実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
ベッドで横になりながら考える。
今日の夕食時間にあった、藤野とのやり取り。
~回想in夕食時~
「お待たせ速野くん」
夕食のトレイを持ち俺の向かいの席に座ったのは、俺の友人であるAクラスの藤野である。
「……まあメインの話はあとで。まずは普通に食べよう」
バスの中でのやり取りで、5日目の夜に一緒に夕飯を食べることは決まっていた。
しかしただ一緒に夕飯を食べることが目的ではない。
夕食時間は1時間とられている。その間は教師からの規制はない。つまり制限時間内であれば女子が男子の生活スペースである本棟に立ち入っても問題にはならないわけだ。何しろこの食事スペース自体が本棟にあるしな。
つまりこの夕食時間、藤野は本棟の敷地内に立ち入ることができる。俺が本棟の敷地内に誰にも見つからないスペースを見つけることができれば、藤野の派閥に関する話もすることができる。5日目に夕食を一緒に取る時間を設けた本当の目的はそれだ。
「そだね。じゃあいただきます」
「いただきます」
ここで出る飯のメニューは全員固定だ。今日の夕飯は白飯、味噌汁、ハンバーグ、レタス多めのポテトサラダ。いかにもこういった合宿所で出そうなラインナップである。ただ量は決して多くはない。これだけだと物足りなさを感じる人もいるだろう。学校側もそれを見越してか、白飯と味噌汁はおかわり自由としている。
「それで、どんな感じだ?」
無難な質問で俺から会話を切り出す。
「うーん、私の小グループは今のところ特に問題なしかな。速野くんは?」
「こっちも小グループは平和だ」
ここで会話が一時途切れると同時に、お互いに顔を見合わせる。
「お互いに、小グループ以外では何かあった、ってことかな?」
「そうらしいな……俺の方は大グループ決めのときに、南雲会長が堀北先輩に勝負を申し込んでたことだ」
「あ、それ聞いたよ。確か内容は『どっちの大グループが上の順位をとるか』だったよね」
さすがに藤野ならその辺の情報は知ってるか。
「ああ」
「それに堀北先輩がだいぶ制限設けたって聞いたけど……」
そうなのだ。堀北先輩が出した勝負を受ける条件によって、南雲先輩は正々堂々と競わなければならなくなっている。そのためか、現時点では男子グループで特に何かが起こっている様子はない。
唯一の平和じゃないことですらもこの程度だ。
この試験、ハードスケジュールのため疲れはするが、それも想像を絶したものではない。正直これほど落ち着いた展開になるとは思っていなかった。
「思いつく限りで、平和じゃないことといえばそれくらいだな。そっちは何があったんだ」
藤野と違って、俺には異性グループの情報は流れてこない。まあ櫛田に聞けば教えてくれるだろうが、わざわざ直接会って聞くのも変だと思うので聞かない。
「気になることは2つかな」
2つあるのか。
女子の方は割と波風が立っているのだろうか。
「1つめが坂柳さん」
「坂柳?」
「Aクラスは、男子の方は自クラス9人とその他のクラス1人から取るって方針だったの。それは知ってるでしょ?」
「ああ。実際そうなってる」
「女子の方は自クラス8人、他クラス2人で構成してるの」
「他クラス2人ってのは、違うクラスからそれぞれ一人ずつってことか?」
「うん」
「そうなると1クラス入ってないのか」
「そう。そしてそれがBクラスなの」
「……変わってるな。Bクラスって、個人的に一番受け入れやすいクラスだと思うんだが」
「しかもその理由っていうのが、『一之瀬さんは信用できない』なんだよね」
「……ますますよくわからないな」
「小グループを偏った編成にするってことはバスの中で聞いてたけど、坂柳さんがBクラスを排除することは、寝耳に水の出来事だったからすごく焦ったよ。派閥の人たちは事前に聞いてたかもだけど……」
「ふーん……」
そりゃ確かに、そんなこと事前に知らされてなければふつうは驚くわな。
「坂柳さんは多分、一之瀬さんを標的にしてるんだと思う。小グループ決めの後も一之瀬さんを悪く言って回ってるから」
「なるほど……」
「私は一応一之瀬さんに声かけるようにはしてるんだけど……坂柳さんの件は、結構悩みの種になってるみたい」
自分の悪評がまかれるというのは、内容が本当だろうと嘘だろうと、それだけで精神的負担になる。
「でも、まさに悪評をまいてるAクラスに所属してるお前が声かけて、慰めても大丈夫なのか。お前が坂柳派に属してないとはいえ、一之瀬としては素直に受け取るかどうか」
「大丈夫。その辺わかってくれない一之瀬さんじゃないよ」
ああ、まあ確かに、物分かりいいからな一之瀬は。それに藤野もよく考えて、相手が不快にならないように接してるだろうし。
この辺は藤野がうまくやってくれるだろう。
「それで、もう一つは?」
「あ、うん、それなんだけどね。橘先輩のことで……」
橘先輩……前生徒会の書記か。
「その人がどうかしたのか」
「ちょっと様子がおかしいの。具体的に何がおかしいかはわからないんだけど……一之瀬さんと同じで辛そう、って感じかな。あと所属グループからも疎外されてる気はするなあ……」
「ハブられてるってことか」
「うん。そんなに露骨ではないんだけど……周りから見て違和感を感じる程度かな。でも悪意はあると思う」
はあ、なるほど。
「……橘先輩って、堀北先輩が会長だった前生徒会の書記だよね。その橘先輩の様子が変なのって、南雲会長と堀北先輩の勝負に何か関係あるのかな?」
橘先輩は堀北先輩を慕い、かなりの頻度で一緒に行動している。堀北先輩も書記として生徒会を回していた橘先輩に悪感情は抱いていないはず。藤野がそう考えるのも自然だが……
「勝負自体には関係ないだろ。他を巻き込まないって条件があるし」
周りを巻き込めば勝負は無意味になる。
「……『自体には』ってことは、それ以外のところには関係あるってこと?」
俺の言葉に疑問を抱いた藤野が聞き返してくる。鋭いなあ。
「まあつまり、勝負の範囲外での南雲会長の『いたずら』かもしれないってことだよ」
「いたずら??」
「簡潔に言うと……『橘茜を退学に追い込むこと』」
藤野は一瞬目を見開き、驚いた表情を見せる。
「条件をクリアすれば、ありえない話じゃない」
藤野は少しの時間思案したのち、納得したようだ。
「そして、生徒会には特別試験の一部を作成する権利も与えられてる」
これは12月下旬、清隆、龍園、堀北先輩、俺で集まった日に堀北先輩から聞いたものだ。
藤野はそれを聞いた瞬間、何か思いついたように顔をあげる。
「うん、そうらしいね……これは一之瀬さんから聞いたんだけど、責任者の制度も生徒会からの案で、道連れのルールも、責任者を退学させるためにグループメンバーがボイコットするのを防ぐための方策として、生徒会側から学校側に提案したものらしいよ」
「……なるほど。それはあくまでも仮定の一つだったんだが、事実だったか」
今までの退学者ルールとは志向が違うとは思うものの、ボイコットの対策の機能として、道連れの制度は合理的だと考えている。
しかしルール上、一人の生徒を道連れによって確実に退学させることは不可能ではない。
そしてこれを成功させるためにはいくつか条件がある。
ここからは全て俺の想像・空想の域を脱しないが、勝手に考えてみることにする。
まず必要なのは、橘先輩の属するAクラスを除く3年生全体の掌握。
これは、橘先輩を道連れの対象と学校側に認めさせるために「橘茜は、教師の目の届かないところでグループ内の他クラスの生徒に嫌がらせをしていた」と口裏を合わせるため。この施設にカメラの類は設置されてなかったから、物的証拠がなくても、学年全体から一斉に報告が上がれば、学校側としては認めざるを得ない。
次に、橘先輩の所属するグループの責任者が退学するリスクの除去。具体的に言えば、退学取り消しに必要な2000万プライベートポイントの肩代わりだ。それに加え、100クラスポイントが失われることへの補償のようなものもあるかもしれない。なんにせよ大量のプライベートポイントが必要になるが、南雲会長も大量のプライベートポイントを保有してそうだし、用意できない分は2年生からかき集めればいい。2年生全体を掌握してる南雲会長ならできないことじゃない。
それらに先ほどの藤野の情報を組み合わせると、南雲会長はこのような方法で橘先輩を退学させることを思いついてから、それに沿うように責任者と道連れのルールを追加した、ということになる。
もう一度言うが、これは俺の想像・空想だ。南雲会長がAクラス以外の3年生全体を味方につけてる証拠なんて俺は握ってないし、南雲会長が大量のポイントを保有してる証拠も、2年生からポイントを集めた証拠もない。これが愉快な妄想で終わる可能性も十分ある。
……が、生徒会が責任者と道連れのルールを作成したのが事実なら、俺の仮説が正しい可能性が高くなってくる。
そして仮説が正しければ、南雲会長は「目的のためならなにふり構わない」人物であることが明らかになる。
「まあ仮にそうだとして、そんなことくらい堀北先輩は気づきそうなもんだけどな」
「確かに。でも気づいたところで止める手立てなんてあるの……?」
この状況で橘先輩を救い出す方法か……
「……現実的な方法は思いつかないな。試験が始まった時点で詰みだろこれは。素直にペナルティ払って退学を取り消してもらうしかないんじゃないか」
ちなみに現実的でない方法というのは、橘先輩のグループの責任者をどうにかしてこちら側に引き入れることだ。ただその『どうにかして』の部分に関しては、「洗脳する」とか「精神を崩壊させる」とかどう考えても実現不可能なうえに、自分で言ってて恥ずかしくなるようなことしか思いつかない。
だがもしそれができる奴がいれば、わずかだが救いはある。
……清隆とかできそうだよなあ。というかあいつの場合、軽井沢っていう前例があるしな。
そうこうしているうちに俺も藤野も夕飯を完食。そして残された猶予は40分となった。
「……ずいぶん話し込んじまったな。そろそろ移動するか」
「あ、そうだね。時間もそんなにないし」
俺はこの数日間で探し出した、本棟にある全員からの死角へと藤野を案内する。
前置きがかなり長くなってしまったが、俺と藤野にとって本題はここからだ。
~回想終了~
と、大勢の耳があるあの場では、こんな感じで落ち着いた。
南雲会長の話は、俺の中であまり関心度は高くない。俺の想像が当たっていてもいなくても割とどうでもいいことだし、もし仮に当たっていたとしても、橘先輩の進退については興味がない。
俺が目を向けるべきことは別にある。
あのあと、全員の死角で藤野と話し合った結果、やはり藤野派の人間に、俺のことを話すことになった。
藤野も最近はそのほうがいいと思い始めていた、とのこと。合宿の後に時間を設けて話すらしい。
こちらの方は特に問題もなくすんなりと決まった。
俺としては、この話が終われば解散、という流れを想定していたんだが……
この話が片付いた後、藤野から少し、いやかなり驚くべき話をされた。
そこで伝えられたことは、正直言って頭の片隅にもなかったことだった。
俺はもともと坂柳派は結束が弱いと考えていた。
しかし藤野の話が事実だとすれば、坂柳派は、俺が考えていた以上に盤石ではないかもしれない。
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合宿6日目。スキー演習5日目。
当初は長く感じていた『混合合宿』も、日程的にはすでに折り返し地点を過ぎている。
ここでキーになってくるのは体力だ。
早寝早起きからの座禅、掃除。授業。そして午後のスキー演習。
体力に自信のない生徒たちがこんなことを毎日繰り返していれば、特別試験であるという緊張感も相まって、当然体が悲鳴を上げてくる。
もちろん俺もその一人。
昨日あたりから、急に足がプルプル震えだすなど筋肉痛の予兆が出始め、今日から本格的に来た感じだ。
まあ本格的とはいっても、足が動かせないほど痛いわけではない。力を入れるとちょっと痛むとか、重いとかそんなレベルだ。
とりあえず、寝るときに湿布を貼ることでなんとかするしかない。一応、昨日の段階でグループのメンバーには「少しルートビアみたいな匂いするけど我慢してくれ」と断っておいた。そしたら「ルートビア?」って疑問符満載の反応をされたわけだが。案外知名度低いのな、あの飲み物。好き嫌いが分かれるらしいが俺は好きではない。どうでもいいか。
もちろん、比較的体力のある生徒も、疲労がないかといえばそんなことはないわけで。就寝時間を過ぎればみんな一様にぐっすり寝ている。須藤とかめっちゃでかいいびきかいてそう。ひでぇ偏見。
そして今この時間は、混合合宿で体力が奪われる原因の大部分を占めているであろう、『スキー演習』が行われている。
最初はどうなることやらと思われた『基礎コース』の生徒たちも少しずつ、しかし確実にスキー技術の上達を見せていた。
俺ももちろん。あれだけ弱音を吐いていた愛理もだ。
そして意外だったのが、外村が昨日の時点で『基礎コース』から『演習コース』へと移動になったことだ。
昨日の授業時間の冒頭から急にコツをつかみ始め、終盤にはスムーズに滑ることができるようになっていた。全く人の成長とはわからないものである。
というか外村に関しては、このこと以上に驚くべき変化がこの合宿中にあった。
合宿前までは語尾に「~ござるなあ」とか変なのをつけていた。しかし今はどうかというと、びっくりするぐらい普通なのだ。
「ござるなあ」なんて語尾に受けるのはもちろん変だし、何ならウザいしキモイと思う。しかし今までその口調に慣れていたため、外村が普通の口調だと逆に違和感満載だ。
なんでも教師に矯正するよう迫られてのことらしいが……なんというか、物足りない。
一般社会的には今のほうがいいんだろう。でもやはり個性がなくなった感じがして、クラスメイトとしては複雑な思いである。
まあ外村の話はここまでにして。
予想していた通り、今日明日あたりで大部分の生徒が『演習コース』へと移動になるだろう。俺はまだもうちょいかかりそうなので早くても明日だが、愛理は今日あたり行けるはずだ。松下も今日か。井の頭と山内は俺と同じく明日かな。
このように、今日コースを移動できないにしても、明日までにはほぼ全員が移動するだろうというめどが立つまでになっている。滑ることもできなかった合宿序盤には想像すらできなかった状況だろう。
まだ数人がコツをつかめていないようだが、そんな生徒たちも最終的には滑れるようになるだろう。少なくとも最終日のタイム計測までには。
「じゃあ次、行こうかー」
俺の前に並んでいた松下が、講師の呼びかけと同時に滑り出す。
うん、やっぱり松下はしっかり滑れている。
バランスもとれているし、スピードもそこそこ。基礎が習得できている証拠だ。
「オッケー、じゃあ次の人」
そして俺の番。
ストックに力を入れ、体重移動を意識して……
「うん、だいぶ上達してきてるね。スキー板のコントロールをもう少し上手くできればさらにいいと思う。今はスキー板が踏ん張れずに動きが必要以上に大きくなってるから、そこを注意してみて」
「……わかりました」
雪は摩擦係数が小さいため滑りやすく、踏ん張り切れずに動きが大きくなってしまうことがある。それはつまり、せっかくストックで地面を蹴って生み出したエネルギーが、推進力にうまくつながっていないことを意味している。
「……ん?」
そんな感じで自己分析をしていたところ、あることに気づく。
白い雪の上に入っている、電車のレールのような二本のライン。
「これ……スキー板の跡……だよな」
もちろん、この場にスキー板の跡があるのは不思議ではない。しかし疑問なのは、それが向かっている方向だ。
宿泊施設側から見て、手前で練習しているのが『演習コース』。奥側を俺たち『基礎コース』組が使っている。そして『基礎コース』の生徒たちは奥側に向かって滑っている。自分の順番が来たら、10メートルほどのコースを滑り、そこから元のスタート地点まで戻って並びなおす、というのが一連の流れだ。そのため俺が今いる場所にできるスキー板の跡は、すべてスタート地点の方向にUターンしていないとおかしい。
しかしこのスキー板は、さらに奥のほうへ向かっている。
講師のものである可能性も考えたが、この跡は新しい方だ。先ほどから講師はコースを行き来しているだけだから、コースから外れているこの跡が講師のものである可能性はない。
「……まさか」
スタート地点の様子を確認して嫌な予感がした俺は、スキー板の跡をたどり、奥のほうへ向かって滑り降りる。
「……森の方向に続いてるな」
スキー場の両端は森で囲まれているのだが、スキー板の跡はその右側の森へと入っていっていた。
滑り降りた先で見つけたのは、想像していた通りの光景。
「……やっぱり」
「は、速野くん……?」
心底驚いたような声で俺の名前を呼んだのは、ストックを手放し、右足首を抑えて倒れている松下である。
「え、なんでここに……?」
「変なスキー板の跡を見つけたんでな。それでスタート位置確認したらお前が見当たらなかったから、跡をたどってきた」
まだ俺がこの場に来たことへの驚きが収まっていない様子だ。まあこんな状況になって、ただでさえ気が動転してるはず。頭の処理が追い付かないのも仕方のないことだ。
「足、ケガしたのか」
「う、うん、多分くじいたかも……」
右足首をさすりつつ答える松下。見た感じ木に激突してるから、その衝撃の影響だろう。
「ほかにケガした場所は?」
「今は右足以外はいたくないよ」
滑り降りて分かったが、ここは結構スピードが出る。その勢いそのままで木にぶつかってケガがこれだけなのは、かなり幸運だ。
「とりあえずスキー板は外したほうがいい」
「そ、そうだね……」
カチャカチャと音を立てながら松下の足からスキー板を外し、横に置いておく。
「歩けそうか?」
「多分無理……」
「だろうな。わかった」
となると……
「講師に言って保険医呼んできてもらうから、ここで待っててくれ」
「あ、うん……」
俺もスキー板を外し、ブーツで雪の坂を上って『基礎コース』の1年を指導している講師に松下のことを話す。
講師は驚きの表情を見せながらも、努めて冷静に俺に言う。
「わかった。すぐに保険医の先生に連絡を取るよ」
「ありがとうございます」
「君は練習に戻ってもいいけど……スキーボードはどこに?」
「ああ……現場に置いてきました」
「なら取りに行くついでに、先生が現場に到着するまで彼女のことを見てやってくれないか。2分くらいで着くはずだよ」
「わかりました」
まあ、ついでだしいいか。
話し終えると、講師はすぐにどこかに走っていった。保険医を呼ぶための連絡だろう。保険医は万一に備えて、そんなに遠くにはいないはずだ。
「保険医は2分ぐらいで着くらしい」
松下のもとに戻って開口一番そう言った。
「あ、ありがとう」
申し訳なさそうに、ボソッとそうつぶやく松下。
「なんでこうなった?お前は滑るコツつかめてたはずだろ」
『基礎コース』の中でも上手い方だった。少なくとも技術的には、このような惨状をまねくレベルではない。
「その、滑ってる途中で足攣っちゃって、それでコントロールできなくなって……」
「……なるほど」
それなら仕方ない……かもしれないな。
「奥の方ってどうなってるのかなー?」みたいな興味本位で行ったなら松下が悪いが、足が攣るのは事故だ。なのでもし今回の件に失態があるとすれば、それは松下ではなく、講師または教師だろう。
これだけの人数を一人で教えているために、ほかのことに気が回りづらいとはいえ、講師は生徒が誤って滑り降りてしまってケガしたのを、俺に言われないと気づけなかった。俺が気付かなければ恐らく点呼まで気づかれなかっただろう。これは講師側の落ち度。そしてこれだけの人数を一人で見る必要のある状況にしたのは、近くに監督員か何かを配置しなかった首脳部、つまり教師側の責任だ。
「……あれ?」
「ん、どうした。……お、来たみたいだな」
松下の疑問の声は、保健担当の星之宮先生と他数名の教師の到着によってかき消された。
「悪いわね速野くん、見てもらってて」
手を振りつつ、俺に声をかけてくる星之宮先生。
「いや……まあ乗り掛かった舟なんで」
実を言うとこの人のことはあんまり得意ではない。
夏休みの無人島特別試験においてこの人を利用させてもらったが、それ以来、この人から向けられて気分の良くない視線を感じることがある。まあそれ以前も苦手だったけど。「綾小路や茶柱先生への絡み方がウザい」ところとか、「櫛田っぽい」ところとか。
「ふーん、そっか。で、『基礎コース』の君がどうやってここに無傷でたどり着いたの?」
「……」
「あそこからここまでのコースって結構急な坂だよ?大丈夫だったの?」
……そう、俺が言ってるのはこの視線だ。
一見優しく包み込むようなのに、いつの間にか関節を極められているような、そんな感覚。
「星之宮先生、そろそろ……」
「あ、はーい。じゃあね速野くん☆」
答えに窮する俺だったが、付き添いの先生の言葉によって、星之宮先生の詰問から逃れることに成功したのである。
「君も気を付けて戻りなさい」
「……はい」
言われた俺はスキー板を手に持って、急な坂道を雪を踏みつつ戻っていく。
多分松下の疑問も、さっきの星之宮先生の質問と同じだったんだろうな。
そのあたりは敢えて考えないようにしつつ、今まで通り練習を続けた。
この作品の主人公は堀北と南雲の抗争にあまり関心を寄せていないので、原作でメインだった南雲の戦略はこのあたりでバラしてもいっかなーと思いました。
そして出ましたね、新たな伏線。
というわけで、次話にもご期待ください。