実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
仮テストの難易度は、いままでのものと比べると高く設定されていた印象だ。
だが、テスト勉強をしっかりとやってきている生徒ならば、どれも対処可能なレベル。しかし、それまで勉強を怠けていた生徒には厳しいであろう問題が並んでいた。
個々人の努力不足を浮き彫りにするのには、適した難易度だったといえる。
俺はもちろんしっかりやっていた側の人間なので、堀北や啓誠あたりと同じく満点、あるいはそれに近い点数を取れているだろう。
正直言うと、最近の学校の試験には物足りない感がある。
学習部立ち上げ以降、俺は高1、高2レベルにはとどまらず、高3、および浪人生が受けるもの、その中でもさらに高難度の全国模試に挑戦する機会が急増した。
そして、その高難度模試に出題される問題の中でも、「捨て問」と呼ばれるものにも、毎回挑戦している。
受験で勝ち抜くためには解く必要のない、解くべきでない難易度の問題。
しかし、高額ポイントを獲得するためにはもぎ取る必要のある問題だ。
俺はそんな「捨て問」であっても、部分点で8割以上を獲得する訓練をしている。
そんなことばっかりやっていると、校内の高校1年生に向けて作られた問題の難易度が、とても低いと感じてしまうようになる。
これは感覚の麻痺だ。まあでも、それは決して悪いことじゃない。
それで点数が高くなることはあっても、低くなることはないわけだしな。
仮テスト翌日の水曜日。
俺と藤野は、一之瀬の体調不良は治ったと判断し、部屋を訪れることにした。
時刻は夜9時。異性のフロアに行き来できる時間を、すでに1時間過ぎている。
一之瀬の部屋のチャイムを鳴らす藤野。
10秒ほど待っても反応がなく、もう一度チャイムを鳴らすと同時に、今度は声も発した。
「一之瀬さん?藤野だよ。もし大丈夫だったら、出てくれないかな?」
「藤野、さん……?」
部屋の中から、力のない声が返ってくる。
「うん、私。速野くんもいるよ。お願い」
そこから数秒の時間をおいて、部屋のドアが開いた。
出てきた一之瀬はマスクをしている。顔色もあまりよくない。
「ごめんね、こんな時間に」
「あ、ううん、全然いいの。取り敢えず、二人とも上がる?」
「悪い、邪魔するぞ」
「ほんとにごめんね……」
部屋からは機械音が聞こえた。
そして、なんとなく湿度も高い。
「加湿器か」
「あ、うん。ごめんね」
「いや、謝ることじゃないだろ」
恐らく、風邪のウイルスが死滅しやすくするための策だろう。俺たちのような訪問客に風邪を移さないことにもつながる。
「体調は大丈夫?」
「うん、もう昨日のうちに熱は下がったよ。今は大事を取ってるだけだから」
「そっか。……あんまり無理しないでね」
「ありがと、藤野さん……」
熱は下がったが、まだ万全ではないらしい。ちょっと読みは外れたか。
俺は持っていたカバンから紙の束を取り出し、一之瀬に渡す。
「これは……?」
「昨日の仮テスト、コピーだが一応渡そうと思ってな。体調が完全に治ったときにでも解くといい」
「ありがとう。そうするね」
俺から受け取ったコピーを机に置いて、再び戻ってきた一之瀬。
「……俺ら以外の誰かと会ったか?」
「うん、病院には行ったよ。薬も貰ったし」
そういって、処方された薬の袋を見せてくる一之瀬。
俺が言いたいのはそういうことじゃなくてですね……
「学校のメンバーとはどうだ」
「あ……実は月曜日の夜、綾小路くんが来たんだよね」
「……そうなのか。てっきり誰とも会ってないかと」
「ここに来たのが夜10時くらいで、他の女子に見られたらまずそうだったからさ」
なるほど、わざと遅い時間に行って「人に見られるとまずいから」って部屋に入れてもらったわけか。随分強引に上がり込んだな、清隆。
……まあ、門限を過ぎて押しかけてる俺も、一之瀬からすれば似たようなものかもしれないが……
「悪いな、勉強会があって、どうしてもこの時間しかなかった」
「や、別に責めてるわけじゃないよ……今日来たのは多分、速野くんの対外試合のことだよね?」
「……やっぱ分かるよな」
一之瀬本人からこの話を出したのは、ある種の優しさだろう。
「まあそれもあるが、このままだと一之瀬、テストすら休む可能性もあると思ってな」
「……え?」
「この3日間、体調は悪かっただろうけど、人目に晒されなくて精神的には少し楽だった……違うか?」
噂のことを全く気にせず……とまではいかないだろうが、少なくとも不特定多数から好奇の目線をぶつけられることはなくなる。
少しギクッとした表情になったのがその証拠だ。
誤魔化しきれないと思ったのか、一之瀬は観念したように口を開く。
「にゃはは……お見通しだね」
「まあ、その手のことに関してはエリートだからな」
今でこそこれだけ多くの人と関りを持っている俺だが、それ以前はエリートぼっちの名をほしいままにしていた。
一人で過ごすことの辛さ、退屈さ、そして楽さは心得ている。
「このまま体調治っても、とりあえず金曜日までは休むといい。キリもいいしな」
「……仮病、ってこと?」
「病院にも行ってるから体調不良ってのは間違いないわけだし、風邪が長引いた、っていえば誰も咎めない。ただ、来週の月曜日からは登校することを勧める。クラスメイトも、お前が休んだままじゃ気が気じゃないだろうしな」
Bクラスの生徒のテストでのパフォーマンスが低下する可能性がある、と言外に伝える。
しかし、一之瀬は迷ったような表情をしている。
「今は心と体を休めろ。ただ一之瀬、頼む。対外試合には参加してくれ。これは俺のためでもあるし、お前のためでもある」
「……私のため?」
「ああ」
「気分転換になる、ってことかな?」
「……まあ、そうだな。『気分転換』だ」
一之瀬帆波という人間が、殻を破って、前に進んでいくために。
この対外試合というイベントは必要な工程だ。
少なくとも、俺と藤野はそう思っている。
「……速野くんがそこまで言うなら、分かった。参加するって約束するね」
「……悪いな」
「元々約束してたことだからさ。私こそごめんね、心配かけちゃって」
本気で申し訳なさそうに言う一之瀬。
……まあ、これで大丈夫か。
正直、一之瀬が体調崩して休むのは予定外だった。
正確には、一之瀬が休むこと自体は想定していたものの、その想定していた「休み」は体調不良によるものではなかった。
俺の予想していた展開は、精神的にやられた一之瀬に、俺と藤野が「休め」と進言して休ませる、というものだった。
だが、これでそのズレを調整できた。
オッケーだ。
「じゃあ、俺はそろそろ帰らないと。悪いな一之瀬、こんな時間に邪魔して」
「ううん、ほんとに大丈夫だから」
「藤野は帰らないのか?」
「うん。ちょっとね」
「……そうか」
玄関にいって靴を履き、ドアを開ける瞬間、二人の会話が耳に入ってくる。
「一之瀬さん、私夕飯作るよ。多分食べてないでしょ?」
「……にゃは、分かっちゃった?でもほんとにいいの?」
藤野がここを離れるのは、もっと遅い時間になりそうだ。
にしても、ほんと仲良くなったな、あの二人。
楽しそうに話す二人に目をやりつつ、俺は一之瀬の部屋を後にした。
~~~~~~~~~~
対外試合を3日後に控えた木曜日。
ホームルームが始まる10分ほど前に登校すると、Cクラスの教室内は話し声であふれていた。
テストに関して話し合ってるのか、と思いきや、どうもそうではないらしい。
「なんだこの騒ぎ」
近くにいる堀北に聞く。
「当然よ。Cクラスを混乱に陥れるための、新たな噂が流されたのだから」
「……なんだそれ」
「あなたも無関係ではないわ。それに彼もね」
「彼?」
そういって、堀北は隣に座る清隆に目を向ける。
こいつも巻き込まれたのか?
「で、どんな噂だ」
聞くと、堀北は自身の端末のメモ帳を見せてくる。
そこには、計5つのことが書かれていた。
・綾小路清隆は軽井沢恵に好意を寄せている。
・本堂遼太郎は肥満の女子にしか興味がない。
・速野知幸は櫛田桔梗を脅して交際を迫っている。
・篠原さつきは中学時代に売春をしていた。
・佐藤麻耶は小野寺かや乃を嫌っている。
「……おいおい」
思いっきりやり玉に挙げられてんじゃん、俺。
「クラスの掲示板に書き込まれていたことよ」
「へえ」
「一応聞いておくわね。これ、事実かしら」
「んなわけあるか」
ただ櫛田脅したのは本当だし、一応半分当たってるんだよなあ、これ。
「誰がやったのか分かるか?」
「普通に考えて、一之瀬さんの件と同一犯でしょうね」
「だよなあ」
このタイミングなら誰だってそう思う。
「篠原、お前売春してたのマジー?」
無神経にも、教室内全体に響き渡る大声でそう言ったのは山内だ。
「なっ、そ、そんなわけないでしょ!」
「じゃあその証拠見せてくれよ」
「しょ、証拠って……そんなのどう見せればいいのよ!」
悪魔の証明だな。まあ山内は面白がってるだけだと思うけど。
「あなたたち二人が事実でないというなら、ここに書かれていることは全て嘘、デタラメということ?」
「どうかな……山内みたいに、一人ひとり確かめるしかないんじゃないか?」
清隆が言う。
究極的にはそうだな。
聞かれた当人が正直に答えるかは別だが。
にしても、清隆と軽井沢という組み合わせ、これを思いつける人間はそう多くはいないんじゃないか?
まあそれを言うなら、俺と櫛田の組み合わせもそうなんだが。
「おい、やめろよ春樹!」
あまりの無神経さに耐えかね、池が山内の肩を掴み、やめさせようとする。
「な、なんだよ、いつも偉そうにしてる篠原に仕返しするチャンスじゃん」
「し、仕返しって……こんなの本当なわけないだろ!?」
「いや、分かんねーぜ。ああいうちょいブス女が、案外悪いことしたりしてんだって」
「おい!」
「ああそっか、池、お前篠原のこと好きだったもんな。だから認めたくな……」
「春樹!」
山内につかみかかる池。
「やめろお前ら」
その状況を見かねたのか、須藤が力ずくで二人を引きはがした。
「これでは悪循環ね」
「まったくだ」
ここで俺は自分の席を離れ、騒ぎが起こっている方へと足を向ける。
「どこへ行くの?」
堀北の声で、俺は足を止めた。
「篠原と本堂のところだよ」
「あなた、彼らとの関わりなんてなかったでしょう?」
「今まさに、関わりができただろ」
ともに根も葉もない噂を流された被害者同士、という関わり。十分に話しかける理由になる。
「……何をするの?」
どうやら、何か厄介ごとを起こすんじゃないかと疑われているらしい。
「別に、特別なことは何もしない」
それだけ言い残して、二人のいる場所へと向かう。
この二人に絞った意図は特にない。単に二人の席が近いからというだけだ。
「本堂、篠原、話がある」
「は、速野?」
先ほど山内は篠原をターゲットにしていたが、その矛先は本堂にも向いたらしく、動揺が収まっていないようすだ。
「……なに?」
「これ……酷いと思わないか?」
「お、思うわよ!」
「当然だろ!」
そりゃそうだ。
「……なら、学校側に報告しよう。名前出てる人全員に声をかけて」
「学校側に……?」
「ああ。要はチクるんだ。俺も、これはちょっと度が過ぎてると感じている。ホームルーム終わったら、茶柱先生に報告する」
「そ、そうね。それが一番いいかも……」
「で、でもよ、変に否定したら、事実だと思われるんじゃ……?」
「……それは黙ってても同じことだと思うぞ。事実だから何も言えずに黙ってるんじゃないか、と思われる。なら、せめて学校側に報告して、犯人が罰を受けることに期待したほうがいいだろ?」
本当じゃないかと思われるリスクは、どのようなレスポンスをしても避けられない。いわば埋没原価のようなものだ。
「……た、確かに、そうだな!」
「じゃあ二人とも協力してくれるってことでいいか?」
「当り前よ!」
「も、もちろんだ!」
「じゃあ、俺は清隆に声をかける。二人はそれ以外を頼む」
力強く頷く二人。それを確認して、俺は席に戻った。
「何を話していたの?」
「学校側に泣きつくことにした」
「……いいの?下手に騒いでも、いいことはないと思うけれど」
「どっちにしろ避けられないリスクだって言って納得させた。言った通り、特別なことじゃないだろ?被害者として、ごく普通の対抗策だ」
「……まあ、そうだけれど」
堀北も一応納得したらしい。
「ということで、清隆。お前も協力してくれないか?」
「どういうことなのかは分からないが、オレは事なかれ主義なんだ。目立つようなことはしたくない」
懐かしい。こいつの口から「事なかれ主義」なんて言葉聞いたの、いつぶりだ?
堀北も呆れたような表情をしている。
「少なくとも俺、本堂、篠原は参加する。性格的に佐藤も、あと多分櫛田も参加するだろ」
つまりこれで、噂に名前が出てくる8名のうち、過半数の5名の参加が見込まれていることになる。
こいつが本当に事なかれ主義かどうかは横に置いとくとして、清隆が目立ちたくないと言うのは本音だろう。
だが、この状況で参加しないことが、果たして目立たない選択肢なのかどうか。
「まあ、お前がどうしても嫌っていうなら、俺の口から皆にそう伝えておく。協力といっても、ホームルーム終了直後に茶柱先生に報告に行く俺たちについてきてもらうだけだから、一人欠けても大した影響はない。単に人数は多い方がいいってだけだからな」
助け舟を出しているようで、その実これは清隆を参加させるためのセリフだ。
ここで断ったら、参加メンバーに「清隆はどうしても参加したくないらしい」と伝えるぞ、と暗示している。
目立ちたくない清隆にとって、それは望ましくないことだ。
「……わかった。それだけでいいなら」
「オッケー、参加だな」
ここまで外堀を埋めれば、もはや清隆に断る理由はない。
まあ元々、こいつが断る理由なんて「面倒くさい」以外にはなかっただろうけど。
山内は再び篠原や本堂に話を振ろうとしていたが、それを平田が諫める。
「山内くん、こんなことはするべきじゃないよ。掲示板に書かれたからといって、それが事実とは限らないし、何よりクラスメイトを傷つけようとするのは間違ってると思う」
クラスのリーダー平田の声に、多くの生徒が賛同の意を示す。
旗色が悪くなったのを感じ取ったのか、そこで山内は暴走をやめた。
それと同時に、斜め後ろの堀北の席から携帯の通知音が聞こえてくる。
「神崎くんからね。……今日も一之瀬さんは休んでいるみたいね。それと、Bクラスの掲示板にも、噂が書き込まれていたそうよ」
それを聞いて、俺は端末でBクラス、そしてDクラスの掲示板に順番にログインした。
やはりこの2クラスの掲示板にも、俺たちCクラスと同じく5件の噂が書き込まれていた。
「Aクラスの掲示板だけ、なんの音沙汰もないな」
「ええ、ご丁寧にね。あなたたち二人とも、放課後時間を貰えないかしら?神崎くんと会うわ。一之瀬さんのことも気になるし、この噂への対応も話し合っておきたいの」
「そうだな」
俺のときとはうってかわって、清隆はすんなり同意した。
「あなたはどうなの?」
「……わかった」
面倒だとは思ったが、俺も一応、同意しておくことにした。
一之瀬の所属するBクラスが、今回の一連のことをどう把握しているのかを知れるかもしれない。
~~~~~~~~~~
茶柱先生への報告は、滞りなく済んだ。
結果的に、名前が出された8名全員が参加することになったこの報告会。話を進めたのは、発起人である俺だ。
まずは、掲示板に根も葉もない噂が書かれている事実を伝えた。
そして次に、考えうるリスクも伝えた。
放っておくと、無根拠な噂の応酬になって、収拾がつかなくなる可能性。ターゲットにされた生徒が精神を病み、不登校などになる可能性。
その場では例示としてこれだけを伝えたが、他にもリスクはたくさんある。学級崩壊を起こす可能性。校内で暴力行為が多発する可能性。他学年にも飛び火する可能性。
そしてここからは、学校側の不利益の話をした。
ターゲットにされた生徒は、精神的ダメージでテストでのパフォーマンスが低下する恐れがあり、「生徒の授業内容の習得状況を測る」というテストの趣旨にそぐわない、ということ。
それらをまとめて伝え、学校側に早期の対応を請願した。
茶柱先生は、「上に報告しておく」とだけ言い、俺たちに席に戻るよう指示した。
本当に対応してくれるのか不安になる返事だったが、まあ、多分大丈夫だろ……
現在は放課後。
神崎と話し合いを持つために、堀北、清隆、俺の3人で、集合場所であるケヤキモール南口付近へと移動していた。
「今朝、神崎くんからの連絡の内容を、あなたと綾小路くんには口頭で伝えたわよね」
俺が二人称で呼ばれていることから、堀北は俺だけに向かって話しかけていることが分かる。
「ああ」
「その時、一つ伝えていないことがあるの。いま伝えるわ」
「なんだよ」
意味不明だ。伝え忘れたなんてことはあり得ないから、意図的に今まで俺に隠していたんだろうけど……
「その前に、一つ確認させて。今回の一連の騒動……あなた、やはり何か裏で動いてるわよね?」
俺の目を見据え、そう言う堀北。
「……は?噂を流したのは俺だって言いたいのか?」
「わからないわ。でも、私たちの見えないところで何かをしようとしているのは確かでしょう。神崎くんから一つ、頼まれていたことがあったのよ。あなたとAクラスの藤野さんが、噂が流れ始めてから2度、一之瀬さんの部屋を訪ねている。これはどういうことなのか、あなた本人に確認してほしい、と」
「……」
なるほどそういうことか。
俺と藤野の来訪は、Bクラスの女子の誰かしらに目撃されてたってことか。それが神崎に報告され、いまに至るというわけだ。
まあ別に隠していたわけじゃないから、それも不思議な話ではない。
「藤野と一之瀬が、先月の合宿でかなり仲良くなったのは知ってるか?」
「ええ。藤野さんがかなり積極的に一之瀬さんに声をかけていたわ」
「藤野が一之瀬を複数回訪ねたのは、単に友人が心配だからだ。俺はそのオマケみたいなもんだ」
学習部のことは明かしたくないため、そういって誤魔化す。
だが、筋はしっかり通っている。
「……では、なぜあんなことをしたの?」
「あんなこと?」
「今朝の話よ」
「俺が茶柱先生に報告した話か?被害者としてはむしろ当たり前の対応だろ。お前もそれで納得してなかったか?」
「被害者としては普通でしょうけど、あなたがそれをやることが不自然なのよ。あなたは綾小路くんと似て、こういう面倒ごとには首を突っ込まない性格だったはずよ」
「そうだな。確かに面倒ごとは好きじゃないが、今回に関しては違う。デタラメな噂流されて、俺も怒ったんだよ。俺だって人の子なんだ。喜怒哀楽くらいある」
「……」
いや、お前の心情も分かるんだ、堀北。
確かに普段の俺なら、発起人なんて面倒な役職、自分から進んでやるわけはない。
そもそも、無根拠な噂を流されてムッとはしても、怒って学校側に報告、なんてこともしないだろう。一之瀬と同じく、噂が収まるのを待つはずだ。普段の俺なら。
「……そう。では、たった今メールで神崎くんにそう伝えておくわ」
「ああ、そうしてくれ」
俺も神崎の連絡先を持ってはいるが、元々連絡を受けたのは堀北だ。堀北が返すのが自然だろう。
とりあえず、これで話はひと段落だ。
ようやく、違うことに考えを回せる。
違うこと、とは……いまこの瞬間も、俺たち3人を尾行している人物。Aクラスの男子生徒、橋本正義について。
なんなんだあいつは。ストーカーか?だとしたら堀北狙い?
……自分で言っててクッソつまらない冗談だな。真面目に考えよう。
だが、考えても答えは出ない。
ストーカー目的でないとしたら、やはり情報収集か。
その点で言えば、俺にはストーキングされる理由はないし、されても困らない。
一之瀬と会っているところを見られても、「一之瀬を心配している」と言えばいいし、藤野と俺がそこそこ親しいことは割と知れ渡っているから、藤野と会っていても会話の内容さえ聞かれなければ無問題。
そもそも橋本にとって、俺は「勉強しかできないと思っていたら、スキーも割と上手かった生徒」どまりだ。
たとえ俺がスキー試験の採点方法を当て、一気に100万ポイントという大量ポイントを獲得したことに疑問を抱いたとしても、俺はその件について、Cクラスの「何者か」に助言を受けた、と吹聴している。橋本はその「何者か」が誰であるかに気を回しているだろう。以前からまことしやかに囁かれていた「特別試験で、Cクラスを裏で操る黒幕の存在」の噂と結び付けて。
つまり何が言いたいかというと、始めに言った通り、俺は尾行されても全く困らないということ。もし橋本のターゲットが俺であるなら、恐らく今日以降も尾行されると思うが、全部ほったらかしでいいだろう。
では、ターゲットが清隆だった場合はどうだろうか。
……それこそ放っておいていいな。
こいつなら、この尾行にも気づいてそうだし。もしこの尾行が望ましくないなら、多分勝手にどうにかするだろ。
つまりどっちにしろ、俺が何か気にするようなことでもない。
というわけで、橋本のことは放置することにした。
しばらく歩き、神崎と合流。
そして、神崎はすぐに俺に謝意を向けた。
「堀北からメールは受け取った。疑うような真似をして済まない」
「気にしなくていい。いま必要以上に神経質になるのも理解はできる」
神崎はこうして謝ってはいるが、俺に対する警戒を完全に解いたわけではないだろう。まあ心情的には当然のことだし、またそうするべきだ。
「一之瀬さん、もうこれで一週間休みが続いているわね。本人と連絡は取れているの?」
「反応は早くないが、問題なくとれている。風邪で体調を崩していると報告を受けた」
「担任の先生は何か言っていなかった?」
「似たようなものだ。風邪をひいて体調を崩した、としか言わない」
一之瀬本人がそう報告している以上、担任としてもそのまま伝えざるを得ない。
「速野は一之瀬と会っているんだよな?」
「ああ。昨日と先週の金曜日の2回な」
「目撃したクラスメイトからも、そう報告を受けている。様子はどうだった?」
「……元気はなかった。ただ、月曜日からは来ると思う」
それを聞いて、神崎は少し驚いたような表情になる。
「一之瀬本人がそう言っていたのか?」
「週明けには来るよう進言したんだ。一応頷いていた」
「……あまり無理はさせたくないんだが」
「お前たちに心配かけるくらいなら行かないだろ」
精神が不安定な状態のまま学校に行って、クラスを不安にさせるのは本末転倒だ。というのも、一之瀬はまず何よりも、クラスメイトに心配をかけたくないと考えているからだ。
一之瀬と藤野があれほど仲良くなったのも、それが理由の一つだろう。
Bクラスのリーダーである以上、自分は常に強くいなければならないと思っている。
しかし、他クラスである藤野になら、弱っている自分を見せることができる。
「そういえば、綾小路と速野は今日の噂の被害者だったな。学校側に報告したと聞いたが、本当か?」
「ああ。そっちはしてないのか」
「当然報告した。Dクラスも報告したそうだ」
「Dクラスが教師に?今までの彼らからは、あまり想像できないわね」
確かに。だが龍園独裁政権はもう過去の話だ。
合宿でのDクラスの様子なら、教師に泣きつくような対応も自然といえる。
「一之瀬さんは今日も学校をお休みされたようですね」
突然、背後からそんな声が聞こえた。
カツ、カツ、と杖が地面に接触する音。
坂柳と、その取り巻きの橋本、神室、鬼頭の計4人がこちらに近づいてきた。
ふむ。
ってことは橋本はいま、自分がさっきまで俺たちを尾行していたことがバレないよう、必死で演技してるわけか。
想像したらなんか面白くなってきた。
「来週の木曜日には期末テストが控えています。その日まで休む、というようなことになれば……大変なことになるかもしれませんね」
「坂柳……」
苦い表情でその集団をにらみつける神崎。
「Cクラスの方々と、いったい何のお話をされているのでしょう?」
「おまえには関係のない話だ」
「あまり歓迎されていないようですね、私たちは」
「歓迎されたければ、根も葉もない誹謗中傷をやめることだ」
「ふふ、いったい何の話でしょう?」
こうして実際に目にすることで確信する。
やはり坂柳は、自分が一之瀬の噂を流させている主犯であるということを隠すつもりはないらしい。
「どんな噂を流されようと、Bクラスの結束はゆるがない」
「そうですか。楽しみにしていますよ」
それだけ言って、4人はその場を立ち去った。
これだけのためにわざわざここまで足運んだのかよ。足が悪いとは思えないくらいアクティブだな、坂柳は。
「気にしないことね。すべて彼女の作戦よ」
「わかっている」
すでに立ち去って遠くなった坂柳の背中に、鋭い目線を注いでいる神崎。
確実に犯人と思われる奴が目の前にいたのに、止められない。
一之瀬を救ってやれない。
神崎は歯がゆい思いをしているだろう。
初めて1万文字越えました。ep.71.5は9巻分終了後に投稿します。