾小路と帰っていたはずの堀北だった。
「久々に嫌な偶然ね……あなたも買い物?」
嫌なのかよ。悪かったな。
「まあ、な。お前が綾小路と帰るときって寄り道無しじゃなかったか?」
「材料が切れていたのを失念していたのよ」
「珍しいな」
堀北でもこういうミスはするんだな。
考え事でもしていたんだろうか。
「あれ、速野くん?」
そこに、少し離れた無料コーナーで買い物をしていた藤野がひょこっと顔を出す。
「奇怪なこともあるのね。あなたが誰かと買い物するなんて」
「奇怪とまでいうか……」
「えっと……」
いきなりの見知らぬ人間の出現に、流石の藤野も戸惑いを見せる。
堀北の方は全く気にかけていないようだが。
「……お前のこと紹介しといていいか?」
「はあ……勝手にすればいいわ」
ため息をつき、うんざりしたようにそう呟く。
「同じクラスの堀北って奴だ。なんか悪かったな」
「ううん、全然。えっと、藤野麗那です。よろしく」
「よろしく。では、さようなら」
「えっ……」
そう言って、堀北はスタスタとレジに向かって歩いて行ってしまった。
俺たちが来る前に、既にキャベツ以外の材料は買い揃えてあったようだ。
「悪い、ちょっと」
「あ、うん……」
藤野に一言断りを入れ、堀北を追いかけて声をかけた。
「おい堀北」
「何? まだ何かあるの?」
少しは改善されたとはいえ、他人との関わりを嫌い遠ざける性質はまだまだ健在だ。
今回の場合、自己紹介を求められる雰囲気になる前に素早く退散したんだろう。
「言っておくが、あいつは多分お前が見下せるレベルの人間じゃないぞ」
「……どういうこと?」
「あいつについて知ってること、何かあるか?」
「あるわけないでしょう。今日初めて会ったのよ」
まあ、そりゃそうか。
「あいつの所属クラスは……Aクラスだ」
「………」
表情には出さないが、雰囲気がこわばったのがわかった。
「まあ、俺らとは違って超優秀ってことだな。これをどう受け取るかはお前の自由だが……現時点でのお前の目標なんだろ? Aクラス」
「……確かに私はAクラスに上がることを目標に設定したわ。でも、私はまだ自分がDクラスであることを認めてはいない」
「……つまり、お前はあいつより優秀な自信があるってことか?」
「随分彼女のことを持ち上げるのね。私と彼女のどちらが優秀かは測りかねるけれど、仮に彼女の方が優秀だったとして、そこまでの差があるようには思えなかったわ」
かくいう俺も、藤野と堀北のどちらが優秀か、それは分からない。
堀北に関しても藤野に関しても、知らないことが多すぎる。
藤野の学力レベルは堀北と同等。以前聞いたが、あいつの小テストの点数は90点。中間テストは5科目総合で494点。優劣はつけられない。
堀北は運動能力も高いが、藤野はその項目についてまだ未知数だ。
コミュ力は誰がみても藤野に軍配があがる。これは当たり前。
分かっている比較項目はこれだけだが、お互い、まだ明らかになっていない優秀な部分があるかもしれないし、期待外れに能力が低い項目もあるかもしれない。
「まあ、今の時点で判断はつかないが……お前が本気でAクラスを目指してるなら、藤野の関門は避けては通れないと思うけどな」
「……抽象的すぎるわ。全て想像でしょう?」
「そうだ。でも、変にポジティブな希望的観測よりよっぽどマシだろ?」
特に堀北のようにゴールが大きい場合、常に最悪のケースを想定して行動しなければならない。いくら用心してもしすぎることはない。
「……そうね。一理あるわ」
どうやら意見の一部を取り入れてくれるようだ。
「もういいかしら」
「ああ、言いたいことは言った。じゃあな」
「ええ、さようなら」
堀北は俺の方を見向きもせず、言葉だけでそう言った。
3
「私、嫌われちゃったかな……」
「あれで普通だから大丈夫だ」
あれでも改善されてる方だ、とは言えなかった。
まあ、フレンドリーな堀北なんて堀北じゃない。アレも一つの個性、と言ってしまえばそれまでだ。
買い物袋を手にひっさげて店を出る。
俺も藤野も2つずつ袋を持っていた。
少し歩いてから、藤野が思い出したように言う。
「そう言えば、なんかトラブルがあってポイントの支給が遅れてるって……」
「なんかそうらしいな。ったく、お前らが羨ましいよ」
Aクラスのクラスポイントは、今月1000超えている。それ以前も950弱のクラスポイントをキープしていたはずだ。
「参考までに、お前いくら残ってるんだ?」
「えっと、大体240000くらいかな……」
これまでに使ったのは大体40000ポイントか。藤野に友達が多いことを考えると、まあまあ切り詰めている方なんじゃないだろうか。
「速野くんは?」
「あー……当初のポイントは大体9000弱くらい使ったな」
「相変わらずすごい切り詰め方だね……」
「Dクラスの奴らは5月以降、1ポイントも使えてない奴もいるぞ」
四月の最終日に全てのポイントを使い切った、って奴もいたし。
「それに、一緒に出かける奴もいないしな……」
「ここでこうしてることはお出かけに入らないの?」
「これは金がかかってないからな。俺が言った『出かける』ってのとは意味が違うだろ」
「あ、そっか。……でもそう言えば、速野くんと週末にお出かけしたことなかったね」
確かに、週末はちょくちょくチャットのやり取りがあるだけで、実際に顔を合わせるのは学校のある日だけだ。
「そだ。今度遊びに行かない? Aクラスの人も何人か一緒にさ」
「それはDクラスの財布事情への当てつけですか……」
「あ、違うよ……奢ってもいいよ?」
「断る」
「えー?」
確かに奢ってもらえれば金銭的な負担はゼロになるが、そう言う問題じゃない。
「Aクラス、なんかギクシャクしてるんだろ?」
以前、クラス内で派閥争いがあってクラスが二分されていると相談を受けた。その時にちょっとしたアドバイスはしたが……まあ、間に受けてはいないだろうな。
「大丈夫だよ。一緒に行くとしても、ギクシャクした人同士は連れて行かないよ」
「まあそうだろうけど……それに、お前はどうか知らないけど、Aクラスの奴らは多分、大体俺らを『不良品』だって見下してるだろ。いい気はしないな」
Aクラスが、と言うよりは学校全体が、という方が正しいだろう。そういう風潮が、おそらく俺たちが入学する何年も前から染みついている。
「……確かに、ごめん。そういう雰囲気があるのは否定できないかも……でも、私はそんなことしないよ?」
「お前がそうだとは言ってない。それに、いい気はしないと言っただけで、見下すなと言ってるわけでもない。実際見下されても仕方のない結果が数字として出てるわけだしな」
Dクラスがポイントを全て吐き出した期間中も、Aクラスはしっかりとポイントをキープしていた。
格の違いは明らかだ。
「それから、知り合いの知り合いって一番気まずい位置なんだよ。さっき堀北がいた時、お前少し居づらかっただろ?」
「あー……確かに」
「それにあれだ、こんな形で奢られたら、俺も奢り返さないと気が済まなくなるからな」
「そんな、気にしなくてもいいのに……」
「味噌汁の件ではお前も同じようなこと言ってただろ」
何か施しを受けると、何かを以ってお返しをしないと気が済まない。
これはもう人間の性としか言いようがないだろう。ただより高いものはない、という諺の原義でもある。
「そっか、そうだよね」
「分かってくれたか」
「うん。でも、速野くんが遊びたかったらいつでも誘ってね?」
「それを考えるのはもうちょっとポイントが入ってから、だな」
「楽しみにしてるね」
藤野は笑顔でそう言った。
いつになるかは分からないが……藤野と遊びに行くのは、必要経費に入れてもいいんだろうか。
そんなことを考えつつ、寮への道のりを歩いた。
最近9000文字オーバーしてたので、今回は少なめです。
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