実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
話中に出てくる問題、皆さんもぜひ解いてみてください。
※一之瀬と茶柱が登場する、ということ以外はほとんどよう実要素がありません。ご注意ください。
そして迎えた日曜日。
対外試合の当日である。
制服で校門付近に午前7時45分までに集合、ということに決まっていた。
かなり早めに設定されている集合時刻だが、理由は単純で、移動距離がそこそこ長いからだ。
往路は高速道路を使って、計2時間ほど車に揺られる。
復路では渋滞が予想されるという理由づけのもと、高速は使わずに下道で少し時間をかけて学校に戻る。寄り道がなければ、到着するころには午後5時を大きく回っているだろう。
俺は一応学習部部長であるため、少し早めの7時半に集合場所に到着していた。
2月の早朝。当然空気はかなり冷えている。
じっとしているとさらに寒く感じるため、そこらへんをウロチョロして体を温めながら、藤野と一之瀬、そして顧問の茶柱先生が来るのを待った。
7時40分を過ぎようかというころ、藤野と一之瀬がそろって到着した。
「おはよ、速野くん」
「ああ。おはよう。2人ともこんな早朝に悪いな」
「にゃは、大丈夫だよ。いつもこの時間には起きてるから」
一之瀬は明らかに本調子ではないものの、ひとまずは大丈夫そうでよかった。
藤野がヒーリングにかなり尽力したんだろう。
「そういってくれると助かる」
「すごい大きなカバンだね」
「いろいろ入ってるからな。ほら、簡単なものだが、朝食だ」
俺は持っていたビニール袋から、蓋がされた紙コップ1つずつを2人に渡した。
集合時間が早いということで、今日の朝食、昼食は俺が用意すると約束していた。
「これは……?」
「ビーフコンソメ。袋の中におにぎりも2個ずつあるが、それは車の中で渡す」
汁物は、揺れる車内で飲むと飛び散る可能性がある。外にいて、寒い今がスープを飲むタイミングとしては適当だ。
また、ここでおにぎりまで渡すと二人の両手がふさがってしまう。
蓋を開けて、飲み始める二人。
湯気が出ているから、まだ温かいはずだ。
「はあ、温まる……」
「これおいしいねっ。すっごい濃厚って感じだよ」
「それはよかった。ゴミはここに入れてくれ」
おにぎりが入っている袋とはまた別のビニール袋を広げ、二人が空になったコップと蓋を入れた。
それとほぼ同時に、こちらに白と青の軽自動車が走ってくるのが見えた。
後方を走っていた青の軽自動車が停止すると、運転席から顧問である茶柱先生が姿を現す。
「全員揃ってるな。すぐに出発する。早急に乗り込め」
「あの、白い方の車は何なんですか?」
「お前たちを監視するスタッフだ。こういった部活動の対外試合は、生徒がこの学校の敷地の外に出ることのできる例外の一つと認められている。だが現場ではもちろん、外部の人間との接触は禁止だ。今日お邪魔する町山高校にいる間、お前たちのことは、常に私を含め3人の人間が監視することになる」
「……なるほど」
須藤から、確かそんな話を聞いたことがあったっけ。
部活の練習試合のときには、トイレ行くにも飯を食べるにも、何をするにも監視役がついて回る。
まあ、「外部との接触は厳禁」という学校の方針なら当然か。
「こっちの運転は先生ですか」
「そうだ。不満か?」
「いや全く。お願いします」
俺が助手席に乗り込むと、残りの二人もそれに続いて、「お願いします」と告げて後部座席に乗り込んだ。
「到着は10時を予定している。途中、サービスエリアで15分間の休憩をはさむが、お前たちは原則、車外に出ることはできない。車中で休むように」
「サービスエリアで何か買ったりはできないんですか?」
「当然だ。必要なものは事前に準備しておくのが、部長として当たり前の仕事だろう?」
「……まあ、そうですね」
実際のところ、サービスエリアでの買い出しは不要だろう。
俺が持っているデカい鞄の中に、必要なものは全て入っている。
俺たち3人分の昼食はもちろん、水分、それに糖分補給用のチョコレートやキャンディなどの菓子も用意している。
当然、俺は酔い止めを30分前に服用済み。帰りの分もしっかりある。
「あの、茶柱先生、トイレに行きたくなった場合はどうしたらいいでしょうか?」
「その時は、スタッフの監視のもとに済ませてもらうことになる」
「わ、分かりました……」
質問した藤野は、若干引きつった表情でそう答えた。
ほんと厳重だな……
まあ、仕方ないことだ。
「車内で飲食してもいいですよね?」
この車は恐らく公用車だ。
部活の対外試合に生徒を引率するのに私物の乗用車を出すとは思えない。
何より、この車には灰皿がない。
ヘビースモーカーの茶柱先生なら、確実に灰皿つきの車を選ぶか、車内用灰皿を設置するはず。
そして公用車なら、混合合宿で使用された大型バスと同様、飲食しても問題はないはずだ。
「……構わないが、あまり汚すなよ」
「おにぎりなら大丈夫でしょう」
「好きにしろ」
顧問のお許しを頂いたので、二人に二つずつ、おにぎりを渡す。
二人はそれを「ありがとう」と言いながら受け取った。
「中身は何が入ってるの?」
「塩むすび、鮭フレーク、味噌、明太子のどれかだ」
それを聞いた一之瀬は、まず左手に持っていた方から開けて、食べていく。
「あ、味噌だ」
味噌が当たったらしい。
「食べ終わったら、ラップは4つまとめて俺に渡してくれ」
それだけ二人に伝えて、俺は前を向き、車窓からの景色を見やる。
あまり後ろを向き過ぎると、いくら酔い止めを飲んでいても酔ってしまうだろう。
俺の三半規管は、恐らく常人と比べてかなり発達している。
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高速道路を走り続け、45分ほどが経過したころ。
俺たちを乗せた軽自動車は、サービスエリアに停車した。
「先ほども言ったが、決して車の外には出るな。私は少し用を済ませてくる。トイレに行きたくなった者は、私に連絡するように」
そう言い残し、茶柱先生は車を出た。
それからすぐ、俺は端末を操作して、チャットを開く。
「二人の端末に茶柱先生の連絡先送っといたから、先生への連絡はそこからやってくれ」
「あ、ありがと。でも先生、用ってなんだろ?」
「タバコだろ。多分」
全くもって校則を破る気はないが、俺たちが制限されている権利をこうも見せびらかすように使われると、なんかちょっとイラっとくるものがある。
「速野くん、一つ聞いてもいいかな?」
「……ん?」
「どうしてこの部活を立ち上げたの?」
一之瀬が突然、そんなことを聞いてくる。
「やっぱり気になるか?」
「まあね。前にも言ったけど、生徒会でも話題になってたし」
そういえば、対外試合への助っ人参戦を依頼した時、そんなことを話していた。
「生徒会ではどんな感じで話されてたんだ?」
「『学習部』は、初期部員が速野くん一人だけなのに、学校側が発足を承認した部活だ、って。いままでに前例がないらしいんだ」
「どうして一人だけで発足できたのか、については?」
「ポイントを払ったんじゃないか、っていう声が多かったけど……学習部が発足した時の速野くんは、お世辞にもポイントに余裕があるとは言えなかったよね?」
「ああ。節約してたから、他のクラスメイトよりは多く持っていたが、発足人数を補えるほどのものじゃなかった」
正確には、これは嘘だ。
部活発足に必要な初期部員の人数は3人。1人補うごとに25万ポイントを要する。
つまり、俺が必要だったのは50万ポイント。
しかしあの当時、俺は佐倉の連絡先をネタに、既に退職した元家電量販店店員のおっさんから50万を騙し取っており、所持ポイントは60万ほどだった。
50万ポイントを払っても、10万ポイントは余る計算になる。
「じゃあどうやって……」
「教師側にある無理難題をふっかけた。俺がこれを達成できたら、部活を立ち上げさせてくれってな。学校側はそんなの不可能だと思ったのか、あっさりとその条件を呑んだ。その予測に反して、俺はその難題を突破できた」
「その難題って……?」
「それは想像に任せる」
全国模試で1位を取り続ける、なんてこと、言っても簡単には信じないだろう。
まあ、それこそが無理難題たるゆえん、ともいえる。
そこからしばらくして、茶柱先生が車に戻り、俺たちは対外試合の会場である町田高校へと再び出発した。
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「到着だ。全員荷物を持って、正面に見える玄関へ入れ」
茶柱先生は、なんだかんだで顧問をしっかりやってくれていると思う。
今の指示出しもそうだ。
それに高校のサーチ、対外試合の申し入れ、日程調整、運転。
クラス担任としての茶柱先生にはまだ不満が残るが、顧問としては90点をあげてもいいくらいだ。
おっと、随分と上から目線になってしまったな。
だが、俺が茶柱先生に感謝の念を抱いている、ということは紛れもない事実だ。
「今日の対外試合の相手は、町山高校クイズ研究会。会員は6人と聞いている。もちろん、その会員らと話すことはできない。この学校の職員ともだ。くれぐれも注意しろ」
「はい」
これと同様の注意は、対戦相手の方にも伝わっているだろう。
校則により、俺たち三人とはやりとりを行うことができない、と。
俺たちは話しかけられても無視するしかない。これは事前に伝えておかなければ、クイズ研究会のメンバーに不愉快な思いをさせてしまうことになる。
ここで少し、今回お邪魔する町山高校について、ざっと話しておこう。
町山高校。
国内有数の難関私立高校。進学実績は非常に優れ、共学校の中では日本一とも言われる。
高校生クイズや超難問コロッセ〇でも、毎年のように優秀な成績を収めている。
スポーツにおいては目立った実績はないものの、入学希望者の倍率は、毎年のように4倍を超えるという。
玄関で来客用のスリッパに履き替えると、一人のワイシャツ姿の男性が現れた。
口に出して挨拶はできないので、頭を下げることでその意を示す。
「おはようございます。高度育成高等学校学習部、顧問の茶柱と申します」
「ご丁寧にどうも。町山高校クイズ研究会、顧問の岩上です。会場は4階の講堂になりますので、私が案内します」
「感謝します」
そんな手短なやり取りを終えた茶柱先生は、行くぞ、と俺たちに目で伝えてきた。
それに従って、俺たちも歩き出す。
俺たちの後ろには、監視役として、黒スーツを身に着けた高度育成高等学校のスタッフ二名もついてきている。
岩上さんの背中についていく茶柱先生の後を歩く俺たち。
スリッパが床に接触するペタン、ペタンという音が廊下に鳴り響く。
俺たち3人は若干だが、ソワソワしていた。
自分たちの所属していない学校の校舎だから、というのもあるだろう。
だがそれ以上に、こういった所謂「普通の感じの学校の校舎」を懐かしく感じている、という面があるんじゃないだろうか。
こうしてみると、自分たちが普段、いかに恵まれた施設の中で過ごしているかを実感する。
完全空調設備が整っている俺たちとは違い、この学校の校舎では外気の冷たさが感じられる。
この学校にはエレベーターが設置されているようだが、生徒の使用は基本的に認められていないらしく、俺たちも階段で4階の講堂まで案内された。
「ここが講堂です」
扉を開けながら、岩上さんは言う。
「みんな、相手方が到着したぞ」
対戦相手である俺たちの到着を、会員に告げた。
自然、会員である6人の生徒の注目は俺たちに集まる。
……いや、「俺たち」では少し表現が不正確だな。
会員6名の男女比は4対2だが、男女関係なく、注目は俺を除いた藤野と一之瀬に集まっていた。
……まあ、それも自然なことだ。
この二人の容姿は、学校内でもトップクラスだからな。
特に年頃の男子なら、ガン見しても仕方がないというものだ。胸とかね!
その6人は、注がれる視線に居心地悪そうにしている藤野と一之瀬の様子を察したのか、ひとしきり二人を見尽くして満足したのかは分からないが、目線を二人から外し、講堂の前の方へと集まっていく。
「私たちはすでに準備を整えています。そちらが大丈夫でしたら、早速始めてしまおうと思うのですが……」
岩上さんの言葉通り、机はきれいに整理されており、前にはホワイトボード、それに早押し機のようなものもあった。準備満タンといった感じだ。
「我々としてはそれで構いません。お前たち、必要なものだけ出して、荷物はここに置いておけ」
茶柱先生の指示に従い、俺たちは壁際に自分たちの荷物を置いて、筆箱と糖分補給用の菓子だけ持って前に出た。
そして、早押し機の前に並ぶ。
「問読みや対戦形式、出題形式などは、全てこちらで決める、ということでよろしいですよね?」
「もちろんです。私たちはクイズに関しては全くの素人ですから、全てお任せします」
俺はこの対外試合に備え、ある程度クイズに関する知識を蓄えてきたが、それは付け焼刃のものだ。
ここの会員のクイズのレベルは全国区。恐らく比較になるレベルではない。
クイズ的な出題では絶対にかなわない。
俺たちのテスト範囲からの出題を、確実に取っていくしかない。
「では、まずは3対3の早押し対決、にしましょう。早押しで1番早かった人のみ回答権を得ます。その人が不正解した場合、そのチームはお手付きで、その問題の回答権を失います。注意してください。問題は全部で30問あります。クイズ研究会チームは、15問でメンバー入れ替えを行うこととします。頑張ってください」
淀みのないスムーズな流れで、ルール説明をこなす岩上さん。
こういうのに慣れてるんだろうな。
「では行きます。問題。まぐちがせ」
なんと、このタイミングで押された。
押したのはもちろん、クイズ研究会チーム。
「鰻の寝床」
ピンポンピンポンピンポーン、という正解のSEを鳴らす岩上さん。
藤野と一之瀬は口あんぐりである。
恐らく、どんな問題が読まれようとしていたかも、「鰻の寝床」とは一体何なのかもわかっていないだろう。
推測だが、問題文は「間口が狭く、奥行きが広い建物のことを、ある動物を用いてなんと例えられるでしょう」みたいな感じか。
クイズの世界では典型中の典型の問題。
まあ、これは仕方ない。
「二問目です。問題。心臓において、心房と心室の間にある弁」
今度は俺が押した。
この問題は、俺たちの「理科」のテスト範囲である心臓の構造の基本からの出題。
「……半月弁」
鳴り響く正解のSE。
しかし、藤野、一之瀬の両者は戸惑っている。
あまりに気になったのか、藤野が俺の肩に指先でちょんと触れて質問してくる。
「あ、あの、速野くん、心室から心房に血液が逆流しないためにある弁って、房室弁じゃなかったっけ……?」
藤野の言っていることは正しい。
血液は、全身から大静脈を通って右心房に流れ込む。そして「房室弁」と呼ばれる、心室から心房への血液の逆流を防ぐための弁をクリアし、血液は右心室に移動する。すると今度は「半月弁」を通り抜け、血液は肺動脈へと流れていく。
問題文で読まれていた、「心房と心室の間にある弁」だけを聞けば、答えは藤野の言う通り房室弁ということになる。
しかし、これはクイズなのだ。
「問題の読み手が不自然な抑揚のつけ方をしただろ?あれは、そのあとに『ですが』が入る合図だ」
問題文の続きはこうだ。
『~にある弁は房室弁ですが、心室と心臓外へつながる血管との間にある弁をなんというでしょう?』
ここまで予測したうえで、正解は「半月弁」となる。
「そういうことだったんだ……」
「まあ、初めてなら仕方ないことだ。どんどん慣れていけばいい」
気にするな、とは言ったものの、それは無理な話か。
初めの30問は、クイズの『常識』に全く対応できない二人が一度も早押しボタンを押すこともできず、24対6という圧倒的大差で俺たちが敗北した。
30問のうち、クイズ的出題は23問、俺たちのテスト範囲からの出題は7問あった。
つまりテスト範囲からの出題でさえ、俺たちは1問取り逃したことになる。
さすが、国内有数の難関私立高校といったところか。
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「次の問題は、ホワイトボードを使って回答する問題です。問題は全部で8問あります。早押し問題の場合、間違えたらお手付きで、その問題の回答権を失います。制限時間付き問題の場合は、間違えたら1点マイナスされますので、注意して取り組んでください」
早押しではないから、クイズ要素は若干ではあるが弱まると見ていい。
藤野と一之瀬にもチャンスはあるかもしれないな。
岩上さんがA5サイズの紙を裏返して配布する。
裏には問題が書かれている。合図があるまで裏返さないように、と注意喚起がなされた。
「第一問の制限時間は8分です。では、始め」
合図と同時に、一之瀬が問題用紙を裏返す。
「これは……数学の問題だね」
問題はこうだ。
『素数が無限に存在することを証明せよ。』
非常に短く、簡単明瞭な問題文。
それに反し、初見では解法は簡単に思いつかない。
「……難しいね」
「速野くん、分かる?」
「……たぶん」
「え、ほ、ほんとに?」
こういった類の証明問題には、ある一つのセオリーが存在する。
そして、それは俺たちのテスト範囲だ。
「授業でも習ったことだ。こういう問題は、大体背理法で解ける」
「あ、そっか、背理法かあ……取り敢えずやってみようよ」
「うん」
背理法とは、ある事象を証明するために、提示された事象が誤っていると仮定した場合に矛盾が生じることを示し、その事象が正しかったということを導き出す手法だ。
この問題の場合は、素数が有限個であると仮定し、その仮定の矛盾を示せばいい。
「素数がn個あると仮定して……そこからどうすればいいんだろ……」
「素数の性質を考えればいい」
「素数の性質って……1とその数以外に約数がない数、だよね?」
「ああ。言い方を変えると、素因数分解できない数、どんな素数で割っても余りが出る数、ってことだ」
「……あっ」
そこまでヒントを与えたとき、一之瀬の体が跳ねた。
まさにピーンときた、という感じだ。
「わかったか?」
「う、うん。素数が有限個って仮定したとき、素数全部をかけた数に1を足したら……それって素数だよね?」
相手側に聞こえないよう、声を潜めて藤野にそう伝える一之瀬。
ワンテンポ置いて、藤野が手を打った。
「……あ!そういうことだったんだ!」
「二人ともわかったみたいだな。あとは、数学のルールに従って解答を書き込めばいい」
完全に理解した俺たちは、残り時間20秒というタイムで証明を終了させた。
『素数がn個存在すると仮定し、小さい順にA1,A2,A3,…Anとする。最大の素数はAnである。
ここで、Xを「A1からAnまでの全ての素数をかけた数」と定義する。
このとき、X+1は、どのような素数で割っても1余る数、ということになる。
つまり、X+1は素数である。
しかし、X+1>Anであり、これはAnが最大の素数であるという仮定に矛盾する。
このことから、素数がn個存在するという仮定は誤りである。よって、素数は無限に存在する』
「両チームとも正解です」
「やったっ」
正解のSEが鳴らされると同時に、藤野と一之瀬がハイタッチ。
「速野くんも、ね?」
「……あ、おう」
そんな具合で、俺も求められるままに藤野、一之瀬とハイタッチを交わした。
しかし、さすがは町山高校。当然のように正解してくる。
当然、単純な学力も相当なレベルだろうが、この問題の場合、どこかで類題を見たことがある、というパターンもあり得る。
俺の場合はそうだ。11月ごろに受けた全国模試で、これの類題が出題された。そのため、見た瞬間にすぐに解法を思いつくことができた。
安心したのも束の間。十数秒後、次の問題が配られる。
「次の問題です。制限時間は1分30秒。では、始め」
告げられた制限時間の短さに少し驚きつつも、合図に従って問題用紙を裏返す。
『次の英文を和訳せよ。
He said that that that that that boy used in the sentence was wrong.』
「thatの用法の問題か……」
一応、俺たちのテスト範囲ではあるものの、文章がかなり特殊だ。
文中にthatが5つも連続して並んでいる。
「分かるものからやってみようよ。最初のthatはthat節のもので、最後のはboyにかかる指示語だよね?」
特殊な文章にもうろたえることなく、一之瀬が冷静に思考を組み立てていく。
「ああ。ここまでで、『彼は文中であの男の子が使った○○は間違っていると言った』だ」
「そういう訳になるよね……ってことは、最後から2番目のthatって、"that boy used~"にかかる関係代名詞かな?」
「そうだな。残るは2番目と3番目のthatだ。4番目のthatが関係代名詞ってことは、その直前にくるのは名詞のはずだから、3番目のthatは指示語でもないただの名詞ってことだ」
「じゃあ2番目は名詞の直前に来てることになるから……指示語のthat?」
「それで間違いないだろう」
5つすべてのthatの正体を暴きだした俺たちは、この問題の正解にたどり着く。
『彼は、文中であの男の子が使ったその"that"は間違いだと言った』
和訳してみればなんの変哲もない文章に見えるが、元の英文はかなり読みづらく書かれている。
指示語の用法である2つ目のthatは"the"で書いた方が分かりやすいし、3つ目のthatには本当ならダブルコーテーションマークがつくだろう。
読む側に全く配慮のない、かなり意地の悪い問題文だ。thatの基本用法の他に、英文の構造を分析する能力もかなり求められる。まあ、だからこそ問題になるんだろうけど。
意外だったのは、この問題を町山高校のメンバーが間違えていたこと。
恐らく、三番目のthatの正体が見抜けなかったんだろう。
三番目の訳し方さえわかればだいぶ楽だが、分からなければかなり厳しい。
この三番目のthatは問題のキーとなるワードであり、それでいて質の悪いことに、最も訳す難易度が高いのだ。
高難度の問題はまだまだ続き、俺たちの体力を奪っていく。
~~~~~~~~~~
時刻は午後1時40分。
昼食休憩を終え、午後の対戦が始まってから既に1時間弱が経過している。
俺たちも、そして町山高校の面々も、次々に出される高難度の問題に頭をフル回転させ、かなり疲弊している。
これまでの経過は……まあ、予想の通り。
今までに両チームが正解した問題数を数えているわけではないが、少なくとも俺たちがボロックソに負けているのは確かだ。
クイズの領域から逸れた高難度の問題に関しては、俺たちは恐らく町山高校よりも多く正解できているだろう。だがそれ以外の純粋なクイズでは、正解数は両手で足りるほど。
ここまでくると俺たちの中に「悔しい」という感情はない。
「いっそ清々しい」とはまさにこのことだ。
「では、これが本日最後の問題となります」
岩上さんがそう告げる。
本当のラストスパートだ。俺自身かなり疲れているが、最後の集中力を振り絞り、問読みに耳を傾ける。
「問題。皇朝十二銭のうち、最初に鋳造されたものは和同開珎ですが、s」
岩上さんが「最後に」と言いかけたこのタイミングで、藤野を除く5人が押した。
そしてボタンがついたのは……一之瀬だった。
「えっと……乾元大宝」
ピンポンピンポンピンポン、というSEが鳴らされ、それが正解であることが俺たちに知らされた。
一之瀬は「やった!」と歓喜し、藤野も自分のことのように喜んでいる。
それも無理はない。
一之瀬が「純粋なクイズ」で正解をもぎ取ったのは、この最終問題が初めてのことだったのだから。
「……すごいな。最後の最後で」
「たまたまだよ。日本史で習った範囲だったから」
前半はクイズにおいてほとんど何もできなかった一之瀬だが、後半では、正解が確定する押しポイントをだんだんと理解してきていた。
それでも一問も取ることができていなかったのは、押しポイントが分かっても単純に問題の答えが分からなかったこと、そして押すタイミングが町山高校のメンバーに比べてわずかに遅かったことが原因だ。
今の問題文で言えば、これまで一之瀬は、「最後の」の「さ」まで聞こえて初めて押していた。
しかし今回、一之瀬は「さ」が言いきられる前にボタンを押した。これは町山高校のメンバーの押しポイントと全く同じタイミングだ。
あとはもう誤差の範囲。誰が解答権を得るかは運しだいということになる。
そして、運を味方につけた一之瀬が正解した。
何はともあれ、これで対外試合の全日程は終了した。
別室にあった掃除用具を使って、参加したメンバー9人全員で講堂内を清掃。
その後支度を済ませ、謝辞として一礼してから、俺たちは講堂を後にした。
「二人とも、今日は助かった。ありがとう」
車に向かう道中、二人に礼を言った。
「そんなに改まらなくても大丈夫だよ」
「うんうん、ちゃんとテストの復習にもなったしね」
それは紛れもない事実だった。
俺の想像していたよりも、俺たちのテスト範囲からの出題は多かった。
「クイズは楽しかったか?」
「うーん、楽しむ余裕がなかったから……」
「……確かにそうだったな」
クイズといえばテレビ番組くらいでしか見たことがなかったであろう2人が、いきなりボス級と相対したらそうなるのも当然といえる。
「でも、気分転換にはなったよ。だから……ありがとう」
「……そうか」
……まだだな。
今は一時的に気分が誤魔化されているだけだ。
「克服」するためには、あと1つ、手を加える必要がある。
「帰りは高速は使わず下道から行くらしいから、長い時間車から出られなくなる。トイレとか大丈夫か?」
「私は大丈夫」
「私もさっきの休憩中に済ませたから」
「分かった。じゃあ先生、お願いします」
車が町山高校を出発し、目的地へと向かう。
疲労がたまっている俺たち3人は、それから間もなく、眠りに落ちた。
出てきた問題、正解できたでしょうか?
次話または次々話で9巻分は完結するかと思います。次はもっと早く出せるよう頑張ります……