実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
2019/12/07、大幅に改稿しました。以前ep.1、2、3として投稿していたものをひとまとめにしています。
展開に大きな違いはありませんが、バス車内でのやり取りなどを丸々削除し、表現も変えているところがかなりあります。
一度お読みいただいた方も、ぜひもう一度お読みください。
ep.1
1
4月5日。
この日をもって、俺は晴れて高校1年生となる。
小中9年間の義務教育を終え、初めて自分の意志で入学する学校。
だからといって、別に俺自身に何か特別な変化があるわけではない。
変わるのは俺自身ではなく、環境だ。
制服、通学路、人間関係、学習の内容。
しかし、理論上はそうであっても、感情はそうとは限らない。
どこか新鮮でシャキッとした心持で、より大きく大人への一歩を踏み出したような気分だ。
そんな思いを胸に、俺は今日から3年間お世話になるであろう学校へと足を踏み入れる。
東京都高度育成高等学校。
日本政府が主導で作り上げた、これからの日本の未来を支えていく若者を育成していく全寮制の高校。
生徒が希望する未来に全力で応えます、と入学案内のパンフレットには書かれていた。
その謳い文句は伊達ではない。実際この学校は、就職率、進学率ともに100パーセントという現実離れした実績を持っている。
正直きな臭さを感じなくもないが……俺がこの学校に入学を希望した理由は他の部分にあった。
というのもこの学校、入学金、授業料、そして寮費、全てタダなのだ。
生徒側の負担はゼロ。
中学の担任教師からの推薦もあり、これはいくしかないでしょ、ということで受験。そして見事合格を果たしたというわけだ。
俺の配属されたクラスはDクラス。
教室に入ると、8列5行の40名分の座席があることが確認できる。
座席のひとつひとつにはネームプレートが置かれており、そこから自分の席を探すシステムのようだ。
それに従い、「速野知幸」と書かれたネームプレートのある、窓際の後ろから2番目の席に着席した。
一息ついて、まずは教室の様子を俯瞰する。
キョロキョロしてるやつ、ボーっとしてるやつ、机に突っ伏してるやつ、本や資料を読んでいるやつ、誰かと話しているやつ。大まかに分けるとこの5パターンか。若干一名、机の上に足を組んで爪を研いでいるやつがいるが、例外として扱うべきだろう。
さて、それを踏まえて俺は何をするべきか。
「入学関係の資料を読み込む」
まあなくはないな。家では斜め読みしただけだし。
ただ、生憎内容に興味がないので、これはボツ。
「寝る」
ありがちな案だが、眠たくないのに寝たふりをするのは無意味だ。ボツ。
「友達を作る」
やはりこれだろう。これから始まる学校生活、スタートダッシュでコケてしまうわけにはいかない。
ならば、当然誰かに話しかけるべきだろうな。
ただ……
―――できたらとっくにやってるわ、と心の中で吐き捨てる。
まず大前提として言っておきたいのは、俺は別にぼっちが好きなわけではないし、孤独がかっこいいなんて思っちゃいない。普通に友達は欲しい。
しかし、俺はどうも「コミュ障」に分類されるタイプの人間らしく、対人コミュニケーション能力が著しく低い。
上級生や目上の人に対してなら、むしろ楽だ。ひたすらドライに接すればいいだけなのだから。
問題は同級生。距離感の測り方が全然わからないのだ。
こんな俺でも、小4まではかなり多くの友達がいた。
しかし小5以降、だんだんと俺の周りから人がいなくなっていき、中学の3年間に至っては友達と呼べる存在はゼロだった。
だから友達が欲しいというのも、一人で過ごすことのメリットを十分わかったうえでの欲求だ。
ほんと、友達ってどうやって作るものだったっけなあ……いや、話しかけなきゃ始まらないってのは理解してるんだが、話しかけるにしてもどんな感じで話しかければいいのか……
と、そんなふうにあれこれと考えているうちに、このDクラスの担任の教師と思われる女性が入ってきた。
それを見て、生徒全員が自分の席に戻っていく。
この時間での友達作りには失敗したか……まあ、まだチャンスはあるはずだ。多分。
「えー、諸君、Dクラスの担任になった茶柱佐枝だ。主に日本史を担当している。まず、この学校にクラス替えなるものは存在しない。3年間同じメンバーで過ごしていくことになると思うので、よろしく。今から1時間後に体育館にて入学式が執り行われるが、その前にこの学校の特殊な決まりについて説明しておこうと思う。今から資料を配布する。これは入学案内に同封されていたものなので、すでに持っている人もいるかもしれないが」
へえ、クラス替えないのか。知らなかった。
配られた資料を見ると、なるほど確かに見覚えのある表紙だ。
そこから、資料の読み合わせが始まる。
この学校の特殊ルールとは、例えばこのようなものだ。
・生徒は3年間、敷地内の寮で生活する
・原則、敷地外に出ることは禁止
・敷地外の人間との連絡はできない
特に2つ目と3つ目。
この学校の特殊さが瞬時に分かるだろう。
つまり今日の朝、登校中のバスの中で見たのを最後に、しばらく俺は外の景色を見ることができないということだ。別に何の未練もないから一向にかまわないが。
ただその代わりこの学校の敷地内には、生徒が退屈しないように多種多様な娯楽施設がある。ショッピングモール、カラオケ、映画館等々。敷地全体が一つの街になっているような感じだ。
そしてもう一つ、この学校の特殊性が表れているシステムがある。
「これより、Sシステムに関する説明を行う。まずは学生証と個別端末を配布する」
今配布されている学生証カードには、この学校において現金の役割を果たす「プライベートポイント」がICデータとして入っている。この学生証カードを機械に通すことで、1ポイント=1円というレートのポイントによる決済ができる。この学校においてポイントで買えないものはなく、校内のあらゆるものを購入したり、施設を利用したりできる。
これがSシステムだそうだ。
そしてポイントは、毎月1日に自動的に振り込まれるとのこと。
「そしてこの端末を使って、ポイント関連の操作を行うことができる。ポイントの譲渡や受取、残高照会、さらにポイントの出入りの詳細が示される帳簿機能もついている優れものだ。また、この端末には通常のスマートフォンとしての機能もある。この中には自身の携帯電話を持ってきている生徒もいるかもしれないが、そちらでネット通信を行うことはできない。これは入学者への案内のうち要注意事項として通知していた通りだ。気を付けるように。なので今後は、この端末を自身の携帯電話として使用することをお勧めする。すでにポイント関連のアプリが端末にダウンロードされている。試しに残高照会でもしてみるといい」
とのことなので、早速アプリを開き、残高照会という項目をタップする。
それと時を同じくして、教室内がざわつき始める。
俺自身も「えっ」と驚愕の声をあげてしまった。
ポイントの残高は……10万。
そう、俺たちはいま、10万円相当もの大金を手にしているということだ。
「ふふ、額の大きさに驚いているようだな。この学校は実力によって生徒を測る。この学校に入学したお前たちには、その時点でそれだけの価値があると判断されたということだ。先ほどもいったが、このポイントが毎月1日に自動的に振り込まれるようになっている。なお、このポイントは卒業時にすべて学校側が回収することになっているので、その点は気を付けておけ。ポイントを何に使うかはお前たちの自由だ。遠慮なく使え。ただし、他の生徒からポイントを巻き上げる、なんて行為はするなよ? 学校はそういったことには敏感に対処する」
と、いうことらしい。
10万もの金を持っている俺たちに対し、積極的にポイントを使わせるような説明の仕方だった。
普通、これだけの金を提供したら「計画的に使え」とか「浪費はするな」とか、そんな注意があってもいいと思うんだが……そこは高校生。義務教育ではない、ということの表れなのだろうか。
「質問はないようだな。では、よい学生ライフを送ってくれたまえ」
10万という数字に対する興奮が冷めやらない中、それだけ言って茶柱先生は教室を後にした。
2
入学式。
それは新入生の新たな門出を飾る、重要な行事の一つ。
……と思っているのは、生徒の親などごく一部の人間だけだろう。
その他大勢にとっては、何にも面白みがない形式的なだけの行事に過ぎない。
入学おめでとう、というお決まりの祝福。
学校の理事やら役員らが話す、それはそれはありがたいお言葉。
そのつまらなさは、政府主導であるこの学校においても例外ではないらしかった。
そんな退屈な入学式を終えた俺たちは、その後教室に戻って各施設の簡単な説明を受け、解散を告げられた。
生徒の多くはそのまま寮に戻るようだ。
しかし、中には早くも仲良しグループらしきものを作り、早速得たポイントでショッピングやカラオケに行く生徒もいる。
当然、俺にそんな相手はいない。放課後も一人で過ごすことになる。
そのまま寮に帰ってもよかったんだが、俺はその足でコンビニエンスストアに向かうことにした。
先ほど端末に登録されている敷地内マップを調べていたのだが、この学校にあるコンビニは、大手コンビニチェーン店のどれにも当てはまらないものだった。
聞いたことのない店名が表示されており、品ぞろえの程が分からなかったので、それを把握しておきたい。ついでに昼飯もそこで買おうと思う。
校舎を歩いていて感じることは、やはり管理が行き届いているな、ということだ。
さすがは政府主導の学校といった感じで、目に見えるところに汚れなどは一切ない。非常に清潔に保たれている。
校舎を出て数分歩くと、目的地であるコンビニに到着する。
店内では、俺と同じ新入生と思われる10数人の生徒が買い物をしていた。
店の敷地面積はそこそこ広い。大きな棚に商品がずらりと陳列されている。
コンビニにしては、かなりいい品ぞろえなんじゃないだろうか。
何十種類ものカップ麺が同じ棚に並んでいる光景なんて、壮観ですらある。
「なあ、もしかしてDクラスでオレの前の席に座ってたか?」
ふと、そんな声が聞こえてきた。
Dクラスという単語が出てくるってことは、もしかして、俺に話しかけてる……?
そんな淡い期待を胸に、声のする方を振り向いた。
「……えーっと」
そこには、茶色がかった髪の男子生徒が立っていた。
顔をよく見ると……あー、確かに、俺の後ろの席のやつだ。配布物を後ろに回す際に見た顔で間違いない。
交友関係を持てるチャンスだ。これを逃すわけにはいかないぞ……
「あ、ああ……多分それで合ってる」
「自己紹介のとき、いなかったよな。どこに行ってたんだ?」
「……自己紹介?」
唐突に出てきたワードに戸惑ってしまう。
「先生が教室を出た後、みんなで自己紹介しようって話になったんだ」
「え、マジで……?」
「ああ」
マジかよ。そんなイベントがあったなんて……
後悔の念がどっと押し寄せてくる。
「いや、まあちょっと……雉を撃ちに行ってて」
「ああ、そうだったのか。悪いこと聞いたな」
想定外のことが起こった。こいつ雉撃ちで意味通じるのか。
「雉を撃つ?」と聞き返される予定だったんだが……気にしないことにしよう。
ちなみに雉撃ちとはトイレの「大」の方のことだ。
便意の解消と引き換えに、俺は自己紹介のチャンスを逸していたわけだ。
ただ冷静になって考えてみると、俺がクラスで自己紹介をしたところで効果があるのか、少し疑問だった。
俺は当たり障りのない自己紹介しかできない。クラスメイトの印象にはほとんど残らないだろう。よくて「なんか目つきが悪い人」どまりだろうな。
とりあえず、終わったことをいつまでもくよくよしていても何にもならない。今は目の前のチャンスをつかむことが先決だ。
「オレは綾小路清隆。よろしく」
どう会話を広げていこうかと考えていると、向こうから自己紹介をしてきた。
なるほど……どうやら、友達を欲しがっているのは俺だけではないらしいな。相手もまた、友達を作りたいと願っているということ。
礼節として、俺も自己紹介を返す。
「……速野知幸。こちらこそよろしく」
これだけではまだ友達とは言えないだろうが、「顔も名前も知らないクラスメイト」から「知り合い」くらいにはなったと思う。
綾小路にとってどうかは分からないが、俺にとっては非常に大きな前進だ。
「よかったわね、お仲間ができて」
「言い方に悪意を感じるんだが?」
「別に、好意も悪意もないわよ。あなたの交友関係に興味なんてないもの」
「そうですか……」
穏やかでないやり取りを繰り広げる綾小路。その会話の相手は、一目見て美人と言える女子生徒だった。
あれ、綾小路、女子とコンビニ来てたのか……こいつ実は中々やり手? いや、でも会話の内容を聞く限りだと全然仲良くなさそうなんだが……
まあそれはさておき、俺はこの女子生徒にも見覚えがあった。
ここは俺も勇気をもって話しかけていることにしよう。
「綾小路とは知り合いなのか」
「……私に話しかけているの?」
変なことは聞いてないはずだが、めっちゃ嫌そうな顔で聞き返されてしまった。
「一応、そのつもりだけど……」
「はあ……そうね。彼とは一応知り合い、ということになるわね。ちなみに誤解されるといやだから言っておくけれど、彼とここに居合わせたのは偶然よ」
「あれ、そうだったのか」
「やはり誤解していたのね」
いや、仕方なくない?
いくらあんなぎくしゃくした会話をしていたとはいえ、あの現場を見たら100人中97人くらいは一緒に来たものだと思うだろう。
「堀北とは不思議な縁があるんだ。今朝、登校したバスも一緒だったし、席も隣。今もこうして同じコンビニに居合わせてる」
「嫌な偶然がこうも重なると、呪われているのかと疑いたくなるわね」
「同感だな」
この女子生徒の名前は堀北っていうのか。把握。
にしても、そうか。綾小路の隣人か。とすると堀北は俺の右後ろの席。かなりの近所ということになる。どうりで見覚えがあったわけだ。
てか、この二人偶然重なりすぎだろ。さながらライトノベルの主人公とヒロインのよう。
「ねえ、これ……どういうことかしら」
堀北が少し驚いた表情で、あるワゴンを指さしている。
その指の先にあったのは、「無料コーナー」。
1か月3点まで、と注意書きがなされ、歯ブラシや絆創膏などの商品がワゴンに詰め込まれていた。
「なんだこれ……」
「ポイントを使い過ぎた人への救済措置、ってことかもな」
「1カ月に10万円も与えておいて、随分と甘い学校なのね」
同意だ。
この学校で生徒がポイントを負担しなければならないものなんて、食費、嗜好品費、娯楽施設費くらいのもの。もちろん、むやみやたらに散財を続けていれば月10万なんてあっという間だが、常識に則って計画的に使えば月6、7万でも十分すぎるほどだ。
学校側の意図はよくわからないが、無料で買えるというなら、ありがたくその恩恵を受けることにしよう。
俺は無料のワゴンから歯ブラシを2本、固形ハンドソープを1個取った。
「早速買うの? 浪費しろとは言わないけれど、このタイミングで無料の商品を取るのはかなりの守銭奴だと思うわよ」
「守銭奴って……」
きつい言い方だな。まだ会って2分くらいしか経ってないはずなんだけど……
「別に品質が劣悪なわけでもないんだからいいだろ。それに、安いもので済ませたいって思ってるのは堀北も同じなんじゃないのか」
堀北の持っているカゴの中にはシャンプーや保湿クリームなどが入っているが、どれも安価なものばかりだった。
「……まあ、浪費家よりはいいかもしれないわね」
納得したんだかしてないんだか、よくわからない答えが返ってくる。
堀北は相変わらず不機嫌そうな顔をしているが……これは同意を得られたということでいいんだろうか。
ここは自分に都合のいいように解釈しておこう。
さて、とりあえず昼飯を買わなければ。
まずはカップ麺を見て回る。
さきほども言ったように、非常に種類が豊富だ。
ただ、どれも食べたいとは思わなかった。
当然、カップ麺が嫌いなわけじゃない。単純に今日はカップ麺の気分じゃないということだ。
そう判断し、次におにぎりが陳列されている棚に移動する。
値段はコンビニ相応といった感じか。やはりスーパーマーケットよりは少し高めの単価だ。
俺は鮭おにぎりと牛カルビおにぎり、それに隣の棚にあったサラダを手に取ってレジに並んだ。
その直後、前方から何やら不穏なやり取りが聞こえてくる。
「っせえな、いま探してんだよ!」
「早くしてくれよ。後ろが使えてるんだから」
「あ? なんか文句あんのかよ!」
レジ前でもめ事が発生しているようだ。
片方はごくごく普通の生徒だが、いきなり大きい声を出し始めた方は赤い髪をしたガタイのいい男で、ザ・不良といった感じの風貌だった。
あれ、確か……こいつもDクラスにいたよな?赤い髪がかなり目立っていたから覚えている。
「何かあったのか?」
「あ? なんだお前」
その赤髪の生徒に話しかけたのは、綾小路だった。
「意外ね」
「……?」
俺の後ろに並んできた堀北がそうつぶやく。
「なにが?」
「事なかれ主義を自称している割に、あんなことに首を突っ込むなんて」
「事なかれ主義……?」
「彼がそう言っていたのよ。自分は事なかれ主義だ、と」
「ふーん……」
確かに、それが事実だとしたら言行不一致だ。
ただ、あの赤髪にビビることなく声をかけ、問題の解決に名乗りを上げてくれたのはありがたいことだ。
先ほどのもめ事は、どうやら須藤が一度寮に戻って学生証を忘れてきたことが原因らしい。綾小路が支払いを建て替えるということで、この場は収まった。
……てことは、赤髪が全面的に悪いじゃん。なんであいつあんなにキレてたの?
どうやら少し厄介な奴とクラスメイトになってしまったらしい。
綾小路の活躍でトラブルは解決し、つかえていた列が進んでいく。
俺と堀北はそれぞれ別のレジでほぼ同時に会計を済ませ、出口まで一緒に歩く。
「便利だな、この決済」
「財布や現金を取り出す手間が省けるのは、確かに楽ね」
これからは間違いなくキャッシュレス決済の時代が来る。そう確信した瞬間だった。
店を出る直前、レジ横のスペースでカップ麺にお湯を入れている綾小路を見つけ、俺たちは立ち止まった。
「カップ麺買ったのか?」
「買ったには買ったが、これは須藤……さっきの赤い髪のやつのものだ。オレのはこれだ」
あの赤い髪は須藤って名前か……覚えておこう。
「要するに、使いっ走りね。それともこれも友達作りの一環なの?」
「友達づくりっつーか……まあ、ついでだしいいさ」
「そう。私には理解できないわね。初対面からこき使われて、それを何も言わず受け入れるなんて」
堀北の気持ちはわからなくはないが、初対面の俺に向かって守銭奴呼ばわりしたお前がそれ言う?
反論されても面倒なのであえて口には出さないが、心の中で堀北にそうつっこんでおいた。
なんというか、堀北としゃべるのは楽だ。
俺は空気を読めない人で、堀北は空気を読まない人。そのため距離感を測る必要が全くない。
なので、言いたいことだけ言ってればいいのだ。
「カップ麺って作るの簡単だな」
「え、作ったことなかったのか?」
綾小路の意外な発言に、少し驚いてしまう。
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「……そうか」
綾小路がお湯を入れ終わったのを確認して、3人でコンビニを出る。
退店してすぐのところには、先ほどトラブルの種となった須藤が座っていた。
綾小路が2つ持っていたカップ麺のうち1つを須藤に手渡す。
「まさかここで食べるのか?」
「当り前だろ。ここで食うのが常識だっつの」
綾小路は戸惑いを見せ、堀北は呆れたような溜息をついた。
常識かどうかは分からないが、確かにコンビニの前でたむろってカップ麺食ってる集団を、街中で何度か見かけたことはある。
ただ、行儀の悪いことなのは間違いない。
「私は帰るわ。ここにいたら、私の品位まで落ちそうだもの」
「あ? どういう意味だよコラ。お高く留まってんじゃねーぞ」
堀北に噛みつく須藤。しかし堀北は全く意に介していない様子で、須藤の声をスルーした。
須藤の沸点の低さもどうかとは思うが、堀北の言動もなかなかアレだよなあ。
誰とも仲良くするつもりがない、という姿勢はビシバシ伝わってくるが、それならそれで余計なこと言うなよ。
誰とも仲良くしないことと、自分から嫌われに行くことは全然違うことなんだが、堀北はそこら辺をちゃんとわかったうえでやってるんだろうか。
「おい、人の話聞けよ!」
「ねえ、どうしたの彼、急に怒り出したけれど」
「……」
おお、そこで俺に振りますか堀北さん。
キラーパスを受けた俺だが、当然何もすることはできない。
俺が口ごもっているうちに、須藤の怒りはどんどん増していく。
「こっち向けよ、おい!」
「おい須藤。堀北の態度も少し、いやだいぶ悪かったが、それにしてもちょっと怒りすぎだ」
例によって、綾小路が止めに入る。
しかし須藤の怒りは収まらない。
なんだろう、俺もちょっと帰りたくなってきた。
「ああ!?この女が生意気なのが悪いんだろうが!」
「やかましいわね。思い通りにいかないとすぐに怒鳴り散らす。2人とも、彼とは友達にならないことをお勧めするわ」
そういって、堀北は寮の方向へと歩き出していく。結局最後まで、堀北が須藤と会話をすることはなかった。
「待てこら! おい!」
「落ち着けって」
「クソが、なんなんだあの女! ああいう真面目ぶったやつが一番嫌いなんだよ俺は!」
怒りをぶつけるようにして、須藤は持っていたカップ麺をすすり始める。
堀北が真面目ぶってるかはさておき、人に好かれない性格をしているのは確かだ。
どうしたものか、という意味を込めて綾小路に視線を送るが、向こうも向こうで困ったような表情を見せるだけだった。
そして、災難というのはえてして続くものだ。
「おい、お前ら1年か? ここは俺たちの場所だぞ」
俺も寮に戻るか、と思ったところで、綾小路と同じように、熱湯を入れたカップ麺を持ってコンビニから出てきた3人組に声をかけられた。
口ぶりから上級生であることが分かる。
本当にここでカップ麺を食べるのが常識らしい。
「あ? いま俺が食ってんのが見えねえのかよ。失せろ」
さっきの堀北の件で、かなりフラストレーションが溜まっているであろう須藤。苛立ちを隠すことなく言い放つ。
「おいおい聞いたか? 失せろ、だってよ。こりゃまた随分生意気な新入りだぜ」
そういって、俺たちを馬鹿にしたように笑う3人組。
すると須藤はやおら立ち上がり、食べていたカップ麺を地面にたたきつけた。
あたりに飛び散る麺とかやくとスープ。あの、ちょっと俺の靴にかかったんですけど……なんて言い出せるような雰囲気ではなさそうだ。
「1年だからって舐めてんじゃねえぞ!」
「うるせえガキだな。ほら、ここに荷物置いてんだろ?」
そう言いながら、上級生の一人が須藤のぶちまけたスープを避けるようにして「今」荷物を置いた。
そして再び笑い出す。
「はい、ここに俺らの荷物がありました。わかったらどけよ」
「上等じゃねえかコラ……」
須藤の後ろには、メラメラと炎が見えてくるようだった。
ただこの件に限っていえば、須藤よりも、悪質な絡み方をしてきたこの3人組に非がある。そのため、キレている須藤を責める気にはなれなかった。俺の靴にスープがかかったことを除いて。
一つ気になるのは、天井で俺たちを撮っている監視カメラが回っている中で、須藤が暴力沙汰を起こしても問題にならないのか、ということだ。
あとこの上級生も。今日入学したばかりの新入生に対してこんなちょっかいのかけ方をするなんて、発覚したら注意される可能性もあるんじゃないか?
様子を見る限り、上級生たちはそんなこと全く気に留めていなさそうだが。今もブチギレている須藤を見て、愉快そうに笑っている。
「おー怖い怖い。お前らのクラス当ててやろうか? どうせDクラスだろ」
「あ!? だったらなんだっつんだよ!」
須藤がそう答えると、上級生は一瞬の間の後、今までよりさらに盛大に笑った。
「はは、やっぱりな! お里が知れるってもんだよなあ」
「は? どういう意味だよ!」
「うるせえ出来損ないだな。んじゃ、今日だけはお前ら『不良品』にこの場所譲ってやるよ」
そんな捨て台詞を残し、俺らに背を向けて立ち去ろうとする3人組。
しかし、須藤はまだ噛みつく。
「逃げんのか!?」
「吠えてろよ。どうせお前ら、いずれ地獄を見ることになんだからよ」
そう言って、3人組は俺たちの前から姿を消した。
「不良品」。それに「地獄を見る」。
どちらも不自然なワードだ。それに俺たちがDクラスであることが分かった瞬間のセリフも妙だ。
気になったが、質問しようにも3人の姿はすでにない。それにあの様子だと、聞いても馬鹿にされるだけで、答えてはくれないだろう。
「あーうぜえ。女といい上級生といい」
舌打ちをしつつそう言って、須藤は散らかったカップ麺の残骸を片付けもせずに立ち去ってしまった。
カップ麺まだ半分も食ってなかったっぽいし、多分須藤はあとで腹減ると思う。俺の靴汚した報いを受けやがれ。
まあそれはどうでもいいとして。
この場に残ったのは、完全にとばっちりを食らった形の俺と綾小路。
「……片付けるか」
「……そうだな」
2人してしゃがみこんで、片づけを開始した。
コンビニから出ていく生徒の「何やってんのこの人たち」みたいな視線が痛い。
全く同感だよ。何やってんだ俺たち。
明日にでも須藤にポイント要求しようかな。