実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
1
いつもと変わらぬ眠い朝。
いつもと変わらぬ目つきの悪い俺。
いつもと変わらぬ騒がしい教室、と言いたいところだったが、今日の教室内は、どこか浮ついた様子を見せていた。
それつまりいつも通りってことだな。
「今日は待ちに待ったプール授業!」
「プールといえば女子の水着!」
「ああ、想像するだけで興奮してくるぜ!」
そんな、文字通りの馬鹿騒ぎをしているのは、クラスメイトの池と山内だ。
2人ともクラス内では所謂「お馬鹿キャラ」として定着している。
この2人に須藤も加え、「三羽カラス」ならぬDクラスの「三馬鹿」と呼ばれていた。
そんなことしてたら好感度落ちるぞ。落ちるような好感度があればの話だが。
はあ、そういえば今日は水泳授業だったな。水着を入れたカバンを持ってたの、すっかり忘れてた。
ああいうのが健全な男子高校生というやつなんだろうか。だったら俺は不健全で結構。
まあ俺が問われるとすれば、健全な男子高校生かどうか以前に、健全な人間生活を送っているか、だろうな。人付き合いの観点からすれば、俺はすでに余命宣告出されるレベルの危篤状態だ。
だが、ついに先日、俺にもはっきりした「友人」という存在が出来てしまった。危篤状態から、一気に脈拍安定くらいには回復したといえる。
このことに関連して、一つ俺の中で小さな驚きがあった。
それは、はっきりと「友人」になる前と後で、藤野との距離感や接し方には何の変化も生まれなかったことだ。
もうちょっと何か変わるかと思っていたが、実際のところこんなものか。
もしくは俺の中で、すでに前々から藤野のことを世間一般でいう「友人」にカテゴライズしていたから、変化を感じなかっただけなのか、よくわからなかった。
そんなことを考えながら席に座ってぼーっとしていると、先ほどの山内たちの話し声がもう一度耳に入ってきた。
「博士ー」
「呼んだか?」
博士、とはクラスメイトのあだ名。本名は外村というらしい。体系は小太りで、絵にかいたようなオタクである。
「何してるんだ?」
そこに須藤があらわれ、会話に加わる。
「実は博士に、おっぱい大きい女子ランキング作ってもらうんだよ」
「体調不良で休んで観察するつもりンゴ」
「……大丈夫かよそれ」
外村……博士でいいか。博士のわけの分からない語尾と、池たちのたくらみに、須藤は少し引いていた。
その後綾小路が呼び出され、野次馬の話に加わっていった。
会話からは、途切れ途切れに「長谷部」や「佐倉」などのクラスメイトの名前が聞こえてくる。
俺だってこれまで友人を作る努力をしてこなかったわけじゃない。今日までの間にクラス全員の名前は覚えた。……でも顔は覚えてない。意味ねえ。
こんな具合なので、2人の容姿までは知らない。ただまあ、巨乳なんだろうな。たぶん。
男子はこの手の話題(猥談)に敏感なのか、始めはほんの数人の集まりだったにも関わらず、ものの数分で10人強の規模の集団と化していた。
始めのうちは、周りには聞こえないように注意していたそのグループも、段々とボリュームが大きくなっていき、最終的に女子には丸聞こえ。全員がゴミを見るような目で見られていた。
一方で男子はその視線にも気づかず、猥談に花を咲かせていた。
「あなたも参加してきたら?」
後ろから堀北に話しかけられ振り向くと、俺の方まで軽蔑する目で見てきた。
「おい、そんな目線向けんな。俺は無関係だっつの」
「どうかしらね。本当は参加したくてたまらない、という目で彼らのことを見ていた気がするけれど」
「そんなわけないだろ。少なくとも俺は参加しない。勝手にやらしときゃいいんじゃないか?」
「やられる方からしたら、不愉快極まりないけれどね」
だろうな。だが、俺にはどうすることもできない。
「そんなに気になるなら自分で説得してこいよ。とはいえ話題が話題だし、お前は引き合いに出ないだろうから安心していいと思うぞ?」
言うと、堀北の睨みが一気に強くなる。
「……それはどういう意味かしらね。苦しさに這いつくばりながら死ぬのと、苦痛にのたうち回りながら死ぬの、どちらがいい?」
「……どっちも却下で」
やっぱり堀北にこんなことを言うのは間違いのようだ。
にしても、堀北といい高円寺といい、このクラスにはどうも曲者が揃っているらしい。他のクラスもこんな感じなのか?
2
「っしゃ、プールだ!」
着替えを終えた男子がみんなプールサイドに立っている。
屋内プールもこれまたかなり立派だ。
スイミングスクールでも25メートルが普通だろうに、ここは50メートルプールだった。
「女子はまだかっ……!!」
「着替えに時間がかかるからまだだろ」
「やべえ、俺興奮してきた……」
「あんまり水着とか意識しないほうがいいと思うぞ?」
「意識しない男がいてたまるか!……勃ったらどうしよう……」
「そんなことしたら櫛田ちゃんに一生嫌われるぞ!」
「そんなあああ!!」
いや、櫛田以外からも普通に嫌われると思うぞ。
まあ名指しで出てきたのは、櫛田が男子から大の人気を誇っているからなんだが。
ただ、その分苦労も多そうだな。例えば夜、一体櫛田は何人の男子の頭の中に登場してくるのだろうか。
……俺?俺はそんなことしてないよ?ホントホント。
いや、マジで。
「へー、すごい広ーい!」
「ホントだー!」
「「「「ぅぉぉぉぉぉ……」」」」
着替えを終えた女子が入ってきた。
男子が小さな声で、女子には聞こえないように唸り声をあげる。
男子の目は文字通り釘付け。今肩をトントンと叩いて、知らんぷりするゲームをやってもバレない自信がある。
しばらく鼻の下が伸びきっていた男子連中だが、次第にあることに気づきはじめる。
「あ、あれ、長谷部がいねえ!?」
「ど、どういうことだ博士!?」
「ンゴゴッ!?」
二階の見学者席の博士が唸る。だからそれ何語だよ。
「あ、う、後ろだ博士!」
指摘されて後ろを振り向くと、そこには長谷部、加えて先ほど話題に上がっていた佐倉もいた。
その後も、見学者組の女子が続々と姿を現す。
「巨乳がっ、見られると思ったのにっ……巨乳がっ!」
「キモ……」
池の叫びが聞こえていたのか、長谷部の嘲るような声が上から降りかかる。
長谷部に同意だ。今のは俺から見ても少し……いやかなりアレだと思う。
一方で池にはその声は聞こえていなかったようで、山内と血で血を洗っていた。
「落ち込んでる場合か池! 俺らにはまだたくさん女子がいるじゃないか!」
「そ、そうだよな。こんなことしてる場合じゃないよな!」
いいながら、2人で握手を交わしていた。
下心で繋がる友情かあ……あんまり羨ましくないなあ……
「何してるの?楽しそうだね!」
そこにやってきたのは、男子のほとんどが待ち焦がれていたであろう、櫛田だった。
男子の視線を一身に集めるが、その男子はみんな一瞬で目をそらしてしまう。
……あー、まあ、生理現象だものね。朝とかつらいよね。
だが、櫛田のスクール水着姿を見ているとそれも納得がいく。制服の上からでは分からない身体の細かなラインが、スクール水着によって明らかになっている。
すると、櫛田がこちらに歩いてきた。
「……みんなどうしちゃったのかな?」
疑問の表情を浮かべながら俺に質問してくる。
「さあ、どうしたんだろうな……」
俺としてはこう答えるしかなかった。
だって、これは男子の生理現象でだな……とか言えるわけないだろ。どうしても知りたいなら、国指定の保健体育の教科書を勧めていたところだ。
「綾小路くん、あなた以前運動部だったの?」
堀北のそんな声が聞こえてきて、俺もそっちを振り向く。
……確かに。須藤とは違い隆々ではないが、身体は運動部である平田よりも、ガッチリしている印象を受ける。
「いや、俺はずっと帰宅部だ」
「それにしては、筋肉の発達が尋常じゃないけれど……」
堀北は気になるのか、綾小路の全身を見ている。
「親から貰った恵まれた身体、ってやつじゃないのか?」
「それだけでここまでになるかしら……」
「何だよ疑い深いな。お前筋肉のフェチか? 命賭けるか?」
「そこまで否定するのね……」
渋々といった表情で引き下がる堀北。
すると今度は視線の先に俺を捉えたのか、こちらをさっきの綾小路と同じように見てくる。
「……どちらかというと貧相ね」
「おい」
ひどくね?確かにあんまり筋肉付いてないけどさ……これでも中学までやってた体力テストでは平均かそれ以上出してたぞ。握力以外。
お返しに堀北のも見てやろうか、なんてそんな勇気があるはずもなく、俺はその場から目をそらした。
そこから大体数十秒経ったくらいだろうか。
「おーし、全員集合しろー」
と、水泳担当の先生から集合がかかる。
「見学者が随分多いみたいだが……まあいい。早速だが、実力をチェックしたいので、準備体操してから泳いでもらうぞ」
「あ、あの、俺あんまり泳げないんですけど……」
「安心しろ。俺が担当するからには、夏までには確実に泳げるようにしてやる」
「で、でも、そんなに必死で泳げるようにならなくても」
「そうはいかない。泳げるようになれば、必ず役に立つ。必ずだ」
随分と「必ず」という言葉を強調したことに違和感を覚えながらも、準備体操をする。
それが終わると、体を慣らすためにウォームアップとして軽く泳ぐよう指示された。
プールか。小6の時に学年全体で行った以来だな。
泳ぐこと自体が3、4年ぶりくらいか。
確かその時、自由時間中の遊びに混じれなくてひたすら遠泳してた記憶がある。この学校に50mプールを30ターン近くノンストップで泳いだやつはいるだろうか。
「見たか、俺のこの華麗な泳ぎ!」
泳ぎ終えた池が叫ぶが、対して華麗でもなかったし、他のやつと大差なかったぞ。
「とりあえず、ほとんどの者は問題なく泳げるようだな。よし、じゃあ競争始めるぞ。50m自由形だ。女子は5人2組、男子は最初に全員泳いだ後、タイムの速かった者上位5人で決勝を行う」
「え、きょ、競争!?」
「男女別で最もタイムが良かった者には、先生から特別に5000ポイント支給しよう。その代わり、男女ともに最下位のやつは、それぞれ補習を受けてもらうからな」
一位にポイント支給、か。
茶柱先生が言っていた、「この学校は実力で生徒を測る」。その片鱗が早くも見え始めている。
この先生がサービス精神旺盛なだけなのか、それは分かりかねるが、一つ言えることは、これは社会の構図にもあてはまるということだ。
実力があって、結果も出せるやつは稼げる。
逆に実力がなければペナルティが待っている。
ここでは補習がそれに当たるが、社会なら減給なんてこともある。そういう意味では、支給額の減額措置があっても別に不思議ではない、と最近思うようになった。
俺がネガティブ思考に勤しんでいる中でも、プールサイドは騒がしい。
なんか「今日のおかずを確保するんだ!」って声が聞こえて来たが、おかずならスーパーとかに売ってるぞ。……あ、そっちじゃない?ですよねー。知ってた。
「おおおーー、堀北やるなーー」
その声に促されるように、プールを見てみる。
堀北は既に一位で泳ぎ終わっていた。それに続き、他の女子も続々ゴールする。
堀北が宣告されたタイムは28秒と少し。かなり速いと思う。俺勝てるかな……?
驚いている俺とは裏腹に、堀北は呼吸一つ乱さず涼しい顔をして歩いている。このタイムでもまだ本気ではないってことか。
「ふおおおおーー!」
男子の誰かが奇声を上げたと思ったら、どうやら次は櫛田が泳ぐらしい。
応援する男子に、櫛田が手を振っているのがみえる。それが余計に男子の興奮度合いを高める。
ほとんどの奴が櫛田に下卑た視線を送っていて、中にはバレないように股間を抑えている者までいた。そういう目で見ていないのは平田ぐらいのものか。
櫛田の組のレース展開は、水泳部らしい小野寺という女子がぶっちぎりで一位だった。櫛田もまあまあ速かったとは思うが、小野寺がいるためか、速さは。けど、男子は櫛田しか見てなかったな……
次に男子の番が来た。
俺は2番目の組で泳ぐことに決まった。
1組目には、かなり速いと予想される須藤と、体格に恵まれている綾小路がいた。
合図があり、一斉に飛び込むと、須藤の一方的なレースが始まった。とにかく速い。2位と4秒ほどの差をつけてゴールした。
綾小路は……まあ平凡なタイムだ。だが、フォームのそれは小野寺と似ている感じがする。理想形に近い、ということだろうか。
「すごいな須藤、25秒きってるぞ。水泳部にこないか?これなら、大会も十分狙えるレベルだ」
「俺は昔っからバスケ一筋っすよ」
水泳なんて遊び、と言いながら戻っていく。遊びでこれか。すげえな。
そして、いよいよ俺が属する組が泳ぐ番になる。
隣のコースには、Dクラスのイケメン筆頭、平田がいた。
スタート台に立つと同時に「きゃー」という女子からの叫び声が上がる。
男子から櫛田への声援の男女逆バージョンみたいなものなんだろうが、女子がやると別に気持ち悪がられないってずるいと思います。
平田は細身だが、しっかりと筋肉が付いている。かなり速いだろう。可能かどうかは別問題として、補習を免れるためには、平田についていけば間違いなさそうだな。
「頑張ろうね、速野くん」
「あ、……ああ」
そして俺に話しかける気遣いの心も持っている。誰か平田の欠点教えてくんない?
笛が鳴り、全員一斉に飛び込む。
と、ここで事件が発生した。
「やばっ……」
入水した瞬間、俺のゴーグルが外れてしまった。
足をつけるわけにもいかず、煩わしいので左手でゴーグルを取り、そのまま泳いだ。左手の使い勝手が非常に悪いが、この際仕方がない。
一応のこと泳ぎきる。組の中では3着だった。
平田は当然1着。タイムはおよそ28秒らしい。「サッカーだけじゃなくて水泳も得意なんだね!」とか「平田くんかっこいい!」などなど女子に囲まれて色々言われていた。
俺のタイムは35秒ほど。可もなく不可もなく、という感じか。
「速野くん」
プールサイドに上がって元に戻ろうとしていた俺に声がかかる。
声の主は櫛田だった。
「……なんだ?」
「最初に話して以来、速野くんとちゃんとおしゃべり出来てなかったからさ。迷惑……かな?」
ここで必殺上目遣いか。
天然でやってるのか、自分を最大限可愛く見せる方法を知っていらっしゃるのか。どちらにしても可愛いのでどうしようもない。男子って単純だよなあ……
「いや、そんなことはない」
「よかったぁ。それでさ、速野くん、泳ぐの速かったね」
「……そうか? そうでもなかっただろ」
「ううん、最初にゴーグル外れてなかったらもっとすごいタイム出てたよ!」
櫛田が一歩ずいっと寄ってくる。
「……」
以前、綾小路とパーソナルスペースに関して話をしたことがある。
人は他人に近づかれすぎると、不快感を覚える。
だが櫛田の場合は、なぜかそれが発揮されない、と綾小路は言っていた。
確かに、と、櫛田の凄さを実感する。だが、ギリギリのところでそれが発揮され、俺は一歩後ずさった。
「あ、ちょっと速野くん危ない!」
「え? あっ」
後ずさった先、それは……地面ではなく、水面だった。
「おおっ!」
ぐいっ、と櫛田に腕を掴まれるが、残念、それは悪手だ……
「きゃっ!」
「うわっ!」
ザッパーン。
俺の腕を掴んでいた櫛田も一緒になって落ちる。
背中にダイレクトでダイブの衝撃が行き、とても痛い。
「ぷはっ!」
水の上に顔を出し、酸素を吸う。
その瞬間、俺の顔の数センチ先に櫛田の顔があって、驚きで心臓が跳ね上がった。
「うおっ!」
水の中でもう一度後ずさる。
大げさに後ずさった理由は顔以外にあった。顔があれだけ近いということは……その……櫛田様のお胸が、水着越しに俺に押し付けられている状態でしてね……形が変わってるのが目に入って、さっきゴーグルなしで泳いだせいで、ただでさえ赤くなった目がさらに血走りそうになってですね……
「あ、あの……その、手が……」
「……手?」
櫛田に言われ気づく。
水中で何が起こったのか分からないが、俺の腕を掴んでいたはずの櫛田の手に指が、何故か俺の指に絡まっていた。
いやいや不自然にもほどがある。だが以前、そういった偶然とは思えないようなトラブルばっか起こる漫画がある、って聞いたことあるな……
「あ、ああ、悪い……」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言いながらプールサイドに上がる。
すると、先生が俺の方を見て言う。
「おい、何をしてるんだお前ら」
「ごめんなさい、脚を滑らせちゃって……」
「桔梗ちゃんドジだなー」
誰かがそう言うと、プール内は笑いに包まれた。実際は脚滑らしたのもドジ踏んだのも俺だが、この場はこうしておいた方が丸く収まるだろう。
いや、そんなわけなかった。男子からの怒りの目線が俺に突き刺さる。だが櫛田が戻っていくと、その視線もおさまった。
通りすがり、堀北に声をかけられた。
「一体何をやっているのかしら」
「……俺にもよく分からんかった」
仕方ないだろ。俺からすればアクシデントだよ。
俺と櫛田が妙な喜劇を行っている間に男子最終組のレースは終了しており、高円寺が須藤を超える23秒22という驚異的なタイムをたたき出して、軽く騒ぎとなっていた。
toloveるは知ってるけどちゃんと読んだことはないです。