実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
「あ、ともやんやっと来た」
「遅くなったな」
波瑠加の声に答えつつ、啓誠と清隆の間の椅子に腰かけた。
清隆はミルクコーヒーに口をつけており、啓誠は何やらノートにスラスラと書いていた。
恐らく、綾小路グループの期末テスト勉強会の計画だろう。
「あ、そうだ。ともやんはどう思う?さっきのアレ」
「……さっきのアレ?」
突然、波瑠加がそう聞いてきた。
俺にとっての「さっきのアレ」は星之宮先生のウザ絡みなんだが……こいつらはその場にいなかったから、そのことを指しているはずはない。
「なんの話だ」
「あれ、もしかして、見てなかったの?」
「……心当たりが全くないから、多分見てないんだと思うが」
「放課後になってすぐのアレだよ?」
「ああ、それなら間違いなく見てないな。俺ホームルーム終わってすぐトイレ行ったんだよ」
本当は茶柱先生といたけど。ここは適当にそう言っておいた。
「いやー実はね?放課後に坂柳さんが『山内くんと話がしたい』ってCクラスを訪ねてきたの」
「坂柳が山内に?」
まったくもって意味の分からない組み合わせだ。
あの二人、接点あったっけ?
……そういえば合宿所で、坂柳が山内とぶつかってコケた、ってのがあったな。
あの時の二人の様子を見る限り、多分あれが初顔合わせだろう。
「ほんとよ?私びっくりして写真撮っちゃったし」
「……あんまりそんなことしない方がいいぞ」
よくわからんけど、肖像権とかやばそうだし。
まあそう言いながら、俺もばっちり見るんですけどね。
「……本当だな」
波瑠加が俺に見せてきた端末の画面には、山内と、その右隣りに左手で杖を持っている坂柳が確かに写っていた。
「しかもね、その坂柳さんの様子が……その、なんていうか……山内くんのことが好き、みたいな感じで……」
少し顔を赤らめつつ、わけの分からないことを言い出す愛理。
「……はあ?」
坂柳が?山内を?
「……あり得ないだろ」
「だよねー、やっぱりともやんもそう思うでしょ。絶対演技だよアレ」
その時の状況を見ていないから演技云々はよくわからないが、少なくとも俺には坂柳が山内を好く、なんていう状況を思い浮かべることはできない。
さっきも言ったが、あの二人の唯一の接点は、合宿所で山内が坂柳をこけさせたことだ。あの場での山内の態度は割とクソだったし、あれで坂柳が山内に好印象を持つはずがない。
だとすれば、坂柳は何か別の目的があって山内に近づいたことになる。
普通に考えれば、その目的とはCクラスの情報を手に入れることだろう。
しかし、それにしては堂々とし過ぎている。
当然クラスは、山内がクラスのことを坂柳に漏らすんじゃないか、と警戒する。
そうなると、山内には重要な情報を言わないように……なんて対応も取られかねない。そうなればスパイは失敗だ。
……いや、そうやって山内をハブらせることで、クラスの足並みを乱すのが狙いか?
ただ問題は、山内は元からクラスの足並みを乱してきた方ってことなんだよな……
……あれ、ということはこれ、放置しても無問題?
さすがにそんなことはないか。クラスの動きが鈍るのはよろしくない。
まあ、本当に坂柳がCクラスをターゲットにしていれば、の話だが。
「あれ」
ここで、波瑠加が何かに気づいたように声を上げた。
その視線の先には、いま何かと話題の人物、一之瀬の姿があった。
男女合わせて8人とモール内を歩いている。
その8人は恐らく、誹謗中傷を受ける一之瀬を守る役目なのだろう。
取り巻きの生徒は全員、どこか表情が硬い。
対して一之瀬本人はどうかというと、いつも通り明るく振舞っている。
友達を見かければ立ち止まって声をかけ、少しの間おしゃべりをして別れる。
一之瀬の普段の姿を俺は知らないが、恐らくこんな感じなんだろう。
頑張って「普段通り」を演じているはずだ。
まったく、涙ぐましい努力である。
「いま、結構問題になってるよね」
「変な噂のこと、だよね……誰が言ってるのかわからないけど、ひどいよね……」
「そう?まあ確かに今回は度が過ぎた内容だとは思うけど、誰かの悪評がばらまかれるのって、特段珍しいことでもないのよ。特に人気のある女子はね」
「そうなの?」
「そうそう。例えば藤野さんとかもね。調子乗ってるとか、気取ってるとか」
俺の方に顔を向けつつそう言う波瑠加。
それは悪評というより、単なる悪口だな。
「そうなのか」
「だから愛理も、もうちょっと積極的な性格してたら、今頃そういう妬みとかすごかったと思うよ?」
なるほど。
まあ、恨んでいる奴の命を奪おうとする人間も中にはいるわけだし、悪口を言うことでとどまっているうちはまだいい方だろ。
「気にしないのが一番だって、多分本人もわかってると思うけど……っと、みやっちから電話だ」
鳴り出した携帯を操作し、この場にいるみんなに聞こえるようにスピーカーで電話に出た。
「もしもし?部活終わった?」
「終わるには終わったが、そっち行くのは遅れそうだ」
「え?なんで?」
「いや……ちょっと厄介なことになりそうなんだ」
「何よ厄介なことって。もうちょっとわかりやすく言ってよ」
「AクラスとBクラスが揉めてんだよ。喧嘩になったら止める必要あるだろ」
明人本人が何か厄介ごとに巻き込まれているというわけではないらしい。
にしてもそうか。AクラスとBクラスか。
「ほっとけばよくない?私たちに関係ないじゃん」
「明日は我が身、だろ。じゃあな」
そういって明人は通話を切った。
しかし、よくもまあこんな揉め事に関わろうとするもんだ。俺なら間違いなくスルーしてる。
そういうのを無視できない性格なんだろうか。
「ねえ愛理、きよぽん、あとともやんも。みやっちのこと探しに行かない?」
「え、で、でも、危なくないかな?」
「まーね。うちらも巻き込まれることになるかも」
「ええっ!?」
からかうような波瑠加の言葉に、愛理はおびえたような表情を見せた。
「冗談よ冗談。いざとなればみやっちが何とかしてくれるんじゃない?昔はワルだったらしいし」
「そ、そうなの?」
「ポロっと聞いただけだけどねー」
仮に巻き込まれたとしても、暴力沙汰は起こらないだろう。AクラスとBクラスだし。
「俺はパス」
「えー?」
「明人探すのに4人もいらないだろ。そんなことより、啓誠とお前らのテスト対策について話してた方がよっぽど有意義だと思ってな」
「さっきまで何もしてなかったくせにー」
「今からやるんだよ」
「まあ、それ言われちゃ、勉強でお世話になった私としては何も言えないけど」
「そういうことだ」
じゃ、行ってきまーす、と言い残して、波瑠加、愛理、清隆の3人は明人探しの旅へと出かけて行った。
3人の姿が見えなくなってから、俺は啓誠に声をかける。
「さて、あいつらにああいった手前、ほんとに話し合うとするか。今やってるのは日本史か?」
「やるんなら最初からこっちに混ざってほしかったんだけどな。ていうか、本当になんでいかなかったんだ?」
「いや、マジでさっき言った通りだよ」
俺がさっき言ったことに嘘はない。
言ってないことがあるだけだ。
揉めているのがAクラスとBクラス、というのを聞いた瞬間に、おおよそどんなやり取りがなされているのか想像がついた。
俺は一之瀬に関する噂の出所がAクラスであることを知っている。
恐らくBクラスはそれを突き止め、問い詰めてるってところだろう。
しかし、Aクラス側はとぼけようと思えばいくらでもとぼけられる。
例えばBクラス側が「誰からその噂を聞いたのかを徹底的に調べ上げたら、Aクラスの生徒にたどり着いた」と主張しても、Aクラス側は「自分も誰かから聞いたその噂を別の誰かに話しただけ」と言えばいい。それだけでBクラスはそれ以上なにも追及することはできなくなる。決定的な証拠は存在しないのだから。
この揉め事も、Bクラスが顔を赤くしてAクラスに迫り、Aクラスはそれをへらへらとやり過ごす、といった形で最終的に片付くだろう。
「とりあえず、まずは初期議会のあたりをまとめるか。その時の首相と政党、それに主要な政策から」
「そうだな。俺は日清戦争を基準にして覚えてるんだが……」
そこからは、俺と啓誠による楽しい日本史談義が始まった。
~~~~~~~~~~
金曜日。夜の7時を回ったころ。
俺はある人物の部屋の前に来ていた。
「あ、速野くん。もう来てたんだ」
そこに、エレベーターホールの方から歩いてきたのは藤野だ。
「ああ。悪いな、ここまでやってもらって」
「ううん、全然大丈夫」
言いながら、藤野はその部屋のインターホンを鳴らした。
数秒後、部屋の主が姿を現す。
「いらっしゃい二人とも。とりあえず上がって?」
その人物とは、他でもない、いま1年生間で最も話題になっている、一之瀬帆波その人だ。
「ありがとう一之瀬さん。お邪魔するね」
「悪いな。こんな時間に」
「大丈夫だよ」
……やっぱり、ちょっと疲れた顔してるな。
頑張って隠そうとしてるのは分かるが、隠しきれていない。
精神的ダメージは確実に蓄積していっている。
「適当に座って。お水かお茶しかないけど……」
「ああ、そんなことしなくても大丈夫だ。長居するつもりはない」
女子の部屋に来ているのだ。藤野はともかく、俺はできるだけ早く帰る必要がある。
「来て早々だが、本題に入りたい」
「あ、やっぱり話があるのは藤野さんじゃなくて、速野くんだったんだね」
「ああ。でも藤野が無関係ってわけじゃない」
一之瀬は、今から俺が何の話をしてくると考えているだろうか。
もし自身の噂についての話だと予想しているなら、それは大外れだ。
「12月、俺が変な部活を立ち上げたのは知ってるよな」
「え?あ、うん。『学習部』だっけ。部活の立ち上げには初期部員が3人必要なのに、この部には1人しかいないって言って、生徒会でかなり話題になってたんだよね」
そうだろうなあ。
ただ、今は部活の成り立ちの話はどうでもいいんだ。
「ああ。まあその話は置いとくとして、だ。実は今度、この学習部で対外試合をやろうと思ってる」
「対外試合?」
「ああ。学習部は、主に勉強を頑張る部活として学校側に登録してる。だから他の高校にある勉強系の部活や同好会、例えば生物部、物理部、クイズ研究会、謎解き研究会とかだな。そこらへんとタイアップして、クイズ大会的なものをやろうっていう話だ」
「へえ、そんな企画があるんだ……」
興味を示している様子だ。
悪くない反応だろう。
「その対外試合に、学習部の助っ人として出てもらいたいんだ」
驚いた表情を見せる一之瀬。
「え、私が?」
「そうだ」
茶柱先生に話した、対外試合に必要な2人の助っ人。
確定している一人は藤野。
交渉が必要なもう一人は、一之瀬だ。
「生徒会は他の部活との兼部を禁止してるが、助っ人なら問題ないはずだ。南雲会長も、生徒会に入っていながらサッカー部の練習に助っ人として混ざっていた」
「うん、そこは問題ないと思うんだけど……なんで私なの?」
やっぱり、そこは気になるか。
ちゃんとその理由も用意している。
「一番適任だと思うからだ。実を言うと、この対外試合の開催時期がテスト期間とバッティングする可能性があるんだが、テストにできるだけ影響が出ないように、かなり成績の高い生徒を選ぶ必要がある。それに加えて、俺とも藤野とも円滑なコミュニケーションが取れる人物。この2つの条件を満たせるのは、一之瀬しかいないんだ」
ここまで説明したところで、まずいな、と感じる。
このままだと、一之瀬のテストの点数を下げるための工作だと思われる可能性がある。
「もちろん、お前のテストの点数を下げることが目的じゃない。一応の配慮として、対外試合で使用する問題は、俺たちのテスト範囲の内容を多く含んだものにしてもらってる。もちろん相手もあることだから、全てってわけにはいかないけどな。テスト範囲じゃない部分の問題は全部俺が何とかするから、2人は特別なことは何もせず、テスト範囲の勉強だけしてくれればいい。とはいえ、対外試合当日の勉強時間がつぶれることにはなるが、その日をアウトプットの時間と考えれば、悪い話ではないと思う。なんなら、テストに向けて俺が全力で勉強のサポートをしてもいい。まあ、それは一之瀬には必要ないとは思うけど」
ここまでで、俺が潰すことのできる「断られる要因」は全て潰した。
あとは一之瀬本人の心情次第だが……
「私からもお願い、一之瀬さん」
それまで言葉を発していなかった藤野も、最後の一押しとばかりに懇願する。
そして、顔を上げる一之瀬。
決断したようだ。
「いいよ。わかった。私でよければ助っ人になるよ」
「本当か?」
「うん」
なんとか受けてくれた。
これでなんとか対外試合を組むことができる。
「よかった。マジで助かる。ありがとう」
「そんな。全然大丈夫だよ。でも本当に私なんかでいいの?」
「さっきも言ったろ。お前以外に適任がいない。ちなみに言うと、もし断られてたらこの対外試合は中止にするつもりだった」
「ええ!?大げさじゃない?」
「いや、まったく誇張してない。茶柱先生にもそう伝えてる」
こればっかりは本当に一之瀬じゃないとだめなのだ。
「本当にありがとね、一之瀬さん」
「ううん。対外試合、頑張ろうね」
「うん」
これでなんとか行けそうだ。
一之瀬の参加が確定した。
対外試合の当日、一之瀬がどれだけ精神的に参っていたとしても。
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あの後、一之瀬の部屋を出た俺と藤野は、寮の外に出て一服することにした。
俺は自販機でホットコーヒーとホットココアを購入。
そして、ホットココアの方を藤野に差し出した。
「ほれ」
「え?そんな、悪いよ」
「あの場をセッティングしてくれたお礼だ。てか、もう買っちまったのは戻せないし」
俺は藤野に頼んで、一之瀬に今日のことを連絡してもらった。
理由は単純。俺がやるよりも、藤野がやった方が一之瀬としても印象がいいだろうと思ったからだ。
「……じゃあ、ありがたく受け取るね」
「そうしてくれ」
ホットココアの容器はキャップがついているタイプの缶だ。
藤野はそのキャップを開け、ゴクゴクと飲み始めた。
「いつになるかな?対外試合の日程。できるだけ早く決めたいけど……」
「まあ、決定は遅くなるだろうな」
一之瀬や藤野は、俺と違って人気者。週末には当然予定が入る。しかも成績のいい二人のことだ。「一緒に勉強しよう」という誘いは何件もくるだろう。
早く日程を決めないと、この二人は誘われるたびに「空いてるかどうかわからない」というあいまいな返事をしなければならなくなってしまう。
それは非常に申し訳ない。
ただ、これに関しては俺にはどうすることもできない。
「そういえば速野くん大丈夫なの?こんな時間にコーヒーなんて。寝られなくならない?」
「大丈夫だろ。多分。まだ8時前だぞ。それに寝れないなら寝れないで、眠くなるまで勉強でもすればいい」
テスト勉強もそうだし、対外試合に向けての勉強もする必要がある。
勉強はいくらしてもし過ぎることはない。
「速野くんもしかして、寝られないときはいつもそうやって過ごしてるの?」
「まあ、基本的に寝られないってことはあんまないぞ。ただテストが近づくと、クラスのテスト対策を考える必要があるから、違う意味で寝られなくなるけどな」
「それだと授業中に眠くなるんじゃない?疲れもたまるし」
ああ、以前それでこいつにお世話になったことがあったっけ。
「授業中は大丈夫だ。寝落ちする前に起こしてくれる奴がいる」
「あ、そうなんだ」
ちなみにその起こしてくれるやつの名前は、堀北鈴音。
眠りそうになった人の腕にコンパスの針を突き刺し、強制的に目を覚まさせてくる習性がある。
幸いなことに、俺はまだ刺されたことはないが、俺が寝落ちしそうになった瞬間にコンパスを取り出す堀北を何度も見ている。
忘れもしない5月ごろ。腕を刺された清隆の「たうあ!?」という叫び声。思い出したらちょっと鳥肌立ってきた。
「そういえば、平田くんと軽井沢さん、別れたんだってね」
ぶるっと体を震わせる俺には気づかない様子で、藤野は話題を転換した。
「……なんだ、その話他クラスまで伝わってるのか」
「割と有名なカップルだったからねー。それこそ、Cクラスではかなり話題になったんじゃない?」
「週明けはな。2日前にはもう収まった。今では、その話を出す奴はもう時代遅れ扱いだよ」
山内が何度が話題に出しては、そのたびにクラス中から「その話古すぎ」という視線を向けられている。
ああ、山内といえば。
「そういえば最近、坂柳がよく山内と一緒にいるらしいんだが」
「あー、それね。最近ちょっとAクラスでも話題になってるよ」
頷く藤野。
しかし、すぐに少し困ったような表情になる。
「何がしたいかいまいちよくわからないんだよね……派閥の人にも何も言ってないらしいし」
当然ながら藤野も、坂柳が本気で山内を好いている可能性は全く考えていなかった。
そりゃそうだよな。
にしても、派閥のやつらにも何も言ってないのか。
派閥で統一された行動じゃなく、坂柳の単独行動ってことか?
「Cクラスのみんなは多分、山内くんがクラスの情報を坂柳さんに話しちゃう、っていうのを警戒してると思うんだけど……単純に山内くんを心の中で馬鹿にしたいだけ、っていう可能性もあるんじゃないかな」
思案顔でそう言う藤野。
俺も考えていた「山内だけをターゲットにしている可能性」の話か。
「まあ、確かにその可能性も否定はできないが」
「あ、単にパターンのじゃなくて、一応私なりに根拠もあるんだよね」
「……根拠?」
いまわかっている情報の中で、根拠になりうるものなんてなかったと思うんだが。
ともあれ、藤野の話に耳を傾けることにする。
「その……坂柳さんが山内くんと歩いてる時の、杖を持つ手が、ね」
「それがどうしたんだ?」
「ふつう、好印象を抱いてる人と一緒にいるときって、出来るだけその人との距離を遠ざけたくない、って思うでしょ?だからその人がいる場所とは逆の手で荷物を持つのが自然だよね」
つまりその人が右にいるなら左手で、左にいるなら右手で荷物を持つのがふつうってことか。
「でも坂柳さんは、山内くんがいる方向の手で杖をついてたんだよね。私が見たときは、2人の側から見て右に山内くん、左に坂柳さんがいたけど、坂柳さんは右手で杖をついてた。これって変だと思わない?」
「……そういえば」
俺が波瑠加に見せてもらった写真でも、確かにそうだった。
しかもあの写真では、藤野の話とは二人の立ち位置が逆だ。
にもかかわらず、坂柳は自分と山内の間に杖を配置した。つまり山内の立ち位置によって、わざわざ杖を持ち替えてるってことだ。
これはもう、坂柳は確信的にやっているとみて間違いないだろう。
坂柳は、これがハニートラップであることに気づいておらず、本当に自分が好かれていると思い込んでいる山内を見て、心の中で嘲笑っている。
「単なる偶然、って可能性もあるけど……」
「いや、多分それ偶然じゃないな」
「心当たりがあるの?」
「ああ。つまり坂柳は、山内を使ってCクラスをどうこうする、なんてことは考えてないってことか」
「私はそう感じたかな。もちろん、あくまでも可能性の一つってだけだから、Cクラスとしては警戒しておいて損はないと思うけどね」
「それはまあ、そうだな」
しかしそうなると、この坂柳の件に関して、どうでもよさがさらに増した。
単に坂柳が山内で遊んでるだけなら個人間の問題だし、俺が何か頭を回す必要のある事案じゃない。
俺には山内に警告してやる義理もない。
それにここ数日の様子を見るに、そもそも山内はそんな警告なんて聞く耳を持たないだろう。
「まあ山内のことは、俺はとりあえず静観だな。いま気にしておくべきは一之瀬の方だ」
「そう、だね。大丈夫かな、一之瀬さん……いつも通りに、って頑張ってるみたいだったけど、ちょっと疲れてる感じだったし」
俺と同じことを、藤野も感じていたらしい。
「明日か明後日、一之瀬さんの部屋に遊びに行こうかな」
「へえ、もうそんな間柄か」
「週末に二人きりで会うのは初めてだよ。でも多分、快諾してくれるんじゃないかな」
つまり、それほどまでに二人の友人関係は進展しているということ。
俺としては非常に助かる。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「ん、ああ、そうだな」
自販機の横にあるゴミ箱に空き缶を捨てて、俺と藤野は寮に戻った。
カフェインのせいで意識が覚醒し、結局寝られたのは夜の3時。
二度と夜にコーヒーは飲みません。
11.5巻の松下の動きを見て、口調や会話の内容など、多少の修正が入るかもしれません。ご了承ください。
UA20万ありがとうございます。他の方と比べると遅いペースですが、これからも完結までコツコツとやっていきたいと思います。
感想をくださると、非常に作者の励みになります。是非よろしくお願いいたします。